1. グッドバイブス ミッドナイト楽座
  2. 043 実録「いまいる場所で本気..
2022-11-02 48:45

043 実録「いまいる場所で本気を出したら天職に導かれた」話(前編)

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今日は、私の実体験をもとに「どうすれば天職を見つけられるか?」について話しています。まずは前編をお楽しみください^^ 番組でお知らせした「ありのままを見るデッサン教室」のお申し込みはこちら→ https://goodvibes20221105.peatix.com

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グッドバイブス ミッドナイト楽座 by 倉園佳三
こんばんは、ただいま11月2日水曜日の1時25分ですね。 今日は私と佐々木翔吾さんでやっているグッドバイブスファクトリーというオンラインのコミュニティーがありましたね。
そこで毎週配信しているグッドバイブスTVという動画の番組がありまして、以前公開していたグッドバイブスなぶっちゃけ相談というのがあったんですが、
あれのもうちょいマニアックな対談もので、もう170回近く続けています。 これを今日ですね、私は南大沢の障害学習センターという建物の中にある視聴学室がありましたね。
これがなかなかその求音の仕組みがすごく整っていて、私の声がいい感じでその録音できるっていうね。
で、佐々木さんは二宮の自宅からリモートで対談みたいなそんな感じですね。 昔はあのよく佐々木さんのね住んでるその二宮の近くにある
ラディアンというね、これも障害学習センターなんだけど、安いんですよね。あの場代が。会議室借りるとねやっぱり結構な値段しまして、この障害学習センターでよくその録画をするんですけどね。
昔はよくね、あの私たちがその車で稼働してた時はよく行ってました。
で、でも最近ちょっと車がね使えなくなりまして、とある事情で。それで最近はリモートが多いんですけどね。
この佐々木さんの対談というのが月に1回ぐらいかな、あるんだけどもまとめて4,5本撮りますからね。1ヶ月分ぐらいを1回のその収録で撮るという感じなんですけども、この佐々木さんとのGood Vibes TVの対談はやっぱ楽しいですね。
以前のぶっちゃけ相談もね、かなり楽しかった。あれ大変だったんですけどね。質問がなかなか来ないみたいな状況の中で自転車操業していましたんで大変だったんですけども、やっぱりこう話し始めるとね、なんていうのかな、唯一無二ですね、やっぱり佐々木さんはね。
他の人との対談は大体そのある種の形が決まっているというかね、私ではない先方が何か質問を投げてくれてそれに対して私がそのGood Vibesな方向からお答えするっていう大体この形になるんですけどね。
佐々木さんも基本のフォーマットはそうなんだけど、やっぱね質問の内容が全然違いますね。
マニアックという一言で言ってしまえばね、彼もその2018年ぐらいから一緒にそのGood Vibesのセミナーとかずっともう4年ぐらいになるのかな活動を続けてますから、その理解の深さという意味においてはね、やっぱ質問してくるポイントがやっぱ深いっていうのもあるんですけども、
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なんかね独自の視点っていうかね、そこ聞きますかみたいな感じで一瞬僕は戸惑うんですよね。これどういう話になるんだろうなっていつもちょっとこう一瞬だけでももう慣れてるんでね、あのその戸惑いはもう本当に心象だっていうのがわかってるんで僕の中のちょっとした不安による変な予感みたいなね、そんなのはもう正体が見えてるんだけども、
やっぱり今でもちょこっとこう感じるんですよ。放送来たか、まさにこう放送来たか、そういう質問ですかってね。今日も今日は時間が結構1本ずつがね、あのそんなに長くならなかったんで5本分を撮ったんですけどもね、どれもなんとなくこの精神分析に絡めたようなね、それから佐々木さんも私もそうなんですけども、このアドバイザーみたいなね仕事をやってまして、私の場合で言うとワントレイ。
みたいなワンオンワンのセッションね。それから佐々木さんは今、あのJ松崎さんと一緒にタスクシュートを使った100日チャレンジっていうのをやってるんですよね。これは多分オンラインのコミュニティだと思うんだけども、あのやりたいことがなかなか着手できないとかね、先送りしてしまうんだみたいな、まあそれぞれいろんなこの行動仕事みたいなそういうものに悩みを抱えている方、何十人も相手にしてね。
おそらくオンラインでいろんな相談が寄せられるんでしょうね。それに佐々木さんは多分だけども、相当真面目に真剣に答えを返してるはずなんですよ。
ファクトリーで質問が寄せられた時も彼はね、結構きっちり返ってくるんで、だいたい想像がつくんですけどもね。
ファクトリーだと僕がものすごい長文を返したりするんで、佐々木さんはそこにはあんまり乗っからないというかね、そこは私にお任せして一言加えるみたいなそんなスタンスなんだけど、多分だけどあちらの100日チャレンジの方は佐々木さんがその私の役割の方を果たしてるんじゃないかなっていうね、そんな感じでアドバイザーみたいな立ち位置は共通してますんでね。
やっぱりなんていうのかな、彼の言葉で言うとカウンセラーというのはこれこれこうで、こんな感じでこんな悩みというかね、こんな大変さがあるんだけども、蔵園さんはそういう場合どうされてますかみたいなね、このアドバイザー同士の情報交換みたいなそういう内容にもなったりして、とても今日はね、楽しい時間というか、まあだいたいあっという間に終わってしまうんですけどね。
これあのグッドバビスファクトリーに入らないと見られないというね、すいませんね、限定の動画なんでね、まあでも以前もお伝えしましたけど、1ヶ月無料で30日間無料で参加できるので、多分だけど、まあ170本はちょっと見られないかもしれないけど、最近の50本ぐらいだったらなんとかなるのかな。
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1日2本見ていけばね、だいたい25分ぐらいのビデオですんで、50本ぐらいはね、5、60本はいけるかな。
よかったらちょっと試しに入って見てみてください。
まあそんな収録をする中でね、今日は1つ面白いキーワードというか、久しぶりに私が口にしたキーワードがありましてね、これが天職っていうね、天は天上の天に、職は職業の職、天職ってやつですね。
これ実はグッドバイブスご機嫌な仕事、緑の本でも天職というね、このキーワードはもう僕あえて書いたんですよね。
それでまあ一応、天が何を意味するかは別としてっていうんで、その天の部分はね、さーっとこう、あまり深く掘り下げずにいったんですけどもね、
なんだろうな、今日もその天ってなんだろうみたいな話はちょこっとしたんだけど、僕はなんかこう、宇宙の法則みたいな感じに捉えていいんじゃないかなと思ってるんですよね。
まあ例えばDNAみたいなのが私たち持ってますよね。
で、これはまあその別に怪しい話じゃない。
で、このDNAは、なんかこの前テレビかなんかで聞いた話によると、現在のその価格の分析力というのがね、そのDNAの解析力で1兆分の1ぐらいまでね、精度が高まってるらしいんですよね。
昔はね、100万分の1ぐらいだったらしいんですよ。
だから100万人に1人だとすると、えっと今80億いますからね、80割100万っていくつになるんだ?
えっと、8000人に1人ぐらいは同じDNAがいるみたいな、そんな感じになっちゃうんですよね。
だからこれを例えばその、よく事件の証拠みたいにね、使うっていうのが、以前はそれほど強い証拠ではなかったんだけど、今は1兆人に1人っていう確率なんで、
80億人だとしたらね、ほぼほぼこの同世代というか、この僕らが生きてる時代には、多分だけど全く同じDNAの人に出会う確率はほぼほぼゼロに近いみたいな感じになるわけですね。
で、こういうその仕組みが、やっぱりこれは宇宙の法則なのか、人間の法則なのかわかりませんけど、DNAというものが私たちの中にあって、
で、それが80億違うというね、なんで違わなきゃいけないんだ、みたいなことを考えた時に、ここからは僕のファンタジー、イリュージョン、想像になっていくんだけども、
おそらく80億の人たちが全員違ってないと困るんじゃないかなっていうね、その80億人の人たちがそれぞれ違う個性を持ち、そうすると違う役割ってね、異なる役割っていうのが生まれてきて、
80億の役割がこの世界の中で果たされることによって、おそらく僕らは上手いこと生きていけるんだろうっていうね、
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まあその通りに現実が動いているとは思いませんけどね、そのDNA個性みたいなのに従って本当にそれにどんつばな役割をみんなが果たしているっていうね、そういうわけではない。
なぜならば僕らはその意思を持っているからね、いくらこれがお前の役割だよって言われても、いやいやいや、そんなことはしたくないですよって言って、
全く反対側に行ってしまう可能性があるっていうね、だから決してDNAがそうだから、個性がそうだからと言って、
僕らの人生がもうすでにね、生まれてからその亡くなるまでカッチリと全部決まっているということではない、そこにはかなり自由な意思を働く余地はあるんだけども、
そうは言ってもですね、私も佐々木さんも大リーガーになろうとしたことは多分一度もないんですよ。
だからそう考えていくと、多分だけども可能性っていうかな、一人の人間が挑める何か分野っていうのかな、
この広さっていうのはその全体から見るとね、かなり狭まってるんじゃないかなって僕は思うんですよね。
もし何にでもなれるぞと、すべての人間が何にでもなれる可能性を持っているってことであれば、
多分ちょっと僕は全然違った人生をもっと歩んでいたんじゃないかなと思うんですよね。
例えば役者に挑戦したりね、もしくはダンサーになろうと思ったりね、そういうことができるっていう、
これも以前お話ししましたけど、先に信念が生まれるんですよね。
これを練習すればきっとできるんじゃないかっていう、この自分への信頼というかな、信じるっていう、
これを持たない小物には多分トライできないんですよね、持てないものか。
いくらやったって上手くなりっこねえよなっていうのを何か僕らは案に持ってるんですよね。
だからそれほど無茶なものにはチャレンジしない。
そうするとやっぱりそれなりに決まってるっていうね、完全な運命みたいなものはないんだけども、
僕らの役割っていうのはそれなりに決まってるっていうふうに捉えてもおかしくはないんですよね。
だから僕は音楽をやり、雑誌の編集をやり、そしてコンサルもやり、ブロガーもやり、本を書く執筆家もやり、
そして今はこういうグッドバイブスの、グッドバイブストレーナーみたいなね、そんな仕事もしているわけですね。
これをね、私はその転職と呼んでいるわけです。
なんとなく自分の個性に紐づいて決まっているような役割みたいなね。
それでさっきも言ったように、ただそこに必ずしも僕らはね、どんずばでスパッとはまれるわけじゃない。
なぜか?これがこの番組でもお話ししましたけど、自分について本当のことがわからないからですよね。
だから転職を見つけるというのはね、言葉でポッと言うほど実は簡単なことではなくて、
しかもこれをね、かなりその若いうちにね、20代30代ぐらいのところでバシッと見つけるなんていうのはさらに難しいだろうなって感じがしますね。
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私も右を曲折しながら、なんとなくだけど、もしかしたら今やっていることは転職と言ってもいいのかもしれないっていうね、いろんな要素がね、こう重なり合ってできてるんですよね。
一つは文章を書く力っていうのはこれあった方がいいですね。私の今やってる活動に関してはね。
そしてこのポッドキャストでもこういうふうにお話ししているように、話すのがそれほど嫌じゃないというかね、得意かどうかはわからないけども、
これはなんか僕が歌を歌っていたからね、昔歌を歌っていたから、この人前でこの歌うというのと人前で話すというのはまあまあ同じようなものなんですよね。
その前に人前に出るみたいなね、大勢の人の前で何かをするみたいなことに抵抗がはまりないとかね、いろんなこの今までやってきた職業、編集も随分と多分関係していると思いますね。
からなんかウェブサイトもそれなりにこう作れる作るのが楽しいとかね、いろんなことがこうマッチしてね、でもそれを僕は個別に一個ずつ一個ずつこうやってきたんですよね。
で気がついたらなんかこんなことをしていましたっていうね、しかも弱い60になってからなんとなくその直後直前ぐらいですよね、これを始めたのが多分50過ぎぐらいからだから、このぐらいの年を経てやっとなんか私はそれらしきものにこうたどり着くっていうね、それほどやっぱりこの自分とは何か自分に何が向いているのかわからないんですよね。
まあこれを例えば前回もそのお話ししたね、自己診断みたいなものでこう紐解いていく、それを明らかにするっていう方法もあるんだけどもね、例えばじゃあその私がこのグッドバイブスのトレーナーみたいな答えがない状態で、あなたは話すことは得意ですねとかね、人前に出ることは得意ですよねってきっとそれは楽しいと思いますよ、それから何か編集とかアレンジとかね。
それから例えばウェブサイトみたいなのを構築するみたいなそんなのも多分向いてるんじゃないですかって言われたところで、そこからどんな職業を早期すればいいのかイメージすればいいのか全くわかんないですよね。今言ったような話す人前文章ウェブサイトとかね、なんじゃこれはって。
なんかまあセミナー講師ぐらいな感じは浮かぶのかな。でもじゃあ何を伝えるんだよってそのセミナーでね。私は以前はライフハックとかタスク管理みたいなことをねやってましたから、でもそれではないんですよね。
そういうふうにその何軸3軸か4軸ぐらいありますよね。どういうジャンルでどういうメディアどういうスタイルでで何をみたいなね。これが全部揃わないと職業としての形が見えてこないと結局はどれだけ自分の得意質とか性質とかね得意分野みたいなことがものすごく火を見るよりも明らかになっていたとしてもこれがやっぱり結実しないんですよね。
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しかも例えばそれが会社に入ることだとすれば雇ってもらわないと困りますからね。なんか私が例えば車の設計だっていうねこれが私の転職がつってもトヨタ日産本だとかねそういうところに雇ってもらわないとそのお仕事はできないわけですよね。もしくはその映画監督みたいなことがあったとしてもね本当にその映画を撮れるような状況になるかとかねお金を出してもらえるかとかまあいろんな様々な条件があってそれがすべて揃った時にね。
初めて形として転職に就くということが多分こう実現するわけですね。だからまあ結論から言うとねこの取り組みというのは狙ってできるようなものじゃないなって感じがするんですね。
ただしいくつかの例外はあってね例えばその親がプロ野球の選手とかね親がバレーダンサーとかねそういうなんだろう2世3世みたいな家に生まれた場合にはなんかもうその本人がなんか物心つく前からねそういうトレーニングを積ませてもらえて
例えばフィギュアスケートでもなんでもいいんだけどもまあ別にその両親がその職業に携わっていなくてもねなんかそのなんだろうねあの亀田兄弟みたいにねいきなりボクシングを教え始めるみたいなこういうことが起こった場合はまあなんか自然にその道がポンと決まっていくんだけどでもねこれもね本当にじゃあそれがその人の転職なのかって言ったらちょっと微妙ですよねその職業につけるという確率は上がるのかもしれないけどもね
なんか音楽家一家でね子供の頃からも英才教育を受けていくまあそこそこその音題に入ってね職業音楽家としてオーケストラでピアノを弾くみたいなことはおそらく実現するでしょうねでもじゃあその本人がそれを一生懸けてやりたいと思うかみたいなことになるとまた話は別なんですよね
だからやっぱりまあその特殊な例も含めてかな僕はねこれはね狙ってできることじゃないような気がしてるんですね今はねとてもなんかその夢も希望もないような感じがするんだけど僕は逆にこの狙ってできないから面白いんじゃないかっていうこの60年ね生きてきてそんな風に思うわけですもちろんいいんですよその私も20代の頃はねもうロックスターになるんだってそれしかなかったんで
その夢を追っている今ここそこにたくさんの幸せがありましたからねただそれが転職がどうかちょっとわからないからまあそこからまだまだ右を曲折する可能性はあるかもしれないみたいな話なんだけど要は狙ってできるものじゃないとじゃあどうすりゃいいんだっていう答えが緑の本に書いた今いる場所で本気を出すというね今日はねこの話ちょっと前置きが長くなりましたが
佐々木さんとの対談から始まって転職というキーワードを経てね久しぶりに思い出したんですよ今いる場所で本気を出すと
でしかもねなぜ私がこの言葉にたどり着いたかっていうねそのいきさつをちょっとお話ししたいなと思いまして
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実際にはこの話はねあのグッドバイブスの前身のねジョンレノンのイマジンみたいに働くという本には書いてあったんですよね
で最終的にこのインプレスからグッドバイブスという名前に変えて出すという時にこの章をずぽっとこうね僕がカットしたんですね
これはねやっぱりまさにこの転職を見つけるという具体的な話を書いた章だったんですよね
緑の本の個性と役割の話の後にこれが出てくるっていうちょっと僕はなんかこれ打則のような感じがしてちょっと具体的すぎてね
入れなかったんですよねそしたらあの f 編集長がですねこの話をそのなんだろうおまけの幻の章として配布しませんかっていう提案をいただいてね
確かえっと先行予約かもしくはその発売されて数ヶ月ぐらいから購入された方にはこのプレゼントとしてね
この章を pdf でお配りしてたんですよね 今はもうやってないのかなちょっとわかんないんですけどねもしかしたらもう終わってるかもしれない
ここに実は書いてあった話で 時々セミナーとかいろんなイベントでこの話をしたことがあるんでもしかしたらこの番組をね
今聞いていただける方の中にはを知ってる知ってるその話ねっていうの いう方がいらっしゃるかもしれません
それから後あの佐藤豊彦さんという方とね ゆずきひろみさんっていうお二人がやっているアップルクリップっていうポッドキャスト番組があって
そこに私はもう何年かの間に数回出演させていただいてですね で佐藤さんがこの話が大好きで3回ぐらいこの話を実はさせられてるってかさせられてるって言っちゃいけない
かな また聞かせてくださいよつってね行くスタジオに行くたんびにこの話を聞かせてっていうリクエストを
いただくんでここのアップルクリップでねこの話を聞いた方もいらっしゃるかもしれません えっとですね
時代は1992年から これはどういう年かというと私がそのまあこの番組でもよく言うその人を人間関係を
デストロイしまくってねバンドのメンバーを切ったりそれからバンドを解散しまくったりしてるうちに 私は音楽をやってたんだけどもなんか一緒に自分と共にね
バンドを組んだりねその音楽活動をしてくれる仲間というのがねどんどんどんどん いなくなった時期だったんですね
そして a なんていうのかな最後のメジャーデビューみたいなチャンスを逃した後に これもねいろんな戦でダメになったんですけどもね
途中までいい感じで進めててくれたディレクターがねなんか別のレコード会社から引き抜きに 会いましてね
僕らがその登り詰める途中でその人がパッと止めてしまって話が立ち消えになるというね 本当に不思議な流れ
なんでこんなにうまくいかないのっていう流れだったんだけども そのバンドを僕もなんかちょっとやけになって解散してね解散というか活動休止なのかな
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これが僕がもういわゆる自分の曲を作って自分で歌うバンドの最後の活動だったんですよ ねこれが91年だったと思います
でそれからたまたまですねある有名な音楽プロデューサーと知り合いましてね まあこれはあの
音楽仲間の紹介みたいな感じだったんですけどもその人が自分のバンドを作りたいって いうのでギターリストを探してるって言うんでね
なんかイメージが私に近いんじゃないかっていうので知り合いが紹介してくれて その人のバンドで私はこのギターリストとしてね
演奏することになったんですね でまぁ曲も作っていたかなただボーカルは女性がいまして
4人バンドだったかな5人かなドラムベースギター2人の女性ボーカルか なかなかねちょっと面白いバンドでなんか最後の最後ここでいけるんじゃないかみたいな
手応えもあったんですけどもねこれも残念ながらね あのデモテープを数曲とって一度もライブをせずにね半年ぐらいかな半年1年
弱ぐらいかなで終わってしまいまして で一応私はその間ねそのプロデューサーの方のつつ手で
スタジオミュージシャンみたいなことをしながらね小銭を稼いでいたんだけども まあいかんせん私はそのバンドでしかギターを弾いたことがなくてね
しかも自分の作った曲しか演奏してこなかったのでね 本当に人の曲っていうのはカバーを何曲かやったぐらいなんだけども
まあそれも60年代のブリティッシュビートとかね ザフーとかキンクスとかねそのあたりのカバーなんで
まあこの自分の庭というかね 目をつぶってもできるような感じだったんだけども
このいわゆるねもうちょっと歌謡曲だとかね今で言うとこの j-pop みたいなね そういう楽曲でギターを弾くみたいな経験が全くなくてね
まあいろんなリクエストも来るし 私なんて本当アンプに直でガッとつないでね
ジャガジャーンって鳴らしているようなねマーシャルが何か使ったんですけど当時のアンプはね マーシャルのなんだっけな
ブルースブレイカーっていうコンボを使ってたんだけども これこういう音じゃないともっとクリアーでねクリーンな音だみたいなことを言われて出した
ことねえよみたいな感じでまあうまくいかなくてね もういつもそのプロデューサーに怒られたりから場合によってはもうクビになったりね
しながらなんていうのかなその私の音楽人生のこう なんつーのかな最後の末路みたいな感じかな
一番ダメな時期というかねまさにこう僕の場合はフェードアウトしていくっていうかな なんかどんどん悪くなっていくっていうかね
なんか以前はステージに出てキャーキャーと言われてたような私がですね そのスタジオでなんだよそれみたいなことで怒られながら
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しっかり応じてその仕事をもらいそしてそこでもなんかどんどんどんどこう減っていってね 落ちぶれていくみたいなねそうそう最後のなんか落ちぶれる感じみたいな感覚が一番強いの
かな そしておそらくだけど92年の中間か後半頃にほとんどもうその演奏をするということを
やらなくなってしまったんですねやらなくなったというよりももうできなくなったっていうかその 機会がどこにもなくなってしまった
そんな感じですねまぁただそれでも食べていかなければならないのでね ちょうどそのバンドのねえっとドラムだった方がねこの方も実は名のある方なんですけど
もね a
名前を言えばですねああの人っていうふうに知ってる方はいらっしゃると思うんだけどこの 方が
ソフトバンク流通というねあのなんだろう ソフトウェアを梱包して
佐賀急便から確かに渡すというね いわゆる倉庫仕事ですねピッキングをして箱詰めしてそして佐賀さんに手渡すというその流通
センターでやる仕事がありましてねこれあの 92年のソフトバンクですよ今のまさにソフトバンク
でこれあの当時は本当にソフトウェアを売っていたからソフトバンクという名前だったん ですよね
それで何か確かねその流通センターというかな現場に部長さんがいてね ちょっと何か何だろうなぁ
とんがったこうちょっと色つ色のついたペン金をかけたね あまりこう肩着には見えないおじさんだったんだけどね
その人がなんかあのさあもうこの会社さあソフトバンクって いう名前じゃんって親戚とかにさあお前どこに勤めてんだってソフトバンクって言うと
ねそれなに愛人バンクとか言われちゃうんだよね みたいなねこういうネタをいつもこう披露してくれてたんだけど
いやいやお前のそのルックスがそう言わせてるんじゃないか 僕はちょっと心の中でね思ってたんだけどまだねそれほど有名じゃない会社だったん
ですよねもう今から誰もが知るでソフトバンクですけどもね そこの流通センターでそのドラムの人が働いていてね
僕も食べていかなきゃいけないんであのその人にちょっといい仕事バイトないですか ねっていうふうに聞いたら
俺がやってるとこ多分あのいいと思うよとか言ってねしかも当時でその時給が1000円 だったんですよね
今1000円って言うとそんなに高くないけど 92年の相場で言うとちょっとをそんなにもらえるのぐらいな感じでしたね
で僕もそこにね一緒に通うようになって 最初はねやっぱりもう力仕事でエレ大変なんですよ
まあ要は朝行くとねものすごくその広大なフロアがね 倉庫の中にありましてその中にもう何百何千という子棚があってね
そこに様々なソフトウェアも日本で売られているすべてのソフトウェアが全部並んで いるんですね
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フロアーも3回ぐらい使ってたかな だからその一番メインのフロアだけじゃなくて上とか下にも行ったりするんですけどね
当時は今と違ってソフトウェアは全部パッケージで売られてたんですよね cd ロムと
フロッピーディスクかな まだまだちょっとフロッピーディスクが主流で cd ロムがようやく出始めた頃だったと思います
92、3年ぐらいの頃ね で朝行くとねドサッとねもう大量の注文書を社員の人が机の上にドンと置いて
でそれを僕らはね1枚ずつ手に取ってそこに書かれている まあここにねビッグカメラとかヨドバシカメラみたいなね
大きな量販店だったりなんか小さな駅のね まあ当時はねパソコン屋みたいなのがまだ駅前にあったりしたんですよね
中のなんとかパソコンショップみたいなちっちゃいのとかがあって でそれを見ながらカートにね注文通りに注文表通りにこのソフトウェアを一個ずつ
ピッキングっていうかね取っていくんですよね これを1日中やる
でだいたい8時間がその標準の勤務時間なんだけども 基本的にその1日の注文をさばかないと終われないので
なんか当時はまだねそのブラックだとかそういう労働基準法みたいなのも多分あんま 整備されてなくてとにかくその1日の注文が終わるまで僕らは返してもらえないん
ですね もちろんあのサービス残業とか一切なくて働いた分の時給はその1000円でもらえるんだけどもね
とにかく終わりがわからないんですよ 今日行ったら何時に帰れるかっていうのがわからない
まずはこれがちょっと心としてはね相当きつかったですね 5時になったら終わりだーじゃないんですよ
5時になったらあと何時間残業なんだろうっていうのが始まって で僕らはずっとピッキングしてるだけなんでね
まあその注文票が少しずつなくなっていくのはわかるんだけどもね これがゼロにならないと帰れないというそういう感じ
でとにかくそうするとまあ6時8時だから9時から始まって8時だからまあ11時間 ぐらいはね
だいたいこう 働くことになってたんだけどその間ずーっと
歩きっぱなしなんですよ 1時間だけ昼に休憩があってあそかそれから残業の時は6時ぐらいにね
15分ぐらいの休憩があったかな それからえっと3時ぐらいにも15分ぐらいの休憩があるのかな
でそれ以外はとにかくずっとずっと歩くんですよ で時々ねマイクロソフトオフィスとかね
当時でロータスオフィスとかなんかオフィス製品がいっぱいあって あと市太郎とかもあってね市太郎オフィスとかもあって
もう今はなんかもうオフィスといえばマイクロソフト1本になっちゃったんだけど なんか3つ4つありましたね当時はね
でそれが発売されるとえっといわゆるパレットの上に山積みにドンとそれが置かれて これがまた重たいんですよ
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本何冊分ぐらいかな本10冊分ぐらいの重さがあってマニュアルがもう分厚いのが入ってますからね
CD-ROMとかフロッピーは本当軽いんだけど まあ100貨時点が3冊分ぐらいの感じかな
でそれをこのパレットに入れて床の上に置いてね パレットの上に置いて床の上に置いてみんなでピッキングするんだけど
えっと最後の1個取った人はえっとその なんていうの在庫をそこに並べないといけないんですよ
でごまかすこともできながらいいんだけどなんかやっぱり運悪くこの最後の1個ならまだいいんだけど
えっと4つあと4つ取らなきゃいけないって時にそのパレットの上に3つとかになったらもう出さざるを得ないんですよね
だからちょうど1個で終わるなんてことはなくて だいたい行くと足りなくなった場合はその自分で倉庫から大量のパレットを1個持ってこなきゃいけないんですよね
別のフロアーかなんかにあるやつをね サランナップみたいなぐるぐるにくるまれたものすごい重いやつを
なんか赤い台車みたいなね台車じゃないんだよななんかこうフォークみたいなね
なんかこういう仕事をしたことあるしたらわかるんだけどこのパレットを動かすリフトがあるんですよ専用の
後期の方はね僕がこれに乗るのがうまくなってスケートボードにより乗り回してたんだけどね
これがなかなかこう最初の頃は運転できなくてね手動で引っ張るんだけど
そういうことがありつつねそしてずっと歩きつつ ものすごい疲れるんですよね
でまぁこれを1年半ぐらいダラダラダラダラとね僕はそのピッキングを毎日毎日やりながら続けていたんだけども
ある時ですねこの無数人いるねバイトの集団の中にね ものすごいテキパキ働いているグループ6人ぐらいかな6、7人のグループを
発見したんですねまぁ前からちょっと気にはなっていたんだけどなんかなんでこの人たちは こんなに一生懸命やってるんだろうみたいな感じでね
だんだん気になりだしてでそれが特定のグループだってことがわかったんですよ で僕らはもう僕らっていうか僕なんかはもうとにかく早く終わらせたいと思ってダラダラダラダラ
やっててで疲れるなぁと思ってたんだけども その人たちは朝からねテキパキテキパキ動いていろんなことをやるんですよ
そのピッキングだけじゃなくてね 梱包手伝ったりとかね段ボール作ったりとかいろんなことを手掛けていて
なんでこの人たちはこんなに一生懸命真面目に働いてるんだろうと同じ時給なのにねおそらく 社員でもないんですよ
一部はなんかその派遣さんと呼ばれていてねその流通センターの1階に3つぐらいの派遣会社 があってそこからそのヘルパーのようにね
こうなんかピンチになったら手伝いに行くっていうそういう要因としてこう控えてる 人たちもいるんだけどそういう人たちが2,3人とそしていつも来てる
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まあ僕と同じアルバイトの人たちが3,4人 なんか6,7人から8人ぐらいのグループなんですよ
いつもなんか仲良くして一緒にいるんだけど である時あの
大瀬スイスみたいなところで昼食を食べるんだけど そこで近くにね彼らがいたんでね
僕よりも全然年下だなぁと思ったんですね私がもうそろそろ32ぐらいだったんですよね 彼らは20代だったかな
でちょっと聞いてみたんですよなんかみんな皆さんすごい一生懸命やってますよねって なんでそんなテキパキいつもやってんすかみたいなことを気軽に聞いてみたらね
えっだってそうしないとめちゃくちゃ疲れるじゃないですかって言うんですよ で僕はちょっとあ
なんかこれは目から鱗かもと思ってね というのも私はですねその音楽をやってる間というのは基本的に手を抜いたことがなかったんです
よね 自分のバンドだろうとそのうまくいかなかったスタジオの仕事だろうと基本的にはいつも本気
モードというのはねこれ自然になんか僕の中でその音楽というのはこう手を抜いて やるものではなかったんで本気モードでやるっていうことしかなくてですね
でもわかったんですよそっかそっかなるほどねあのモードでこの仕事したら確かに疲れない かもしれないとか思って
ああそうなんですねって言って翌日から ちょっとそのいわゆるテキパキ行ってみようともうなんかいつ終わるとかね
どこまでやんなきゃいけないとか一切考えることなくちょっとこれが俺の本職だ まさにこれが俺の今の転職なんだみたいな感じでちょっと自分をね
騙しながら本気モード出してみたんですよ そしたら本当に疲れないんですよこれがね
びっくりしました だからよくこの本気モードの話をするとねいやいやそんなことをやったら疲れるじゃないですか
っていうね何か余力をちゃんと自分がやりたいことのためにとっておきたいじゃないですか みたいな議論になるんだけどもこれは本当に誤解でね
これ簡単な仕組みなんですよ要は心の中でやりたくないなと思っている だけど体はそれと反対のことをやっている
ねやりたくないことをやっているでこれをやると僕ら心の中に葛藤を抱えるわけですね 本当はやりなやりたくない動作をずーっとしているわけだから
でこれどちらかを変えるしかないんですよ でこの仕事の場合動かないという選択ができないので心のやりたくないってやつを
なくせばいいんですよね でもあのやりたくないっていう気持ちをなくすのは無理なんですね
だからえっと本気でやればいいんですよ 社これちょっと本気でやってみようってそうすると心と体が一つになるんですよね
だから体は当然疲れるんだけどもそれ以上に僕らはこの葛藤というかね このストレスを抱えながら相当消耗しているんですよね
これを僕はこの ソフトバンク流通のこのなんかテキパキグループのたった一言によってだってそうしないと
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疲れるじゃないですかっていうこのね 本当にシンプルななんていうのかなぁもう魔法の言葉ですよね
これによって私は目覚めましてねそうなんだって言って そこからテキパキやり始めるんですよ
そうすると面白いことにこの78人のグループがね なんとなくこの私の方を意識するようになってくれて
クラズロンさんとか言ってちょっとこれやってくれませんか みたいな感じでなんか別の仕事を任せるようになったんですねでこれが確かね
ダンボールを作るってやつだったんですよ ダンボールは小口中口大口ってありましてね
で中口が4種類ぐらいあったのかな だから全部で6種類ぐらいのだダンボールをその作るんだけども
これをただ単にダンボールを作るだけじゃなくてその日のその出荷状況に合わせてね 今その梱包してる人がどのダンボールをたくさん使っていてどのダンボールがそろそろなくなりかけてる
かみたいなのを見張っておいてね でA-4がなくなってきたなとか言ったらこのA-4を増産するみたいなことを人力でやるん
ですね僕の判断において だから結構これ難しいっちゃ難しいんですよねで6番とかを作りすぎると一番大きいやつ
置く場所がなくなってしまうんで あの作りすぎもダメだしえっと足りないのはもう迷惑をかけまくるんで最も許されない行為
なんだけどこれをじっくりとこうね測りながらこう なんかこう補給していくわけですね
で機械があって1台そこにそのダンボールの元というか 折ってあるやつをねガッと入れると綺麗なダンボールにしてこう出だしてくれる
それを上手く積んでえっとスーッとこう床を滑らせながら補給していくっていうね この仕事ちょっとやってみてよってで後から知ったんですけど
まあそのグループはちょっと社員からも一目置かれていてね 割といろんなその指示を出せるっていうねまぁある種のその権力を持っていたんですよね
再拝見というかねまあその社員の人たちもあのほとんどがいわゆる研修社員なんですよ 出版グループのグループとかねソフトバンクがまだその頃もすでにあっていろんな分野
それから最終的にはみんなホワイトカラーになっていく人たちなんだけど最初の1年 このソフトバンク流通で修行するんですよ
だからそのプロフェッショナルではないんですよねそこの倉庫のね さっきのそのトンガリメガニのトンガリメガネの部長はそこの専任なんだけども
ほとんどの社員がその1年目の研修なんでそれほど詳しくない だからそこをそのベテランのバイトたちが補うみたいなそんな感じ
そういうグループだったんですよ彼らはね だから彼らが僕にダンボールを作ってくれと言えば僕はその社員の許可をもらわずに
ダンボール係になれるんですよね まあ要はその彼らのアドバイス通りにねちょっと本気モードになってみたら
まぁちょっと目に留まりねこいついいんじゃないつってこう スカウトされてダンボール係になったんですねそしたらこれがその1日11時間
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フロアを歩き回るのに比べたらほんと天国なんですよ もんなすごい楽でねそういうことかって言ってね
であの昼ご飯とかをね彼らと撮るようになったらまぁいろんなことを教えてくれて クロソロさんやっぱねまずはね
検品を覚えなきゃって なんかそのアドバイスをしてくれるね検品を覚えなきゃダメだよって
僕はその検品とかはもうなんかそのバイトがやる仕事じゃないと思ってたんだけど 検品も全部バイトだったんですよね
で要はそのピッキングしてくるそのカードをねそれをこうもらうときに 注文票と彼らが撮ってきた僕らが撮ってきたものが合ってるかどうかを
こう一個ずつチェックしていくんですね で ok であれば ok と言ってその荷物を梱包の方に回す
もし間違っていたらここが間違ってるんでもう1回これを撮ってこいみたいな指示を出す 検品係っていうのがいるんですよ
でこれが一番楽なんだとねクラザのさんと だからあのまあダンボールもいいけど良かったら検品覚えないよみたいなこと言われてね
ああそうですかつってねちょっとこう トライしようかなと思ったんだけどもこう見ていたらねもう一発であ俺にはできない
なってわかったんですねというのはこのパソコンの知識が必須なんですよ 当時はそのドスブイパソコンつっても
pipc 9801とかねいろんな種類があってそれからそれにマッキントシュがあったりして それにそれごとにそのフロッピーディスクのサイズが違うんですよねなんか5.1 hd とかね
なんかややこしいそのものすごい今のフロッピーディスクだけじゃなくて なんかペラペラの音でかいやつとかもあったりとかしてね
でそこに何か cd 出たばかりの cd ロムとかも入ってきくるんで 検品をするためにはもうパソコンを知らなきゃダメなんですよ
でその面白いことにその67人のグループはねみんなねパソコンを持ってるんですよね パソコンに詳しい人たちだったんですよ
あーなるほどねとさすがソフトバンクだとここはやっぱ it の知識がないとダメなんだなぁと 僕はその音楽やってる時に一度パフォーマーを触ったことがあったんだけども
それもそのアプリを立ち上げてもらってね そこであの触ってたんでえっとパソコンというものには全く縁がなかったんですよね
なんかちょっとこの数年前から買おうかなぁみたいな気にはなっていたんだけども それなりにやっぱり出が張るしね
貧乏暮らしだったんでとても手が出ない高値の花っていう感じでね まあ要は全く縁がなかったんですよねだからこれじゃダメだなぁって言うんで
しばらくその検品係になるのは諦めてやってたんだけど やたらその仲間がね8人組がクラウドさん検品だよって言うんでね
ちょっと悩んだんですけども当時私はですねアナログレコード3000枚から 持ってたんですよねもう赤い頃からずっと集めてきたアナログレコードそれから
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すっかり弾かなくなっていたんですけどエレキギターが7本ぐらいかな そのぐらいはあったなぁそれから
ギブソンのね J200ってやつかなこれが68年モデルっていうね 確かジョージハリスンが持ってたやつと結構同じやつだったと思うんだけども
こういうね結構ヴィンテージものの あとねとってもいいリッケンバッカーの12弦とかね持ってたんだけども
これもう持ってても弾かねえかなみたいな感じがしてしまってね これ全部売ったらパソコン買えんじゃねえかとか思って
ギターを売り払いそしてあるいつも私がお世話になってた国分寺のね 中古レコード屋に電話をして家に来てもらってね
査定してもらってお金を作ったんですよね まあでもまあほとんど2足3本のような値段しかつかなくて
まあそれでもそれなりの金額が手元に残りましてね これでいよいよ私はパソコンをついに買うんですねこれが確か
えっとウィンドウズ95が発売される前夜みたいな感じですね なんかよくテレビのニュースとか見てるとなんかすごいもんが出てくるみたいなねそんな
感じでウィンドウズ95みたいなニュースがよく流れていてね 95年95年の暮れなのかな出たのはちょっとそこを覚えてないんですけどね
とにかくウィンドウズ95が出る直前だったんですよ買ったのはね だから私が買ったパソコンの os はまだウィンドウズ3.1だったんだけど
なんかねアップグレード 県みたいなね無料でウィンドウズ95にアップデートできますよみたいなのがついてた
そんな時期だったんですよね でもう私のこの気質というかねこれはその後も発揮されるんだけどこういうものを買う
時にはもう本当に調べまくってねスペックだとかね ここから少しずつパソコンの勉強し始めて何をどんなマシーンを買えばいいんだみたいな
ことをものすごくマニアックに調べに調べてね でたどり着いたのがねマイクロン当時のマイクロンっていうドスブイパソコンのかなり
ハイスペックのやつを買ったんですよね多分当時最速でハードディとハードディスクの容量も 一番大きいやつみたいなね
ハイスペックマシンですよ当時のねまあそれでも今言うとものすごくしょぼいマシンなんだ けどね
確か200メガぐらいしかに300メガぐらいしかハードディスクなかったんじゃないかな 1ギガなかった気がしますね
そういうモデルを買いましてねでそこから勉強してうんとものすごいものすごい勉強して いろんな本を買いまくってもう多分だけど1ヶ月以内ぐらいに相当使えるようになって
この辺は私あってたんですよねITという分野がね ものすごいあってましてまさに水を得た魚なんだよこれすげーじゃんパソコン面白いじゃん
みたいな感じでね そして見事検品係に慣れてはいはいはいこれねみたいな感じで相当詳しくなってましたからね
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多分1ヶ月ぐらいでそこまで行ったと思います そしたら
今度よっしゃクラウドさん検品できるようになったんでじゃあ梱包行こうかってことになって これがその職場のねソフトバンク流通のエースな職場だったんですよね
最後を担う人たちっていう でまぁえっと検品は相当楽だったんだけど僕にとってはあまり面白い仕事ではなかったんですよね
もうピッキングとかに比べたらもうほんと遥かに遥かに天国だったんだけども ちょっと飽きてきた頃にね
じゃあいよいよ梱包やろうかって言ってね ここから梱包に向かうんだけどもちょっと今日もう45分なってしまったんで
これあのこの番組初の明後日に続くっていうのでいいですかね なんかここまでの話だとだからどうして今ここ
今いる場所で本気を出すが転職なのみたいなところに全く繋がっていないんだけどね ここからあの結構面白くなりますんで
ここまでを整理するとね私は92年ぐらいに スタジオミュージシャンやって全然うまくいかなくて食べられなくなり
要はもうとことん追い詰められてその時行ったドラムのドラムの一人ね紹介された ソフトバンク流通に入るそして地獄のピッキングを1年半ぐらいだらだらやってたところで
なんかものすごいモチベーションの高い6品の人たちに愛で彼らにダンボール係を任命された後 クラスの3検品やんなきゃダメだよって言われて
そしてこともあろうかねもうでも私の中にあったんですね多分もう音楽足洗いたいなって いうかね
なんかこう無数のね嫌な思い出がこういつもいつも頭の中にあってここにはもう近寄り たくないなぁみたいなそんな感じがあったんですよね
そしてアンダログレコード3000枚と思ってたギターを全部売りねこれをマイクロンの構成の コンピューターに取り替えてなんかわらしべ長者みたいな感じなんだけどね
そう周辺機器も全部買い揃いましたよモニターもいいの買ったしプリンターも買ったしね ありとあらゆるものを買って
そして見事検品係を任命され そしてその後ジャックラゾンさん次は梱包上がりだよって誘われたところまでが今日のこれ
までのお話 すいませんここで一旦切らしていただきます果たしてねこの流れがどこに私を導いてくれるの
か どんな風にここから展開していくのか明後日をお楽しみにしてください
そう土曜日今週の土曜日ですねもう毎回言ってますけども加藤さつきと一緒にやっている デッサン教室これをやりますんでありのままを見るデッサン教室というね
まあこれは転職とあんま関係ないから今日の話とはねでもとてもその 何がおすすめかっていうと心が整うから僕にしてみれば多分サウナに入るのと
同じぐらいもしくはそれ以上は行けると思います ですんでねなんかあんまり難しいことを考えずにちょっと木炭デッサンってどんな感じなのを
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やってみたいなとかね なんかちょっと最近こう頭の中がごちゃごちゃしてるんで
すっきりさせたいなというそんな動機だけでもねいいのでよかったらぜひご参加ください 今日はまた特にね
俺といったメッセージをお伝えするようなどこまで行かなかったんですけどもね まあいい1日をお過ごしくださいありがとうございます
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