1. グッドバイブス ミッドナイト楽座
  2. 042 人とのつながりを取り戻し..
2022-10-31 50:14

042 人とのつながりを取り戻して新しい「グッドフェローズ」を創る

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今日は、あらかじめ用意された理念や方針に抵抗があるなら、自分発信の「想い」を共有できる「グッドフェローズ」を創ればいいじゃないかという話をしています。番組でお知らせした「ありのままを見るデッサン教室」と「いまここのボイストレーニング」のお申し込みはこちら→ https://goodvibes20221105.peatix.com https://goodvibes20221112.peatix.com

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グッドバイブス ミッドナイトラクザ by 倉園佳三
こんばんは、ただいま10月31日月曜日の2時23分ですね。 今日はエフタさんとやっている執筆教室の初回の講義をやってきまして、書き始めるのは11月1日からなんですけども、その前にですね
エフタさんからは、この教室がどんな経緯で出来上がったか、何を目指して始めたか、どんなことを追求していく場なのか、みたいなオーバービューを話していただいて、私がその後、表現とは何かとかね
あと、いわゆるジャッジングライティングっていうんですかね。 前はノープランって呼んでたんだけど、目次とか構成案とかを一切待たずにね
その場で閃いた1行ずつを書き綴っていくっていうやり方、そしてもう一つが大切な人を一人思い浮かべて、その人に手作りのプレゼントを送るとしたら、どんな作り方をするかっていうようなイメージ
これをギフトモードと呼んでいまして、これで書くという話 その他ね、もろもろお話ししながら、あとあれか、基本の型というね
書き上げ塾で生まれた、最も基本になる文章の書き方の型があるんですよね これを4つぐらいお伝えして、その後にこの出筆教室で1ヶ月
どんなことを書くかというね、これ企画会議なんですね、言うならばね 私としてはその雑誌を作ってた頃、書籍を作ってた頃の企画会議のような感じでこれをやるんですけどね
まあまあ割とでもライトな感じにしてますね 書き上げ塾だと1人30分以上かかるぐらい、もうみっちりやるんですけどね、ここはね
この両者の違いはね、書き上げ塾は本を作る。本を作ると売るんですよね、やっぱね ということはこれはプロダクトであるという、そういう認識をしてましてね
やっぱりだからプロダクトはみっちりとやっぱり企画会議をやらないと なかなかね、売るというものには仕上がらないという、ここもいろんな話がありましたね
ただこのエフタさんとやってる出筆教室に関しては、これはブログが中心なのでね 必ずしも商品ではない
まあこれでお金を稼ぎたいと思っている方はいらっしゃるかもしれないんだけどもね 基本はそこまでのスタンスではないのでもうちょっとライトになります
ただ、さっきのそのジャジンライティングっていうんですかね 目次案も構成案も決めないんだったら何を書くかも決めない方がいいんじゃないのっていうね
まあそういう話にもなるんだけど、まあ要はバックポッカーのように旅をしたいんですよ でもその際に北に向かうのか南に向かうのかもわからなければ多分一歩も動けないんですよね
だから最初に漠然とした、そうだな北海道の方行ってみようかなみたいなことだけはしっかりと方向づけとしてね
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持っておくこれはとても重要なポイントなんですよね これがなくて何を書いてもいいですよっていうことで始めたらおそらくですね
エディターの前に向かってキーボードを打ち始めたらね さて何を書くんだっていうことで多分先に進まなくなる可能性があるんですね
だから一歩踏み出せるっていう状態を作っておくというのはとても大切なんですよ しかも
皆さん何を書きたいですかっていうような質問をするとですね 必ずまあ出てくるんですねぼんやりとこんな感じこんな感じ
自分の趣味についてとかねこれまで見てきた映画についてとか それはやっぱり必然なんですよね
北に向かうか南に向かうかって多分質問されたらですねやっぱりまあ2つに分かれるはずなんですね
北が100で南がゼロなんてことはなくて人によってやっぱりそれぞれ だったら僕は南に行きますと理由はよくわかんないけどね
なんか南なんですよね行きたい感じはみたいなのを持ってるんですよね これが僕らがそのなんていうのかなあまり深く考えなくてもすでに自分の心の中に
あるその企画の卵みたいなね これはこれだけは最初に明確にしておくんですよね
でこの中でちょっと私が今日ですねえっと おっというかねなんかちょっとぞくっとしたあのお話が一つありましてね
このなんていうのかなまぁ自己紹介みたいなテキスト本当に少ないんですけどね文字量 は本当に簡単なテキストをあのズームのチャットに投げていただくような形にしてるんですね
でここに何について書きたいかとか誰に向けて書きたいかみたいなことを記して いただくんですけどもこのトップにですねこの教室にいらっしゃったその動機
みたいなね何がきっかけだったんですかっていうのを聞いてて ここでですね
もっと世界とつながりたいと思いましたっていうふうに書かれた方が一人いらっしゃってね その方とお話
詳しくしながら世界とつながるというテーマで書いたらいいんじゃないですかねっていうところ に落ち着いたんですけどもね
これがあの実はね先週の金曜日かな この番組でお話ししたその自分発信のつながりを取り戻したいんですよって僕がね
これもなんかあまり意図せずこの言葉を出してしまったんだけどもそれとすごくかぶる ところがあってねかぶるというかなんつーのかなぁこう
シンクロするような感じちょっとドギッとしたんですよね こんなことを考えていらっしゃる方がやっぱりちゃんといてね
しかも私とエフトさんがやっているその執筆教室に来てくれるんだなっていうこの 縁というかつながりねまさにまあこれこそがそのつながりなのかなって
つながりの一つなのかなとも思うんだけど この言葉にねちょっと今日はずいぶんとこう思っていかれましてね
こっち側の話というかしてみようと思うんですよねで偶然ですね あのいつもよく出てくる知恵さんね
浜田知恵さんと12月からかな 今までそのコミュニケーショントレーニングというね私が一人でやってた
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このちょっと衰退していったフェードアウトしていったそのプログラムを知恵さんが今 復活させてくれようとしててね
これも第一期第二期っていうのを2回やったんだけども これの3回目をやっぱり12月に開催しようとただその11月1ヶ月明けてね
ちょっといろいろこう 中身プログラムを練り直したいみたいなことをね
彼女が言ってくれていて なんとなくその知恵さんと話しているとですね僕が何を目指してやっているのかその自分発信の
繋がりって何だろうかっていうのがねだんだんだんだんこう くっきりと見えてくるんですよね
これが不思議な関係でね 知恵さんは実はあの番組でも公言してますけど彼女はその恋愛の対象が同性なんですよね
同性愛レズビアンですね でだからもう結構年齢はあまりあの言わないんですけども
結婚も当然していないしお子さんもいらっしゃらないでおそらく彼女のそのね 恋愛感からして今後もですねいわゆる社会一般で言われるような結婚の形っていうのは
多分彼女はこれからも構築していかないと思うんですよね でもお子さんに関しては例えば養子をもらうとかそういう形はあるかもしれないけども
いわゆる結婚出産みたいなルートの中には乗っていないっていうかね ルートの上かルートの上には乗っていない方なんですよね
彼女と話している中で知恵さんなんかその知恵さんがもしね えっとそういう自分のパーソナリティに合う家族を作ったとしたら
それは何か新しいチームだよねって話をね前回したんですよね これはコミュニティが終わった後かな
次どうしましょうかって話の中でねその時に新しい家族っていう言葉がまず出てきて これはまあ一つは結婚には近いんですよね
結婚というのはそもそも結縁ではないじゃないですか 結縁ではなくて自分の意思でこの人と一緒にいようというね
自分たちだけの関係を作るということなんだけどもそれがえっといわゆる社会一般でね その婚姻届を出すみたいなそこに乗っかっていないという意味でも新しいし
いわゆるね今いうその同性婚とか夫婦別姓とか言われているねそこの仕組みをしっかり やりましょうよと言われているこの時代の流れみたいのにもあっているし
なんかそうすると新しい家族というか新しいチームみたいなキーワードが出てきたんですよね それで今知恵さんはその新しいチームっていうタイトルっていうかねまあこれは課題なんですけどね
そういうもので今企画書をガンガン書いてくれてて私にもつい昨日から送ってくれたんです けどなかなか熱のこもったね
素晴らしい文章で何かいけそうな気がするなあっていうねこれがちょっと僕と今知恵さんで 楽しみにしている一つの企画でもあるわけですね
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同時に私はまあこの番組でも以前お話ししたんですけど次の本をどうしようかなっていうね あの攻撃のないコミュニケーションの後ねもう10ヶ月経ってますけども
一冊も本を書いていないのでそろそろ何か新しい本を書きたいなという欲求というかね 想いはもうパンパンに膨らんでるんだけど
いかんせんこのテーマでブレてるんですよね もうこの1年間で3個ぐらいあったんですよねさっき言ったそのギフトモードっていうのは
これはありかなと思ってギフトというね 仮タイトルの本を書き始めたんだけどもなんかちょっと小さいというかね
ここだけじゃないなってギフトはこの大きなくくりの中の一部なんじゃないかっていうね それから確かこの番組始めた頃にホームというねキーワード
自分自身の帰る家になるっていうね 家というのは僕らが子供の頃に
外に出ると外に出る出たら僕らがね人工で作った人間が作った仕組みがその山ほど こう待ち受けていてねそこで競争とかね
やっぱり争いみたいなことが行われていて いつでもそこで勝てるとは限らないからもうそこでルーザーのような気分になってね自分は
ダメなんじゃないかなって思った時にパッと家に帰ってくると まあ親もしくは親の役割をしてくれる人がねこうクッと抱きしめてくれて
いやいやそれはねそこで負けただけだよって でも今ここのお家にいるお前はねそのままでいいんだよって言って
私はこのままでいいんだ力を猫復活させてくれる機能 これを自分で持てたら最高ですよっていうまあグッドバイブスってのはそこがゴールでも
あるんだみたいなお話をしたんですけどもね そしてこれができるようになるとえっと周りにいる人たちのホームに自分がなるという役割も
担えるしそれをやっているうちにうんと自分自身でやらなくても自分の周りにね そのホームになってくれる人たちが自然と現れてくるっていうこれは私がその自分で体験
した現象なんですけどもね ホームかなぁみたいなね
でもこれもねなんとなくやっぱりこう そのギフトモードと同じでその一部な感じがしてしまうんですよね
そしてちーさんと話しているうちに僕はこの そっかこのチームというキーワードはありだよなぁという感じがしてきてるんですよ
この私がね前回お話しした自分発信のつながりを取り戻したいと 私がデストロイし続けたこの人とのつながりというのをね
もう一度復活させたいそれが一つ意識なんですけども でもこれが何か猫従来の感じとはちょっと違うんですよね
例えばその僕らの 僕が生まれた頃はねもうちょっとこうそういう色はかなり薄かったんだけども
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おそらくもっとそれ以前のね年代の方にとっては一つやっぱりこう国みたいな えっと大きなくくりがあってね
でそこにそのまあ愛国心なのかこの国を盛り上げようなのかわからないんですけども ある思いを共有できたっていうね日本というねみんな日本人でね俺たちって言うん
でこう共有できたと でそれは多分だけど僕が生まれた頃にはもうあまりなかったんですよね
昭和37年それよりも多分どちらかというとその後はねもうちょっとちっちゃくなってね 企業会社だったような気がしますね
だから何だろう企業戦士とかね 猛烈社員みたいな言葉がこう生まれた頃だったから
この国の国という一つのね思いを共有するなんつーから器みたいなもの これが会社になっていたんですよねだから会社の理念とかね
会社の目指すゴールとか夢目標みたいなものにみんなが乗っかってこれで一つになるっていうね でその時にまあ学校もそうなのかな
愛好心みたいなのがありましたからね それがどんどんどんどん多分ですけどね80年代あたりからだんだん去られていって
まあ就寝雇用とかねそういうものもこう次第に次第にこうなくなりつつなくなっていき でなんかまだあったのは部活みたいな感じかな
ある一つのもうだからかなり小さくなってんですよね学校 愛好心が持てないけど部活愛はあるみたいなね
野球部とかねでそれがまあ例えば甲子園とかのこの試合をテレビで見る中でまさに それをこう体現している子供たちがね
この私た私のこの学校のなんとか部 pl 学園野球部が優勝するんだみたいなこの一つの思いに 乗っかってみんなで何かをしているっていうこれはまだあってこれは今でも多分
ありますよね でもどんどんどんどん薄れていって
最近はおそらくだけどもどうだろうなぁちっちゃなコミュニティ があるかないかでおそらくもう多分個人という感じになっているんでしょうね
で何でそうなっていったかというとうーんと多分僕らはねその ある一つの思いを誰かと共有するとかね共感するってのは多分嫌じゃないんですよ
これが私が取り戻したいというつながりのねえっと厳選になるはずなんでね 僕らがやっぱりそのなんていうのから一つになるとしたら何かこう共通に求めるものっていうの
から追い求めるものとか達成したいものを実現したいものがなければ無理ですよね だからそれ自体はおそらくそれほど僕らにとって違和感のあるもの抵抗のあるものではないんです
よ だけどもその国とか会社とかね学校とか部活っていうのはえっと最初にも思いが用意されちゃってるんです
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よね 入った時にねそれがどうにもその共感しがたい共有しがたいものであることが多分多かったんだろう
ね なんかこうわかんないですけど会社に入ると尺みたいなのが十字を書かれていてね
それを朝読ませるとなんとかかんとかは何とかであるみたいな ドラムにもこれにはちょっとついていけないと製品とか作るその作っている製品とかサービス
は非常にそのね自分が大好きでねここに関わりたいなぁと思って入ったんだけど なんかその理念みたいな先にね用意されているんでこれがその後から入った若い
社員に変えられるようなものでもないしね そういうものにこうアレルギーというのかな
合わないなぁという感じがしてちょっとそこには乗っかれない感じがね どんどんどんどん増していったんじゃないかなと思うんですよ
まあそうしてねえなんていうのかな僕がよく言うその一人だけ自分だけが入れるカプセル みたいなものにね
まあこれは心のカプセルなんですけど文字通りそのちっちゃなカプセルが家にあるわけじゃないんだ けどね
なんとなくその共有しないよみたいな感じ もうこの思いは共有しないからつってこう一人のカプセルで大事にしているようなそんな感じ
になっているんじゃないかなぁと思うんですね だからまぁちょっとその先ほどお話したその執筆教室にいらっしゃった方がこういう感じになっている
かどうかも別としてね でもその方がおっしゃっている世界とのつながりを取り戻したいとねもっと世界とつながりたい
っていう感覚はなんかこの辺から来ているんじゃないかなとねそうでなければもう つながってますからね
だからまぁ どのぐらいかちょっと詳しい年代とか時代はわからないんですけど
まあネットが出てきたっていうのも大きいのかなぁ なんかそういう思いみたいなものがなくても簡単にその人とつながれている
つながっている感じは得られますからね でももうそれが多分ですねソーシャルが出てきてだいたい12年ぐらいなんですよ
今年でね でもなんかそれでもちょっと違うなぁみたいなね
でというのはそのねなんかその 面白いことにその一つのねまあいいか悪いかとかそういうのは置いておいて国とか会社とか
学校とか部活とかね みんなである一つの思いを共有して動いているときって僕らの意識ってのはやっぱりその形の
ない思いの方に向くんですよね 不思議なんだけどだからこれがちょっとその
やりすぎるとですね 人はカホリックになったりするわけね自分の体のことを忘れてその思いに夢中になって
こうなんつーから組織に尽くすとかね 勝つことだけに邁進するみたいなことで思いに向かっていってしまうんでその体を
壊したり長時間働いたりね自然としてしまうんですよね 人とつながって何かをするっていうのは思いを基準にしてますからそちらに向かうんですよ
体のことを忘れるみたいな感じねうんだからといってその体を壊すようなね 方向に行ってはあまりよろしくないんだけども
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これがですねえっとそこがなくてえっと小さなカプセルで自分一人っていう感じになる と体に向かってくるんですよねしょうがないんですよね共有する思いがないので自分一人だけ
だと さあ俺は何しようと何をするのがハッピーなんだろうって考えた時にやっぱこの体の方向に向かって
いくっていうそうするとこの体が喜ぶものはなんだろうっていう体の快感にやっぱり行くん ですよね
自然とだけでもやっぱなんかものを買ったりサウナに入ったりとかねこの体の刺激がこう がっと感じられるようなもの
でもこれで僕らがその満足できるんであれば多分その世界とつながらなきゃいけない感じはし ないんですよね
一人で生きていけないからここのいくらね自分の体の欲求を満たしたところで食べ たり飲んだりね
着飾ったりしたところでここのかりあいたその心の音思いを共有できるしするとしたときに 生まる
ある種のなんていうのかな後充実感満足感みたいなのはぽっかり空いたままなんですよね でもだからといってね
今更そのメイクジャパングレートアゲイン日本語もう一度偉大にみたいなキャッチフレーズ というスローガンには乗れないんですよね乗れそうもない
それから自分とね会う理念を持った会社を探そうとしてもなかなか入ってみなきゃわかん ないですよね
パンフレットにはなんかすごいいい感じのことが書いてあるんだけどいやいやこれもあの 仙台の社長が作ったやつで今もう2代目3代目ってなっていきながら今随分とこれとは
違って違うんですよねみたいなことだって実情はあり得ますよね だからなんかそのありもののキャッチフレーズに乗っかるのも厳しいし
なんかそれにそれを復活するようなことでも多分なくてね やっぱりそうじゃなくて
さっき言ったその自分の意思で決める 関係というかねチーム自分の意思で作っていくチームだとするとやっぱりこの思いみたいな
ものをね何によってつながるかっていうこの思いも 自分で発信していく自分発信のつながるっていうのはやっぱ僕はイメージをするんです
よね これはなんとなく私がたまたま今そういう形で仕事をしているからなんだと思うん
ですよ いろんな人に出会い佐々木さんに出会いエフターさんに出会い
いちえさんに出会いその他もろもろいろんな人に出会いながらね その人たちとその場で僕の持っている何か一つのあるある部分ですね全体ではないんです
よね ある得意技だとかあるやりたいこととかねそれをそう互いにこう合わせてねそれだったら一緒に
できますねみたいなんでそこにじゃあどんな 例えばどんな執筆教室にしていきましょうかね
どんなコミュニケーショントレーニングにしていきましょうかっていう中で まあ2人3人とか小さなチームの中でその思いが共有されていく
まさにその場で思いが作られて でもしかしたらだけどもすごく長い時間永遠にやるというよりはなんかそれぞれがね
その思いを共有できている限りみたいなね あの期限は決まってないんだけどもそんなに長くやるとは限らないよみたいなね
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ある一定の期間一緒にその行動を共にするみたいなそんな感じなんですよね で僕はこれをなんか思い浮かべた時に西武劇っぽいなぁって感じがしたんですよ
でこの話は実はですねえっとグッドバイブスご機嫌な仕事緑の本でえっと書いてい まして
あの本ではそのサイボーグ009とかね 荒野の七人みたいな
なんつーのかなこう異なる個性特技を持った人たちがね 集まってで決して仲は良くないんですよ全然仲良くなくてどちらかって言ったらもうぶつかり
合うような 人間性とかね個性とかその性格みたいなんで言うと全く合わないんだけど
でもなんかその時その時で猫一つの子事件が起こり あんじゃだったらそれ解決するの俺乗っかってもいいよみたいなね
一つの業ゴールを共有してでそれを解決してでまたすぐにねそれが終わるとじゃあねつって こう解散していくまあサイボーグ009は解散しないんだけど
西武劇っていうのは必ずですね まあ例外はあるんだけどその問題があった街で何か問題解決をした後に去っていくんです
よね 役割を終えたって言ってその街を去っていくこのシーンが大概やっぱラストシーンに描かれる
確か荒野の7人も一人なんか残る男がいるんですよねなんか村娘とこれはあの 黒沢監督の7人の侍がベースになっていた確かそっちも同じだったと思うんだけど
村娘と恋した男が一人だけ村に残るんだけど まあだからあれは西武劇としては新しいんですよね
でもだいたい去っていくっていうこの感覚をちょっとやっぱ僕は思い浮かべて子供の頃 からねこの感じが好きなんですよね
なんていうんですかねテンポラリーじゃないななんかその場その場でパッと集まって 僕が行ったそのバンドロックバンド
ソウルバンドみたいなのもちょっとこの色があるんですよね まあ中にはローリングストーンズのように永遠に続いているバンドもあるんだけども
大体私が好きなバンドっていうのはこう2年3年とかねそのぐらいの限られた期間 一緒に行動を共にするっていうねそして解散してまたそれぞれが別の活動をしていくっていう
こういうバンドの方がなんか私はね 結構好きだったりするんだけど
これもね思い浮かべてた時になんかフェローズっていう言葉が浮かんできましてね またちょっと調べてみたんだけどフェローはどちらかっていうとこう
男同士の付き合いみたいなねそういう色があって うーん微妙だなっていうのがあるんだけどまぁまぁそこは巻きにしないとすれば
なんかグッドフェローズっていう この言葉はちょっとグッドバイブスと同じような感じでグッドフェローズっていうのはね
ありかなっていうねそしてこれがなんかちょっと今のところですよまだわかんないんだけど 本のタイトルになりそうな感じがするんですね自分発信のつながり
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グッドフェローズっていうね 新しい思いの共有と言ってもいいでしょうね
これまでは僕らが生まれた頃はすでにそのそういう思いというのが先に用意されていて そこに入りなさいと言われると
まぁしょうがないと入ってみるとどうも合わんと このなんだこの部活のこのなんていうのかみんなが共有しているこの感じはみたいな
そしてみんなバラバラになっていた ところがそのバラバラになった人たちも実はですね
やっぱりこの思いを共有しないと埋まらないぽっかりとしたね心の穴みたいなのがあると これをもう1回そのありものの思いに乗っかるんじゃなくて自分らで作って
そしてそれを共有できる人たちが集まりね それを一つ片付けたらまたじゃねって分かれてまた次のフェローズを見つけていくみたいな
こんな感じはありなのかなって気がするんですよね なんかこういう話をしているとちょっとこうフリーランス寄りというかね
こう自由陣な感じがするんだけど僕はねなんかこれ会社の中でも行ける感じがするんですよ まあ例えば
ね今お話ししたようになんかそのこの会社の大きな方針には全く共感できないようなっていう ねそういう現場にいたとしてもなんかこの一つのプロジェクト
この製品なら共有できるよねみたいなことがもし得られたらね 決してその
社群みたいなものは全く納得しないけれども この製品には夢があるよねとこれができたらやっぱりちょっといろんな人がハッピーにできる
よねっていうものが見つかった時にはそういう大きな社群みたいなものには別にとらわれ ずにここだけ1本ちょっと集中してやってみようかなみたいなそういう発想も持てるんです
よね だからこう社内グッドフェローズみたいなこともあり得るんじゃないかと
これも面白いなぁと思うわけですね なんかあのこの関係はちょっといろんなことがその旧来のチームと違っていてね
まずね親睦を深める必要がないそれからこう ノミニケーションも多分いらないですよね
だから腹を割って話す必要もないそんなどうでもいいと それよりもえっとこれ一緒に作ろうよっていうねまあ僕らで言うと一つのコンテンツなりその
セミナーなりね教室なりプログラムなんだけどもね これがもっとももし僕がねものを作れる人ものってか製品形のある製品を作れる人
であればえっとこういうガジェット作ってみようよとかこういうデバイス面白い あるいは今で言えばそのインターネットのサービスねウェブサービスみたいなものをこういうの
作ってみようよとか おそらく僕が今こんなことを言ってるだけで随分随分昔からねこのインターネットが出たところで
そういう動きというのはおそらくも始まっているんだと思うんですけどね これをね
プライベートの関係までグーッと広げていくっていうのが面白い気がするんですよね だからまさにさっきのね知恵さんのような
えっといわゆるこの国で認められている現在ですよ 現在の国で認められている
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婚姻届に判は押さないけどもなんかそれよりも深い絆で一緒に暮らしている 彼女はいつもどうしてパートナーが欲しいのって聞くとほっこりしたいからって
いうんですよね だから彼女の思いはほっこりなんですよ
なんか普通に僕らがその日常で猫見ている結婚というのはいろんな目的がありますよね まあ経済を伴りするとかね子育てをする環境を作るみたいないろんなゴールがあるんだけど
知恵さんの場合はそれがほっこりなんですよ このたったほっこりという一言に共感してくれるパートナーが見つかったらいいね
知恵ちゃん一緒にじゃあほっこりしようつってずっと暮らしていくみたいなね まあここにおいてはさっきのその目的を達したら別れるとかっていうことを別に挟む必要は
なくてその人と一生添い遂げてもいいわけですね でここで
じゃあそういうチーム新しいチーム 自分発信の思いを共有するチーム私が今ちょっと仮説的にグッドフェローズ課題的にね
仮タイトル的にグッドフェローズと呼んでいるこの集まりチームはどんな風にしたらできるかっていうね ここが多分だけどもグッドバイブスで僕がお話ししていることと完全に一致する気がするんですね
まあまず大きな話で言うとそれぞれの違いに対する寛容さが必要ですよね これはもうなくてはならないでここは寛容であっても苦しいことはないんですよ
なぜかというと共有しているゴールがそこと関係ないから もっと言うとこの違いがなければその人と組む必要がないのでね
私がその個性の話をするときにデコとボコっていうね 一般には欠点長所と呼ばれている僕はそれを欠点長所と見ない方がいいからデコとボコと呼んでるんだけども
これが調和している2つがセットになって一人の人間の個性とか性格みたいなのが出来上がっていると僕は思うんだけども
このデコの方ねお前のこのデコ欲しいって呼び込むじゃないですか そうするとセットでボコがついてくるんですよ
で僕らはなぜか知らないけど一緒に仕事をするという仲間 フェローに対してこのデコをリスペクトするよりもこのボコを意味嫌うっていう方に
向かいがちなんですよね ここを緩和するここを緩和してここに対する寛容さを持つことができたら
このデコを存分に満喫できるっていうかね 自分のプロジェクトの中で発揮してもらえる
いいよそこはそのボコはどうでもいいと なんかお前すぐビビるよなんかあるとかってもういいそこはじゃあ俺がやると
そこはちょっとあなたよりも恐れや不安を感じないという特質を持った私がそこを担当しましょうと
だから怖くなったらいつでも言って僕が怖くないよと言ってあげるからね そこにいちいち目ぐじら立てて
なんでお前途中でビビるんだよって そんなんでやっていけっかっていうのが多分旧来の
なんていうのかなそもそも先に思いが決められていてね 思いとか理念とか指針みたいなのが決められていてお前それに沿ってないじゃんみたいな
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ことでこうイチャモンをつけられてしまうっていうね こういうもんじゃなくていいいいそこはいいですよ時間ルーズなのねはいわかりましたと
じゃあ待ち合わせ時間15分お前には早く言っとくからみたいな感じでこう なんとかしていくっていうねこれがなんかまさにその荒野の7人のあの性格バラバラ
僕はのオーシャンズイレブンもうすっごい好きなんだけど あれもとんでもない人たちばかりですよねこのとんでもない人たちばかりが集まるんだけど
とんでもないというその僕の反対にものすごいでこすごいものがポンとくっついてるんで そこを11人が合わせてね
面白いそのセットを繰り広げるんだけどもこの感じ だからまずは
そもそもその親睦深めるとか腹を割って話すとかそういう世界ではないのでこの違い に対する寛容さそしてそれを感化する力っていうのが試されますよね
でおそらくだけども多分これはトップダウンではないんですよ 誰か一人がリーダーになってえっとそのリーダーまあ役割的なリーダーっていうのはあるんだけども
えっと権力を一人が握っているみたいなねでその人がこうやるぞって言ってはいって みんながついていくっていうことではないんですね
完全にボトムアップつまり対等なんですよここがすっげー重要な気がしますね もちろん
えっと私もいろんな組織を見てきたしそこのねチーム運営のコンサルみたいなこともやってきたんで リーダーが必要だっていうのはなんとなくこれはわかるんだけども
リーダーが権力を持つ必要はないんですよ ここはねここを勘違いしてるんですねやっぱね
なんかこう偉くなる課長会長課長部長となっていくと偉くなるっていうね 全然偉くなってないんですよ
役割が変わってるだけなんですよね 自分がそのリーダーシップを発揮する範囲が広がっているだけでちっとも偉くはなってない
だからここに権力みたいなものを持ってこないっていうねだからトップダウンじゃない ボトムアップの関係
いつでもこの思いというのはねもしくはそのゴールからみんなでこういうことを作っていこうよ っていうその方向性みたいなものは
いつでもみんなで変更可能っていうねそしてそれをこれをこういうふうに変えないかって いうことが等しくその権利が与えられているっていう
こういう感じがとても大切なのかなって気がしますねこれが何か荷台柱みたいになっていて こういうふうな関係をどうやって作ればいいんだっていう
これがもうまさに前回の番組で一つお話ししたねここからはその こういうグッドフェローズな関係を作っていくそのなんつーのかな
条件つったら変なのかななんか必須なことかな僕らができなきゃいけないことって感じかな こういうことができるようになるとこういう面白い
新しい新しいフェローズ新しいチームというのが作れるんじゃないか これの一つ目がやっぱり僕はいいものと悪いものを分断させないっていうこの間の
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番組で話したこのまんまですよね これを個人に当てはめるじゃないですかやっぱりいい人悪い人もしくはその一人の人間の
いいってくいいところ悪いところみたいなね この見方をやめるということですよね
それはおそらくだけど自分の中にある方転だとか正しさに反しているだけで絶対的に いいとか悪いとかを言い切れるものではないはずなんですね
もしくはそのとその時代時代にあった一つの価値観にちょっと外れているっていう まあそのそういう外れてる奴がフェローズの中にいることはすごく貴重なんで
だからここを良いものと悪いものに単純に分断させるのをやめるってことですよね これが1点
だから次におそらくだけど罪悪感のキャッチボールというのをやっちゃダメだなって感じが しますね
罪悪感というのはこれも前にお話ししましたけど許容範囲というのがあってね自分で持てる 量というのが決まっていてそこを超えて溢れてしまうとどうしてもそのフェローズ
たちにチームのメンバーたちに投げ投げようとするんですね 投げられた方はたまったもんじゃないそれを受け取ってしまうと自分の罪ということになるんで
当然だけど投げ返すわけ でこれで僕らはおそらくだけど複数の人たちで何かをやるときにこれはもう本当に家族でも
そうだし友達と3、4人で旅行に行くとかっていう時にもちっちゃくちっちゃくこのちっちゃな 罪悪感を投げあうわけですね
これを止めるっていうことだね でまぁここにはちょっと毎段階があってねやっぱりその日頃から罪悪感を持たないようにする
そして人の間違いとかねおかしな行動 これおかしな行動っていうのは恐れや不安を抱いて本来のその人ではない行動をする
これはもう誰もがやることですね テンパったり怒ったり
憤怒ったりした時の僕らの行動このおかしな行動ね これを罪と見ないっていうこの習慣をつけておかないと罪悪感は残り続けるので
残り続けると溢れた時にはキャッチボールを始める こういうことを止めるってことですよね
だからこれも確かこの番組でお話ししたことがあるんだけど 表現と人格を一緒にしないってことですね
これはいくつかのポイントがあって例えばその仕事上のミスとかね その仕事で企画書を書いたんだけどイマイチだったみたいなねこれは表現その人のね
だからそれが一度や二度その出てきそういうアウトプットが出てきたからといって そいつがダメだとかねこいつはもう使えないみたいなその人格全否定みたいなこのものの見方を変えるということですね
まあそういうこともあるよねとじゃあ次もう一回トライしてよみたいなね その人格に関しては基本的に信頼しておくということです
まあ人格という言葉はあまりふさわしくないな 存在かなその人の存在自体をアウトプットによって否定しないということですね
まあこれはものづくりをする上においては基本の重要な姿勢でね あの時もお話ししましたけど私が本を書きました売れませんでした
レビュー最低でしたみたいなことで俺はダメだと思ってはもう2作目が書けないんですよね このアウトプットはこんなもんだったかという者でもこの俺は大丈夫だから次行こうって言ってこれが
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できる これをですねじたともにそのような視点で見るということが非常に重要ですよねこの猫のこの表現と
人格それからもう一つはえっとそういうアウトプット仕事のアウトプットではなくてね もう一つはおかしな行動ですよね
さっき言った通り僕らはそれや不安を抱えると本来の自分ではない行動してしまう これが多くの場合まあほぼ100%と言っていいんだけど他の人を攻撃する
チームを攻撃する場合によっては今やろうとしているその企画だったりプロダクトだったりね 作ろうとしているその思いを攻撃し始めることもある
こんなのダメだよってそもそも僕はこれはすげーやってたんですよね なんかこう自信がなくなったりそのチームのやってることがうまくいかなくなると
まあ人も攻撃するんだけどそもそもこのやってることがダメなんじゃないのってすぐ言っちゃう っていうね
このなんていうのかなアウトプットとその私たち私という存在そしてそこにいる仲間 その存在たちを
アウトプットとは完全に切り離しておいて 今はこれしか出せてないけど多分俺たちはこの次にはもっといいものが出せるんだよねっていう
この感覚をじたともに持っておくっていうのが重要ですよね からその時にえっともしそのおかしな行動をしている人がいたら
彼は夢を見ているんだっていうことを認めるってことですね
現実を見ているんではなくて彼はそれが不安を抱えて自分の頭の中で作り出した 心象を見て怯えている
だからおかしな行動をしているこの夢を見ている人には罪はないというこの感じですね これはさっきの罪悪感の話ともリンクするんだけども
これを僕らは間に受けるんですねで間に受けながら怖くなるから自分も夢を見 ちゃうんですね
そうすると2人とも夢の中に入ってしまいそこで争うのでそこでどれだけ揉めてどれだけ 喧嘩してひどい
バリ雑言を吐き合ったとしても現実は何も変わっていないというね 結構悲惨な結果に行き着くんですけどね
そうではなくておっとっと今この人それが不安を抱いたなっていう時に 自分がそれをやらげる側にパッと回れるかどうかっていうね
これも公平とか不公平とかねそんなことを一切考えずになんか俺いつもその目覚ませ役 ばっかやってんじゃんってなんでこいつはいつもこうやって
おかしな行動に行っちゃうんだよみたいなことを不平不満を言うんではなくて必ず自分も その夢を見る見る番が来るのでね
その時はお前起こしてくれよって言いながらね どうした何が怖いねその人が言う喋ってる言葉これは夢にうなされて怖いんだ助けてくれ
って言ってるんだってそういうふうに全部聞きね ここここもやはり感化しながらこの人がきっとそれが不安を取り除いて
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話してくれればね本来のあいつに戻るんだよねっていうこの感じ このあたりもね実はその荒野の7人とか
えっとオーシャンズイレブンとかをねじっくり見てるとね あやってるなっていうのがこう見えるんですよあこいつ今落ち込んでると学科の自信
失ってるってその相手に向かって同じメンバー 普段はあんまり仲良くないし人のことなんか全然気にしてない感じのやつがスッと寄り
沿っていきながらね その恐れや不安を取り除く役に回ってるんですよねこういうものがね描かれてるんですよ
このチームものっていうのかな その辺もですぜひですねこの映画の中で誰がいつ誰に対してこの夢を見てる人に対して
恐れや不安を取り除くその試みをねやっているかっていうのをこの辺りをこう 思い浮かべながら見るとまた面白さが増しますよね
つまりはですねここに最後に許すという結論が待ち受けているわけですね ここにあるんですよ
許すと今言ったね良いものと悪いものに分断させない罪悪感のキャッチボールをやめる それからだけ表現と人格を一緒にしないか
そしておかしな行動をしている人は夢を見ていると認めてねえっと 恐れや不安を取り除く役に回るというこれ全部まとめるとこれがを許すと私は
読んでいるんですね もともとその許すというのは罪と罰は人が作った仕組みで私の人生半径5メートルに適用する
必要はないっていうこのしっかりとしたね 決意ができたらもうここにはその罪と罰がないので許す必要もないんですけどもね
その一般に言われる許すっていうのはね私は言文弁の許可という字で書くんだけども これはですねえっと罪を見てるんですね
こいつひでえことしてるなこれ罪だなぁと まあいいや多めに見といてやろうっていうこれがいわゆる言文弁の許すってやつですね
これはですねえっと力が上のものでしかできないんですよ 対等な立場ではできないんですよね
余裕がないとダメなんですよまあすんごいその部長がね その平野社員に対してお前今回だけ多めに見てやるぞ
見たらこんな余裕の中でやるもの そしておそらくだけどもこの場合許してないと思うんですよね
かなりのその確率で根に持っている方が多分多いと思います そうではなくて私が
漢字で書く許すはあと赤という字に車音車の車 これを使って許すと書いてるんだけどもこれはですね
えっとそもそも罪と罰はないよねっていうこの感じこれがまずここから始まり そしてえっとあらゆるおかしな行動をする人はそれを不安の中で夢を見ているんだと
夢を見ている人に罪はないもともと罪はないんだけどさらに言うならば夢を見ている 人にはもっと罪はないよねっていうこの感じ
そしてえっとじゃあなぜ許すかというとえっと夢を見てるから許すんですよ 許すことによってこの人が夢から覚めてくれるというそういうことなんですよね
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自分もそうです自分自身に対してすごく罪悪感を抱いて落ち込んでいる時自分を責めて いるという時っていうのは間違いなく僕らは夢の中にいるわけです
なぜならばもう私はダメなんじゃないかとかねそういう心象をたくさん作り出してますよね そしてそれを見ながらこのままだと会社クビになるんじゃないか労働に迷うんじゃないかっていう
罪悪感から始まる恐怖の映像みたいなのを見ながら怯えているわけですね そしておかしな行動をするんだけどもこれは本当に夢を見ているのと同じなんですよ
現実をそのままありのままに見ているんじゃなくて自分の頭で作り出した心象を見ながら うなされているここをこの夢から覚めるためには
本当は罪がないんだから許す必要はないんだけどもこの夢の中にはあるわけですよ 罪にまみれているわけですねここに対してそれはないよっていう
そういうふうに見なくていいよっていうこの一言を自分にかけるということですね 自分を許すというのはねこの瞬間に僕らパッと夢から目覚められるとすれば
多分だけどこの許すというのはね最後の目覚めるために最後に見る夢なんですよ こんな風に捉えるとあのとかくねやっぱこの話をすると許すというのは上から目線で
ちょっと嫌な感じがするとよっしゃ許して死んぜようみたいなねそうじゃないんですよ これは夢から目覚めるために指をパチンと鳴らす
これと同じようなものなんですね 自分が他の人に対してすごくこのこいつは悪人だ
なんとかしなきゃ罰を与えたいってね許せないって感じている時に 一言
まあいや罪と罰はないんだったらよしそしてこの人は夢を見てるんだな 許そうとこの言った瞬間に自分も目覚めることができるんですね
大そうかとそしてさっき僕が言った最初のなんて大きな柱の2つっていうのかな 寛容さと感化っていうのがそれぞれの違いに対する寛容さとそれを感化する力っていう
のがこう蘇ってくるわけですね そもそも罪じゃないんだからまあまあこいつがこうであっても別に構わないよこのチームは
崩れないよねっていう 何だっけ何を一緒にやるんだっけ大そうかこの製品を一緒に作るんだとそれは全然まだ動いてるじゃん
みたいなこんな感じね ここに登場するわけですね
間違いは訂正できるってことですどんな間違いもね訂正できる ここの信頼を受けるということがやっぱこのグッドフェロスのとても重要な条件になるでしょう
ね そして罪は消えないんですよ
やっぱりさっきのごんべんの許すは相当力関係が上じゃないとできない もしくはねすごく年上だとかね子供と大人みたいな関係でないとできないんですよ
だから一旦これを見たら多分もう僕らフェローズではいられない ちっちゃなものであれば何とかごまかして続けられるかもしれないけども
ここが私たちを多分だけども人とバラバラにさせる大きな要因になっていくんでしょうね 私もその人間関係をデストロイしている時は例外なくこいつは罪だ
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こいつは罪だって思ってました そしてこのぶち切れるこの俺のぶち切れはお前に対する罰なんだよっていうねこの感覚を
持っている限り多分だけども最終的には必ず一人だけが入るカプセルに 閉じこもりたくなりますね
このあたりをなんか僕らがクリアをしていくっていうかね 当然やっぱりそうなるわけですよ新しいつながり新しい関係
これを取り戻そうとするんであればえっと以前なぜこのつながりが切れたのかっていう ところに立ち戻らなきゃいけないですよね
そして僕が今言ったようなことが反対に動いた場合でいいものと悪いものが分断されね 罪悪感のキャッチボールをしながら表現と人格が一緒になっていてそして
えっと夢を見ていると思えないでこいつはこういつこのひどいことをしているこいつが この人格なんだってかね
こいつそのものなんだまさにねその生まれながらの悪人なんだみたいな この見方をしている限り多分僕らはなんていうかなその思いかその自分発信のね
こういうことをこういうことを いろんな人たちと共有してみたいというそのそれが多分だけどもする相手がいなくなる
ということですよね このつながりを取り戻すのであればやっぱりこのマナーというかね
マナーというのはそのルールとかそういう意味じゃなくて立ち振る舞い方 そして自分の考え方捉え方
人をどのように見るかっていうねそして自分自身をどのように見るかという ここをしっかりと修正していけば僕はなんかこれからもその荒野の7人とかオーシャンズイレブンの
ようなねそして知恵さんのような 自分が作る自分だけの家族みたいな新しいチームフェローズが出来上がっていくんじゃない
かなと思います 多分なんか僕はこうこのグッドバイブスを書いた時にはねその感じはあまり持て
なかったんだけども 知恵さんとかもう多分エフターさんとの関係でもねちょっと僕はそれを強く感じることがあるんです
よね この
なんか円とかその組み合わせによって 私がこういう考えにだんだん導かれていっているんだなぁという感じがしますね
これもまたそのコラボレーションというのかな フェローズによるコラボレーションの面白さなんでしょうね自分一人ではとても
たどり着けなかったところに連れて行ってもらえるというね なんかちょっとこう方向性がね見えてきたような感じがしてちょっと私は今
ワクワクしていますこれが本にできたらいいんですけどもね 書けるかなどうだろうと私もその書き上げ塾とか執筆教室で書けない時はこうする
みたいな話を山ほどしてますけどもなかなかこう自分でそれをやろうとすると難しい みたいなところもなくはないわけですね
まあきっとなんか近日中にこの話を書き始めるのかなという予感はしています で今週末が
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加藤さつきと一緒にやっているデッサン教室ですねありのままを見るデッサン教室 このありのままを見るというのはですね
まさにその良いものと悪いものに分けないとかね 表現と人格をしっかりと分けてみるというとても重要なトレーニングになるんですね
心象ではなく現実を見に行くという3時間やるんですけどずーっとモチーフを眺めて そしてそれを紙に書き書いているわけですからね
そこに心象を挟む余裕余地がないってこの世界に3時間入るとね まずその頭の思考がピタッと止まってとってもいい感じに癒されますね
体はちょっと疲れるんですけどね普段やらないその デッサンというかな木炭デッサンみたいな動きを散々やりますからね
僕は毎回これでちょっとリフレッシュさせてもらっています そしてその翌週が今ここにあるボイストレーニングっていうね
これをも私が今ライフワークとしてやっている今ここを実感するため これを歌を通して実感するというそういうプログラムです
これは課題曲を選んでいただいていつも事務局で紹介している矢部成子さんが今ここでは ピアニストとなりましてね
とても良い伴奏を披露してくれますんでなんか好きな曲が歌えるっていうだけでもちょっと 楽しいかなと単純にそれだけでも
やってみたら面白いと思いますねお勧めしますそんな感じで今日は終わりますかね そうですね今日はなんだろうな一言で言うのは難しいな
例えばね今日出会う人たちと今日私がお話ししたようなねこのフェローズな関係をどうすれば 結べるんだろうみたいなことを心の中で想像しながら暮らすと面白いかもしれないですね
こいつとなんか一緒にやれっかなーみたいなね そんな感じでいい一日をお過ごしくださいありがとうございます
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