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グッドバイズ、ミッドナイトラクザ、 by クラザムケイザ
こんばんは。ただいま、2023年1月6日金曜日の午前2時32分です。
新年明けましておめでとうございます。
昨年はね、本当にこの番組お世話になりまして、今年もですね、続けていきたいと思ってますんで、よろしくお願いします。
皆さんどんなシファスとね、お正月を迎えられたんでしょうかね。
私はそうですね、だいたい30日から完全休養という感じで、お休みになりまして、
3日に1、2、3、ここまで約5日間かな、もう本当に何もせず、何もせずのんびりしていましたね。
前から見たかった映画とかね、なかなか長くてちょっと見る機会がなかったようなね、
新エヴァンゲリオン見ましたね、あと最新のバットマンね、これも結構長いんですが、なかなか面白かったですね。
あと最新のプライムに上がった呪術回戦ゼロかな、これも見ましたね。
なんかそんな映画ばっかりなんですけどね、やっぱり家でね、のんびりしてる時にはちょっとあんまりシリアスなドラマとかね、
そういうものはちょっと重たくて見られないので、そういうやつかな、バットマンとかエヴァンゲリオンとかね、呪術回戦みたいなやつがちょうどいい。
しかも3本ともテーマが似ててね、またこの話もどっかでしようかと思うんですけどね、ちょっとグッドバイブスなテーマだなっていう感じだったんですけどね、
とても楽しみましたね。他にももうネットフリックスとかプライムとかね、あと私の好きなVシネマ見放題みたいな感じで、
本当に何もしないでずっとのんびりしていました。
4日の水曜日にこの番組を始めるか、それとも金曜日の今日を始めるかっていうのはちょっとだけ悩んだんですけどね、
なんかちょっとこう、あんまり間開けたくないなみたいな感じもあったりして、だからといって3日の夜にやってしまうと、
なんかその2日までしか休んでない感じがするんでね、もうちょっとここは涙を飲んでというかね、ちょっと待っていただいて復活しますんでっていうか別に落ちてはいなかったんですが、
再開しますんでちょっとお待ちくださいみたいなことを心の中でリスナーの皆さんにつぶやきながら、
満を持して、それなりに満を持して、今日ようやく始めてる感じですね。
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そうそう、そして今日はですね、突然年末に閃いた緊急企画、7時間みんなで一緒にジャチンワークというのをやってきましてね、
もともと場所がね、この南大沢という偏僻なところ、偏僻って言っちゃいけないのかな、八王子の新宿駅から京王相模線に乗って終点の二つ手前というね、
特急でもやっぱり40分近くかかるようなところで、そういう場所がね、まず遠いというのと、いきなり年末にいつかからやりますみたいなね、
本当は3日くらいにやりたかったんですけどね、障害学習センターという公共の施設を使っていて、ここが空いてなかったんですよね、
4日も満員でね、たまたまいつか京王にダンスを練習するフロアがあるんですよ、
いつもはバレーとかね、エアロビーとか爆音でユーロビートかけながらみんなが踊るみたいなね、
しかもこういうご時世なんでドアを開けっぱなしでやるんで、中のレッスン丸見えなんですけどね、
そのフロア、土足禁止のフロアで、前面鏡張りみたいなところでね、机を4つ出して、
本当に少人数だったんですけどもね、駆けつけてくださる方がいらっしゃってね、とてもいい時間を過ごせましたね、
この企画はですね、もう手応えばっちりありましたんで、
第2回をね、2月の11日建国記念日かな、この日にまた同じ南大沢で申し訳ないんですけどね、
一応ですね、南大沢はね、まずきれいな遊歩道がある、これが売りですね、
それからご存知の三井アウトレットパークというのがね、駅のすぐ近くにあって、
障害学習センターも駅の近くなんでね、途中で休憩して散歩に行ったりとかね、アウトレットパークで買い物したりするのもあり、
あと映画館もあるんですよ、東宝シネマもあるんでね、
半分参加して半分映画みたいなね、そんなのも全然問題ないんで、
遊びがてらね、ちょっと来ていただくみたいなそんな感じかな、
それで今回ね、ちょっと参加者のご都合でね、ちょっと開始時間が本当は1時からだったんだけど、
午後3時になってね、2時間ちょっと倒してやったんで、実質5時間ぐらいだったんですけどね、
ただね、後ろ8時半ぐらいまで伸ばしたんで、5時間半ぐらいだったのか、
で、講義をちょっと長めに撮りまして、というのもジャジンワークについて詳しく知りたいという方がね、いらしてくれたんで、
当初の予定だと講義は1時間ぐらいで終わろうと思ってたんだけど、これを2時間ぐらいやりましてね、
で、ジャジンワークはもともとオンラインでしかやったことがなかったんで、
このリアルでね、皆さんを目の前にしてこのジャジンワークについての説明をするっていうのは初めてだったんですけど、
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私はこういう時だいたいホワイトボードにガンガン描きながらね、図を描きながら説明するんだけど、
そしたらとってもいいね、いつもスライド作ってあってね、これになぞって説明するっていうのをやってたんだけども、
毎週やってましたからね、これ以前はね、毎週だから1本スライド作っておいてこれを使い回そうみたいなそんな感じだったんだけど、
なんか僕はこの説明にいつも手応えが感じられなくてね、
今日ようやくですね、これだよねみたいな解説というかな、講義ができて、
ちょっと自分で撮ったホワイトボードをね、自分で写真に収めるみたいなことをしたぐらいいい感じでお伝えできたんですけどね、
お一人の参加者の方がお母さんでね、小学校2年のお子さんを同伴されていまして、
いやこれは面白いなと思ってね、やりたいことを好きに何でもやっていい時間、しかもひらめきに沿ってね、
ここに小児のお子さんが来ると何をするんだろうなと思ってね、ちょっとドキドキしてたんですよね、退屈なんねえかな、3時間も4時間もいけるかなと思ったらね、
なんとスイッチゲーム機のね、これを持参されまして、これだったら何時間でもいけるじゃんみたいな、
しかも普段はですね、2時間までというルールの中で1日、1日2時間までという制限の中で、
YouTubeとかゲームとか何でも見られるらしいんですよね、今のスイッチはね、ちょっと私は買ってないんでわかんないんですが、
買うとですね、また鬼のようにハマってしまうんで、スイッチだけは今手を出さないようにしてるんですよね、何をやってもいいと言いつつもね、
流石に60過ぎて、私モンスターハンターとかハマるとね、1000時間とかやってしまうタッチなので、流石に今からね、モンスターハンターにハマるのはちょっときついかなと思ってね、
私も昨年歓歴を迎えたんでね、いくら人生のちょうどいいみたいなこと、僕は残り時間少なくなくてちょうどいいみたいなことを言ってるんですが、
流石にちょっとそれを模範に使おうっていう気にはなれないんでね、やらないんですけども、これを持ってきていただければね、
だからその1日2時間ルールも今日は無しとね、解放されてまして、ゲームし放題みたいなね、
割とシャイな感じのお子さんだったんですよね、最初はちょっと挨拶するのも顔がぽっと赤なんだりしてね、
お母さんの後ろに隠れたりするような感じだったんだけど、何にもしてないのに僕は淡々と邪神白の説明をしたりしてるだけだったんだけど、
なんかなついてくれましてね、僕のこの講師席っていうんですか、一番前にあった講師席に勝手に椅子をこう自分で持ってきてね、
ほんと僕のぴったり隣に座ってずっとゲームやってるんですよね、僕はそれを見せてもらいながらね、
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そしたら今まで持ってなかったテトリスダウンロードするみたいなことを言って見せたいみたいなね、
そしたら全然上手くなくて、いきなりL型のコマが降りてきたんですけどね、
それを縦にポンと置いて、Lの形じゃなくてね、Lじゃ曲がってない方が頂点の方が下に立って、
上にビコンって、いやいやそれ一発目まずいでしょみたいなことを見せてもらいながらね、
それも楽しくて、だからお子さん同伴ってのはありだなっていうね、
お絵かきとか本でもいいんでしょうしね、とにかくゲーム機渡すときは絶対大丈夫だなっていうふうに思いましたね、
だからぜひぜひ親子でやってきてくださいっていうか、次回はね、
その後、自習タイムというかね、これもほんと集中できましたね、
僕も結構いろんな仕事を溜まってたやつを片付けたんですが、
参加していただいた方もね、びっくりするほど早く終わりましたみたいなね、
その方はね、ビデオの編集をやりに来てくれたんですけどもね、
もっと時間かかると思ってたら、なんかものすごい集中できてあっという間に終わっちゃいましたみたいなね、
本当にいい時間でしたね、このジャージュワーク7時間コースはね、
多分毎月でもやっていいかなっていうそんな感じ、
お客さんが一人もいらっしゃらなくても僕はもうその場で仕事ができるんでね、
これはノーリスクみたいなそんな感じですね、
そしてこのさっき言ったね、うまく説明できたなという中でね、
やっぱりこのあらかじめ予定とかスケジュールを決めずに、
その日その日の現実に沿って閃いたことを次々にやっていくっていうね、
これまあ一般の見方捉え方としてはね、
そんなことをしたら私の正月参加日みたいにね、
だらだら何もせずに過ごしてしまうんじゃないかと思われがちなんですけどもね、
そのなんていうのかな、
現実というのはやっぱり天気があって気候があって温度があってね、
そして自分の体調があって、
それからいろんな人と関わり合いながらね、
その人とどんないきさつで、
例えば何か揉めたとか怒られたとかね、
あんまりいいコミュニケーションができなかったみたいな、
そういうリアルな自分の状態っていうのかな、
そういうものとともに何かをやっていくわけだから、
そこの情報、ものすごい膨大な量の情報ですよね、
外側の環境、そしてその日の一日の流れみたいなもの、
これがその日ではない、
別の日ね、将来の未来の計画、予定を立てるときにはずっぽけ抜けてるんですよね、
ここに僕はすごく問題を感じていて、
なぜならば私たちはやっぱり自分と他の人と環境というね、
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この3つの調和の中で、これが世界なんですよね、
この世界のすべてですよね、自分と他の人と環境、
これ以外には多分ないと思うんですよね、要素というのはね、
こことうまく対話しながら、そこにおいて自分が今何をすればいいのかっていうことを、
現実から教えてもらいながら決めていくっていうやり方の方が、
僕はとても勝利あうというかね、そしてものすごくリアリティを感じる、
だから今この瞬間だからこれをやるんだっていうね、
ものすごく根拠もはっきりしてるっていうのかな、
そこでどんな依頼が来ようと、どんなトラブルが起こったとしてもね、
すべて受け入れて、これが今日の一日なんだ、
これが今ここで起こっていることなんだっていうふうに、
1秒1秒進めていくっていうね、たったそれだけのことなんですけども、
この中でやっぱりとても重要なキーワードが出ましてね、
要は何もしないっていうやつなんですよ、何もしなければうまくいくっていうね、
これもまさにね、この番組でよくグッドバイブス真逆のやり方っていうお話をするんだけども、
一般にはこの何もしないっていうのは一番良くないと言われてるんですよね、
どういうことかというと何もしないというのはどちらかと言ったらちょっと受け身の姿勢なんですよ、
私がそのオススメするジャジュンワークのね、何をやるかこの決める方法というのは、
一つ何かが終わったら自分と他の人と環境と対話するっていうね、
実際にはその環境とお話しすることはできないんだけども、
例えば自分がいる部屋を見渡したりオフィスを見渡したりね、
外であればその外を見渡したりしながら今何ができる、何をしてほしいみたいなことをその環境に問うわけですね、
他の人がいればもしかしたら依頼が来るかもしれない、あるいは無言の依頼みたいなのもありますよね、
特にお子さんとかだったらなんかちょっとこう表情曇らせてる、どうしたって声をかける、
そこで初めて依頼が出されるみたいなね、そういうことをこの周りから受け取りながら決めていくわけだから、
どちらかと言ったら受け身なんですよね、姿勢とすれば、一般にはこれはあまり良くないとされてる、
受け身じゃダメだよっていうね、その反対は能動ですよね、能動で動きなさい、それから自発で動きなさいって言われるね、
この反対を僕はお勧めしてるわけね、だから何もしないというのが極意になるんです、
実はこれね、去年の1月に出版したね、私の攻撃のないコミュニケーションという本の扉の一番最初に2行書いた言葉がありまして、
私たちはコミュニケーションをするために生まれてきた、何もしなければそのありのままの自分が現れてくれるっていう風な2行を書いたんですけどね、
これが僕にとってのどうすれば上手くコミュニケーションができるかの答えなんですよね、
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今日は何もしないというテーマでお話をするんだけども、3つぐらいあるんですね、これに関連する話が、
1つ目はですね、僕らがそもそも生まれながらに、この生まれながらにっていうのはちょっと微妙なんですけどね、
0歳の時にパンとこの世界に飛び出た時には基本何もできないんでね、
どこからが自分が後付けで習得した技術能力なのかっていうこの見上げはなかなか難しいんだけども、
基本的には学校に行ったりとかね、特別な授業とかレッスンを受けなくてもできるものっていうこんな感じで僕は捉えてるんですね、
だからお家でちょっとしたその日付とかトレーニングみたいなものもそこでなされるんだけども、
おそらく放っておいてもきっとできるようになるだろうなみたいなね、その大人と一緒に過ごしていれば、
いつかは自然にそれができるようになる、つまりそれは僕も猫を何度か飼っているし、今も双子の猫がね、
家にいるんだけど、この猫を見てるとね、いっぱいあるんですよね、そういうことがね、何にも教えてないのに砂が引かれているトイレで用を足すとかね、
それから当然だけどもそのご飯を食べる、これも教えてない、水を飲む、あの器用に飲みますよね、
ペチャペチャペチャってね、このベロだけでね、ああいうことを自然にできる、これが当然僕らの中にも備わっている、
この一つがやっぱりコミュニケーションだと思っているんですね、自分の思いを言葉に変えて人に伝える、
言葉は習得するんですが、僕らはおそらくその日本語を習ったっていう記憶ってのは多分ないと思いますね、
自然に話せるようになった、この自然に話せるようになったこの力を使って自分の考えていること、自分の思いというのをね、
ただただ伝えたいというこの思いですよね、伝えたいのよこれをって、分かってくださいみたいなこの感じ、
これを言葉にしている、もしくは表情に出している、もしくはジェスチャーにするとかね、身振り手振りでもありますよね、
いろんな方法でとにかく伝える、これがコミュニケーションの本来の意味ですよね、
こういうものが僕らの人生の中にはたくさんあって、
まずはこれをしっかりと思い出しましょうっていうのが、この何もしないっていう話の一つ目なんですよね、
僕らがその自然にできること、何もその特別なレッスンとか学びをしなくても、
何か技とか技術とかテクニックノウハウを学ばなくても当たり前にできること、これは何だったっけっていうことなんですよ、
というのもここにですね、僕らはいろんなものを付け加えてしまっているので、
例えばコミュニケーション一つとってもとても難しいものとされているわけですね、
だから僕はこの本を書いたりするんだけどもね、でも本当にそうだったのかって振り返ってみるわけですね、
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例えば恋愛もそうですね、これはもう知恵さんと一緒に散々話したんだけども、
そもそも恋愛って何よって振り返ってみるとね、これは確実に誰かを好きになるということから始まるんですよね、
恋愛にこの誰かを好きになる以外の始め方は本当はないはずなんですよ、
そしてじゃあ好きになったらどうする?そしたらその好きな、僕で言えば好きな女の子になるんだけども、
この人とできるだけお話がしたい、近くに寄りたいみたいな思いが湧いてきますわね、
だから近くに行くわけですよ、それでできるだけその好きな女の子のそばにいて遊んだり、学校一緒に帰ったりね、
何だったらその授業で工作とかそういうのがあったら近くで何かやったりとか、
一緒のファンになったら嬉しいなみたいなね、そんな感じですよね、
できるだけその子と同じ時間を過ごしたい、同じ場所で時間と空間ですよね、
それを共にしたいっていうこの思いが発せられてきて、
でたまたま、たまたまですよ、たまたま相手も私に好意を持ってくれたらお付き合いがすごく深まっていくっていう、
これがもう自然な流れなんですよね、これ以外多分本当はなかったんですよ、
でその中にこの相手の気持ちを確かめるためにね、こちらが告白をするみたいなのが入ってくるんだけども、
これも好きだからその子と一緒にいたいから自分の気持ちを伝えるわけですよね、
ここにコミュニケーションも入ってくるんだけども、これも自然な行為ですよ、
お前のこと好きなんだよねって言えばいいだけなんですよね、
でもここで相手がいる話なんで、私クラスのことを別になんとも思ってないからって言われたら終わるんですよ、
これが恋愛じゃないですか、ここから何とかしようとかっていうのもあるんだけどもね、
基本はこれだけですよ、これの繰り返しですよね、
じゃあこの子は自分のことをあまり好きではないんだなと、
でも悲しいなと失恋をしてちょっと胸に痛みを抱えながら何日か悶々と過ごし、
そしてまた目の前に例えばクラスが変わったりしたら別の素敵な子が現れると、
この子も素敵じゃんって言ってまた同じことをやる、
また告白をしたらクラゾノさんは好きじゃないっていう、
クラゾノ君は別に好きじゃないって言われたらそうですかってまた悶々としてっていうのを繰り返すだけですよね、
その後に前の前に告白したあの子のことがまたちょっと気になるって言ったらまた行くかもしれない、
そしたらあの時はダメだったけど2年3年経った後に今回はいいわよって言ってもらえるかもしれないみたいなね、
この好きな相手が誰かが好きだっていうところから始まってたまたまそれに向こうが合致していれば、
同じ思いを抱いていてくれればお付き合いが始まるものすごい単純な行為ですよね、
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恋愛というのはそこに本来は難しさなんかこれっぽっちもなかったはずなんですよね、
コミュニケーションも全く同じ、
ただここに僕らはいつしかそのある種の福祉っていうのかな、
この文法でいうとこの福祉、上手くとか有利にとか場合によっては効率よくとかね、
それから大人になってきたら恥をかかずにみたいなことを加えてしまうんですよ、
この福祉を足した瞬間におそらく自然にできていたことが習ったり学んだりしなければなかなか上手くいかない、
特別な行為に変わってしまうってことですよね、
これを巻き戻してみましょうということなんですよ、
喋る?人と会話する?これって何か特別能力なの?いやいやそんなことはない、
だっていつも喋ってるし人とってね、家に帰ればその家族と喋るし、
これがいつどこで特別な行為に変わるんだ、
おそらくこれは例えば仕事で言えば営業トークとかね、プレゼンテーションの場とかね、
そういうところで変わっていくんでしょう、恋愛にしてもそうなんですよ、
本当は誰かを好きになりその人と一緒にいたい、たったこれだけだったんだけども、
ここに結婚みたいな概念が入ってくるとより条件のいい人とかね、
より経済力がある人とかそういう別の要素がここに加わってくるわけよね、
もちろんそれを抜きには成り立たないでしょうっていう説もあるんだけども、
でも巻き戻してそこから始めるっていう風にした方がね、
僕はその難しくするよりもいいんじゃないかなと思うわけです、
ここまで戻すことによって僕らは随分とこのね、技術テクニックみたいな呪縛からね、
解き放たれるんじゃないかと思うんですね、
ここに当然だけどもそういう風に難しくした方が、
ノウハウ、テクニック、ハウツーみたいなのがそこに生まれてくるのでね、
これは本当に人が作ったいわゆる競技みたいなものね、
それに変えてしまうってことですね、
恋愛というのもよく恋愛ゲームとかいうように別のゲームに変えちゃうんですね、
とにかく自分が理想とする人をものにする方法みたいなね、
チエさんもよく言ってるんだけど、恋愛のテクニックで一番多いのはやっぱりナンパ系らしいんですよね、
でもナンパと恋愛は違いますからね、これはゲームですよやっぱり、
僕の知り合いで高校生の時にバンドやってた吉村君って名前出しちゃうんだけど、
彼とは大学の時くらいまで何度か手伝いでドラムをやってもらったことがあるんだけどね、
僕の実家があった清水に住んでいて千葉のね、
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そこから時々僕がピンチヒッターでドラムをお願いすると東京にやってきてくれるんですよ、
彼は泊まるのも家に泊まるんだけどね、
彼はもう喫水のナンパ師なんですよ、
二十歳過ぎに会った時にはね、もうすっかり本当にプロのナンパ師になってまして、
僕は蘇生屋大蔵に住んでたんだけど、そこにリハーサル終わってねスタジオから帰ると、
駅から家に歩くまで大体10分くらいなんだけど、
その間前から来る女性にほぼ全員に声をかけるんですよ、
やめてくれって言うんだけど、いやいやこれはやめられないんだよってどうしてって聞いたら、
ナンパってどのくらいの確率で成功すると思うって聞くわけね、
分かんない、一割くらいって言ったらバカ言ってんじゃないよと、
100人に1人か200人に1人なんだよと、
ナンパ師と言ってもそれほど腕が良くなかったのかもしれないんだけどね、吉村はね、
いやでも僕もそのくらいだと思いましたね、それを聞いて、
大蔵、そんなさ10人に1人ついてくるんだったら俺だって今からやるよみたいなね、
いやそんな甘くないと、100人に1人なんだよと上手く言って、
だからこうやっていつもいつも声をかけてないとダメなんだと、
理にかなってるなみたいなね、
そんなものにしてしまったらね、さっきの僕が繰り広げた、
この子が好きだ告白します振られた次みたいな話とは全然違うものになってしまいますよね、
これはゲームなんですよね、そしてコミュニケーションもその仕事というある種の競技ね、
ここに当てはめた時に別のもの要素はたくさんたくさん付け加えられてくる、
そしてそこに当然だけどビジネスチャンスが生まれるわけですね、
そこにいろんなノウハウテクニックを提供し、そしてそれを教えますよといえばね、
やっぱニーズはそこにたくさんあるわけ、それは悪くないんですよね、
当然だけどもそのある分野においてはそういうものが必要なのかもしれない、
でも苦手だなと思ったらね、一度はやっぱりここの位置に帰ってみる、
そして当たり前にできてたことなんだなってことを思い出すっていうのは、
僕はすごく救いになるなと思ってね、
その意味で攻撃のないコミュニケーションの最初にこの2行を書いたんですね、
難しい話を一切しない、つまりこれは逆に言ってるってことなんですよ、
まさに真逆のやり方で自分が恋愛とかコミュニケーションとかにね、
付加してしまった、付け加えてしまった余計なことを一個ずつ取り外していくっていうね、
そうすると最後には残るんですよ、ピュアーなやつがね、
もともとのピュアーなやつが残る、自分の考えや思いを何らかの方法で他の人に伝えることっていうコミュニケーションの本来の意味が
甦ってくるっていうかね、いろんなこの皮をたくさん被せてしまった、
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それを一枚一枚玉ねぎのように剥いでいくと、
真ん中にストップコミュニケーションの本質みたいなのが見えてくるわけね、
恋愛もそうですよね、誰かを好きになる、その人と一緒にいたいという、ここから始まるんだよねっていうところに戻してしまえば、
あらゆる難しさ、テクニック、ノウハウが必要な部分というのがいらないんだなってことがわかる、
この瞬間に救いですよね、そんなに難しいものじゃなかったんだな、考えすぎだよな、
勝手にイメージ膨らませてたよな、みたいな感じにたどり着ければね、随分と変わる。
この他にも、例えば歩くね、歩くもありますよね、ウォーキング法みたいなやつがね、
何々式歩き方みたいなのとかあるし、
最近NHKでよくスポーツ番組とか見るとね、かかとを突くのが良いか悪いかみたいな議論がされていたりとか、
今スポーツ科学みたいなのもすごく進んでますからね、正しい歩き方とか言われると、
俺それと違うと思った瞬間に、翌日やってみるとすんげえ難しいな、歩くのは、みたいなことになるわけね。
でもそうじゃなかったんですよね、歩ければいいじゃないですか、
しかもおそらくさっきのコミュニケーションにしても恋愛にしてもね、
必ずこの個性と違いに紐づいてるんですよ、それぞれいろんなやり方があって、
黙って好きな子の近くにいる思いを抱えてるだけでも、もしかしたら向こうは気づいてくれるかもしれない。
だから必ずしもラブレターを出すとか、はっきり告白をするとか、そういうことが必要じゃない可能性もあるんだよね。
自分なりのやり方っていうのが、ここにやっと通用する世界っていうのに戻せるってことですよね。
それから食べる、これも食欲がないみたいなことがありますよね。
あと呼吸法もあるよね。
これもいろんな分野でね、ある目的を持った特別な呼吸法とかっていうのはあって当然なんだけども、
やっぱり僕らはね、私も何度かなったことがあるんだけど、この呼吸ができなくなる、過呼吸ってやつですね。
30代、40代くらいの頃かな、よくなってましたね。
ほんと苦しくてね、どんだけ吸っても吸っても酸素が足んない感じがする。
なんか這うようにしてね、近くのコンビニで酸素分泌法を買いに行ったりとかね、してましたね。
これも何かがちょっとおかしくなってるんですよね。
普段できてた呼吸に対して何かを付け加えてしまってるんだよね。
僕の感覚だと、意識して吸おうとしてる、いっぱい息を吸わなきゃいけないっていうこの恐れや不安を抱いたときにいつも起こってた気がしますね。
それから眠る、それから休む、そういうものもね。
今、アップルウォッチとかあってね、いい眠りをどうのこうのみたいな世界になってるんだけども、ここもやっぱり原点に戻してみるっていうのは一つの手ですよね。
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アップルウォッチ系が悪いとか言わないんだけども、そうではなくて、そもそも眠るのって難しかったんだっけっていうところに戻すっていうね。
とにかく意図して何かをしようと思わなければいいんですね。
意図して何かをしようと思えば思うほど、おそらくそれは僕らにとって難しいものになる。
だから何もしないっていうことを心掛けるわけですね。
だから何もしないっていうのは文字通り何もしないということではなくて、そのこと以外何もしないっていうことなんですよね。
コミュニケーションはまさにその世界だと思いますね。
とにかくどんなブサイクでもいいやと。
言葉が何とか言い直したり、間が空いたり、途中で無言状態が続いたり、考える時間を取ってしまったりしても構わないと。
そもそも目的は何だったかってことですよね。
伝えるためだったんだよね。
じゃあ伝わればいいじゃんみたいなそんな感じ。
それ以外のことは何も意図しない。
うまく効率よく恥をかかずにとか、そんなどうでもいいよと。
目的は何だってところに戻るということですね。
そのために何もしない。
多くの場合、さっき言ったような普段当たり前にできることっていうかね。
歩く、食べる、呼吸する、眠る、休む、恋愛、コミュニケーションみたいなね。
かつては自然にできていたこと。
これがなかなかうまくいかないなと思った時は、
やっぱり心の中に恐れや不安、そして怒り、罪悪感みたいなものがないかどうかっていうのをね。
これを点検するっていうのはとても大事ですね。
これは順番でいつもこの番組で言うように恐れや不安があり、
そしてそれが怒りに変わり、その怒りが罪悪感に変わるみたいな変換をしていくんだけどもね。
このどれかが今自分の心の中にどんと閉めてないかっていうね。
心を閉めてないかっていうこの点検をするんですね。
これはもうそのいろんな手放し方みたいなことをこの番組でもお話ししたんだけど、
基本的にはおそらく全て思考から生まれる、考えから生まれてるんですね。
だから自分の頭の中でこの恐れや不安を作り出していないか、
ずっとその怒りを感じる対象のことをずっと反省していないかとかね、
そしてそれを罪悪感に感じて自分を責めていないかみたいなことを点検して、
ここをできるだけ平安にしておくと。
これによって僕は随分自然にできることを取り戻せるなって感じがします。
これをそのままにして、怒り、恐れや不安、罪悪感みたいなものをそのままにしておきながら、
現象だけを変えるっていうかね、心の中はこれがいっぱい溜まっているのにそこに手を当てずにね、
そこを点検せずに動きとかね、眠れるかとか食べられるかとかね、
そういうものだけにフォーカスするのって、
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例えるならばね、その埃が溜まって吸引力の落ちた掃除機があるとするじゃないですか、
それに吸引力が落ちたって言って埃を捨てずにね、
なんかターボ装置をつけて元通りにしようとしているようなものじゃないかなと思うのね。
これがなんかノウハウなんだと思うんですよ。
そうじゃなくて、パッと開けて埃をスッと捨てればね、吸引力が戻る可能性があるわけ。
これを僕は心の点検っていう風にみなしているわけなんですよね。
だからぜひぜひターボ装置をたくさんつけたとしても元の吸引力が戻らないし、
そもそももっと簡単に掃除機をスッと空にしてあげれば機能が元に戻りますからね。
こちらの方が僕は余計なことをするよりもね、
本来できてたことができないからといってターボ装置みたいなものとかテクニックをつけていくよりも、
シンプルな回復の仕方なんだろうなと思いますね。
これが1点目。
それから2点目はここからちょっと特殊な世界というのかね、
やっぱり技術を身につけなければいけない分野っていうのが僕らの人生にはありますよね。
例えば芸術系、私がやっているような文章の執筆みたいなのもここに入るでしょうね。
それからダンスみたいなパフォーマンス、スポーツ、武道とかね、
専門の技術を習得しないとできない分野っていうのがあります。
おそらく全ての仕事もここに含まれるでしょうね。
仕事にはそれなりにその分野ごとのスキル、経験、知識みたいなのが必要なんで、
これはさっき言ったコミュニケーションとか恋愛とかね、
歩く、食べる、呼吸する、眠るとはちょっと違うんですよね。
でもここにも実は僕は同じ、この何もしないというのが上手くいくやり方として通用すると思っているんですね。
同じようにこれも何もしないというのが極意なんじゃないかと思っているわけ。
こちらはですね、先ほどは変な副詞をつけましたよね。
上手くとか効率よくとか有利にとかね、あと恥をかかずにか。
この辺りをつけてしまった瞬間に当たり前にできることが何かちょっとおかしくなっていく。
難しいものに変わっていく。
こちらの専門分野というかね、後から後付けで技術を習得するような分野に関しては、
余計な目的っていうのをつけたら難しくなるなと思っています。
これはよくあるのは評価されたいですよね。
それからそれを使って特別な人と思われたいとかね。
あるいはスポーツとかではしょうがないんだけども、勝ちたいっていうね。
この過剰な勝ちたい感みたいな。
これを入れた瞬間に難しくなっていくんじゃないかと思うのね。
ここもコミュニケーションとか恋愛と同じように、そのこと以外何もしないっていうのが極意だと思います。
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これは以前この番組でもお話したんだけど、私は歌でこれを学んだんですね。
歌というのもまさに自発能動と捉えるとね、私が歌うという感じになるんだけども、
このこないだねそうそう、紅白もねダイジェストで見たんですね。
オンデマンド、NHKのオンデマンドでちょっと気になる人だけ見たんだけども、
やっぱりこのあんだけの歌手が出るとね、歌っている人と何もしていない人っていうのに分かれるんですよね。
これ僕は確実に分かる気がする。
この人歌ってるなっていうね。
歌なんだから歌って当たり前だと思われるかもしれないんですけどね。
歌ってない人がいるんですよ。
この人はね、表現難しいんだけど、ただ声をその場にブワッと響かせてるような感じね。
何だろう楽器に近いのかな。
多分管楽器、サックスとかトランペット。
僕トランペットもやってたんでね、小学校の時に。
このパーンといい音を出すと、もうそれだけで音楽になる感じがあるんですよね。
そうするとあとは、いい作曲家であれば、そのメロディーが、その響きだけ僕が出していれば、
メロディーがもう勝手にいい音楽を奏でてくれるみたいなそんな感じ。
だから私のね、今ここのボイストレーニングでもこれはもう本当に口を酸っぱくしてお伝えしているんですね。
歌わないでくださいっていう。
歌を歌おうとすると、なんていうのかな、こう人が作ったものって感じになっちゃうんですよね。
どうしてもね。
だから僕はこの自発能動っていうのはあんま信じてないんですよ。
人が意図してやろうとすると、多分何らかの目的をそこに持ってしまうんですね。
歌以外のね、うまく聴かせたいとかね。
まさにその評価されたい。
この歌によって特別な人と見られたいみたいなね。
カラオケ一つとってもそうですよ。
なんかこの場でちょっと歌のうまい人だと思われたいとかね。
あと自分に対してもね、この曲をうまく歌えたと思いたいみたいなそんな感じ。
これを持ってしまうと余計なものがそこに付け加わってしまうんだよね。
それが全くない状態っていうのがおそらく僕が思うに人を感動させる歌なんだろうなと思うんだよね。
意図がないからね。ただただ声を響かせ、そしてそれがメロディーに乗っている。
これが多分僕らの心を一番揺さぶるんですよね。
なんかこう歌にしてもね、感情込めろとかね。
歌詞の意味を理解してその世界を表現しろみたいなことがよく言われるんだけど、
僕はそれ違うなと思うね。
言葉というのも勝手にその言葉が持っている力というのがあって、
それを僕がなんとかっていう風にね、例えば空、青い空と歌えば、
青い空がもうその言葉自体の力で青い空という世界をね、描いてくれるってそんな感じがするんですよ。
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だから文章も全く同じで、どれだけその余計な目的、意図を持たずに書くかっていうのが、
なんか僕はいい文章かそうでないかの分かれ目のような感じがしてるんですね。
なんで私も執筆教室書き上げ塾では、この意図を見抜いてね、これをやめましょうっていうね、
何もしない状態に戻しましょう。
普通の文章と呼んでるんだけど、普通の文章にするっていうことを心掛けてるんですよね。
そうすると読者の頭にスッと入ってくるんですよ。
余計なみたいなのがなくてね。
これがだからやっぱり専門的な技術が必要とされる分野でも、僕は大いに役立ってくれると思うんですね。
ここでも何もしない。これが2番目。
そして3番目は、もうこの番組で何度もお話ししたようにね、
未来を読むというやつね、未来を読んで判断を先取りして、
あらかじめこれが正しいんじゃないかって答えを持って、
場合によっては準備を万端にして何かをする、これをやめましょうということですね。
これも今言ったような未来を読む判断先取りしておく、
正しい答えを持っておく、そして準備をしっかりと整えておく、
これを何もしない状態でやるっていうね。
まさにさっき私が説明したジャジュンワークではこれができないんですよね。
受け身で現実を見てそこから決めますから先は読めないし、
もともと読めないのでね、できないんですが、
僕らはその正解を知りたいというね、かなり無茶な要求を持つんですよね。
だから何かを先取りしておこう、何かを先取りして先回りして準備しておこう、
みたいなことをするんだけど、これをやると必ず思考が動き出すんですね。
暴れ出すと言ってもいいかな。
そうするとその後に何が出てくるかって言ったら恐れや不安が現れてくるわけね。
だからこれを持たずにまさに受け身の姿勢でね、
現実から何をすればいいかを教えてもらう。
つまり何もしないということですね。
それがわかるまでね、現実からこうだな、私のすべきことはこうだな、
今私がやるべきことはこうなんだなってことがわかるまでは、
徹底的に判断とか未来の先読みを保留して、
それから準備ももちろん確実にこれはしなければならないというものはね、あると思います。
それ以外のね、先を読んでこれもやっとこうか、これもやっとこうか、
みたいなことをなるべくしないようにするということですね。
これは確かマルチプロジェクトのところでお話ししたんだけど、
この準備に時間をかければかけるほどね、
僕らはやることを増やせないというね、これ当たり前ですよね。
だからパッとその場に行って、その場で自分の周りにある他の人、環境、
そして自分みたいなところから情報を得ながらその場で対処していく。
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対応していく、まさにアドリブで対処していくってこのやり方をすればね、
準備というのはほとんどいらなくなる。
これにおいて、ここにおいても何もしないというのがね、
実は最強なんじゃないかなと思うわけですね。
だからやっぱりこの自発能動というここの言葉にね、
騙されない方がいいなと思います。
なんとなくとてもいいもののようにこうされてるんだけどね、
僕はこれはよく言う本当のことはわからないを無視してる感じがするんだよね。
ここで使われるのは未来に何が起こるかわからない。
そして因果関係、一つの出来事がどんな結果をもたらすか本当のことはわからない。
だとすれば僕らは何の未来も読めないし、判断の先取りもできない。
正しい答えを最初から持っておこうなんてこともまた夢ですよね。
そしてその未来、因果関係がわからないんであれば、
準備のね、ほとんどはもしかしたら余計なことになってしまうかもしれない。
そこに恐れや不安を持っていたりね、そこにエネルギー、能力を費やすんであれば、
その本番パンと始まった時にそれを発揮する方がおそらくいいんじゃないかなと思うわけですね。
これで3つ何もしないが揃うわけね。
まとめると一つは生まれながらに自然にできていたこと。
これもちょっと微妙なんだけどね、どこまでをそれにするか。
だからどうだろうな、小学校1年生の子供ができることって思えばいいんじゃないかね。
でも今の小学校1年生はいろんなことができるからここも微妙なんだけどね。
もうちょっと前のがいいのかな、保育園ぐらいかな。
保育園ぐらいでできるようなことだったらここに入れていいと思うんですよね。
恋はするのかな。
僕は幼稚園の時恋しましたけどね、金子美香ちゃんという初恋の女の子にね、
好きだと伝えたような気もしますね。
そして手を繋いで歩いていた。
まさに幼稚園からリア充だったっていうね。
そんな言葉はかけらすらありませんでしたけどね。
昭和何年だ、昭和41年ぐらいの話ですからね。
そこでできていたこと。
食べる、眠る、歩く。
そういうものをそのように取り戻すってことですね。
余計なテクニック、ノウハウいらねえよ。
できるよ、そんなものは。
みたいなところに取り戻していきましょうっていうね。
それを取り戻した上で何かある分野でね、
それを特別な形で活用したいんであれば、
そこにテクニック、ノウハウを乗せていけばいい。
ベースのところをね、さっき言ったような、
ホコリが詰まった掃除機状態にしておかないってことですよね。
これは言い換えるならば、
これはとても自分にとって難しいことなんだとかね。
自分は苦手なことなんだっていう、
この思いを抱いているかどうかなんですよ。
これを持っているということは、
多分その本来自然にできるものを、
別の形に変えてしまったっていういいシグナルですよね。
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ああ、そうかそうかと。
だから難しい、苦手だ、できないっていう風に、
僕は感じるようになったんだな、
私はそう思うようになったんだなっていうところに戻ってですね。
だから元々の本来の形に直してみようという。
これが一発目。
それから二番目は、まさにその仕事、
それからスポーツ芸術ね、創作みたいな世界。
ここでもできるだけ余計な目的、
それ以外の目的ね、
それというのは野球であればバッティングで球を打つとかね、
ピッチャーであれば球を投げる。
仕事であれば、私であればですね、
セミナーで何かを解説するとかね、
本を書くとか、
それ以外の目的をできるだけ持たないようにする。
それはですね、そこで持つ目的っていうのは、
おそらく何かを得たいという欲求ですよね。
これはですね、何もしないという状態でやると、
僕は結果として最高に手に入ると思ってるんですね。
緊張のところでね、お話しした通りですよ。
緊張して、もう何かが得たい、何かが得たい、
何かを失いたくないっていうこのね、
余計な目的を背負ってプレゼンテーションをすれば、
必ず緊張するに決まってます。
欲しかったものが得られない。
だから何もしない。
ただただ伝えるんだよね。
これを発表するんだよね。
そこだけを考える。
それ以外の目的を一切持たなければ、
結果多分済んだり行く。
そうすれば、「おお、良かったね。」
という評価は後からついてくるんですよね。
だからこの何もしないというのは、
評価とかその欲しいものを諦めるという意味ではなくて、
実はね、これ難しいんだけどね、
それを先に持ってしまうと何もしないじゃなくなるから、
頭の片隅に、ほんの片隅ぐらいに置いておくことなんだけども、
これが最良の方法なんだなと。
Lとしてもね、Lという目的にとっても、
これが最良の方法なんだなっていう、
そんな捉え方なんじゃないかなと思いますね。
そして3番目に、
私たちが今ここでやること以外にね、
未来を先読みしてやろうとしていること、
ここを何もしないようにするっていう。
これはもう本当に、
くるくる実は回ってるんですよね、
この3つっていうのはね。
僕らはこの3つを同時にやりながら生活をしているんでね、
なぜ本来できることができなくなってしまったかっていうのは、
この3番目に多分関連してるんですよ。
例えば恋愛で告白するとか、
誰かとコミュニケーションするというときに、
先を読んでしまうんですね。
先を読んで正解を持っておこうとする。
この子にどんなふうに告白をするのが正しいやり方なのか。
一番上手く失敗のない、
上手くいく失敗のないやり方なのかってことを
先に考えて読んで答えを持とうとしてしまうんですね。
だから難しくなるんですよ。
ぐるぐる回ってるんですね。
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だからこの3つっていうのはね、
関連しあって回ってる。
もともとの本来の自分ができることに戻すことによって、
この恐れや不安というのも消えていく。
だとしたら余計未来を読まなくてよくなる。
そしてその専門分野にしても、
これ同じようなメカニズムになってるんじゃっていうね。
そういうところで繋がってるわけですね。
この3つをまとめて何もしない。
これを僕は新年の最初にお伝えするのは悪くないなと思いましてね。
これも偶然今日のジャジンワークで閃いた、
登場した言葉なんですけどね。
ここから始めてみるといいのかなって気がしますね。
今年の目標、できるだけ何もしない。
それ以外のことは何もしないっていうね。
これはもう僕は最強のメソッドだと実は思ってますね。
例えるなら自発能動というのは悪セクした感じがしますよね。
ちょっと焦っていて先走ってるような感じ。
これはちょっと僕は将棋が素人なんでね、
例えが合ってるかわかんないんだけど、
小学校の時によくやってた感じだと、
将棋の譜ってやっぱりいっぱい動かすじゃないですか。
なんかやったら動かしますよね。
いっぱいいて。
これがなんか自発能動な世界な感じがする。
かたやね、この王将というのは後ろの方にどんと控えて、
あんまり動かさないんですよね。
ピンチの時とか矢倉を組む時ぐらいで、
まあまあここをそんなに何度も何度もパタパタ動かすってことはない。
このじっとして何もしないっていうね。
これがやっぱ僕はこの不動の構え、
これが何もしないということの近いイメージなんですよね。
だから多分ここに僕らがトンとこの姿勢に来た時に、
最強の自分、僕が言う本来の自分っていうのが現れて、
そこがいろんなことを上手く片付けてくれるんじゃないかなっていうね。
この3つの分野において全て本来の自分が登場する。
そのためのメソッド、これが何もしないっていうそんな感じですかね。
で、昨日ね、仕事始めということで、
1月、2月に控えているイベントのその募集ページ、
Petixを作ったりね、公式ホームページのスケジュールのところを更新したりしてたんですけどね。
もうすでに今月4本イベントがありましてね。
昨年末にね、36本だったみたいなお話したんだけど、
もしかしたら今年はもっと多くなるかもしれない。
だからどのイベントからここでお知らせしようかっていうのも迷うんですけども、
今日はやっぱりですね、このまさに今日のテーマの何もしないというのを体験していただける。
本当に体験できますんで、
今ここのボイストレーニング、何もせずに歌う。
歌わずに歌うっていうね。
これを体感していただける。
1月14日、15時から双子新地というところでね、やるんですけども、
これにぜひお越しください。
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そうですね、課題曲を決めていただいて、
申し込みのときにフォームがありましてね、
ここに自分の希望の曲を入れておくと、
矢部聖子さんがしっかりとピアノの伴奏を練習してきてくれてね、
生ピアノで歌えるという。
そして歌わずに歌う。
どうだってみたいなね、たぶん謎だと思うんですけど、
皆さんそれをやっていただいてるんでね、そんなに難しいことじゃないです。
とても簡単なこと。
むしろこれをやったらこうじゃなきゃ歌いたくないなっていう感じになるような、そんな感じ。
これを1月14日、15時からやります。
まだ2席か3席ぐらい空いてますんで、
よかったら今日詳細のURLを貼っておきますんでね、見てみてください。
よっしゃ、じゃあそんな感じで、
今日はできるだけ何もせずに、余計なことを何もせずに、
いい一日をお過ごしください。
ありがとうございます。