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2022-08-26 40:12

017 たぶん私たちの本性は愛だと思う

ある驚きの体験をして以来、私は「人の本性は愛」と確信するようになりました。でも、それは善人やいい人とは違います。番組でお知らせした、F太さんとの執筆講座の詳細はこちら→ https://goodvibes20220828.peatix.com

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グッドバイブス ミッドナイト楽座 by 倉園佳三
こんばんは、ただいま8月26日金曜日の2時10分ですね。
いつもよりも1時間ぐらい早くこの収録ができているのは、なぜなんだろうという、よくわからないんですよね。
今日は盛りだくさんな1日なはずだったんですけどね。
何時になるんだろうなぁとかって朝起きたときは、ちょっと少しだけ心配になったようなぐらい盛りだくさんつめつめだったんですけどね。
なんかあらかじめ何をやるかを決めずにやっていると、こういう不思議なことが起こる。
私は日々のルーティンみたいなものもほとんどなくてですね。
毎日必ずこれをやるっていうのは、あるとすれば朝のシャワーと歯を磨いてヒゲを剃るというこの一連の作業ですね。
ここだけは多分寸分違わず同じにやってる感じがしますね。
でもそこから先、最初のブレイクファストじゃないですけどね、もうランチタイム過ぎてるぐらいなんですけど。
その時に神さんと何を食べるかみたいなのは、もう本当待ち待ちで時間も待ち待ちでね。
なんか手の込んだものが出てくる時もあれば、昨日買ってあったザルそばみたいなのが出てくる時もあれば。
なんでこう食べる時間とかも5分で終わる日もあれば15分20分かけてる日もあったりとかして、本当に決まってないんですよね。
なんでこう、なぜこの時間になったかみたいなことが全く謎です。
まあでも早く早めに撮れてよかったなという感じですかね。
今日でミッドナイトラクザ17話目になりまして、私は昔からこの17という数字が大好きなんです。
理由はもう簡単で、8月17日生まれたからなんですよね。
あと1とラッキー7が組み合わさってるってのもいいですよね。
だから昔から1と7と17というのが私のラッキーナンバーでして。
何の意味もないんですが、下駄箱とか選ぶときはまず1と7を探し、そして次に17を探し、空いてなければ2番だよみたいなね。
そんな感じなんですが、この17回もやってるとですね、もっと言っていいのかどうかわかんないですけど、僕にとってはもう17回もなんですよ。
いろんなことがやっぱり、以前も言いましたけどね、このポッドキャストをやっていながらたくさんのことを発見できるというか、面白いなと思ってますね。
例えば、毎回毎回また30分を超えたみたいなことを時々つぶやいてるんですけどね。
何か30分に入れたいという思いがあって、これもね、何でそうなのかっていうのがだんだんわかってきたんですね。
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何か僕はね、この一つのテーマ、例えば前回だと評価を手放すみたいな、このテーマを想定すると全部伝えなきゃいけないと思うんですよ。
漏れなくね、この漏れなくってやつがクセもんでね、別に漏れてもいいはずなのに、
例えばそのシーズン3までやったグッドバイブス勉強会っていうのも毎回必ず一つテーマを決めてたんですね。
グッドバイブスの話の中に出てくる、例えば時間の話だとか、罪悪感の話だとか、怒りを手放す話とかね、
あと仕事をどう捉えるんだろうみたいな、こう一個テーマを決めると、そこにまつわるすべての話題をそこに盛り込みたいと思ってしまうんですね。
なぜかというと、このなぜかもわかったんですよ。
これも何回か前に、どの回だっけな、とにかく私がビビリだったっていうタイトルを覚えてないんですけど、
その回でお話ししたように、例えば子供の頃に友達が家に遊びに来ると、
ゲームやる?とかね、テレビ見る?とか、マンガもあるよ?とかね、なんかおやつ食べる?とかね、
じゃあ今度外に行って何かしようか?とかっていう仕切るというか、仕切るじゃないな、
次から次に何か出してくるコンシェルジオみたいな、ホストみたいな役割にすぐ回ってしまうんですね。
これはね、やっぱり来たら友達がつまらない顔をしないでほしいとかね、退屈な顔をしないでほしいっていう、そういう恐れや不安なんですよ。
これを大人になった今でも僕は持ってるんだなということがわかりましたね。
漏れがあっちゃいけないと、このポッドキャストをせっかく聞いていただけるんだから全部お届けしなきゃいけないっていうね、
それを30分でやろうとしてたら入らないに決まってるよねっていうそんな感じですね。
漏れてもいいじゃんって、しかもこれ漏れなくやったら多分30回ぐらいで終わっちゃうってね。
だからバンバン漏れさせないとダメなんですよ。
そして、この間このテーマの時この話をしなかったんですけどね、みたいなので繋いでいけばきっと長く持つんだろうなと。
先のことはわかりませんけどね。
まあでもそうやってこう毎回毎回出し尽くしてる感がありながらも、まだ話せるというのはね、そうやっても泉が湧いてくるのかもしれませんけどね。
ただなんかそういう自分の心がわかるっていうこれは大きいですよね。
俺はこれが怖いんだなと。
面白いことに17回やってると、このポッドキャストを配信するために私はアンカーというサービスを使ってるんですけどね。
なんかこうご丁寧に言って相手言っちゃうんですけど解析ツールがついてて。
人気の記事、番組はこれとかね。
アクセスが今どんなふうに変異してますよとか推移してますよみたいなことをこうビジュアライズ見える化してくれるんですよ。
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でもそんなのなければ気にしないんだけどあるからもうついついいつも見ちゃうんですよね。
もうこれやりだすとキリがないんですけどね。
それで発見したのがなんと一番人気のあるね。
もうこの17回やってるんでもう確実にわかるんですよ。
どの番組が一番人気があるか。
それが11回目の11話目のジャジンワークというのをひらめきましたっていうお話でね。
これが45分で最長なんですよ。
本当にこう人の心象というかね心の像、心で作り出す勝手な想像っていうのはもう現実とかけ離れてるんですよね。
私は長くなればなるほど聞いてもらえなくなるんじゃないかっていう恐れや不安の中で何とか30分に収めようとしてる。
変な余計なことをしてる。
結果はどうか現実はどうかというと一番長い45分の番組が最も多く聞かれているっていうね。
いや本当にもう自分でいつもいつもこの話はしてるんだけども。
結局はいつまで経ってもここに留まっているっていうそんな感じですね。
もう一つがもう一つの発見はねこれはとても僕の中では斬新というか新鮮だなと思ったんだけど。
例えばブログだとすると多分私はこの話をしないと思うんですよね。
書かない。
自分の記事を読み直してね。
これはちょっと長くなってきてるなとかね。
こんなに長いとこんな長文誰も読まないぞみたいな振り返りはするんですよ。
するけどもそのことを多分次の記事で書くことはないですね。
昨日自分の記事を読み返しましてもう少し短くしようと思いますみたいなこと。
書く方もいらっしゃるのかもしれないけど僕は書かないんですね。
そういうことを飲み込んでそれを自分の中で反数し。
じゃあ次は今日はこういう風に書こうと決めて頭からその記事の中身を書き始めるはずなんですよね。
でもこのポッドキャストって面白くてリアルタイムにまず進んでいくんで制御が効かないんですよコントロールがね。
そういう出していい情報と出さない方がいい情報みたいな判断なしにバンバン話してしまうのでこういうよもやま話というかねこぼれ話がポロポロ入っていくわけね。
僕は主に本当に文章でのコンテンツが多かったんでね。
これはちょっと面白い斬新だなと思ってますね。
で面白いことにさらに面白いことにこれをやればやるほど長くなっていくんですよ。
こぼれ話を入れなければ最初からも一発目から本日はこの話はしますとか言って始めれば多分今9分経ってますから9分短縮できるんですよ。
あーなるほどねと。
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じゃあどっちなのよって考えた時に文章だったら短縮してもいいとそこをスパッと切ってもいいけど
なんかpodcastというこのしゃべる番組というのはね口から制御なしにポロッと出てしまうやつをそのまま出しておかないと文章を書くのとあんまり変わらなくなっちゃうんじゃないかっていうね。
でそのうちなんかこう書いた文章そのまま読めばいいみたいになってしまうともうもともこもないというか楽しくなくなるでしょうね。
だからちょっとね私はこの今いろんな仕事をしている中でこのpodcastというこの収録する時間というのはねいい意味での緊張感もありつつなんていうのかな楽しめているんですね。
私はこういうことを感じるとちょっと急動車なタイプなところがありまして
例えば今カキクケコの発音で木のところがカッてこうキッていう風にパチっていうのがね気になってしまって今気になってっていうのはちょっとそれを制御してしゃべったんだけど
でもこれをあんまりやりすぎると私のモットーである何もしないということに反してしまうから
でもこの木の言葉を言う前に木を予想できないよねとかっていうのもあってね突然リアルタイムに切って出てしまうものをどうやってパチと言わせないようにすればいいんだみたいなこともこう試行錯誤しているわけですね。
そうなると私の場合は例えばNHKのニュースとかを見るとねそのプロのアナウンサーのしゃべりをこの視点で見てしまうんですよ。
こいつ今パチって言いましたよね木がねこの木をちゃんとパチと言わせずに言えてるのかなとか思って。
そうするとね結構ねパチって言わせてる。
ああなんだプロでも言うじゃんみたいなねこれはマイクのせいなのかもしれないしなんかいろいろ今後も対策は考えていきたいとは思うんだけど
ちょっと発音で直すというのに今トライをしていてね。
でもこれをやるとこの過去3回ぐらいの番組で実はもうやり始めてるんだけど他の発音に影響が及びましてね。
なんかしどろもどろになって滑舌が妙に悪くなってる部分があったりとかする。
こういうことを振り返りながらねこういうまあなんつーですかねやっぱ改良なのかな自分が思う感じに近づけていくと。
ただあまりやりすぎるとまたつまらなくなる。
どこをほっといてどこを手を入れるかみたいなここがやっぱりコンテンツを作る時の面白さなんですね。
いろんな世界で何とか経験をしていますが今はこのポッドキャストを通じてそれを味わっている。
でねなんかこれあの好きなことを見つける話にも通じるんだけどやってみなきゃわからないってのは本当ですね。
やる前に面白いかどうかを予想するこの感覚って全く意味がないかなって気がします。
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つまり僕がねこの第1話を撮る以前いろんなことを想像してました。
ポッドキャストってこうなんだろうなとかねこういうとこで大変になるのかなとかねネタ撮りどうしようかなとかね周期はどうしようかとかって考えてたんだけどそういうものとは全く違う世界が見えてくる見せてもらえる。
ここで僕らは多分好きになったりハマったりするんですよきっとね。
だからなんかこうやるというのはもう何にもおいて重要。
とか僕らはその考えることに重きを置くんだよね。
考えてその万全を期すみたいなことに重きを置くんだけどそれよりもやってみてわかることの方がなんだろう300万倍ぐらい大きいというかね。
大げさじゃなくもしかしたら01かもしれないですね。
やらなければゼロやってみて1みたいなそんな世界に感じてます。
今日はですねグッドバイブスご機嫌な仕事の緑の本の確かエピローグだったと思うんだけどそこで突然ですね愛という言葉を登場させまして本編に一度も多分出てこないんだけど。
後書きのところで結局は愛の選択をするか恐れや不安の選択をするかの2つしかないんですっていうような話をね。
唐突というよりは唐突ですよね。
エピローグだよ僕はあればねなんていうのかなくあのほらマーベルとかヒーローもののね映画でエンドロールが出た後になんか3分ぐらい次の話を匂わすこうなんつーのこう新しいエピソードがバーンと登場するっていうのが最近流行ってるじゃないですか。
あの感じをちょっとイメージしたしてたのかもしれないね。
そこまで意図はしてなかったんだけど自然に出てきたんだけどもこの話には続きがあるよみたいなことだったのかもしれないんですよ。
でおそらく最近話してる新刊ではそこを書きたいんだろうなと思っていて。
で要はこれどういう話かというと僕らの本性は愛であるというね。
これはまあ一般にはまあこれもねグッドバイブスにはよくあるあまり受け入れられない話なんですよ。
ただこれはそのグッドバイブスの話をする中でまあ根幹になってるというかねこの前提がないと成り立たないっていうとても重要な部分でもあるわけです。
だから私としてもねこのビビリの私としては慎重に慎重にこの話を扱ってるわけですね。
なんかいつも愛ですよ。
愛なんですよ。
愛があればいいんですよみたいな使い方はちょっとしたくないなと思ってて。
愛してます。
今野清代さんはそういう意味ではねすごかったですよね。
何の懸念もなくコンサートでね。
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愛してます。
愛してます?
愛してます?
違う。
棚橋博史だこれは。
プロレスラーの棚橋博史が愛してますって言うんだ。
今野清代さんは愛し合ってるかいって言うんですよね。
お二人とも多分なんとなく私が言わんとしていることに近い感覚を持っているんだろうなという予感はしますがね。
そんな風に使えればいいんですけどね。
ちょっと私はやっぱビビリなのでここ慎重になってしまうというかね。
まあでもなんかこう17回というね別に記念日じゃないんですけど。
流れの中でこの話かな今日はっていうのが予感があったんでこれ行ってみようかなと。
昨日と今日ワンオンワンのセッションをねお二方とやってきまして。
実はこの私の一つのライフワークでもある一対一のセッションっていうのはね。
僕のグッドバイブスの取り組みの中で一番大事にしているし。
とても学びの多いというかね。
私が学ぶためにやっているものではないんですが本来ね。
結果としていろんなものを得ることができる。
まあほとんどこの今このポッドキャストでお話ししていることもね。
おそらくそのワンオンワンのセッションをやってなければできなかった話っていうのは多分山ほどあるだろうなと思う。
そのぐらいなんていうのかな私にとっては学びの方向なんですが。
ここでほぼ毎回実感させていただいているのがやっぱり人の本性は愛なんだっていうね。
この確信を強めるというかね。
まあ科学的にも証明されておそらくいないでしょうし今後もそういうことはきっとない世界の話なんだと思うんですが。
私の仮説ですよね。
この取り組みの根幹をなす仮説だからここが崩れるとすべて崩れ去ってしまうんですが。
これをね確信させてもらえてるなっていう感触がいつもあるんです。
というのもやっぱり初回にいらっしゃった時にはね。
深い悩みを抱えていたりね。
いろんなものが信じられなくなっている。
自分すらね自信も失いとか。
発砲塞がりの状態みたいな感じでね。
私がいつもこのポッドキャストでお話している人生に3度ぐらいあった絶望の淵みたいなね。
そういう感じでいらっしゃる。
当然ですが私すらね多分それほど信じてもらえてないなっていうケースも多いわけです。
こんな奴の話聞いたら余計悩みが深まるんじゃないかとかね。
なんか自分が逆に嫌になっちゃうんじゃないかとかね。
難しいこととか大変なこと言われて余計苦しくなるんじゃないかみたいな。
そんな疑心暗鬼な感じで始まるセッションもあるわけです。
そんな中でやっぱり私はこう自分の支えになっているのはね。
どんな状態であろうとどんな対応であろうとね。
先方がね受講者の方が。
私は本性は愛という確信を持ってこの人のその本性を見るんだっていうこのある種の強い思いを持ってセッションを始めるわけです。
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途中2回3回なかなかうまくいかない。
ようやくその3回目の前4回なんですけどね。
3回目のこの終わりのあたりでなんとなくふっとそこがこう現れ。
そしてラストよしこれが最後だぞと僕もね。
まあ気合ってあんまり言いたくないんだけど気合以外の多分何者でもないから気合をスコッと入れて整えてね。
いろんなことを整えながら私の中からあらゆる恐れや不安を取り除きながらね。
平安な状態でそして私の本性であるこの愛をこれだけを使ってセッションをしようみたいな思いの中アウトですね。
その4回目で見せていただけるっていうこの感覚が大体毎回起こる。
そして昨日今日お二方だったんですがそれを強く感じさせていただいたいただけるようなお二人だったんですね。
やっぱりこの話を今日はしたいなと思いまして。
まずこの番組の何回か忘れたんですけど結構前に性悪説は違うよねっていうその僕の考えをお話したと思うんだけどもこれと同じ意味なんですね。
性悪ではなくて性善かってなるとこれはね善という言葉がねちょっと僕は怪しいなと思っていて。
これはね悪というのが先にありその追語として善という言葉を僕らは使っているような感じがするんですね。
背後に悪がありそしてその反対は善だと。
だから悪でないものっていう風になってしまうんでこの善善行とか言うじゃないですか善なる行いみたいな怪しいんですよね。
どうも善行善の話をしだすとなんかこういい人になりなさいみたいな話になっちゃうんですよね。
その良い人もなんかよくある正しさみたいなのに包まれていてね。
もともとどちらかというと私は不良をぐれてる派だったんで性悪説に基づくその仕組みみたいなものは受け入れないよみたいな子供だったんでこの良い人っていう感覚はどうもアグリできない。
どちらかというと私は落語のね私が尊敬する師匠の一人立川男子さんがよくお話しされていた人間というのは業の生き物であると。
そして落語は業の工程であるというねしょうもないんだよね結局はみたいななんかあればサボっちゃうし酒を飲めばハマっちゃうし。
そういうしょうもない生き物だっていう面はやっぱりずっとあるんだと思うんですね。
だからそれをなんかこう善人になるとかいい人になるとかっていうそういう感じで受け止めてはいないんです。
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だから性悪説の反対は性善説だから私たちの本性は善だっていうそれはちょっと違うんですね。
そうではなくて僕らというのはどういう存在なんだみたいなこんな問いかけから始まっていましてよく引き合いに出すのがそのビッグバンからこの宇宙が生まれるこのプロセスを私は創造のプロセスだと。
そしてその創造のプロセスはビッグバンという点が自分自身を広げながら作っていったという。
私たちはその流れの中で生まれてきたみたいなこの話を創造というキーワードで見たときに僕はやっぱり創造イコール愛なんじゃないかって感じがするんですね。
私たちを見ると私たちも何かをすれば必ず何かを作ってしまうという話をすれば会話が生まれもちろん仕事をすればそのアウトプットが生まれっていうね。
人と付き合うと人間関係というのが生まれるっていう。
やっぱり僕らがその日々生きていてねやってることはすなわち創造なんじゃないかっていうそんな感じがするんですね。
ここでそのいう創造というのはアーティストが手掛けるようなその芸術作品とかそういう意味じゃない。
何かをすれば何かができてしまうっていうね自然にね。
これが破壊じゃないってところがそのミソなんですよね。
もちろん人はねそのいろんなものを破壊しますよ。
でもこの宇宙の広がって今もね膨張してるらしいんだけどそのプロセスは基本的にはやっぱり僕は破壊ではなくて創造なんだろうなと思ってるわけですね。
もしこれが破壊だったら多分僕らは生まれてないだろうなって感じがする。
僕らがそのそれとは反してなぜか破壊創造だけじゃなく破壊してしまうのは理由があるんです。
それはちょっと置いておいて後で話しましょう。
でもう一つはこれはね私の本性はっていう問いなんでやっぱり自分の心に問いかける以外はないんですね。
これは難しいんですよやっぱ。
私の本性ならなんとなくこう自分で探れるけど私以外の人の本性を見ようとしても永遠に多分わからないですよね。
あなたの本性は何ですかっていうね。
これも自分でどう自覚してるかっていうのはまあいろんな影響を受けてますからね。
そしてさっき言ったような強を持っている生き物なのでとてもじゃないけど自分を振り返った時にこの本性に愛があるなんてのはなかなかやっぱりこうそれを断言するってのは相当傲慢なことなんじゃないかみたいなね。
ここもう一つねストッパーなのかな正しさなのかなそういうものがかかってるわけですよ。
それは言っちゃいけないんじゃないかみたいな感じ。
多分これは性悪説で育ってきたおかげですよね。
おかげじゃないか。性か。
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ほっとくとお前は悪いことするんだよ。
毒なことしないんだよ。
そこになんかこう人間の業みたいなものもこう見つつね。
とてもとても愛なんて私ごときが持てるものではございませんっていうのが自然な感覚だと思うんですよね。
ただこれだけは間違いないなと思うことが一つあって。
私は人を愛しているときもしくは人じゃなくてもいいんです。
ものでもいいし例えば仕事でもいいしこの例えばポッドキャストの収録でもいいんだけども何かをある対象に愛を発しているときにね。
愛しているって感覚がわかりますからね自分でね。
果たして自分は幸せかっていう問いなんですよ。
これは多分っていうかまあ私のことだから私がよくわかってるんだけどもイエスですよ。
間違いなくイエスです。
ここもね何かまた愛するが故に辛さもあるじゃないかとかね。
大好きに人を大好きになったら別れが辛いじゃないかみたいなことを持ち込むとややこしくなるんだけど。
その愛している瞬間ですね。
ここ今ここですごくこれは何か愛せるものだなっていうものに出会ったときにハッピーかどうかって言ったら私はハッピーなんですよ。
これは断言できます。
反対に僕は愛の反対側ってのは実はないと思ってるんですけどね。
あえてわかりやすいように言うと何かを憎んでいるときこれは憎いこれは嫌いだ大嫌いだと思っているときにどうだって言ったらアンハッピーですね。
やっぱり幸せじゃないんですね。
怒りに燃えていたり復讐心に燃えていたり相手をどうにかしてやろうとかね攻撃してやろうとかねギャフンと言わせてやろうとしているときこのときやっぱり僕は一度も幸せを感じたことがないんですよ。
そうすると本性であるわけだからね本性が不幸っていうのはちょっともうなんか存在として嫌じゃないですか。
まあそうすると僕らは不幸な生き物であるってことになるんだけどちょっとそれは私は受け入れがたいんでね。
やっぱり本性に従っている方が幸せなんだろうなというふうに思ったときにこれは愛が本性でいいんじゃないかってそんな感じがするんですね。
それからもう一つこれも私がそのよくねなんかこの話よくしますけどね絶望の淵に人生で3度ぐらい立たされたときに私を救ってくれたのがこの本性でもあります。
これは詳しいエピソードをお話しした方が本当はいいのかもしれないんだけどなかなかちょっと重い話でしてね。
一回だけ勉強会でこの全貌をお話ししたことがあるんだけどこれはまあ誰でも聞ける放送ですのでねちょっと差し支えがある部分もあるんでなかなかこうすべてお話しできないんだけど
まあ私がある間違った選択をしてある人と離別することを選んだとね私は心の底から離別を望んでいたんですね。
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もうその一緒にいるのが辛くて辛くてね何ヶ月がかけても勇気を持ってそれを口に出した時その直後ですねその直後に一人になったときに全く悲しくないのに号泣し始めたんですよ。
涙がドワーッと出始めてね意味がわかんないんですよ。せっかくやっと自分が望んでいるその離別別れようという話をしたその直後にですよ。
泣いてるんですよね。でこの時になんか悲しい涙でもなんでもないんですよ。
怖い涙でもないし悔しい涙でもない。なんかねあったかいね温泉のようなものがブワーッと湧き出てる感じがするんですよ。
そして心の中がねグワーッと熱くなってね。
まあはっきりとした言葉が聞こえたわけじゃないんだけどその涙が意味しているものはお前間違ったよ今っていうメッセージなんですよね。
そこでその涙をグワーッと流しながらハッと割りに帰ったらやっぱりその選択は大きな間違いだったってことに僕は気づけたんですね。
それもその本当に人生の最悪の時期の中の一つの出来事でしてこの時に僕はその体感としてですよ体感としてあるなって感じがしたんですよ。
これかってこの自分のねなんかその頭で考えこれが正しい絶対この道が自分の幸せな道なんだっていうようなことを自信を持って
そして2ヶ月3ヶ月それを吟味しながらねやっぱりこっちだと答えを出したものに対して全くその理の外ですね。
理、理屈の理、理の外からそれは違うぞってこう持ってきてくれる。
しかもそのなんていうのかなこう悩みとか葛藤とかねそういう感じではなくてもうそこにそこに行くしかないよっていうようなこう持っていき方をしてくれるっていうかね。
優しくこう間違ってるよこっちだよって言ってこう導いてくれるような感覚が自分の胸の中からブワーッと出てくるんですよね。
しかもその選択はどちらが愛の選択どちらが恐れや不安の選択だったかって後から思い出せば確実に恐れや不安の選択で私は理屈をするという方を選んだんですよね。
そこにマッターをかけてくれたこの何か熱いものこれは私の中に眠っている眠っていたかな本性である愛なんだろうなっていう確信をしたわけです。
でそれ以来これがみんなの中にあるんだなっていうこうある種の自信というかねそういうものが持てて誰かに対峙したとき人に会うときになんかこれをいつも期待するような感じを
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僕は抱けるようになったんですよこの人の中にもあるよなってもうだからさっき言ったように剛を持っている生き物ですから
ろくでもない奴はいっぱいいるわけですよ特に僕がいたその音楽業界バンドマンっていうのは本当にこういわゆるこういわゆるなんていうかね
仇の世界とはまた一つ一味違うものがあってそのろくでなさが半端じゃないんでねそういう人たちを前にしてもこの人の中に
あの時僕が感じたあの暑いあったかいそして何か間違ってたら教えてくれるようなものがこの中にあるんだよねっていうこの確信を持って人と向き合うっていうことがなんか僕の中で一つ楽しみに変わっていったんですね。
もちろんその人と出会ってずっといつも長く長い時間いられるわけじゃないんでねそうじゃないパターンっていうのもあるんだけどそれなりの時間をかけてお付き合いできるような間柄でこれを見ようとして失敗したことが一度もないんですね。
不思議なことに私がそうやって見ようとしてで相手がなんとなくそのこれを僕はバイブスと呼んでるんだけどこのバイブスを受け取ってくれるとなんかなんつーのかなちょっと安心してその本性である愛を出してくれてるようなだんだんだんだんだん出してくれるような感じだから僕がまず見たいと違うな第一に私の本性は愛であるこれを確信する。
そしてそれはこの人にもあるに違いないと確信する。
だからその人がろくでもないことを言ったりおかしなことをしたりムカつくことを言ったりまあいろんなひどいことひどい言動を例えばしたとしてもそこをずらさずぶらさずにねそこを見続けるんだっていうこの思いを持ち続けるとそれがバイブスになって相手に伝わる。
そして相手はそのバイブスを受け取ってそこを出してもいいのみたいな感じになるんですね多分ねそこは向こう側の心なんで僕は想像なんですがでそのうちにどんどんどんどんそこを出し始めてくれてで僕は見られたって言ってなんか今回も良かったなみたいなことをかなりそれなりに長い時間お付き合いする人に関しては例外なく今感じられるようになっていますね。
で一つ今日の話の中でもいくつか出てきたんですけどじゃあなぜ私たちは破壊するのかっていうね破壊に向かう行動をするのかそしてなぜ人は人を傷つけるのか人は人を裏切るのかっていう本性の愛に反することをたくさんやりますよねでこれが僕は恐れや不安の選択と呼んでいるものなんですよ。
なぜ僕のこの本性の愛がいつも出てきてくれないのか様々な恐れや不安によってそれを使わないようにするんです恐れや不安を感じるということは何かの危険を感じています何かの危険を察知したということは自分を守らなきゃいけないんですねこれに対してその本性の愛は邪魔な感じがするんです邪魔というかねもっとはっきり言うとねより危険な感じがするんですよ
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ここでこの本性の愛を出してしまったら私は全くこの自分の身を守れなくなるというこれによって私たちはその偽りの自分という方に行ってね本来の愛である自分から偽りの自分の方に行きそして身を守るためにいろんな防御を講じるわけです
この防御策がそうして私がおかしな行動と呼んでいるやつですねつまり破壊というのは防御のためにやってるんですよ人を傷つけるのも自分の身を守るためにやってるんです何の理由もなく何の恐れも恐れや不安がない平安な至って平安な状態の時に僕らは誰かを攻撃しようとか何かをぶち壊そうとかそんなことは多分一切思いつかないはずなんですね
これが本性である愛私たちの本来の姿だっていう風に私は今捉えています
つまり前回前々回からお話ししているねグッドバイブスっていうのは手放すメソッドだっていう何を手放しているかまさに恐れや不安なんですそしてその恐れや不安を手放すと防御を一個ずつ外せるようになるんですね前回お話しした自転車の補助輪を多分僕らはもう100個200個補助輪だらけで走ってるんですよいつもねこれは私も含めてですねこのビビリの私も含めてです
10分で終わらせなきゃいけないみたいな補助輪をつけてるんですよこれを取り外す取り外せば外すほどこの本本性である愛の私というのは出やすくなってくれるんですね
つまりここに持っていきたいこの自分を見たいこの相手を見たいというこのなんていうのかなゴールがこれがゴールなんですよそしてその相手手段と言いますね本当は手段ではないんですけどこれゴールと同じことをしているんで手段ではないんですがこの手段が恐れや不安を手放し防御を一個ずつ取り外していく不要だなってことを自分に教えてあげるってことです
そうするとおそらくですが私がこの10年トライしている間で確信してるんですが自分にしても相手にしてもこの話を全く知らない相手にしても私がそのモードで望むだけで防御を取り外してくれるそして本来のその人の姿を見せてくれる
これは何に似てるかというとね付き合い始めて優しい僕は男なんでね彼女だとしましょう彼女が優しいとしばらくずっと優しい彼女を見ていた1年2年たちなんとなくこう燃えるような恋の期間が過ぎなんかだんだんだんだん彼女が冷たくなって怒りっぽくなるちょっとしたことでも僕にぶち切れるようになるとこの時にあの優しかった
あのなんていうのかなこう愛に溢れたあなたの姿を見たいんですよっていう思いを持ちながらその荒れてる彼女の前に立っているような感じねそこにはやっぱり確信が必要なんですよこのこの今のこの人はきっとなんだかの恐れや不安によっておかしな行動を選択している防御のためにねそれを取り外せばまたあのね愛に溢れたこの人が戻ってきてくれるんだそれを私は見たい
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からそこを見ようとするっていうこの感じこれをすべての人にできたらいいんだろうなというふうに思うわけですつまりやっぱりその愛の対局愛のついついというのはなくてね反対語というのはなくてね
相手は恐れや不安なんですが恐れや不安というのは私たちが頭の中で作り出す心象
イリュージョンによってもたらされるものなんですねつまりそれはないものなんですよだから愛の反対僕らの中で愛の選択恐れや不安の選択というふうに考えたとき愛の反対は恐れや不安というふうになるんだけどそもそもその恐れや不安というものは実際には存在しない僕らの頭の中心の中にしか存在しないつまり愛の反対はないんですね
そしておそらくその先ほどからね言ってるゴーってやつね人のゴーってやつもこれもおそらくですけどもなんだかの恐れや不安に結びついている
そしてでもゴーを肯定してなんか落語にしてしまうというのはとてもなんかかわいい僕は変換の仕方だと思っているわけですね
だからこの恐れや不安を抱えている自分もやっぱり否定しないこれは重要なポイントですよ本性は愛なわけですからね悩んでいる自分怖がっている自分そして怖がっておかしな行動をしている他の人たちこれを否定しないっていう否定せずにねそのままでいいんですよとそのままでいいんですよと受け入れながら
でもあなたの本来持っている愛が見たいなという感じそういう感じなんですよなかなか言葉で説明するのは難しいんですけどね今日はこんな感じですかねもうあの今日を境にですね30分で収めるということは基本的には手放そうかなと思っています
手放してもね40分以内には収まる30が40になっただけでね恐れや不安がちょっと伸ばされたっていうだけなのかもしれないですけどこういう私の弱さビビリーも決して否定しない絶対に自分で否定しないこれでいいんだよこれでいいんだというのが多分愛なんですねそんな感じで今日はいいですかね
あさってですか今日金曜日だからそうあさってねえふたさんと文章講座やります1ヶ月ってやつねこれたくさん集まっていただきましてね僕ちょっとねこれ全員赤いでできるのかなってここもやっぱりちょっと今ビビり始めてるんですがここの恐れや不安も手放しながらね防御を手放しきっといい1ヶ月になるだろうというんで今ワクワクしながら楽しみにしてるんですけど
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もうちょっとだけ枠があるんですよもうここも本当僕これ初めてですね告知したくないなってこうもう店員を減らして売り切れにしてしまおうかなっていうぐらいなんですけどなんとなくねそのエフとさんの抱いてくださっている思いとだから私がそれに乗っかってねやってみたいなっていう思いがちょっとこういい感じなのでね
思い切ってもう少し募集したいと思いますよかったらご参加くださいそれでは皆さん今日もいい1日をお過ごしくださいありがとうございます
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