中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。
仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、
コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
コミュニケーションの修羅場を人生のチャンスと思い込んでいる、
シン・田中、愼一です。よろしくお願いいたします。
高木 恵子
SEからPRに転職してはや四半世紀、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住、中川浩孝です。
田中 愼一
今日はですね、なんかその、強か(したたか)に生きるってどういうことかなと。
高木 恵子
いきなりすごいすごいトピックですね。強かに生きる。
田中 愼一
実は土日いじめられましてですね、
いつも恒例の年に2回ある集中戦略コミュニケーション特別講座というのを、
今グロービスでやってるんですけど、グロービス大学のMBAコースの一つなんです。
35人のいろいろな、オンラインですけどね、集って、
戦略コミュニケーションとは何かっていうのを議論する場なんですね。
一応講座の内容としては2日間集中なんで、2日間だいたいですね、
コミュニケーションとは何かっていう話と、それからケーススタディとして、
トヨタのリコールのケース、これがあるんですね。
そのケースを使ってやる。それからその後に、今度はホンダのケースですね。
このホンダのケースっていうのは80年代の日米通商摩擦のときのケースで、
そこでコミュニケーションというのはどういう役割を果たしたかっていうような話をし、
次の2日目はですね、オバマとそれからトランプのコミュニケーション力学を比較するっていう話で、
最後はまとめがですね、急に中国の古典である孫子、世界で最古の兵法書と言われている孫子ですね。
締めるわけですね。内容は変わらないんだけども、議論はいろいろとなるわけですよ。
通常始める前にですね、受講生の人たちに、とにかくこの2日間で考えてほしいテーマを必ず僕の方から出すわけなんですね。
ここ数十年、何年くらい前からかわからないけども、ここ最近出してるテーマってだんだん決まってきちゃって。
そのテーマって何かというと、強か(したたか)な立ち位置を作る。これってどういう意味なんだとね。
2日間でこの授業を受けて、2日後にですね、ひとりひとりから、したたかに立ち位置を作ってどういうことかっていうのを質問するから、
みんなしっかりこの2日間考えろっていう話をした上で、こうするわけですね。今回も同じようになってたんですね。
これはですね、この講座というのは何も僕が教えるというよりも、僕も考えさせるという講座でありましてですね、結構真剣勝負なんですね。
皆さんもですね、結構皆さん自費できてる方々に、というか全員そうなんで、真剣さが違うんですね。
年代もですね、20代は多分あんまり少ないと思いますが、ちょっと年はわかんないんだけども、僕の感覚で言うと、
30代前半から50代にわたって、非常に幅広く来てる業界とか分野がものすごい多岐にわたってるんですね。
みんなやる気満々で来る。そういうところで、強かな立ち位置を作るっていう話になってですね。
したたかって何?って話になるんですね。立ち位置というのは、人それぞれ解釈が違うと思うんですけども、
したたかな立ち位置を作るっていうのは、したたかにね、生きる、ってこととほぼ同意語かなと思うんですけど、
そこでじゃあしたたかってどうするの?という議論をかなり激論をしましてですね。結構こっちも脳みそ使いながらですね、
やったんですけども、非常にある意味疲れたんですけど、一つ面白いなと。これはたぶん次回も来年の春にあるんですけども、
半年に1回やってるんでね、2回なんですけどね。それをまた同じテーマで議論したいなと思ったんですが、
皆さんにとってしたたかに生きるって言った時に、したたかな立ち位置を作るって言った時にどういうふうに理解されます?どうですか?
中川 浩孝
難しいですね。
田中 愼一
したたかって言葉は結構難しくて、したたかっていうのは良い意味でも使うけど実は悪い意味でも使うんですよ。
高木 恵子
そうそうそう。悪い意味でも。そうなんですよね。だからそもそもどっちの理解で。
田中 愼一
だいたい半分ぐらいはネガにしたたかっていうのを捉え、それがニュートラル。別に悪い、いいっていうかニュートラルな感じなんですけど、
なかなかしたたかって難しいんですよ。
中川 浩孝
そうですね。難しい言葉ですね、確かに。
田中 愼一
だから結構ね、ここで議論を呼ぶんですけど、そもそも立ち位置って何かって話に入るんですよね。
どうですか?けいこさんもひろちゃんも立ち位置ってどういうふうに理解します?
中川 浩孝
立ち位置ってやっぱり周りとの関係性っていうことですよね。距離感とか。
田中 愼一
そうですね。
中川 浩孝
周りからどう見られるかっていうことですよね。
田中 愼一
そう、どう見られるか。まさにドンピシャ。僕はそう思うんですね。つまり人間というのは周りからどう見られるかっていうのが、
自分の仕事にも影響するし、それから長く言えば人生に影響してくるっていうのがどう見られるかっていうのが非常に重要だっていうのは、
コミュニケーションの視座から考えたときに立ち位置の定義って多分どう見られるかなんですよ。まさに今言ったように。
中川 浩孝
そうですよね。
田中 愼一
どう見られるかっていうのがイコール関係性ってことですから、その意味ではまさにどう見られるか。
したたかに見られるっていう話になると、これまたちょっと別次元の話になってくる。
中川 浩孝
そうですね。
田中 愼一
いい意味ね。
なるほどと。よく相手丸め込んだなとかね。
よくこういう感じで、いい感じでことを収めたなとかね。
で、これね、実は意識するかしないかって大きくて、下手に意識するとね、人から読まれちゃうんですよ。
したたかに考えてるって。したたかに思ってるとか。
特にしたたかに考えた瞬間、人間はそれが非言語も含めて言動に現れちゃうんですね。
そこには気がつかないかもしれないけど、周りが気がつくんですよ。したたかに考えてるなとかね。
たぶん今のけいこさんの話を聞いてると、意識しないところに秘密があって。
意識するとアウトなんですよ。人間って非常に不便な動物で、意識した瞬間、何らかの波動がね、非言語、言語が変わってきちゃうんですね。
だからたぶん、したたかに考えて行動する人っていうのは全然ダメだよ。したたかじゃなくて結果ね。
要するに周りから敬遠されちゃいますよね。
あ、これなんかしたたかに考えてる。つまり悪い意味のほうのしたたかさが出てくる。
だから意識しないって、それができるっていうのはどういうものなんだなっていうのが実は結構ね、
そこにだいたい2日間みんなで議論していくと、徐々に近づいていくんですね。
意識しない。これどうすればいいんだ。だから人によってはね、一生懸命やるしかないとかね。
でもね、一生懸命やったからっていうのが本当に解答になるのかどうかってのはよくわかんなくて。
そうですよね。一生懸命やったって方向違いのことをやったらダメなわけで。
でも意識しちゃいけないって、これ非常に難しいですね。
高木 恵子
ちょっとこれが良い例かわからないんですけど、
ちょっともしかしたらすごい日常的な使い方で今田中さんがね、ビジネスの世界の皆さんと話してる、ちょっとレベル感が違うかもしれないんですけど、
私毎日スポーツクラブのサウナと大きなお風呂に行って、そこが自分の唯一の1日のリラックスできる時間なんですよ。
田中さんご存知の通り。それも今のサウナブームよりも、私ずっともう20年ぐらいずっとサウナに行ってお風呂に行って、そういうそのリフレッシュな生活の自分のリズムがあるんですけど、
昨今のやっぱりスポーツクラブって結構年配、シニアまで、シニアをね、またその年齢どこからっていう話もありますけど、結構年配、50代、60代、70代の方たちも。
田中 愼一
高齢化してますよね。
高木 恵子
そうなんですね。やっぱりそこがある種のコミュニティなんですよ。
20代、30代、40代ってなんとなく会社の流れでみんなで飲みに行くとか、やっぱり学生時代の友達とまだ付き合いがあるっていう年代じゃないですか。
それが50代、60代、70代になるともう皆さん家庭もあって、で変な話もう孫もいて、全然その旦那と子供の世話は一切気にしなくていいぐらいの年齢で。
年代の方たちですよね。なのでそのスポーツクラブっていうのが一つのコミュニティなんですよね。
やっぱり近所皆さん同じ家の割と近い人たちがそのある特定の近くのスポーツクラブに行くわけだから、本当コミュニティなんですよね。
だからそこでみんな会えるのがやっぱり楽しいわけですよ。でそれがもう5年とか10年とか長い人ってずっと一緒にいると、ある種のやはり友人関係ですよね。
全然仕事も学校とかでも全く関係ない、
とっかかりで知り合った友達関係っていうふうに言われてるじゃないですか。
だからそこでスポーツクラブでの会話がすごい中心になる。
もちろん時々ご自分の孫の話とかなんかいろんな話とかはされるんですけど、基本やっぱりスポーツクラブの
あのインストラクターの先生はとか例えばなんとかはとかやっぱりこのスポーツクラブの中の話をされる。
その中でやっぱりありがちなんですけど、誰かの批判っていう話が一番サウナの中で盛り上がるんですよやっぱり。
どうしても女性だからってわけじゃないかもしれないけど、本当に井戸端会議ですよね。
もうあのなんとかさんってあれってどうよみたいな話が必ず飛び交うわけですよ。
で私はそもそももうだからその20年前からもう普段はもうこうやって喋る仕事なんで、もうサウナに入るときはもう無になりたいわけですよ。
もう喋りたくない、もう疲れちゃってるんで、もうただなんか一人でもう楽になんかで明日のことを考えたりっていう。
高木 恵子
だから基本誰とも喋んないんですよこの私が。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
そうなんです。もうそれはあえて、だからそこは自分の中であえてスポーツクラブで別に友達は作らないってわけじゃないんだけど、別に積極的にスポーツクラブの中でコミュニティを作ろう、自分もそのコミュニティに入ろうとは思わなかった。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
それは自分の目的が他の方たちと違うからっていうまず自分の中のスタンスはやっぱり決めてるんですよ。だからそこはあえてやってるんですよね私は。
喋ろうと思ったら別にお友達とかになれるんだけど、そこはあえてそういうところには喋らない。
でもやっぱり全部喋らないと、何あの人、なんかおかしいよねみたいに、やっぱり女性の中だとなったりもするから。
田中 愼一
お付き合い程度の話をするわけね
高木 恵子
そうなんですよ。だから自分が、私もヨガとかには出てるんですけど、自分が出てるヨガのレッスンの人たちでいつも顔を合わせる方たちとはもうもちろん、
こんにちはとかお疲れ様とか、何か来月時間スケジュール変わるみたいですねとか、いわゆるそのヨガのレッスンを受けることに関するお話っていうのはもちろん毎回毎回同じ人だったりすると、その人たちとはそういう話はするけど、
だからといって、別にそのサウナでそういうトークをするかというと私はしないんですよ。これはあえてしてるんですよ。
田中 愼一
そうですよね。
高木 恵子
そう、だからそこは、あのまあ無意識とそうでないっていう話、田中さんの中で出ましたけど、私はだからあるところまでは意識するんですよ。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
でもそこ以外は別に、そのまあまあまあ多分私の場合はこのコミュニケーションの仕事が長いから、ある種無意識の中で人とのその距離感のコミュニケーションの仕方ってもう身についちゃってるのかもしれないんですけど、でもポイントポイントでここは私はやっぱりこの距離感は保った方がいいよなっていうのを感じたらそこは意識しますよね。
田中 愼一
多分ね、けいこさんの事象を見てるとですね、
事象分析ですけど、多分意識しても周りに悟られない能力が常にある。
高木 恵子
そうですね、そうかもしれない。
田中 愼一
基本やはり意識してても悟られないっていう能力が確かにあるわけですね。
間違いなくたぶんそこがあるから、
例えばそこに何か面白いのは、そういうふうに悟られない。
だから意識はしてるんだけど悟られないっていうもう境地もレベルまで行っちゃってるんで。
高木 恵子
そうですかね。
田中 愼一
受講生の人たちはですね、僕は向けてそのレベルまでほとんどが行ってないっていうか、
そこを教えなきゃいけないんですけどね、意識しても周りに悟られないっていう。
もっと究極の世界っていうのは、多分もう意識するっていうレベルの意識ってほとんどけいこさんの場合ないんじゃないかと思うんですよ。
ルーティンというかね、反射神経的に考えずにやってる領域まで行ってると思う、間違いない。
しかしもっと面白いのは、でもそれをたぶん支えてるのが、あえて一人っていう場なんでしょうね。
たぶんあえて一人っていう場を設けないと、
たぶん意識するほうの世界では結構違うんじゃないかな。
だからもしかしたら、やはりある程度あえて一人っていう場を設けて、それによってバランスを取りながらね、
そのところで培った余力というか、もので意識する世界を歩んでいくっていうかね。
両方が必要なんじゃないですか、絶えず。なんとなく今の話聞いてるとそんな感じ。
そこにやっぱりいつも僕は言うけど、なんか霊感っぽいのが少し入ってるかなって。どうですかヒロちゃん。
中川 浩孝
久しぶりに出ましたね、霊感。私はなんか、それこそ強か(したたか)っていう言葉って強いっていう字じゃないですか、まさに。
私の感じっていうのは、変わらないというか、確固たるものっていう漢字が逆に私の中ではあって、
したたかって悪い意味だと計算高いみたいな感じの意味だと思うんですけど、どちらかって言うとそうではなくて、
私は変わらないっていう方向がいいかなと思った感じが自分はあって、
したたかな立ち位置って言った時には、それをまさに今聞いた時に思ったのは、やっぱり自分のポジショニングっていうのは多分変わらなくて、
常に一定であるべきであるっていうところなのかなって逆に思っていて、やっぱりどういうふうに見られるかっていうのを考えると、
やっぱりこっちで言ってることとあっちで言ってることと毎回違うと、どこかでそれが整合性が取れなくなってくるし、
その、なんか、わかるんですよ、この人に言うこととあの人に言うことが若干違うことってもちろんあるんですけれども、
でもやっぱりもう少し根本のところというか高いレベルで見たところで、やっぱり全然違うことを言ってるとその人の言ってることってどうなんだろうってなってしまうので、
結局しっかりした自分を持つっていうことと私はあまり同意、むしろ同意だなというふうに思っていて、
したたかな立ち位置っていうのは、あなたの考え方をしっかりちゃんと持ちましょうというか、芯を持ちましょうというか、
そういうことと私は通じるのかなというふうに感じました。
田中 愼一
それもまた面白いですね。今その話聞いて、うちの今やってる特別講座の構成がどうしてこうなってるのかっていうのは初めてわかったという。
作ったのは自分なんだけど、多分意識っていうかなんというか暗黙知の中で作ってきちゃったんでしょうね。
で、今言ったヒロちゃんによるしたたかさ説っていうのは、なるほどと思う部分は、なぜかというとこの講座をどういうふうにするかというとですね、
まずテーマを与えるんですね。そのしたたかって何かっていうのをテーマ与えて、次に基本的に何をやるかというと、
いわゆる立ち位置を作るためには、どう見られるかっていうためには必ず自分のストーリーを持っていこう。
で、ストーリーとは何かっていうことで議論を次のレベルに入れるんですよ。
で、ストーリーっていうのはあって、ストーリーって言っても抽象的ですから、僕自身のストーリーを披露するんですね。
ストーリーっていう言い方じゃないんだな。こういうふうに言うのかな。
田中 愼一
そうするとやっぱり、けいこさんもしっかりした自分をお持ちなんですよね。
いやでも、しっかりした自分を持つって大事だと思いますね。
確かに、二日目に大体落とし込みのときに出てきた言葉が、志ってありましたよ。
グロービスって志、なんでも志なんですよ。
それも問題なんだけど、志、志って、その言葉だけ唱えてればね、ある意味「志教」みたいなとこがあって。
だから、志っていうのは、今のヒロちゃんの解釈ですと、しっかりした自分を持てっていうことですよね。
そういうふうに教えればいいんだな、志をね。あんまり志って言葉を使いたくなくて、安易に言うと。
中川 浩孝
志って言うと、ちょっと高すぎるっていうか、何て言うんですかね、崇高すぎるっていうか、
すごく目指すのが高い感じがありますね。
田中 愼一
高い感じがする。もっと現実的にね、ちゃんとしっかりしろって話でしょ。
中川 浩孝
たぶん、難しいですよね。志って言われたら、私もじゃあ、うーんっていう感じになりますよね。
田中 愼一
僕も志って聞いた瞬間に反発するんですよ。その感じって何なのかなっていうと。
特に志っていうのは、考え出すもんだと思ってる人たちもいて、これ間違いで。
考え出す感覚じゃダメなんですよ。そんなね、人間頭良くないんですよ。
基本的に降りてくるんですよ、感覚。これはね、どう説明していいかわかんないけども、自分で考え出したなんて意識は全然なくて。
降りてくるんですよ。気が付くっていうか、気づくというか。
降りてくる感覚って人間持ってますよね。何かね、何か見て、はっと気が付くっていう。
だからたぶん志って言われたら、そういう類のもんで、どっちかというと、やっぱりもっと実践的なところに強さ、しっかりした自分というものを置かないとダメなんだろうなとは思いますけどね。
中川 浩孝
そうですね。そういう気づきがあるかどうかというか、そういうものに出会えるかどうかっていうのはですから、人生の中でやっぱり大切ですよね。
田中 愼一
大切ですよね。で、あとやっぱりそれをやっぱり自分の中に、何て言うんですかね、再確認を繰り返ししていくっていうか。
ストーリーなんて、その再確認をするためのツールだと思ってるんですけども。
でも逆に言うと、けいこさんの言うサウナっていうのは、再確認する場じゃないんですか。
高木 恵子
まあ、再確認というか、無になる時間ですよね。
田中 愼一
無になる時間ですよね。
高木 恵子
本当に無になる時間。
田中 愼一
無になる時間ね。無なんだね。
高木 恵子
無になると、いろんなことがまたリセットされるっていうか、シンプルになりますよね。
田中 愼一
リセットでしょ。だから逆に言うと、無がリセットっていい言葉だと思うんですけど、リセット以上にパワー、エンパワーメントを受けるんだと思うんですけども。
リセットっていうのはゼロにするっていうのはすごく重要で、リセットしないとエンパワーされないんですね。
だからエンパワーメントだと思うんだけど、実は事業で使っているもう一つ教材がございまして、
これはYouTubeで見ていただければ誰でも見られる、しかも結構有名なシーンなんですけど、ブルース・リーです。
僕の講座は一番初めに、ボーンと武蔵小次郎の格闘シーンから始まるんですよ。
巌流島にある武蔵小次郎の格闘しているところの像っていうのがあるんですね。
田中 愼一
それが僕のすべてのプレゼンテーションの一番初めに、ボーンと来るわけですよ。
だから格闘技っていうのを一つ比喩しながらコミュニケーションをいつも解いてくるんですけども、「コミュニケーションというのは戦いだ!」ってこう来るわけですよ。
そのときに使う素材としてブルース・リーっていうのは結構ドンピシャで、
これYouTubeにありますからぜひ見てください。
これすごい気に入ってるんですけど、ブルース・リーでタイトルはBe Water, My Friend。
Be Waterっていうのは要するに友よ、水になれって言われてる。
そういうタイトルで、これ彼の最後のインタビューかな、どっかアメリカのテレビの。
その中で格闘技の本質は何ですかとか、そういうことを言って何がポイントなんですかって言ったときに彼が答えた言葉で、
結構有名な言葉で、これ英語で言わずに一応日本語で訳があるんで、それ言いますね。
まずですね、まず心を空にせよ。
形を捨て。
高木 恵子
形をなくせ。
田中 愼一
水のように。
水はコップに注げば、コップの形に。
ボトルに注げば、ボトルの形に。
急須に注げば、急須の形に。
そして水は自在に動き、時には破壊的な力を出す。
友よ、水になれ。
これ読むとけいこさんの姿が見えてくるんですけどね。
中川 浩孝
そんなに自由自在な形になれるんですね、けいこさんは。
田中 愼一
形に合わせるんですよ。
お客さんとの話を聞いてると、セッションしてると形が合っちゃうんですよ。
でもその背後にすごい怖さを持ってて、破壊的な力でことを起こしちゃう。
これ、僕はずっと使ってるんですけど、実はこれが結構ウケるんですよ。
空になれっていう、つまり今言った無になれっていうのが。
これ大体30代から50代の人たちですけど、
ここが強かに立ち位置を作るときに、このブルースリーの言葉と友よ水になれっていうのがね。
だいたい最後に一人ずつ話させるんですよ。
この2日間で、何を得たか、強かってわかったか、強かに立ち位置を作ってどういうことだって、ガーッと。
一人一人全部言わせるんですね。大変時間かかるんですけど。
そのときにかなりの人がこの空になれっていうことを言うんですね。
だからさっき無になるっていうのは、人間にとってはリセットっていう意味では、
たぶんリセットしないと人間ってエンパワーメントできないんでしょうね。
リセットして初めて次の新たな力が湧いてくるような。
だから今日僕温泉に行こうと思ってるんですけど。
高木 恵子
いいと思います。
田中 愼一
先週の土日ですね。
このまま煮詰めて、このまま週末を普通に過ごしたらやばいなと思って温泉に行ってきますね。
私もけいこさんの無になるという感じですかね。
結構勉強になります。
結構最後は一人一人のみんなの意見をいくんですけども、
一人の人が面白いこと言ってくれたのが、
実はこの講座を受ける理由っていうのは、コミュニケーションを学びたい。
コミュニケーションが日頃からもう悩みの種になってるんで、
この講座を受ければ多分どうやったらみんなと仲良くできるかというのを期待していきました。
ところが開口一番、コミュニケーションは戦いだと言われて、
えーって話になって仰天したと。
でもコミュニケーションは戦いだっていうことは、徐々に徐々に2日間を通してよくわかりましたと。
そしたら最後の講座である孫氏が出てきましたと。
やっぱりコミュニケーションは戦いだって言うんで、締めは孫氏で締めるんですねって話で、
孫氏を読んだら、今度は戦わずして勝つで、
ウィンウィンで共に一緒の方向に行くっていうことがコミュニケーションの本質だと。
という話でした。実にはなるほどなと。
その時に僕も考えたのは、最後のステージに行くためには、
どうしても一旦はコミュニケーションは戦いだという発想に立ち戻らないとダメなんですね。
これ何回もやってて僕も考えたんだけど、そうせざるを得ない。
なぜかというと、コミュニケーションというのは人間が生き抜くための力なんです。
生き抜くというのは必ず競争にさらされるということで、
その中で戦わなきゃいけないんですね、いずれにしても。
そうするとそのステージにおいては、コミュニケーションは戦うための武器なんですよ。
だからまずそこのステージを経ないと、戦わずして勝つという境地には行かずですね。
中川 浩孝
確かにそうですね。
田中 愼一
戦わずして勝つというのがどちらかというと、お互い一緒になってウィンウィンになっていくっていう。
もっと言い方から変えると、人に人がいいことを言ったのが、つまり対立を生まない。
対立を生まずにことを起こす。
対立を生まずに自分のミッションなり何々を成し遂げる。
戦わずしての本質は対立という概念が出てきてしまうんで。
だからよく勘違いする人は、コミュニケーションは言い合う相手と議論する。
議論に勝つというふうに思う人もいるけど、議論に勝ったら相手は怒っちゃうから、
当然相手が動かなくなるよという説明をするんだけども、
結局2日間締めて、なるほどな対立をなくしてことを起こすという仮想というのは、
確かに戦わずして勝つなんだろうなっていうのがあったって、そんな感じですね。
中川 浩孝
確かに戦いっていうか、実際にはだって相手を説得して、
相手もあなたの言ってることが正しいですよねって言わせないといけないわけですからね。
田中 愼一
そう、まさにその通り。まさにその通りなんですよ。
だから対立を生むもんじゃなくて、
ところが結構我々日頃の会話の中で対立を生んじゃうんですよね。
高木 恵子
まずクリアになってれば、別にそのコミュニケーションが戦いってまで思わなくても、
それをするためにどういうコミュニケーションをすればいいかっていう、
むしろそういう方に私は考えるんで、あんまり戦いっていうふうには。
田中 愼一
すごいですね、それは。同じ一人っ子ですけど、いかに僕はいじけた人生を生きてきたか。
でもね、それはね、だから霊感なんですよ。
僕がコミュニケーションを学んだのは、まさに戦いで学んじゃったんですよ。
一番初めにコミュニケーションを学んだのはアメリカなんですけど、行った途端に日米通商摩擦で、
反日感情で、競争相手からは攻めを受けて、そこにどう向き合っていくかっていうところだったんですけど、
多分そこでちょっと偏ってるんですね、僕のそのコミュニケーションに考えたらね。
だから逆に言うと、今のけいこさんのが非常に正当派で、もっと言うならば、
今言った話って実はすごく重要で、つまり自分をしっかり持つっていうか、
僕の言葉で言うと目的を明確に持ってですよね。
目的を持ってそれを実現するツールがコミュニケーションであって、
コミュニケーションのためのコミュニケーションなんてありえなくて、
目的なんですよね。
その目的は、一応僕はコミュニケーションは戦いだって、
そこを通過しないとですね、その先に進まないもんですから。
一応そこは通過するんですけど、その通過した後、
基本的にやっぱりコミュニケーションって全て目的あってのね。
だからコミュニケーションっていうのが力学として考えるのであれば、
基本的には他の力学、例えば武力、財力、権力っていうのは力学ですけど、
それを行使するときって意識しますよね。目的を意識しますよね。
ところがコミュニケーションっていうのは、目的を意識しなくても行使されちゃうんですね。
ご存知のように。
だから無駄なあるいは害のあるコミュニケーションってのは実は結構行われてるわけですよ。
やっぱり目的をしっかり持った上で、
このコミュニケーションという力を意識して使っていくっていうのは、
結構ですね、反響があったの今回2日間。
目的を持ってコミュニケーションするっていうのは本当にほとんどの人が、
あ、目的持つの?コミュニケーションって?って話になった。
これは結構驚きで僕にとって。
高木 恵子
そうですね。それは驚きだ。
田中 愼一
我々の中には多分目的を持ってコミュニケーションしてるっていう発想が当たり前なんだけど、
実はかなり多くの人が目的を持ってコミュニケーションをするっていうことが、
すごい目新しい発見で、気づきで。
僕がこの授業をやるときっていうのは、知識はどうでもいいと。
スライドに書いてあることなんて後で配るから別にそんなのメモする必要はない。
ただ気づきだけはメモしろと。
気づいたやつは全部チャットしろって言ってあるんですよ。
みんなが見れるように。そしたらね、そこの部分がものすごく多いんですよ。
目的を持ってコミュニケーションする。驚きだっていう感じの。
もう一つ驚きだったのは、コミュニケーションを意識するっていうのがすごい気づきだったんだけど、
それをやるのが難しいっって。
これ、この2つ。
中川 浩孝
でもそういう人がいっぱいいると、やっぱり失言とかが出るんでしょうね。
田中 愼一
もっと言い方をすると、コミュニケーションとは何かっていう根本的なところが、
逆に言うと、多分チャットの中にも出てたけど、
これは最後の方の感想というか、中で誰か一人発表してたのが、
コミュニケーションというのをしっかりと教えてくる場がないと。
教えてもらえる場が世の中には。
これがやっぱり、多分ね、日本の教育には本当にそれがないですね。
アメリカの方がまだそれは、もう少し本人に考えさせるというか、
そういうコミュニケーションをもっと意識しろと。
例えばストーリーを作らせるようなね、
犬とワンちゃんと子供の写真を見せて、
はい、これからストーリーを語れっていうトレーニングを小学校でやるんですよ。
そういうのは、ストーリーを自分で作らなきゃいけないんですね。
で、その見たワンちゃんと犬と段ボールがこうあるんですけども、
そのパッとした写真でしかないんだけども、
そこでストーリー作って何をしなきゃいけないかというと、
主人公を選ばなきゃいけないんですよね。
ワンちゃんなのか、それともその段ボールなのか、それともその子供なのかっていうね。
次にそれを決めたら今度は、そのシーンが一体どういう経緯を経てそのシーンになったのか。
今後そのシーンがどういう経緯を経て、どういう新たなシーンになるのか。
つまり時系列で物事をイメージしなきゃいけない。
で、その中で主人公がどういう課題を今持っているのか、何をやりたいのか。
何をやりたいのかがさっきかな。
で、その後それをやろうと思うんだけど課題にぶつかる。
何が壁なのか。で、その壁をどう乗り越えたのか。
で、それをどう乗り越えたかっていうところで、
実はこういうふうに乗り越えたと。