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高木 恵子
そうか。
中川 浩孝
どういうところが変わって、なんて言うんですかね、どういう風に変わっちゃってるっていうか、その良い方向に変わってるとか悪い方向に変わって、まあ悪いとか良いとかそういう問題じゃないんですけど、
高木 恵子
そうそうそうそう。
中川 浩孝
なんかどういう感じの変わり方なんですかね、面白いですね。
高木 恵子
だからなんだろう、例えば、前だったらこういうこと言わなかったかなとか、こういうことなんかそのビヘイビアとかアクションみたいなその、そういう感じのこともしなかった、むしろしてたけど今してないとかその逆もある。
中川 浩孝
大人になった。
高木 恵子
そうなのかな、大人になったからなのか、逆にそのほら、大人になると自分の親たちも見ててもそうだけどなんか年を取るとどんどん頑固になるみたいなのもあって、逆にこうちょっとこう、なんか柔軟性がなくなるみたいな感じも年取るとあったりする場合もあるじゃない。
なんかそういうパターンでもあるし、逆に若い時こうだったのに今こうだねっていうそのまあちょっとポジティブな感じの部分もあるし、なんか結構ね変わった感をすごい感じるんですよ。
中川 浩孝
面白い。なんか逆にでもそういう人とは逆、そういう風に変わっちゃうと会わなくなっちゃうのかもしれない、だとしたら。
高木 恵子
そうだね、そうだね、そうなのかもね、ヒロさんね、そうだよね。
中川 浩孝
私たぶん、けっこうさんの集まりがどれくらいの人数なのかわかんないんですけど。
高木 恵子
10人くらいいるの?
中川 浩孝
結構大きいじゃないですか。僕そういう大きな集まりあんまり苦手、自分がすごい苦手で、4人とか5人くらいが限界くらいな感じなんですよ。
高木 恵子
そっかそっかそっか。
中川 浩孝
で、だからその変わっちゃう10人だとその変わった人が入っていてもなんか許容できるっていうか、4人の中にそれが1人ポコっているとかなり違和感が出ちゃうっていうか、もしかしたらそういうのがあるのかもしれないですね。
高木 恵子
そうですよね、そうかもしれない。
中川 浩孝
それでも会いたいというかね、会ってくれるというか会いたいというか。
前にけいこさんが誰々来るの?みたいな話をしてたとき、誰々来るのみたいな話をしてたときがあったじゃないですか。
高木 恵子
それよそれ、それなのそれ。
中川 浩孝
人数が増えるとそういうのが出てくるじゃないですか。
僕はピュアに自分が会いたいし、向こうも会いたいと思ってくれる人としか会えないんですよね、もう。
そういう意味でもしかしたら自分の交流範囲がどんどん狭くなってるのかなっていう気はするときはあるんですよね。
自分も会いたい、向こうも会いたいと思ってる人と会ってると、だんだんもちろんね、研ぎ澄まされていくというか若干減っていく人が出てくると思うよね。
もうだから今やっぱり毎回日本に帰ったときに会う人って、かなりその研ぎ澄まされた状態で数年間もずっとほぼほぼ同じ人と会ってるから、
なかなか逆に言うと昔の最近会ってなかった人と会うっていうことが、今度は怖くなっちゃってできなくなっちゃってる部分があるのかもしれない。
高木 恵子
なんかそれは何を話していいかって考えちゃうからな。
中川 浩孝
あまりにも間が離れちゃっていて、でもその人たちはたまに会ってたりするっていう、集まりってあったりするじゃないですか。
自分はそのたまたまグループにね、海外に住んでたりとかするから行けなくて、でもその人たちは毎年会ってるみたいな、
人のところに10年ぶりですとか20年ぶりですみたいな感じで行くと、なんかどっから手をつけていいのやらっていう感じになっちゃうから恥ずかしい部分が。
高木 恵子
なるほどね。
中川 浩孝
そういうのはもしかしたらあるかもしれないです。
だから自分も変わってるつもりはないんだけど、やっぱり間が空けば空くほど向こうからはなんか変わったねってなると思うから、
なんかそれを見透かされるのがちょっと嫌だというか怖いと思ってる部分がもしかしたらあるかもしれないですね。
高木 恵子
そうか。
だから長い友達、付き合いって本当になんか面白いけど難しかったりもしますよね。
中川 浩孝
そうなんですよね。
高木 恵子
やっぱりね。
中川 浩孝
そうそう、それはすごいありますよね。
高木 恵子
でもどうなんだろう、人って必ず1人や2人は長い友達というかいるもんなのかな。どうなんだろうね。
中川 浩孝
どうでしょうね。
なんか私すごい面白いなと思っているのは、例えば今私コネチカットに住んでいて。
高木 恵子
あら言っちゃっていいの?
中川 浩孝
大丈夫、コネチカットは全然いいんですけど。
高木 恵子
そっか。
中川 浩孝
コネチカットってそんなにね、ニューヨークからも2時間くらい離れたところで、ボストンからも2時間くらい離れたところで、
都会の地域、全体としては都会の地域ではあるんですけど、とはいえ私が住んでるとこはとてものどかというか、
日本でいう住宅街みたいな感じなんだと思うんですけど、
なんかね、結構子供の頃から住んでいてずっと住んでますみたいな人が多いんですよね。
子供の頃からのお付き合いみたいな人がすごい多くて、
私にとっては、自分が生まれたところとか子供の頃からずっと本当にずっと会っている人って本当にいなくて、
中川 浩孝
存在とか30年間、若い頃から知ってる人も仲良い人もいるし、なんか不思議ですよね、そういう意味では確かに。
本当に不思議なんですよね。
どこでそれを判断しているのかというか。
高木 恵子
そうなのよ。
中川 浩孝
分かんないですね、なんだろう。
高木 恵子
でもなんかやっぱり人間ってさ、この心地よくないとアクションに起きないよね。
そうそう、そうなんだよね。
だからどこかで心地いいから、例えばその幼馴染の子もなんかこういうふうにつながってんのかな。
別にそれ以外の人が私の場合心地よくないというわけではないんだけど、何かのその深さなのかな。
心地よさ、なんか心地よさ。あんま気を使わない、考えないっていうのかな。
中川 浩孝
それはでもありますよね。
この人はこういうこと言っちゃったらあれかなとかすごい考えさせられる人っているじゃないですか。
高木 恵子
いるいるいるよね。
中川 浩孝
そういうのを考えなくていい人がやっぱり楽だなっていうか、頻繁に会いたいなって思う人かもしれない。
あんまり本当に気を使わなくてもいいっていう人がやっぱり会いたいなって思う人かもしれないですね。
確かにそう言われてみると。
高木 恵子
そうですよね。
中川 浩孝
お互いに多分そうなんだろうけれど、わかんない、そうでもないのかな。
向こうからは結構気楽になんかまた会いたいとかいう人いるけれど、
僕はありがとうございますみたいな感じの人も確かにいるっちゃいるかな、そういう意味でいくと。
高木 恵子
あと時々なんだろう、本当にずっと友達でいる中で、実はあの誰々さんって難しいよねっていう言葉を聞きません?
難しい人に、人の性格なんていうのかな、人のパーソナリティで難しいっていう表現を結構皆さん使うじゃない。
難しいって時々私思うんだけど、難しいって人のパーソナリティで難しいってどういうことなんだろうって時々思うんだ。
中川 浩孝
なんかその反応があったのみたいな人じゃないですか、いつもは大丈夫なのに突然機嫌が悪いみたいな人も確かにいたりはするじゃないですか。
高木 恵子
そういうことなのかな。
中川 浩孝
気分屋さんというかちょっとご機嫌斜めの日は困りますみたいな。
高木 恵子
そっか、気分屋さんを難しいっていう風に言うのかな。
中川 浩孝
難しいとか言うのと一緒なのかな、だからそういう意味なのかな。
高木 恵子
そう難しい。
中川 浩孝
難しいね。
高木 恵子
でもね、さっき言った結構何十人ぐらいいる仲間の中の人の中に難しいっていう表現をしてる人が2人ぐらいいるんだけど、
でもその2人はあんまり性格に似てないんだけどね。なんだけど難しいって言われちゃってるんだよね。
中川 浩孝
面白い。
高木 恵子
だからそう、何が難しいって。
中川 浩孝
どういう人が難しいでしょうね。
高木 恵子
どういう人が難しいのかなって。
中川 浩孝
その人にね難しいって言ってる人に聞かないとわからないですね。私も難しいなって思う人はそんなに、まあだから付き合ってないんだろうな、きっとそういう人と。
高木 恵子
あーそうそう、だからヒロさんはそうなのかもしれないね。
中川 浩孝
そんな気がする。
高木 恵子
まあでも私もあんまり、そこまで広くないかな、交友範囲は。やっぱなんとなく、何となく波長の合う人としか会ってないような気はするけどね。
でもそうやってなんかこう、仲間の一人って思われて声をかけられたら、もう別にね、予定が空いてたらそれは断る理由はないからね。
中川 浩孝
そうですね。
そうそう、僕も別にあの、誘われて何かそんなにお断りする、何か予定がないのにお断りするような人はそんなにいないんですけど、
でももうそういうフェーズはすでに通り越していて、そういう人からは元々呼ばれないっていう。
高木 恵子
呼ばれない。
そうね。
中川 浩孝
呼ばれもしれない。
高木 恵子
そうそう、私も呼ばれないかもしれない。そうだ、呼ばれないんだよね。
中川 浩孝
向こうからは難しいって言われてるのかもしれない。
高木 恵子
そうかもね。
そうなのかもね。そうか、呼ばれてないだけかもね。
中川 浩孝
分かんないですけどね。
高木 恵子
そうだよね、だって分かんないもん。
そうそう、呼ばれてないってそこにいないから分かんないから、確かにそうだよね、そうなのかもね。
中川 浩孝
でもね、それは正しいというかお互い正しいというかいいんだと思うんですよね。
だって向こうからも会わないと思われてるんだったら多分言ってもね、しょうがないし。
高木 恵子
でもほら、人間関係で悩んでる人って実はさ、いっぱいいるわけだからね、だからこういうコミュニケーションスキルとかさ、いうのをみんなさ、こうなんか学びたいとかコミュニケーションスキルを良くしたいとかいう会話になるわけだもんね。
中川 浩孝
まあでも、どういう生き方をするかによって何人の人と会うかっていうのは、たぶん全然人によってすごく差があるとは思うんですけれど、僕なんかたぶんそんなに、田中さんとかとそれこそ比べたら、会ってる人なんかもともとそんなに少ないのに、やっぱりでも友達と言える人たちがちゃんといてくれるっていうのは、
そういう意味では別にそんなに何て言うんだろう、いっぱい人とは、なんかやっぱり若い時って友達100人作りたいみたいな、そういう感じになりがちですけど、やっぱりなんか量じゃなくて結局深さだなというのは本当に年を重ねるごとにそれは思うので、
そこは焦ってもしょうがないし、それこそ空回りするじゃないですか、だってそんなに友達増やしたいなと思うと、友達に嫌われるようなこと言っちゃいけないなとか、もちろん友達にわざわざ嫌われるようなこと言わないですけど、でも本心ならばやっぱり言ったほうがいいし、そこが会う会わないっていうのは結局淘汰されていくと思うので、
なんかあんまり自分を隠したり、なんか自分を押し殺して友達を作るくらいならば、やっぱりそんな友達ならば作らない方がいいと私は思うし、なんか若い頃はもしかしたらもうちょっと頑張ってたかもしれないんですけど、でもやっぱり歳をとってくるにつれてやっぱり気持ちいいと思える人というか心地良いと思える人としか結局会わなくなっているのは間違いないので、
いくら頑張っても年齢いったらそうなるよっていうのは若い頃にもしそれを悩んでるんだとしたら、なんかそれだったら別に一人で良くないって言ってあげたいなって思うことはありますけどね。
高木 恵子
そうですよね、確かに。
でもそうすると距離の近い人とは割と何でも話せます?ヒロさんも。
中川 浩孝
そうですね。
高木 恵子
だからやっぱりそういうふうにならないといけないんだろうね。
中川 浩孝
多分そうだと思う。
高木 恵子
関係性ってね、きっとね。
中川 浩孝
自分を隠したり、わざわざこの人にはこれは言わないほうがいいなって思うような人だったら、それはやっぱりそれくらいの関係なんですよね。
高木 恵子
そうか。
中川 浩孝
そういう人もいるんですよね、私も多分。そういう表面上のレベルだけでお付き合いがある人っていうのもいるけれど、でもそういう人とは日本に帰った時にじゃあご飯食べましょうって習ったりかな、やっぱり。
高木 恵子
そうか、そうか。
中川 浩孝
全部がさらけ出されている人としかあってない気がしますね、やっぱりそういう意味では。
高木 恵子
なるほどね、そうか。
中川 浩孝
じゃないとね、めんどくさいというかなんかね、やっぱりなんか。
高木 恵子
親とかさ、兄弟とかでも全然気使わないで話すような。
中川 浩孝
そうですね。昔と比べたら、昔のなんか一時期そうではない時期もあった気はしないではないですけれど、今は別に何でも大体言えますね。
高木 恵子
そうか、あんまりもう言い方も気をつけない、言い方っていうか。
中川 浩孝
言い方はもちろんね、いろいろ傷つけはね、家族とかにはやっぱりちょっとね、嫌だなって思うようなことはもちろん言わないですけれど、でもやっぱりなるべく違う形で伝えるようにはしてますね。
高木 恵子
そうか、そうか。
中川 浩孝
なんか嫌われたくないという理由のせいで何かを言わないっていうことは、家族とか別、全然別としても全然他の友達にも、言い方はもちろん気をつけますけれど、何かしらの形で伝えたいことは伝え、伝えたいならば伝えるようにしてます。
たとえば、何だろう、さっきの友達なのか友達じゃないのかわからないですけど、この人にはこれは言いづらいなとかいうようなことがある人は友達とは言わないかなって。
私の中ではね、私のデフィニッションの中ではそういうところがあるので、だから嫌われる人も多分いると思うんですけど。
でもそれが僕の性格だからっていうふうにやっぱり理解してくれるような人じゃないと付き合いが多分できないんでしょうね。
そうだよね。だから、こういうやり方っていうか、でもこういうことができる人はあんまりいないんだよねって最近本当に思うようになってきた。
高木 恵子
もっとだって困ってる人の方が、悩んでる人の方がいっぱいいるんだもんね。
中川 浩孝
そうですよね。そうなんですよね。
高木 恵子
そう、なんか昔ちょっと前、ちょっと前っていうか本当に若い、もっと若い時って、え、なんでなんだろうと思うことはいっぱいあったけど、
そうか、割とは自分のこう、自分ができることって意外と特殊なんだとか、あんまりね、みんな同じようにこういうふうにできるわけじゃないんだって言うのがどっかのタイミングで気がついてからは、
なんかあんまりそこの不思議さとか、なんでできないの?みたいな感じにはもうならなくなったかな。
中川 浩孝
そうね。そっか、でもなんだろう、悩む、まあそうね、悩むんだよな。
高木 恵子
そう、だから私たちはあんま悩まないもんね。
中川 浩孝
そう、そうなんですよね。
高木 恵子
田中さんはよく悩むかもしれないけど。
中川 浩孝
すごい田中さんよく悩んでますよね。
高木 恵子
私たちあんまりだから、ついか悩んでるのかも、他の人の尺度だったらそれが悩みかもしれないけど。
中川 浩孝
もしかしたらそれはあるかもしれない。
高木 恵子
そう、私たちはそれを悩みって。
中川 浩孝
捉えていないというか。
高木 恵子
そうそうそう、そうかもしれないよね。
中川 浩孝
それは心の持ちようですからね、確かにもうそうなってくると。
高木 恵子
そう、だって考えることっていっぱいあるじゃない?
中川 浩孝
あるある。
高木 恵子
たぶん私もいろいろ考えることってあるんだけど、だから考えてるだけであって、もしかしたら誰かからするとその考えてることはある人にとっては悩んでることになってるかもしれないよね。
中川 浩孝
確かにそれはありえますね。
高木 恵子
だからそこのきっとなんか違いというか、そこの本当に境目が何か、そこがどっちにどういったらどうなるかっていうのが。
中川 浩孝
それはね、面白いですね。
高木 恵子
きっとさ、ほんとコミュニケーションのベースになるような気がするよね。
中川 浩孝
そうですね、確かに。
たぶん悩む、悩まない、面白いですね。
私もさっき言ったみたいに考えた上で、悩んでもしょうがないことは悩まないことにしてるっていう。
それだけですね、きっと。
高木 恵子
まあだからそこの、そうなんだよね。たぶんそこの、一言で言うと割り切りね。割り切りができるできない。
私だって自分の親に、あんたはどうしてそんなに割り切れるのってよく言われたことが、親にだよ。
え、私生んだのはあなたたちでしょって思うんだけど、あなたはどうしてそんなに割り切れるのって。
中川 浩孝
そうね。
高木 恵子
よく親からも言われたことが。
中川 浩孝
そうなのかもしれない。割り切れちゃうのかな。
高木 恵子
どうなんだろう。でもさ、やっぱ悩んでる方がつらかったり。
中川 浩孝
そうそうそうそう、ほんとそうですよね。
高木 恵子
するから、もうそこから、まあ変な言い方だけど、逃げたいって思ったら割り切るよね。
中川 浩孝
そう、たぶん私もそれ、どっちかっていうとそれなのかもしれない。
高木 恵子
そっちだよね。
中川 浩孝
悩むくらいなら。
高木 恵子
そうそうそう、もう悩むんだったらもういいよって思い切っちゃった方がすごく楽になるのかな。
中川 浩孝
たぶん私もそこかというとそういうタイプなのかもしれない。
なんかだってそれこそ、なんでもそうですけど、なんか僕別にそういう体質とかではないんですけど、なんでも恋愛とかと比べるとそうだと思うんですけど、
それこそ恋愛が一番それの特徴、一番それが特徴的に出るものだと思うんですけど、
相手が自分のことを好きだと思ってくれないのに、こっちからいくら相手を好きだと思っても何も変えない。
相手を変えるのは難しいなっていうことにはだいぶ若い時にたぶん気づいたんでしょうね、なんかね。
だから、だったら自分を変えるしかないっていう、そういう発想っていうか、
なんか人は変えられないっていう考え方が僕の結構根底にいつそれが芽生えたのか忘れちゃいましたけど。
だからこれは悩んでもしょうがないと。
変えられないものは悩んでもしょうがないっていうのが私の基本的な考え方なので、いろんなところでの。
それを多分だいぶ早い段階で、そういう考え方に自分が落ち着いたんだと思う。
高木 恵子
それはすごいこのリスナーの方たちにとってすごくためになる話じゃないですか。
中川 浩孝
心の持ちようでしかないので、本当にさっきから言ったように。
悩んじゃう人はもちろん、その悩む気持ちももちろん理解はしますし。
なんだけれど、悩んでも仕方ないこと。
自分で悩んだ時に、やっぱり僕は因数分解しちゃうんですよね。
これは自分で変えられる部分、これは相手を変えないといけない部分みたいな感じで。
これは環境が変わらないといけないとか。
そうなってくると、やっぱり自分が変えられるところとかは変えられるし、環境を変えなくちゃいけないところはそう簡単に変わらないけど、
自分がもしかしたら働きかけたら環境は変わる可能性もあるとか。
でも相手の気持ち、相手の性格みたいな人のところに入ってくると、やっぱり途端に全くアンコントローラブルな感じになっちゃうじゃないですか。
なんかそれを考えた時に、そこいじっても、そこに期待しても無駄だなっていう。
高木 恵子
なるほど。とっても私よりもロジカルだ。
私多分そこまで、そういう風なプロセスまでを使って考えてないような気がする。
中川 浩孝
私も別にそんなにロジカルに考えましょうって考えてるわけじゃないんですけど。
自分で分析してみるとそういう風になってるんだろうな。
高木 恵子
でもきっとそれがもう自然と自分のフローなんだよね。
中川 浩孝
自分の考え方の根幹を成しているので、自然にやってるんだろうね。
高木 恵子
そうか。私はどっちかっていうと本当に、また田中さんがいたらすごいいろんな言葉が出てくるかもしれないけど、
もうね、ふっと自分のことじゃないようになるんだよね。
中川 浩孝
面白いですね。
高木 恵子
だから現実逃避っていうのが一番近いのかもしれないけど、ふっともうなんて言うんだろう。
別に忘れるわけじゃないんだけど、ふっと本当だ、現実逃避をね。
自分に起きてることじゃないかのように。
なんて言うんだろう。ふっとこう、ちょっと距離を置いて見れるっていうか。
中川 浩孝
俯瞰できるんですね。自分のことだから俯瞰してるんですかね。
高木 恵子
そうなのかな。
中川 浩孝
客観的に見るってことですよね。