田中 愼一
だからいずれにしてもその個性を鍛えるっていうのは何かっていうんで、これは僕なりの発想で別に他の人に落ち着けるつもりは全然なく、
ただ僕が言ってること、つまり個性が大事になるんだっていうのをわかってもらうために、僕の場合はどういう経験とかどういうふうに個性を培ってきたかっていう話を基本的には4つぐらいしようと思っていて、
なぜかというと今話した話っていうのはまだ抽象論が多いから、なかなかわかんないわけですよ。
その4つの話っていうのは逆に言うと、この場でも話したと思いますけど、いくつかあって、一つは僕自身が南ロデシアで経験した、初めはつらい経験だったこと、そこから幸せな経験に転じていくんだけども、
そのきっかけになった起点は何かというと、いわゆるアパルトヘイトという南ロデシアでは人種差別政策が取られた中で、唯一の黄色人種家族として名誉白人というありがたいようなありがたくないようなタイトルをいただいて、
それで白人社会の中で生きていかなきゃいけなくなったという状況の中で、6歳の子供がどういう形でそこを乗り越えていったかっていう話をする。
その乗り越えた起点になったのは、実はホンダっていう当時二輪メーカーがGPレースで世界制覇してて、偶然そこの世界チャンピオンっていうのが南ロデシア人で南ロデシアの英雄であったと。
ホンダのチームがロデシアに来ると、唯一の日本人家族である我々を呼んでいただいた。
呼んでいただくと、そこにジム・レッドマンという世界王者がいて、その人がサインしてくれたり、Tシャツくれたり、写真撮ったり、いろいろなことしてくれるわけですよ。ホンダの人が気を使ってくれたんだろうと思うけど。
で、それを何を持ったか、学校に持って行ったら、今まで軽蔑、ネグレクト、いじめという形で白人の子供たちからそういう態度で迎えられてたんだけども、その国のワールドチャンピオン、ジム・レッドマンとお前は知り合いなのかということが、それを持って行ったらみんなに分かった。
そしたら、その瞬時に全てのネグレクトとか、全てリスペクトに変わるわけですね。
それほど人間っていい加減と言ってもらえないけど、こんなことで人間の意識変わるのかよと。
差別ってどういう意味なんだよと思うほどにクリアーに変わるし、こっちも調子に乗って、じゃあ今度レッドマンに会ったらサインもらってきてやるぜとかね。
じゃあちょっとホンダの人に行ってちょっと見に来るピットのところにとか、なんかそんな言いかけなことをこう言ってる。
でもやっぱり実現しないとね、クラスみんな信用しないから。だからそれは確かに少しやったんですよ。
で、そうしたらガラッと変わってその後、僕自身は非常に幸せなわけですね。
ただそこから得た教訓っていうのは何かというと、人間は周りの役に立たないと無視されるっていう。
これは僕自身のもうね、根付いちゃってる。トラウマ的な。
だから人と話すときも何するときもまず相手に役に立つことを語るとかね。
まずさ、気持ちいいけどちょっと俺役に立つんだよっていうのをですね、徹底的に初めの。
だから僕がね、入社面接うまくないって周りから言われてるんだけど、あれは何かというと、本来は逆のことをやっちゃってるんだよね。
俺があなたの役に立つのはこうだよっていうところでボンボン言って、それに感触される人は入ってきたんだけど、
自分のこと全然聞かれなかったよって印象の人が結構多くてですね。
それで僕はとにかく自分のことばっかり話すんじゃなくて、相手の話を聞きなさいってよく言われてて、
でも別に自分のことを話したいわけじゃなくて、自分があなたの役に立ちますよっていうことを示したいためにまず自分の話をしちゃうっていう、
こういう癖になっちゃったんですね。だからそれは良い時もあるし悪い時もあるっていう話ですからね。
で、二つ目の体験、起点となった体験っていうのはやっぱりそれと同じ状況が今度ですね、
私が27歳ぐらいになった時にアメリカで起こるわけですね。
中川 浩孝
この続きはまた次回お届けします。お楽しみに。