田中 愼一
あれは一つの時代の変化を象徴した出来事に捉えることができるんじゃないかというふうに思うんですね。
何かというと、一昔前は、我々僕なんかずっとクライシスコミュニケーションっていうのをやっていて、随分前ですよ。
はっきり言って、フラッシュマンヒラードを作ったのがもう30年近く前だから。
30年くらい前からですね、日本の皆さんと、特に経営者の皆さんと、鬼は外、福は内っていう言葉がありますよね。
もうとにかく30年前ですよ。とにかくもうそういう時代じゃないです。
要するに鬼はですね、外にいるだけじゃなくて、内側にもいるんですよ。
だから、鬼は外、福は内という概念はもうないんです。
時代は変わって、社内に鬼がいるんですっていう話をして、
クライシスが来る時、大体一番でかいのは原因というのは内部告発。
つまり社員の意識がしっかりとしてない、整ってないがために、基本的にそれが表に出て、クライシスになってなるっていうケースが一番多い。
だからクライシスコミュニケーションっていうのは、まずこの2つの、つまり鬼は外、鬼は内っていう、この前提でやることが重要ですよって散々言ってた記憶があるんですよ。
で、それと実はまさにそれは企業レベルでの話だったんですね、昔は。
だからなんていうかな、それがですね、個人の家のいわゆる家族の中でもですね、それが起こったっていうのが、
田中 愼一
実は今言った鬼は外だけでなく鬼は内なんだなっていうのをまさに象徴したような出来事で、
すでにこれに似たような出来事っていうのは社会的にはもう起こってるわけですね。
それは何かっていうとハラスメントとか、いわゆるパワハラ、セクハラ。
で、今でも今しょっちゅうあちこちで勃発してますよね。
あれは多分ね、結構の人が、え、これダメなの?っていう感じでね、考えてるんだと思うんだけども、
それがいよいよ企業のクライシスから始まって、徐々に社会的現象になって、いわゆる家庭の外の社会、コミュニティーではもうすでに起こり始めて、
でもとうとう家庭内まで入ってきたんだなっていうのが僕の正直第一印象です。
だからこれはいろいろな意味で影響がでかくて、これから家族とどう対話するのかっていうところ、
つまり家族という世界の中にクライシスコミュニケーションのですね、今までは企業の中で起こっていた、
あるいは社会的に起こって、外の世界で起こってたものが、家族という家庭内で起こるクライシスコミュニケーションっていうのがですね、
入ってきたっていうことで、これは一つの大きなパラダイムシフトだと思いますね。
そうすると、家の家族だからっていう甘えは危険だっていう話になると思います。
家族の中でもコミュニケーションっていうのをしっかりとやっていかなきゃいけないっていうのは、やっぱり重要なのかなと。
これは僕は別にクライシスコミュニケーションの時にいつも言うわけじゃないんですけれども、やっぱりコミュニケーションっていうのはすごく重要で、
一番チャレンジングなコミュニケーションって誰とのコミュニケーションかって言ったら、やっぱり家族とのコミュニケーションが一番厳しいですよっていうのは、
しょっちゅうね、いろんなそういう質問が来るんでね、一番厳しいのは家族ですよと。
だから家族とこそね、しっかりとこのキーメッセージを作って、そのキーメッセージが質疑応答に対応できるQ&Aを作り、
で、しっかりと非言語、つまり心もしっかりとなりきった形で家族と接しなさいよっていうのは、
しょっちゅう、たぶんね、ほとんどのトレーニングでこれ言ってるんですよね。
だからそれが実は具体的に事象化したっていうので、僕自身も驚いてるわけですが、
そういう意味でちょっといろんなメッセージがですね、いろんな人が受け取ってると思うんですけど、
どうですか、皆さんお二方はどういう形で受け取りました?
田中 愼一
面白い視点ですね。僕の場合は昭和っていうよりも、コミュニケーションの視点から見たときは、まず誰の視点から見るかって重要だと思うんですけどね。
クライシスコミュニケーションで経営者の視点からアドバイスした、こっちが経営者にアドバイスしたとしたら、迅速で早くてよかったですよと。結構早いなって思った。
しかも本人に喋らせると同時に、娘さんの手紙、だんだんちょっと深掘りするとね、いろいろ出てくるんだけど、はっきり言うとうまく仕切りました、という評価がまずそっちの視点から入ってくる。
もう一つ、逆に阿部慎之助の視点から立ったときに、あれ以外の対応っていうのがあったかというと、たぶん今の世の中では、たぶんこれが10年前だったらもう少し違ってたかもしれないし、20年ぐらい前だったら違うかもしれないと思うんだけども、
これは親子喧嘩だから、ちょっとこういう形でこういうふうに話してね。阿部慎之助もね、実は会見はせざるを得ないだろうなとは思うけども、そこで本当に申し訳ないと反省している。
これはもう本当に言語道断であるという形で、私としては辞役をしないといけないと思ってるがっていうところを急だが、まあまあ辞任まではしなくてね、これはこれでこうやるべきだよ、君、阿部、お前頑張れっていう形でね。
で、謝罪、いわゆる個人の謝罪っていうことで済ますことがたぶんできたかもしれないんですよね。でも今の時代はもはやそれが許される時代じゃないっていう、たぶんもう時代の変化が10年、20年前、だから昭和的な発想ではたぶんダメなんだろうなっていう気がします。
それからこれ、もう少し阿部慎之助の話として思うのは、もちろん彼のキャリアはガタガタになったんだけども、少なくてもあのスピードであれだけで自分をさらけ出して、たぶんですね、批判票よりも同情票の方が多かったと思うんですよ。
で、同情をレバレッジしたっていう意味では、彼のこれからのキャリア、少なくともここであいつは暴力なんとか親父なんてレッテルを張られるよりは、普通のお父さんなんだなと。
いや、これから娘さんとどうするのかな。本人も今すごい娘さんとどうコミュニケーションとっていいのか困ってんだろうな。奥さんとはどうなのか。家族の中で娘さんもう一人いらっしゃるわけですよね。
っていうような心配を持ってんだろうなというふうに同情されてるわけですよ。これは彼の今後のキャリアに、ある意味、もともと起こらないのが良かったんですよ。起こってしまったクライシスですから、そこからこれからどう乗り越えようかっていったときに、
一つのプラスになる可能性がある。要するに同情されてるっていうほうのほうがね。それからもう一つは、彼からすると、ある意味もう一つは自分との家族との関係っていうのをやっぱり見直すっていうきっかけにもなってるんで、今後多分より家族の結束が固まるんじゃないかなと。
これ、そうじゃないっていうような少なくともメッセージは出てこないんで、だからいいんじゃないかなっていうことですね。それからあと、社会にとっての視点から言うと、いい警鐘になったとは思いますね。
やっぱり、こういうことが起こるんだって。要するに言葉でいくら鬼はうちって言ったってですね、映像化されてないんですよ。
でも、阿部慎之助の映像っていうもの、記者会見を見ると、いやーって感じでね、かなりの日本国民がですね、家族とのコミュニケーションをね、考える一つの大きな大きな結果。
もちろん恵子さんが言ったように、AIとの付き合い方っていうことを考えさせられるっていうこともあるし、それと並んで家族とのコミュニケーションをどうするのかっていうのをいまいちね、みんなもっと意識するようになるんで。
そうなるとやっぱりその家族との円満っていう部分に関してはプラスアルファ、プラスになった実証じゃないかなというふうには思います。だからそこは一つの、阿部慎之助のほうもレバレッジかける。つまりこれからその家族はどうあるべきかって、これを機にすごい理想的な家族になってもらえればね。
もしかしたらそういう家族に関するね、やっぱりオピニオンリーダーっていうかね、としてこう次の道が見えてくる。ピンチをチャンスに変えるっていう発想でね、見ていくという、いろんな切り口があるんで。だから非常にそういう意味では、いろんなメッセージを受け取った実証だなってふうには思いますね。
田中 愼一
ヒロさんどうですか。
中川 浩孝
ま、私も昭和生まれの人なので、昭和的な発想はもちろん当然あって、しつけのためにどこまで、暴力ではなくても手を出すっていう意味がその、単純に止めるときにちょっと力が入りすぎて暴力的なことになってしまったのか、実際のところはわからないのでなんとも言えませんけれど、喧嘩をしていること自体を止めるということ自体は人が介入しなくてはいけない部分だったのかもしれないので、それがちょっとある人から見たときにはそれが暴力みたいに見えてしまった?ま、プロのスポーツ選手なわけですからそれなりに力があるでしょうから。そういうふうにとらえられてしまう可能性がある。それは人によって、これは暴力って思う人と、これは単純に引き離そうとしただけだって感じる人もいるかもしれないし、それって人によって捉え方が全然違うので、セクハラとかハラスメントもそうですけど、
やっぱりその、やる側とやられる側では、感覚が違うっていうところをやっぱりもう一度、親子でさえやっぱり、なんかね、暴力だと取られてしまう可能性はある。それはもしかしたら親子の関係性がただね、今回は親子の関係性が良かったみたいな話だったので、それなのにこういうふうになっちゃうんだっていうのは私も思いました。
田中 愼一
そうなんです、まさにその通り。親子関係がもともと悪ければね。
中川 浩孝
そうなんですよね。
田中 愼一
当然これ、まあこんなこと起きたななんていうぐらいのレベルだけど、そうじゃなくてもともと親子関係が良かったのに、一緒に食事したりいろんなことやってるわけで、それなのにこれが起こるのかっていうところがやっぱり注目点っていうかね、注目されて、そっから我々としては何を学ばなきゃいけないのかってところなんですよ。
中川 浩孝
そうですね。
高木 恵子
そう、なんで私がもっとその社会っていう視点で思うと、結局警察が来た時に、まあ娘さんのその言葉で言うと、結局娘さんは別に父親が逮捕されることまでは望んでなかったわけじゃないですか。
でも結果的に即逮捕になったわけですよね。だからそこの社会がやっぱりそのどう判断するかっていうところと、あとそのまあ結局も逮捕されちゃったわけだから、企業としては当然そのもう球団側のその処置っていうのはそういう意味で言うと正しい、正しいっていうかまあやはり妥当な判断だったっていう風に、
今までの通例で言えばそういう風に理解はもう当たり前のようにできるんだけれども、結局今回のほんといろんな事象が絡んでる中で、果たして社会としてその判断がいいのかなっていうところを今後結局もっとこういうなんかAIとかいろんなテクノロジーで起きてくる、
まあこのコミュニケーションっていうところはちょっと置いといても、その何かAIっていう技術的なところでいろんな問題が起きたところの、社会がどうそこを判断するかってやっぱり人間の力、人間がどうこう判断していくかってところは、実は今までと違う
受け入れ方、社会としての考え方をなんかしていかないといけないんじゃないかなっていうのがすごい感じたんですよね。
田中 愼一
確かにおっしゃる通りで、ただ何が今起こってるかっていうと、社会の感度っていうか、社会がいろんな事象に対してどういう風に受け取るか、社会がですよ。
っていうのがですね、コミュニケーション的な話でやるとしょっちゅうコミュニケーションっていうのは、これいわゆる受信戦略発信だっていう、それをフローをぐるぐる回していくと徐々に下の方にストックが出てきて、
そのストックの外側に対しては関係性が外側と出来上がる。さらには自分の中には感度が育っていくっていう、感じ方が変わってくるっていうことで、実は世論ってある意味で言うと感じ方なんですよね、感度なんですね。
社会が一つの事象が起きたときに、それを社会がどう感じるか。で、これには果たして悪い、いいっていうのが本当にあるのかどうか。どっちかというと、その時に起こった事象で、そこで社会の感度が動き出すわけですよね。
で、いろいろな事象が重なっていくと、それに合わせて社会の感度も変わっていく。つまり、社会が受信、発想、発信っていうね、そのコミュニケーションのフローを回してて、それを回していると社会の中に蓄積されてくるストックがあって、それがいわゆる社会の感度みたいなもんで。
そうすると、例えば今の社会の感度っていうのは、たぶんですね、この80年、戦後のから80年ずっと来たいろいろな出来事を社会が受信してて、そこに対して社会がいろいろな発想をしてて、その発想に基づいて社会がいろいろな評価を下しているっていうね。
こういう感度が進化している、社会の感度っていうコンセプトがたぶんあって、それは良い悪いという尺度じゃなくて、何を受信したか、何を発想したかっていうところで行動に出てくる、何をどういう反応したかっていう行動が出てくる中で、だんだんストックとして培われてくる。
そうするとですね、例えばこれが10年前だったら20年ぐらい前だったら、さっき言ったような穏便な形で、社会もそういうふうに受け取るわけですよ。
ところが今はその後のこの20年間で何が起こったかというと、いろいろな事象を社会がAIみたいなもんで情報を食ってるわけですよ、社会が。
その社会が食って、そこからいろいろな発想が生まれていくと、社会の反応が出てくるわけですよね。
これがこのたぶん20年、あるいは10年、あるいはAIがスタートしたとしたら、もうこの数年でその社会の感度が大きく変わってきてるんじゃないかと。
これが何なんだって言った時、僕の言葉でコミュニケーションの視点から言うと社会の感度なんですよ。
で、その社会の感度の怖いところっていうのが、実はもっといろいろな事象で今我々の目の前に起こってるわけです。
例えばトランプ現象。
トランプ現象、あるいはその独裁国家的な政治体制、例えばロシアとか北朝鮮とか、ある意味でいうと中国もそうですよね。
それではトランプ、肝心の民主主義の基礎だったアメリカが今ああいう状態になっていく。
これはやっぱりリーダーシップのあるべき論じゃなくて、社会の感度がそういうリーダーを求めてるっていうね。
だからトランプは従来のリーダーシップ論でべき論でね。
基本的に僕はこの80年見てるとリーダーはこうあるべきっていうものが出来上がっちゃってたんですよ。
こうあるべきだからしっかりと常識があるべきとかね。
いろいろな人たちの最大多数の支持を得るべきとかね。
なんとかべき論で評価すると、トランプは最悪なんですよ。
プーチンも最悪。
習近平は構造的に守られてるけど、それもあまり良いとは思ってる人はいないかもしれない。
でも今までのべき論から見ると、やっぱりいろいろ問題のある人たちがたくさん出てきて、でも社会がそれを受け付けてるんですよね。
だからそういう意味で言うと、社会の感度っていうのが今どんどん変わってきちゃってて。
そういう意味で言うと、非常に普通の日本人の一般国民からするとショッキングな阿部慎之助の事象っていうのは、
下手すると日本の社会の感度そのものがね、だんだん変わってきて、それに従わざるを得なくなってきてる。
だからリーダーもですね、ある意味で言うと今の高市さんなんか、人によってはトランプと同じだっていう人もいるわけですよ。
結構強引に進めてるとか。
でもそれは今までの日本の政治家、こうあるべき論から評価するとそうなのかもしれないけども、
そうじゃない視点から見ると、新しいリーダーシップ論っていうのも出てくる可能性あるわけですよね。
だからトランプもですね、わかりませんよ。
50年後、やっぱりトランプだったねって話になるかもしれないし、何かわかんないけど。
でもなんかやっぱり、面白いけど怖いなって感じるのが、社会の感度がどう変わっていくか。
だからわかんない、僕は生まれてないからわかんないけど、
第二次世界大戦が起こった、あるいは第一次世界大戦が起こった時の社会感度っていうのはやっぱあったと思うんですよね。
それによってヒトラーみたいな人が出てきたり、世界が混乱して、
その後80年の安定の世界が一応あった中で、
それが今次のまたシフトをし始めてるのかなっていうのがなんか来てる感じ。
田中 愼一
それが一つと、もう一つけいこさんの話聞いて、
なるほどなと思ったのが、
コミュニケーションの視座で言いますが、
AIとの対話っていうのをしっかりと見つめていかなきゃいけないかなと。
コミュニケーションっていうのは一つは対話なんですよ。
コミュニケーションの本質は対話なんですよ。
人間っていうのは今日まで英知を蓄え、地球を支配するまでに至ったのは対話力っていうのがあったからですよね。
対話することによって、今までは相手と対話する、自動的に自分と対話するっていう世界から、
それからだんだんいろんなイノベーションとか発想の展開があって、見えないものにも対話する。
特に聖なる神様とかキリスト教徒、仏様とか見えないものとの対話っていうのがあって、
宗教にこらない人は基本的には宗教じゃなく、なんか神様いるよなっていう感じの、とにかく聖なるものとのつながり。
だんだん自然との対話を求めてくる発想とか、いろんなものとの対話をだんだん増やしながら人間って成長してきたわけですよね。
ここに今新たにAIとの対話が入ってきたわけですよ。
対話っていうのはさっき言ったフローなんですけども、ストックも同時に作っていくわけですよ。
だからさっきけいこさんが言った、AIとの対話の中で出てくる、AIも成長するっていうのは、まさにAIもストックをためてくるわけですよ。
人間と同じく。そうすると、今までは対話っていう能力を、最も優れた対話能力を持ってたのは人間しかいないから、
結局は人間と人間の対話の中で、いろいろなものが生み出されていく。
あるいはものによっては自然との対話、見えないものとの対話、いろいろな対話を重ねながら人間は今日まで来たんだけど、
ここに第二の知性と言われるAIが入ってくると、そことの対話どうするかって、
これからけいこさんが言うように、しっかり考えていかなきゃいけないよねって話があって、
僕も昔、コミュニケーションの視点から仏教を解釈するって、昔から一つの道だという形で、今でも趣味でやってるんですけど、
そうするとやっぱり、AIを使っていくと、非常にスピーディーにどんどん解明されていくわけですよ。
ただ、ここから今感じていることって何かって言うと、油断しちゃダメだって。
僕がコミュニケーションの視座で対話というものを教えるときに、何を言うかっていうと、間違いなく対話をマネージしなさいっていうことを教えるんですね。
リーダーの一つの能力として、相手との対話をマネージすることが絶対的に重要ですよって。
マネージするって何かって言うと、絶えず相手を自分の土俵の上でマネージしてください。
相手の土俵で戦っちゃダメですよって教えるんですね。
その土俵は何かって言うので、僕はキーメッセージプラットフォームという手法を開発し、
さらには絶えず自分の土俵に居続けるために、ブリッジングっていう技ですね。
相手の質問を利用してこっちの土俵に持ってくるっていう。
そういうものを推奨するわけですね、トレーニング。
ところが、自分が今AI使って仏教の思想っていうものをコミュニケーションの視点から解釈してインタプリテーションをやっていると、
あのですね、はたっと気が付くと、相手の土俵に乗っかってるんですよ、AIの。
これがね、ヒヤリッとするんですね。
これ、俺もしかして依存体質になってない?っていう。
で、要は逆に俺乗せられてんじゃないのと、AIの土俵に。
ここが最近急激に感じ始めちゃって。
ここはね、人間ね、やっぱりコミュニケーションの視点から、僕は申し上げますが、警鐘を鳴らしますけど、
やっぱり絶えず自分の土俵の上でAIと対話するってことが、多分ものすごく重要で、
じゃあそれをするために相手何しなきゃいけないのかっていうのは、
一つAIとの対話っていうものをトレーニングに落とし入れていくときに、
コミュニケーションの視座から持ってくると結構面白いかなっていう。
そこがちょっと今、面白いなーと思ってるけど、実際僕自身としては、自分がバカになるかならないか。
依存症になるかならないか。
ここはね、はっきり言って恐怖感に近いものを感じますね。
だってうまいこと言うんだもん。
あ、そうなのかなーってつい思っちゃう。
ダメ、それ。
田中 愼一
っていう感じで、だからけいこさんのその2点ですね。
なんかいろいろ面白いですね。
高木 恵子
でも本当、一巨人ファンとしては、正直にやっぱり、
慎之助ファン、一巨人ファンとしては、監督本当にやめなきゃいけないのかなーなんて思いますね。
田中 愼一
それはいますよ。僕なんか完全強烈なアンチ巨人で、
僕はもうとにかくヤクルト・スワローズ1本で生きてきましたからね。
そっからすると、でもその人間からもあれはね、えーって感じで、
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
これで彼のキャリアがなくなるのかよって言うのは、
これはね、やっぱり同情をもう越えちゃって、
なんて言うんだろう、えーそうかよ、いやそれはないんじゃない?って正直そんな気持ちですよね。
高木 恵子
そうなんです。
中川 浩孝
まあ難しいです。世論というか世論というかが、
昔はちゃんと測れなかったとか、ちゃんと見えなかった部分ってすごくあると思うんですけど、
やっぱり今このインターネットの世界の中だと、それが見えて、ソーシャルで見えてしまう。
ただ、それが本当の世論なのかわからないっていうのも、私たちすでにわかってるじゃないですか。
特に匿名の世界で本当にそれが正しいか、その人の本当の意見なのかわからない。
それがいっぱいいるような気はするけれど、そうじゃないかもしれない。
大きな声が大きな人の声が聞こえてしまう世界なので、それがどうなのかが心配だなっていうのが一つと、
あともう一つは、やっぱりなんて言うんでしょうね、
正義というか、なんか正義を振りかざす人がめちゃめちゃやっぱり多くて、
なんかこう、一回何か失敗するとアウトっていう雰囲気がちょっと漂ってるのすごい嫌だなと思っていて、
田中 愼一
それはね、いい、確かに。
中川 浩孝
なんか再チャレンジとかっていう一方で言っている世界なのに、
なんか何かちょっと問題を起こしたりすると、その人が世界から排除されちゃうっていう世界が最近やっぱりなんかある気がして、
それはとっても優しくないなっていう気がするので、
なんかそこをもうちょっとバランスさせたいなとは思うんですよね、やっぱり。
田中 愼一
あのね、確かにそれはあるですね。
正義を、これが正義だっていう。
で、逆に言うと、SNSの世界だけじゃなくて、
だって今のトランプ現象の中にはそれがすごくでかいですよ。
中川 浩孝
そうですね。
これ正義、これ以外はアウトっていう。
これは間違いなく、トランプ現象の中もそうだけど、世界的に起こってますよね。
田中 愼一
だから一つその正義を強調して、
いわゆるリカバリーができないような、一発で失敗っていうね、
田中 愼一
そういうのもありますよね、感度として。
今それ考えて世論っていうものを我々商売からね、より普通の人には知ってるんだけども、
よく考えてみたらPRの原点って世論じゃないですか。
中川 浩孝
確かにそうですよね。
田中 愼一
PRって生まれたのはアメリカの独立戦争の時で、
結局何をしたかっていうと、独立派はですね、
パブリックリレーションっていう名前はその時なかったけど、
PRという手法を使って、一般無関心、一般大衆を一つの世論で、
これが正義だって形で動かしてアメリカ独立、10年かかったのかな、アメリカ独立を果たした。
そこからパブリックリレーションっていう言葉が生まれて、
その時に初めて今我々が話している世論、社会的感度っていうか、
そういうものが表舞台に出てきたのが、多分アメリカの独立戦争だと思うんですよね。
もちろんその前からも、世論的なものっていうのはいろいろね、ギリシャ時代にもあっただろうし、
その後の歴史もあったんだけども、
それが一つの独立した生き物みたいな形で出てきたっていうのが明らかになったのが、
顕在化したしかも独立戦争っていう、アメリカの独立戦争っていう事象で示されたのが、
まずアメリカの独立戦争だと思うんですね。
そこから生まれたパブリックリレーションっていうのは、その後いろいろな功罪をやってるわけですね。
もちろん本当の意味での世論を醸成するっていう仕事もあったろうけど、
もう一つは逆にその世論を悪用して、
ありもしない世論を使って人を洗脳してやってきたっていう歴史。
多分その両方が今ごっちゃ混ぜになってる。
だから決してパブリックリレーションっていうのは良いことじゃなくて、
悪いことにも使えるし良いことにも使える。
純粋な力学として捉えるのが僕は基本だと思ってるんですけども。
だからそういう中で言うと、やっぱりその世論とどう向き合っていくかっていうのを、
今後もね、もはやそのより複雑なSNSとか第二の知性のAIが入っていく中で、
これはね、かなりですね、我々としてはその世論にもう少し関心を持って、
その本質を見極めていくっていう、
それはいろんな意味で世論を測定するとかいろんな方法があるんだろうけども、
それは必要じゃないかなと思いますよね。
ある意味、アメリカの大統領選っていうのは、
その世論を4年に1回チェックする一つの場であったんですね。
だからあれを研究していくとね、世論を把握するのにとてつもない金が投入されてって、
例えばオバマの場合は、金集めたのが900億ぐらい集めたのかな、800億かな。
でもそのうちの3分の2が全部、世論を把握するための調査費ですよ。
それだけ世論をつかんだ人間、しかもその顕在化してる世論じゃなくて潜在化してる世論ですね。
顕在化してる世論は役に立たないんですよ。
みんなもう知ってるから、なんだそんなの、動かない、人の心が動かない。
でも潜在化してる世論って、それが顕在化した段階で多くの人々の気づきを作るから、
そうだよね、やっぱりオバマだねってこうなるわけですよね。
だからそういうところをやっぱり、そういう手法っていうのは、
いいものにも使えるけど悪いものにも使えるわけですよ。
だって潜在世論っていうのが抑えられたら、
どうやって社会を洗脳するかってすぐわかりますからね。
方程式できちゃうから。
だからある意味そういうことができる。
その流れなんだよね、今パッと見てるといろんなグローバルで言うと、
非常に先の先を見して手を打っていって、どんどんビジネスを拡張していくっていう。
世界が結構強いじゃないですか、政治の世界だけじゃなくて。
ビジネスの世界なんかね、今まさにAIなんかで考えていくと、
その先先の読みをどんどん読んでいって、
逆に言うと、顕在意識なんかもどうでもよくて、
潜在意識をどっちが早く把握して一気にビジネスに持っていくかっていう。
まさにそこが修羅場になりつつあるような気がしますよね。
そこにやっとAIの技術が絡んでいくからややこしいよね。
我々は怖い世界に生きてるっていうことですかね。
高木 恵子
そうなんですよね。便利になってくればくるほど怖い世界になりますよね。