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アニバ物語。今日は、マルシンハンバーグ📻の歌が流れてた朝、です。
たぶんね、昭和40年代の後半、西暦だと1970年、大阪万博が終わったくらいの頃だったと思います。
こんなでした。
その頃、我が家の朝はテレビではなくて、いつもラジオがかかっててね、これがかかってたんですよ。
テレビだとどうなんでしょうね、手が止まっちゃうからって思ったのかもしれませんね。
で、朝食は、父のリクエストで、お腹に溜まるのは嫌だということで、パンでした。
トーストにスープ、で、ちょこっとサラダがあって、でね、半熟卵があったんですよね。
一人一個で目の前に、卵を立てるスタンドがあったの。今もあるんでしょうかね。
専門容器みたいなやつ。はい。
でね、もっと小さい頃は父が全くいなかったので、うちに。
土研屋で現場に出ててね。それが、あの時はいつもいたんですよね。
で、考えてみたら、46の子なので、私が10歳でも56歳。
おそらく当時の定年っていうのが記憶にあるのが、53が55歳定年になったって話を聞いた気がするんですよ。
で、平均寿命はいくつだったんだろうって今ちょっと見たらですね。
69って何歳でしたね。70前ですよ。
もしあの頃に私がいたら、あと何年って感じでしたかね。
いやー50年経って、人生100年とか110年時代が来るなんていうのは、その頃はわかっていたんでしょうかね。
これからどうなっちゃうんでしょうねなんて思ったりもしました。
話を戻しまして、その頃の朝ね。
さっきのフレーズ、回るし回るしハンバーグっていうのを聞こえてきて、
そのまま行くとですね、なんか急に思い出しましたね。
母親がよく口ずさんでたのが、殿様キングスの涙のミサオ。
ご存知の方いらっしゃいます?
あなたのために守り通した女のミサオかな。
すごい歌詞ですねこれね。急に出てきましたけど。
ごめんなさい、またこっち行っちゃいました。もう一回戻りますね。
回るしハンバーグ。これね、出した思い出としてもう1個あったんですよ。
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それがプレゼント企画に応募した話です。
今ではね、バーコードとか、例えばベルマークとか、
表紙にある何かを送ればいいんでしょうけど、その頃なかった気がする。
丸ごと食べた外袋を何枚か集めて送って。
司令所領上の楽譜っていうのがもらえたんですよ。
まだね、弾き語りが一般的ではなくて、
たぶんね、あなたが世界歌謡祭かなんかで出てきた時に、
弾きながら歌ってるって思ったんですよね。
その後もうちょっとだとユーミが出てきたって感じなんですが、
なので楽譜もそんなになかったんじゃないかと思うんですよね。
で、父が司令所領上大好きで、
私ピアノやってたので、安く弾けと言われてですね、
じゃあ楽譜をゲットしようといっぱい食べましたね。
で、今はもう実家はないんですが、
残して持ってきてるはずと思って、さっき探したらありました。
黄色くてボロボロになってましたけど、
今ね、スキャンして残せるんですもんね。便利な時代だわ。
なんかね、いろいろ朝食っていうか朝の思い出っていうことを、
ちょっとマルシーハンバーグからつらつら喋ってみました。
皆さんはどうですかね。
昭和のその頃を、時代時代で変わってるでしょうけども、
思い出の朝、そこで聞こえてくる声だったり、音楽だったりありますか。
今日もお聞きいただきましてありがとうございました。
アニバ物語、アニバがお送りいたしました。
それではまたおしゃべりします。続く。