みなさんこんにちは。オトコの子育てよももやまばなし。この番組は、現在6歳の双子を育てる清太と、3歳の子どもを育てる森田が、育児のよもやまばなしを雑談していく番組です。
メンバーシップサービス、レゾン桃山のサポートでお届けします。
はい、今回はお便り回的な感じで、結構初めてかな。
いや、そうなんです。
なんか、親番組でよくこういうのやってるけど、特にね、お便りがとても多かった回があってということで。
そうですね。
生後1ヶ月半の子どもが可愛いと思えないお悩み相談という、9月8日にアップした小夏さんからのお便りの回に対して猛烈にたくさんお便りが届いてるという。
すごい人だね。
いやすごい。しかも一個一個が長いっていうね。
これはしかも、このお便りを通して小夏さんに向けて、ぜひ激励というか、思いを伝えたいみたいな、そういう感じの。
いやいや、そうなんですよ。
一応どういうお悩みだったかというと、不妊治療を経て授かった子どもを可愛いと思えず、接する時間を苦痛に感じてしまうと。
今は夫さんが育児を取ってるんだけれども、ワンオーペンになって1日中子どもと2人きりになると考えるとゾッとしてしまう。
朝が来ると、また今日も育児が始まると体の温度がヒュッと下がり、1日の始まりが怖くなるというような、そういうお悩みでした。
おそらくこういう、同じようなね、思いを。
そうなんだよ。
抱えていたり感じたことのある人がいてすいて、
そうだね。
そういうのは多分、いわゆる親としてこういう思いを抱えるのはどうなんだみたいな思いもあって、なかなか言葉にならない思いみたいなのが、
多分あそこで語られていたというのがありそうだよね。
だから、共感と心配と、あと励ましたいという気持ちというような、いろんなものが来ているかなという感じなんですけれども、
スポティファイのコメント欄も長文のコメントがついているので、そちらをぜひ読んでいただきたいなというふうに思うんですけれども、
今日はこのお便りですね、来たお便りからいくつか読みたいと思います。
はい。
まず、ラジオネーム、ももぺディアさん。
ももぺディアさん。
いつもお世話になっております。今回、小夏さんのお便りが読まれ始めたところで、
ん?私かな?と瞬時に思ったので、いてもたってもいられずお便りを書いています。
私も小夏さんと同じく、赤子時代に全く可愛いと思えず、もやもやを抱えていました。
自分の場合はとにかく、昼夜問わず寝ない子で、一日中泣き声を聞いていたのが大きかったです。
支援センターは息抜きの場ではありましたが、そこにあるベッドに置いたら寝ちゃう赤ちゃんがたくさんいる中、
我が子は置いても病で泣いて泣き止まなかったりして、他の子が楽に見えて苦しい気持ちで帰宅していました。
ミルクも使っていましたが、母乳もあげなきゃいけない事情があり、
そうすると数時間友達とおしゃおしているだけで乳腺がパンパンになり、
駅のトイレで一人で錯乳したりして、なんでこんなことしなきゃいけないんだろうと悲しくなったし、
フリーランスで受けていた仕事でどうしても行きたい案件に行くことも断念したり、
産んだせいでこの先ずっと不自由なのかと絶望したりもしていました。
もともと古文と同じく大人が好きなタイプなので、
友達の赤ちゃんを見てもどこが可愛いのか分かりませんでした。
自分の子も昆虫を育てている感覚で世話をしていました。
昆虫に可愛いと思う瞬間はたくさんあるので、そんな感じで赤子をめでることはありましたが、
遊びに来た子持ちの友人から赤ちゃん子育て楽しんでねと言われ、
あの子は楽しめたのかと落ち込んだこともあります。
そういう話を何人かの友人にしたときに共感してくれて、
私を救ってくれた言葉をこなつさんに送りたいです。
それは、「大丈夫。子供は育つから。」です。
私の場合は子供が言葉を喋れるようになってから始めて、少しずつ愛情が芽生えました。
こなつさんがどのようなタイプかは分かりませんが、
子は育ち関わりも変容するので、もしかしたら気持ちにも変化があるかもしれません。
ただ、そこまでの道のりが今永遠に感じるであろうことも死ぬほど分かります。
今はようやく私も他人の赤ちゃんを見て可愛いと言えるようになりました。
それはまさに森田さんが言っていたノスタルジーでしかなく、
可愛いと言いながら同時に、
この時に思ってあげられなくてごめんな的な気持ちも毎回湧いています。
でも自虐的な気持ちになることはなく、
自分はそういうタイプだったわーと思うようにしています。
現在7歳になった男児は可愛くて仕方がないですが、
きっと間もなく手を繋いでくれなくなったりすると思うので、
嫁一、二年の子だと思って毎日泣きそうになりながら接しています。
小さい頃可愛いと思えなかったことは本人には内緒です。
うーん、そうねー。そうかーと。
これはなかなか、まあモモペイディアさんはね、長年のよく知った仲だけど。
そうね、我々のね、友人。
こんな思いをね、日々抱えながら。
そうなんだよね。
なんか意外とイメージなかったかも。
なんか断片的にそういう話は聞いたことあったけど、
やっぱこのなんかね、こう書いてくれてるけど、
永遠にも感じる長い時間というかさ、
やっぱ自分はまああれだけどこう、
友達や知り合いの他の子育てって点でしかわからないじゃん。
ところどころ、時々でしか会わないし聞かないからね。
ああ、こういう時間をずっとこう、
そういう時間、苦しい時間の中に身を置きながらやってたんかーみたいな。
いや、そうだね。
うーん、なんか楽しんでるだろうなって勝手に思ってたところがあるというか。
そうだね、やっぱそういう思い込みだよね。
そこも思い込みじゃない?赤ちゃん可愛いわ、可愛いものだし。
育児は大変だけど、モモペディアさんのパーソナリティとか考えると、
いろんな経緯とかを考えると、きっと楽しんでるだろうなっていう風に。
ねえ、なんとなく近い距離の友人ですら勝手にそう思い込んじゃうというかね。
そうなんだよな。
なんかすごくね、このあの回の小夏さんのお便りを機にいろいろ
蘇った思いがあるんだろうなーっていうのはね、感じますね。
次は小麦さん、女性41歳からのお便りです。
小夏さんの状況があまりにも自分と同じだったのでメールします。
私も不妊治療で授かった大石の出産後、全く子供が可愛くなく毎日うつうつとしていました。
子供を持ったことが失敗だったかもと本気で思っており、毎日1日が始まるのが怖かったです。
保育園に早く子供を預けたくて仕方なくて、
SNSで子供と離れたくないと言っている親を見て、
私は本当に子育てに向いていないと落ち込んでいました。
育児を楽しんでユラリズムいらないと言っていた森田さんの話を聞き、
なぜ自分にはこのような豊かさがないのかと眩しく感じていました。
今思えば、子供が生まれたことによる生活の変化、
社会と繋がりのない孤独感、出産によるホルモンバランスの崩れ、
身体や精神の疲れ、寝不足などが積み重なっていた状態のように思います。
結局私が子供が可愛いと思えたのは生後半年後でした。
今思えば、ちょうど子供が夜通し、寝るようになったタイミングと重なります。
要は時間が解決した形です。
私からのアドバイスは、①パートナーの方に今の気持ちを正直にシェアしてみてもいいと思います。
後悔しているまでは言わなくても、辛いということをシェアしておいた方が子供のためにもなります。
②パートナーが育休取得されているなら、なおさらよく寝てください。また、念トレもおすすめです。
③一時保育やベビーシッターさんを探してみてください。
うちの子は家にいるとよく泣くこともあり、それも辛くてよくあてもなく散歩に出ていました。
また、支援センターにもよく行きました。
その時はなんとなく一時的には楽になりましたが、重たい気持ちは変わりませんでした。
臨床心理師の母からは、抜本的な解決は難しいから、とにかく日々をやり過ごしていくとそのうちなんとかなるよと言われており、
とにかく辛い日々をやり過ごしているうちにやっとトンネルを抜けられた感覚です。
それから5年経ち、今は5歳と1歳の母です。
子供が本格的に可愛くなったのは3歳くらいかなという感じです。
2人目は経験値から1人目ほど辛くありませんでした。
今から振り返っても最初の半年は全く良い思い出ではなく、人生で1、2を争うほどの辛さで、子供は可愛くなかったと自信を持って言えます。
辛いのは全然変じゃないですよ、と伝えたくてメールさせていただきました。
なるほど。
そう、すごい。
子供が可愛くなかったと自信を持って言います。
自信を持って。
いいですね。
すごい自信。
なかなか言えないもんね。
そうだね。
生活の中では。
まんぷくまるさん、女性、この方も41歳ですね。
私の場合は、自分の子は最初から結構可愛いと思っていたタイプです。
その理由はおそらく、私はもともと赤ちゃんというもの自体、
すべからく可愛いと思う傾向が強かったので、
自分の産んだ子も自分の子だから、
ということは置いておいても可愛いと思ったのだと思います。
ただ、そんな私が産後しばらく辛かったのは、
夫がどうやらあまり息子を可愛いと思ってなさそうだという点でした。
夫は息子について可愛いと言わないし、
泣いたら自分の時間が奪われると思っているような態度が見受けられるし、
飼っている猫のことは毎日出来合いして撫で回しているのに比べて、
息子への態度が明らかに熱量低いからです。
可愛いと思うかどうかは感情の話なので、
無理辞はできないからしょうがないと思いつつ、
でも私と夫の子供であり、私が可愛い可愛いと思っているものについて、
かたくなに可愛いと言わないことについてはだんだん腹が立ってきて、
そのせいで夫への愛情が少しマイナスになったら否めなく、
それがとても悲しいです。
だからといってお便りの相談者さんがおかしいと思うような気持ちは全くなく、
むしろこのように自分の子供が可愛いと思えないことって全然普通にたくさんあるという中での、
私も産後のガルガル期が相まって過度にネガティブな感情になってしまっているという、
我が家のケースをつい話したくお便りさせていただきました。
ちなみにどんなに可愛いと思っていても疲れるものは疲れるし、
物理的に蓄積する疲れが吹き飛ぶ可愛さなんてものはないし、
自分が体験した妊娠・出産の辛さはトラウマっぽくなっていて、
それは子が可愛いのとは別の話です。
あーそうねー。
えーと満腹丸さんは書いてないけれども、
この子には前にもちょっとお便りいただいている方で、
たぶん今半年くらいかなちょうど。
あのお子さんが。
そっかそっか。
パートナーがこういうどうも子供を可愛いと思ってなさそうな疑惑があるぞと、
それに伴うアクションも見受けられるし、
それに対してすごくイライラしたり悲しかった経験はあるけど、
ただ少しそこから時間が経って改めて振り返ると、
自分もそのいわゆるガルガル期と呼ばれるネガティブな感情が爆発している時期だったかなとも思うし、
でも子供を可愛いと思えない親がいることはとても普通というか、
全然あり得ることなのに、
それをなんかこう許容できなかった自分、
あの時の自分がいたなみたいな、
そんなようなことをちょっと内省するようなお便りという感じですかね。
うん、そうだね。
だからもしかしたらこの小夏さんもあれ、
パートナーからどう思われてるのかなとか。
そうだね、それ気にしてたもんね。
ねえ。
パートナーもそうだし、もしかしたらね、
その親とか周囲の近しい人たちの目線っていうのも気になったり、
あと温度差とかもあるのかな、
みんながすごい無条件で可愛い可愛いっていう風に見えるけど、
私は生んだ当事者の母親なのにそこまで思えてないみたいなさ。
そうだね。
あとはだから夫さんがもし可愛い可愛いって言ってたら、
小夏さんのね。
はいはいはい。
そういう温度差もやっぱりあるよね。
要はだから万福丸さんとは逆のケースっていう、
言えない側が素直に言えない側が辛いっていうケースもあるんだろうなってことだよね。
確かに。
しかもそれで表面上はちょっとこう演技というかさ、
無理して可愛いと思ってる予感を醸し出してたりしたらまた、
そうだね。
心身にストレスもね。
いやそれ結構ストレスだよね。
思ってないことをさ、取り繕わなきゃいけないってすごいストレスじゃない?
いやいやそう思う。
社会的な場じゃなくてさ、プライベートな場で。
そんなのめっちゃストレスだよね。よく考えたら。
そうだよと思うわ。
ちょっと小夏さんがどういう日々かは分からないけど。
いやでも言えないって言ってるからさ。
言ってたからさ。
せめてね、実はこんな気持ちがあるんだってことは、
共有されてればまたその嘘をつく必要がないっていう状況にはなるんだろうけど。
なるほど。
じゃあ最後ちょっと。
黄色さん、女性36歳。
いてもたってもいられず初めてお便りさせていただきます。
本家の桃山翔二もずっと聞いています。
私は現在2歳半と10ヶ月の子供を育てています。
上の子を妊娠した時望んでいたとはいえ思ったより早く妊娠したこともあり、
ずっと不安がつきまとっていました。
よくネットで見かけるようなお腹に話しかけるようなことは嫌感があって全くする気にならなかったし、
健診に行って自分の体に命があって心臓が動いているのを見ても不思議にしか思えませんでした。
今思えば個人として存在していた私から、
急に母親という役割が降ってきたことへの戸惑いが大きかったなと思います。
出産も大変でした。
発育から始まったのですが腎痛余ってどこず、
望んでいた助産院での出産ができなくなり、
泣く泣く病院へ搬送され、
そこから何とか3日間の腎痛促進剤を経てやっと生まれてきた第一子。
生まれた途端&でいっぱいで、
我が子を愛する気持ちとか生まれてきてくれてありがとうなんて感情が生まれず、
とにかく終わったという&と、
パートナーがヨーロッパ出身のため、
子供の見た目があまりにも外国人だったため、
産後の肺もあって号泣しながら、
ゴラムだ、スメアゴルだと泣きながら言っていたぐらいです。
自分の子供に見えなかったのです。目がギョロッとして。
スメアゴルというのはロード・オブ・ザ・リングのあれですね。
あいつ。
あいつ。なんかかぶね。
ちっちゃいやつやん確かね。
正直存在として本当に可愛いと思えたのは、
半年を過ぎたぐらいでした。
寝顔とかも見ていても、なんかいるといった感覚で、
なんざんだったため、私も産後の体が思うように動かず、
寝返り打つのも痛いし、しばらくは抱っこすることもできませんでした。
お世話はしていましたが、周りから可愛いと言われても
うまく共感できない自分がいました。
そんな私が救われたことといえば、
母親になって後悔しているという本を読んだことと、
産後、助産員にお世話になったことです。
本には母親たちがずっと周りに言えなかった感情が記録されていて、
みんながみんなSNSで見るような感動的なお産や、
愛情たっぷりの母親ではないこと、
そしてそれには社会的な母親像と、
それにまつわるプレッシャーがあることを学びました。
そしてそういう感情を抱いてもいいということも、
助産員では自分自身の心と体のケアだけではなく、
自分が可愛いと思えない子供をとても可愛がってくれました。
うまく表現できませんが、
その助産師さんたちの姿を見て、
子供が可愛い存在であることを教えてもらったというか、
可愛い存在であることを受け入れられたというか、
子供がいることって幸せで幸運なことなんだと、
周りの態度からじわじわと教えてもらったように思います。
産後、自分の子供を可愛いと思えない自分にとてもショックを受けたし、
親失格のような気持ちにもなりました。
一緒にいるのが辛い日々もありました。
なんせコミュニケーションが一方通行で、
泣く以外に感情表現が見えなかったからです。
半年を過ぎてくらいから、体も丸くなってきて、
こちらのコミュニケーションにも笑顔で応えるようになったくらいから、
徐々に愛情や感情が私の中にも育ってきて、
今では大好きな存在です。
そして、第二子が生まれた時には、
隣に寝ていても愛おしく思える自分がいました。
第一子が私のことを本当の意味で親にしてくれたなと思っていて、
感謝の気持ちでいっぱいです。
今後、相談者さんがどのような気持ちの変遷をたどっていくか分かりませんが、
みんながみんな必ずしも愛情が一瞬で芽生えるものではないと、
私は経験的に思いますし、
ワンオペをしていったら、
なおさら他者へ愛の眼差しを向ける余白が生まれづらいと思います。
時間が解決してくれるようにも思いますが、
もしかしたら助産員などでの産後ケア制度を利用するとか、
助産士さんに相談してみるとか、
他者の力を借りて休みながら自分の気持ちをジャッジせず、
眺めてみるのもいいのかもしれません。
どうしても同じ思いだったよ、
でも今はまた違う感情を持っているよということを伝えたくお便りさせていただきました。
もっとこういう話をオープンに、
他者にジャッジされないセーフスペースで話せるようになった方がいいですよね。
もしかしたら相談者さんも母親たちがやっているポッドキャストだったら
相談しにくかったかもしれませんね。
父親たちのポッドキャストだったから良かったのかも。
世間一般的な父親とは違う父親たちのポッドキャスト、これからも応援しています。
ということでした。
なるほど、そうか。
この助産員の話結構面白いなって思って、
こうやって可愛がればいいんだとか、
こうやって可愛がるっていうのは行動というよりは、
こういうところを可愛いと思えばいいんだとかさ、
なんかあると思うんですよ、気づき方っていうかさ、
それって面白さに気づくみたいなことと似てるような気がして、
たぶん。
ちょっとリテラシーが必要だったりするじゃない?面白さ。
経験とか、引き出しというか、視点というか。
視点だよね。
そういう視点がもらえるっていうことなんだろうね、この助産員の。
可愛い存在であることを教えてもらったっていうのは、
なるほどっていうふうに思ったし。
そうだね。
じゃあ最後にね、
こなつさん、ご本人からもお便りいただいてまして、その後。
ね。
それをちょっと読みたいと思います。
はい。
1ヶ月半の子どもが可愛いと思えないという相談をさせていただいたこなつです。
もう無理かもしれないと思い、
わらにもすがる思いでお送りさせていただいたお便りにアンサーをいただき、
とても感激しました。
現状をありのまま申し上げますと、
まだ可愛いと思えておらず、
泣き声を聞くととてもストレスで、
言葉を選ばず言うと、
うーんじゃなかったなと日々思いながら育児をしております。
産む前は子どもが可愛いから辛くても頑張れると思っていたのに、
産まれると可愛いとも思えず、
ただただ体力的にも精神的にも辛い状況を耐えないといけないという日々に絶望感を持っており、
また今後も睡眠対抗や夜泣きがあるなど大変なことが待ち受けていると思うと、
この子が1歳を迎えるまでに私がいなくなるか、
子どもに危害を加えてしまうかのチキンレースかもしれないと思ってしまう自分がおり、
毎日今日も2人とも無事生きて終われることができたと思い過ごしています。
赤ちゃんを殺してしまったというニュースを見るたびに心臓がヒュッと鳴り、
一歩間違えば私がああなる未来があるとニュースを見るのが怖くすぐ消してしまいます。
またお便りでは子どもが可愛いと思えないことを旦那に伝えていないと書きましたが、
あまりにも限界だった日があり、その時に子どもを可愛いと思えない、
もしかしたら危害を加えてしまうんじゃないかと怖いと伝えました。
そんな状況の中で今朝、男の子育てよもも山話が配信されている通知があり見に行くと、
私のお便りを取り上げてくださっておりすぐに配信を聞きました。
同じ月齢の時、コモンスさんも余裕がなく同じように可愛いと思っていなかった話をしていただいたり、
きおたさんの海外には合理的な考えが根付いている、
子どもを多少適当に扱ってもいい、片手間にやっている感じが癒されるという考えだったり、
赤ちゃんは余裕があって初めて可愛いと思える、時間差で可愛いと思えたらいいという言葉が胸に染みました。
またラジオ内で言及されていた通り、SNSで赤ちゃん情報ばかりを見ているので、
タイムラインが赤ちゃん情報で占められるのがとても辛くなり、
今は意識的に赤ちゃん情報を目に入れないとしています。
森田さんがSNSからは一旦離れた方がいいとおっしゃっていたこと、本当にそうだなと思いました。
子どもを愛するという感覚、可愛いという感覚はみんな当たり前のように持つ感覚ではなく、
死なせちゃいけないといった義務感で養育している親もいるという事実があり、
私も義務感でもいいから一日を終わらせることを目標に日々を生きようと思いました。
森田さんの新生児は植物や爬虫類を観察するような感覚といった考えも新鮮でした。
千差万別の子育てがあり、千差万別の価値観があることを改めて実感しました。
また、セーフティーネットをあらかじめ考えておくこと、本当に虐待しそうであったり、
精神が崩れてしまいそうな場合にどういったところに連絡した方がいいかも、
また自分が保てているうちに探しておこうと思います。
あと、やはり子育ては各家族には厳しいという事実がとても重いです。
旦那が育休から復帰し、自分一人でワンオーペ育児になることを想像すると、
毎日とても孤独なんだろうなと発狂ものです。
森田さんの子育て広場がセーフティーネットになっていたという話を聞き、
私も一度行ってみようと思いました。
一人にならないこと、一人でため込まないこと、育児をする上で本当に本当に大切なことなんだと思います。
まだまだ暗闇の中で赤ちゃんの急激な成長に振り回され、
今後自分の心境がどう変化するか未知数ですが、
心が折れそうになった時、このポッドキャストを何度も何度も聞いてお守りにします。
また、ポッドキャストに視聴者の方からいただいたコメントも読ませていただき、
同じような境遇の方からの励ましの言葉もとても心に染みました。
私のお便りを取り上げていただき、本当に本当にありがとうございます。
生きる元気をもらいました。
これからも配信を楽しみにしております。大好きです。
なんか、嬉しい、嬉しいってことは、
こなつさんの状況はまだまだ変わってないところもあると思うので、
なんか良かったねって感じではないけど。
そうだね。何かしら力になれたんだな。
慣れていたとしたら、少しは嬉しいなと思うけど。
配信した?
配信して良かったなって思うし、
今日紹介した皆さんからのお便りもね。
またね、何か少しでも、
なんか小さなものでも、小さな支えとかになっていったらいいと思うし、
あとさ、意外とみんな言えなかったことだったのかもしれないなっていう風に
読みながら思ってた、こういう話って。
だからこの分量でみんな送ってきたんじゃないかなっていう。
抱えてきたこと。あの時そうだったけど、やっぱり言えなかったとかさ。
そういう気持ちが結構あるんじゃないかな。
まあそうだね。
心配する気持ちっていうのは、もちろんそれが第一にだと思うんだけど、
そういうのもあるんだろうなって何となく思った。
やっぱりこの問題、こういう問題。
お便りの中にもあったけどさ、母親になって後悔してるって本とかはさ、
我々も最初そういうものを参照しながらっていう風なことは言ってたけど、
やっぱり母親としての当事者性っていうのも、
俺らにはないと言えばないから、
一旦自分たちの経験をもとに、小夏さんのお便りに向き合ってみようっていう背景があったけどさ。
話し合ったよね。
そう。
なんか無責任な感じもちょっとしたっていうか。
そうだよね。
もちろんあの本はさ、さっき言ってたように言葉にならなかった声というのがこれまでたくさんあって、
それがこう、なんていうの、ああいう一つの本として世に出たからこそさ、すごい反響があり、
その後もさ、すごい続編的な本とかさ、日本版の本とかたくさん出てたと思うけど、
やっぱそれだけこういう思いがさ、抑圧せざるを得ない状況がずっと続いていたし、
今はもう続いてると思うけどさ、
だからある意味切り出してくれたことによってさ、小夏さんがこうやって言葉にしてくれたことによって、
あの反響、熱量のあるお便り、反響があったんだと思うし。
そうだね。
俺らもこうやって自分のまずは体験をもとに向き合えたからこそ、こうやってまた進めたというか。
なんか、黄色さんがさっき、もしかしたら相談者さんも母親たちがやってるポッドキャスターだったら相談しにくかったかもしれませんって、
それは分かんないけど、そういう気持ちがあったかどうかは分かんないけれども、
まあどっちにしろ自分たちにはどこまで行っても分からない経験だったりもするからさ。
そうだね。
でも自分たちに聞いてほしいっていうふうに思ってくれたっていうことがやっぱり嬉しかったし、
そういうことも含めてやっててよかったなっていうふうに思ったかな、今回のこれに関してはと。
まだこう声になっていない育児の悩みというのもたくさんあるんだろうなあとは。
そうだね。
いろんなね。
我々に本当にどこまで向き合い打ちがあるか分からないけど。
この時も言ったような気がするけど、専門家の方をちょっと呼んでとかもいろいろ考えたけど。
まずはね、同じ横並びの専門家と非専門家という関係ではなく、同じ姿勢の子育て当事者みたいなこと?
そうだね。当事者という面では一緒だしね。母親と父親という違いはあるけど。
まあまあその違いは大きいけどね。まあでも、何らかの形で少しでもね、親子に立ててたら嬉しいですね。
今日は他の回へのお便りも紹介しようというふうに思ってたけど全然時間がかなり過ぎちゃったから、またちょっと改めて。
そうだね、また頂いてるお便り。
頂いてるお便り、こんな感じで紹介していけたらればというふうに思うので、皆さん引き続き。
今日紹介しきれなかったお便りもありますし、そのこなつさん回へのお便りで。
まだいろいろ今まで頂いてるんですけれども、全部読んでおりますので、ありがとうございます。
よろしくお願いします。
今日はこなつさんのお悩み回答会に対する反響のお便りを紹介させて頂きました。
ここまでお聞き頂きありがとうございました。
桃山障子の清田でした。
森田でした。
それでは皆さんまた次回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。