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2025-02-06 11:01

半生(3 中学時代)

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[第176話]

私の半生を振り返っていきます。中学校時代について。

「存在としての公園」

現象は、「存在としての公園」をコンセプトに活動している、上水優輝(うえみずゆうき)のソロプロジェクトです。

完全招待制の晩餐会を開催したり、公園にレジャーシートを敷くなど、場づくりを中心にさまざまな活動を行なっています。

自らを公園的なるもののシンボルとすることで、あらゆる空間を公園のように多様な人々を包摂する場へ。一体どんな現象が起こるのか、あなたもぜひ現象の公園に立ち寄ってみませんか?

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皆さん、こんばんは。上水優輝でございます。完全招待生の晩餐会を開催したり、公園にレザーシートを敷くなど、存在としての公園のコンセプトに様々な活動をしています。
現象のラジオ、絶対最後までお付き合いください。今回はですね、中学校時代の話をしていきたいなと思っています。
小学校、高学年になるにつれですね、明るくて、ちょっとふざけすぎるぐらいの勢いを持ってですね、心身ともにいい状態で中学校に入学したわけですけども、
入学した途端にですね、ちょっとこれは雲行きが怪しいぞと思いました。中学校になった途端、引き締めというか、急に敬語を使わされる感じとか、すごい嫌でしたね。
なんか敬語が嫌というよりは、立場関係を明らかにして、誰が偉いかを明確にするみたいなのが、軍隊みたいな感じですごく嫌でしたね。
中学校になった途端、先生が呼び捨てをしてくるとかも嫌でした。小学校の時は上水くんって呼ばれてたのに、中学校に入学した途端、上水って呼ばれるみたいなのが慣れなくてですね、
呼び捨てされるだけでちょっとビクビクしてた気がします。
威圧的な態度みたいなのが結構嫌で、誰でも嫌だと思いますけど、結構条件反射的に萎縮してしまうみたいなことが当時起こってたような気がしますね。
同級生は小学校から繰り上がりだったんで、ほとんど仲良しで、休み時間とかは小学校の延長線上ですごく毎日が楽しい、いつも笑ってるっていう感じだったんですけど、
学校という授業とか試験とか先生とのコミュニケーションとか部活動とかですね、嫌でしたね。昼休みにいつもサッカーしてたんで、小学校の時はですね。
中学校に入ってからはサッカー部に入部しました。別に部活やらなくてもいいじゃんって今だったら思うけど、当時は福江田学校はみんな部活に入ってて、
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放課後、家に帰って、暇つぶせないっていうか、一人で遊んでも楽しくないって当時思ってて、仲の良い人がみんな野球部かサッカー部に入ってたんで、どっちかだなと。
野球はほとんど経験してきてないんで、サッカーかなって、ある種消去法で決めた感じですかね。サッカー部に入部しました。
中学校の上下関係みたいなのに、気持ちとしてはずっとビクビクしながらやってた感じがありました。
もっと言うとサッカー部の顧問の先生が、学校を代表するレベルのパワハラ暴力みたいな先生で、
同級生、野球部の友達とかがドン引きするレベルのスパルタ、スパルタって言うとちょっと聞こえないけど、本当にあれは虐待レベルだと思うんですが、ひどい目に合わされました。
ほんと元旦とお盆に1日ずつ休みがあるくらいの感じで、ほぼ休みがなくてって感じでしたね。
部活に行きたくなさすぎる日々だったな、中学校はと思いますね。
誰かに管理されて逆らえないみたいなのが嫌だなっていう。
小学校2年生の時の他人の先生のひどいバージョンみたいなのを部活引退するまでだから2年半の期間経験するっていう感じでね。
毎日ね、サッカー部の同級生とは今日辞めるって言いに行こうとかって言って昼間言ってたんですけど、
5時間目とか6時間目が終わる言いがけになるとみんな顔が死んだような感じになって、結局辞めるって言いに行く話はなくなって、
でも部活が始まるっていう。部活が終わったら今日も生き延びたねって言って育たしい気持ちになって帰るみたいな、ひどい日々を過ごしてたなと思います。
同級生がね、いたから乗り越えられたっていうのもあるし、逆に言うと同級生がいるから辞められなかったっていうのもあって、人質に取られてるじゃないですけどね。
なんかそんな感じで、結構ね、中学校時代は楽しいことと辛いことが毎日の中にですね、共存してて変な感じだったなと思います。
明確にね、体育会系アレルギーとか、権力者に対する権力の乱用みたいなことに対する反感みたいなものをこの中学校時代に完全にインストールしたというか、権力の使い方が良くない使い方をしてる人が僕は大嫌いなんですけども、
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これはこの中学校の時の体験に起因してる気がしますね。
で、中学校はもう一つ重要なことがあって、友人のね、在希くんがね、音楽に結構詳しくて。
っていうのも、結構五光衛六光衛みたいな先輩との交流が在希くんはあって、そういう高校生とかの人からかっこいい音楽をね、CD借りたりしてですね、結構かっこいい音楽を知ってるっていう感じで、在希くんからいつもCDまたがしでね、先輩から借りてるCDを僕が借りて、みたいなことをして音楽聴いてました。
ハイスタとかが当時流行ってましたね。ハイスタンダードとかが流行ってたんですけど、中1、中2で聴くにはちょっと早かったかなと思うんですが、まあね、その高校生の先輩とかが聴いてる音楽を聴いて、こんな音楽があるんだなと。
それまでテレビで聴いた音楽しか知らなかったんで、J-POPとかね、そういう音楽しか知らなかったんですけど、インディーズのね、バンドにはまるっていうのがこの中学校時代にありました。
で、そういうのもあって、中学3年のサッカー部を引退したタイミングで、バンドを始めました。お年玉を貯めてね、買った、通販で買ったベースを弾いて、在希くんがギターボーカルで、
ささやんっていうね、同級生がいるんですけど、彼がドラムを叩いて、もう一人秀っていう友達がギターを弾いてって、4人バンドを組んで、まあ4人バンドを組んでって言っても、
その、じゃあ自分ベースで、自分ドラムで、みたいな言ってるだけで、全然活動はしてなかったんですけど、3年生のね、秋に文化祭があって、その文化祭でバンド演奏していいよっていうことになってですね、
それで、言ってるだけのバンドから、本当にやるって感じになってですね、集まって練習して、文化祭で演奏したっていうのが初めてのライブでした。
で、その過程とかもね、すごくなんか青春だなっていう感じで、高校に入ったらバンドをしようって思いました。
部活の先生が本当にひどかったって話だったんですけど、部活引退後ですね、3年生の夏以降は、なんか人が変わったようにですね、すごい優しくて、どうなることもなかったし、ずっと優しかったですね、卒業するまで。
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で、サッカーのね、スカウトが来たんですけど、高校でサッカーをやらないかってことで、スカウトが来たんですけども、高校ではバンドをすると決めてたんで、断りました。
中学校時代はね、本当部活づけで、引退後はバンドに目覚めるっていう、大事なところはその辺かなと。
で、そのバンドに目覚めるもそうだけど、そこのキーポイントとしては、やっぱり権力の乱用に対する嫌悪感と許すまじという、すごいね、怒りみたいなものが醸成された期間だったかなと思います。
それがね、ロックバンドという形で表現するっていうのに繋がっていくわけですけども、ずっと小学校から中学校まで良い子にしてたんですけど、反動でね、高校時代はバンドに明け暮れるっていう風になっていくっていう、ここがね、切り替わるポイントだったかなという風に思います。
次回は高校時代のお話をしていきたいと思います。本日は以上です。
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