1. 現象のラジオ
  2. #216 ポジショニングと自己実現
2020-12-16 09:36

#216 ポジショニングと自己実現

spotify apple_podcasts

「本当は素晴らしい人なんだが、素晴らしく見えない」こういうことは往々にしてある。ビジネスで言えば、プロダクトは素晴らしいがマーケティングでコケているという感じか。世界観がビジネスに毒されてしまって、人間関係もまた市場に乗せられてしまっている。結果、「その人」より「ポジション」、つまり市場価値で見てしまうのだろう。このような世知辛い世の中で、自己実現と適応を果たそうとするのなら、本物であることとポジションを得ることは両方とも大切なのだ。/サイコパスのラジオは、サイコパスがサイコパスの視点で語るラジオです。斜め上の視点に触れたり、サイコパスについての理解を深めるきっかけとなることを目的としています。/番組の感想や質問は、ハッシュタグ「#サイコパスのラジオ」をつけて、ぜひTwitterでつぶやいていただけると嬉しいです!今後の番組の参考にさせていただきます。/パーソナリティ:うえみずゆうき https://note.com/y_uemizu/

00:01
皆さんこんばんは、上水優輝でございます。
サイコパスのラジオ、ぜひ最後までお付き合いください。
今日は、ポジショニングと自己実現という話をしたいと思っています。
寒すぎてですね、口が、口周りが固まっていて、なんかボソボソっといつも以上に喋ってる感じになるかもしれないですけども、ちょっとすみません。聞きづらかったらすみません。よろしくお願いします。
ポジショニングと自己実現ってことなんですが、僕はですね、ずっと、自分が人からどう見られてるかみたいなのを、結構、鳥の目というか、高い視点から自分も含めて俯瞰しているような感じが、ちっちゃい頃からありました。
記憶のある限りというと、保育園の頃からずっとね、自分自身を俯瞰してみているような感覚というのがありました。
よくね、自分を俯瞰してみるとか、他を俯瞰してみるみたいなことを言いますので、サイコパス特有ということではないと思うんですけども、比較的ね、目の前のことに感情が発火しづらい分ですね、冷静に俯瞰しやすい性格ではあるのかなと思ったりしています。
今日のお話、本題に入るんですけども、ポジショニング、結局そのポジションで自分の見られ方って決まっちゃうなと思うんですよね。
それは全然、それが良いとかいう話じゃなくて、事実ね、ポジションで見られてるよねっていうのがあるなと。
例えば、保育園時代って僕凶弱で、よく入院してたんですけども、あの頃って記憶がそんなに長く続かないじゃないですか。
だから入院して帰ってくると、また新しい新入生みたいな感じで、完全に僕のことを忘れ去られてたりとかするんですよね。
そんな感じで、これはポジションっていうよりは、同じ接したはずの人だったのに、なんかちょっと環境が、時間が空くと変わっちゃうなみたいな、いわゆる僕のポジションが変わったのもあるかもしれないけども、
みんながその、僕が休んでる1か月か2か月の間に、その保育園の中のパワーバランスが変わってポジションが変わったことによって、僕の見え方が変わっている部分とか、
単純に僕のことを忘れていたりとかって感じで、結構ね、僕自身は何も変わってないつもりだとしても、
相手自身も変わってるつもりないにしても、なんかポジションが実は変わっていて、そうすると見え方も変わってくるよねっていうことです。
もうちょっとわかりやすい例でいくと、小学校に入ってからですね、いわゆる保育園はそんな感じでしたから、かなり大人しくて病弱でっていう感じの小学校、低学年でした。
で、クラスでもほんと目立たないというか、いてもいなくても気づかれないような感じで、結構まだ前足持ちなんで、僕は結構休みがちだったんですよね。
なので、本当にいてもいなくても気づかれないような存在だったんですけども、小学校3年生の時のクラス外で、いきなり学年のリーダーみたいな、ガキ大将みたいな人に気に入られて、
03:04
いわゆるガキ大将グループみたいな人たちにも認められて、仲良くなって、なんかそのコミュニティの中にはあるんですよね。
で、僕自身はそんなに急に明るくなってとか、急になんか自分が強くなってとかそういうことはなく、なんかたまたまその人が認められたことによって、
サッカーね、昼休みにサッカーしてたら、たまたまいいプレーして、たまたまそれが認められて、たまたま気に入られたみたいな。
そういう偶然で、そのガキ大将から拾い上げられてですね、急にスクールカーソーの底辺からスクールカーソーの頂点に行くと。
で、僕自身は変わったつもりはないんだけども、やっぱり周りからの見られ方が変わって、待遇が変わって、すごく行きやすい、学校生活を送りやすいっていうポジションになりました。
だから僕が努力したというよりは、ほんとどのポジションに収まるかによって学校生活の、いわゆるみんなからの見られ方とか扱われ方が変わったっていう感じでしたね。
で、もう一個例を出すと、高校時代僕バンド活動、バリバリ、高校時代からかな、バリバリバンド活動してて、
高校時代って生活力とかよりも目立ってるとか、個性があるとか、輝いてるみたいな、そういう方がモテますよね。
ということで、バンドしてただけでめちゃくちゃモテたんですよね。
で、たまたまそのバンドの中でも、比較的環境が良かったわけで、すごい人気も出てですね。
学内だけじゃなくて、他校の人とかからも結構知られてたりとか、これは唯一の僕のモテエピソードなんですけども、
高校の時のバレンタイン、むちゃくちゃチョコレートもらって、先輩とか後輩とかからバレンタインでチョコレート渡しに来るみたいな、
なんかラブレター付きですみたいなの結構あったんですよ。ある人生でね、1回経験できて良かったなと思ってますけども。
っていう感じでめちゃくちゃモテたんだけど、高校卒業してフリーターしながらバンド活動をやるじゃないですか、
今度ね、急にね、なんか非国民みたいな扱いをさ、なんだろうな、もう人間じゃないみたいな扱いをされ始めるんですよね。
うわ、なんかヤバいやつ来たみたいな、ホームレス来たよみたいな感じで、すごいね、全然ホームレスの何が悪いんだと。
まぁホームレスもないし、ホームレスの何が悪いんだって感じだったんですけども、すごいね、僕はただバンドを続けてただけなのに、やっぱりそのポジション、
いわゆる高校時代にバンドをしてるのか、社会人になって社会人にならずにバンドをしてるのかだと、社会人にならずに言っても別にあれですよ、バイトして自分で生計立ててるんですよ。
っていう感じで、一応ね、収入は低いとはいえ、自立して生活してるにも関わらず、そういう人間扱いされないという、いわゆるポジションでね、いられ方で結局自分の価値みたいなのが決められてしまうと。
これは何でかっていうと、結局多くの人ですね、多くの人っていうのは、その人そのものではなくて、その人のラベルというかね、その人の立場を見てますね。
ドコドコ大卒とか、ドコドコ企業とか、年収がいくらだとかっていうね、そういうなんか、その人の外側にあるものばっかり見て、その人のもっと内側にある、にじみ出るその人らしさみたいなことには目を向けずにですね、条件ばっかり見ていると。
これは何なのかというと、やっぱりビジネスですね、市場に侵されすぎたこの社会の成れの果てかなというふうに思っています。
06:06
すべてが市場価値で見られてしまうということですね。
ラベルで見るというのはまさに市場価値で見ているということなんですよね。
ドコドコ大卒とか、ゴールドマンサックスですとか、バリバリのIPペンティアの社長やってますとかね、っていうのと、マックでバイトしてますっていうのはやっぱり全然見え方が変わるっていうのは、
今のはポジションだけっていうのに、その人はどんな人かって見てないってことなんですよね。
これはもう市場価値で見られてしまっているってことなんです。
残念ですけども、そんな資本主義に毒されてしまって、ビジネスに毒されてしまって、社会的な人間的なつながりで物を見るんじゃなくて、利用価値があるかないかとか、
そういう見方を知らず知らずのうちに多くの人がしてるよねっていう課題意識が僕にはあります。
しかしそんな課題意識を課題意識だと言ったところで、世の中が変わるわけではありませんので、それこそ適応していかないといけない部分もあるよねと。
この社会に適応していこうと思ったらですね、急に相手側の論理に合わせて年収上げようとか、いい大学出ようとかっていう感じでラベル集めになっちゃう人っているんですよね。
でも今度は適応できてるんだけども、社会にポジショニングできてるんだけども、自己実現できてますかってことになっちゃうんですよね。
自分らしく生きてますかってことになっちゃうんですよ。
この問題ってやっぱり闇が深くて深いとまんまそうなっちゃうんですけども、
いわゆるプロダクト、製品は素晴らしいんだけども、マーケティングで焦げていて、いいものなんだけども知られてないとか良さが伝わってなくて売れないものとか、
逆にプロダクトはもうぐちゃぐちゃなんだけども、マーケティングが上手くて売れまくってる商品とかもあるわけですよね。
つまりマーケティングの部分が適応の部分であり、プロダクトの部分がある種の自己実現と、僕は言ってもいいのかなと思ってますね。
もちろんそのマーケティングとプロダクトが一体化しているようなものもありますけども、あえて分かりやすく分けて今は説明しています。
そんな感じでですね、今市場にドックされてしまったこの社会で嘆いていてもしょうがない。
嘆いているという感じは持ちつつ、その嘆きっぱなしではしょうがないので、やっぱり自己実現の適応をしていかないといけないよねと。
そういう意味ではまずね、自分自身がどういう人物であるか、何を大切にして、何に喜びを感じて、何人で人に貢献できるのか、そういうことが何が得意なのかということをちゃんと自己理解をして、
その上で社会のこのマスを取りに行くと、適応できる、いわゆるポジショニングできるよねっていう感じで、
両方を結局兼ね備えないと、本当の意味で生きやすさというのは手に入らないと思いますので、
結構ね、いわゆる自己実現に振り切ってポジショニングできていない人とか、ポジショニングに振り切って自己実現できていない人が多いなと思うので、
この両方をですね、ちゃんとバランスを取りながらやっていくというのはすごく重要なことかなと思いますので、
まずね、自己理解をして、自分がどういうことかというのは、他の回答もよく言ってますけども、
09:05
自分をよく知った上で、市場をよく知った上で、いいところに着地するっていう、こうね、バランス感覚を持つってことは大事かなと思います。
そういうのがね、ラジオを聞いているだけだとわからない方はですね、ぜひ個人的にご相談いただけると嬉しいなと思います。
なんか対話サービスとかもやってますので、ぜひぜひご利用いただけると嬉しいです。
本日は以上でございます。またお会いしましょう。さよなら。
09:36

コメント

スクロール