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  2. #468 失敗する権利
2022-06-04 08:05

#468 失敗する権利

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あなたのその優しさが、大切な誰かの成長の機会を阻害しているかもしれない。


上水優輝

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皆さんこんばんは、上水優輝でございます。 サイコパスのラジオ、ぜひ最後までお付き合いください。
今日は、失敗する権利という話をしたいと思っています。
世の中を眺めているとですね、失敗させないように先回りして、
いろんなことをやっちゃって、本人が失敗する権利みたいなものが、 奪われがちだよねっていうふうに
感じるんですよね。 その究極は、やっぱり子どもの教育みたいなところで、
将来失敗しないように、安泰な生活を送れるように、なるべく良いルートを歩ませるような、
圧をかけていく、みたいなことをやっている方って結構あると思うんですけど、 子育てを例にしちゃうと、子どもいないからそんなこと言えるんだよ、みたいな感じで、論点をすり替えられてしまうことがあるので、
その例はやめて、例えば仕事とかでもそうかなと思うんですね。 ちょっと面倒見のいい先輩とか、
上司みたいな人が、どこかが失敗しないように先回りして、失敗させないようにする。
例えば締め切りに間に合いそうにない仕事を 手伝ってあげたりとかね、本人が別に
要望したわけでもないのに、本人は気づいてすらいないのに、 先回りして締め切りに間に合うようなサポートしてしまったりね。
妖精みたいな動きですよね。気づかれないうちにちょっと動くみたいな。 具体的な例のほうにね、例えば毎日
毎日朝家を出てから家の鍵を道端に落とす人がいると。 本人は落としたことに気づいてないと。
毎日その人が家に帰ってくるまでの間に、 その鍵を見つけ出して、その鍵をカバンの中に入れてあげるっていうことをやってるに近いんですよね。
だから本人は鍵を落としたとも思ってないから、 永遠に同じ場所で鍵を落とし続けると。
っていうようなことを周りの人が一生懸命鍵を拾ってあげて、 入れてあげて、また落としてとか言ってですね。
陰で文句言ってるっていうのがよくある構図なのかなと思うんですよね。 でも本人からしたら鍵を落とすという経験はしてないんだから、
鍵を落とさなくなる改善とか意識なんか持つはずがないですね。 落としている意識がないのに落とさない意識なんか持つわけがないんですよ。
でも周りは落としていることを知っているから、 あいついつも落とすんだよねってずっと文句言ってるみたいな。
これほど不毛なことはないなあっていうふうに 思うんですよね。
もちろんその 目の前の誰か大事な人がね失敗しないようにっていう気持ちがね
あるってことは理解できるんですけども 結果本人が
一向に学ばない学習する機会を得られないっていう意味においては その優しい心が本人の能力開発を阻害していると
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いう可能性もあるんじゃないかなって思うんですね 別にね僕はその本人に失敗をさせるとか失敗を失敗と分からせるとか
そういうスタンスでもないんですね別に本人が失敗をしなくてもいいし 失敗と分からなくてもいいと僕は思ってるんですね
そもそも失敗って 失敗の定義が何なのかってねその人にとっての失敗って何なのかってあるし
その定義があったとして じゃあその失敗を失敗したと気づけるかどうかっていうのもあるじゃないですか
そもそもそれって失敗なのかなっていうのは目的とかにもよりますよね 目的によってはそれ失敗だけど目的ではそれ別に失敗でも何でもないよねとか
目的ではそれ成功だよねみたいこともあるわけで 周りの人が勝手にそれを失敗とラベルを貼っているだけだったりするんじゃないか
でその経験をさせないように 周りが先回りして本人が気づかないところでいろんなことが起こってるんじゃないか
例えば大学受験に失敗する 例えば会社をクビになる
それって一般論から言うと失敗みたいに見えたりするかもしれないんですけども 大学に落ちたことによって
本当に行きたい大学とか大学に本当に行きたいのか みたいなことを考える時間ができたとか
ギリギリ向かっても大学に入ってから苦しかったから1年余分に勉強 準備してから大学に行けたから余裕を持って大学生活を送れたとか
1年遅れたことによるそのメリットがあったりとか本人の例えば心のね 余裕ができたりとかいうこともあるかもしれないし
失業だって例えば自分ではやめきれないっていう人だったりすると 失業できたおかげで次の仕事をゼロベースで考えることができたから結果より
前よりもやりたい仕事とか精神的にかなり良い状態で働ける職場に再就職できたかもしれないし
もしくはクビだから即ね 失業保険をもらえてお金をもらいながら準備ができる 余裕ができたとか
いろんな考え方できると思うんですよね 何を持って失敗とするかっていうのはその本人が決めることだしその本人も
今と未来と過去では多分考え方が違うから ある時点では失敗だけどある時点では成功とかあれがあってよかったねみたいな話もあるわけで
そんなこと考えていくと何が良くて何が悪いかってわかんないわけですよね それを周りが勝手に先回りしてこの人が失業しないようにとかって言って
クビになるぐらいですからねえっとた仕事ができてないんだと思うんですけども できてない向いてない仕事をしているのにその人がクビにならないようにとかって一生懸命
変わってもその人が今度ずっと向いてないことを永遠にやり続けるっていう 地獄にいる可能性だったらあるんですよね
クビになった方がもしかしたら自由になれるかもしれない そんな感じで周りが配慮したことによって地獄に落とし入れているみたいなことも
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往々にしてあるなぁと思うと 親切心で介入したからいいってもんでもないだろうなってことは
思うんですよね もちろんこんなこと言うとですね他者に干渉しない介入しないってことが大事なんだみたいな
風に聞こえるかもしれません 実際僕は本人主義の自己責任論者だと思うのでかなりねそういう干渉されることも嫌だし
介入されることも嫌だし人に干渉することもしないし 介入することもしないっていうスタンスで生きているのでかなり極端に
本人にしているというか本人が失敗を何かを決めればいいし 本人がそれを失敗と気づくか気づかないかを
自分でやればいいし周りがどうのこうのやることじゃないんじゃないかと僕は思っている って感じですね
さっきも言ったけど極端なんでそのように考えてくれというふうに僕は思ってるわけじゃなくて あくまで参考にしていただいてですね
他者に対してどれぐらい干渉するのが自分にとってちょうどいいと思うのか どれぐらい介入するのがちょうどいいと思うのかってことはですね
直感的にやるんじゃなくて しっかり考えてですね自分なりに理屈を持ってですね自覚的に他者に介入するっていうことが
いいんじゃないかなと思いますね それぐらい人に介入することによってさっきの鍵をね
毎回落としてる人が家に帰ってくるまでの間に鍵が戻ってきてるから 鍵を落としたことに気づかないまま
生きているってこともあるな本人が学習する機会みたいなものを奪っているってことも あるなって思うのでバランスっていうのが
大事なんじゃないかなと思います僕は極端に振ってるのでね バランスが悪いんですけども逆のバランスね
介入しすぎる方に振ってる人も結構多いなというふうに感じるので いまいちと考えてみたらいかがでしょうか
本日は以上ですまたお会いしましょう さようなら
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