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お疲れさんでございます。
黙れヤドロクということでございましてですね、
先日ですね、
「ホーホケキョとなりの山田君」を観て、
感想も、ちょこっとおしゃべりさせていただいたわけでございますが、
その後ですね、
メイキングの動画がYouTubeにあるんですよ。
概要欄とかに載せてもやるよ、わからへんので載せないんですけど、
これちょっと観たら面白いですよ、というのでね、
教えていただいて、観たらこれがね、
いいんだ。
これね、皆さんに観てくれって言って、
すすめんのはね、
勝手な僕があれや境に、別に観ても観やんでもいいんですけど、
ふと思ったのはね、
どんな映画にも、メイキングって要は、
ついてるものもあれば、ついてないものもありますけど、
どんな映画にもあるんやな、というようなことですわね。
映画に限らず、例えば舞台やったら稽古風景であったりとか、
それまでに行き着くドラマは、
作品にもあるんやなと思ってみますと、
そこを見せていただくような、
そこに演出があるんかなと思うんですけど、
この隣の山田君のメイキングにはあんまりやっぱり、
作った、見せたいというような感じではなかったですね。
それがまだなんともリアリティがあって、
よかったですね。
アリシヒの都町長先生、
こんな風に録音した畑屋とか、朝岡育次さんもそうです。
高畑勲監督がめちゃくちゃ細かく、
それは違う、それは違うって何面も、
大御所ですよね。
ダメ出ししあるのも見れたりとかしてね。
高畑さんは絵描けたりしないんですよね。
だからコミュニケーションを一生懸命スタッフととっても、
やり続けて最後までいくみたいなことらしいんですけど、
他にもいろんなアニメの技術やったり、
新しい手法やったりというのも、
メイキングの中には含まれているみたいですけど、
何よりも、やってきあった人らのうまさ、
強さみたいなものとか、譲られへん部分、
それでもお願いして、
そうやってやってくださいっていう熱みたいなものとか、
やっぱりそれに経たされて、
あの頃の町長先生なんて、
あれは最後の仕事やいうぐらいの仕事だと思うんですけど、
3時間も拘束して録音してもらったんです。
すごいなあというふうに思うんですね。
劇中では序盤のほうに、
結婚式のスピーチというシーンで、
映像のバックでちょっと流れてる感じのやつなんです。
結構重要なんですけど、
それを3時間かけて録音して、
あの時の町長先生の3時間というのは、
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ごっついシーンも、
町長先生もちょっと怒ってありましたけどね。
こんなしたことないよって。
やっぱりアドリブを入れようとするのと、
アドリブはやめてくださいっていうのの攻めぎあいやったりとか、
戦いはすごいですよ。
もう最後には高畑先生が町長さんの横に寄らんというようなシーンが見れたりとかね。
これすごいなあと、
改めてあの作品のアニメーションとしての
出来の良さみたいなものとかもそのメイキングを見れば、
素人の僕にでもわかるというんですか。
そんな大変なことをやってたんやなということがわかって、
あの空気感とか、あの雰囲気とか、
その手法はどこから影響を受けたのかというのまで、
メイキングで出してくれたんですよね。
これはもちろんね、
映画そのものの宣伝、
DVDとかになった時に黒字化したっていうのって、
高畑監督の底が見れるっていう部分ももちろん含めての
売り上げになってきていると思ったら、
やっぱり資料としてはものすごく重要なものやなというふうに思いますしね。
あのアニメーションはこういうふうに作られたんやって見てわかって、
もう一度見ると、
すごいなあってやっぱ思うんですよね。
さっきのコンピューターのバーッと出てきたことによっては、
だいぶ手で描いたアニメーション、
これは宮崎駿監督なんかはね、
こだわったりしますけど、
そういうので配色とかもものすごく便利になった時代やのに、
何倍も手間かけてそれをやらなきゃいけない手法やったりするんですよね。
面白いなあと思って、
こんな苦労は映画見ただけではもう絶対わからへんのですよ。
もう手で描いた方が早いんちゃうかっていうような、
いいやつやねんけど、
コンピューターを使うためにはこうせなあかんって言うて、
原稿が何倍?3倍やったかな?
なんか嫌な観念みたいなのも出てて、
アナログやなあと思ったりするんです逆にね。
すごいなあと思って、
そんなんも含めてね、
見ていただいたら、
メイキングも含めてですけど、面白さって何倍にもなるんやなあと。
逆に言うたら他の作品、
今現在出てるアニメ作品とかを含めてですけど、
苦労があるんやろなあというのも含めてわかれば、
やっぱり面白いなあと思ったりもしますし、
もちろん普通の映画、実写映画にしても、
昔とは違う手法やったり、
昔とは違う撮り方やったり、
文化が進むことによって昔とは違う表現方法やったり、
っていうのは進んでくるんやろなあって、
もちろんカメラなんかもね、
アングルなんかも昔にはなかった機械、
ドローンとかですね、
安易の駆使したような映像というのも出てきてるわけですから、
絶対昔の映画だと見れへんような視点から見れたりとか、
っていう観点から映画というのを見るのも、
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面白い見方やろなあと思いますし、
もちろん物語そのものの年度というか、
年度というかね、
日本の作品なんていうのは物語、
ものすごくよくできてるものも多いです。
海外のものもそうですけど、
そこを考えた時に時代が進んでいってて、
これでは面白いと思われへんやろ、
これでは面白いと思ってもらわれへんやろというのの繰り返しを
ずっとエンターテインメントの業界中はしてきてんねんなというのが、
ああいうのでわかるというか、
なんか新しい表現方法ないか、
これぐらい出したらこう伝わらんかっていうのを繰り返したんやろなあというのがね、
だから読み取る側というか、
見る側というか、客側というかっていうのも、
それなりに年度年度っていうものをある人が、
いろんなものを読み取れる。
これはエンターテインメントだけはお笑いというか、
落語も含めてですけど、舞台のものの面白さを知るには、
他にいろんな物事を知らんと、
楽しめへんもんなんやなというのが、
ようようわかるというんですが、
これは音楽とかもそうでしょうね。
なんかちょっと見てて思ったのは、
やっぱり人間ってね、
知るものが多ないと、
知恵と言ってええもんやろわかりませんけど、
物事をたくさん知れば知るほど、
いろんなことが面白く感じるようになってくるものなんかもわかりませんね。
賢い人達にはね、
結構余裕があって、
ヘヘッと笑ってる人が多いと思うんですけど、
そんなイメージどうかわからんけど、
でもそれってやっぱり人より吸収してる知識や物事の量が多いと、
何を見てもヘヘッと笑えるんやな、
というような感じはしますね。
かくゆう僕らんちはもう笑われへんよってね。
全然笑われへんみたいなこといっぱいありますよ。
なんか修行が足らんねやなと思うわけでございます。
小さいお子さんでもね、
余裕のある子。
僕らも幼少の頃、お友達なんかにはね、
この子は何やっても怒らんなぁと。
それが子供の頃は、なんかぼやっとしてるんちゃうかとか、
似た似たしてなんじことないと思ったけど、
そういう余裕のある子っていうのは、
大事なんかもわかりませんね。
僕らなんかも、キーッ言うでね、
そんなのやってたかん言うでね、
動いてた人間ですけど、
中にはおっとりした子がおってね、これでええんちゃうの?
言うてる子なんか見たら、ああいう資質の子っていうのは、
地味に蓄積していったもので、
余裕持って生きておられるんかもわからへんなと。
これはわかりませんね。ずっとぼーっとしたまま、
ぼーっと終わってる方もおられるかもわかりませんけど、
なんかそういうふうに思うわけですね。
映画一本見て、この大喜喜大隣の山田くん、
ジブリ作品としては興行成績は震わなかった。
だけど後のDVDやらいろんなものの発売で苦労自家はした。
というような作品、
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こういう見方ももちろん側面としてありますし、
高畑勲監督が一生懸命作ったもんやということもありますし、
これはジブリの中でのやりとりとか、
中には宮崎駿監督のインタビューみたいなものも多分に含まれてるんですけど、
あの人はこういう人だから、
あの人はこういう人だからというような感じで、
簡単に進む部分もあるんですよね。
そのこだわりがきつすぎて、
もしファンタジーの話をしたら嫌悪になる。
これよくわかりますね。
宮崎駿監督が出すファンタジーみんな大好きですよ。
僕も大好きです。
全然なんちゅうことないんですよ。
だけど高畑勲監督が描くファンタジー、
これももちろんやっぱりいいんですよね。
同じものをやってるわけではないんだと思うんですけど、
やっぱりどっかのね、
表現の中で背骨を一緒にするお二人がというような表現があったんですけど、
やっぱりどっかのね、
これ、なるほどな、と思うところがあるんです。
絵描きの絵の描き方は全部違うんですけど、
どこか根底にある、
映画に対する夢みたいなものとか、
大きな何かはやっぱり共通しているところがあるのかもわからないなと、こんなのはわかりませんで、知り合いちゃうし。
わからへんねんけど、やっぱりなんか新しいもんやったり、度肝を抜くもんやったり、ぐわっと入り込むもんやったりを作る人っていうのは変わった人多いですな。
僕なんかもうほんまに、えぼんぼんと言うたら人生はどうかわかりませんけど、人間として何ら特徴のない人間ですから、
ああいう変わった人を見たときに、ああ得意な人やなと思うんですよね。
そういう人やからこそ出てくる、なんかどこにこだわんねんなというようなとこに、ぐっとこだわるっていうのは見ててすごいなと。
自分に真似できるかな、自分もそんだけこだわれるやろかと思ったときに、無理やなというふうにやっぱり思う。
だからやっぱり自分は映画っていうのは客で見るもんやな、作れるもんやないなと当たり前に思うわけですよね。
今から映画監督になるっていうのはアホらしい、そんなことは考えたこともないんですけど、
だけど人にそれだけのことを考えさせ作品を作る人っていうのはやっぱりすごいですね。
なんかどことらしに羨ましさというか、でもこだわれるだけのポジションに生かさるまでの努力っていうのはあまり見えてないわけですけど、
ちょこちょこ有名な人やからね、後から後からわかってくることっていうのは多いわけでございます。
若い時から切磋琢磨して喧嘩してやってきてあこまで登り詰める。
ましてやユータハッタンがもののけ姫ですかね、のヒットがなかったらこれやらせてもらわれへんかったって高畑監督言われるんですよ。
やっぱりお金も大事なんやなっていうのもよくよくわかります。
なんか面白い作品いっぱい他にあると思うんです。
この映画見てほしいなという、そこまではないかもわからへんけど言うのがあればまた言っていただいたらいいと思うんですよ。
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ツイッターも一応用意したんで、ダイレクトメールでもなんでもいいんですけど、そんなに募集してるわけないですよ。
そんな言われても借りに行ったりせなあかんかったりしますからね。
手間かかりますけど、どう思いますかってアンさんやったらどう思うんですかと聞いて、
いやあんま好きやないなって言うかもわからへんけどね、それでもよければ見たりしますしね。
本とかやったらちょっと時間かかるからねあれやけど、本買わないしね、送ってくれたらええけどそれは。
そんなわけでね、何かこう喋ろうと思うんやけど、
ちょっとねこのメイキング映像っていうのがねボリューム、映画と本編と変わらんぐらい僕からするとすごくボリュームのあるものやったんでよかったなと思うんです。
この映画を劇場に見に行った人っていうのの中で誰かといった今やったら思い出すっていう話もちょっとこう、
今やったらあの時お母ちゃんお父ちゃんどんな思ったやろうなとか、
いろんなことを考えながら自分も今見たら全然違和だっていうような意見とかいろんなことあると思うんですよね。
あの映画っていうのはそういうことを考えさせますね。
まあなんかね、メイキングの話ばっかりですけど中で高畑さんも宮崎さんもどちらも否定するんですよねお互いの作品を。
いやこれがねすごい。
何やろうね、ただただ否定してるわけではないんですけど認めてるんだけど僕はあれではないっていうそのはっきりしてるって気持ちいいですな。
なかなかあんな風に言えんのよね。
ええと思ってるよええと思ってるけど認めてはいるけどいや僕はそれではないって本間は言いたいよね。
僕もそうですよ。
だけど言わんと生きてきました。
あの人に嫌われたくない、あの人に嫌われたくない、好かれたいと思って生きてて、
なかなか自分の思うように言うてなこなかったこともたくさんあるやろうなというようなことですよね。
そうやって生きてきてふと気づいたらやっぱり周りにそんなに人おらへん。
常でしょうな。
わがまま言うたらわがまま言うただけ人がいなくなる場合もあるんです。
控えたら控えただけダメな時もあるんですよね。
誰にも理解してもらわんでも結構やという風に人を遠ざけて回る場合もあると。
あわかりやー言うて思う時もあると思うんですよね人のことをね。
だけどそんなことないでみんなそれなりに生きとんでというように思えるかどうかということですよね。
ただそこの距離感じな私難しいんですよ。
難しいけどやっと今50前にして何とか頑張って強制的にその距離感っていうのをつかもうとしているという状態でございますな。
なかなかこう山田くんとなりの山田くんですね。
見ながらいろんなことを考えさせられる映画でございましたね。
映画の手法アニメーションの手法であったり中にこだわっている人なんかおったりで出来上がっているものっていうのはやっぱりそんだけのもの内容だけじゃなくて考えさせんやなというように思ったわけでございます。
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自分もなんかこだわってものを作ったりできへんやろうかとやっぱりあれ見たらちょっと思ってまいますね。
同じようにできへんのでとそこまで行くにはそこまで行くだけの何かをせんなんだよというのをみんな抜けて思ってるんやろうね。
僕なんかも全くそれが抜けてた人間でございますよね。
とたん自分の思う通りに行くと思ったら大きな間違いで何にも行かへんわけでございますね。
いやそれでも俺はこだわる。
俺の思う通りやるんじゃ言うてね。
言うてたら言われますよ。
黙れ。
ヤドロク。