00:00
黙れ!ヤドロク!!です。お題でございます、ホームさん。
消えゆく日本語、変化していく日本語、ことわざやカニホークなど、もうとんとうそれこそお話し家さんたちからしか聞かなくなった日本語の話を聞きたいですということでございますが、
調べなんでそんな話できるかいなというようなことでございましてね。
まあしかし日本語と言われますと、世界でも何回も言語に入るんじゃないかと思うわけでございます。いろんな表現という方法で言うとね。
まあ音楽なんかやってますと英語の歌詞で直訳やとか異訳やとかって言うてもいろんな意味にとれるというようなことがあったりしますけど、
日本語の場合は文字の文化ですからね。書いたらそのままというようなことが多いわけでございます。
それだけこうと細かい表現があるというようなことですね。色ひとつにとっても細かい言い回しがあったりしますね。
そんなふうに思うわけでございますが、まあ古いしゃべり方なのか落語家のしゃべり方が古いしゃべり方なのかまたそういうわけじゃないと思うんですよ。
古典落語なんかやりますと古いしゃべり方でしゃべらんな。辻褄が合わんと言うか流れがわかりづらいというか時代背景がわかりづらい。
時代劇見るのと同じですな。摂氏派。何の意味でござる。みたいな言うてのと同じでね。
その時の世相とか風俗というものを表現するときにその当時の言葉でするからこそ意味があるというような空気がわかるというようなことだと思います。
これも日本語の複雑なとこですが、しゃべり方ひとつとってもその時の空気時間。
それから言いますと例えば10年20年前に流行った言葉、流行語なんかを出しますとそれ古いなと言われるのと一緒で、
時代と流れとともによってしゃべり方、使う単語というのは変わってきているわけでございます。
現代用語の基礎知識なんていう本がありますね。毎年毎年年末になったら出るんですよ。2000円ほどですよ。
電話帳、昔の電話帳より分厚いやつが出るんですが、あれを10年間くらい毎月こうとったんですけど、
言いますと今年流行った言葉とか、今年追加された言葉、消えゆく言葉なんていうのがよく辞書に載るのらんというようなこととかね、
この言葉が消えましたとかっていうような話題があることもあったわけでございますけど、
そんだけやっぱり時代とともに変化していくのが日本語。ましてやその変化することが良しとする、取り込む、変化するというようなことですね。
だから古い日本語が綺麗や美しい日本語と言う方もおられるんですが、いつの時代のものを取って美しいと言うてるかというようなことなんですよね。
日本語というのはその変化を取り入れて刻々と細かく変化していくからこそ、今現在が一番美しいというような表現もあるのではないかというふうに私は思います。
もちろん落語であったりとか、昔の古いお話とか古い歌、単歌俳句もそうですわな、こういうものを見ますと言葉、今やったら使わんような言葉を使ってたりね、なんか出てきますけど、
03:10
それはそれでその時代背景が分かる言葉を読めば、大体いつ頃やというのが分かったりとか、どこの地方やというのが分かったりとか、これは方言も一つそうでしょうね。
地方に行きますと今はもうこんだけインターネットが発達して、日本中どこへ移動するのももう何時間かからんというような時代になってますから、もう方言が当てないようなもんなんですよ。
もちろんね、今の若い人、あえて使うというようなことの方が多いんじゃないかと思いますね。
ポドキャストなんか聞いてましても、この人どこの生まれやろうな、どこの出身やろうなというのが分かりづらいというようなことはありますね。
標準語で喋っているように聞こえて、たまに出てくるちょっと変わったイントネーション、それでどこの生まれなんかなとか、後でじっと聞いていると、どこどこですというようなことが出てきたりするわけでございますな。
方言ってどんなんだって聞かれたときに、方言ってこういうのも方言やな、こういうのも方言やなと使ってて、え、これって標準語じゃないの?というような話なんかもよく聞きますね。
え、これ通じひんねやというような言葉ですな、地方で使われているような言葉というんですか、面白いですよね。
まあ一説によりますと、方言と標準語を使い分けれる方というのは能力の高い方やということですね。
住めば都、その土地に行ったらその土地の方言がすぐ移る方というのは能力の高い方やと言われるわけでございますな。
え、だから楽しいですよね。日本中ちょっとずつ住むというようなことをしますと、そこの方言を取り入れてしゃべるようなことができる方というのは能力の高い方やなというふうに思うわけでございますね。
これは海外も一緒でしょうな。アメリカに半年も住めばもう英語ベラベラになりまねえんじゃなくは、能力が高いわけです。そうしたいろんなとこ行くべきでしょうね。
うーん、そんなふうに思いますね。
どうなんですかね。消えゆく日本語のでしょう、消えたとて、えーとというような考え方もありますし、もちろん書物を紐解けば文字の文化ですから残っとるんですよ。
だから消えてはいない、調べれるというのが正確なとこやと思うんですよね。
この表現ってどうやるなとかっていうふうに、もちろんわからんものもあるかもわかりませんが、だからね、日本語っていうのは文字の文化ですからなかなか消えてないわけですよね。
えー、音の文化へと消えていくことっていうのはあるでしょうし、変化していくことっていうのは往々にしてあるし、なんですけど、日本語の場合は案外文字に残っとるということでしょうね。
えー、面白いのは海外の言葉、カタカタ言葉であったりとか、もちろん漢文もそうですけど、そういうのも使ってる時期もあるというようなことですからね。
えー、ありがたいことですね、いろんなこと。
えー、ひもときまっそ五十音ね、いろはにほへとという以外にも、中には人類文字とか言ってね、要はあの都市伝説系のところで出てきますけど、ああいうもうちょっと人類に違う文字やったりとか、えー、ま、絵で表現したような文字というんですか、ああいうものが小型文字のようなものが出てきたりとかっていうのもあって、日本の中でもいろんなところではいろんな文字が使われてた時期があるというようなことでしょうね。
06:09
えらい古い話なんでしょうけどね。だから、えー、何をもって消えゆく日本語、何をもって新たに出てくる日本語というかというね、えー、ことなんで、変化はずっとしていますというようなことですよね。
そんなふうに思います。で、それが、だからこそ、こう、その変化に対応できる、それが記録に残る、なんか変遷として、えー、なんか映画でありましたな、辞書を編む、編むという表現じゃない、なかなか洒落たるなと思うのはそこですよね。残るからこそ、編み目が残るからこそ編むということだと思うんですよ。
消えてるんです。使わなくなってるんです。日常使わないんですけど、じゃあ無くなったのか。無くなってはいないんですよというようなことでしょうね。えー、これは日本語の素晴らしいとこやなと、文字文化の素晴らしいとこやなと思うわけでございますね。
他の国は細かいこと分かりまえんで調べてないから、日本語だけがそんなんちゃいますよ、どこどこの国の言葉もそうですよというのがあればまた、それはそれで言うてくれあったらいいなと思うんですけど、まあ私はもうこれ一切調べてまえんからね、分からへん、適当なこと言うとはさせ、えー、だけど、何やろうな、髪型、これは落語家さんの日本のね、髪型落語で使うような言葉も、千葉言葉が中心でございます。
関西弁、大阪弁とはまたちょっと違うしゃべり方というようなことでございますね。大阪の千葉という場所がありますが、そこの地域、今、豚屋街ですね、今、豚屋さんの大きい大田の界隈の中だけで使われてた言葉というようなことでございますね。えー、で、これ、ここはね、この一部分だけ文化がちょっと違うんですよ。女系なんですよね、実はね。えー、だから、長女、次女というのを大事にするんですよ。面白いでしょ。
どっちか言うと、言葉の違いということよりも、そこにある特殊な地域性のある文化、えー、こういうものが大きく髪型落語に残っているというのが面白いなと思いますね。えー、あのー、五龍さんとかね、言い方やったりとか、こう、長女、次女の名前で読んだりとか、これも忘れましたよ。伊藤さん、小井さんって読んだりするんですよね。えー、五龍さんとか伊藤さん、小井さんとかね。えー、どれがどれや、もう、みんな分かりまへんけど。
で、なんでか言うと女系やから、向こうもらうわけです。優秀な向こうもらって、棚を継続していくというようなことらしいんですよね。女系なんですよね。えー、面白いですよね。文化が違うのほかは、みんな男がついで、男系男子がついでいってるわけですけど、千葉だけは女系なんですよ。えー、えー、旦那もろて、仕事できる旦那を旦那にもろて、棚を続けていくという、これはなかなかやなと思うわけでございますね。
千葉の大家の若旦那なんて言うたらね これはだから伊藤さんか小井さんか
もうた旦那がと間に子供ができて 若旦那になるわけでこれは優秀やと
09:02
言うやんとお金が湯水のごとく使うと いうようなことですな
言うたらその旦那にもろた人がだから 子供が生まれてるわけですから
この男の子は大家の若旦那やけど 継ぐか継がんかはまた別の話なんでしょうね
言うたら宝刀に宝刀を重ねるだけが 仕事みたいなとこあるんで表現でしょうな
これね家を継いでいくのは助けなんですから この男の子はただただどっかのまた
養子に入るとか言う あるんでしょう能力が高ければよその
棚のとこに縁組みがあって入っていって そこの大旦那の主人になるとかっていう
ようなことなんですね仕事ができればですね で大抵ができんのでしょうね
落語に出てくる千葉の大家の若旦那っていうのは 大抵遊びを受けてるというようなことがありますね
私の好きな地獄ばっけ猛者の戯れなんかにも出てきます もう千葉の大家の若旦那遊ぶだけは遊んで
行きたいとこも行ってやり尽くしたと 遊びっていうのはやり尽くしたから
あとは行ってないのは地獄だけや言うて 芸者さんら太鼓持ち連れてみんなで地獄へ行くという
ようなシーンがございますけどそれぐらい お金を使えたというようなことなんでしょうね
というのがそんなけ大阪の経済の中心にあったと いうことでしょうなで落語か庶民の楽しむ楽語というものも
そこの言葉を使うというのはお座敷に呼ばれてバカな話をするとか いうところのいわゆるパトロンとかがつくのがいわゆる千葉の
若旦那やったりするんじゃないかというようなことですね 興行うつそれを見に来るのも商人が多いわけでございますから
そんな言葉が一番流通として使いやすかったということだと思いますねなかなか それが変わって交互で落語をやるっていうのは創作の楽譜の時はあるんかも
わかりまえんけどなかなかそれでもやっぱり古い言葉これを使っているから髪型 落語やというようなところはあるかもわかりませんが聞いててね
だから時代がちょっとわけわからんというようなことは普通に喋ってある方もちろん おられます全然そんな風にないけどやっぱり落語家となれば
古典もやりますからどうしてもこの喋り方じゃない気分がいいんですよ リズムがあるというようなことでしょうね
でよく用がつけやすいとか やっぱりこれは脈々とずっと落語がさんがそういうふうに喋ってきたからその真似を
しますからね どうしてもそういうふうに喋りやすいんじゃないかなと
私だって和田市役所の落語みたい米朝市長の落語を聞いたりとかすることでその 喋り方が移ったりとか雑魚場所みたいにこうちょっとところでガーッとこっちから入って
詰まっても味があるとかそういうふうなことで使ってるというのは消えてはいないです よね
ねまあ面白いことにねあの交互で残している 落語の本なんかもあるんです今なんかインターネットですから
調べらね例えば市役所が来ない言うてあるという表現物語で書きますと普通に 普通の言葉で書いてあるんやと思うんですけど
12:08
神方落語のしかも楽話かさんが喋る交互で喋るとこういう表現で喋ってありますという も一言一句間違わずセリフを書いているページなんかがありましてこれやっぱ面白いですねこれ真似するのに
すごく楽なんですよ私なんかも落語を読ませてもらうとき朗読するときはそれを読んでるんです しゃけどそれうまいことはもちろんこれはまた難しいんですよね
消えてしまうてなくなってるもんではないけども今まさに誰かが使ってる ことはないというようなことでその個人の方が使っている
リズムノリというのがありますからね a でまだ落語家さんも神方出身の方ばっかりではないですわなぁもちろん
地方から出てきて関西で弟子入りしてということがあることはみんなイントネーション ニュアンス少し違うんですよ
それがまた色というんですか味というものになっていると 消えないようにしていくには誰かがまたそれをやらんなんということでしょうな
関東の方なんか落語ちょっと盛り上がって若手 たくさんおられるみたいですけど神方落語家なぁ今一歩盛り上がりにかけてますな
a 世ながら消えていってしまうもの 文字には残りますけどだからああいう交互で残してくれてのありがたいですな
レコードで聞いてもレコードって言うと明らかにな音源というんですかああいうもので聞き ましても
なんでしょうなかなか聞き取りづらいいいというのがありますからそれを文字で書いて もらって残してもらうとありがたいな文字文化中のありがたいことですね
まあだから消え行くと一言で端的に言いますけど 予想の国よりは消えてないというような表現なのではないかという私は認識している
限りでございますホームさえ消え行く なんか昔懐かしいホームさんがどの時代のことを言うとあるかもわかりませんけどね
わかりませんよもしかしたらギャルが使っているギャル語のことを言うとあるかもわからないからね えっ
いろいろありませんねギャルのギャル語と言うんですかああいうものもね もう今パッと思い浮かび前を調べているからね
ちょべりばとかもどこ行って言うてる誰か うんちょべりばもちょべりぐも
元は英語なんやけどまぁ日本語やはねあんなもん 消え行く美しい日本語ちょべりばってなってるわけですよね
言葉としては残ってると思うんですよ使うか使わんで言うたら使わんと言うだけなん でしょうな
でも文字では残ってるでしょうねあの当時流行ってたとかね 何々水産とかねなんかいろいろなようわからへん語尾についてるけど日本語として
これ残ってるね激横ぷんぷん丸とかね あんなもんどないしたらええねんと思うかもわかりませんけど美しいだけが言語やない
ということですね文化の表現ですから だから消さずに文字で残しましょうということ
15:04
ホームさんこれでよろしいか