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2022-06-28 58:22

明日もゲイ メンバーヒトリ回 ビッチィ #12「ワタシが◯◯家だった頃のハナシ」

ビッチィ・ヒトリ回です。 ワタシが◯◯家だった頃のハナシ、について語っています。 リスナーさんからのお便り交えた若い頃に没頭した思い出についてお聴きください♪

【今回の配信と併せて読んでいただきたいブログ】 https://note.com/tengmeister/n/nae26abd6ec4b ※刺激強めの内容ですので閲覧注意ですm(__)m

いただいたご感想、ご質問、ご相談への回答を中心に録りました。

これからも時々発信しながら、リスナーさんと一緒に色んな事を深掘りしていきたいです。 深掘りネタ、質問、相談、感想などお気軽にお送りください。

◯配信内でご紹介した番組や動画

・ヲジさん2人 ノルウェー同棲生活 https://anchor.fm/wojikatsu

・台湾駐在ゲイリーマンのひとりごと https://anchor.fm/7914

 

ビッチィ・ヒトリ回専用フォーム: https://tayori.com/form/2e159a21cdd4f918a3064c9b1b467c413393bc49/

「明日もゲイ」のメールアドレス: ashitamogei@gmail.com

「明日もゲイ」のtwitterアカウント: https://twitter.com/ashitamogei ※是非「#明日ゲイ」で感想つぶやいてくださいね! 

00:01
明日もゲイ
はい、みなさんこんばんは。 明日もゲイのビッチでございます。
本日もヒトリ回、始めて参りたいと思います。 今日収録しているのは6月26日の日曜日の深夜です。
本当に最近はすっかり暑くなってですね、大阪も 軒並み30度を超えておりますが
大変ですよね。
私は本当に夏が苦手で
冬生まれというのもあるんですが、 夏が全くダメでしてね
もう 溶けてしまいそうなんですが
夏の悩みといえばですね オッサンの匂い問題ってありますよね
僕ね、今まだ梅雨でね、夏じゃないといえばそれまでなんですが
僕的に夏が来たなっていう日、何を基準にしているかというと
自分の匂いの変化がある日っていうのがね、夏が来たなと思うんですよね
ある日突然朝起きたら 自分からこう異臭を放っているわけですよね
なんか首元やら耳の裏やらなんか胸元あたりね
なんか寝てる間に誰かに生ゴミ捨てられたんちゃうかと思うぐらいの朝起きたら
とんでもない悪臭を放っておりますが
やっぱり死中を超えてくると特に 匂い問題大変なんですが
まあ過去にね色々 なんかいろんな石鹸とか
なんかいろんなあの サプリメントとかね
私なりにあの 試したんですがね
やっぱりこうそんなに良い結果が出るものがないので
まあだいたいこう サブスクというか定期便を夏が終わると断っちゃうんですが
この季節になるとね各メーカーさんから 今年こそどうでしょうみたいなね
あの DMが届くんですよね
臭くて悪かったなと思うんですがねもう その手には乗りませんよということで
もうなんか たぶんなんか飲んだからどうにかなるんじゃないんだろうなっていうね
感じはありますが
いや本当に 皆さんどうしてるんだろうね
なんかあのこれ飲んだら夏場のこう 匂い抑えられるよっていうのがあったら教えてほしいんですね
03:07
ちなみにですね私の夏の 夏に絶対やるその匂い対策の一つはね
あの 脇毛を一旦剃るっていうのはね
私がやってることなんですが 調べてみるとですねやっぱ脇の下
男性部はやっぱり脇毛が生えてるじゃないですか 脇毛のところにねこう皮脂汚れっていうのがすごく固まって残っていくらしくって
なんかそれが良くない っていうかね匂いの元になってるっていうことがあるんで
夏が来るとですね一旦私毛を剃り落とすんですよね もう6月も末ですからもうそろそろ私の脇の下も一旦ツルツルになるタイミングになってまいりました
また皆さんの おじさんたちの匂い対策ありましたらねまたお便りでお知らせください
はいということであの今回の一人会なんですが 実はね
先だってツイッターの方では お便りこんなテーマで
なんかありますかーっていうのを問いかけてたんですがね 今回は20代もしくは若い頃に没頭していたことありますかっていう
そんな呼びかけをしまして お便りを募ったところ
お二方 お二方からお便りいただきまして
もうありがたい限りでございますよ 今日はそんなお二方のお便りと
私の自分の体験も交えながらお届けしたいと思いますが 先に言うとくとですね
このお二方のお便りと私が喋ろうとしたことが めちゃめちゃリンクしてまして
この年代の人たち僕も含めてって大体こういう道通るんだろうなと思いながら
お便りいただいてニヤニヤしてました あとね今回は
私の後半の部分でおしゃべりするに先立ってですね
ぜひ予習であの見ていただきたい ブログ画像動画がございますので
そちらはこの番組の概要欄のところの リンク先ノートのリンク先を貼っておりますのでぜひそちらを見てからこの先聞いていただけると
嬉しいです なお先に言っておきますが
多少ですね過激な画像とか ちょっとこうヘンテコな動画とかがねあの多数貼り付けてあるブログですので
06:10
あんまり刺激に強くない方 はやめといた方がいいかなと思います
ということでじゃあ早速お便りから紹介していこうと思います お便り
ヤマピーさんからいただいております ヤマピーさんといえば
ご存知の通り ポッドキャストされておりますよとあとyoutubeね
ノルウェーからおじさん2人ノルウェー同棲生活 っていう番組をされているヤマピーさんです
ヤマピーさんありがとうございます お便りとして1人からいただいたのは初めてですねありがとうございます
初めてお便りさせていただきます ノルウェー在住で自称永遠の女子高生の旦那を持つヤマピーです
自称永遠の女子高生ってね
言わずもがな伊藤さんですが 素敵な女子高生の奥様を持たれたヤマピーさん
どうもありがとうございます そして先日はご結婚本当におめでとうございまーす
イエーイ
はい
自分の世代だとありがちなのですが20代の頃 クラブにハマっておりましてその割にはコミュ障なので
コミュ障でもクラブでできることといったら dj 学生時代
道山エクスプロージョンのノンケイベントでノンケイ dj としてお世話になったりしていました その当時は当事者というよりは若気の至りの日遊び程度で
ゲイシーンというアングラなものがかっこいいと思っていただけなのですが 今ではどっぷり使っています
クラブってほんと不思議でその場では間伏立ちになったり仲間意識を持ったりするのですが 昼間に会ってもその間伏立ちくすら気づかないし
今になっては練習連絡を取り合ったりしている人もいません あれは何だったんだろう
良い思い出なのですが何も形になって残っておらず ただ甘くほろ苦い感覚だけ残っています
そういう空回りに近い感じって20代にはよくあることなんでしょうかね 今となってはラグビーとか
オス臭いスポーツに打ち込んでいればモテ筋になれたこと なの慣れたのにと厳禁なことを考えたりして
多分長文失礼しました しかもかなり軽いノリのメールで一人会に使わしくなくない内容ですいません
09:04
3人会も一人会もどちらもずっと応援していますのでぜひ続けてくださいませ ということで山美さんありがとうございます
先に言っときますよ山美さん 一人会はあの
深刻なというかね
そういう内容じゃなくて全然いいんですよ もう軽いノリメール全然お待ちしてるんですが
なんとなくダウンするような送っちゃいけない感じが出てるんだと思うんですよね もう全然バンバン軽いノリくださいよ
嬉しいですね 軽いノリといえばですよ
あの先日配信されたあのゲイト爆乳さんのねゲイ爆さんの
あのド ドシモネタかいねみんな聞きましたあれ
超ドシモネタだねなんか あのあそこの形とか大きさどうなんかいいとかね
女性の前付きだの下付きだの もう
永遠と1時間ドシモネタでしたけどね 私なんか土曜日の夜にそれね
配信聞いてしまってですね土曜の夜なんかすごいムラついてしまって 大変でしたよなんか
始終こういったおばさんがこう体ほてっちゃってなんかムラムラしちゃってね この感じこうどう抑えてくれよっていうのが大変でね
まあその後はまあ何とかどうにかいろんなことをして私もムラつきも抑えられることが できましたが
ねなんかそういう シモネタも私大歓迎でございますのでヤマピさんぜひぜひ
ということで ヤマピーさんの20代のハマったことはクラブ
そして dj っていうことね これヤマピーさんの前
配信でもお話しされてましたよね しかもねこうもう大阪ゲイクラブといえば
銅山町のエクスプロージョンっていうのはね もう何周年になるんだろう
20周年以上だよね 20年以上
だったと思いますね もう
本当に歴史のある
クラブですが なんとああでもそうか20代の頃というかともっと昔か
20数年だよね で学生時代に
そうそうヤマピーさんすごいのノンキーイベントでノンキー dj としてお世話になってたって あのエピソードすごいなと思ってね
あのゲイなのにね なんかそれが
面白いなと思ってて いやでもね
そうなんですよこのなんかこのクラブって不思議でっていうね その中そこで友達だったら仲間意識するんだけど
12:01
いつの間にかいなくなるよねっていうのはまさに本当そうですよ 僕もなんかね岡山で学生やってた頃に
周りが結構 dj の子とかあと vj の子が多かった 映像の勉強してる子が多かったんで vj 多かったんですけど
そんな感じの流れで割とノンキーイベントに行って 当時は何だったんだろう
ハウスとかあのトランスとかがまあトランスとかがすごい流行ってたのかな 田舎だけかなけどまあ割とそういうのであの
たまに えっと
クラブ行ったりとかしてましたけどね
だけどクラブの当時の学生時代の クラブのイメージってなんかもうなんかトイレに駆け込んでゲゲ吐いてたようなイメージでね
多分それは何だろうお酒慣れてないのもあるんだけどお酒飲んだ上にずっと4通知の あのすごい高音重点音はあの聞いてるとですね
あの動機が酷くなってきてですねなんか酔いがすごい回って なんか12杯ぐらいしか多分お酒飲んでないのに
なんかトイレに駆け込んでゲゲ吐くみたいなね なんか当時のイメージそんなでしたけど
じゃあ当時のそのクラブで知り合った友達 誰か知ってるかって言ったらその同級生以外は全然
あの 繋がりないんですよね
でその後僕もやっぱりその名古屋とかあと大阪でもそういう地元のクラブとかね 遊んだりしてましたけど
まあ確かにそういうところでこう遊んでた人っていうのはやっぱり関係 は薄いですよね
そう そうだよなぁ誰もあんまり繋がりないですよね
でも dj っていいですよねなんかそのなんて言うんだろう あの
長く続ければ続けるほどの良さって出てくるじゃないですか で実はね僕あの自宅って今あの友人と
あの2人であの なんていうのルームシェアしてるんですけどもう一人
の友人がまあそれこそそのドヤマエクスプロージョンのずっともう20数年間 クラブであの dj をやってるんですけど
なんか楽しそうですよね 何なんだろうねやっぱりその dj ってやっぱその人の音楽の知識だったりそういう
ねものとかやっぱりいろんな経験みたいなものがそのままこうプレイに出てくるので なんかそういう意味とかこう dj って
なんか楽しそうっていうかね何歳になってもできるじゃないですか
なんかそれはこうずっと身近で見てて dj でやってる友達たちは楽しそうだなとは思ってずっと 今もね羨ましく見てますが
15:06
今は山ぴーさんどうしてるんだろう なんか自分で dj 遊びとかパソコンとかいろんなことでしてるんだろうか
そうですよ またいろんな当時のお話ししたいですよね
僕んだ結構その僕もその割とイベントとか行ったりとか まあ飲み屋の音バイトしてたんで割とそういう手伝いも多かったんですが
僕がデビューした頃ってねまあこの芸業家にデビューした23 4年前ぐらいって
もう今はあんまりこういう言い方しないですがまあお姉ハウスっていうね お姉お姉ハウスの前世の頃でしたけど
当時ねなんか学生時代の岡山時代に初めてね生まれて初めてできた彼氏が なんか当時ねオタク dj オタク dj と呼ばれてて
オタク dj っていうのはあの dj のオタクって意味じゃなくって自分家で 自分家でこう dj を楽しんでる人っていうのを確かオタク dj って言ってたと思うんですけど
なんかバリバリのオタク dj の彼氏で でまぁそんなイベントで回したりはしてないんだけど
まあとにかくこうマニアックにそのこう お姉ハウスの猫リミックスの音源をこう入手してはですねそれを自分のパソコンで
繋いでか繋いだこうミックス cd みたいなのを作りまくってたんですよね なんか僕は当時その20歳ぐらいだったんでそのまだそんな
ねゲイカルチャーみたいなお姉ハウスのカルチャーみたいなほぼ触れてない時にできた彼氏からですね 付き合ってすぐに20枚ぐらいね
自分で cdr とかで焼いた cd でしかもね全部裏にあのプレイリストが載っててね そうですこれはこれはもう絶対マストみたいなこれは絶対知っときゃな
知っとかないといけないですよみたいな
名曲たちをですね 教えてもらいましたね
まあなんかまあそういうのがでも後々なんかね 教えてもらって良かったなぁと思いましたよ
当時とかは結構 まあ民社とかねすごいやっぱりこの芸業界の中のそのまあ
お姉ハウスとかだったら日本人のアーティストとしては結構人気でね 結構それのリミックスの
名曲とかね に合わせてみんなでこう両手を広げてですね横乗りしながら
なんかイベント楽しんでた思い出があるんですが なんか今の40代の方とか
18:00
ね50代の方とか50代になるともうちょっとディスコっぽいのかな みんな聞いてたのって40代ぐらいの人とかから30代後半ぐらいの人は多分お姉
ハウスとかが 主流だったでしょうね
最近本当に芸イベントとか行くとあんまりハウスとかも書かれてなくて結構ロック だったりヒップホップだったりとか
なんならもう歌謡曲とかアイドルとかみたいな あんまりそのいわゆる
クラブミュージックっていうのとはまあヒップホップはもちろんクラブミュージックなんだけどとは違うような あの音が多くてなんか
たまーにそういうのも言ってみるとね 全然昔とはまた音が違うんだなと思いながら
そうですよ そんな時代選手だね
またヤマビーさんの当時のねなんか回してた 曲で印象的なものねあったら
また聴かせてください ヤマビーさんありがとうございます
さあもう当分クラブ行ってないようなクラブとか大きい箱のね あのゲイナイトとか行ってないですよね
ねでまぁ やっぱりクラブの大きい箱ってやっぱりこう時代のともにこうなんかどんどん変わっていくので
この間だったらねあのもう本当に ゲイナイトのといえばみたいな感じでずっとやってたの
アゲ派でねあの東京新木場のアゲ派ももうクローズとしちゃいましたし
なんかますますそういうカルチャーというのがちょっと薄まっているような気がするんですが また最近のねそういう情報も教えてほしいな
ヤマビーさんありがとうございます で続いて
台湾アキラさんから頂きました なんかこのヤマビーさんから
アキラさんへのつながりってもうほんとなんかもう お二方ともポッドキャスターさんで
なんかすごいこう気使って頂いたかのような
台湾駐在ゲイリーマンの独り言を配信されている 台湾アキラさんですね
最近ねこの数日ねもうちょっと僕アキラさんロスになってて 昨日かな一昨日ぐらいアキラさんに dm してねー
アキラさん今どこにいるのみたいな出張中みたいな感じで なんか最近全然こうスペースとかでも喋ってないからすごい
喋りたいんですけどとかって言ったらねなんか今ちょうどヨーロッパで
21:00
出張でかなりハードな日程をこうこなされていてね あの今日ちょうど僕アキラさんの最新回
聞きましたが かなり大変そうだったなぁと思って
どこだったっけ どこ行ってたんだったっけね
忘れたあマドリードだマドリード に出張してでこれからオフでポルトガルに行きますみたいな配信されていましたが
相変わらず世界を飛び回って頑張っていらっしゃるアキラさんですけども そんなキラさんからねえっと
メッセージいただきました 秋田さんもね一人会お便りいただくのは初めてでしたが
ビッチーさんこんにちはポッドキャストやスペースでたまにギャーギャーをお話しさせて いただいてますが一人会に初めてお便りを出します
台湾アキラですありがとうございます ツイッターでテーマトークやるんだと拝見しまして20代に没頭していたことを
おばあんなりに頑張って書いてみますの 書いてみますの
長文となりますことを許しください ここからちょっとあれだよね本当台湾アキラさんのモノマネして言いたいけどね
怒られるよねいつもなんかスペースでねあの秋田さんのモノマネしたらみんな喜んで 受けるからしてるんですけど多分
もっとしてるんだろうなぁと思いながらやってるんだけど
ねちょっと一人会とかちょっとテンションししんどいねやめとこ
よく言えば好奇心を押せ悪く言えば中途半端に何でも手を出す そんな多感な20代で一番没頭していたのはレコード収集でした
大学4年生の時の就職活動の最中 さなか
どの会社からも泣いていただけない状況で僕ってなんだか社会不適合者 なんて自分の将来に少しばかり絶望を感じていた頃
海の向かうのアメリカでメインストリームにのし上がっていたヒップホップや r & b といった 音楽にどんどんのめり込んでいき
音楽そのもののかっこよさやアーティストのリアルな生き様に系統する中で 自分のちっぽけな将来の悩みを消し去りたくて
さらには惨めな時今の自分をファッションで多い隠すかのように 夜の渋谷や六本木に遊びに出る生活を送るようになっていきました
当時の渋谷のこれは宇田川町でいいのかな 宇田川町か宇田川町か
はいわゆる b ボーイ系の輩が大勢集まるエリアで僕もダボダボの洋服で身を固め 週5、6回はテレレコード店に通いアルバイトのお金を全部注ぎ込んで
24:07
常に新しい音楽を求めていました 買ったレコードを6畳1間の中央に置かれた荷台のターンテンブルに乗せて
ニューヨークで活躍するトップ dj の真似事をする日々
真にリアルで無骨で悪っぽくあることがかっこよさの基準となる世界で ゲイというセクシャリティを隠しながらも自分はそれらの音楽の情報をひたすら集めてそれを糧の一つとして
黒人音楽シーンの縁辺でフラフラ生きる 音楽やファッションといったカルチャーに身を置いた人生を謳歌できたら
大学卒業から就職という安定感抜群の人生ゲームから外れたことに対するアンチテーゼとして 自分自身を何とか肯定したかったのかなと今ではそう実感しています
しばらくしてアメリカごめんアパレル会社の販売のアルバイトにつき 準社員正社員へと雇用形態が変わり
仕事を順調にこなしていきまたその頃から自分の生活にゲイライフの様子が入ってきた段階で ヒップホップカルチャーへの傾倒は徐々に少なくなっていきましたが今でも色褪せない思い出というか
あの頃の音楽を聞くと人生の甘さも苦さも瞬時に思い出せる そんな音楽生活の元に元となるレコード収集は僕の20代前半の人生を占める大切な
経験です 時代は変われど僕の音楽の趣味はその頃とあまり変わってなかったりします
どんなことでも没頭できる何かを見つけられたこと自体がラッキーだし 熱中できた経験は自分を裏切らないなぁ
なんておばはんは思います ちなみに集めた何千枚というレコードは台湾に引っ越すタイミングで二足三門の根で売り払って
しまいました 注ぎ込んだお金は回収できず大損でしたねー
わらっ 長文ダブル失礼しました台湾あきらの黒歴史でした
ビッチーさんの今後の一人会配信も楽しみにしています 追伸ダブルあきらも飽きられない程度にわちゃわちゃやっていきましょうということで
台湾あきらさんありがとうございます これねいただいたタイムングが
まさに出張と出張の間のちょっとね多分落ち着いた瞬間なんでしょうが そんなクタクタの時に
ねえこんな しっかりしたお手をいただいてありがとうございます
27:01
やっぱりあれね若い頃どうでしたって言ったらやっぱりこのおてんば2トップがこうね ぶっこんでくるっていう
ヤマピ&あきら40代ね今もこう しっかりギラギラ生きてるこのおてんば2トップからお便りが来るっていう
いいですよね
でやっぱりこう なんか僕らがその20代の頃ってあの没頭するってやっぱりこの音楽か
やっぱファッションとかね 割とそういう感じだったんじゃないですかね
僕も振り返ってみると やっぱりそういうものにこうハマっていくとかまぁ今みたいなその
スマホみたいなものもないしインターネットも出られる情報まだ限定的で やっぱり結構アナログにこう自分で足で動いていられる情報みたいなもの
の価値っていうのがすごく高かった時期だと思うんですよね そういう意味で言うとやっぱりあの
たぶんヤマピさんもあきらさんも多分その音楽っていうねなんかそれをこう探求する とか新しいものに出会うっていうことが
かなりなんて言うんだろうやっぱ情報のインプットとしてはすごくこう まあワクワクするっていうねなんかは若い
人たちにとって やっぱり楽しいかったですよね
あとはまあファッションとかだったらちょうどやっぱ古着とかがすごく まあ一つのブームの時期だったので
古着屋とか行ってましたね よくわかんないかもかってね 私も美大に行ってたので
田舎町からねあのそういう大学とかに行ったら なんかちょっと変な格好しなきゃいけないと思って
すんげーわけわかんないなんか古着とか買ったりとかあとパンツ ビリビリに破ってこうピンとして
汚い格好で歩いたりとかね まあとなとにかくそんなことしてましたがそういうものと
やっぱりこうちょっとねアンダーグラウンドの音楽っていうのはやっぱ神話性も高 くてですね
やっぱ音楽ってすごく重要でしたよね 僕はあんまりR&Bとかヒップホップそんなに当時はそんなに聴いてなくってどっちか
というとヒットしたものをねサラッと聞くぐらいでしたけど 当時僕はヒップホップとかR&Bで一番好きだったのは誰だろうな
ローリンヒルとかが一番流行った時期かな 20歳すぎぐらいでもうとにかくローリンヒルの
何だったっけ
ザッシングでしたっけ なんかありましたよねあの辺をずっと聞いて
楽しんでましたけどね 僕はでもなんかその辺からもうちょっとこう
R&Bとかよりはですねなんかちょっとラテン系とか ジャズっぽいこう
30:04
ジャズハウスとかこうラテンハウスっぽいものが好きになってですね 僕はこう割と20代前半の頃一番よく聞いてたアーティストさんは
マンデイ・ミチルさんっていうね まあ今もシンガーとして活躍されてましたけど
マンデイ・ミチルさんと ドラッグクイーンのホッシーさんとかね
あとMCの方と3人とかでこう夜にねカウントダウン 番組割とそういうちょっとなんていうんだろう
あのクラブミュージックのカウントダウンみたいなのの番組をされてて そこでこう
マンデイさんの音楽に触れてでその時にちょうど出た曲が you make me っていう曲でしたけどね
当時なんかすごく僕には刺激的というか あのとてもすごく
なんていう気分にあってですねそこから割とその マンデイ・ミチルとかまあ当時その彼女を
プロデュースしていた大沢新一さんとかね そこからモンド・グロッソーズとか
好きになったりとか まあファンタスティック・プラスティック・マシーンとかその辺を聞いていったりとかっていうのはなんとなく
20代の好きな音楽でしたけど でもなんかそういうふうにこうアーティストとかいろんなプロデューサーで追いかけていく
みたいな聞き方も だんだんやっぱ30代ぐらいになってくるとかそういうのがなくなってきて
まあ今は本当になんか あれですよねやっぱサブスクリプションで音楽を聞くようになってからは
もうプレイリストごとでこう聞くようになっちゃったんで なんか耳で聞くとなんかあーなんか聞いたことあるってわかるんだけど
まあ誰が歌っててとか誰が作ってとか誰がプロデュースしたかとか知らないまま なんとなくずーっと聞き流しているみたいなのが
あって今もちょうどこれ耳からは僕も今ヘッドホンで 聞いてますけども
これも今もアップルミュージックのプレイリストで 気分だなと思うものを選んで聞いてますけどなんか音楽の聞き方自体が
なんか昔のその探して聞くっていう感じじゃないですよねっていうよりはなんとなく自分の 気分がみたいなものをどううまくコントロールするかっていう
なんかそのバランスをするための一つの要素としてこう音楽っていうのを使っている 感じがあるので
なんかこう音楽の役割ってだいぶ随分と変わっていってるような気がして まあそういうのもあればもちろんねこうだからこそ
このアーティストさん好きだなとかっていうことに関してはなんか深掘りしていくっていう まあ2曲化していくのもあるでしょうし
33:01
まあ k-pop とかみたいなもので好きな方から言うと めっちゃこう自分で推しとか
深掘りしていくみたいなもあると思いますが
最近僕あんまりこう k-pop とか聞いてなかったんですけど
あの虹プロジェクト ベタに虹プロをあのテレビでこう
娯楽として見てるうちにですねなんか k-pop の音楽が耳に入ってくるようになってから割となんか聞くようになって
今は今一番楽しみしてるのはですね k-pop と言っていいのかわかんないけどまぁ韓国と日本
両方 でプロデュースされているあの xg っていうね
あのガールズグループの 次の新曲の
配信をひたすら待ってますっていう状態なんですが 私は今の xg に自分を投影してですね
イケてる女みたいな女の子って感じでねなんか好きなんですよね まあまた皆さんの好きなアーティストとか音楽の話
ぜひ聞かせてくださいね 秋田さん
なんか僕なんかやっぱ秋田さんってすごいなっていつも思うんですよね なんて言うんだろうな
やっぱ自分の関心 みたいなこと
に対してこうなんて言うんだろうな ちゃんとこう向き合って行動してる人だなぁっていうのがあって
なんかまあそのまあ僕とか秋田さんの世代って本当にあの氷河期でね あの超超絶就職なの時期でまあ本当に普通にやってたらなかなかまともに就職でき
ないよねっていう時だってなんかまあ もう世代全体にこうなんていうか諦めムードがあって
なんか普通にあの自分の行きたい会社に何か入れないのが当然みたいな中で まあ未だにやっぱり周りも
非正規雇用の人が多いわけですけど まあご多分に漏れず秋田さんは僕ら僕も当時はそういう就職に対して大変で僕の
場合はもうもう花からもうそのタイミングで就職するのを諦めて あの就職浪人という形で大学に進んだりとかして
なんか学びたいっていうよりはもうなんかちょっとでも就職の活動のタイミングを 遅らせようみたいな感じで進学したりもしたんですが
秋田さんの場合はですねもうちょっと一旦 いい具合にドロップアウトじゃないけどまあいわゆる普通のこう
就職活動で正社員目指すんじゃなくてまぁ一旦音楽とかそういうカルチャーの方に こう
身を委ねることによってですね まあちょっと違う道を歩んでまぁ結果的にでもそこからそのアパレルで構成社員
までこうけっねこう あの入っていって今まあ言ったその道で
36:02
ね世界を飛び回りながら仕事をする ぐらいまでなられたっていうでもそこにちゃんとなんて言うんだろうそのプロセスプロセス
その過程でちゃんとこうあの自分を出し切ってるんだろうなと思ってね なんかその秋田さんの子
なんかこう出し切る感っていう感じはねそのなんか そのなんていうの
結構その欲求は強いですよね見てても なんか本人はそうでもないよみたいなこう
表面はそうやって言うんだけどやっぱ行動がすごいですよねなんか絶対こうやるって言った ことに対してこう
淡々とちゃんと準備してこう実行してるっていう感じは僕もいつも秋田さんのことを 尊敬してるんで
やっぱり20代からやっぱり独自の秋田さんの道の歩まれ方したんだなぁっていうね やっぱりこのお便りでもすごく分かりましたよなんかやっぱ山 p さんも
ね秋田さんも2人とも今海外で仕事されてますけど やっぱりその時その時にこういろんなものに出会っていってるんだなっていう
やっぱ自分の人生をねこう自由に突き動かしていく出会いっていうのに対してすごく貪欲に こう暮らしされてたんだなぁということはまあこの2人のお便りからもすごく
理解できましたよ うんやっぱり人のルーツを聞くっていうのは面白いですね
っていうのがありましたそして2人ともやっぱりそう なんか同じ世代を生きているものとしてなんかよく似た道を歩んでいってるっていうのがね
なんかで2人とも一旦ちょっとゲイとは少し遠遠いところの回り道をしながら入っていくんだ けど
まあ今はゴリゴリゲート真ん中を言ってる感じだね 面白いですよね
ということでお二人ともありがとうございました でまぁ今回はあのお二お二人というか皆さんでその
まあ若い頃なんか没頭していったことありますかってこう聞いた理由なんですが まああのさっき冒頭に言ったようにできればですねその概要欄にリンクしてある私の
コーン ノートのそのブログの内容を読んでくださいっていうふうにお願いしたかと思うんですが
まあ私としてもこうあんまり ポッドキャストの番組上ではあんまり詳しいことを言ってなかったことなんだけどそのことも
やっぱりちゃんと触れたいなっていうのがあったので今回 まあ自己開示って言って
触れてますがはい まあブログのタイトルとしても私が丸々かだ丸々
母だった頃の話ってなってますけどね まあこれまあ読んでいただいたらわかる通り私はまあ20代の頃ね
から30代にかけて助走助走家として 没頭して活動してた時期ありますけどね
まあそのことについてちょっと なんか触れときたいなあっていうのがあってであのアスゲイの番組の中でも
39:05
年でその辺自分が助走しててさあとかっていうのは全然話題には出してたんですが なんかわざわざその何どういうことをしてたかとかって詳しいことまで触れて
なかったんですけど 私なんていうのはまあどっちがでそんな麻生さんとかキャンディさんてそのゲイのそういう
クラブカルチャーとか まあなんかドラッグクイーンが云々とかっていうのとまたちょっと違う
路線だと思うのであんまりその辺話して深掘りしたことなかったんですけど まあいい機会だと思って今日は私がどういう活動助走として助走家として活動してたか
について ちょっと紹介しておこうと思って
でえっと逆に言うとね僕ってその ビッチーっていう名前でポッドキャストをやってましたってやってますっていうことの方が
多分僕の周りから言うと認知度が低いっていうか どっちかというと昔から知る人から言うとあの助走の子でしょうみたいな
なんか変な助走してたかどこだよねっていう 認知の方が高くてですね実はなんか
そっちの方が割とオープンにして 表現してたことなんですよ
でまぁ まあ適当な名前なんですけどヒゲミっていう名前でずっとね10年ぐらい活動してて
で何だったんでしょうねヒゲミってあの僕のね大親友の東京の友人が当時僕がもうヒゲ剃って なかったんである日こう
なんか仲良かったドラッグクイーン趣味上みたいな感じかな ドラッグメイクを趣味でやってる人が
と仲良くってね でその方が
まあだからあれだよね元彼がオタク dj であったかのようにその人はオタクドラッグクイーン みたいな感じで家塗りしてこう写真を送ってくるみたいな友人だったんですが
その人が家に来てなんかドラッグメイクしてみようよみたいな話になったんで まあ家に来てキャキャ言って楽しかったんですけど
名前つけようってなるじゃないって言ってヒゲ剃ってヒゲ女装だからあんたヒゲミね ってなって
割とそこからヒゲミっていう名前はずっと適当なかっこ狩りみたいなまま あの名前が独り歩きして
であとねあの ロンドンってね
ヒゲミロンドンって名前なんですけどあれ何だったっけ コシの3姉妹のね
ロンドンついてますよね名前忘れたけど だからもう適当なんですよね
ヒゲミロンドンになるかヒゲミゼッターランドにあるかどっちかって言ってね ゼッタランドって多分当然アメリカのバレーボール女子バレーボールのこう
名選手でねセッターの女性だったんですがそのゼッターランドっていうそのね なんかパワーワードというか響きが好きすぎてね
42:05
ヒゲミゼッタランドにしようかと思ったんですけどねなんかあまりにも直接的しすぎたんで ヒゲミロンドンという名前で活動してましたよね
で僕その まあまあやばい写真とか動画今回アップしたんですけど
実を言うとですね僕あんまりその自己認識として助走してるという感覚が当時もなかったんですよ で8
なぜそうなるかというとですね私のその 小学校高学年から10代の初のさっきの20歳ぐらいからの音楽の前
で私10代でも完全にビジュアル系バンドで育ったんですよ だからあの小学校5、6年生ぐらいの時にあの
Xが デビューしてですねまあその前はボーイとかだったのかな
Xとか バクチクとかですね
ルナシーとかねラルクワンシエルとかあの辺のこう ビジュアル校の子すげー盛り上がりがあってねなんかもう
田舎の子ってみんなビジュアル系バンドに当然ハマってたと思うんですけど 私はね完全にあのバクチク大好きっ子だったので
割とねこうちょっとなんていうからちょっとダーク気味のちょっとゴシック系の あの
ビジュアルメイクが好きだったんですよねだからこれ見ていただくとわかるんですけど意外と こうなんでの
あのゴシック系のメイクというかちょっとダークのメイクしてるんですけどこれ私だから女に なろうとしてメイクしたんじゃなくって
なんかほぼビジュアル系なんですよね だから
すごい私女装家としてすごい事故ってるんですけどそれな何かっていうと私あの 塗ると男性性が増すんですよ
普通てこう皆さんこう男性が まあ農家さんでも塗る人いるじゃないですか
別に性の対象は女性なんだけどでもなんか 女装したい人とかもいると思うんですけど
そういう人ってまあ綺麗にあった女の子っぽくなってこう なんか自分の中のその女性性の表現として塗ると思うんですけど
僕逆でねなんかどっちかというとすっぴんというか普段の方が女性性が高くって メイクするとねなんかオラオラ系になっちゃうんですよ
なんか 結構あの当時もビジュアル系バンドって結構みんなメイクきつめで
なんていうのちょっと体育会系だったんですか こうねドラムセットぶち壊したりとかやってなんか特効服着てたみたいな
なんか私の中でそういうものが表現されてきてですね なんか全然男っぽくならないっていうね
45:00
で一番最悪だったのですねまあ名古屋時代はそれでも良かったんですけど 大阪に来るとですねあの結構
年に何回かそういうクラブイベントにドラッグクイーンとして呼ばれるようになったんですよ 私あの一人称ドラッグクイーンだと思ったことはないので
呼ばれて言ってですね口パクリリップシンクでショーとかしてたんですけど 絶対の大阪って
あの結構 mc でバッと出てきてショー終わりでみんなこう呼ばれて一言面白いことを 言っていくみたいな
あるんですよでね当時ねー あの mc がねもう今テレビのも引っ張りだくんですけどあの
な者グランディーバさんとかが当時イベントとか一緒に出たりとかしてたんで まあな者さんがあの調子でマイク片手にその出演女装たちをいじっていくわけですけども
なんでなんか最近出てきた日見ロンドンとか言って呼ばれていくとですね私マイク持ったまま 低い声でどうも
もう後しゃべりませんみたいね クッソもんないというかあのそれなんでなんかというともうキャラがそうだからなんか
突然芸とかって喋らないというかもう完全にこう 科目キャラだったので
まあ大阪でねそのステージの上であのツアー者たち 混じってですね
こうひどい目にあってましたけどね
だからね結構あの今回たくさんいろいろ動画もアップしたんですが なんか自転車すげーやばいてこちゃりを漕いでる感じもちょっとがにまたなんですよね私ね
私普段はがにまたで自転車乗らないのになぜか助走するとがにまたになるって言うねよく わからない子表現
になってるんですよね なのでねなんか当時なんかこう名古屋と大阪でこう助走してたんですけど
なんかあまりにもなんかちょっと独特な存在だったのか何なのか なんか変なファンの付き方
が知ってたような気がしますね なんかこう一部のこうねやばい人たちにこう熱狂的に押されるみたいな
感じはありましたけど
いやーでもねなんかまあそのせっかくドラゴンクイーンの話が出たので まあなんか当時のねさっきは dj とかの音楽の話でしたけど
当時どんな感じだったかというとまあ僕が初めてねドラゴンクイーンを 見たのは
えっとね結構メジャーな方を見たのは多分僕は名古屋時代のイベントで えっとねそのそれこそさっき言ったナジャグランディーバさんが
まあ245年前ぐらいですよねもう多分一番尖り切ってたというかかっこよかった時期で すんげーかっこいい
ショーとかをやっててそこにねまあ当時も伝説的な ゴーゴーボーイの音大阪の
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えっとイチ&コバっていうイチコバさんと呼ばれるゴーゴーボーイのね2人がこう だいたいこう3人セットで大阪からね来てたんですけどもその3人の
ショーを見ている時にねまあなんかすげーなと思ってだから僕それ見た時に猫 あの助走みたいな変な変装とかはするけどこういう舞台に上がってするしちゃ
ダメだなって本当はその時は思ったんですよね あまりにも違うんでね
でなんか変な映像作品とかまあどっちかというとこう youtube 上でこう活動する助走
かだったんですけど でもなんか結果的に大阪に来るとですねなんか活動がやっぱりそういうクラブイベントが多いので
そういうものを出させてもらうようになってまあなかなかこう 心臓がしくしく痛むような思いばっかりしてましたけど
まあでもやっぱり名古屋時代にこうねあの 助走してこう街中で変なことをしている時ってすごいなんか楽しかったなぁと思って
たぶんさっきのコアキラさんとか山 p さんが多分もレコード屋に入りびたったりとか その音源探したりとかもうそのダボダボの格好してとかっていうのと一緒で
なんか変な衣装を作ったりとか変なことをやってはそれを街でこう 映像作品撮ったりとかそれをコークラブイベントでこう
あの vga というかこう映像作品としてこんな流したりとか して
まあとにかくねその当時 本当にちょっとなんか本当になんか変なラリーってたんじゃないかなんか私
変な薬でもやってたんじゃないかなってこう振り返ると思うぐらいなんかその 取り憑かれたようにそういう活動をはまってましたね
でなんかね結局それがでも私のその人生にどういう影響を与えているかというと やっぱりあの時に猫私一旦自分を全部打ち壊してたんだなと思って
まあ自分の自分による子自分への破壊活動みたいなことを やっぱり50年ぐらいかけてやってたんだなっていうのは今思うんですよ
でなんか僕も結構やっぱ1010代ってそうやっぱり田舎で割とどっちかというとこう優等生 だったりリーダータイプだったので
まあこうあるべきみたいなあの人物像ってすごいこう 自分でも作ってたし周りからも作られていたところがあって
多分本当に何からすっげー保守的だったと思うんですよね20代ぐらいね でそこから大学に入って一人暮らしした時にアナが違うなと思って自分が
思っているその真面目な自分というものとなんか 内心求めている進みたい自分というか行きたい方向とかが全然違うということに気づいて
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である日ねなんか学生時代になんか真夜中に nhk の bs を見てたら
あの結構当時あの 割となんて演劇のねなんか舞台のあの映像がよく放送されててそこでなんかね
塚光平劇団の 映像が割とシリーズであの何日か連続とかで放送されてて
それを今真夜中に猫どういう道を歩もうかと思っている私がですねそういうこうなんて いうんだろう
人のエネルギーみたいなものをぶつけ合っているその舞台作品みたいなものを映像で見 たもんですからですね
しかもそれねなんか多分大学1年生の夏休みかなんかだったと思うんですよ もう私も
あもうこれだわと思って そこからあの母親にですねもうある日決心してですね
多分自分大学辞めると思うわって言って どしたみたいになったら自分たぶん役者目指そうと思うねみたいな感じ
なんか1年生の夏休み言った覚えがありますが まあもちろんねその後しっかり考え直してあの
役者の道に進むこともなく大学も卒業して今があるわけなんですが なんか私の中ではですね
あの役者になりたいなりかなりたかったっていう私の念はですね やっぱりまだにこう消えないわけですよね
もうフツフツと常にその欲求があってですねそれを日常の中だったりとか まあこういうあのいろんな映像作品を撮ったりですね
今で言うとまあ仕事の部分とかっていうのも完全にやっぱりこう まあある種演じている部分いくつもの人格を演じ分けているみたいなとこもあるし
まああのビッチーっていう役じゃないねキャラクターかもうこれも完全にやっぱりこう 役柄として私は自分で捉えているので
時々ね大女優ビッチーさんって言っていただいたり からかれてもかわかんないんだけど大女優ビッチーさんとか言っていただくんですが
なんかこう常にいろんなものを憑依させながらですねこう そういうことをしているのがすごく楽しくてですね
やっぱそういうのってこう今40何か頃になってきましたけどやっぱりその10代とか 20代の頃の
なんか欲求みたいなものとかっていうのはやっぱり今も変わらないんですよね したぼこれはもういくつになってもそういう自分の欲求は変わらないと思うから
まあ自分自身というものは真ん中にあるんだけどそれとはまた別のこういくつかの人生を 同時にこう
走らせていきながらですねそれをこう 自分の中であのその時その時こう憑依させながらですねこう表現していくっていう
っていうのはやっぱり自分にとってはすごく人生の大きな重要な表現なんだなっていうのは つくづく感じるわけですね
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でやっぱりこう自分のルーツを辿ってみるとですね まあ今回パソコンの中をひっくり返すとですねこういう動画やら
映画像がいっぱい出てきましたね まあ急遽あのいう youtube チャンネル作ってですね3本ぐらい
その動画眠ってたものも載せたりとかしてですね 公開したわけですがまあ実はこれ載せてない奴がいっぱいあるんですけど
これでもまだ人様に見せれるものっていう感じでもっとやばいものがあるんですがもう それはちょっと
いやばいのでやめておきますよ
そう でまぁなんかこういうのってこうやっぱりやりたい時にやりたい時代にまあいろいろやっとくって
すごい大事でね で僕もまあもう一通りその芸業界でやるべきこと
あのやりたいことっていうのはやっぱり20代30代で しっかりやってきてですねもう女装とかももう正直やりたくないわけですよね
もうあんなドーラ塗りたくのもうまっぴらごめんだね 眉毛消したやつとかね
クレンジングで落とすのと本当に地獄な感じですよ もうああいうのはやりたくないと思うんだけど
まあでも今度やっぱり40代になってくるともうちょっとその自分として やりたいことっていうのはやっぱりたくさん出てきているのででやっぱりその時その時の自分の
世代ににあった自分の表現っていうのを まあ出し惜しみなく表現していくっていうのはやっぱり重要かな
まあ未来の自分のためにも 重要なんじゃないかなと思っておりますよ
そうそうそうなのでもしこれを聞いている 10代20代30代とかね皆さんいたら今ちょっとでも関心あることはね
まあまず一通りやったほうがいいですよ 会いたい人には会うべきだし
そういう感じかなと思っております はいということでですね今回は
まあ自分が 昔ハマって没頭した頃こととかね
夢中になったことみたいなことについて語ってきましたが まあまたこういう
自分の過去のことなんかにも振り返りながら いろいろ発信していけたらいいかなと思っております
はいでまぁ今後の明日も芸としてはですねまた近々 3人でオンライン収録しようかという話もあったりしますし
まあそんな合間とかもうどっちが今かわかんないけどね まあこういう一人会とか
まあ3人会とかいろいろやれたらいいし まあもはやですねこんなに一人会ばっかりやるんだったらまあそれはそれでちょっともう別枠に
したほうがいいのかなと最近思ったりもしててなんかねあんまり 明日も芸能さん3人の放送聞きたいのにあんまり僕の一人会ばっかりがこう
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配信されるもどうなんだろうなって最近ちょっと思ったりしてるんでまぁそのうち適当に あの一人番組も作っちゃうかもしれませんがまあその時は告知しますね
はいというわけで3人会も一人会もまた何かお便りいただけるとありがたいです
でえっとお便りはですね またビッチ当てのお便りはこの概要欄の方にお便り
載せておきますし まあ
ツイッターの dm 中でもいただいてもいいかなと思います あとまた明日も芸能3人会の方はですねまたツイッターの明日芸の公式アカウントの
方に またメールアドレス載ってますのでそちらからお便りいただけたらいいかなと思います
はいということでもうねガンガンも30度超えて暑い日々が続いておりますが皆さん くれぐれもですね
夏だって 倒れないようにしてくださいね
でまた近い
バイバーイ
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