#26 動物にまつわる不思議な話
2023-06-27 25:17

#26 動物にまつわる不思議な話

おたよりを送る
・私の嘘は嘘じゃなかった??
・とかく私たちは自分を責めがち
・愛犬の死を目の前にしたときの本音
・飼い主が亡くなったら家に入らなくなった猫の話
・いのちの選択を迫られたら・・・


話し相手▶ つむじさん(会社員/整理収納アドバイザー、50代女性)

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マキレイカ(チャコール・マキ/通称 チャコ)
SUMIYOI(炭よい)プロジェクト主宰

1976年青森県弘前市生まれ、広島県三次市在住。
夫と保護犬2頭、保護猫3匹とともに、
田園風景の広がる里山で暮らしている。

* * * * * *

10歳の時、カルガモの親子に出会ったことをきっかけに環境問題に関心を持つ。
大学で海洋生態学を学んだ後、環境NGOにて勤務。その後フリーランスで地方自治体の自然再生事業や環境教育事業に携わる。
2008年より炭を使った森林再生事業を開始。
2018年からは「炭よいプロジェクト」を立ち上げ、もみ殻の炭を作り始める。
2020年に広島に移住し、里山での暮らしに“いのちが安心する”感覚を得る。
現在は、開かれた場所づくりと心地よい生き方を探求中。

* * * * * *

自分が見ている世界と、
自分以外の人が見ている世界が違うと知った瞬間、
しんどい時もあるけど、面白いとも思う。
そこに人生の醍醐味があると感じる。

リスナーの皆さんが見ているのはどんな世界なのか、
私の話や視点を通して発見する機会があったとしたら、
これ以上うれしいことはありません✨

比べるのではなく、ジャッジするのでもなく、
それぞれの人がそれぞれのままで、
心地よく生きていけたらいいな、
と思う今日この頃です。

* * * * * *

▶︎こんなテーマを話しています♪

#生き方 #暮らし方 #ビジネス #環境 #活動 #教育 #持続 #サステナブル #移住 #多様性 #価値観 #発見 #自然 #五感 #体感 #現代アート #パーマカルチャー #エコヴィレッジ #自然農 #有機農業 #コミュニティー #メンタルモデル #フリーランス #40代 #50代 #親友 #仲間 #手放す #ライフスタイル #田んぼ #米作り #不耕起栽培

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感想

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00:00
おはようございます、こんにちは、こんばんは、マキレイカです。 私とあなたの世界を映すラジオ【チャコめがね】です。
今回もお話し相手は、つむじさんです。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。あの、前回に引き続き近況ということで、話は尽きないので、ちょっとしばらく回を重ねさせていただこうと思うんですけども。
ちょっとさっきの、チータさんの、レイカさんとチータさんのお話です。
うん、前回ね。
あの、行きたくないところに、が行きたくないっていう言い訳というか理由に、 チータさん、猫が病気だから病院に連れて行くって言ったら、次の日チータさんの病、あの体調が悪くなって。
嘘を言ったらね、猫を行きたくない後日の理由に使ったらね、罰が当たって、あの本当に猫が入ったっていうか、えずいて、夜も寝ずに具合悪そうにしてて、本当に連れて行くことになったっていう、私はそれ罰が当た
った。嘘をついた罰が当たったって。
で、レイカさん感じ取ったじゃないですか。でも私は聞きながら、いやじゃなくて、チータさん具合が悪かったんじゃないのかなと思うんですよ。
で、具合が悪いから行かないでっていう、その信号をレイカさんが受け取って、行きたくなくなっちゃったんじゃないのかなと思ってて。用事そのものに。
チータさんは急に嘘が原因で具合が悪くなったわけじゃなくて、具合が悪かったから行ってほしくなかった。レイカさんがそれを感じ取って行かなかって、やっぱり体調悪くなってゲーって入っちゃったっていう繋がり
じゃないかと思って。
その視点は自分では絶対思わんかった。いやもう嘘ついたから本当に現実になったね、罰が当たったねとか、あとはチータが犠牲になって私の嘘を嘘じゃなくしたとかさ、そういうような受け取り方をしたけど、実は本当
に具合が悪かったのを私が受け取っていたと。
すごいね、正解は何かわかんないけど。わかんないけど、猫って本当に具合急じゃないですか。でも多分人間、動物だからそんな急ってことは実はないんじゃないかと思っていて、ちょっとずつちょっとずつなんかおかしい
ぞガクンってくるっていうのがなんとなく道理かなって思うんで。
なるほどね。
リーカさんがそんなに嘘をついてまで出たくないって、私本当にまだ短いお付き合いしかしてないけど、あんまりない気がするんですよね。
なんで行きたくないのかわかんなかったんですけど、それを大事にしたいと思ったんですよね。でも本当に行きたくない理由を相手の方に、理由がないのに行きたくないっていうのはすごい失礼だから、嘘で嘘つくしか
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ないなと思って。
それは潜在的に気がついてなかった信号をリアルに本当は受け取ってて、猫は具合が悪くなるんですよっていうことだったんじゃないのかなと思って。
それはね、正解がわかんないけどね。まあでも、ね、わかんない。
いやでもゼロではないですよね、その可能性はね。
つながってるからきっと、家族だし。
とかく、やっぱり特に動物みたいに直接言葉でコミュニケーションできない存在に対して自分を責めますよね。
もう今回もめちゃくちゃ自分を責めました。
でも動物はそれを望んでないかもしれないですよね。
愛しかない動物は飼い主が自分を責めてたら、自分のせいでこの人は自分を責めてるって喜ばないかもしれないですね。
そう、それもね、やっぱり思うから。逆だってね、そうだと思うし。
そうなんですよ。でもそれって自分じゃそういうふうな、こう、責めないでって言われても責めちゃいますよね。
かいじろさんのこともそうおっしゃってたじゃないですか。
前に飼ってたね。
そうそう。
確かに。
でも私聞いてたら、そんなに24時間月切りで看病して命を全うさせてあげるって、やっぱり玲香さんの愛だなと思って毎回聞くし。
いやーでもね、自分でいいところしか言ってないから美談的に言ってますけど、もうなんか途中とかも私の精神的にも肉体的にも限界が来てて、
いやなんで生きてるのっていう、こんなに苦しいなら死んだ方が楽なんじゃないのみたいなことまで口走るような、問いかけるような犬に。
でも犬は、その時のかいじろはもちろん口は言わないけど、目で水も何も飲んでないで2週間とか経って、水は口深ませるぐらい?流動食は全然もう食べれない状態で、
なんで生きてるのって苦しいんでしょって、だったらもうあの世に行った方が楽になるんじゃないのって、私は本当に骨と皮みたいになった状態で呼吸している犬に言いましたよ。
もちろん自分が殺すことはできないけど、自分も楽になりたいから。でもなんかただただ、キラキラした目で呼吸してるんですよ。
で、命って自分が生きるか死ぬか決めるんじゃなく、生かされてるから生きてるんですっていうことをかいじろの目から受け取ったんですよ。
06:01
生きるか死ぬかは自分で決めるんじゃない、今生かされて呼吸してるから、僕はただここにいますっていうことなのかっていうことしか分かんなかった。
なんでこの状態で生きれるのって、死んだ方が楽でしょみたいな。
気力はあったと思うんですよ、かいじろ君の、そこにやっぱり私は意思もあったと思って、もともと東日本大震災の後、もしかしたら帰ってらっしゃった元々の方も被災されて、もしかしたらその時いなかったかもし
れない、分からないけれども、かいじろ君はそこに残されて、しばらくしてれいかさんのところに引き取られたじゃないですか。
すごい怖かったと思うんですよね。震災も怖かったし、動物にとっても一変しちゃうわけじゃないですか、生活とか。
もしかしたら本当に目の前でか、感じ取ってもう会えない、かわいがってくれてた人とは会えないっていうことの孤独と恐怖から、やっぱりいやそれでもやっぱり人と生きていくことの幸せをれいかさんがやっぱりもう一回
かいじろ君に大丈夫だよって、
私でやれちゃったんじゃないのかなって、これは私の解釈ですよって思っていて、かいじろ君はだから1日でも長く一緒にいたかったし、生きたかったんじゃないのかなって感じるんですよね。
それも感じる、それも感じた。でもそれを感じつつも、もう私は限界みたいな、よくこんなに頑張れるなみたいな、極限の状態だったんでね、トラウマというかそういうことに関する自分の罪悪感とかもね、攻めがちでね、
その時湧いてきた感情自体も、こんなに頑張っている犬に対してかける言葉じゃないしさ。
でももう本当にしんどかったから、私も早く解放されたいみたいなね、それは出たりとかしてましたけどね。
私、祖父がね、急に亡くなったんですよ。事故だったんですけど、で、祖父がかわいがってた猫がいて、その子がね、必ずそのおじいちゃんが、祖父がね、買い物に行く時に、待っとってねって、ご飯買ってくるけーねって
言って行くんです。
押し車を押して。で、帰ってくるのが分かっているから、一番早く見れる位置で待ってるんですよ。その子は。
着いてはいかなかったんだけど、待ってる。で、帰ってこなかったんですよ、その時。
そしたら、ずっと家の中で暮らしてた、祖父と一緒に暮らしてたのに、その瞬間から家の中に入らなくなったんですよ。
09:06
なんで分かるんだろうって思うけど、入らなかった。で、祖父がもう、お組織も終わって、でもおいでって言っても絶対入らなかったし、いないことが分かってて、ずっとでも待ってたし探してたし、
その後2年、生きてくれたけど、その2年たるや彼にとってどれほど辛かったかと思うんですよね。
私たちがやっちゃいけない。どうしても祖父の場合は、祖父もそうしたいと思ったわけじゃないけど、やっぱり見届けることが一番の私たちの愛だと。
わかる。
なんかね、私、自分の子供がいないから、比較的、旦那さんはいるけども、旦那さんも自立してる人だからっていうか、大人だし。
だから、自分がやりたいことをやって突然亡くなってもいいっていうか、私がいないと生きていけない人が、ちっちゃい子供とかね、いないとか、そういう責任を負ってないから、そこら辺、自由っていうかね。
だから、やりたいことをやって全うしたら、人生短くてもそれは私が良ければいいぐらいの感じだったんだけど、
カイジロウを勝ってた時は、見取らなきゃみたいな責任があって、生まれて初めて、今は死ねないって思ったんですよ。
私、今まで自殺したいとか、自分から死にたいと思ったことは一回もないんだけど、不良の事故がいつ起こっても、後悔はなく生きていたかったから、それが理想だと思ってたから、
いつ死んでもしょうがないよね、それはって思ってたけど、カイジロウがいた時だけは、絶対死ねないみたいな感情はあった。
そうですよね、それはすごく思っていて、もちろん一日でも長くいたいし、この子と一緒にいることがやっぱりベストです。
だけど、一日どっちが早いかって言ったら、やっぱり私は一日長くはこの子の見届けた後にしないと、
それほど特に話せない、感情を自分の口に出せないんだったら、それほど辛いことはないだろうなって思うから、
祖父が飼ってた猫なんかは、私が人間の感覚だからお盆に、おじいちゃん帰ってくるよ、お盆だからねって言ったら、え?ってなったんですよね。
で、すごい、え?ってなって、どこどこ?って言わないですよ。明らかに態度が変わっちゃって、私しまったって思ったけど言っちゃった後じゃないですか。
12:05
で、それがちょっとの時間あった後に、嘘ついたなっていうか、騙したなじゃないけど、騙したつもりなかったけど、私のことを信用しなくなりました。
へー、すごい。
ある程度は私すごいおじいちゃん子だったし、一緒にずっといたから、割と信頼して身を預けてくれてたっていうか、病院連れて行ったりとか、ご飯とかも触らせてくれてたりとか、抱っことかもできてたけど、もう
明らかに空気がそこから違いましたからね。
えー。
もう絶対言っちゃいけん一言だったなと思って、人間の感覚でそんなこと言っちゃいけんかったなって思って、もう反省しました、もう反省しました、それは。
へー。
それこそ彼はそれを待ち望んでいたし、だから最後、やっぱりお別れはそれでも悲しかったけど、そんなことでも、どっかで、あ、おじいちゃんに会えるって。
あー、分かる分かる。
それはね、なんかやっぱり、この子にとってそれを一番、その子にとってはそれを待ってたことだから。
分かる。なんかね、私、カイジロウを見とった後ね、自分が死んだ時絶対カイジロウを迎えに来ると思ったんですよ。
だから、死んだらカイジロウに会えるから、あ、いつか死ぬの楽しみだなぐらいに思った。また会えるんだったら。
まあ今カイとメイが来ちゃったから。
それどころじゃなくなって。
まあそれはその時ね、ペットロスっていう心のやばいにもなってたっていうのもあるんだけど、全然実際に死のうとは思ってないけど、なんかそういう今までと違う感覚。
あ、死んだらカイジロウを迎えに来てくれるとしたら、それも楽しみだなぐらいの。
うん、そうですよね。それが逆なら何かのことを聞くとあったと思うし、だからまあ祖父も生きてた頃に動物は何もわからんって言う人がおるけど、そんなことはないって。
よくわかっとるし、理解もしとるし、こっちに感情も伝えてくれるっていうようなことを言ってたので、本当にそうだなって。
もしもしかしたらそのかってない人から聞いたら、何言ってんだって話かもしれないけど。
うんうん。本当ね。
それはね、思うんですよね。
なんか私、今猫が3匹いて、この話もしたかもしれないんですけど、去年の9月ぐらいかな。
月子っていう神奈川から来た猫がいて、今7歳とか7歳、7歳、8歳ぐらいかな。
で、チータっていう2匹の、チータはその段階で1歳半ぐらいになってた男の子がいて、
なんとなくね、このどっちが欠けても私はショックが大きすぎると思って、
15:03
もう1匹ぐらいいたら気が休まるんじゃないかみたいな。
あと猫も月子なりチータどっちかがいなくなったら、どっちかの猫も大丈夫かなみたいな。
バランスがなんかこの猫2匹と私と夫っていうこの人間2人のバランスが安定しすぎてて、
これ誰か1人欠けたらちょっと危ういんじゃないかな、もう1匹ぐらい猫いたらいいんじゃないかなと思ったら、
リー王子を路上で見つけて拾ったんですよね。
この猫3匹になったらすごくその不安とかが楽になった。
何があってもなんとかなるみたいな。猫3匹で。
みたいなちょっと変な話なんですけど。
でもなんかそのバランスみたいなのは分かりますよ。
危うさみたいなのありますよね。
安定しすぎることのね。この話したよね。安定しすぎることが不安定だったっていうね。
ちょっとなんか不安定なぐらいの方が頑張って生きるぞじゃないけど、バランス取るぞじゃないけど。
そうそう、結局安定って固定だからね。
相方も猫害なんですけど、前の子が本当病院に行ったこともない元気な女の子だったんですよ。
本当に娘みたいに可愛がってたし、人間の言葉がわかるような子だったから、
その子がやっぱり外出から帰ってきたらもう亡くなってて、
そのショックで一週間ぐらいで見た目が変わるぐらい痩せましたからね。
そしたらもうこのままじゃ本当にそれこそこんな急激に弱ったら命が危ないと思って、
仕事も休めっていう時も休まないですよね。
そしたら道端で会ったんですよ、次の子。
その子が教えてもないのにご飯の位置もわかれば前の子と同じ泣き方をするっていうので、
心配しすぎてもうちょっとゆっくりするつもりが慌てて気が沸かれて帰ってきたよっていう話をみんなで知ったんですけど、
でもそれで回復しましたやっぱり。
そういうことがそれこそ本当に聞かったことがなくて何言ってんだかもしれないけど、
あるんじゃないのかなって思うんですよね。
さっきの愛しかくれないよって愛だけをくれるんだよっていう話からも。
猫話っていうか動物の話は好きないですね。
そうですよね。
18:02
レイカさんは私もう一つ今回治療してみてレイカさんだったらどうするかなって聞いてみたいことがあるんですけど、
例えばね、それこそ手術とかしなきゃいけないぐらいの重い病気っていうことがわかったとするじゃないですか。
もう本当に結構CTもしなきゃいけないとかそういう高医、なんていうんですかね。
工学医療、人間でいうところの。
工学医療もだし、高性能な最先端の医療をしなきゃいけない。
それってでも切ったりどうたりって結構動物にとってはしんどいことですよね。
それを選ぶかどうか。
金額は置いといて手術とか、動物にとってはものすごく違和感のある治療をしてでも生かすことを選ぶか。
だから私それをカイジロウの時は安楽死か肺炎で死ぬか異動かって選択3つ出されて、肺炎で死ぬのはすごい苦しいって言われて、
その時は異動を選んだんですよね。
でもその正解が分かんない。いまだに分かんない。
同じ場面になったら多分同じ選択しかできないと思う。
あの時やっぱりこうしてればよかったっていうことが浮かばないっていうか多分答えもないしね。
分かんなくて異動を選んで、
でもそれがねさっき言ったみたいに苦しませただろうとか、
ある人からはそれって逆に虐待でしょみたいなことを言われた。
安楽死させるのがいいでしょみたいな言われたりもしたし、正解分かんない。
そんなことを言う人がいたんですか。
言われた言われた。
だから犬はもう安楽死させるのが一番幸せなんだよって。
だからそれはね人それぞれの命に対する捉え方だから、
なるほどねと思ったし、もちろんそれ傷ついたというかそういう考え方もあるよね。
だからますます何が正解か私分かんないし、そんな正解分かんなくていいというか、正解ないからっていう。
でもその今のご質問に対してはもう本当にその時に考えるしかない。
全然分かんない。答えないと思う。
もし玲香さんが自分自身のことだとして最先端の治療をして、
したらもうちょっと生きながられるよどうするって聞かれた時にどう選択しますか。
21:01
それもその時だと思う。
私完全に例えば手術するとか、例えばがんになったら抗がん剤治療するとかそういうの全然否定してないから、
やっぱり今の時代に生きて西洋医学が発達してその恩恵を受けられるっていうことに対して全然否定してないから、
それ絶対ありませんとは思わないけど、でも今私健康法的なものとか東洋医学的なものとかも自分でやって、
なるべくそうならないような工夫とか体のことはやってるけど、
もしそうなったら別に分かんないな年齢的なものとかその病状とか、
切って直すぐ治るものだったら切るし、
例えば血液のがんみたいに全身転移しててもうどうしようもないですって言ったら、
抗がん剤治療するより嫁2ヶ月ならその分好きなようにやろうかって思うかもしれない。
ちょっと本当に分かんない。
その時にならないと全然分かんないけど、その時に自分が感じた命の全うの仕方を選択するんじゃない。
だから人間はいいんですよねまだ自分とか家族とか人間はコミュニケーションとれるし本人の希望も聞けるし、
自分で選択できるから。
選べるから。
動物は私が選ばないといけない。これが重いんですよ。
だから自分は楽です。
逆に自分の命とか人間の楽は楽で自分で責任、自分の責任だから自分の決断は自分で決付けっていう感じだからいいんだけど、
動物の治療の方が難しい。
もし自分が同じ状況だったら私は嫌だって思うかもしれない。
私は嫌だって思うかもしれない。
私が例えばすごく重病になってそんなものすごい手術をしなくちゃいけなくて、それでもあとちょっとなんだったら、
それはもしかしたら自分のことだとしたら選択をしないかもしれない。
だけどそれが自分と彼のことだったら選択してしまうかもしれない。
自分は嫌だと思っているのに彼には生きてほしいと思って選択をしてしまうかもしれない。
でもそれは彼の意思はないんですよね。
そこをすごくやっぱりご飯しかりで思ったんですよね。
食べたくないけど病状が軽くなるご飯とか薬をどうしても嫌なのに無理やり口の中に突っ込むのか、
24:00
吐いちゃうかもしれないけどおいしいと思うものをあげるのかっていう選択をしたときに、
もちろんちょうどバランスを取った選択をしたんですよね。
アレルギー症状がなるべく出ないものを食べてくれたから選んで、
おいしいものもちょっと食べられるように、おいしくないもの食べなくていいようにって今安定してるけど、
そういう命のギリギリのところに行ったときの選択を一体どういう基準でしたらベターなのかなっていうことをすごい考えました。
ちょっと今の話題が動物の命と自分の命っていうテーマで、
なんか気状の空論っぽくもあるけどその人それぞれの価値観とかにすごい、
私こういう話がすごい好きっていうか、やっぱり命が安心する場所を作りたいと言っているからには、
じゃあ命とは何かとか、命が安心するって何なのかとか、そういうのはもっと自分で深めたいと思っているから。
続きは次回にまた引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
25:17

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