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ふつすごBody#16 初めての入院
2026-04-03 16:29

ふつすごBody#16 初めての入院

spotify youtube

2026年4月3日 LISTENにて公開

YouTubeポッドキャスト、Spotifyポッドキャスト配信中

参照サイト

https://serai.jp/health/1123541

https://www.metlife.co.jp/products/medical/contents/hospitalization-days/

https://shisankeisei.jp/patient-research-h26-hospital-admission-period/

おたよりフォームhttps://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeAJGHl3VPU2JcpvYShK81WGSj0xV99sUOOcb-

フリーBGM「Valuation」by.zukisuzuki BGM様

 

#難病患者 #闘病 #入院 #ポッドキャスト #Podcast

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サマリー

58歳のれいさんは、持病6つを抱えながらも健康番組「ふつすごBody」を配信。今回は人生初の入院体験を語る。フリーライター時代の過労が原因で救急搬送されたが、個室で点滴を受けながらも原稿執筆を続けた。その後、大部屋に移り、様々な検査を受ける中で、くしゃみで骨折する病気や腸の内視鏡検査の辛さを経験。原因不明の微熱と血液検査の異常が続き、大学病院への転院・入院に至る経緯が語られた。

自己紹介とこれまでの入院歴
はい、普通にすごせるカラダを目指す、通称ふつすごBodyの第16回目。 どうも、れいさんです。
まず、私、れいさんのデータからお話しします。 現在58歳の女性です。
身長は標準よりちょっと背が高いです。 体重は標準よりかなり重たいです。減量中、減量中と言ってマイナス2キロ
までは減量できたんですけど、まだまだ重いです。 そして、この自分のための健康番組、ふつすごBodyを始めた当初は、
持病が全部で13個ありました。 それが5個まで減らすことに成功しております。
ただ、子宮がんが加わったので現在6個ですね。 1個増えました。
その中でも基礎疾患となるものが、自己免疫疾患の全身性エリテマトーデスです。 国の指定難病の一つですね。
30歳の時に判明いたしまして、現在当病28年目です。
はい。 検査シリーズを終えて、今回から入院シリーズです。
じゃあ今までレイさん、何回入院してきたのかというと、 現段階では9回ですね。
30歳から40歳の10年間で7回入院しています。 去年、
人工股関節置換手術で片足ずつね 手術して入院したので
2回。 合計9回ですね。
来月の入院をカウントすると10回になります。
果たして人は生涯のうちに平均して何回入院するか? これ調べました。
10回だそうです。 詳しく知りたい方は概要欄に参照したサイトのURLを載せておくのでそちらをご覧ください。
人生で平均して10回だそうですけれども、やはり高齢になってから入院回数が増える傾向にあります。
私は現在58歳。何歳まで生きるかわかりませんけれども、 統計として数字に表れているのは70歳とか80歳から一気に増えるってことですね。
フリーライター時代の過労と初入院
ということは、やっぱり現時点で10回というのは平均より多いんでしょうね。 もちろん先天性の障害や病気の種類によっては年齢関係なく入院回数の多い方も当然いらっしゃるでしょう。
個人的な感覚ではありますけれども、
現時点で9回の入院を経験していると良くも悪くも入院慣れしてしまうんですよ。
そのお話はこのシリーズの後半でお話しすることになると思いますが、今回は初めて入院した時のお話を
今から30年前ですね。
28歳になってたのか27歳だったかそのぐらいです。 当時は雑誌の原稿を書くフリーライターをやっておりました。
フリーライターに関しては21歳でライターデビューしまして、最初は音楽雑誌メインだったんですけど、
だんだんいろんな出版社からご依頼いただきまして、体調を崩した時は、あの時はね
情報雑誌の原稿もちろん音楽雑誌の原稿も抱えてましたけれども、 その頃はねもう本当に
いわゆる不摂生をしておりまして、徹夜で原稿を書いたりとかね。 寝ない食べないっていう最悪な生活をしてました。
今でもねたまに ライターに憧れてたとかなりたかったとかって言われますけど、
当時はねそういう人がもっとたくさんいて、今はもう雑誌が売れない時代ですけれども、 当時はもう本当に雑誌がたくさんありましたんで、やっぱりライターになりたいという人がたくさんいまして
弟子にしてくださいと言われて、 当時はお二人お弟子さんがいたことがありました。
お弟子さんがいるとどうなるかというと、まず私に依頼された取材をお弟子さんにやらせたりとか、
原稿はこうやって書くんだよ、テープ起こしはこうやってやるんだよみたいな、 まあそういう感じで教えてたんですけど
そのうちのね2名いるお弟子さんのうちの一人が 提案してきまして私に、結局3人で
ライター事務所ってわけじゃないですけど、 編集もできたんで私とその一人のお弟子さんは、
だから結局編集プロダクションみたいな感じで有限会社にしまして、 一時は私が代表取締役だったんですね。
でもねー そのお弟子さんお二人がこのライター業のね過酷さとギャランティーの安さにくじけて、
まあ長く続かなかったですね。 もうねこっちはね有限会社にしてお弟子さんと一緒に原稿を書けるように事務所まで借りたのに、
結局3人で回してたものが私一人だけになって、 その後始末というかいろいろと費用はかかるわ、全部の原稿を結局一人でこなさなきゃならないわで寝る時間も食べる時間もなかったんです。
正直 当時でよく覚えているのが
あのコンビニとかスーパーで売ってるあのロールパンがいくつか入ってる袋があるじゃないですか 5個とか6個とか入ってるロールパン
あれを1日1個、一袋じゃないです1日1個 原稿を書きながらかじってたことですね
だから5個入ってたら5日持つ 6個入ってたら6日持つみたいなそんな感じの食生活でした
で寝たとしても眠りが浅くて夢を見るんですよ その夢の中でも原稿を書いてて
ひらめくわけですよたまに あっこれいい表現だこれいい原稿を書けそうみたいな
そうなると寝てる場合じゃないってなりまして飛び起きてまた原稿を書くっていうね 本当に休まる時間がなかったです
そんな生活をしていたら当然具合悪くなるわけですよ
朝7時か8時頃でしたかね もうね
立ってられない 身動きも取れないほどもうお腹が痛くなって激痛ですね本当に
でも原稿は書かなきゃいけないっていう状態でどうしよう いやこれはもう救急車を呼んでで病院に運んでもらってさっさと治してもらって帰ってきて
原稿に取りかかろうってことで自力で救急車を呼んだんです その時はまだ事務所をたたむ前で自分の事務所にいまして
近くの病院に搬送されました その病院というのが消化器内科に特化した大きめの個人病院だったんですけど
救急外来があったんですね そこの病院で一通り検査したら
これは入院だねと言われまして ええええ
そんなにひどい状態だったの?みたいな そうやってびっくりしたのと同時に
これ入院したら 原稿の締め切りを延ばしてもらえるかもしれないなとか
ワンチャン代筆してくれるライターさんがいたら書かなくても良くなるんじゃないかな ぐらいに思っちゃってその時
とんでもなく甘い考えでしたけれども 結局病室で原稿を書く羽目になりましたから
点滴してるんでね だから最初右手に点滴してたんですけど
その時ノートパソコン持ってなくて
デスクトップのマックで原稿書いてたんですけど それは流石に病室に持ち込めなかったので
結局手書きで書いたんですよ 最初は右手でもちろん原稿書いてたんですけど
点滴がやっぱりこぼれちゃうんで 左手に移してもらってそれで原稿書いてました病室で
その病室というのが搬送された時大部屋に空きがなくて個室に通されたんですよ
その個室が人生で初めての入院だったから その時はびっくりしなかったんですよ
今思うととんでもなく贅沢な病室だったなと思うんですけど まずテレビカードがなくても見れるテレビが置いてありまして
しかもビデオ付きのテレビデオってやつでした そのテレビが置いてあったのが出窓だったんですよ
初めての入院部屋と執筆活動
なんかおしゃれな病室でしたね その出窓には他に電話も置いてあって
外から電話が病院にかかってくると 何室に入院しているれいさんお願いしますって言うと
病院の事務が内線でつないでくれるんですよ おかげで出版社からの催促の電話がガンガンかかってきて
さすがに安静にできないからって取り次いでくれなくなりましたけどね
当時はもう携帯電話持ってたんで 院内では使用禁止だったからかかってくると非常階段に出てね
使ってましたね その病室は冷蔵庫も完備
でしっかりしたクローゼットもありました でそんな病室だったんで
個室で一泊3万円でした 高いね
ただ急患で運ばれてきて大部屋に入れなかったからってことで 半額にしてくれましたけどそれでも1万5千円ですからね
そこに1週間はいました で最初の4日間は絶食です
24時間持続点滴のみ それこそ飲まず食わずだったんですけど点滴で栄養が取れてるし動いてないんで体重は減らないんですよ
でお腹も空かないんですけど 結局口からね何も食べてないのでなんか食欲あるわけですよ
だからテレビなんて見ようもんなら CMで美味しそうなものがバーンって出てきて
飯テロが過ぎるのでテレビ番組見ませんでした 最初のうちだけでしたね見てたのは
なのであの原稿を取りに来た編集者さんが差し入れであのビデオを持ってきてくれたり しましたね
うんまあほとんど見なかったですけどね原稿を書いてたんで 確かねなんか動物系というか動物のなんかグレートネイチャー系のビデオでしたけれども
でそうやって編集者さんが原稿を取りに来てくれる出版社はいいんですけどうん だけどもう忙しくて誰も動けない誰も取りに行けない
ファックスで送って原稿っていうような編集部は 結局そうですね最初はその病院の事務からね電話を取り継いでくれてたって
病院の事務にすいませんってこれファックスで送ってくれますかって 最初の1、2回はね送ってもらってたんですけどそれもさすがに怒られまして
結局あの当時お世話になってた携帯電話屋さんにお願いして モバイルファックスって言って携帯電話
とつないで送るファックスを送れるっていうモバイルファックスを持ってきてもらって それは院内で使えないので非常階段に出て使って原稿を送ってました
うーん なんだろうやっぱりあの
今と変わらず好き勝手過ごしてますね 初めての入院なんですけどね
あとはですね あのまあ個室の時はゴミを集めたりとかで病室を掃除してくれる人が毎日来て
たんですけどその方と仲良くなりまして 個室ってね本当に看護師さんとお医者さん以外と喋ることがないのでその
ね掃除に来てくれる人とお話ししたりとかして仲良くなったんですけどその方から なんか
遊びに行った時のなんかお土産をもらったりしてましたね 食べ物じゃなくてマグカップとかですけどそれはなぜかまだ持ってます
はい で、やがて大部屋に空きができたということで
病室を移動しました そこの大部屋が10人部屋だったんですよ
今までで一番大きな大部屋でしたね ほとんどがあの高齢者の方でした
で、 あの時ね窓際でしたねそうだねで私の向かいのベッドに入院してた
おばあさまは 骨粗しょう症のとのことで
それもねお話を伺ったらくしゃみや咳をしただけで骨折してしまうという話を聞いて もう当時はそういう病気の知識とか全くない状態だったんでびっくりしましたね
で大部屋に移ってからもなかなか退院させてくれなかったんですよ なぜかというとずーっと微熱が続いてたのと血液検査で異常が認められた認められたから
なんですけどね まあ本当にそこの病院でできる検査一通りしました
中でもね一番辛かったのが検査シリーズの嫌いな検査ランキング1位のね で紹介しましたあの腸の内視鏡検査ですね
あまりに辛かったから今でもトラウマになっています もう二度としたくない検査ですね
で結局 まあそこの病院じゃわからないと原因が熱も下がらない
血液検査の異常もね治らないということで 大学病院に紹介状を書いていただいて大学病院に見てもらうことになりまして
で結局大学病院にも入院することになりました はい
ということで次回は初めての大学病院のエピソードをお話ししたいと思います 普通に過ごせる体を目指す通称
ふつすごボディ第16回目 今回は入院シリーズの第1回目でした
最後まで聴いてくださってありがとうございます れいさんでした
16:29

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