2026年4月17日 LISTENにて公開
YouTubeポッドキャスト、Spotifyポッドキャスト配信中
おたよりフォームhttps://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeAJGHl3VPU2JcpvYShK81WGSj0xV99sUOOcb-
※写真をここに添付すると番組内で話していますが、ブログの方でまとめて掲載したいと思います
フリーBGM「Valuation」by.zukisuzuki BGM様
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
58歳の女性れいさんが、初めての大学病院への入院体験を語る。急性胃腸炎で救急搬送された後、熱が下がらず大学病院へ紹介された。当時の大学病院は現在と異なり、診察室との距離が近く、診察内容が筒抜けだった。検査の結果、原因不明の病気と診断され、半年近く入院したが、最終的に「原因:不明熱」とされ、医師からも匙を投げられた。入院中、喫煙室での他の患者との交流や、研修医とのユニークな関係性など、印象的なエピソードが語られた。
自己紹介と入院の経緯
はい、普通にすごせるカラダを目指す、通称ふつすごBodyの第17回目。 どうも、れいさんです。
まず、私、れいさんのデータからお話しします。 現在58歳の女性です。
身長は標準よりちょっと背が高いです。 体重は標準よりかなり重たいです。
もっか減量中で、マックス時より2キロ減っております。 そしてこのポッドキャストを始めた当初、
持病は全部で13個ありました。 それが現在では6個まで減らすことに成功しております。
その中の基礎疾患となるものは、自己免疫疾患の一つ、全身性エリテマ等です。 国の指定難病の一つですね。
それが30歳の時に判明いたしまして、現在当病28年目です。 今回は入院シリーズの第2回目です。
1回目は前回シャープ16、初めての入院でお話ししました。 前回までの流れとしましては、
急性胃腸炎で救急搬送された病院で、なかなか退院させてもらいず、さらに詳しい検査が必要だということで、大学病院に紹介されました。
なぜ退院させてもらえなかったのかというと、ずっと熱が下がらなかったからなんですね。
それで紹介された大学病院へ行きました。 これが自分にとって初めての大学病院です。
初めての大学病院での診察
この大学病院は2019年に完全リニューアリーしてるんですね。
私が入院してたのは1996年のことなので、現在とはまるで違うことをご了承ください。
現在は消化器内科、呼吸器内科といった感じで分かれていますが、私がかかった時は第1内科、第2内科というふうに分かれておりました。
私がかかったのは旧第1内科ですね。
当時担当してくださった主治医がこの旧第1内科の教授でした。
それでいろいろと検査をしまして、その結果を聞くために第1内科の診察室の前にあった椅子に座ってたんですね。
いわゆる仲間違い室と言われるところです。
当時診察室のドア、いわゆる扉がなくて、のれんのような布切れで遮られていただけだったんですよ。
だから診察室で教授と患者さんの会話が聞こえちゃうんですね。
今はそんなことないと思いますけど、当時はそうでした。
何人かの患者さんが診察室に入っていっては、教授が検査の結果陰性でした。
大丈夫ですよっていう声が聞こえてきて、こういう感じなんだ。
きっと自分も陰性でなんでもないんだろうなーみたいな気持ちで待ってて。
いざ呼ばれて診察室に入ったら、まさかの妖精だったんですね。
え?何が妖精ですか?え?何の病気なの私?みたいな。
もうね、巨頓状態で頭真っ白でしたね。
その時に教授が説明してくださった広角抗体という言葉がまずわからなかったし、
本当に巨頓、まさに。
それでもともと入院してた病院から大学病院に転院することになりました。
入院生活と患者との交流
まずは検査入院ですね。
現在この大学病院の一般病棟は4人が大部屋だそうで、
でも私が入院した当時は8人の大部屋でした。
確かね、病棟が12階とか13階だったんですよ、上の方で。
さらにその上にはVIP病棟があったわけですけど、
そうですね、当時は病院の外来の方にも病棟の中にも喫煙室があったんですよ。
ただこの頃私は喫煙者ではなかったんです。
当時お付き合いしていた彼氏がタバコを吸う人でお見舞いに来てくれたときに一緒に喫煙室に行ってたんですよ。
そこでその喫煙室でバイバイありがとうまたねっていう風にしてたんです。
そしたらね、その喫煙室に通う他の患者さんに話しかけられたんですよ。
もちろん彼氏とバイバイした後に、
彼氏くんいい男だねみたいな風に声をかけられまして、
はいみたいなやり取りをしまして、そこから喫煙室で他の患者さんとの交流が始まったんですよ。
そしたらここは一般病棟の最上階で難しい病気の人ほど天に近いんだよみたいな話になって、
えーって思ったんですよその時は。
確かに私が入院していた病棟は難病の患者さんばかりで、
喫煙室で交流するようになったおっちゃんたちはがん病棟の方々だったんです。
だから当時はね、あながち嘘じゃないかもしれないって思ったんですけど、
まあ偶然なんじゃないかなって。
都市伝説になぞらえば患者さんの間でささやかれていた病棟伝説といったところでしょうかね。
でもね実際にその喫煙室の御常連でがん病棟の患者さんが来ない日があって、
で同じ病棟のおっちゃんにあの人どうしたの今日来ないねって聞いたら、
ああ彼は昨日亡くなったよってね。
いやそれは当たり前ですけど、
入院病棟っていうのは生きるために治療する場で死と隣り合わせっていう環境なんですよね。
で、その喫煙室の御常連はね、どなたかが亡くなるとお線香の代わりにタバコ一本を灰皿に立てて弔ってたんです。
でそれをやってるおっちゃんが言ってましたけど、病院食っていう同じ皮の飯を食った専用だからねって。
で同じ病気をね戦う当病者として亡くなったらタバコをお線香代わりに一本ね献上して弔うっていう。
そういう姿を見て私もそういう弔い方をしたくなってタバコを吸うようになったんです。
まああの去年の手術で全身麻酔のために禁煙してそれ以来吸ってませんけどね。
チーム医療と研修医との関係
それとこの病院ではチーム医療でした。
外来では教授が担当医でしたけれども入院中はリーダーのドクターと中堅のドクターとそして研修医という3人のチーム医療でした。
でこの中のね研修医君がね最初本当に好かしたやつで嫌いだったんですけどなぜかだんだん仲良くなりまして入院中に。
チームリーダーのね担当医が私の病室に来て、
「レイさん研修医君知らない?」って聞いてくるぐらい仲良くなりましたね。
何だったのかちょっと今でもよくわからないんですけど。
そしてその研修医君が点滴も注射もびっくりするくらい下手くそでよく言い訳してたんです。
レイさんの血管僕が刺した針から逃げるんですよみたいなね。
知らないよそんなの。
それで最高ね1回の点滴で38回刺されたことありますね。
つるっと血管が逃げるからって何回も刺されて38回が最高かな。
これね当時のポラロイドが残っているので間違いないです38回っていうのは。
今だとスマホで簡単に写真撮れてしまうし撮った写真をねSNSに上げたりできるんで
病院内とか病棟での撮影は基本禁止です。
基本禁止です。
病院食とかね差し障りのないものだったらOKだったりします。
それぞれ病院によってどこまでっていう線引きがはっきりしてないと思うんですけどね。
本当に病院とか病棟内っていうのはかなりセンシティブな空間なので撮影禁止はわかるんですけれども
30年前に入院したこの大学病院ではポラロイドならOKでした。
今ならねチェキになると思うんですけどその場で写真になって
それで余白に名前とか住所とか電話番号とか書いて患者同士で交換してたんです。
今も手元にありますけど。
これあのポッドキャストでは写真はご披露できないですけど
ホストとして利用しているリッスンでは写真添付できるので何枚か載せたいと思います。
ちょっとねお顔とかはモザイク入れますけど。
名前とかもねモザイク入れますけど。
まあ私が注射怖くなくなったのはそのケンシュイ君のおかげかなとも思いますね。
全然針が刺さっていくところからずっと見ていられますから。
このケンシュイ君と喧嘩するとケンシュイ君が別の注射上手なケンシュイ仲間を連れてきて点滴してもらってましたね。
自分でやれよと。
私とお話したくないから喧嘩すると他のケンシュイ君を連れてきたんでしょうけど。
特殊検査と患者の言葉
だけどルンバールっていう骨髄栓子っていう脊髄の中の髄液を採取する検査をしたときにケンシュイ君がやることになりまして。
その時のリーダーの担当医とのやりとりでゾッとしましたね聞いてて。
ケンシュイ君さルンバール初めてだろ?
はい初めてです。
レイさんこれケンシュイ君からお金もらっていい奴だよって笑うんですよ。
いやいや笑うとこじゃないでしょ。
冗談にしてもきついですよ。
大丈夫なのそれって。
その時に思い出しました。
大学病院っていうのは学ぶところで患者は実験モルモットみたいなもんだって言って患者さんの言葉を思い出したんですよ。
無事ルンバールが終わったんで良かったんですけどその後リーダーの担当医が何て言ったかっていうと
ケンシュイ君注射は下手だけど骨髄選手上手いじゃんって言ったんですよね。
怖い怖い。
後にマルクっていう胸の方の骨髄選手もケンシュイ君がやりました。
実験台だね。
原因不明の病と絶望
他にこの大学病院では厚生物質のアレルギーで穴引きらしいショックも経験しましたね。
入院してるのに薬で殺されるかと思いましたね。
なんだかんだと可能な限り検査をしまくって
すいません今日はちょっと喉の調子が悪くて申し訳ないです。
なんだかんだと可能な限り検査をしまくって中には保険適用外の高額な検査もしました。
半年近く入院してましたね。
でも結局原因はわからなくて病名は不明熱とされました。
最後にリーダーの担当医と中堅ドクターとケンシュイ君が三人揃って頭を下げて
あなたの病状わかりませんとサジを投げられました。
もし希望があれば紹介書を書きますよと言われたんですけど
希望も当時は何もわからなくて完全なる絶望でしたね。
どうしたらいいんだろうって本当にわかんなくて
一時退院が決まった時に同じ時期に退院する交流のあった患者さんに誘われて
次回の予告
一緒に行こうよって別の病院、診療所なんですけどそこに行くことになります。
この最初の大学病院の入院が本当に印象的なエピソードばかりで
正直話し切れてないんですけれども
次回は患者さんに誘われて行った別の診療所そこから再びお話したいと思います。
普通に過ごせる身体を目指す、通称フツスゴボディ第17回目
入院シリーズの第2回目でした。
最後まで聞いてくださってありがとうございます。
レイさんでした。
14:56
コメント
スクロール