台風との日常
しまチャンネル始めます。しまチャンネルは愛媛の離島で柑橘農家をしているふるのが日々のこととか美味しいもの、柑橘のお話をするチャンネルです。
今日は今までに経験がない台風って言われている台風14号が今まさに通過中です。 今は14時ぐらいなんですけど、思ったほど雨は多くなくて風がちょっと強くなってきたかなってところです。
通過した後の吹き返しの方が強いかもしれないのでまだまだ油断できないですけどね。 皆さんのところも大きな被害が出ませんようにお祈りします。
本当に無事でやり過ごしたいですね。 さて今回は日々のことシリーズです。
今日はこの2年と少しで一番私自身が変わったなぁというところについてお話しします。
一番変わったところ、それは家族関係。 具体的には私と親との関係というか、私が親を見る親に対する思いとかそういうのが一番変わったように感じています。
つい先日読み終えた吉本バナナさんのエッセイの新しい考えっていう中にこんな一節がありました。
読み上げますね。 人って結局失敗も成功も不平不満も何もかも自分の幅でしかないんですよね、一生。
そもそも親に植え付けられたこんな感じでしょうみたいな基準があって、そこから出るのも一苦労なので、その先の自分を広げていくのはなかなか難しいんだと思います。
だからこれだけたくさんの自己啓発書があるんでしょうね。
正直、この一節を読むまでは超個人的なことだからお話ししなくてもいいかなと思ってたんですけど、この一文がすごく実感として重みがあって、すごく気にかかったというか何度も何度も思い出してたので、
この話は自分のためにしようかなと思って思い越しを上げました。
なんで思い越しかというと、うまく言葉にできる自信がないところだったからなんですけどね。
収納するまで私にとって両親ってどこまでも親っていう存在だったんですよ。親っていう生き物っていうのかな。
生まれた時からずっと変わらない親っていう人たちなんですよね。
それがね、私の主人という他人と一緒にここで収納して働くことになったからだと思うんですけど、
親っていう生き物を一人の人として、あるいは一生産者として、あるいは一人の男性女性として見えるようになってきたんですよね。
多分これが私一人で収納していたら気づかなかったことだと思うんですよ。
他人である主人がいるから、フラットになるというか、
なんかこう血縁の甘えみたいなものがなくなるというかね、なくなるとはちょっと違うんだけど、
なんかそういうのをすごく気づきやすくなって、なんかここはなんだか矛盾してるぞとか、意外とこの人短気だなとか、
それはダメでもそれは許せるんだみたいな、今まで私が知らなかった個人としての父と母の姿が見えるようになってきたんですよね。
そこでね色々と変わったんです。それは当然なのかもしれないんですけどね。
っていうのは、私の根本的な人間性って親が作った家族っていう集団の中で育まれてきたもので、
例えば私の主常識ってある意味では親から教わった常識なんですよね。
それ以上にも多くの私っていう人間を形作る前提みたいなところ、
先に引用したバナナさんの、そもそも親から植え付けられたこんな感じでしょみたいな基準っていうのがあるはずなんですけど、
その部分が客観的に見えてくるようになったわけなんですよ。他人と一緒にいることによってね。
新たな挑戦の意欲
そこから出るのも一苦労ってバナナさんは書いてるんですけど、それ以前にそのこんな感じでしょっていう基準、枠とも言い換えられると思うんですけど、
その枠自体に気づくことがまず一苦労だと思うんですよね。あまりにも自分すぎてわからない、そんな感じ。
私は18歳で家を出て一人暮らしした時に、うちの常識が世間の常識じゃないんだってことは実感したんですけど、
それってすごく表面的なことなんですよね。 今回はそれよりもずっと奥の方にあって、人格の根幹部分っていうのかな、
ちょっと大げさかもしれないですけど、そんな部分が見えてきたりグラグラと揺らいだりしたわけなんです。
こういう経験から、私は自分がいかに父はこんな人だ、母はこんな人だって決めつけていったのかもわかったし、
それがわかったことで両親に対する態度が変わったと思うんですよね。
父はこういう人だからって、妙な矛盾しているところをなあなあで許したり、
無意識にしてるんですけど、母に対してもしてるんですけど、そこはちゃんと言わなきゃいけないんだっていうところが出てきたり、逆に
私がなあなあで泣かそうとしているところも、これはダメなんだ、こういうのは
家庭の中では良くても、私は一生産者としてそれはダメなんだ、みたいな部分が気づいたりとか、
あと、自分に対してもこういうことするのは私らしくないとか、私の柄じゃないとか、そんな変な決めつけも取っ払えていけるようになったと思うんです。
このおかげでいろんなことに素直に挑戦できるようになったし、
下手なりにやろうっていうものを、下手だからやめとこうっていうのがめちゃくちゃ多かったんですよ、今まで。
でも何でも最初は下手なもんなんですよね。それを隠れて練習したりもするけど、練習もやっぱり頑張れないんですよ。
一人だとね、弱い人間のもので。でもそういうところも下手なりにできるようにしようって頑張れることが増えてきたんじゃないかと思います。
こういうことを思ってて、言葉にしようとしてて思ったんですけど、私が親に対してこういう人だって思い込んだままで、今まで来たこと、収納するまでの40年ぐらい思ってきたことって甘えだったんだなって思ったんです。
そういうことにしとく方が楽だったはずなんですよね。
1個1個を問い正さなくていいというか、自分の中でね、問い正さなくていいし、親の言うこともなあなあで聞いてても、相手も憎しんだから、この子こんなもんよねって許してくれるし。
だけどそれだと結局ね、親の作った枠の中から出ないってことになるんだと思うんですよね。
だから、でもそれってあまりにも、生まれてきてからずっとそうだから、あまりにもわからないことなんだけど、完全にその枠の外にいる人、他人である主人という存在がいたから、この枠の外に引っ張り出してもらえたんじゃないかなって思いました。
ちなみにバナナさんの引用した一節の最後は、だからこそたくさん遊びましょうと書いてます。遊ぶことだけが枠を大きくしたり、枠の中を深くするんですからって書いてます。
親とか世間体とか、もうその他諸々全部関係なく、自分が本当に楽しいって思えることを追求することが、その窮屈なんだけどめちゃくちゃ居心のいい枠の中。
そこから出させてくれるというか、その枠の外に出させてくれるということを書いてるんじゃないかなと思います。
なかなか本当に生まれ育ってきたところっていうのは、当たり前感っていうのは、本当他人から何か言われないとわかんないんですよね。
家族間の暗黙の何かみたいなのとかね。
でもそのぬるま湯にずっといる以上は、親の被害から出てないと言いますか、自分の判断で生きてないと言いますか、
まあひるがえって自立してないっていう言い方ができるのかもしれないけど、そういうことも考えさせられるような出来事だったなと思います。
今現在もね、母がご飯を作ってくれたら、素直にありがとうございますってもらって甘えてるんですけど、私と母は別の人間なわけだから、
母とは違った形で親子育もしつつ、父にも親子育をしつつ、仕事も暮らしも充実していけたらなって思います。
ちなみにね、これ気づいたことによって、びっくりしたこととか、思い直したこととかもあるし、当然失望したこともあるんですよね。
自分がもうすごい買いかぶって、親に対して買いかぶってたとか、逆に自分も買いかぶってたとか、いろいろあるんで、
本当もういいことだけじゃなくって、知らなきゃよかったなーみたいなこともあるんですけど、でも今はそうじてその経験すごく良かったと思います。
というわけで、今回はこの2年と少しで一番自分が変わったことっていうことをお話しさせてもらいました。
ちょっとね、漠然としてるっていうか、概念みたいなところが多くて、分かりにくかったかもしれないんですけど、最後まで聞いてありがとうございます。
では次回何を話すかまだ決めてないけど、とりあえずまたねー。