そんな一ノ瀬さんに今日はベスト3企画ということで、
いろいろ聞いていきたいんですけれども、
今日は実は居酒屋談義的なノリということで、
実際に2人も飲んでいきたいと思いますので、
まずは乾杯させていただきたいと思います。
スパークリングをちょっと履けて、音が出るかな、これ。
いいですね。
これで天井に向けて。
じゃあ一ノ瀬さんから。
おー。
出ましたね。
結構音ました。
僕は発泡師で、いつもお世話になっております。
札幌ゴールドスターでございます。
私はスペインのカバブルットですね、これね。
いいですね。
じゃあよろしくお願いします。
乾杯。
乾杯。
そこそこ辛くておいしい。
いいですね。
私もいつもの味でおいしいです。
さあ、ではですね。
実は今日一ノ瀬さんには、
ベスト3というよりも厳選に厳選をしていただいて、
ベスト2ということで、
一ノ瀬さんのお世話になられた方をご紹介いただくんですけども、
ベスト2ですので、ちょっと2に入る前に、
一ノ瀬さんに都市環境学とは何ぞやとか、
その業界のことを少し色々とお話し聞けたらなと思うんですけれども、
都市環境学ってそもそもどういった科学になるんですかね。
環境学って言葉自身がすごく日本では新しい気がするんですよね。
しかもご都合主義な感じで、
何をやってもですね、環境学という看板に落とし込める印象があると。
だから相手が環境学でと言ってきた時に、
実は何ですかっていう聞き方ができるんですよね。
あなたの本当のバックグラウンドは何?
ゼロからいきなり最初から環境学をやったわけじゃないでしょうと。
我々の世代はほぼそっちで、
元の羊ってやつがあるわけですよ。
ですから私が都市環境と名乗ってるのも結構ご都合主義的なところがあって、
本当はそれを看板にして、
実際にやりたいことを何とかやりつなぐという感じのところがあります。
ですからリスナーの皆さんのご想像の通りでいいんですけれど、
私自身はむしろ都市というテリトリーの中で、
地面から上の、なおかつ我々の生活に関係する自然の要素。
そうするとだいたい温度の話だったり、風の話だったり、気象の話だったり、
大気環境、空気の質、そういったところに集約されるのかなという気がします。
なるほどなるほど。
実は一ノ瀬さんと交流させていただいているユニットで、
去年の秋口に長野県にフィールドワークにご一緒させていただいたんですけども、
そのときにドローンに熱赤外線のカメラを搭載して、
上空から地表の温度マップを撮影するというのをしているのに
ご同行させていただいたんですけど、
観測自体はすごくシンプルなんですけど、
一ノ瀬さんの視点で見ているものっていうのが、
土地の文化だったり、そこで人がどう暮らしているかだったりとか、
すごく総合的な、すごく包括的な分野なんだなっていうのを改めて感じたので、
一ノ瀬さんが言ってらした、どのようにもできるというか、
自分のやりたいことに持っていけるっていうのは、
自分の視点というか、主眼をどこに置くかっていうので、
いかようにもできる分野なのかなみたいなのをすごく感じました。
まさにね、実際にその研究をやってる人がどこの出自か、
どこから出発した人なのかで、
おそらくその研究のあり方っていうのは違ってくるはずですよね。
先ほどのテーマでいうと、地球物理的な分野から、あるいは気象学そのものでもいいんですけど、
そこから出発した人たちが、おそらく文化とか歴史とかっていうところに注目するっていうことは、
なかなか期待しにくい部分っていうのはあるだろうと。
もう一つは、建設工学、土木建築系でまさにそういうテーマをやってる人もいるんですけれど、
彼らは彼なりに、もうちょっとグローバルなってかね、
広域の視点で物を考察するってことはなかなかしない。
あくまで家一軒とかね、対象地区だけの話を考えたりとか、
っていうところに行っちゃうのかな。
私はたまたま、よく言えばいいとこどりで、どっちの視点も持っていた。
それが、どっちの視点も持つことが許された分野がまさに自然地理学。
いわゆるもう少し、工技でいうところの人文学的な視点も含めた、
地理学の視点ということになるのかなと思います。
なるほど、なるほど。すごく面白いお話です。
もしかしたら後ほどお話にも出てくるかもしれないんですけれども、
スケールの問題っていうんですかね。
ミクロというか小さな世界から、もっと地球規模の世界、スケールだったりとかっていう、
規模感って結構大事なものですよね、すごく。
人のスケール、それから建物のスケール、山のスケールというか、
どんどん大きくなってたりすると思うんですけれども、
その辺の住み分けっていうんですか、どういった人たちがいるみたいなことって、
やっぱり分野の中でもあるんですかね。
そうですね。
純粋に建築の人に、まさにそういう大気環境とか熱環境とかっていう視点で環境を語らせると、
日本は編成風が吹いて、それに合わせて町の設計をやってると。
もうそれだけなんですよね。それより細かいことはほぼ言わないっていうか、
多分そのくらいしか考えてないっていう人もいたりするわけですよね。
あるいは、やっぱりこれ建築の人に言わせたら、
ヒートアイランド都市の初熱の問題っていうのは地球環境問題でありますと、
ようなことをのたまってた先生もいました。
はい。
いや、我々も一番そこを避けたいんですよ。スケール全然違うじゃんっていうことで。
いつもそこを気をつけて避けてるのに、乗っけからそれをスパッとイコールですと言われちゃったらもう切り替えしようがないですよね。
っていうくらいのことはいくらでもあります、普段。
もちろん30年前と一緒じゃないからね。
今日それをいまだに言ってたら恥ずかしいと思ってほしいんだけど。
確かに、国々と変わっていく環境ですもんね。
すごい面白いですね。
いや、今日2人って言っちゃったんですけどね。
ディスっていいんだったら3人とか4人とかっていうパターンがあったんだけど、
それちょっとやったら怒られちゃうので。
わかりました。ありがとうございます。
なるほど、すごい面白いうちで。
もちろん実地でいろいろ観測されたりっていうところがありきのいろんな視点だと思うんですけども。
早速なんですけれども、ベスト2からお話を聞いていきたいなと思うんですけども、よろしいでしょうか。
はい、どうぞ。
はい、じゃあ第2位をお願いいたします。
直接の指定関係ではないほうの先生からお話ししたほうがいいですかね。
いや、今のまさにね、私の専門にはむしろ近いんですよ。
筑波大学の名誉教授で、国連大学とかでも役職やられた方で、
かなり国際的には有名な方なんですけども、
吉野正俊先生。
もう10年くらい前に亡くなられたんですかね。
業界では皆さん知ってるというか、とても有名な方です。
著名な仕事としては、スモールスケールクライマトロジーって言ったらいいですかね。
小さいスケールの気候学。
なるほど。
っていう内容の本。
さっきのお話でいうスケールで言うと、一番ちっちゃいところってことですね。
もちろん彼はそのスケールだけじゃなくて、
もっといろんな極東スケールとか、ユーラシア大陸のスケールとかっていうレベルの論文を書いたりはしてますので、
基本的なことは全部できるはずの方でした。
吉野正さんがベスト2に挙げられた一番の理由みたいなものって。
もう諸手で万歳というかですね、
たたえてただけの人ではもちろんなくて、
やはり都市環境の話に対しても、
気象学の人も地理学の人も建設工学、土木建築の人も農学系の人も含めて、
いろんな分野の人がやってたわけですよ、かつて。
もう地球環境の時代は1990年代からなんだけど、
それ以前の段階でいろんな分野の人が実際に同じテーマをやっていたという状況だったんですよね。
その中でもジオグラフィー、地理学、自然地理学は一番歴史が長いという自負が、
我々含めてジオグラファーにはあったわけですよね。
実際にそれはローマ時代に遡るなんていう言い方もできるんですけれど、
セネカの同時代の方かな、
ウィトルビウスっていう学者がですね、
ローマの気候について非常に正しく分析してるというかね、
人が密集して、人工的な環境の中で密集してる。
当時だったら今のような化石電力をガンガン使うっていう時代じゃないんだけど、
そういう状況だから環境が悪い、当然悪い、
ようなことを書き残しているわけです。
おそらくそれが歴史上一番最初に都市の大気環境について書き下された文献、
ステートメントと言っていいだろうというところを彼はよく引いてらっしゃったというところで、
もちろんその類の教授というかは、
うちの分野の先生たちはみんな持っていたわけですよね。
ところが環境そのものが研究も含めてブームになってくると、
特に光学系っていうのは割と新山というかですね、後から入ってきた人たちってことになるんですが、
彼らはそういう歴史的なところを変えりみずにですね、
自分たちが差も発見したかのような書き方でいろんなものをパワフルに出していた時期があってですね、
そういったところに対しては彼は徹底的に批判してました。
すごく歴史の中での立場みたいなものを客観的にも見つつ、
鋭い視点で先を見てたってことですよね。
私もだから結局は自分の研究を続けるために、
理学系を一旦離れて光学系の方に身を置いてっていう時期があって、
まさに吉野先生にお目にかかったのもその時期ではあってですね、
何言ってんだいっていうところがあったんですよね。
ちゃんと世の中に影響力を与えられるような発信をしてこなかったあなたたちに責任もあるんじゃないのと、
いうふうなことを言いたくなった時期もありました。
当時は私はまだ30代になったばっかりくらいの若造だったんですけれど、
その時に吉野先生はもう筑波大退官されたギリギリくらいの時だったんですかね。
っていう感じで、そういう印象を持っていたんですけれど、
やっぱり吉野先生はうちの分野、うちの分野っていうか、
ちょっと私も立場がいろいろあるので、あえてうちの分野って言っちゃうとですね、
うちの分野では一番、工学の方面に対しても背を向けない方だった。
ちゃんと向き合って対話した方だったなと。
それはもう最初から私は気がついていました。
なるほど。お話だけで器の大きな方っていうのがすごく伝わってきますね。
僕は今回この企画で吉野先生のことをお聞きしたときに、
ちょっと本を一冊読ませていただいたんですけれども、
すごく風を一つキーポイントに、気象と土地をいろいろと分析していらして、
すごく視点も面白いですし、言葉がすごくわかりやすい。
僕みたいな素人でもすごくわかりやすく書いてくださってて、
読み物としても面白いっていうのは、
すごく研究者として伝えなきゃいけないっていうのが感じましたね、本から。
まさにそういう書き方ができるっていうのは、
まさに自然地理学の強み、地理学の一部である自然地理学の強みだと思って。
純粋に気象学の方でやってた先生だと、これなかなか書けないと思うんですよね。
なるほどね。
まして建設工学、土木建築の方でも同じことをやった人たちは、
おそらくそこまでの考察には至れないのではないかなと思います。
ただね、地理学でまさに吉野流というか、吉野流ではないんだけど、
同じことを掘り下げてきた人たちはそれなりにいるんですけどね。
彼ほどのスケール感というか、厚みというかを、
パフォーマンスというかを出してこられた方はほぼいないと思って。
そうなんだよね。なるほど、なるほど。ありがとうございます。
そしたら第1位のほう、お話聞きたいかなと思います。
じゃあ一ノ瀬さんが選んだ第1位は教えてください。
これは直接の恩師になるんですけれど、
分野としては都市というよりは機構学全般ということになりますかね。
鈴木秀夫先生、彼も15年ほど前に亡くなったんですけれど、
私の学部時代の恩師になります。東大の理学部の、
今現在は学科としてはもう残ってないんですけれど、
地理学教室というところですね。
鈴木先生を今回1位に選ばれた理由というのは、
一番大きなところはどういったところだったんですか。
先ほどお話したように私は学部はそこにいたんだけれど、
大学院以降はそこではこの研究を続けていくモチベーションはあったんだけれど、
サステナビリティが不安だったと思って、
大学院そのものが非常に入るのが激戦の時代と、
大学院重点化いずれですから、
私の先輩もボコボコ落ちてて、同期も落ちてたりということで、
私は先に確率の高い工学系のほうを受けて、そっちに合格をもらったので、
そこでスピンアウトしちゃったんですけれど、
ただテーマ的には地理学教室の4年、学部生のときにやってた、
センスをずっと引きずって今日に至ってると。
むしろ工学とは何ですかって私が聞かれたときに、
喫水の、最初から学部から工学部に行った人のようには、
意外と答えられないのかもしれないなと思うんですよ。
いつも発想は理学部の発想で、しゃべっちゃってるところがありますね。
そんな感じで、まさに気候学といっても、
もう少し都市よりは少し広い中部地方とか、そういったスケールの卒論を書いたんですけれど、
そこにちょっと大挙戦の話と絡めたりという意味では、
もうその時点で少し工学的な問題解決型のセンスを持っていた。
ですからなかなかその路線でいくと、
なかなか理学部ではやりにくかった部分はあったのかもしれません。
というのと、彼自身がもうその時期に50代でいらっしゃったんだけれど、
ほぼ自然地理学、気候学というよりは違うことをやっていらっしゃったという方で、
そこにもまたスケールの大きさとか面白さを感じざるを得ないんですけれど、
なんとなく人文地理のようなテーマを熱心にされてたんですね。
例えば世界の言語を調べてきて、数字のことか犬とかですね、
身体の一部分の歯とか、そういったものがどこの言葉では何というのかっていうのでマップを書いてみた。
そうすると彼が一つ気がついたのは、
地球の上の空間は連続してるわけなんですけれど、
ある時期にできた言葉が人と一緒に移動していって、
移動した先でまた違う言葉に変わってっていう変化を紡いでいったわけなんだけれど、
それが結局地図を書いてみる、マップを書いてみると、
まさに人の移動と文化の移動、言葉の移動といったものが読み取れるっていうことを言ったんですね。
古いものほど周辺に、
柳田邦夫とかも言ってますよね、同じようなことをね。
カタツムリに下牛論っていうかなぞらえて。
それから新しいものが後から落ちてくるというかね。
これまさにアフリカから人類がヨーロッパに広がってみたいな話とほとんど似たような話なんですけれど、
言語においてもそういうものが読み取れるってことを彼は本に書いてたりするわけですね。
なるほどなるほど。
それってやっぱり、ご自身が気象学をやっていらして、
そういった土地どちの気象の特徴なんかを調べていく中で気づかれたことというか。
そのもう一つがですね、その人が動いたっていうトリガーが結局気候変動。
ここがもうちょっと暑くて寒くて、住みにくくなったからっていう。
そういった歴史とも重なってるっていう。
なるほどなるほど。すごい面白い。
もう一つ加えると、そこに彼は宗教を加えてですね、
森林の志向、砂漠の志向っていうタイトルの、今回読まれた本とは違う、また有名な本があるんですけど、
そちらの方もですね、結局は気候によってね、
人のグループがたどり着いた地域の気候が、その人たちの宗教にも関係してるというか、
非常に砂漠のような厳しいところでは、一神教的な世界が広がって、
日本を含め鬱蒼とした森林資源に囲まれたような地域ですと、多神教の世界になると。
なるほどなるほど。
っていうような話まで出てきたりするわけですよ。
なるほどなるほど。でもそうですよね。
宗教ってまさに、人がその土地で紡いできた文化が織り出してるものなので、
まさにそういった影響っていうのは出てきますもんね。
面白いですね。
じゃあやっぱり、西洋的なキリスト教、それから東洋的な仏教みたいなものの違いっていうのは、
そういった自分たちが住んでいる環境っていうのも大きな一つの要因というところを見つけられたっていうことですよね。
その考え方自身は一種の環境決定論っていう名前で、
高校の地理なんかで、社会科の地理なんかで出てくる話で、
まさにこれは環境決定論ですと彼はおっしゃっていましたんでね。
なるほどなるほど。すごく面白い視点ですね。
同級生と組んでいるユニットワークでやった作品で、
気候の引っ越しプロジェクトっていうのをやったことがありまして、
どんなことをしたかというと、東京とオーストラリアのシドリーに拠点を一ヶ所ずつ作って、
東京の夏の気候をオーストラリアの南半球の冬になるんですけど、
引っ越しさせるっていう、東京で温度と湿度と明るさ、焦度を測って、
そのデータをリアルタイムにシドニーのギャラリー空間に再現をするんですけど、
それが家電、ヒーターとか、加湿器とかライトとかを使ってアナログに再現していくんですけど、
向こうの方の反応で面白かったのが、東京の高温多湿な環境っていうのは、
経験したことない人が多くて、本当にクレイジーだって言ってました。
君たちはこんな夏を過ごしているのかと。
向こうの方にとっては夏といえばカラッとしてて、ドライな夏だと思うんですけど、
肌で感じる、フィジカルに感じるものって、その人の文化的な思想とかにも、
やっぱり大きな影響を与えるんだろうなみたいなのは、そのときいろいろ話して気づきましたね。
ヨーロッパ人が考える緯度方向の気候の変化っていうのがまさにそれで、
いわゆる東アジアでいくと、最初に北極に近い方が寒帯があって冷帯があって、温帯があって湿潤で、
熱帯があって熱帯っていう順番でじわじわと変わってるわけですよね。
一回もそのカラッと乾いている状況が生まれてこないんだけれど、
ヨーロッパから地中海を経てアフリカに至る線でヨーロッパ人が考えているので、
いわゆる湿潤の温帯っていうもの自体が、彼らは経験し難い部分がある。
比較的過ごしやすい温帯の南側っていうのが乾燥気候なんですね。
これがヨーロッパ人の一般的な理解になるわけです。
そういったことも、我々からすると実際に行ってみないとわからないことですし、
あれだけ考え方や価値観が違うっていうのは、我々にはわからない体感があってっていうのがあるんでしょうね。
っていうのはなんとなく感じましたね。
研究分野で、僕らのコアな研究で解決策を示せって言ったときに、
ヨーロッパ人の研究者と我々で提示するものが違っていて、
ヨーロッパっていうのは、湿潤の温帯から連続的に熱帯に至るっていうラインではないので、
常に湿度との戦いになってしまう。
ヨーロッパの場合は、暑くなってくると逆に乾いてくるので、
風通しさえ、日差しを遮って風を通してやれば、大体の問題解決しちゃうんですよ。
砂漠で40度くらいのところに1週間くらい毎日過ごしても、毎日25度くらいの間隔でいると。
これはタクラマカン砂漠で体験したんですけど、
だいたいそれですから、そんなに問題が深刻になり得ない。
ただ、東アジアの人に比べるとヨーロッパ人は割とその辺が、体がナーバスにできてるのか、
昔の2002年のワールドカップでヨーロッパ人がゴロゴロと負けていったんだけど、
たぶんあれはそのせいかなと思ったりしてるんですけどね。
そうですよね。でも今聞いて、40度か25度に感じるってやっぱり、湿度ってちょっと息苦しいですもんね。
そうですね。
やっぱりその辺も大きいんでしょうね。面白いですね。
逆に東アジアって対策難しいんですよね。
日差しを遮って風を通しただけだと、湿度の問題に対応できないので、なかなか大変ですよね。
そうですよね。湿度、一番厄介ですもんね。普通に花瓶対策とか。
あとインドアだとエネルギーをかけて、強制的に熱水、物質を運び出すようなことを実際はやってるわけですよ。
インドアからアウトドアに向かってね。
なるほどなるほど。すごい面白い。
実は湿度というか霧の、自身も霧を使って作品を作ったりするんですけど、
いやー面白いですね。
結局気がついたら、私も彼の鈴木先生のそのまさにそのくらいの年になった時に、
アジアも含めて世界中あちこちこう引っ張り出されていくようになったんだけど、結局やってることがだんだん似てきたというかですね。
私もまあ仕事でいろんな言語を使って、実際に仕事で使っちゃったりってことをやるんだけれど、
専門よりもそっちの方を面白く感じるような時が出てきてしまったりっていうところに至ってしまいました。
もう本当に、何カ国語なんですか?8カ国でしたっけ?
仕事で使ってるってみては、日本語と英語を数えないっていう私ルールでやってるので、
第二外国語のドイツ語と第三外国語でやった中国語っていうだけなんですけれど、
なかなか一人で出張したときに不便ですから、生活くらいはできるようにってことで、
韓国語対語、最近だと台湾語とか、台湾語って福建語ですね、つまりね。
フランス語も40年かけて入門編は突破したりとかですね。
っていうような感じで、生活言語って意味では8カ国語は使えるんじゃないかなって感じです。
というわけで、実はお二人に共通するバックグラウンドっていうのが、
ドイツに留学されたっていうことで、ドイツ語でも研究成果を出していらっしゃる。
私は二国間の集会でドイツ語でスピーチされてる場面を最初に目撃して、
それでその次の年僕留学したんですけど、
以来ずっと真似をしてというか、夜の宴会くらいはドイツ語でスピーチしようって感じで、
実践してきましたね。
えー。やっぱその環境、気象学、気候学をされてる方っていうのは、
すごい広く言えば生活そのものが自身の研究っていうんですかね。
スタンスとして、話す言葉もそうだし、
食べるもの、飲むもの、どんなところに住むかっていうのが、
まさにお自身の研究にもつながっていくっていう意味では、
すごく人生そのものが研究のように感じる。
少なくとも地理学者はそうあってほしいなと思うんですよね。
環境学者も理想を言えばそうなんですよね。フィールドワーカーっていう意味では。
ところがね、時々私は方向音痴ですとか、
グルメに興味ありませんとかって言ってる人もいるので、
ちょっと恥ずかしいなと私は、勝手に卑怯させてもらってますけど。
説得力って言葉知ってるって、言ってみようかって感じ。
なんかちょっと今度特別編で、