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【ほどけるラジオVol.05】都市
2026-05-15 54:49

【ほどけるラジオVol.05】都市

てつともりもの、ほどけるラジオVol.5のテーマは「都市」


都市と田舎という二項対立ではなく、地域にはさまざまなグラデーションがある。機能面だけではなく、歴史や文化、記憶など、地域には人をバインドする「何か」がある


あなたの住んでいる地域はどうでしょうか

感想

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サマリー

今回の「ほどけるラジオ」では、「都市」をテーマに、都市と田舎の二項対立ではなく、地域に存在する多様なグラデーションについて掘り下げています。パーソナリティのテツさんと森本さんは、それぞれの都市や田舎での居住経験を語り、都市の魅力や、人が集まることによる交流のあり方について考察します。都市には人が多い一方で、必ずしも深い繋がりがあるわけではなく、孤独を感じる可能性も指摘されます。また、地域に人を結びつける「何か」として、歴史、文化、記憶の重要性が語られ、特に「ゲマインシャフト(共同体)」と「ゲゼルシャフト(機能的な集団)」の概念を通して、地域における人間関係の変遷が論じられます。さらに、移住者や外部からの視点が、地域の伝統や記憶を再発見し、次世代へと繋いでいく力になる可能性についても触れられています。最終的には、都市と田舎という単純な二分法ではなく、それぞれの地域が持つ独自の歴史や文化、人々の繋がりが、その場所への愛着や「バインドするパワー」を生み出す源泉であることが示唆されます。

オープニングとテーマ「都市」の導入
はい、始まりました、ケアラジです。ということで、今日は僕のロックをしたの、この方に来ていただいております。
はい、森もです。よろしくお願いします。 お願いします。
いやいやいや。 お久しぶりの【ほどけるラジオ】ですね。
そうですね。 前、いつやったんか、毎回忘れちゃうんですけど。
そう。 事前に見ときゃいいものを。 そうっすね。
どうでしょうか。 前回は、3月か。
あ、意外とそうでもない。 意外と2ヶ月、ちょうど2ヶ月ぐらい。 ちょうどいいですね、2ヶ月ぐらい。
はいはい。 また来週ぐらいには、マナさんと
自分を大切にするラジオも撮るんですけど。 あ、そうなんですね。
うん、2ヶ月ぐらいがいいかもしれないですね。 いいですね。
あ、お子さんが今後ろを。 ちょっとね、事情が後ろを通りましたけども、ちっこい影が。
はい、で、今日のテーマは都市。 都市。
都市でございます。 田舎と都市の都市ですね。 そうですね。
これなんで都市にしたかは、ちょっと 覚えてないんですけども。
覚えてないっすね。 多分僕が、前回平和っていうテーマだったんですけど。
もともとその、その時、その回で都市を撮ろうとしてて。 でもちょっといろいろその世界情勢とかいろいろインパクトしてて、
平和っていうテーマで語りたいなってなって急遽変更したと思うんですけど。 そのもう一個前の回の時に、多分どっか最後の方で都市ってワードがテツさんから出てきたんじゃないかなと思うんですよね。
それを僕はちょっと拾って、このテーマで語りたいってなった記憶があります。
そうですね。なんか盛り上がった記憶はあるんですけど。
はい。でもまあ改めて、都市をね。 解いていけたらということなんですけど。
都市と田舎、それぞれの居住経験と感覚
都市と聞いてどうですか?森坊さんは。 そうですね。僕はね、もうなんか苦手意識しかないですよね。
都市っていうか、人が多いところが結構苦手で、もともと。結構僕これらの人生で10回以上引っ越してるんですよ。いろんなところで暮らしてきたんですけど。
なんか都市に行けば行くほど調子悪いんですよね。なんか一番、一番何やろう、都市らしきとこに暮らしてたのは、中学の時に大阪の上本町に住んでたんです。
その時なんかすごいしんどくて、なんかもうちょっと田舎の方が、みたいな感じで。当時そこまで意識してなかったかもしれないですけど、それから先いろいろ引っ越していって、
なんか大阪を出て京都で大学時代過ごしてたんですけど、京都の方が楽屋しい。さらに仕事で奈良に来たら奈良の方が楽屋しいみたいな。
で今奈良県の一番北東の隅っこの築谷瀬というところにいるんですけど、その人口1200人を切ってるような気がする。
今は奈良市に合併されてるんですけど、そこで住んでたらすごい調子が良くて、自分はなんか都市よりも田舎の方が合ってるんやろうなって。
僕はどうすかね。出身はね、大阪狭山市ってとこなんで、なんか絶妙に中途半端な。
森本さんもね近くに、多分南川地に住んでたことあると思う。 そうっすね。羽壁野に住んでて、多分狭山市、狭山池ってありましたっけ。
ありますあります。 ありますよね。そこをちょっと友達と散歩したことがあって、だとなく雰囲気が分かってます。
狭山池しかないんですけどね。
大きな池ですけどね。 そうそうそう。なんか日本最古の溜め池みたいなこと言われてて。 そうなんですね。すごい。そうなんですよ。
でもまあそれぐらいかな。まあいわゆるベッドタウンに近い感じですかね。僕らが住んでた頃は。
うん。まあそこ出身で、ずーっと22歳まで僕は狭山に住んでて。
で、東京に行きっていう感じだったんで。
まあ東京もね、あの20代前半はやっぱりこう、 やっぱりとかね、江東区に住んでたんですけど。
ああ。 あんまり23区の中では
マイナーな方だと思うんですけど。千葉寄りって言うんですかね。 はいはいはい。
まあ都市って言っていいのかわかんないけど、まあ
都市っちゃ都市かもしれないですね。23区ですから。 そうっすよね。23区やったら結構人口密度も高そうなイメージですけど。
そうですね。でも下町感もあるっていうか。 で、下北沢に引っ越して。
そうなんですよ。 下北に住んでたんですね。
半年だけね。 その後すぐ結婚して、でも手狭なので。
で、国分寺市。 まあいわゆる多摩地区なんで。
東京で結構いろいろ引っ越してたんですね。 そうなんです。で、国立寺市っていうところに引っ越して。
まあほぼ隣接市なんで近いんですけどね。 数キロ移動したところで引っ越して、で大阪に帰ってきたと。
で今は豊中に住んでると。 国立からはずっともう、そっからずっと豊中ってことですかね。
そうです。豊中がだからもう7年。 でもまだ7年なのか。
そうそうそうなんです。 大阪来てまだ7年なんですか。
そう、帰ってきてからはね。 あ、そうなんすね。意外と最近やった。
そうなんですよ。 にもかかわらずなんか、豊中でやってますみたいなすごいね、言ってるんですけど。
ね。日本から。結構長いこと豊中にいるような印象ですけど。 そうそう。ずっと住んでるような雰囲気を醸し出してるんですけど。
うーん。 そうそう。
7年、8年かな。 ぐらいだと思います。
2018かな。 8年か。
に帰ってきた。 僕が奈良に越してきた、奈良の市街地の方に越してきたのが2017の秋なんで。
なんか似たぐらいのタイミングで。 確かに確かに。
理由となんか僕は、なんか都市って言っていいのかわからん、ちょっと絶妙なところに住んでますね。
でも中核都市ではあるので、豊中市も。 結構人口多いですよね。
でもなんか文京都市好きかもしんないですね。
文京都市? 文京都市って、なんか文学の文に教育の教で。
おー。 文京都市って言うんですけど。
まあなんか、豊中で言うと藩大があったりとか大阪大学があったり、国たちはあのひとつ橋大があるんですよね。
あ、そうなんですね。 うん。
大学の近くに住む男っていう。 大学の。
いや、でもいいですね。
なんか雰囲気が、そういう雰囲気が好きなんでしょうね。
うん、ちょっとなんかアカデミックというか、ステキなところがある感じですかね。 そうですね。
うんうん、ちょっと落ち着いててみたいな。
都市の魅力と田舎への応用、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト
確かに都市って言ってもいろいろあるんでしょうね、本当に。
確かにね、いろいろあるのかもしれないですね。
なんか今日はその都市っていうテーマで、僕はその田舎で住んでて心地いいんですけど、
まあいえ、なんか人との関わりがある田舎なんですよね、その関わりというかつながりがたくさん持っててるんですよ。
はいはいはい。
一応その地域おこし協力隊っていう立場で入ってきてて、
仕事からいろんな人と関わることをしてて。
だから人口ミスとは奈良市の市街地に住んでたときよりも圧倒的に低いけども、
その地域で関わってる人ってこっち来てからの方がよっぽど多いんですよ。
はいはいはいはい。
いって、そのなんか、なんやろ、都市ってこう人が多い、たくさんの人と出会えるようなイメージで、
田舎はどっちかって言ったらやっぱ少ないですけど、でもなんか田舎やけどそういう人といっぱい交流できてたら、
僕的にはすごい楽しいなみたいな。
うんうんうん。
その、だからやっぱりその都市にこう、今でも東京一極集中みたいなのがあるじゃないですか。
で、こう都市に人が流れていくっていう、やっぱ都市が魅力やからなんやろなと思ったときに、
じゃあその魅力ってなんなんやろっていうのをひも解いていって、それをこう田舎に、
田舎でそういうのを生み出していけたらすごい幸せな田舎が作れるんじゃないかみたいなところで、
今日はちょっと都市を解いていきたいなみたいな感じで思ったんですけど。
そうですよね。都市のいいところを田舎に移植できたらいいわけですもんね。
もういいとこ取りで。
はい、理論的に考えたら。
なんなんですかね、都市の。
でも、そうっすね。都市は人は多いけど、交流があるかっつったらどうなのっていう気もしますよね。
そうですよね。なんか、なんかその人が交流するスポットみたいなのに繋がってそこに行けばたくさん出会えるんでしょうけど、
逆にそういう場所を知らなかったら、道端歩いてていろんな人とすれ違うけど、でも全然何か繋がりないみたいな、余計に孤独みたいなことも全然あり得ると思うんですよ。
そうですよね。なんか、その居場所のレポートを書いたときがあって、
なんかね、こう偉い先生がゲマインシャフトとゲゼルシャフトっていうのを言っていて、
ゲマインシャフトが多分ちょっとどっちかというと古い方ですよね。共同体みたいな。
もう地域、都市と繋がるみたいなやつですよね。
うん。で、ゲゼルシャフトはどっちかというとこう機能的なんですよね。
うんうん。
目的的って言ってもいいと思うんですけど。
会社とかそういうやつですかね。
うんうんうん。だからやっぱり都市ってそういう昔からの共同体をある種解体して作ったようなものだと思うんですよね。基本的には。
まあさっき言ったあの僕が最初に住ん、東京で住んだ江東区とかは、なんかそれが入り混ざってるみたいな雰囲気で、急に盆踊り的なもの始まったりとか。
まああるけど住んでる人はなんていうかマンションに住んでるみたいな。
へー面白い。
なんかなんて言うんですか。マンションに住んでる人といわゆる地の人。
うんうんうんうん。
なんかハイブリッドみたいな土地だったんですよね。
うん。だからその辺も、だから都市で人が交流するそのスポットっていうのを想像した時にどっちかっていうと、何でしょう、ゲゼルシャフト的な、何か共通の趣味とか。
そうっすよねー。
共通の興味関心で集まる、なんか結構人為的な共同体なんだろうなという気がしますよね。
そうですねー。
うん。
なんかそれこそ、なんか奈良で言ったら本の入口さんとか。
はいはいはい。
好きの人たちがたくさんそこに来て、いろんなイベントに参加して交流していくみたいなことがありますけど。
そうですよね。
こういうところがあるとね、なんか人とは繋がりやすいですよね。
そうなんですよね。
ね、どっちが良い悪いってことはないと思うんですけど。
うんうんうんうん。
都市と田舎でそういう違いはあるかもしれないですよね。
うん。
文京都市の魅力と居住地の選択
なんかテツさんがその、文京都市で暮らしてるみたいな、おっしゃってますが、文京都市の魅力みたいなのって、なんか感じる、どういうところに感じるとかってありますか。
どうなんすか。治安が良いっていう。
治安ね。
文京都市であるっていうことで、国立市をチョイスした。国立も結構、たぶんね、5、6年住んだんですけど。
そうそう。なんか、文京都市だからいいなーっていうよりかは、駅を降りた瞬間の雰囲気で決めたんですよね。
すごいこう。
どんな雰囲気なんですか。
なんか緑が多くて、降りた瞬間に、ちょうど多分初夏ぐらいだったと思うんですけどね。
わーっと緑があって、で、こう、大学通りって言って、そのひとつ橋台がある大学の通りが、こう、ドーンって伸びてて。
で、まあ、居ている人の雰囲気とかも、なんか落ち着いてるっていうんですかね。
うん。
よりとなんか都市機能的なものをコンパクトにまとまってて、住みやすそうだし、ちょっと落ち着いてるみたいな。
へー。
感じて、ああもうここや、みたいになったんですよね。
うーん。
こう、まあね、家賃が全然変わってくるから、こう、まあ中央線って言って、ね、東京駅から西にずーっと伸びてる、
あの、まあ鉄道、鉄道っていうかね、JRの、まあ線があるんですけど、まあ西に西に行ってたわけですよ。
うーん。
あの、小金井だ、なんだって言って。
はいはいはいはい。
まあ中野とかね、そういうのが通ってるんですけど、ずーっと西に行って、国立で降りた時に、ああもうここがいいな、みたいになったんですよ。
へー。
それはすぐ覚えている。
そっか、小金井も中央線なんですか?
そう、武蔵小金井やったかな。
武蔵小…ああ、そっかそっか。
うーん。
うーん。
そうそう。もっと西に行くとね、八王子とかね。
ああ、なるほどなるほど。
うーん。
僕、小金井生まれなんですよ。
え?
そうなんですよ、東京生まれなんですよ。
そうなんだ。
もう全然ね、記憶ないんですけどね。
ああ、そうか。生まれたのはっていう。
東京で千葉の奈良市のかなに引っ越して。
へー。
物心つく前にも大阪の八王子に来てたんで。
ああ、そうかそうか。
で、記憶ないですけど、一応なんか生まれは小金井らしくて。
うーん。
そうか。
豊中での地域との関わりと愛着
えー、そっか。西に行く。
うーん。
そうそうそう。小金井もね、いいかなって一瞬思ってたんですけど。
うーん。
もうちょっと探そうみたいな感じになって。
なんか小金井まで来るともうなんか、僕一回その、
自分が生まれたとこ行ってみようと思って大学時代に行ったことあるんですけど、
なんかもう普通の住宅街みたいな感じで。
そうそうそう。
あんま東京感がないというか。
うんうん、そうなんですよ。
多摩地区はね、なんかほんまに都会感はないですよね。
うーん。
うーん。
そう、だから埼玉とかもね、なんか行った記憶はありますね、家探すの。
へー。
そう。
そっか、いろいろ探してたんですね、自分たちに会いそうなところを。
そうなんです。
うーん。
でももう、ここですっていう感じでしたね。
へー。
うんうん。
そっか。
まあ、文京都市っていうよりかはね、
まあ、文京都市を名乗ることでこう、まあギャンブル施設が建てられないとかね。
あ、そうなんですね。ちゃんとそういうこう、条例というか法律的な。
うん。
あるんですね。
多分あるんだと思うんですよね。
うーん。
へー。
でも、あの立川との間ぐらいに住んでたんで。
うんうん。
すぐ、ちょっと行ったらパチンコ屋あるみたいな。
うーん。
そうそう、立川は別にその文京都市じゃないんで。
うんうん。
まあ、正確にはね、なんか法律があるんでしょう。
へー。
まあでも、よし悪しでね。
うーん。
国たちもすごいマンション建設の反対運動が起きたりとか。
うーん。
まあ、時々ちょっとニュースで話題になったりしてましたけどね。
うーん。
うーん。
という。
うーん。
地域への愛着と「地元感」の形成
そうか。じゃあちょっと治安っていうところと、なんか利便性みたいな。
そうですね。
うーん。
うーん。
なんかこう、人の雰囲気。
うーん。
うーん。なんか穏やかな話多かったですね。
あ、そうですか。
うーん。
そうそう。
いや、ほんとなんか地域によって人の雰囲気とか宣戦ちゃいますもんね。
うーん。
うーん。
どうなんすよね。
うーん。
都会と田舎でもちゃうけど、都会の中でもね、地域によって全然違って。
そうですね。
うーん。
コミュニティもそれぞれでなんかあるんですよね。
そうですね。
でもなんか豊中に住むまでは、その森本さん言ってたみたいなこう交流みたいなってほとんどなくって経験が。
あ、そうなんですね。
働くために。
これだけでなかったんですね。
ないですないです。
あ、そうですか。
うーん。
だから戻っても別に知り合いってあんまいてないみたいな、職場の人ぐらいで。
うーん。
うん、なんですよね。
うーん。
豊中に来てだから初めてですよ、僕。
あ、そうか。
こうやって地域に関わるとか。
え、そのきっかけって、やっぱその仕事がスタートなんですか。仕事から地域の人と関わっていって、プライベートでも関わるようになったという感じなんですか。
あ、そうそうそう、ほんまそうです。
あの、ケアラジーも何回か出てもらったりしてますけど、あの、ピーコックの植芝さんって。
はいはいはい。
喫茶店の。植芝さんと出会ったのは結構大きいですね。
都市の魅力を田舎へ、記憶と歴史の重要性
あー、なるほど。
やっぱりその地域のキーパーソンいうかね、この人と繋がったらいろんな人と繋がれるみたいなそういう感じみたいな存在がね、いますよね。
うん、だからまず植芝さんとこ行きって言われるような、豊中に来たんやったらみたいな。
そうね、すごい。
そうそうそう。
へー。
そんなにこう、まあある種ちょっとハブになっているような方なんで、うん、そう、大きいですね。
まあ、豊中のことを考えたりとかすることも多いし、まあ仕事の中でもそうですけどね。
うーん。
うん、すごくなんかこんなに愛着が湧いてる、なんか場所って今までなかったんで。
はいはいはいはい、そうかそうか。
そう、だから地元も全然僕なんかあんまり地元感ないんすよね。
うーん。
豊中の方があるぐらいの。
うん、なんか豊中の方、河内というよりはね、南河内よりなんか豊中の方が似合ってる感じします、みたいな。
植芝さんの雰囲気、なんか。
うーん、なんなんでしょうね。
まあでも、なんていうんですか、両親が島根なんで。
あ、はいはいはいはい。
だからなんか、あんまり地元だなーっていうよりか、なんかちょっとよそのもの感あるっていうか。
うーん。
みんな男児でうわーなってて、地元の子たちは。
なんかそれをちょっと遠まきに見てるみたいな。
はいはいはいはい、そうかそうか。
両親がそうか島根からやったら、男児文化にもそんなにこう家族として入っていってないみたいなところで。
うんうん、そうそうそう、全然。
なるほどなー。
わからんみたいなところで。
はいはい、そうかそうか。
僕らもね、入れたは入れたんでしょうけど、やっぱりちょっとね、男児でやってる友達とかいましたけど。
うーん。
うーん、っていうなんか絶妙なね。
なるほどなー。
うーん、根っこがない感ってね、いまだにありますけどね。
うーん。
豊中に来てやっと、ちょっとなんかね、地元っていうんですか。
うーん、なんかね、その聞いてて思ったのが、とはいえまだ7年じゃないですか。
7年やけどそこまで地元感を感じれて、まあいろんなヘッドと繋がりがあっていろんな思い出が、豊中でてつさんこう過ごせてきたっていうことあると思うんですけど。
これがなんか、逆に田舎やったら、もうずっとそこで住んでる人の割合がすごい多い地域だとしたら。
はいはいはいはい。
この7年とかであんまりこう、地元感を持てないかもしれないなっていうのを思うんですよね。
確かに。
まだまだ、その10年経ってもまだこう、よそ者みたいなんとか。
うーん、あるかもあるかも。
繋がりがあっても、その土地の人間として認められへんみたいなんて結構ある気がしてて。
まあ多分豊中がいろんな人が引っ越してきてて。
確かに。
ある種その都市だからこその魅力。もちろんそこでこう、植柴さんとか豊中育ちですかね。
ずっとね、過ごしてる人が安いなったりとかあるとは思うんですけども、いろんな人を受け入れてきた場所やからこそ、外から来た人もこう愛着をしっかり持てて、その土地の人間やっていう自覚が持てるみたいな。
うーん、あるかもそうか。
確かなんかそういう引力的なものは豊中にあんのかもしんないですね。
うーん。
転勤族すごく多いんで。
あーそうですね。
そうそうそう。
なんかそれもあって僕が豊中を選んだんですけどね。
うーん。
長寿がゴリゴリ標準語やったんで。
へー。
うーん。
まあね、小学校上がるまでずっと東京で過ごしてるから。
あ、そうか。それはそうか。
うーん。
で、南川地なんて絶対連れて帰られへんわと思って。
あははははは。
コテコテの大阪人。
コテコテのね。そうそう。
だからこの辺住んでるとほんま普通に半々っていうか標準語の方が多いぐらいなんですよね。
子供たちですら。
なるほどなー。
うーん。
だからまあいろんなところから来てるっていう意味ですごく都市的だけど。
うーん。
確かにそういう人がこう、ずっと往来してるっていうかね。
うーん。
うーん。
そういうところの深さみたいなの確かにあるのかもしれないですね。
うーん。
あーいいっすねー。
それでいくと、なんかね、さっきその都市の魅力を田舎にもみたいな話しましたけど。
なんか田舎でもこう人の往来がこう活発になっていけばまた雰囲気も変わっていくんだなーとか思いましたね。
うーん。
でもなんか森本さんの話聞く限りは、
築ヶ瀬も、なんかその人の交流って多いような。
僕が知ってる築ヶ瀬と森本さん語る築ヶ瀬しかないから今のところは。
ははは。
っていうね。
そうっすねー。
地域を紡ぐ力としての歴史と記憶
影響はあるけど、どうなんですかね。
そうですね。その、何でしょうね。
うーん。
まあ正直そこまでめっちゃなんか移住者が多い地域にはまだ慣れてないと思うんですよ。
まあ地域おこし協力団制度が始まった頃から協力団を受け入れてきて、そこに住んでる人もまあ何人かいるにはいるんですけど、そんなに数として多くもないですし。
でまあそれ以外の形で移住してきた人もいるけど、割合的には多分そんなに多くなくて。
で、えっとまあ僕がその働いてるところがまあ各々って言いましょうなんですけど、
そこでその、あのまあ協力隊が同じ会社で8人採用されて働いてるみたいな。
うーん。
ガガッとこうその、まあ名前出していいかな、まあローカルコーププロジェクトっていうのをこう推し進めるために、
まあ会社も作って人をたくさん入れてきて、で地域の人と交流しながら、外の人とのつながりも作りながら、こうやっていこうみたいな雰囲気があるので。
まあそこでこう意図的に今なんかこう生み出してる、まあそれこそその青木新平さん、まあそれはちょっと仕事とはまた別ですけど、
あの合気道、ガラダ作りに来てもらって、そしたらやっぱ他の地域からも来てくれてとか、まあ場作り的なことは結構意識的にやりたいなと思うんですけど。
なるほどなあ。だから、ローカルコープってまあ言ったら組合ですよね、たぶん。
うーん。
のコープに近いですか?
コープなんかね、ちょっと独特なんですよね。
色々あるんですか?
色々。なんかその、まああの、まあよく言うてるのが、住民自治とか住民共生をキーワードに、こう過疎が進んでいく中でも、
こう持続可能な地域作りをしていこうみたいなコンセプトでやってるんですけど、まあまだまだ道半ばというか。
まあそうですよね。
コープがね、何十年とやってきたようなことには遠く及ばないですけど、政教とかね。
うーん。
あーでもなんか、ちょっと話してて思ったのはやっぱりこう、さっきのゲマインシャフトと共同体とゲゼルシャフト、なんか機能的な集団の、なんかやっぱりハイブリッドになっていくんでしょうねという。
うーん。そうですね。
でもなんかゲマインシャフト、どっちがどっちかよくわからなくなってくるんですけど、共同体ってやっぱりちょっとずつこう失われていっているじゃないですか。
どうしてもこう、高齢化とか、それこそ都市化が進んで都市にね、人がこう流出したりとかっていうのがあって、共同体はどんどんこうちっちゃくなっていってて。
でも月ヶ瀬もその、前回のほどけるラジオかな、そういうちょっと文化的なものを使って交流してるみたいな、なんかをこう編む作業でしたっけ。
何でしたっけ。締め縄みたいなやつかな。
あーはいはい、締め縄作り。
締め縄作りだね。
その話しましたっけ。もう全然覚えたんですね。
どっか、どっかの何かで。
最初に言ったかもしれないですね。なんか最近どう、みたいなところで。
はいはいはいはいはい。
そうそう。なんかやっぱりそういうものがないと、地域っていうもので、こう人はバインドされないっていうか。
そうですね。
なぜ月ヶ瀬なのかみたいな、こう理由っていうか、人をバインドする何かなんだろうなぁと思うんですけどね。
そうですね。
ゲマインシャフトが培ってきたものが。
そうですね。その思ったのが、地域おこし協力隊的な価値観、その地域を盛り上げたいとか、その文化を守っていきたいとか、そういう感覚の人がそういう地域にこう集まったりすると思うんですけど。
そうやってこう、地域の伝統を守ろうとする人たちっていうもの自体がある種ゲゼルシャフトでもあるというか。
そうですね。
もっと地のものを守っていくとか、繋いでいくみたいな意識を持った人たちの集まりっていうところもありますよね。外から来た人たちが作り出すものとして。
そうですね。そういうこう、人の外からの人、もう必要なんですよねという、なんか発見してくれるというか、自分たちの文化をね。
そうなんですよね。なんかまさに僕ら、去年の10月ぐらいからかな、フリーペーパーを発行してるんですよ。
え〜。
築川県の地域の人に話を聞いて、地域の魅力を、僕たちもまだまだ知らんから聞かせてもらって教えてもらえたら、
フリーペーパー誰でも読めるんで、地域のいろんなとこにも動かしてもらってるし、外から来た人にも持って帰ってもらうみたいな。
地域の魅力を、地域内外の人にこう、届けるようなことをやってて。
やっぱりその、そうすると、なんか長年住んでた人でも、この地域のことまだまだ知らんかったわみたいなこともやっぱりあるんですよね。
築川県って言っても、もともと、大昔は6つの村やったんですよ。で、今も自治会が6地区にあって。
で、それぞれその、縄川っていう川を挟んで、北東側に3つ、南西側に3つの地区があって。
川渡った両側のこと、お互いにそのあんまり知らへんみたいな、もう片方のこととか、違う地区のことはあんまり知らんかったりして。
とか、同じ地区やけど、まだまだ他から移住してきて、40年ぐらい過ごしてくれど、まだまだ自分の住んでる地区のことも知らんかったわみたいなことを言えてくれたりして。
やっぱりその再発見して、魅力をこう伝えていったり、守っていったりみたいなこともやっぱり必要なんでしょうね。
マインシャフトを守っていくのが意外とその外からやったりするのかなと。 そうですよね。
なんかもう歴史学みたいな話になってきますよね、そうすると。 そうかもしれないですね。
なんか僕も豊中市の仕事で、なんかフェルマータの仕事なんですけど、
その史跡巡りみたいなのを、郷土資料館の方と一緒にやって。 あ、やってるんですね。 そうなんですよ。
ここ、豊中って天竺川っていうのを流れてるんですけど、 旧天竺川がここに流れてて、みたいな。
おもくそ国道のところでこう説明し張るんですけど、ここから流れてたんですね、みたいな。 面白い。
ここは昔の水路で、みたいな。 そうそうそう。ここが山道になっててとか、
そういうのを聞いて、なんかそういうの、まあ大事なんだなというか。
なんかね、建築、マンション建てるとかになった時にこう、やっぱり過去のものが出土されたりすると、一旦建築止めて、
みたいなこともあるらしいですけど。 そうですよね。
まあ、そういうのを知ると、よりこう、なんていうんですかね、共同体の
源流っていうか、があったんだなあ、みたいな。
いやー、そうですね。築川世代も全く同じようなことをしてて、その築川府の駆逐巡りみたいなことを、
うちの会社のスタッフが企画して、その地域に詳しい地元の人に教えてもらって、一緒に歩きながら走っていくみたいなんで。
全くその川が、今ここは流れてるけど、昔は全然違うとこ流れてて、みたいな。
台風で氾濫したけど、会えたみたいなとか。そういうんですよ。本当に一緒の運があって。
まあ築川市の場合は、あとはダムが作られるときに、昔村やったところをダムのそこに沈めてしまって、
移住した、その人が移住したみたいな話とかあるんですけど、やっぱりそういう話、昔の地形だったりとか、どこに住んでたみたいなのを聞くと、
なんかそこを想像すると、その歴史の上に今の人たちがここで暮らしてるんやな、みたいなこと。
なんか外から来た人間でも、知れると、なんというのかな、愛着というよりかは異形の念みたいな。
ああ、そうですよね。
オーセンティシティだと思うんですよね。正当性をすごく担保するんですよね、その歴史っていうのが。
それを知ることで。言ったら現代の僕たちに、なんか奈良であったとしても、
50年ちゃう?もうちょっと生きるか。180年したら死んじゃうわけで。
そのうちの何十年か、僕で言うとだから豊中だと7年とか。 その7年分の豊中しか本来は知らないはずで。
はいはいはいはい。 私その過去のことって本間かどうかもわからんけど、
歴史学が証明してるとしたら、 本間なんかなぁ、みたいなこう。
まあ考古学とかでも、仮説の1個でしかないと思うんですけどね。 究極はね。究極にはね。ただなんかそこにオーセンティシティを感じて、
なんかそこからの連綿と続いている歴史の先に自分たちがいてるんだっていう、
ことがなんかすごく、
人をこう、バインドするパワーになるっていうかね。
そうですね。 確かに。
そういうパワーが必要なんでしょうね。 だからね、歴史を人が紡ぐっていうのは。
なるほどなぁ。 人をバインドするパワーっていうワードがなんかすごい印象的で。
ヒップホップで言うと、 なんかフットとかね言いますけど、急にヒップホップの話。
僕全然分かれへんから、なんかどう出てくるのかなと思って、ドキドキしてる。
なんかヒップホップもやっぱり地元を レペゼンするわけですよね。
そう。 王子とか、
なんかそういうほんまに団地で育った人とかが、まあこう結構ね、悪い人たちが地元をこう、
代表してラップするみたいな、なんかあるじゃないですか。
あれもなんか、ちょっと近い。じゃあ近いっていうか、 団地には団地のね、歴史があるというか。
記憶というかね。 そういうのはすごく大事なんだろうなぁと思うんですよね。
うんうん。 共通の記憶。
なんかどっかそういうものを求めるところもあるんですかね、人はね。
なんか昔からそれが、それこそ団地育ちみたいなんで、
自分の地元みたいなのがあると、なんかまあそれが当たり前やから、なんかむしろこう、
出ていきたいみたいな感覚になったりとかあるかもしれないですけど、
なんかはそれこそも、なんか10回以上子供の頃から引っ越してて、
自分の地元がどこか分かれへんみたいな感じですよね。
そうなると、その、なんやろ、バインドされたいみたいな、なんかその地域に。
そう。そういう意味で僕と森本さんは境遇として似てるかもしれないですよね。
そうですね。
なんか地に足つけへんなぁみたいな、なんかこううろうろするみたいな。
ようやくなんか、ね、こう、不時着したみたいな。
ほや貝のようになんかこう、あ、捕まるとこ見つけたみたいな。
と、っていう感じでね。
そうっすね。
都市と田舎の境界、そして「住む」ことの深さ
という意味で、都市ってなんなんでしょうっていうところに戻ると、
何なんでしょうね。なんかあんまり都市と、
なんか都市じゃないものって二分する必要は、実はあんまりないような気もするというか。
歴史を、そこの歴史を紡ごうと思ったらなんか発見できるし。
そうっすね。
まあもちろんね、都市の行きづらさっていうのはあるんでしょうけど。
まあ田舎の行きづらさもあるしね。
そうなんですよ。
なんかその、ただ、なんかそのグラデーションっていうだけでもなく、
今日の話をしてると、もしいろんな都市があって、いろんな田舎があって、もちろんその中間もたくさんあって、
それそれがそういう、文京都市的なところがあったり、ラジエル的な文化があったりとか、
川の流れが歴史の途中でこう変わったみたいな、そういうのもあったりとか、なんかいろんな要素をこう持っていて。
で、人と人が、人がすごい移動してよく流入していくところもあれば、田舎でもね、今ね、もうなんか、
あの移住者がすごい割合として増えてる地域とかもあるじゃないですか。
それそれになんかいろんな文化があって。
でもどっかになんかそう、バインドされたりじゃないけど、なんかどこもないとちょっとこう、やっぱ、なんか不安定やなーみたいな心もとないなーってありますよね。
そうですよね。なんかそう考えるとなんか、ちょっと飛ぶとやっぱ移民とかの話とかにもなんか繋がるなとか、
日本に移住してきた海外の方とかも、どんな気持ちなんだろうとかって思いますよね。
そうですね。
なんか住むって、すごい深いかもしれないですね。居住するってね。
あえて都市を、まあ都市ってでもその機能、機能的なコミュニティの極地みたいな感じですよね。
特にこう23区でも、新宿区とかあの辺は、
まあでもなんか鉄道とかをね、見ちゃうと、あのギュウギュウに押し込まれてる人とか見ると、あれがなんか都市のイメージじゃないですか。
うん、確かに。
品川駅を歩くサラリーマンとか、
マイン電車とかね。
マイン電車とかね。でもなんか新宿にも実はすごいローカリティもあるし、
私なんか歴史を遡れば、ここに川があったんやっていうのは絶対ありますからね。
新宿でもね。
うん、確かに。
そうですね。
でもなんか最初の問いで言うと、なんか田舎に都市的な機能を持っていけたら最強やっていうね、
話やったんで、そこをなんか今いろいろこう、
旅をしてきて、いろんな話題の、何が持ってこれたらいいのかっていうとどうすかね。
うーん、でもやっぱなんか、
この植芝さんすかね、ピーコックのなんか。
植芝さんを。
その人とつながったら、地域のいろんな人とつなげてもらえるよとか。
確かに歴史を教えてくれたりとかね。
そう、ピーコック的な場所とか、僕行ったことないですけど、植芝さんともお会いしたことないですけど。
でも確かにな、僕それこそ5年前ぐらいだと思うんですけど、
その鳩天神の駅という中のね、
はい。
もうほんとすぐそばにピーコックって喫茶店があって、
すぐそこの東側の一角が今完全にもうなくなって、
タクシーっていうかロータリーになったんですよ。
あ、そうなんですね。
そうそう、でもそこがなくなる前にって言って、植芝さんがそのあたりの古い写真を、
いろんな人からワーって書き集めて、
で、鳩元町店という写真店をやったんですよ。
はぁー。
うん。
記憶を呼び覚ます写真展の可能性
で、白黒とか昭和、これは30年のとか20年のとか、
植芝さんのおじいちゃんの代の写真とか、
うん。
で、そのめちゃくちゃ人を見に来てて、
あーいいなぁ。
うん。
鳩が、なんか、えっと、大雨で浸水してた写真とか、
うんうん。
うん。
今も残ってる店もあったりとか、
うーん。
昔から、ここまだあったんやみたいな、この白黒のね、写真の時に。
中華屋とか、なんかそういうのも、やっぱりこう、記憶というかね。
うーん。
あーいいっすね。
いや、なんかね、その各々で、僕の職場でその写真店をやりたいなって思ったことがあったんですよ。
ほうほうほう。
で、その、僕らが作ってるフリーペーパーで、なんかあの、2回目に、その毎回、地元の人にじっくりロングインタビューをさせてもらって、
それを1,000字ぐらいの記事にして、
それプラス、なんか地域でのその月のイベントの情報とか載せたりしてるんですけど、
まあ、ほのぼのっていうフリーペーパーなんですけどね。
だからその、2行目で、あの、月傘の写真を毎朝、あの、8年ぐらいずーっと毎朝早起きして、
朝の月傘の風景をいろんなところで撮って、インスタに投稿してるおっちゃんがいるんですよ。
へー。
その人にインタビューさせてもらって、どういう思いでこういうことを続けてるのかとか。
で、ちょっとこう、あの、いろいろ話聞かせてもらう中で、
なんかその、こう、各々での写真展を、なんかこっちから提案、なんかそういう話をしたのかな。
なんかそういうことできたらいいですよね。
昔のその、月傘の写真とかをこう、なんかいろんな人が撮った写真をこう集めて、
その人だけじゃなくてもちろん、なんか、どんな風景あったかとかをこう展示できたら面白そうですよね、みたいな話をして。
うんうんうん。
いやー、なんかすごいやりたくなりましたね。
ぜひ。
なんか、みんなおのおのに、あるんですよね。思い出してることがなんか。
あ、写真を見ながら。
うんうんうんうんうん。
そうですよね。
その当時の。
そうそうそうそう。
好きな思い出が、自分が若かった頃のとか。
うん。
だからそういう記憶を継承していったりとか、まあ特にずっと地元に住んでる人はそうですよね。
へー。
この、なんか記憶を消したくないみたいな。
うんうん。
へー。
そうなんですよね。だからそれがたぶん地元感みたいなものとすごく繋がってる気がしますね。
へー。
実はすごく人間って過去を生きてるっていうのが。
うんうんうん。
いやー、それをこう思った時に、なんか僕らみたいな、その育ち、育った場所からこう離れて、
うんうんうん。
長いみたいな、その育った場所にあんまりこう愛着を持てなかったみたいなとか。
うんうんうん。
多い人にとっての、なんか記憶、大事なものをこう思い起こすような機会とかって、
なんかできるのかなーとかっていうのをちょっと思いっちゃいましたね。
確かになー。
まあとはいえ、やっぱなんか馴染めなくても、なんか僕はその八王子で小、保育園から小6まで住んでる。
商業施設と個人の記憶
あー。結構長いですね、じゃあ。
そうですね。あ、でもなんか、なんやろ、八王子は僕割と好きやったんですよ。
大阪の中では、なんか結構学校も楽しかったし、いい思い出もあるんですけど、
まあちょっと家族の都合で、引っ越すのがなかなかなっちゃって、まあそれ以降住んでないですけど。
うんうんうん。
まあなんかそういう、当時のなんか写真店とかあったら、なんか一気にこう、なんか地元感持っちゃうかもなーみたいな。
あー確かにね。
うん。
僕もね、22年間住んでたわけなんでね。
うん、そうですよね。
ないなー、でもなー。
ははははは。
まあ友達はいるんですけどね、もちろん。
うんうんうん。
いるけど、って感じですね。
うーん。
でも、なんか愛着あるとしたら僕は、大英とかですからね。
あー、大英。
いやもう。
大英ってゲーセンがありましたからね、だいたいね。
あ、ゲーセンありました?
そう、大英の中にゲーセンがあって。
中に? スーパーの中に?
あるんですよ。
あ、そうですか。
むちゃくちゃ行ってたんで。
えー。
そう、でストリートファイターをアーケード版やるみたいな。
はいはい、そうなんや。
で、大英でね、こう他校の人と生徒と会ってとか。
あー、いいっすね。あー、なんかもうそういう思い出欲しかった、僕。全然ない。
あのー、ちょっと喧嘩売られて逃げるみたいなね。
ははははは。
まあいい思い出じゃなかった。
そうそうそう。そっちの方やった。
面白い。
そうそうそう、ちょっと南川氏なんでね。
そう、大英は、大英は僕あれっすわ。あのー、自分、八尾じゃなくて、母方の実家の富田林にありました、大英は。
富田林の大英は僕も。
駅前に。
お邪魔してましたよ、高校が富田林なんで。
あ、そうかそうかそうか。
そうか。
八尾は満台ですね、僕は用意して。
満台か。
山本駅前の満台に用意してました。
ははははは。
いや、だから意外とそのスーパーとかなのかもしれないですよ。
そうっすね。
遊びに行ってたとことかね。
うんうんうん。
それが、あのー、なんていうか90年代をね、生きてきた我々にとっては。
はいはいはいはい。
大英とかね、満台とかね。
そういうどっか、どっかの幕道とか。
ねー、そうっすよねー。
そうそう。やっぱりそのチェーン店の中を生き抜いてきたんでね。
うん。
なんかあのー、八尾の、なんか青山町っていうところにでっかい王将があってね。
はいはいはい。
王将って結構当時なんかいろいろ個性があったんすよね。
あ、わかる。
なんかやたらでかい唐揚げを出してくれるんすよね。
で、行ったら毎回なんか餃子無料券くれるみたいな、当時。
はいはい。
なんかそういうもんなんでしょうね。
なんか記憶ってね。
うん。
ベッドタウンっていうか、
ほんま地元感なく生きてきた我々にとっての記憶ってそういう商業施設とかね。
あ、でもそこにもちゃんとね、ぬくもりがあったからね。
そうそうそう。
我々の歴史はそこにあるんですよ。
だからそうそう、あのオフィスキャンプのね。
はいはい。
あと収録前話題に出ましたけど、坂本さん、坂本大輔さんと僕全く地元が一緒なんですけど。
はいはいはい。
坂本さんとも代営の話しましたからね。
へー。
あそこ無くなったんすよみたいなことを僕は言って。
うーん。
そうそうそう、そうなんすよね。
本郷の代営ね。
次回のテーマ「記憶」とエンディング
うーん。
うーん。
飛んだ映え石とかもな。
うーん、なんか牛がいたんですよね。
あ、そうなんや。
牛育ててるとこあって。
へーすごい知らんかった。
どんだけ田舎やねんと思うんですけど。
そうそう。
なんか、
次回は、
記憶ですかね。
記憶か。
いやー、いいな。
いいテーマ出ましたね。
ほぼ記憶の話しかしてないけど、後半今日も。
よくかー。
いやー、面白そうやな。
なんかすごい広いですけどね。
いろんな話できそうですけど。
確かに。記憶かなり概念的には広いですけどね。
いやー。
ワーキングメモリーみたいな話もできますしね。
確かに。
そっち持って行きます?
これだけちょっと思い出の話してからね。
最近物忘れがみたいだね。
あー。
うん。楽しそう。
そうか。
でもなんか、都市おもろかったですけどね。
なんか予想外に盛り上がったというか、
ちょっと僕からね、このキーワードを提案しておきながら、
そんな話せることあるのかなみたいな。
思ったんですけども、収録前は。
確かに確かに。
なんか都市とはこれだっていうことでもなかったけど、
なんかいろんなエッセンスが出てきたなみたいな。
そうですね。
歴史だったり、コミュニティの話というかね。
ギマンシャフト、ギゼルシャフトみたいなとこから。
そうですね。
なんかそれぞれにとってのその推しだったり、
その地域、住んでる居住地域みたいなものを噛み砕いていって、
こういう要素が大事なんだろうみたいな話ができて。
うん。
なんかちゃんと解いた気がしますね、なんか。
ね。そして是非、月傘で写真展を。
写真展やりたくなります、マジで。
ね。
上嶋さんのハットリ展示の話を聞いて。
2年ぐらいあったんですけどね、それを無くなるまでに。
1回はすごい大々的にやって、2回目もちょっと規模を小さくしてね。
3回ぐらいあったんかな。
そうそう。そうなんです。
でもまあ景色が変わって、完全にね、ロータリーになったんですけど、
またちょっと新しい歴史を刻んでいこうじゃないかと。
いいですね。
また次の世代がなんかやっていくんでしょう。
ね。積み重ねられていきますね、歴史。
そうですね。
楽しかったですね。
良かったですね。
良かったです。
他なんか話し足りないことはないですか?大丈夫ですか?
もうね、大満足ですね、今日は。
次回のテーマもほんと楽しみ。
そうなんです。今ちょっと次回にかなり期待がね、高まってるんですよ、僕も。
記憶ということで。
また2ヶ月後ぐらいですかね。
そうですね。
夏ですね。
夏。
一月です。
初夏。初夏に皆さん、ほどけましょう。
溶けそう。
熱すぎて。
確かに。
意味がいろんな、ちょっと文脈によってね。
はい。
はい。では、そんなところかな。
はい。
はい。では、今日はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。
54:49

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