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こんにちは、HSPママ文乃です。 このチャンネルでは、自分はできていないとすぐに考えたり、
人と比べて落ち込みがちだった私、文乃が、自分を受け入れて、毎日をもっと気持ちよく過ごすためのヒントをお届けします。
先週はね、義理の家族と一泊旅行した後に、めっちゃ体調悪くなって、1週間寝込んで、
なんかね、気持ちもどんどん鬱っぽくなってたっていう話をさせてもらって、結構ね、共感しましたとか、
反応いただけて、なんか私の中で、ブログの方に結構ね、セキュララに私が書いた文章を出したんですよね。
なんか、もう消えてなくなりたいみたいなやつ。で、こんなのを出して、ちょっと惹かれるかなって思ったんですけど、意外にね、
なんかね、共感したって言ってくださってね、なんか、そう、うん、なんか出してよかったなって思いました。思い切って、
勇気出して、出したことで、励ましてあげられたこともあったのかなとか、なんか思ったので、すごいね、やってよかったなって思います。
で、今回はまたお料理しながらで、晩御飯作ってる途中なんで、若干音が入ってくるかもしれないんですけど、よろしければお聞きください。
で、今回何を話そうかというと、なんか私の中での幸せっていう定義が、ちょっと変わってきたなぁみたいなお話をしようと思います。
まぁ、具体的にどう変わってきたかっていうと、今まで、その、なんでしょう、こうやって自己投資して、農科学学んだりとか、そういうことをするまでは、
なんか幸せって、努力とか我慢とか、そういう苦しいものの先に手に入れるものみたいな思いは、イメージがものすごいあったんですよね。
で、でも今は、なんだろう、その幸せっていうのは、毎日の本当にちょっとしたことの中で、あるものなんだなっていうのをね、感じるようになってきたっていう話をしたいなと思います。
で、なんでそんな風に思うようになったかっていうと、やっぱり、こうやって自己投資して、サポートを個別で受けてたりすると、私がこう、もやもやしてたりとかするときに、個別で吐き出させてもらったりとか、結構してるんですよね。
で、そういうのをしてるうちに、やっぱり日常のもっと目の前にあるもので、幸せって感じるものなんだなって、なんかすごい思うようになってきて、繰り返しそうやってやり取りをしてきたっていうのがあるんですけど、
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例えば、ビジネスのサポートをしていただいてるホミさんとかだと、私がね、たまにこう、今こんなことでしんどいです、みたいな感じで、わーって文章送ったりするんですけど、なんか例えば、それこそ、他のわーままさん、他の?なんか私はわーままじゃないかもしれないですけど、わーままさんと比べて、なんか私はダメみたいに思うとか、
うーん、なんだろう、なんか子育てにヘトヘトになってて、なんか子育てにまずやりがいを感じにくいし、その他にやりたいことを見つけようと思っても、そのエネルギーすらないみたいなことをね、言ったりするんですよね。
でも、そうしたら、まほいさんは、なんだろう、なんかやりがいを毎日見つけないといけないわけじゃないよとか、実にやりがいが毎日に持てないイコール幸せではない、ではないんだよっていう風に言ってくださって、まあ幸せっていうのは本当に毎日静かな場所にいられるとか、
まあ安心して眠れる場所があるとか、美味しいと思って食べられるものがあるとか、なんかそういう風な毎日の些細なことだけど、そうやって当たり前のように思ってるけど、実はそうじゃないんだっていうものが幸せなんだよっていう風にね、繰り返しこう言ってくださるんですよね。
なんかやっぱりそういうのをやりとり続けていくうちに、なんか私ってすごい、なんだろう、幸せっていうものを違う風に捉えてきたんだなっていうのを感じるようになって、
なんでしょう、やっぱり私、学生時代に、なんかほんと成果主義みたいな感じで、なんか本当にね、小さい頃からなんか成果出さなきゃいけないみたいな思いがすっごい強かったんですよね。
なんか真面目な優等生でずっといたからっていうのが大きいかなと思うんですけど、だから成果を出した先に幸せは待ってるって思ってて、で、高校生の時とかは、私水素学部入っててクラリネットやってたんですけど、しかも中学やってなくて、高校から始めたんですよね。
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で、周りがほとんど半分ぐらいかなは経験者で入ってきてて、で、その時の水素学部が結構県内で強くて、なんか関西大会とかにねしょっちゅう行ってたんですよね。
で、水素学コンクールって全員出られたとして50人か、普通に全員出たとして50人しか出れなくて、ただ部員が500人ぐらいいたからもう半分は出られないわけですよね。
で、すごいレギュラー争いが強くて、私の時はトランペットはなんかほぼほぼみんな出れるぐらい出れたのに、クラリネットはもう3分の1ぐらいしか出れないっていう状況の中争ってて、私はもう経験者じゃないから明らかにハンデなわけですよ。
どう考えても難しいけど、なんとかして出たいって思って、降参の時にね、やっと出れたんですよね、その代表メンバーとして。で、諦めなかったのはすごいなと思うんですけど、なんかね、出れたことですごい幸せを感じた。選んでもらえた。こんなにうまくなれたみたいな。
で、なんかそこから、いやでもその背景には本当にすごい努力があったんですよね。朝練して昼練して夕方も家に持って帰って夜まで拭くっていう厳重な役なことをしてて、なんだろう、もうなんかすべてを袋に塗りふさげてて、勉強なんて本当にどんどん、元からそんなに順位良くなかったんですけど、勉強なんて本当にできなかった、やらなかったから増任もしたし、
そういうなんか、家の小手伝いとかもね、全然しない感じで、すべてクラリネットに捧げたっていう感じ。でもその時はなんか、そうやってめちゃくちゃ努力して夢を叶えた先に幸せってあるんだってすっごい思って、
大学も受験生の時、浪人したのが余計あるんですけど、むっちゃ勉強して、で志望校に受かって、やっぱりそうなんだみたいになって、大学院もまあ、一般的に考えたらなかなか入れないようなとこに、医学部の医学研究科に入ったんですけど、
なんかね、どんどんそれがエスカレートして、大学院の時とかも休んじゃダメみたいな思い込みもすごくて、本当ね、年中無休で研究してて、まあそれで体調を崩したんですけど、なんかやっぱりそういう背景っていうか、そうやって生きてきたから、なんか努力して我慢して、
そのやって、やっとその先に何かつかめて幸せになれるんだみたいなのが、すっごい強くって、なんかね、やっぱり大学生の時とかも、将来幸せになるにはやっぱり一人の大人として自立して、ある程度なんだろう、なんか専門的にやれる仕事を見つけて、
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キャリアを積んでいって、みたいなイメージがすごい強くって、ね、なんか自分のこうやりたいかどうかやらなきゃもすごい強かったし、そうならなきゃいけないみたいなんとか、なんかね、やっぱり病気してしばらく経っても、その感覚ってなかなか抜けないんですよね。
あんなに無理したらダメだっていうのはもちろんすごいわかるんですけど、その幸せってものが目の前の当たり前の毎日にあるっていう感覚がやっぱり薄くって、で、なんかこういう苦しい生き方を変えていきたいと思って、自分もね、こういろいろ勉強してきて、やっと最近思うようになったなって思います。
なんかめっちゃ長くなっちゃったんですけど、えっと、そんな感じで、そう幸せってやっぱりその結果とかそういうものの先のものだけじゃないんだなって思います。
そういう世界もね、アスリートとかやったらやっぱりすごい大きい場所はあると思うんですけど、少なくとも私が幸せだなって思うのは、そうやって毎日の中に感じられるものなんだなって、そっちの方がずっとなんか毎日が楽だし、楽しいし、なんか穏やかだなって思うようになってきたので、
なんか昔の私のように、成果の先に幸せがあるって思っている方とかは、一回立ち止まって目の前にあるもの、日常に当たり前にあるものっていうのをね、見てもらう。
農科学でミサコさんっていうね、サポートしてくださっている方はよく、あるの世界に引っ越しますよって言ってくださってるんですけど、すごいそれをね、おすすめしたいなと思います。
はい、なんかすごい昔のエピソードを語るのに長くなっちゃったんですけど、最後まで聞いてくださって本当にありがとうございました。
それではまた。