あの、この前美容室に行きまして。 はいはい。よく行くね、美容室。
やっぱあの、夏の間、2、3回は行ってるじゃん。 はいはいはい。
まあ、俺一回も行ってなかったけどね。 うん、お前は髪の毛ボサボサだったんだろうな。はいはい。
ただ美容師に、うん。
ああ、ルノアールにいそうですもんねって言われて。
おお。
これも悪口なのかどうなのか考えているトリビアです。
ああ。
ストップ、マルチ処方、トモヒです。
あれ、ルノアールイコールマルチ処方なの?
いやもう、なんか地方民からするとね、そういうイメージがあるよね。
ネズミ公の聖地。
いや、本当にすみませんでした。
そんなことないです。
よく使って、東京行った時にね、友達とゆっくり喋れる場所。
いろんな意味でゆっくり喋れるからこそのルノアール。
お費高いけどね。
お費高いけどね。
どうだと思う?ってこれ。
これ、いじってます?っていう。
まあ、スタバにいそうですよねって。
これも、どんどん疑心暗鬼になっちゃう。
ルノアールにそうですもんねってさらっと言われて。
ああ、そんないかないですけどねって思いながら。
こいつ舐めてんのかなって。
まあね、トリビアさんの担当美容師の方は、なんていうか、いいんですよ、すごく。
すごくいい。
いいキャラしてるっていうので、フリートークとかにね、よく登場するので。
ご興味のある方は、カメルシネマクラブにご入会。
今後ね、関与、関与でね。
関与つながる。
そうそうそう。
カメルシネマは毎回一本の映画について語られ、その電話とメッセージを読み解くことで、映画の見方を深めていく徹底対話型プロファイリング番組です。
なるほど。
捕まっていきますよ、だんだん。
今回も、これもNEWの回なのかな。
うん、そうね。
サクッと新作映画について喋ってみようという回ですが。
そうね、掘ってみようと。
掘ってみよう、掘って掘って。
掘ってみようと。
ディグってみようということで、今回取り扱う作品はトム・クルーズ主演、アレハンドロ・ゴンザレス、ゴンザレス・イニャリトゥ監督の。
イニャリトゥ。
イニャリトゥですね。
ディガー。
ディガーです。
来たね。
これはいつ公開かな、10月9日公開か日本は。
結構アメリカとほぼ同じ時期に公開されていて。
なんか俺見たときに映画館の入り口のところにちっちゃいポスター貼ってるじゃん。
ここの館はこの映画ですよっていうの。
10月9日なのが、6日だっけ。
9日、9日。
9日だよね。
トム・クルーズの日って書いてあったけど。
トム・クルーズの日ね。
そうそうそう。
でもなんかこれぶっちゃけて話すと死者のお誘いは来てたんですよ実は。
そうなの。
私はちょっと日程的に言えなかったのでお断りしたんですが、
10月6日がトムの日だっていうことでその日にプレス記者会見みたいなのもあって、
それもどうですかみたいなのを聞いてたんだけど。
はいはいはい。
なんか情報が錯綜してるのかな。
トムの日なのかトム・クルーズの日なのか。
あ、違うごめんなさい。
応援して訂正させてください。
今写真をね、確認しました。
こいつ裏取りしてないわ。
絶対突っ込まれないと思って脇が甘くなったね。
くそ、もうみんな忘れてる頃だろうみたいな。
トムの日限定全国先行上映10月6日火曜日ってなってたね。
はい。
トムの日、みなさん見ました?トムの日に。
話をそらそうとすんなっていう。
恥ずかしそうにすなっていうのもあるんですが。
なんかこう、不利になったら話そらすっていう。
ルノワール戦法でいくのと思ってたけどね。
はい、ディガー。
えっと、これ有料コミュニティの深宮シネマクラブの方では、
みんなで映画を見た後に感想を喋ってみようかいみたいなオフ会みたいなのをやっていて、
今月のテーマ作品だったんで、
これやってる頃にはもう終わってると思うんですけど、
これは一応その前に収録してます。
一旦僕らで喋らないと喋りづらいっていうね。
いや、そうね。
みんなで感想会のところでフルテンションで、
いや、よかったよねとか、いや、こうだったよねみたいな話した後に、
2人だけになってポツンと収録すると、
めっちゃテンションも下がるしみたいな。
そうそう、ということでちょっと先に撮ってますけど、
なんかすごい感想とか評価とかはいろんなのが出てるようで、
映画を見る前には感想とかいう内容してたけど、
海外の批評とかのどういう評価なのかみたいなのが目にチラチラ入ってたんで、
結構怒ってる人とかもいるし、
そうなんや。
あと普通に工業的にかなり大失敗らしくて。
そうなんや。
いいねその反応。こういう反応ができないので。
先に撮っております。
これねだから後に撮ると、そうなんやがものすごいザッとらしくなるっていうね。
なのでなんかね、大赤字っぽいよ。大爆死。
そうか。
これ一つにはノーラのせいっていう説もあるんだけど。
そうなの?なんで?
なんかこれ一応ね、ワーナーブラザーズが配給なわけアメリカでは。
はいはい。
で、もともとクリストファー・ノーランってずっとワーナーで映画撮ってたんだけど、
最近離れたんですよ。
なるほど。
長年の付き合いがあったワーナーからいろいろストリーミングに力を入れるとか入れないとかなんとかかんとかで、
結局パラマウントスカイダンスに買収されるってことになったんだけどワーナーブラザーズは。
なるほどなるほど。
ごたごた会ってるときにノーランが離れたもんで、ちょっと焦って、
同じようにラージフォーマットっていうの、いわゆるデカい画面。
アイマックス価格みたいな、これビスタビジョンみたいなの撮ってんだけど、
そういうので一個ぶち上げないとやべえみたいになって、
大量の予算を投入しまくり、トム・クルーズ主演ならいけるんじゃねえかみたいな感じで、
肝入りの企画だったっぽいね。
ノーランがいなくなっても俺たちはやれるぞみたいな感じで。
あのやついなくったってこっちにはお前、イニアリティがいるんだって言うんだっていう。
そういう映画館で見るべき作品としてぶち上げようみたいな。
ノーランの作品って結構最近そうなってんじゃん、デカい画面でみたいな。
まあそうだよな。
ただなんかとんでもないフルスイングで工業収入が結構厳しいらしいという。
ダイファール。
ダイファールだったっぽい。
まだ公開してるからこっからの巻き返しはないかなみたいな。
見た後にこれをちゃんと宣伝するのはむずいよなっていう。
なるほど、いろんな意味でね。
いろんな意味であるなっていうのが見た後の印象なんだけど。
まあ話としては一応、今回またネタバレがっつりいくので、
見てない人はこの辺でやめといてもらってもいいんだけど。
そうね、結構ネタバレない方が楽しめるような気がするから。
普通にびっくりするしね。
そうそうそう、ん?みたいな。
なるので、まあでも我々はぶっちゃけ話をします。
ルノアルスタイル。
ルノアルスタイル、トム・クルーズがディガーって言われる石油王みたいなもんなのかな。
そうね、ディガー・ロックウェルっていう名前のね。
名前の石油で大富豪になっている会社の会長クラスなのかな。
よくわかんないけど。
そうね、トップなんだ。
トップ・オブ・トップを演じてるっていうところまでは予告とかでもわかるレベルなんだけど。
ディガーなんだよね、掘っているというね。
そっから先、見て30分ぐらいに1個大きなちょっと、
あーなるほど、みたいな。
そういうことね、みたいな。
そう、最初何起きてるかわかんなかったね。
ん?巨人?巨人?巨人なの?みたいな。
巨人映画、ビガーね、それ。
そうね。
ここで言ってしまうと、実はそのディガー・ロックウェルを描いている映画と思って見ていたら、
ディガー・ロックウェルを描いている演劇を、演劇のリハーサルだったみたいな。
そうね。
劇局というか、まあそのウェルプリプロ、なんていうのがあれ?
まあなんか最終リハみたいな感じの一部四十というかを追っているっていう。
だから劇中劇を見てたんだ我々はっていうことになってるということだね。
そう。
なのでトム・クルーズはディガーを演じているんじゃなくて、ディガーを演じている、なんだっけカーティスだっけ名前。
そう、カーティス。
カーティスだよね。
カーティスという俳優を演じているんだよね、トム・クルーズは。
そうね。
二重のあれになっていて。
トムがカーティスを演じて、カーティスがディガー・ロックウェルを劇の中で演じているっていう構造になっていると。
最初から見てると普通に映画だなと思ってたら、なんか途中でそのセットが崩れてあれみたいな。
ストップストップみたいな感じでリハが止まるっていうところで、あ、なるほどみたいな。
ちょっと控室に戻ったりするっていうね、トム・クルーズ。
あ、そういうことだったんだこれみたいな。
で、最後までそのリハの様子と本番までみたいなのが描かれるっていう演劇映画ではあって。
それが隠し玉的にはなってんだけど、それが分かった上でもなんかちょっとややこしい話ではあるなっていう。
まあね、そうね。
どうでしたっていうのは先に聞いていいですかっていう。
ああ、そうね。これね、俺ね、2回見たよ。
おお、すごい。俺は1回しか見てないけど。
つまり、これすげえ良かったよ。
俺もですね、結構好きですね。
さあ果たしてこの。
さあ果たしてってここから何が始まるんだって別にお二人とも同意でいいじゃんって。
まあね、どう好きだったのかの内容がね、分かれるかもしれないけども。
そうね。
そうだなあ。
いやなんか、なんていうのかな。
どんでん返しというか、そういう話だったんだみたいな。
劇中劇を追ってる、劇中劇のリハを追ってるんだっていう意外性みたいなのが良かったっていうだけじゃなくて。
なんていうか、結構ね、最後の最後まで見て、
ああ、見た。この絵がこんなこと言いたかったんだみたいな感じになって、
すげえなんか、なんていうのかな、突きつけられて、すごいまあはっきり言うと嫌な気分になったね。
最後の最後で。
エンドロールとかで、うわーみたいな。
やられたーみたいな感じで。
うつうつっていう。
そうそうそう、でも結構ね、うつうつって感じの気分になったっていうのは、これ正直なところの感想だね。
なんかちょっとまだぼかしてるけども。
俺はね、なんかね、想像できるというか、そういうふうに結構モヤーッとさせる終わり方でもあって。
そうね。
ぶっちゃけて言っちゃうと、最後までそのリハが終わって、本番、たぶん初演なのかな。
ラストシーンが終わった後にみんなで大談演みたいなあったんだけど、
そもそもこのディガーロックエロー絵がいった、なんだっけ?
フォッシルフールみたいな名前の演劇だっけ?
そうね。
化石バカみたいな。
化石の愚者みたいな。
劇中劇の放題がフール・オブ・フォッシルみたいな。
そうなんだったよね。
だったと思うんだけど。
要するにそのディガーロックエローっていう男が、彼のためにガンガン掘りまくったおかげで、
なんだっけ?グリーンランドだっけ?アイスランドだっけ?
どっかの辺りの氷河が崩れ爆発して、それによって大津波がヨーロッパやアメリカを襲うという。
それを何とかしようとしてアメリカ政府がまたバカやって、世界がほぼ終わりかけて、
最後ニューヨークその演劇やってるシアターがニューヨークなんだろうけど、
水位が完全に上がってスラム化みたいな。
明らかに暮らすのが大変で、しかも放射性物質までその中にロシアが生きしていた。
放射性廃棄物みたいなやつを氷河、氷山に捨ててたのも流れてきて、
アメリカ政府がバカやったもんで、それをバラバラに、でっかい氷河だったのをバラバラに壊したもんで、
世界中に散らばったっていうことになったよね。
で、なので映画というかその演劇の最後終わった後に、レベル4みたいな緊急地震速報みたいなのが流れて、
みんなガスマスクみたいなのつけて、ともとも家に帰っていくっていう。
で、そのエンディング曲が流れてる間に急に音がブツッて切れて、観客に対してもレベル4みたいな。
お前らも一緒だぞみたいなことになってるっていうね。
いじわるな演出があったりしたので、げんなりというかお前らもだぞっていう指差しは意図的にやってるよねっていうので、
確かにこれドヨーンみたいな感じにはなるのはわかるんだけど、
俺は結構ねこれ割と希望もある映画だなと思っている。
いやわかるよ。
なんだこのわかるよ俺はねみたいな。
何がわかるよだよな本当に。
ルノアールで励まし合ってんじゃねえよな本当。
どう見たのかちょっと聞かせてほしいな。
だからこれ要するに2回外側に出るみたいな感じの構造になってるよね。
イルコ構造的なね。
最初劇中劇でディガロックウェルっていう人の1対1みたいな。
が遭遇した石油王が遭遇した危機みたいなののドタバタ劇みたいな感じだったのがそれを描いた演劇でしたっていう風になって。
演劇なんだって思うんだけど、その演劇で起きたことはどうやら何年か前に現実の世界で起きたことであるっていう風になってる。
で、現実だったのねみたいな。
ベースドオントゥルーストーリーなのねっていう風になって。
で、最後に鳥部役さんがさっき説明してくれた通り、もう1回外側で今見てる現実劇場にいるお前らもレベル4だけどねっていう。
つまりレベル4っていうのは多分環境汚染の空気の汚染の濃度とかを政府なりが警告するためのアナウンスが劇中劇の初演の最後に終わった後に流れるんだけど、それはもう1回流れるっていう形になってて。
つまり、映画の中の世界は演劇をやりながらも外の世界はぶっ壊れてるけどね。で、お前らの世界もぶっ壊れかけてるけどねっていう、その問いかけみたいな。
帰れってことだよね、その現実にっていうね。
お前らの世界はもうともとも家に帰れよっていうことだよね。
っていうか、現実に戻れよみたいな話なんよね。
でこれ、それだけでもショックなんだけど、何よりエンドロール見ながら、つまりレベル4の後の不穏な自然音みたいなのを聞きながら、つまり自然が崩壊していくっていうような多分メタファーだと思うんだけど、
を聞きながら思い出すわけ。
その劇中劇を作ってるスタッフたちが、要するに化石の愚者っていう演劇を一生懸命作ってんだけど、そのモチベーションっていうのが、監督なり出資者なりがやってるモチベーションっていうのが、
こういうきついことがあったけど、もうそれを笑い飛ばしていかないと我々は生きていけないじゃないかみたいな。
本当に辛いことが起き、そしてそれを引きずって、引きずってっていうかその影響で我々は辛い日々を送ってるんだけど、でも笑えるようにならなきゃみたいな感じで言ってんだよね。
これってある種の芸術の価値みたいなもんじゃん。
そうだよなみたいな感じになってんだけど、それが終わった後にレベル4って言って、観客たちがすごい特殊なガスマスクみたいな、最新鋭のガスマスクみたいなのをつけて、電源つけて、
もう電気式なわけ、多分フィルタリングするために汚染物質を。それをつけてともとも帰っていく、で外が壊れているみたいな感じになってて、これは美容によっては、てか俺はそう受け止めてしまったんだけど、
そうやって芸術であったこと、辛いことを笑っていこうねっていうのも、もう外の世界が壊れてたらおためごかしだけだよね。で、俺らに向かってもレベル4っつって言われて終わるっていう、あれもしかしてこれなんか意
味ないっすか全部っていう気分よね。
ていうか、君らが今こうやって満足してるけど、それももう外の世界壊れたら全部意味なくなるけどねっていうふうに。やっぱり聞こえたいのね、俺には。
なんかやっぱりそこがまず、もうちょっとあるんだけど、まずそこはエンドロール見ながら辛いっつってなったところではあったな。
なるほどね。なんか、そうね、確かに継承はならしているタイプの映画だし、結構この映画見た後にまあいろんな感想とかもちょっとめい通したり、いろんな人の話とか、YouTubeとかでも語ってる人いるし、ポト
リエさんとかも語ってる人はいると思うんだけど、みんななんかやっぱその話はしてるなっていうメッセージとして。
やっぱそうなるよね。
あとは劇中で、劇中劇で、ディガーが大演説、最初に大変な津波を起こした後かな。
うんうん、そうね。
なんか裁判所みたいな、なんかよくわかんないところで演説をぶちかます。
ヨーロッパの議会みたいなとこなのか。
ヨーロッパの議会かな。
そこでまあその弁明するかと思いきや、まあ一周開き直りとも取れる、みんな俺のことを責めるけども、でもみんなお前らだって携帯とか充電したいし、快適な生活をしたいから電気使ってるわけで。
携帯充電して、その充電した携帯でTikTokとYouTubeが見てんだろっていう。
その通りみたいな。
で、お前ら冷暖房完備の学校に通ってみたいな、来たんだろみたいな、お?みたいな話ね。
完全に開き直りとも取れるような発言をしてて、まあそれはそれで一個の正論でもあるのかな、改革後次だけど。
まあね。
まあ俺らだってこうやってポッドキャストやられてるのも電気があるからでみたいな。
映画見れるのも電気があるからでみたいな。
じゃあその地球環境についてすごいアクティブに俺は活動してるかというと全然してないし、まあ普通に電気代払って電気使ってるし。
ね、TikTokとYouTube見てるし。
見てるしみたいな。
まあその長演説はもうガスガス、これもまあ指してくるわけだけど。
我々が私が石油を掘るのをやめないのはなぜか、お前らが求めてるからだっていうまあもう一つのパンチラインというかがあるよね。
それもやっぱり響くものではある。
それについてもやっぱりみんな結構メッセージとして、まあその是非は置いておいても事実であって、
まあでもそれをお前が言えるのかみたいなそのディガーが完全に開き直りとして言ってることにはちょっとなんか疑問があるみたいな人もいれば、
そこで結構嫌音感が出てる人とかもいるっていうね。
はあはあはあ、なるほど。
まあいるんだろうなーっていう。
いるんだろうなーの苦しい感じの人。
はいはいはい。
いやこれは俺がなぜこの感じなのかというと、一個明確に俺大事なことが抜けてるなと思ってるんだよ。
この映画について語ったりしてる人とか書いてる人とかって、めっちゃ複雑じゃんこの映画自体が。
そのせいでもあるんだけど、この映画何の映画なのっていうところをみんな意外と気づいてないというかそこに目が行ってないんじゃないかなっていうそのメッセージの方にばっかり引っ張られていて、
はいはいはいはい。
この映画何が言いたいのかみたいな時にその社会的なメッセージみたいな。
まあこんだけ地球環境のこととか、あとまあすごいアメリカを腐したような大統領とか出てくるしバカみたいな、
はいはいはい。
愚かな人間がいっぱい出てきて、まあわかりやすくその政治的なメッセージみたいなのも込められてるっていう風に、
まあなんか今の世の中はそうじゃん、大体なんかその議論になっていくっていう。
うんうんうん、はいはいはい。
で俺もその方が、そのメッセージの方が強いから、なんか一回見た時も、でも結局これ何が言いたいのかなみたいな。
うんうんうん。
その言ってることも結構映画としてもひっくり返ってるような。
うん。
なんかそれを伝えるだけだったら別にディガーというこの何?化石のバカみたいなその演劇の部分だけを映画にすればこと足りるじゃんっていう、この愚かな人っていう。
なるほどね。
でもなんでこんな分かりにくいこの入れ子構造したり何個もレイヤーがあったりとか、でなんか関係ねえ娘の話とか出てくるしみたいな。
はいはいはい。
途中であの、途中というか序盤でその主人公のカーティス?
ディガーを演じてるカーティスの娘が行方不明になっちゃうんだよ。
うん。
でもなんか割と最後普通に見つかったよかったっていう。
そうね、そうね。
唐突だなみたいな。
うん。
だからその辺の話とかなんか手抜きなのかなみたいな。
はあはあはあ。
特にそのそこはしっかり描かれないし、この人たちのこともあんまりよく知れないし。
うんうんうん。
でもそもそもこのディガーのその演劇の中でもディガーという男はあんまりよく分からないんだよ。
うーん、まあまあまあまあ。
あの愚者としてね、徹底的に描かれてるからね。
そう。
ってなった時にこれ何の話?って思います?っていうのは聞いてみたくて。
ああ、何の話?いやもうストレートにだから俺はね、最前に言った通り環境問題の話だと思ったからなあ。
環境問題の話であり、でなんかその、まあ言いそびれたことで言えばその、
劇中劇でもそうだし、その劇を見た観客たちもそうだけど、つまりそのディガーロックウェル一人に対してなんかもう、
落ちろ!みたいな、死ね!みたいな、ファック!みたいなこと叫んでるっていうそのなんかね、スケープゴート見つけてなんか安心ですねみたいな、よかったねみたいな。
でも現実お前らが求めたことだし、どんなにそれで流音を下げたところで外の環境もう変わんないけどね。
レベル4だから、っていうなんか風刺をこちらに突き刺してくる環境問題の映画として素直でルノワールで騙されそうな俺は。
まあそう見たらね。なんかルノワールが騙してるみたいな。
いやちょっとヤバいヤバいヤバいな。素晴らしい。ルノワールは喫煙もできるしね。
これ逆に馬鹿にしてるみたいになってる。馬鹿にしてるみたいだな。
いや僕は喫煙者ですので、ルノワール欲してますよっていうとこだけど、なんかそういうことじゃないってトリビアさんは言いたいってことなのか?
いやなんか俺もやっぱりそうなんだろうなーって言った時に、なんか色々よくわかんないものがいっぱいくっついてるなーみたいな。
俺は一回しか見てないけど、結構起きてることを整理していったら、その一個後補助線引いたらこれ何の話かすげーわかるなみたいなのが。
自分の中で、これあくまで俺の見方なんだけど、見つかって、それこの物語はその世界を壊したそのクソ野郎、リガーをどう演じるべきか悩む俳優の話なんだ。
あーそうね。
めっちゃシンプルじゃんこれって。
主人公はカーティスなんだよね。
そうカーティスなんだよ、リガーじゃないの。
でカーティスの問題、抱えてる問題ってなんだかっていうと、ずっとリハの途中からこれ納得がいかないって言い続けてるね。
そうだねそうだね。
そのリガーという男を演じるにあたって、自分はその役作りのためにすごい色んなリサーチもしたし、
彼が喋ってる映像とかもいっぱい見たし、みたいなこと言うシーンがあったと思うんだけど。
そうした彼にとって、この男、リガーと繋がりが見出せないんだみたいなこと言ってる。
役がどう感じるっつってね、言ってたね。
それが問題なんだこの話の。
はいはいはいはいはい。
でそれに対してその演出家のハンナだっけ。
ハンナだね。
ハンナが。
総演出っていうか監督みたいな立場の人ね、女性。
いやいやそんなことはどうでもいいんだ、もう明日、明日というか今日上演するんだと。
で私がこう演出したこれに従って台本に従ってやってくれと言ってるのに納得がいかない。
こんなにバカみたいに描いていいんだろうかみたいな。
こんなに愚かな人間に自分には思えないみたいなことまで言ってね、そのリガーについて。
そうだね、そうだね。
実際に多分カーティスは色々リサーチして、史実と違う部分がいっぱいある。
だけど演出上こうしているみたいなのがいっぱいあって、
それはその演出を担当しているハンナからすると、
いやこれはそのあくまで喜劇でみんなを笑わせるためにこうしているんだから。
実際どうとか関係ない。
この男を愚かに描くことで、今その外がクソみたいになっているこの人間たち、
私たちが少しでも過去を笑い飛ばして生きる糧になればいいんだっていう、
この2つの対立が描かれる途中で。
なるほど、確かに。
そうじゃん、本当はもうちょっと複雑な人間だったり、
猫はね、リガーは飼っていて、死にかけなんだけど、
ずっと延命処置みたいなのをしながら、
死にかけの猫を飼っていて、すごい愛してるように描かれているんだけど、
猫だけが心の支えだったっていうね。
そこぐらいしか多分リガーの内面はほぼ描かれなくて、
でもそういう部分がある複雑な男なのに、
この演劇の目的として、
世界がクソなのでちょっとでもそのことを忘れて、
それを誰かのせいにして楽しんで、
最後リガーは自死を選ぶわけね、多分。
少なくともその劇の中では海の中に飛び込んで死ぬっていうのがラストシーンになってて、
そこで死ねーとか言ってみんな手を叩いてる。
そう叫んでるんだよな。
そういうことでいいんだろうかって考えてるのは多分カーティスなんだよね。
カーティスはどんなクソみたいなやつでも、
一人の人間としてやっぱり理解して描くべきなんじゃないか。
演出家としてはこんなクソみたいな世界だからこそ、
クソ野郎を笑い飛ばす娯楽が必要なんだという派。
これがずっと対立しててリハが止まったりするね。
もうちょっと明日話そうみたいな。
もうこれ6回目だからみたいな感じに、
ハンナうんざりみたいな、カーティスモヤモヤみたいな感じのがずっと続いていると。
うーん、なるほどな。
あの演劇が素晴らしくなったのは、
そのカーティスが諦めずに、
中はいくらでもバカに描こうと思って、
おちゃらけてやることはできるんだけど、
そんな男に対しても真摯に理解しようと思って、
演技をしたから、
素晴らしい劇になったんだっていうことになっているなと思って、
それはやっぱり芸術の価値ではあるというか、
外側のそういう政治的なメッセージの、
一番中にある大事なメッセージかなと思った。
なんだろうな、その外側の、
ポリティカルな、今散々されているような議論みたいなのの、
内側にある、一番内側にあるそのメッセージを描いたということ。
このメッセージって何なんだろうね。
やっぱり理解じゃない?
なんか今もまさにレベル4って言ってたけど、
こういう例えば誰か犯人を見つけて、
石を投げたり炎上的なキャンセルカルチャー的なものって、
もう毎日のように起きているじゃん。
それはそれで意味があるというか、
一つの手段だなと思うんだけど、
そうやって世の中をちょっとずつ良くしていくっていう手法でもあるじゃん。
悪いことしてる奴らに指差してやめなさいっていう。
それをアクティブにやってる人のことは決して悪く言えないと思っていて、
だってそれは一つの本当に手段だから。
だけど、その人のことを理解することって、
別にその人のことを許してることとは違うんじゃないかなっていう風に思う。
なんか理解しようとするだけで、
そっち側の人間ですねっていう世の中になりつつあるじゃん。
まあそうだな。
なんて言ったらいいんだろうね。
透破性で全部判断されるみたいなね。
この人がどういう人間なのか理解しようとしているということは、
あなたはそっち側なんですねみたいな感じにややなりがち。
まあね、SNSだけかもしれないけどね。
なりがちではある世の中のね。
その差別的な発言とかしてる人とかが、
なんでそういう発言をしてるのかっていうのを、
やっぱりこのトム・グルーズにしてるカーティスは、
そのディガーという男を理解しようとして、
理解多分できたんだと思うんだけど。
ディーグしようとしたわけね。
ディーグしたんだよね。
そう、ディーグってね、2つ意味あるよね。
そうだっけ。
いや、あのあれじゃん。
掘るの意味と分かるの方があるでしょ。
ディグイットみたいな。
あとなんか楽しむもあるらしいね。
理解して楽しむみたいな。
分かって楽しんでるみたいな。
確かに。
理解するなわけだ。
そうだ。確かに。
それでしか見えない視点はあると思っているんだけど、
これもまた伝わりづらい話だなっていう。
そうね、切れ味鋭くなくなってくるよね、これなんかね。
だからこの映画分かんないってなってるのかもしれないっていうか、
要はこれ表面的に見れば、
あなたたちも悪いことしてますよねって言われてるところで止まっちゃうじゃん。
そうね、俺がまさにそうだったね。
反省してる人みたいになっちゃった。
2回も見たのにね。
これでこうやって、お前は何も分かってないぞっていうところから勧誘が始まるからね、これ。
1回ね、ゼロにしてから。
そうそうそう。くじいてからね。
そう、鬼メソッドっていうのがありまして。
寝させない気なんだね、この人はね。
いやなんか、そういう話なのかなっていうのは俺思ったっていう。
うんうんうんうん。なんだろうな、難しいよな。
つまり分かる、ディーグすることによる、理解することによって得られる果実について説明がなかなか難しい。
しかもね、しかもこれ意地悪な見方をすれば、てか元の構造に戻っちゃうんだけど、
そうやってそうやってるのすら、外の環境がレベル4だったらもう意味ないよっていう風に言ってるとも取れるわけだよね。
みんな多分そっちをポリティカルに、それこそ東派勢でスケープゴートっていうか犯人探しをしている人たちからしたらそうなるよね、おそらく。
いやもう何アマチュラ語で言ってんだよみたいな。
北極熊死んでんだよみたいなことになるし、戦争今進んでんだよっていうことになるのだが、しかし絶対大事な視点ではあるはず。
理解するっていうこと、掘り下げていくことの価値みたいなのはきっとあるし、それを描いている映画でもあるはずってことだね。
地球環境とか政治的なことに対して真面目に取り組んでいる人にとっては多分めちゃめちゃ嫌な話をされているんだろうなっていう、それ起こるのも当然だよなっていう。
だってあなたもこのディガーと一緒ですよねって言われてるっていうさ。
そういうことなんだよな。
でもこの映画本当にそういう話だっけみたいなのは重要な視点だと思うんだけどなって。
結果じゃあこの劇中劇のディガーに関してはリハが完全に止まるまでの内容って本当に中身ないじゃん。
そうね。
なんか本当に味のないただのコメディというか、心打つものは何もないよね、最後のパートまで。
それはそういうふうに描かれてるんだと思う。だってその演出家がそれを意図してやっているという世界の話だから。
で、対象はそれを望んでいるっていう。
そうね。
で、その中にいるカーティスはなんとかディガと繋がろうとするけど重要なファクターである猫がすごいロボットだなみたいな。
こんなんじゃ感情作れねえよみたいな感じになるし。
で、その猫の扱いももう完全に笑うための孤独みたいな。賛成ですねみたいなのも含めね。
実際のディガと猫の関係は理解するに足る何かだと思うんだよね。
そうだな。孤独な男だったっていうことの証拠ではあるはずなのかな。
だからといって何かを完全に正当化できるわけでも全くないんだけど。
もちろんね。
それがあると断罪するときの振り下げた手が猫好きはやっぱりさ。
俺猫好きなんだよね。
猫好き同士が結構繋がれるじゃんみたいな。
でもそうなっちゃうから見ないようにするとか、むしろこれあれを虐待だったみたいな描き方になってたりとかされてんだろうなっていう。
で、それってなんかすごい引いた目で見ればディガ自体がやってたこととあんま変わんないんじゃないかなみたいな。
現実というものを結構歪めて見てる男のような気がしているので。
結論ありきでそうやって見ること、実際の真実から目を背けて。
演劇である以上脚色めちゃめちゃされてて、むしろ一種のプロパガンダ的な演出をされているわけだよね。
こういうバカがいましたっていう。
それは危険ではないのかっていうところでもあると思うんだよね。
かといって、この映画の弱点としてはこのややこしさがあるので、
さっき言ったホープが娘の名前で、ホープが亡くなってホープが見つかるっていうこのとってつけたような。
そこの話がもうちょっとちゃんと映画として面白く描かれていたら説得力があるんだけど。
なんかすごい頭で考えたなっていう。
まさに俺も流れてちゃってたわけだしね、全然引っかかってなかったそのホープについての話は。
すごい抽象的だしメタフォリカルなわけじゃん。
こうなると、じゃあ人に伝わるかというと難しいよなって。
だいぶ考えて組み立ててそうなのかなっていうところまで行ったけど、
一回見ただけじゃ何のこっちゃわかんないっていうのはその通りだなっていうので、
手放しで大善算できる映画じゃないんだけど、
まあ攻めてますよねっていうのが俺の感想かなって。
なるほどね、打倒ノーランでもう振りかぶりに振りかけたわけですから。
渾身のフルスイング。
同時にその劇中劇でディガーっていうの腐しまくった、お話としてはそのまま上演されたわけで。
じゃあ外の世界何も変わってないですよねっていうメッセージももちろん含まれてると思うし、
じゃあ誰か犯人探したところで、その瞬間楽しいけどガスマスクつけて帰る世界は何も変わってないっていう。
そのディガーの次が出てくるでしょっていう結局っていうのもこのメッセージだと思うしなみたいな。
そうね、多いななんかな。
要素も多いし構造も何十回になってるからなっていう。
2つあって、そもそもいくえにもなってる構造を読み解きメッセージを受け取るっていうのが難しかったとしても、
俺結構こんなに環境問題を考えてないよなお前っていうふうなので突きつけられて傷ついたのは割と初めてくらいだったの。
だから2回目に本当に嫌な気分になったわけね。
しかもこれが物語、映画というか、まあ映画だよね。
演劇、映画、そういったものが繰り返しになっちゃうけどおためごかしにしかなってないっていう構造になってるんだよっていう。
外はレベル4だよ。
そうなるよって。
いいのそれでみたいな。
それでいいんでしたっけみたいな。
君たちは気持ちよくカタルシスを得たり、流音を下げたり、詞作を深めたりしてますけど、いいんですかねみたいな。
外、あんな感じですけどっていうのだけ伝わるだけでも十分に意義はあると思うねこの映画。
だから俺は傑作だと思ったっていうことであるし、
同時にしっかりトリビアさんみたいに読み解いた。
つまり、悪人であろうとその人の心を理解するということには価値があるはずである。
そして、ただどっちも正しいんだ。
物語に束の間の希望を得て現実に戻っていくっていうことも正しいし、カーティスみたいに悪人であろうと人としてちゃんと描く方がいい。
描かなければならないんだみたいな、どっちも正しいっていうことが描かれてるっていう2つって言ったら3つだな。
そういったことがちょっとでも伝われば、もう大成功なんじゃなかろうかと思うね。
興行的には大失敗なんだね。
俺が一番印象に残ってるのはカーテンコールというか、終わった後のみんなの楽しそうな顔っていう。
やり遂げたっていう、ここには価値があるっていう。
あれは全然シニカルな視点で描いてないと思ったね。
最後終わった後にできたっていう。
その演出家の考えも、演劇カーティストの考えも、多分変わってないと思うんだけど、対立してた2人が。
でも一緒に何か作り上げて、受け取るのも自由だし、受け取らないのも自由だし。
そこには本物があるなっていう描き方にはなってたので、演劇や映画みたいなクリエイティブのものに対する参加ではあるな。
でもそれじゃあ帰らせないよっていう。
これでいいんだっけみたいなのは最後は残していくんだけど。
あそこは本物、唯一この映画の中の本物だったなっていう。
思い出したのはブラックスワンのラストシーンなんだけど。
うろ覚えたか。
アイフェルトパーフェクションって言って倒れていく。
本物になれたっていう。
いろんなものを犠牲にしてでも何かに触れたっていう瞬間みたいなものは、どっちもこうやって劇場のステージを倒れていくっていうシーンだけど、
なんかあれに近いなと思った。
そうか。
実際にトム・クルーズはディガーを演じる時はすごいアメリカの中西部なまりっていうのがディガーの喋り方なんだけど、
カーティスの時は違うなまりになってて、
でも途中なんか結構ごっちゃになってんだよね。
ステージ上で演出家と喋ってる時もディガーの喋り方だったりするのよ。
なるほど。
結構なまりが。
多分1回しか見てないから正確にはどうか思い出せないけど、なんか変だなと思ってたんだけど。
方言と標準語が行ったり来たりしちゃうみたいなことが。
その略と素が混じってるみたいなシーンがあったような気がしてて。
なんかやっぱこれ演じることで理解していく話なんだなっていうので、さっきの説みたいな見方が一個思いついたんだけど。
でも難しいなって。
なるほどね。難しいね。
みんなで、いわばみんなで作り上げるということ。
一番大きいテーマみたいなのがそういうことなのかもしれないね。
集まることにやっぱ意味があるっていう。
客が来ることもそうだし、
場があって。
場があって作る側と受け取る側があって、そこが相互のコミュニケーションになっていてっていうこの場は本物だよねみたいな。
どう?イニアリトゥ。
なってる?っていう。
どうなのかな?イニアリトゥ。
イニアリトゥ。
今俺らアルノアルにいるんだけど。
来てくれる?本当に。
でもやっぱりそうね。
だからその部分の価値が伝わりにくいのかなっていうか、やっぱり俺がそうだった通り、
すごい一番わかりやすい構図に、
まああえて言えば、
現代社会はもうかなりそうだけど、
ポリティカルな構図に、
わかりやすい構図に持ってかれてしまうっていうことだよね。
スケープゴート探しだったり、
いやスケープゴート探して安心してるお前らもだからなっていうことだったり、
でもレイヤーは一緒だ、それは。
でもそれ以上の何かがきっと描かれてたってことはないよね、きっと。
心を理解することであったり、
みんなで作り上げ共有する。
みんなで何かをする。
みんなで何かをする。
いやなんかバカみたいだけどさ、大事だよな、でも。
本当に。
みんなで何かをする。
何か一つのことを達成するんだよ、みんなで。
その、分断するんじゃなくて。
意見が違ったとしても、
ちゃんと話し合って。
そんなとこまでディグできませんでしたね。
いやでも難しい、それを映画としても、
じゃあ妹の話とか、
描けてたのかというと全部そうでもないしなみたいなのもあるし。
まあ話はどっちからかわかるから、
劇のリハーサルの中だけにしたんだろうけど。
そんな、なんか、
娘見つかりましたはねえだろうっていうね、その。
どういう、どういう経緯でみたいな。
適当な脚本だと、
それは撮られるよっていうね、
実際適当な気もするしなみたいな。
まあ象徴的だからそういう風になってるのかもしれないけど。
ねえって。
そうね。
ただなんか少なくとも、
この映画がその、
カーティスの話であるということは触れるべきだと思うんだよね、
この映画を喋るときに。
ずっとみんなディガーの話をしていて。
ディガーとあの世界の話というか、
じゃあどっちが悪いんだみたいな。
それこそもう犯人探して。
そうね。
こういう愚かなやつがいる。
それを愚かに描いていいのだろうか。
描く方が悪いんじゃないかみたいな。
でもこの映画の中ではどっちも正しいっていう発言がはっきりあるのは、
まあ伝わんないかなみたいな。
大事なことだと思うけどなみたいな。
そうね。
そう考えると、
神対立軸としては、
神はじゃあもうカタカナにしようぜ。
ゴジラ?
神対立軸そうそう。
神カメラだみたいな。
はやっぱり何かみんなで作り上げるみたいな。
みんなでやる、やり遂げるみたいなことと、
とはいえ外の環境問題ってソリッドの現実があるっていう、
これにはどっちにも価値と切実さがあるぞっていう。
価値があり危機があるぞっていうことなのかもしれないよね。
大事だけど時間がないよみたいな。
大事だけど危機が迫っているよっていうことなのかもしれない。
だから劇場の中と劇場の外っていう、
ただそれだけのことなのかもしれない。
でも別に劇場の中に価値がないわけじゃないよ。
でももう劇場の外では危機がもう、
刻々と迫っているっていうか進んでいるんだよっていうこと。
そこに答えはないよね。
ただそうなってるよっていうことを提示してるというふうに取るのが、
一つ見方として見えたような気はするよな。
みなさんはどう手繰りましたでしょうか。
ええ。
そうね。
どう手繰りましたでしょうかね。
もう同じこと。
同じこと。サボってんじゃないよっていう。
そうね。
もうちょっともう作り上げ切ったんじゃねえかなみたいな感じで、
気は抜けてしまいましたが。
トム・クルーズはでもちょっと良かったねやっぱ。
いいアクションだと思う。
すごいね。トム・クルーズってなんかいいやつなんだろうね。
ほんとちゃんとこういうのとかにも出るんだねって思った。
なんかめちゃめちゃ自分が輝くやつだけじゃなくて。
もちろん輝いてたんだが。
役者はすごいっていうことでもあるしな。
理解して演じるってそういうことだしなっていう。
なんか完成形しか見てねえけど、
それは一筋縄でいくことじゃないんだぞ毎回っていうことなんだろうしね。
ちょっとルノワールの暖和室の使用期限の時間がそろそろないようなので。
ちょっとみんなの意見も気になるので、
今度まあ多分、
観測会も楽しみだし、
みなさんのお便りで、
そんな映画じゃなかったっていう人を。
そうだね。
そうだと思いましたっていうのも欲しいし、
そんな映画ではありませんというお便りもお待ちしてます。
ルノワールでのいろいろな目撃談もお待ちしてますので、
現実を僕らに叩きつけてください。
ルノワールの外はレベル4だからね。
内側が。
中はレベル何なんだって。
中はだからもう全然、
安全、安心、ルノワールって最高の喫茶店です。