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こんにちは。あなた色の人生を。藤田薫です。
本日は、2026年の4月9日。
今日は、金ナンバーが121。
赤い竜、白い鏡、音が4の日。ということで、
えー、今日からのですね、20日間。
っていうのは、マヤ暦では、背骨の20日間。
という風に言われています。
皆さん、このラジオを聞き終わった後でいいので、
もしよかったらですね、ツウォルキン表って、
Googleか何かで、ちょっと検索してみて欲しいんですけれども、
そうすると、1列が、縦1列が20ずつ分かれた、
なんかこう数字がブワーって書いてある、なんか表が出てくると思うんですよ。
で、その121から140までの20個の数字が並ぶ列を見ていただくと、
ちょうどですね、その表の真ん中をこう走ってるっていうか、
真ん中の位置を取ってると思います。
で、これ体に例えると、背骨の位置を意味していて、
なのでですね、この20日間っていうのは、背骨の20日ですよ、なんて言われたりもします。
で、まあ人によっては、天と地を結ぶ柱の20日間とかね、
そういう風な言い方もします。
で、これ、あのー、すごく結構そうだなーって思う、
あのー、私も実感をしてるんですけども、
ここの20日間っていうのは、やっぱり背骨っていうのは、
もう家で言うと大黒柱、で、人間の体も背骨ってありますけども、
やっぱりこれがないとフニャフニャですよね。
人間絶対立てないです、背骨っていうのがないと。
やはり背骨は全ての支柱になっているものなので、
やはりこうね、どっしりと、なんて言うんですかね、
真っ直ぐ通っているっていうことが要求されているわけなんですけれども、
むしろ要求されているっていうか、
もうなんか背骨っていうのは真っ直ぐで当たり前みたいなね、
そういうものだったりもします。
だからやっぱりここが曲がったりとか、ここが詰まったりすると、
やはり自分の感覚っていうのを感じたとしても、
それを自信持って現実に出せなかったりとか、
自分の意見を言えないとかですね、
そういうことになりかねない。
なんかそんなふうにちょっと思ったりするんですよね。
なのでこの期間っていうのは、
自分で自分の意思で決めていくということであったり、
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自分の人生の背骨みたいなところを意識する。
ちょっと漠然としてますけれども、自分って何が大事なんだろう。
何を大事に生きているんだろう。
仕事してるんだろう。
何を皆さんに伝えたいんだろうとか、
そういうことも含めて、やっぱりそういうのって自分の信念って、
自分の仕事、人生、人付き合いとかもそうなのかもしれないですけど、
全てにおいて支柱になっていくものだと、
背骨になっていくものだと思いますので、
ここをしっかり定めていただきたいなというふうに思います。
そんな大事な20日間から、
今日からスタートしてるんですけれども、
昨日もちょっと小読みの話をさせていただきましたが、
やはりそういうことを知っていると、
この期間って自分で決めて自分で進むってことが大事なんだなとかと思うと、
やっぱり普段だったら何か決めかねていることが、
スムーズに決めることができたりとか、
人の意見に惑わされずというかですね、
みんな周りはこういうふうに言うけれども、
私はこういうふうに感じていますよっていうことも、
結構堂々と言えるんじゃないかなって思います。
なんかね、やっぱり日本人のこれは特徴なのか、
どこかやはりみんな周りに合わせてですね、
今こういう空気かなみたいな感じで合わせたりとか、
そういう自分の意見を言うような機会っていうのも、
誰かが言ってくれたら言うけど、
自分から発するのはちょっとみたいなね、
なんかそういうのも結構多いんじゃないかなと思うんですよ。
だけど、なかなか周りを待っていても進まないってことは、
もう重々あると思うし、
何だったら自分が一番になってというか、
矢表に立って進めていくぞぐらいの覚悟があると、
そういう人の人生っていうのは私はすごく進んでいくし、
周りも応援してくれるしっていうふうに思います。
なので、ぜひちょっとそういったところを意識して、
動いてみていただきたいなというふうに思うんですけれども、
だからっていうわけじゃないんですけど、
私ずっと前からこれを思っていたことがあって、
ずっと言いたかったっていうか、
これってどう思いますかっていうか、
自分の中ですごく違和感があったことをですね、
今日はお話ししたいと思うんですけれども、
例えば、
私ね、これよく子育て、まだ小さかった頃、
子どもたちが子育てで小さかった頃に、
そういう時だったり、
そうじゃなくてもよくあることなんですけど、
例えば私が子どもがまだ小さくて、
なかなか例えば夜泣きがひどくて寝れないとか、
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あるじゃないですか、そういう時期っていうのが。
でも今思うとですよ、
そういう時期なんかっていうのは、
もう過ぎ去っていくものだから、
そんなの永遠に続くわけじゃないから、
一個一個そこまで悩む必要はなかったなって、
今になったらわかるんですけど、
あの時の私っていうのは、
そういう時の状況っていうのは、
もうなんかそれが一生続くような気がするし、
というかもうそれが一番生きてて、
一番の悩みだったりするから、
もうそこにとらわれちゃうんですよね。
で、例えば、
それをちょっと先輩ママとかに話してみたりとかする。
そうすると、
結構ね、こういう答えが返ってきてたんですよ。
いやいやいや、かおりちゃん、
そんなのね、女の口だよ。
っていうね。
で、どういう言葉が続くかっていうと、
まあいろいろなパターンはありましたけども、
私が子育てしてた頃は、
っていうふうに持っていく人もいれば、
いやいやいやいや、そんなこと言ってたらさ、
もう中学生の子供とかになったら、
もっと悩みは大きくなってるんだからね、
みたいなね。
だから、
そんな夜泣きぐらいでじゃないけど、
悩めてるって逆に幸せだよみたいなことを
言われるってことがね、
よくありました。
で、そうかって思うわけですよ、私も。
じゃあ私こんなことで悩んでるのって、
ちっぽけなんだなって思う。
これも一つは心が軽くなるというか、
一つの解決策なのかもわからないですけども、
でもね、私は思うんですよ。
それって根本的な解決に何にもなってなくないか、
っていうふうに思うんですね。
で、やっぱりもっと余裕がないと、
ないときだったら、そう言って言われると、
じゃあ私こんなふうに悩んでるのってダメなんだ、
みたいな。
そういうふうに自分を追い詰めてってしまうような
要因にもなっていくんですよね。
だから、
根本的な解決になってないっていうのは、
なんならその人たちが、
なんていうんだろう、
相談した相手の、
今の状況を上書きされちゃって、
なんなら向こうの愚痴が始まっちゃったりとかね、
いやいやいや、私なんかさ、
あなたなんかもっとマシよ、
私なんかもっとあれだったんだから、
私なんか同居してて、
夜泣きなんかさせようもんなら、
義理の両親がこうだ、あだって言ってきて、
だからそんな状況だったから、
もっとひどかったよ、もっと悩んでたよ、
とか言われると、
私がこうやって言ってるのは贅沢なのかな、
なんて思っちゃったりもするし、
中学生、もっと先輩ママになると、
そんなことで悩んでた時代懐かしいね、
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とか言われると、
ちょっとこう、
こんなことで悩んでる自分が、
っていう気持ちになってしまうと思うんですけども、
それってその状況になってみるから、
分かるだけの話であって、
じゃあ今はどうなのかって言ったら、
辛いんですよ、その人、本当に。
私は辛かったんですよっていうね、
すごく、
何だろうな、
やっぱり寄り添ってもらってない感じがすごくして、
私はとっても違和感だったんですね、
相談というかした時だったり、
あとはちょっと愚痴をこぼした時に、
いやいや私なんかさっていう風に、
私はとかね、
私なんかこうだよ、もっとこうだよとかって言われると、
ちょっとうんっていう感じだったし、
先を行く人が、
そうやって、
その状況を分かるからこそなんだと思うんですけど、
それ今だから言えるんだよみたいなね、
すごくそれって実は幸せなことなんだよなんて言われると、
そう思えない私からすると、
何て言うんだろうか、すごくネガティブなんだな私って、
みたいなところをちょっとこうなんか、
突きつけられてしまうようなね、そんな気がして、
根本的な解決になってないなっていうのはすごく感じてました。
でもこれって、
私はちょっと今例え話で、
子育ての話をしましたけれども、
これよくありません?皆さんの中でも。
これ逆のパターンで、
自分がそうやって言っちゃってるって人もいるかもしれないですけども、
自分が何かを辛いなって、
しんどいなって思っている時に、
周りが寄り添ってくれなかった経験って、
結構ないですか?
私ね、これすごいいつも疑問で、
みんな何を、何ていうかな、
ただ言いたいだけの時ってあるでしょっていうね、
ただ愚痴りたい時ってあるじゃんと、
そんな時に、いやいやそんなの甘いよみたいな風に、
上書きされちゃったら、
もう言えなくないですかっていうね、
私はなんかもうこれがいつも疑問っていうか、
もう違和感というかちょっと怒りですよね。
最近何かがあったんだこの人っていうわけじゃないですけど、
私が何かがあったわけじゃないですけど、
ずっと思ってたことでね。
で、何にもこう言えなくなるよねと。
で、その辛いとかっていう感覚、
きついとかしんどいとかっていう感覚っていうのは、
もうそもそも比べるものじゃないんですよね。
で、なのに私の方が辛いよとか、
いやいやいやいやそんなのまだマシだよみたいな風に、
上書きされちゃうと、
自分の苦しいとかっていう感覚が鈍ってしまうんですよ。
だから私ですね、
もうそういう人の言葉には耳を貸さないでくれっていうのを、
すごく思います。
特にねこれね優しい人に起こりがち。
そっかーって私そんな風に、
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ちょっと辛いと思ってたけど、
これまだまだ甘いんだなとかね、
いう風に思いがちな人っていうのは、
優しい人に多いです。
だからその人の言葉をね、
もう鵜呑みにしちゃうっていうか、
受け取りすぎちゃって、
で、自分が辛いとか苦しいって思ってることを我慢して、
閉じ込めてしまいがちなんですよ。
もうそれねしんどいでしょうよって私はすごく思ってます。
だから自分が辛いとか苦しいとか、
今のこの状況嫌ですっていうのって、
比べることではないです。
あの人の方がもっとしんどいよねとか、
そういうのもいらないんですよ。
もう辛いんですよあなたはっていう苦しいんですよ私はっていうところなので、
そこは誰かと何かと比べて、
いやいやまだ頑張れるはずみたいな感じで、
自分で自分に何か重りをつけないでほしいなっていうのをちょっと思ってます。
これずっと喋ってみたかったことっていうか、
でもちょっと何か一つは何か懸念してたのは、
いつ何かどこか誰かを批判してるように聞こえてしまうんじゃないかっていう、
難しさっていうのがあって、
なかなかラジオとか文章にするっていうことができなかったんですけども、
別にでも誰かや何かを否定とか批判してるっていうふうに捉えられてもいいし、
ちょっとそういう要素もあるんで、
いいかと思ってね今喋ってます。
でもこれ誰かが言わないと気づかないでしょっていうのも、
私の中ではあって特にそうやって優しさで、
自分をちょっと犠牲にしがちな人からすると、
面と向かって、いやいやそれ認めてあげていいんですよって言われないと多分ずっと、
いや私なんか苦しくない、私なんかよりももっときつい人がいるなんて言って、
どんどん自分を抑えていっちゃうなって思ったので、
春ってですね、芽吹きの時期で、
芽吹くっていうことは新しい何かが生まれていくっていうことももちろんあるんですけども、
それもそうなんですけど、
自分が我慢してきた感情とか、
冬って固まっていくじゃないですか寒いから、
心もギューって固まっていくんですよ。
体も固まっていくと同時に、
心もギューって固まっちゃって、
でなんかやっぱり寒さを我慢するとか、
そういうのもあったりする通り、
心も我慢しがちなんです。
でもね冬はねそれでも乗り越えていけるんですよ。
体の状態がギューって固まってるから、
防御とってるんでね、
それでもいいんですけど、
春は違います。
芽吹いていくから全てが柔らかくなっていきます。
体も緩んできて、
普段だったら感じなかった痛みとか、
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そういったのもねどんどん出てくるんですよ。
だから吹き出物が出やすくなったりとかもそうですし、
なんか体に痒みが出やすくなるようなね、
そういう時期でもあります。
それと同時に体に溜めてきたそういう感情とかも、
ちょっとね出てきやすくなるんですよね。
で、そんな時に、
いつもの癖で感じないようにするっていうのは、
もっともっとひどい状況を生んでしまうから、
もう春っていうのは出し切っちゃった方がいいと思うんです。
だからですね、
あなたのその辛さ、あなたのその苦しみ、
悲しみっていうのは、
誰かと比べて抑えないでください。
これが私からのメッセージですっていうか、
伝えたいことです。
なんかね、本当によくいらっしゃるんですよ。
なんかこう、しんどいなとかってポロッと言うと、
どうしたの?とか聞きながら、
いやいや、もうそんなこと言ったらさ、
私の方がさ、みたいな感じで、
自分の話に持って行っちゃう人ってめっちゃいるんですよね。
本当に。
いや、今その話じゃないでしょうよって、
私は思ったりするし、
自分もでもそういうふうに言っちゃってる時もあるかもしれないから、
すごくそこに関してはもう意識をしてるんですけどね。
やっぱりこう、なんかなんだろうな、
その苦しみっていうのは、
その人にしかわからないところがあるから、
確かにその表面上だけ、
なんかつらつらと並べてみると、
確かにこの人の方がしんどいよな、
みたいな状況っていうのはあったりします。
だけどそれ比べるものかっていうね、
そもそもの話。
なんかその、例えば注射針で刺されたら、
痛いって思って泣く人もいるし、
それがすんごい怖いって思ってる人もいるんですよね。
採血無理です、みたいな人もいますよね。
実際見れませんって人いるし、
刺される瞬間なんか本当に気を失いそうみたいな、
って思うような人もいれば、
採血全然余裕です、みたいなね。
もう見慣れてるっていうか、
慣れもあるかもしれないけど、
刺されて血がツーって抜き取られていくのを
じーっと見れる人もいる。
私結構そういうタイプで、
じーっと見ちゃいますけど、
そういう人もいるわけじゃないですか。
点滴で、点滴の針を入れられるのとかも、
全然大丈夫ですって人もいれば、
いやもう本当に無理です、っていう人もいる。
なんかそれと一緒で、
痛みって、
耐性ってありますよね。
痛みに強い人もいれば、
なんかもう本当無理ですっていうね、
神経、神経因の針でも無理ですって人もいるわけじゃないですか。
だから、
そんなのね、比べるもんじゃないんですよ。
その人がどう感じてるかだからっていうね。
だからなんか本当に、
もしね、
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そうやって、私の苦しみなんて、
そんな大したことじゃないんだって、
思っている人がいたら、
いやいやいや、
誰と比べて言ってるんですか?
っていうところも、
一旦自分にちょっと聞いてみてほしいですし、
誰かからなんかそうやって言われて、
なんか私、
そうやって思ってしまうなんて心が弱いんだな、
なんて思っている人がいたら、
いやいやそれでいいんだって、
っていうことも、
私は堂々と言いたいです。
なんかね、本当に、
なんで急に?っていう感じではあったんですけどね。
今日はちょっとそんな話をさせていただきました。
皆さん、春ですしね。
春って言ったって、
なんかすごい不安定な季節ですよね、春ってね。
なんか気候も暖かいっていう風に思ったと思ったら、
なんか次の日寒かったりするし、
花粉とかも日本はすごいので、
なんかこうすごく、なんでしょうか、
体調もね、あんまりこう良くないっていう人も結構多いですよね。
なんかうちの次男もなんか昨日から、
なんかすごいお腹の調子が悪くて、
なんかもうすごい、なんでしょう、
くだしてるんですよ。
だからなんか昨日と今日と学校休んでいて、
なんか、まあそれでも元気に過ごしているんですけどね。
ほら、何?みたいな感じなんですけど、
でもそれこそどう辛いかとかっていうのは、
その本人によるし、
まあそれでも学校行くって言えば、
まあどうなんでしょうね。
熱ないけど、
まあ、調炎とかそういうのだったら、
まあ行かせない方がいいんでしょうけど、
それでも昨日はサッカーの練習行きましたしね。
でも今日学校休んでますけど、みたいな感じですけど、
まあでも本当にこう人によってどう感じるかっていうのは、
まあ病気でもそうだし、
なんか本当にね、そうだと思うんですよね。
そんな比べるものではないというかね。
だから熱があるとかないとか、
それ以前に、
まあその人がどう感じているのかっていうところで、
私は普段ね、
行く行かないっていうのを決めさせてるんですけど、
まあまあ2日間行きませんでしたけどね。
そしたら学校の先生から朝電話がかかってきて、
まあ今日はなんか委員会決めがあるんだけど、
ちょっと希望の委員をぜひ引いてもらえませんかということでね、
お電話いただきましてですね。
そんな配慮してもらえるんだと思って、
一応こう、
希望を聞くと、
なんか給食委員、第1候補は給食委員、
2番目体育委員、
3番目が放送委員ということだったので、
一応それを先生に伝えさせていただきまして、
どうなるかわかりませんけどね。
もうね、でも休んでるんだから、
もうそこはもう無視している人たちで決めてもらったらって、
最初私は思ってたけど、
やっぱなんか最近はそうやって、
委員会活動が嫌なのでとかっていう、
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なんかまあいろいろあるんでしょうね。
先生も大変だなとか思いながら、
連絡いただきましたので、
そんな感じで、
ちょっとね、
希望を伝えさせていただきましたけれども、
まあ本当に、
自分が感じていることが一番です。
っていうのを今日は言いたかったです。
はい。
もう誰がこう言うとかね、
もうね、本当どうでもいいんですよね。
でもね、やっぱりなんか自分の、
なんかこう感覚に自信がない人ほど、
やっぱなんか人の声拾っちゃうのはすごくあると思います。
私も、
あのー、
ありましたよ。
本当に。
特に第1指を育てている時って、
もう右も左も分からない状態だったので、
なんかこう、
やっぱ自分の不安なことを口に出したりとか、
した時に、
あのまあ、
寄り添ってくれる人ももちろんたくさんいました。
分かるよって、
もうそういう時あるよねっていう感じで、
でも、
長くは続かないからねって、
でもきついだろうから、
まあ寝れる時に寝てね、
みたいな感じで言ったり、
言ってくれたりとか、
まあそういう人もいたし、
でも、
まあ今日お話ししたみたいに、
いやいやもうそんなこと言ってたらさ、
って今うちの子なんかさ、
長男小学校3年生だけど、
もう小学校とかになったら、
もうなんか悩みがすごい複雑になって、
大変になるよとかって言われると、
なんか、
うーん、
って聞くけど、
みたいな、
ああそうなんだって思うけど、
でも私が今しんどいのはこれなんですよっていうね、
まだこう2ヶ月にも満たない、
あの育児のこれがしんどいんですよっていう話をしたいのに、
小学校3年生になったらさ、
みたいな話されても、
知らんがなっていうね、
なんかそれをまあ言いたかったよ、
その時もね、
言いたかったけど、
やっぱり自分に自信がないですし、
ね、やっぱりその、
いや先輩ママだしな、
みたいなね、
やっぱこの人の方が子育ての経験なんかっていうのは、
私よりももっともっとこう長くやってるわけだから、
みたいな感じで正しく思えちゃうんですけど、
まあ確かにそのね、
正論かもしれない。
正論かもしれないけど、
私にとっては正しくないわけですよね。
だから、
もうそんなのね、
ほっとけばよかったなーって、
今になったら思います。
だけどね、
なかなかそういう、
割り切りっていうのも、
難しく感じる方もね、
いらっしゃると思うんですけどね、
まずは本当に自分の感覚っていうか、
感じてることっていうのを大事にしてほしいし、
まず本当にそうなんですけど、
もう一つは、
自分の感覚っていうか、
感じてることに、
自信を持ててない、
サインなんだなっていうことも、
一つ知っておいてほしい、
というふうに思います。
だから、
自分の感覚っていうのを、
もっと信じろっていうメッセージなんだな、
っていうことだったりもするのでね。
はい。
まあそんなお話を、
今日はさせていただきました。
はい。
それでは、
皆さん、
いつも聞いていただいて、
24:00
本当にありがとうございます。
白い鏡抜き感入って、
順調に喋りを続けております。
またね、
皆さんにとって何か気づきになったりとか、
なんかこうすっきりしたなとか、
私はちょっと違う意見やなっていう方も
いらっしゃると思うんですけども、
いろんなきっかけになれば、
嬉しいなと思います。
それでは、
また配信します。
いつもありがとうございます。