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“苦労”は、しない方がいい?
2026-04-13 22:36

“苦労”は、しない方がいい?


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サマリー

本放送では、「苦労」は必ずしも悪いものではなく、むしろ自己成長や人間的な深みを増すための重要な経験であるという考え方が提示されます。苦労を乗り越えた先に、より強く、他者に寄り添える自分に出会えるという視点から、困難に立ち向かうことの意義が語られます。また、子育てにおける「してあげること」ではなく「乗り越える力があることを伝える」ことの重要性にも触れられています。

「苦労は勝手でもしろ」という生き方と、人生のハードモード
こんにちは、あなた色の人生を。 藤田薫です。
本日は、2026年の4月13日。
今日は、金ナンバーが125、赤い蛇、白い鏡、音が8の日ということで、
今日は、白い鏡のね、13日間の8日目に入っております。
みなさん、私がですね、常々この白い鏡の期間は甘くありませんよ、みたいなことを言っちゃってるので、
ちょっとこうね、ビビりながら過ごしている方もいらっしゃるかもしれないんですが、
普通にね、普通に過ごしていただけたら嬉しいです。
そして最後にこう、振り返った時にどうだったかな?っていうことをね、見ていただけるのが一番いいのかな?っていうのはね、思います。
はい、で、でですね、あのー、本当に、あのー、なんていうかな、
なんか私ね、この間ちょっとズームをさせていただきまして、その時にちょっと非公開のね、
グループというか会がありまして、その中でちょっとこうね、ズームの中で少しお話をさせていただいたことがあるんですけども、
私はあのー、まあ本当に気がついた時から、小学校高学年ぐらいからかなと思うんですけど、
自分の中では苦労は勝手でもしろっていうのを結構大事に生きてきました。
だから人がやらないこと、なんかこう避けてね、あのー、やりたくないことってあるじゃないですか、みんなが避けるようなこと、
大変だからやりたくないって言って、みんながやれないようなことを、自分はだからやる、みたいな感じで、あのー、生きてきたんです。
これは本当に意識的にそう生きてきました。
だからまあ本当に飛んで火に入る夏の虫じゃないけども、わざわざ自分からそういったところに飛び込んでいって苦労をするっていうことをすごくね、
自分の中では大事に生きてきたんですね。で、大人になってそれを人に言った時に、
たまたまね、それが、あのー、なんか潜在意識の先生っていう方に、そういうことをね、言ったことがあったんですね。
そうすると言われたのが、かおりさん、そんな人生でいいんですか?みたいな。今後もそんな人生でいいんですか?って言われました。
もうその、なんかハードモードは終わりにしていいんじゃないですか?ということをね、言われたんです。
で、私基本的に素直なので、自分で言っちゃいますけど素直なので、そうだよなーって思って、じゃあもう私そのハードモードの人生やめます!みたいな感じで、
まあ一応こう言って、でまあそこから潜在意識を書き換えていこうみたいな、なんかそういう無料セミナーだったんですけど、なんかそういうのを受けたことがあって、
なんかこうあったんですけどね、そんなことが。でもね、なんか私最近こう思ったんですよ。苦労することって悪いことなんですか?っていう。
苦労の定義と、それを乗り越えた先の自分
それをね、すごく思ったんですよ。なんでこう、じゃあ逆にみんな苦労することをダメなことって思っているの?っていうね。
なんかそこがすごく私の中では、あのすごくね、疑問になったっていうか、なんか疑問だなーって思ったんです。
だってね、私の中では苦労っていうのは、ただそれを奪われて終わりじゃないんです。
なんか苦労して、例えばすごいお金もなくなっていったとか、お金がなくなるのはちょっと嫌ですけど、
でも苦労することで、なんかちょっとこうね、しんどい思いをしたり、涙を流すこともあると思うし、
あとはなんだろうな、なんかちょっと孤独を感じるようなことも、もしかしたらあるかもしれないですよね。その苦労っていうものを通して。
だけど、実際、なんか私の中でのその苦労の定義っていうのは、そこを乗り越えていった後の自分はどうなってるんだろうなっていうのが、すごく楽しみでもあるんですね。
だから、なんか苦労するっていうことだけを切り取ると、なんかそんなのない方がいいじゃん、みたいな感じするじゃないですか。
例えば成功を手にするとか、自分が望む未来を手にするときに、苦労をしないとそこにたどり着けないんだっていう、私の設定は多分そうなってるんですけど、
でもその人の言い分としては、そんなもう苦労とかいいじゃないですかと、もうこうなりたいんだ、これをつかみたいんだと思ったら、もう一直線でそこの未来に行ける方がいいですよねっていうね。
なんかまあ確かにそれもそうです。なんかもうそんなね、一個一個体力もなくなってきてますし、私もね。で、そんな一個一個なんかこう全力でぶつかってってみたいなところっていうのは、確かにもうできなくはなってきてるけれども、
でもね、なんか私の中での苦労の定義っていうのは、別にその悪いものじゃないもんなーって。失って奪われて終わり、苦労してなんか泣き目を見て、なんかしんどい思いして終わりとかじゃなくて、私の中ではその苦労とともに感じた成長だったり、得たもの、得るものって必ずあると思っているので、
失って終わり、奪われて終わり、みたいなことではなくて、そこを乗り越えていった先にいる自分で、そこを乗り越えて何かこう人から向けて、その時の苦労を笑えるようになった自分っていうのは多分ね、めちゃくちゃ成長してると思うんですよ。
だからね、私は苦労っていうもの自体を悪いとは思えないんですよね。で、そこによって磨かれていくっていうことも多分、私自身が白い鏡っていう紋章を持っているから、なんかこうわからないけども幼い時から、それはなんとなく本能で知っていたのかもしれないんですよ。
だから一概に苦労イコールない方がいいっていう考えっていうのは、私の中ではノーだなっていうね。いや苦労もいいっすよ、みたいな。なんかそんなことをちょっとね、なんかここ最近で考えてました。
もちろん、何て言うんだろうな、苦労とか困難とかに対しての定義っていうのは、多分その人それぞれで違うと思うんですよ。やっぱりできるだけ回避したいっていう人もいると思うし、それはそれでいいと思う、別に。
苦労を回避する生き方と、酸いも甘いも経験する生き方
その人のやっぱりやり方もあるだろうし、やっぱり効率的にいきたいとか、苦労って効率は悪いと思うんですよ。わざわざそんなとこやらなくてもいいでしょっていうようなとこに突っ込んでいくこともあるので、効率悪かったり、ちょっと回り道だったりとかっていうこともあるし、
やっぱり後から振り返ってみたら、それやらなくてもよかったなってやっぱり思ったりすることももちろんあります。私もね。だからそういうふうに最短距離で行くことっていうのに、やはりそういうところに意味を感じている人もいるだろうし、そういうところに力を発揮する人もいると思うので、
私も別に、そういうやり方をダメですよとも思わない。それは本当にその人が大事にしていることだったり、そもそもそういう宿命というか、それを持って生まれてきた人だとしたら、やっぱりそれがいいよなと思うからいいと思うんですけど、私はちょっと違ったなっていうね。
なんか私は、なんかね、本当に酸いも甘いも全部経験して、こうだなって言いたいみたいなところがあるので、周りの人からするとね、すごい不器用に見えると思うし、私も自分のことめっちゃ不器用だなって自分で割れながら思ったりします。
わざわざやっぱり苦労を選んで、そうなるって分かっていて、そっちの道に行ったりするみたいなことってあるので、あるんですけど、周りから見たらね、なんでわざわざそっち行ったんだろうみたいなね、こっち行けばそんなに苦労しなくてもいいし、みたいなことっていうのはすごく多分感じさせてきたと思うんですけどね。
でもね、やっぱりね、なんか私にとっては苦労って、それを超えた先の自分に出会いたいからこその苦労なんだよなっていうね。なので、もしね、今なんか困難にぶち当たっていたり、あーしんどいなーって思っている人が、もしこのラジオを聞いてくれていたら、ちょっとね、この考えを取り入れてみてほしいんです。
それを超えた先の自分に出会うための今の苦労なんだろうなって。きっとね、未来の自分は笑ってるんですよ。で、そう思ったら、あの時はつらかったけど、あの経験があったから今があるよねって、絶対言えるようになってるんですよ、この人生っていうのは。
でもそれが、いつ来るかがわからないだけなんです。例えば今苦しくて、なんかそしたら明日明後日ぐらいに、わーなんかあれがあったからかーってすぐ思えたらいいけど、でもだいたい苦労って、苦労のその答えがわかるのって、だいたい半年以上先だったりするんですよ。
半年だったらまだいい方だと思うけど、なんか1年後とか3年後とか、もっと言うと10年後とか、大人になってからとか、今私大人ですけど、なんかでも本当に、例えば私だって今38歳なんで、40代になってから50代になってから、子供が育ってからかもわかんないですね、そうやってわかるようになるのが。
あの時のあれがあったからこそって言えるのが、いつになるかがわからないから、人は苦労を嫌がるのかもしれないです。すぐ報われれば喜んでやるかもしれないですね。
期限がわかっていれば、これ2ヶ月後に答えわかりますから、とか言われたら、じゃあ2ヶ月か、ちょっとじゃあ頑張るかってできるんですよ、期限が決まっていれば。だけど苦労の期限なんか決まってない。苦しみの期限は決まってないんですよ。
まあもちろん喜びの期限も決まってないけど、苦しみの期限も決まってないから、しかもそれを経験したからって絶対に報われるかどうかっていうのも確定ではないから、だからみんな嫌だなって思ったり、できれば避けたいなって思ったりするんだと思うんですよね。
だけど私はね、必ず人としての深みは増していくと思ってます。だから苦労することっていうのをむやみやたらに怖がらないでほしいっていうことと、あとはやっぱりこの白い鏡の期間だからこそっていうのもあるけど、私自身も白い鏡ですっていうところもあるから言えることなのかもわからないですけど、
苦労が人を磨き、他者に寄り添う力を与える
必ず人を磨く、心を磨く、そういったことにつながります。苦労とかもそうやけども、人の痛みとか、人の痛みっていうか心の痛みを知ってる人って人の痛みに寄り添えるんですよ。
それを知らない人は、人が傷んでる時っていうか、人が苦労してる時、人が苦しんでる時、そして人が、そうだな、折れかけている時とかに正論をぶちかますんです。そうじゃないでしょうみたいな、こうでこうでこうだからこうなんですよっていうね、自分の持論、正論をぶちかますんですよ。
でもね、その人にとってそれが正解かもしれないし、世間的にそれが正解かもしれないけど、今苦しんでる人の背景を見た時に、それが正解かどうかはわかりませんっていうか、むしろほぼ間違いなんですよね、それってっていうね。
今言うことじゃないでしょうみたいなことを、やっぱりね、自分都合で言ってしまったりとか、そういうことも起きてしまうんです。人の痛みを、自分が苦労してこなかったり、苦労してない人っていうのはいないんですけどね、実際ね。
でもやっぱりそこで何か矢印を自分に向けれてなかったりとか、何かのせい、誰かのせいにしてずっと生きてきた人っていうのは、やっぱりどこかでなんかね、寄り添えなかったりするんですよね。
だからね、私はね、自分がそういう人間になりたくないから、だから自分の心の痛みもきついですけど、しんどいけど、ちゃんと感じたいですって思ってます。
なんかそうやって自分が苦労したり、自分が痛みを感じたり、何ならもう消えてなくなればいいのにぐらいの気持ちになったとしてもですよ、自分自身が。
だけど、この痛みがいつかどこかで何かの役に立つんだって思ったり、あとは自分自身の人間性みたいなものがどんどん深まっていって、器が大きく広がっていって、いろんな人を受け入れて許すことができるようになったら、きっと自分もすごく楽に生きれるようになるんじゃないかなって思うんですよね。
そうなった時に初めて、その苦労が苦労ではなくなる。そんな風な感覚になれるんじゃないかなって思って。私もまだまだその道半ばですし、途中ですし、やっぱりこう誰かのことを何のあの人って思ったりとか、なんか許せないって思ったりとかあります。
全然今も本当にある未熟だしまだまだなんですけど、やっぱりねそこは私の人生の目標かなって思っております。だからね本当に苦労はやっぱりしない方がいいとは思うし、じゃあね私も子どもが3人いますけど、子どもたちが目の前で苦労している姿っていうのはやっぱりできるだけ見たくないっていうか、
なんかさせたくないなっていうのは思います。だけどね、やっぱりこう目の前でね、うちの子たちがね苦労している姿とかを見た時に、親って非力なんですよ。何もできないんですよ。正直。だから信じて、見守るしかなくて、でもそれをいずれいつか必ず乗り越えていってくれるんだっていう、
彼らの姿を信じてね、行くしかないんですよね。だからね、できればやっぱりその人が苦労しているところとかっていうのを見たくはないですけれども、でもね私はね、なんかね、苦労はね、あの絶対的に人を深くしていくんだよなっていうのを、なんとなくこう知ってるって言うとね、なんかねお前なんか上から目線やなみたいな感じがする。
するかもわかんないですけど、でもどんなことであってもですね、その人は乗り越えていく力が必ずあると思って、本当に心から応援してるし、そうなんだよっていう、なんていうかな、こう乗り越えていくことでね、自分にも自信がつくし自分の証明にもなっていくんですよ。
大丈夫だったっていう証明にもなっていくから、だからねぜひ逃げずにというか、真正面からですね、向き合ってみてほしいなっていうふうに思っております。
子育てにおける苦労と、乗り越える力
はい、まあそんなこんなでですね、なんかまあ私もお話のネタとしてはもうね、あの今は長男がね、うちはサッカー辞めましてですね、このラジオで1回お話ししたことあったかな、あの辞めたんですよ。
で、まあ今ね、次男しかサッカーしてなくて、一番下の娘は今ね、スケートを新しく始めましてね、スケート教室通ってますけど、まだまだね彼女はあのまだ始めたばっかりなので、なんか楽しいっていう本当にいい時期を今過ごしてるんですけども、
でもね本当にすごく苦労してるし、あの頑張ってもいるんだけど苦労もすごくしていて、あの多分ね本当になんか自分のなんか弱さっていうところと今すごく葛藤して、なんかその感情が制御できなくて、
昨日は試合終わって家に帰ってる時にね、後ろの座席ですごい泣いてたんですよ。どうしたんだと思ってね、そんなに悪くなかったんだけど、多分自分が思い描いていた自分のプレーじゃなかったんだろうなってなんとなくですよ、私の中で思ったんで、
まあ特別そんなにこうあれやこれやと言葉はかけずに、でも一言そこで悔しいって泣けるあなたは絶対強くなるからねって、だからそれだけ信じて頑張りなさいっていうことだけ伝えました。頑張りなさいっていうか頑張れっていう言葉が正しかったかどうかはわかりませんけど、
でもそう思ったのでそう伝えました、私はね。で、そっから家に帰って、私はもう眠たかったので夕方から寝てたんですけど、そしたら旦那さん帰ってきて、次男見てたらなんか別に誰に言われることもなく体幹トレーニングをね、やってたって言ってたので、
あーそっかーと思ってね、すごく何かわからないけどもすごく自分の中で悔しくて、であの悔しかったから体幹トレーニングやったんだなーと思って、なんかそういう姿を見ながらちゃんとこう乗り越えていく力ってあるんだなーって思ったんですよ。
だからまあ子育てされている方とかもね、このラジオを聞いていただいている方たくさんいらっしゃると思いますけども、あの本当に自分の子供って見てるとなんかあれやこれやしてあげたくなるし、してあげないといけないんじゃないかなって、親の愛情ってしてあげることなんじゃないかなって思うと思うんですけど、
私はね、なんかちょっと違っていてそこは、してあげないことが愛情だと思っているタイプで、だからむしろ何ていうのかな、乗り越えていく力があるんだよっていうところを伝えていくこと、それが私の中の子育てなのです。
なので、あのそんなね偉そうなことを言えるあれでもないですけど、まあね、あの少しなんて言うんでしょうか、うちの子だからもううちの子もう本当ダメなんですよって思うかもわかんないですけど、そういう人もいらっしゃいますけど、いやでもねみんな結構意外と大丈夫だぞっていうね、それよりもやっぱりあなただから大丈夫だよって言ってあげられることの方がすごく子供も嬉しいです。
嬉しいんじゃないかななんてちょっと思ってみたりして、私もねちょっと長男の時にね、いろいろあの口出しとかもしちゃって、サッカーとか特に、それですごく失敗したなっていうやっぱ反省点があるので、
自難の時はですね、ちょっとあんまり、あんまりこういろいろ言わずにやってますけどね、そんな感じで、あの今日もちょっとねサッカーに来てますんで、今ラジオで、ラジオをこうやって喋らせていただきましたけれども、
本当まあいろいろ、いろんなものを通して今自分、私も私自身と向き合ってるなーって思うことたくさんありますので、皆さんも何かねいろいろ思うところもあったり、
ああでもない、こうでもないと、なんか悩んでいる方もいらっしゃるかもしれないですが、苦労とか悩みとか困難、苦難、まあ普通に生きてたら嫌だなって思うようなところっていうのは、実は自分自身を磨いているんだよというところをね、あのちょっと視点を転換してそういうふうに思っていただけるといいかなと思いますので、
はい、そんな感じで今日の締めとさせていただきます、皆さんいつも聞いていただいて本当にありがとうございます、明日はもしかしたらちょっとラジオ喋れないかもしれませんが、また配信いたしますので聞いてください、それではいつもありがとうございます
22:36

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