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2025-02-08 28:40

おくびょう者のアルレッキーノと、迷いの国の姫君の話/Ene

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おくびょう者のアルレッキーノと、迷いの国の姫君の話


作:Ene @ene_oeuf 様

BGM:魔王魂


https://giraffe.noor.jp/ar.html


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#フリー台本


【活動まとめ】 https://lit.link/azekura

00:06
おくびょう者のアルレッキーノと、迷いの国の姫君の話
おや、あなたは誰だろう?
そこで私を見つめるあなたは、いったい誰だろう?
シニョーラ、用がないならどうぞ放っておいておくれ。
愚かなアルレッキーノのことなど、どうぞお気にせず。
さあ、おかえり。帰っておしまい、お嬢さん。
おやおや、どうして帰らない?
ねえ、シニョーラ、私は一人になりたいのだよ。
お願いだからそんなところにいないでおくれ。
私は疲れた。
疲れたのだ。もう誰の目にも映ることなく、
誰の心の金銭を踏むこともなく、
ひっそりと隠れていたいのだよ。
おわかりか、シニョーラ。
ねえ、シニョーラ、わかっておくれ。
私は今この花に憧れているところなのだ。
見えるかい?
そう、この花だ。
私の足元のこの花だよ。
とても小さい石畳の間からそーっと顔を出しているこの白い花。
私はこの花の名も知らぬ。
だけれどシニョーラ、私は今このちっぽけな花に憧れている。
そう、憧れている。
誰にも注目されず、誰にも疎まれず、嫌われず、
薬を終えれば静かにそっと散るだけのこの花になりたい。
なんと、なんと羨ましいことだろう。
なんと美しいのだろう。
私は今までそんなことにも気づかなかった。
ここにこんなにも素晴らしい命の在り方があったというのに、
こんなにも素晴らしい手本が足元に咲いていたというのに、
ああ、シニョーラ、もしもこの花になれたなら、私はどれだけ安堵することか。
どうか神よ、機械仕掛けの我らが神よ、ほんの気まぐれを、奇跡を起こしてくれぬものか。
シニョーラ、ねえ、私はもう生きていることさえ億劫なのだ。
誰の目にも見えないようになってしまいたい。
ねえ、シニョーラ、私の気持ちがお分かりなら、どうぞ放っておいてくれないか。
私は疲れた。何もかもに疲れてしまった。
私はここでどうしたらこの花になれるのか考えているだけなのだ。
怒らないと知って神の気まぐれを待ちわびる愚かな男がこの私なのだ。
03:08
ああ、シニョーラ、どうぞそんな目で見ないでおくれ。
アルレッキーノは人を笑わせねばならぬ。
私は道家だ。目の前に人がいれば笑わせてやらねばならぬ。
それがアルレッキーノという奴だもの。
お願いだ、シニョーラ、どうしてもここにいるのなら、せめて私を見ないでおくれ。
たてごとの一つも弾いて差し上げたいところだが、今の私の奏でる音色はきっととても悲しい音に違いない。
あなたを笑顔にしてやれない。
ん?
そう、たてごとを。私はたてごとを弾くのだよ。
ごらん、ほら綺麗なものだろう。
海色のサファイア、夕日のルビー、新緑を映したエメラルド、女の心臓ほどにも赤いガーネット、
秘密の番人たるトルマリン、サテンのリボンは報われぬ恋の片城に結ばれ、
群青の薄闇を封じ込めるはラピスラズリ、
夜空のための真っ黒なオニキスはここにある。
これは私の宝物だ。
たった一つ、この奏でる音色だけが、私の生きてある意味だ。
今はこれだけが、私のようなものの存在してもいい、という印のようなものなのだ。
花にもなれぬ、去りとて息をすることもやめられぬ、この愚かな私のすべてだ。
ねえシニオラ、あなたはどうやら帰る場所がないらしい。
そんなら私と少しばかりの話をしようか。
もうすぐドットオレが呼びに来る。私は舞台に上がらねばならぬ。
だがそれまで、少しばかり話をしようか。
シニオラ、そうかい。私の話を聞いておくれかい。
優しい人だね、あなた、シニオラ。
よければここに座るかい?
お待ち。これを敷いてあげよう。あなたの着物が汚れぬように。
昨日は雨が降ったから。
さあ、これでいい。遠慮はいらぬ。どうしてもここにいたいのなら、さあお座り、私のそばに。
ドットオレが呼びに来るまで、ほんの少し話をしようか。
愚かなアルレッキーノの懺悔をどうぞ聞いておくれ。
マカリイデタは一人の愚かなアルレッキーノだ。
シニオラ、私はもうずっと長いこと舞台の上でアルレッキーノを演じてきた。
自分の名前さえ思い出せぬ。
06:00
家はどこかにあったと思うが、記憶のかけらも思い出せぬ。
私がどこから来てどこへ行くのか、私はそれを知らないのだ。
ねえ、シニオラ、おかしなものだね。
私が私をまぶたの裏に思うとき、見えるのはヒシガタマダラの衣装を着けて、舞台の上で踊り歌い、
プルチネッラを置き去りにひょいっと逃げ出してしまう、あの小ずるいアルレッキーノの姿なのだ。
私がこの仮面を外したとき、そこから覗く私の顔を、私は長いこと知らなかった。
シニオラ、人は誰でも仮面を着けて生きていると言うけれど、なんということだろう。
私にとっては素顔こそが仮面のようなものではないか。
ねえ、シニオラ、笑っておくれ。私はアルレッキーノでいなければ恐ろしくてたまらない。
ああ、残念。今日はここまでだ。ドットオレが呼びに来た。
そう、見えるだろう。あの黒衣の男だよ。
彼が、我らがドットオレ。
さよなら、シニオラ。私は舞台に上がらねば。
良ければ明日もここにおいで。あなたさえもし良ければね。
私はあなたと話すためなら、少しくらいは花になるのを待ってもいい。
シニオラ、いらっしゃい。今日も来たね。
来るのだろうと思っていた。
さあ、話をしようか。訳あり瞳のお嬢さん。
さあ、昨日と同じようにここにお座り。今日は少し寒いから、そうだね、私のこちら側に。
ねえ、シニオラ、あなたは迷いの国の姫君の話を知っている?
なあに、たあいのないおとぎ話のようなもの。そう身構えないで聞きなさい。
誰も本気にしないような物語。
そうだ、たてごとの旋律をつけよう。
歌とでも思って聞くがよろしい。
迷いの国というものがね、一体どこかにあるそうだよ。
ああ、違う。見回して見えるものではないよ。
迷いの国はこちら側の世界ではなく、どこか別の薄髪を隔てた別の世界にあるものだ。
そこでは誰もが皆迷い、何もかもが答えを探してさまようという。
迷いの国には迷いばかりで答えがないのだ。
月と太陽はどこから顔を出したものかと困り果て、
草木はどちらへ伸びてゆこうか梢を迷わせ、
09:00
ねじ巻き時計の針すらもどちらへ回るべきかを知らぬ、何もかもいつも迷っている。
遠い遠い遠い昔、こちら側から排斥された迷いの災いが寄り集まって、ついに一つの世界を成した。
それが迷いの国だそうだよ。
そうだよシニオラ。かつて人間は、こちらの世界の人間は、迷いのない世界で暮らしたことがあったのだね。
ああいや、もちろん今はそうではない。だって我々はこんなにも悩み迷うのだから。
こちら側にも迷いがある。戻ってきたと言うべきか。
姫君が扉を開けたからさ。
ん? そうだね、その通り。
最初に言っておいたろ。ただの作り話だよ。 一体どこぞの誰かが作って勝手に広めてしまったのさ。
こんな話はいくらもある。 だからそう見構えずに聞きなさい。
私だって作り話と承知で話しているのだからね。 あなたが嫌ならやめるけれど、どうしようね。
聞くかい、シニオラ。 私は決してあなたに意地悪をしたいわけではないのだよ。
聞きたくないならそれでいい。 もし続きを聞くのなら、そんな顔を押しでない。
機嫌を直して。 さあ、シニオラ。
そう。 そんなら続けよう。
迷いの国の姫君の話。 彼女は罪人。
ある時姫君は禁を犯した。 姫君は答えを求めたのだ。
リンゴを持って訪ねてくる老婆のように。 指にツムを刺す予言をした魔女のように。
開けてはならぬ扉へ導く黒猫のように。 誘い手はそこかしこに潜むもの。
答えなどというものがあろうことさえ知らなかった姫君は、 迷うことに迷い始め、考え続けたその果てに、
うっかりと線を踏み越えた。 彼女は迷いの先にあるべきものの影を踏んでしまったのだ。
迷いには答えがあるのに違いないと、 ついに気がついてしまったのだそうだよ。
永遠の停滞の中にあった迷いの国は、 その時から動き出した。
わかるかい、シニオラ。 迷いの国は止まっていたのだ。
人々は迷い続け、時間すらも迷い続け、 それだから何もかもが先へ進まず足踏みをしている。
何もかもが解決を免れている。 迷うことは止まることだ。
混沌であるからこそ成り立っていた迷いの国が、 その時初めて軋むように動いたのだ。
12:09
彼女は答えに憧れた。 どうしても答えが欲しかった。
来る日も来る日も求め、悩み、困り果てた。 一体答えとは、どこにあるのか。
姫君はそのことばかり考え、そしてついに、 ただ一つの扉を開けた。
禁じられていた扉をね。 こちら側と迷いの国をつなぐ、ただ一つの扉を開けてしまったのだ。
迷いの国は動き出し、流れ出し、そうしてこちら側の世界に、 あれほど念入りに排斥したはずの迷いというものが戻ってきてしまった。
我々は再び混乱し、こちら側で大事に抱えていた答えの多くは、 扉の向こうに失われてしまった。
だから姫君は罪人なのだ。 彼女は扉をくぐり、こちらの世界にやってきた。
さて、それからどうなったか。
シニオラ、残念ながら話はここでおしまいなのだ。 姫君は戻ることもできず、長い長い年月に、
もはや自分が何を求めていたかも忘れ、 今も一人、この世界を彷徨い続けているのだよ。
かわいそうに、違法人のまま彷徨っている。 もしかしたら時々見かけることがあるかもしれない。
蝶楼の陰、石畳の上、ふとすり抜けていく姫君の頼りない幻を。 不安な瞳でさまよい続ける姫君の姿を。
そんな話さ、シニオラ。 はあ、そんな顔をおしてない。
あなたはこの話があまり好きでないようだね。 言ったろ、たあいもない話だよ。
人とは迷うものなのだ。それが人だ。 どこぞの誰かが何かに迷い苦しんで、その反問の苦し紛れに、
いもせぬ姫君の話などを考えついてしまったのだ。 迷いの国だとそんなものがあるものか。
ああ、人間の何たる弱さ。 身勝手たる人間よ。まるでどこぞの愚かなアルレッキーヌのようだね。
ああ、ああ。 おや、時間だ。残念。今日はここまで。
ドットオレが呼びに来た。 そう、あの黒衣の男さ。
シニオラ、良ければ明日もここにおいで。 訳あり風のお嬢さん。
ぬれぼし瞳のお嬢さん。 あなたはいつもそんな風に心細げな顔をするね。
15:03
シニオラ。 あなたのその瞳は私の心を惑わせる。
やあ、シニオラ。いらっしゃい。 うん?
おやおや。大丈夫。心配いらない。 言ったろ。私はあなたと話すためなら、少しぐらいは花になるのを待ってもいい。と。
それにね、シニオラ。私は少し心が変わった。 私は懺悔をしなければならぬ。
そう、私も罪人なのだ。 シニオラ、私はあなたに話したいと思うのだ。
どうかどうか聞いておくれ。愚かなアルレッキーヌの話をね。 シニオラ、つまりはこういうことだ。
私は恋をしたのだよ。 彼女と初めて会ったのは、やはり私がこんな風に舞台の前のひと時に、ここに座って街並みを見下ろしていた時だった。
何を考えていたのだったろう。 覚えていないが多分、今よりもたあいのないことだ。
私はその時まで、仮面の下の自分については考えたことがなかったのだからね。 ルビーのように赤い赤い夕暮れだった。
ふいに気配を感じて振り向いた私の目に、輝くような軌跡をひいて、彼女が現れてしまったのだ。
波打つ金髪からこぼれていた光の雫。 海の色よりも心のすく真っ青な瞳。
私は今でも覚えているよ。 彼女は気恥かしがり屋と見えて、しばらくの間困っていた。
私の方から声をかけてやるしかなかったよ。 もし、お嬢さん、幕はまだしばらく開かぬが、一体何か御用だね。
すると彼女はこう答えた。 昨日のお芝居を見たわ。あなたは素敵ね。アルレッキーノ。
どうやら彼女、このアルレッキーノが気に入ったということらしい。 たあいのない話だろう、シニオラ。
けれど、それが始まりだった。
何度か会って話をした。私はいつしか彼女に恋をした。 そして彼女も私のことを好きになった。
もしもこれがごく普通の、どこにでもいる若者同士の恋であれば、何もかもが違っていた。 そんな未来がもしあれば、誰も不幸にならなかった。
アウローラ。ああ、哀れな娘。 渡りの同家子なぞに恋しなければ。
18:00
ただただ幸せになれる日を待っていればいいはずだった。 そう、あなたの言う通りだよ。
この間大きな葬式が出ただろう。 あれは、ごらん、この蝶楼から飛び降りたアウローラの弔いだ。
私に裏切られたと思って、絶望して死んだのだ。 彼女が身を投げたと知った時、私はどれほど悔いたことか。
計りごとが、計画がうまく行きすぎてしまったのだ。
どうしてとあなたは聞くだろうか、シニオラ。 そうだね、何がいけなかったのだろう。
始まったことそのものが、もはや間違いだったのだろうか。 アウローラと私の恋は、とてもひそやかなものだった。
舞台を降りても間抜けているプルチネッラはもとより、 勘の鋭いコロンビーナにもドットオレにも誰にも気づかれてはいなかった。
うまくいっていたのだろうね。 だけれど私はこの恋の終わりを知っていた。
始まりから終わりを見ていた。 わかっていた。それでも止められぬほどに厄介なものが恋だとは。
ああ、私は知らなかったのだ。
私は、シニオラ、私を知らぬ。 同家としての自分しか知らぬ。
愛しい恋人に見せてやるべき素顔を持たぬ。 同家子はいずれ違う町へ流れてゆかねばならぬもの。
まして彼女は市長の娘。 美しい未来のある身なのだ。
どうして私の浅はかな手がそれを奪えよう。 自分の素顔すら見る勇気のない臆病者の同家子に
将来の約束がどうしてできよう。 私は苦しんだ。
苦しんだのだ。 もしも私があの町角に住むあの青年であったならと。
見知らぬ家を、見知らぬ人を眺めては思った。 だが現実は決して変わらぬ。
私が別れを切り出す度に、彼女は泣いた。 泣いて私を責めぬいた。
ある時、忘れもしない、ある時だ。 彼女は何かの鍵を持ってきて、私に見せてこう言った。
これは魔法の鍵、おまじないのための鍵。 プルチネッタが教えてくれた。
どうしても別れるというのなら、私はこの鍵で自分の心を封してしまうわ。 これからは恋の喜びも幸せも忘れ、人形のように生きてゆくわ、と。
ああ、シニョラ、私にどうしてやることができたろう。 あの愛らしい少女にどうしてそんなことをさせられよう。
21:05
もう猶予はないと悟った。 何かせねばならぬと思った。
やがて私は計り事をこしらえた。 ねえ、シニョラ、まだ私の話を聞いてくださるつもりが終わりかね。
私は卑劣な男だ。 臆病者だ。
そんな私の話をまだお聞きになるつもりがあるかね。 ああ、残念。今日はここまでだ。
ドットオレはまだ来ぬが、これ以上話してやれそうにない。 すまない。
すまないね。 同家者の涙なぞ決して見るものではないよ。
すまない、シニョラ。 また明日。
今日はお帰り。 さようなら。
やあ、シニョラ、いらっしゃい。 昨日は全く失敬した。
今日はすべて話してあげる。 さあ、話の続きをしよう。
ここにお座り、私のシニョラ。 そう、どこまで話したろうね。
つまらぬ私の計り事。 コロンビーナに泣きついたのさ。
頼んだのさ。舞台の上で恋人のように振る舞っておくれ、と。 まるで私たちが舞台を降りても熱烈な恋人同士であるかのように、
舞台を見た人がみなそう思い込んでしまうように、 私のために演技をしてくれないか、とね。
おお、そうだね。コロンビーナのことを話しておかねばなるまいね。 我らが魅惑のバリエッタ、愛しのコロンビーナ。
彼女は不思議な魅力を持っている。 ひとたび舞台に上がれば、たちまち女王のようになる。
実際我らは彼女の虜。私とてアウローラと出会うまでは、 コロンビーナを憎からず思っていたものさ。
つまるところ私は、アウローラの恋がたきを演じてくれ、と頼んだのだよ。 舞台を見たアウローラが首尾よく私のもとを去るように。
コロンビーナは受け負った。 彼女は言った。
アルレッキーノ、あんたは仕方のない男。 いいわ、私に任せて大きい、と。
ねえシニョーラ、私は愚かだった。 それを知った時、もう手遅れだったのだから。
だって私は見たんだもの。 あれは一体誰だったのか、出番待ちのコロンビーナと話していた。
職人風の、人の良さそうな安男。 燃える火のような髪をしてね。
嫌に親密そうに見えたので、私は遠慮しようとキビスを返した。 だがその一瞬が遅かった。
24:07
聞いてしまった。 最も聞くべきでなかったことを聞いてしまった。
コロンビーナは言ったのだ、彼に向かって。 涙さえ浮かべて白状したのだ。
私を恋していることを。 私のために、あえてこたび恋がたきという名の道化を引き受けたことを。
なんとシニョーラ、なんと辛い役目を、私は彼女に負わせたことか。 彼女は私を恋していたのだ。
その彼女にあろうことか、偽りの恋人を演じてくれと言ったのだ。 この罪深い、愚かな私。
おや、泣いてくれるのかい。 優しい人だね、あなた、シニョーラ。
だけれど泣いてはいけないよ。私のような愚か者に、あなたの涙はふさわしくない。 おやめ、シニョーラ。あなたは泣いてはいけないよ。
ごらん、この愚かなアルレッキーノ。 結果、こうだ。
アウローラは命を落とし、コロンビーナもプルチネッタも二度と私に笑いかけることはない。 何もかもがねじ曲がった。
ねえあなた、シニョーラ、どうお思いだね。 人は生きている限りにおいて、こうして誰かを傷つけねばならぬのだろうか。
生きてある以上、誰かとは関わってゆかねばならぬなら、私はこれから先もまた、このような反問に翻弄されてゆくのだろうか。
己の過去すら知らぬ愚かな同家。 私はただそれだけであるはずだったのに。
だから私は花になりたい。言葉を持たず、愛情を持たぬ花になりたい。
ただそっと道の端で咲くだけで誰の邪魔もせず、心を悩ます過去もなく、時期を終えればひっそりと枯れてゆくだけの花になりたい。
この愚かなアルデッキーノ。 人であることに疲れたのだ。
ああ、花よ、こんなにも惹かれる。 この名もなき花に私は惹かれる。
さあ、あなた。 私の懺悔はこれでおしまい。
つまらない話だったろう。すまないね。 けれどありがとう、私の話を聞いてくれて。
お行き、シニオラ。 さまよい瞳のお嬢さん。
あなたの話も聞いてやりたいが、もう時間だ。 ドットオレが呼びに来た。
27:02
良ければ舞台を見てお行き。 あなたのために私は楽しい同家となろう。
今日のところは花になるのは良しておこう。 代わりにせめてあなたを笑わせて差し上げよう。
さあ、シニオラ。 ああ、ああ、そんな風な目を押しでない。
私は舞台に上がらねば。 ねえ、訳ありのお嬢さん。
あなたの瞳はいつもそうして揺れている。 家を忘れたこのようだ。
迷子の迷子のお嬢さん。 帰る場所がないのだね。
泣かないで。シニオラ、泣かないで。 ねえ、私はこれまで一度も尋ねなかった。
あなたの名前。 あなたがどこからここに来たのか。
あなたもまた何か訳があるのだろう。 過去を持たぬ人なのだろうね。
だからこれからも尋ねまいよ。 さまよい瞳のお嬢さん。
かわいそうにあなたどこにも帰れないのだね。 よければ舞台を見てお行き。
あなたのその途方もなく長い時間のせめて一かけらほどは このアルレッキーノが埋めてあげよう。
さよなら。 さよなら。ごきげんよう。
これにて閉幕。 アディオ。アディオ。
28:40

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