00:06
赤い色が好きなコロンビーナと、受け取り手のないサテンの話。
ねぇ、あんた、ちょっと聞いていかない? とてもつまらない話があるの。
もしよかったら、ここに座ってちょうだい。 私と一緒に話をしましょう。
大丈夫、そんなに時間はかからない。 もうすぐ舞台が始まるんだもの。
ただ、少しだけ。 ちょっとだけよ。聞いて欲しいの。あんたに聞いて欲しいのよ。
誰だっていいけど、あんたがいいの。 ちょっと聞いておいきなさいよ。
ああ、あんたのそのキラキラした赤い髪。 私、とっても好きだわ、シニオレ。
まるで燃え盛る恋の炎ね。 私の名前はコロンビーナ。この一座の人気者。
十四の頃から一晩も休まず、私は舞台に立っている。 こんな風な衣装を着てね。ちょっと召使い風でしょ。
背中のリボンが色っぽいことね。 そうよ、私頭は良くないの。
けれどそんなの関係ないわ。 魅力的で浮気性。生きてく知恵さえあればいい。
それがコロンビーナの役回り。 私に恋する男どもを手玉にとって。
騙し騙され、くどきくどかれ。 最後は私の独り勝ち。
それが私よ、コロンビーナ。 コロンビーナはいたずらな太陽。
私はみんなの憧れの的。 男ども、もしも勇気があるのなら、私に手を触れてごらん。
だから私はコロンビーナ。 みんな私に恋してる。
流し目一つで誰でも落ちるわ。 言ってごらん。
あんた、私をどう思って? あら、そう。
ありがとう。怒っちゃいないわ、正直者さん。 怒っちゃいないわ、本当よ。
あんた、嘘をつかない人なのね。 あんたが言った通りなの。近頃の私は冴えないの。
歌っても踊ってもちっとも弾けてないみたい。 私、胸にぽっかり穴が開いてるの。
少し前からずっとこうなの。 嫌になっちゃう。死んでしまいそうなほどよ。
私、とっても寂しいの。 ああ、嫌だ。私ったら話が下手ね。
ドットオレが呼びに来たわ。 私は舞台に上がらなくちゃ。
03:01
ねえあんた、もしもよかったら明日もここに来てちょうだい。 だけれど舞台は見ていかないで。
私、嫌になっちゃうくらい最近とてもダメだから。 ああ、シニョーレ、来てくれたの。ありがとう。
私、とっても嬉しいわ。 今日は夕日が綺麗ね、シニョーレ。
ここから見える夕暮れ景色が私は大好き。 ルビーのようにキラキラして雲はまるでガーネット。
サファイアの帳が降りるのよ。 最後はオニキス漆黒の真夜中。
素敵ね。 さあいいかしら、今夜も私の話を聞いて。
とてもつまらない恋の話。 あんた、恋をしたことがある?
そう、恋って人を好きになることよ。 あんた、それを知っている?
話はこういうことなのよ。 つまり、私は恋をしているの。
なんてこと、コロンビーナが男なんかに惚れちまったの。 ねえ、シニョーレ、笑いたかったら笑っていいのよ。
私、あんたに笑われたって構わない。 私は同家の女だもの。人を笑わせるのがお仕事ね。
まあ、シニョーレ、優しいのね。 誰に恋をしたんだいって、あんたは聞いてくださるの?
ほう、嬉しいこと。 私、あんたみたいに優しい人は見たことがない。
きっと奥さんは幸せね。 えいえ、見なくたってわかるのよ。
素敵な巡り合わせだわ。 どうぞ大事に愛してあげて。
私が恋した相手はね、アルレッキーノよ。 同家仲間のアルレッキーノ。
私、あいつに恋してる。 笑っちゃうでしょ。こんなことってあるかしら。
お芝居の上では私たちいつも恋人同士。 嫌になるほど抱擁をした、キスをした。
あいつは私にくびったけ。 私はいつだって浮気症。
私に焦がれるあいつの上をヒラヒラ越えて踊る蝶々。 なのに、
はぁ、それなのに、私はあいつに本気なの。 誰も知らないことだけど、私、惚れちまったってわけなのよ。
アルレッキーノ、あいつは知恵者。 コメディアデラルテの人気者。
それなのに、女心のわからない男。 あいつは言うの。私に言うのよ。
舞台を降りると仮面を外して一人の男に戻ってね。 つまらない恋の悩みを私にだけ打ち明けるのよ。
06:00
あいつと来たら流れ者の同化師の癖して女の子に恋をしたの。 恋、ですって。そうよ、あいつ恋をしたの。
お相手はとっても綺麗なシニョリーナ。 時々舞台を見に来るの。キラキラした女の子。
アウローラ。お名前までお綺麗なことね。 アルレッキーノその子が好きになったんですって。
そしてね、シニョレ、バカバカしいでしょ。 彼女もあいつが好きみたい。
はは、ああ、なんてバカバカしいのかしら。 誰も知らないことだけど、あの二人両思いってわけなのよ。
死がない同化師と市長の娘。どこの喜劇にもありゃしない。 砂糖菓子みたいに甘いだけ。一時の夢よ。
後には何にも残らない。 あらやだ私、今日はちょっと詩人みたいね。
なあ、ニシニョレ。そんな顔しないで。 あんた、私を憐んでいるの?
そんならやめて。私はそんなの望まない。 ただ話を聞いてくれたらそれでいいの。
あんた、ずーっと私の話を聞いて。 誰だっていいの。誰だっていいけど、あんたのその赤い髪がとっても綺麗だったからあんたにしようと思っただけ。
それだけのことよ。 私、赤色が好きだから。
ねえ、シニョレ。 私、バカなのよ。
同化してるの。 柄にもないわ。けれど思っちまったの。
あいつが幸せならいいのにって。 お幸せにって。
ハルレッキーのよ。 私、あいつに恋してるんだもの。
憎たらしいほど恋しているの。 だから私、あいつと彼女がうんと幸せになれたらいいのにって思っちまうの。
バカみたいね。お人よしのコロンビーナ。 いつも幸せを逃してばかり。
さあ、シニョレ。今日はこれでおしまいね。 ドットオレが呼びに来たわ。
シニョレ、明日も来てくれる? お願いよ、シニョレ。また明日も私の話を聞いて。
それだけでいいわ。 私、それだけでいいんだから。
それじゃあまたね。ごきげんよう。 だけれど、舞台は見ていかないで。
約束よ。 ああ、今日も来てくれたのね。ありがとう。
ねえ、シニョレ。どう思う? 今日はこんなに冷たい雨よ。
空が冷たい鋼色。
なーにをしてよ。やめて。傘なんかいらない。 ちょっとぐらい濡れたって平気よ。そんなにやわじゃないんだもの。
09:07
それにね。 いいじゃない。風邪でもひいたら儲けもの。
舞台に上がらなくていいのなら、つまらない恋のお手伝いもしなくて済むわ。 あらやだ、私、やんなっちゃう。愚痴っぽくてごめんなさいね。
でもシニョレ、どうかしら。 こうして雨に降られている私、いい女に見えるでしょ。
お芝居ならお手のもの。 いつでもどこでもコロンビーナの仮面をつけて、そうして生きてきたからね。
あら、そういえば私、本当の名前はなんて言うんだったかしら。
ねえ、シニョレ、聞いてくれる? 今日は私、もうどうだっていい気分なの。
私って悲しい女だわ。 一人の時はいつもため息。舞台の上では私はキラキラ、降りればただのつまらない女。
あのシニョリーナは宝石で、私はきっと石ころね。 私はそれだけの女なの。
お酒だって飲んだりするわ。鏡を見てね。 ああ、かわいそうなバリエッタ。あなたはちっとも報われないのね。
で、この爪でグラスをはじくのよ。 ああ、そう、そうね、バリエッタ。
お酒がグラスに残っている間だけ思い出せるの。 たった一つ、私の名前はバリエッタ。
いつまで覚えていられるかしら。 シニョレ、ねえシニョレ、
私こんなに寂しいのに。 ねえ、シニョレ、
あんた、こんな私を少しでもかわいそうだと思ってくれる?
ああ、 ありがとう、ありがとう。
優しい人ね。 本当は私、そう言ってほしいの。
アルレッキーノが私に言うの。 彼、あの可愛いシニョリーナとお別れするのよ。
キラキラ光るお嬢さん。 きっとあの子は泣くでしょうね。でもアルレッキーノは本気だわ。
だって私たちただの渡りの同家子よ。 いつまでこの町にいられるかもわからない。
所詮は流れ者なんだから。 結婚なんて冗談じゃない。
彼ったら毎日思い詰めてるわ。 胸が張り裂けそうなんて言いながら。
そしてね、あいつ、この私に泣きついてきたわ。 言えないんですって。自分じゃどうにも言えないんですって。
だからあいつ考えたの。 知恵だけは回るずるい男よ。
あいつ、私にひどい頼み事をしたわ。
12:05
ああ、どうしてだろう。 あいつひどい男だわ。
人の気も知らないで。 全然何にも知らないで。
ああ、嫌だわ。ドットオレが呼びに来る。 私、舞台に上がらなくちゃ。
やめて、寄せてよ。傘なんかいらない。 雨に濡れて冷え切って、心も冷たくなってしまえば、
私、きっと泣かずに舞台に上がれるわ。 あら、シニオレ。
今日も来てくだすったのね。いらっしゃい。 今日はいつもより時間があるわ。
あんたと話すのが私は好きよ。 ブオーナセイラ。優しいシニオレ。
今日はどうしたの?それは何? 大きな箱ねえ。あんた、何を持ってるの?
あらあらまあ、なんてこと。 なんて綺麗なサテンかしら。驚いた。
あんた、職人だったのね。 まあまあ、
とても綺麗よ。 こんなに綺麗なもの、私、とっても久しぶりに見た。
なんてことかしら。綺麗ね。本当に綺麗。 綺麗だわ。
涙が出るくらい綺麗だわ。 これを、私にくれるって?
およしなさいよ。馬鹿ね、シニオレ。 私なんかには似合わない。
私みたいな同居女は、こんな綺麗なもの、 とてもじゃないけど着られない。
お気持ちだけで嬉しいわ、シニオレ。 だからどうぞ持って帰って。奥さんに返して差し上げて。
私のために縫ったって? それでもダメよ。受け取れないわ。
ねえ、シニオレ。私今、綺麗なものが見られただけで嬉しいのよ。
あんたは毎日会いに来てくれて、私のことを思ってくれて、 それで十分。本当よ。
だからこれは奥さんに。 ねえ、シニオレ、そうしてよ。
あんた、わかってくれるわね。 私のためにそうしてよね。
泣いてないわ、泣いてない。 あんたがあんまり優しいから、ちょっとびっくりしただけだわ。
よしってちょうだい。涙は自分で拭うものよ。 ねえ、シニオレ。
笑っちゃうわ。あんた、お人よしなのね。 やめてよ、やめて。よしって言ったら、
あんたがそんな顔すると、私、話ができなくなるわ。 昨日はどこまで話したかしら。
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そう、アルレッキーノの思いつき。 あの男ったらひどいのよ。
あいつ、シニョリーナと別れるためにね、 私に頼み事をした。
そりゃ残酷なお願いよ。 だけど私、嫌って言えないの。
あいつがあんまり辛そうな顔で私に言うから、 私は任せてって言ってしまうの。
人の気も知らないで。 全然何にも知らないで。
馬鹿なコロンビーナ。 いいえ、私はバリエッタ。それとも違う?
もうわからなくなりそうよ。 ねえ、シニオレ。私、お客を笑わせてあげて、
時にはこうしてアルレッキーノの頼みを聞いて、 いつでも私はそうやって。
私の番はいつなのかしら。 ねえ、シニオレ。
誰が私を愛してくれるの? お芝居の上の恋じゃない。
お遊びみたいな恋じゃない。 私を愛してくれるのは誰?
コロンビーナじゃない私を見てるのは、一体誰なの? ねえ、シニオレ。
ご覧なさい。見えるかしら、この手の上よ。 バリエッタだった頃の夢が一つ一つ消えていく。
私は重視で売られてきたの。 ちょっぴりの銀貨と引き換えに。
私、誰からも愛されたことがないんだわ。 ずっと一人よ。
一人ぼっちのコロンビーナ。 舞台の上で拍手を浴びて、降りてしまえばそれっきり。
誰も私をバリエッタとは呼ばないもの。 だから私だけが私を本当の名前で呼んであげるの。
私がここに生きているって忘れないように。 可哀想なバリエッタがこの世からいなくなってしまわないように。
ああ、神様、私を見て。
ここにいるのよ。私だけが私のことを愛している。 ねえ、シニオレ。
あんたは優しい。 私、あんたと話している間は少しだけ温かい気持ちになるわ。
そう、胸のあたりがね。 あんたのそのキラキラした赤い髪、とっても素敵。
あんたのその目、海みたいに穏やかなのね。 ねえ、
何を見てるの? 私を見てるの?
本当にあんた、私を見てるのね。 それでいいわ。
嬉しいわ。今だけでいいから、私のことを見てちょうだい。
あんたの目の中にいる私の姿を見ていたいの。 ああ、私、それだけでいいの?
ああ、そろそろ時間ね。ドットオレが呼びに来る。 私は今宵、一世一代の同家の女を演じてやるわ。
18:09
お嬢さんの恋がたきをね。 私たちが恋人だって、私とアルレッキーノが舞台を降りても恋人だって、
あのうぶで可愛いお嬢さんがそう思ってしまうようにね。 それじゃあ、シニョレ、ご機嫌よう。
良ければ舞台を見ていて。 私、あいつを誘惑するのよ。
ねえ、シニョレ。 バカバカしいでしょ。笑っちゃうほどよくできた喜劇ね。
気持ちがねじれて繋がって、私はあの子、あの子は私。 アルレッキーノは一人でさっさと楽になって、
哀れな女が残るだけ。 それでも私、今宵は一番、あいつのために踊るのよ。
さあ、時間だわ。 ドットオレが呼びに来た。 私は舞台に上がらなくちゃ。
アルレッキーノが私に恋して待っている。 シニョレ、シニョレ、
あんたさえ良ければ見ていって。 バカバカしい恋のお話。 バカバカしい恋の終わり。
私のお芝居、どうぞどうぞ見ていってね。 シニョレ、それじゃあさよならね。
ありがとう、私の話を聞いてくだすって。 つまらない話、聞いてくれてありがとう。
今日の舞台が終わったら、私が話したことはすっかり忘れてちょうだいね。 コロンビーナがそんな話をしたなんて、お笑い草だわ。
誰にも秘密よ。 どうぞ忘れてちょうだいよ。
アディオ、アディオ。 お元気で。
二度と会わないわ、お人よしさん。 今日のコロンビーナは綺麗だね。
まるで軽やかな蝶のようだ。 きっとそりゃアルレッキーノに恋しているのさ。
ごらん、お似合いのお二人さんだ。 ほら、ほら、アルレッキーノ。
同家者よ、私に恋して焦がれるがいい。 私の手にキスを押し。