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238:元SHIBUYA CITY FCのGK・高島康四郎さんゲスト回、GKと出場機会とビジネスと
2026-07-24 1:17:18

238:元SHIBUYA CITY FCのGK・高島康四郎さんゲスト回、GKと出場機会とビジネスと

今回の話題

・元SHIBUYA CITY FCのGK・高島康四郎さんをゲストに

・京都東山高校から大学、八戸、島根と渡り歩いたサッカー人生

・「出られないGK」だからこそ辿り着いた心の持ちよう

・サッカーとビジネスを両立する新クラブ Dual Grit FC


ゲスト・高島康四郎さん、京都東山高校で鎌田大地と重なった3年間

今回は元SHIBUYA CITY FCのゴールキーパー・高島康四郎さんを迎えたインタビュー回。身長192cm、京都市北区の出身で、姉がプロゴルファーだった関係で仙台・石川と移り住み、小学5年の転校を機にゴールキーパーを始めた。進学した東山高校は、ちょうど鎌田大地が3年生、高島さんが1年生という時期。クラブ出身の実力者が集い高校年代のプレミアリーグ昇格に沸くチームで、無名の中体連出身から「身長だけを買われて」進学した高島さんは、3年間公式戦出場ゼロだったと明かす。


専修大学でも出番はなく、コロナ禍の河川敷で叩き込まれたGK

大学は指定校推薦で専修大学へ。サッカー推薦ではない一般入部で、ここでも出場機会はほぼ巡ってこない。「高校1年から大学3年までずっと試合に出ていない」というキャリアだったが、転機は4年時のコロナ禍。数か月チーム活動ができない間に河川敷でゴールキーパーを一から叩き込まれ、「大学3年まで自分はGKをやっていなかったと気づいた」ほどの出会いを経て、関東大学リーグ1部の試合に抜擢される。ただしチームは1部から降格。専修大と中央大の残留争いでの大敗など、ほろ苦い思い出も交えて振り返った。


就職活動で嘘がつけず、プロの道へ。ヴァンラーレ八戸でアカデミーコーチも兼任

大学4年では就職活動もしたが、「面接で嘘がつけない」。志望動機を問われて「サッカーがやりたい」と口走ってしまい、その場で自分には無理だと悟る。監督や家族を説得し、プロとしてサッカーで生きる決断をした。青森県内の複数クラブから声がかかり、条件は別のクラブの方がよかったものの、自ら希望してヴァンラーレ八戸へ。トップチームでの出場機会はほぼなく、幼稚園から高校まで見るアカデミーのゴールキーパーコーチ(メインは中学年代)も兼任した。「選手より指導者の方が向いていると自分でも分かっていた」と振り返る。


「出られないGK」だからこそ辿り着いた、心の持ちよう

高校から続く「試合に出られないゴールキーパー人生」を、どんなマインドで過ごしてきたのか。若い頃は「なぜ出られないんだ」と、前に立つキーパーのミスを願うような気持ちもあったという。だが「この人が怪我をしても、ミスをしても、自分の評価は上がらない」と気づいた瞬間があった。相手のミスを願っている状態では、いざ出番が来ても自分の準備やプレーに目が向いておらず良いパフォーマンスはできない――。競争相手を上回らなければ評価されないという原点に立ち返った話に、パーソナリティ2人も「めっちゃいい話」と唸った。


島根・松江シティFCを経て、環境を求め関東へ

その後は島根へ。松江シティFCに加入するが、本州を股にかけた移動の大変さを語りつつ、ここでも出番はほぼなかった。成長できる練習環境を求めて関東に絞り、JFL昇格直後のブリオベッカ浦安へ。それでも出場機会は巡ってこず、「総じて出ていない」サッカー人生が続いた。


SHIBUYA CITY FCの2年間と、グリーンバードでのクリエイティブ/地域活動

浦安を1年で経て、JリーグでのGK挑戦も視野に動く中、SHIBUYA CITY FCがゴールキーパーを探しているという話が舞い込む。「SHIBUYA CITY FCって何だ」と当初は知らなかったが、ホームページを見て「なんだこのかっこいいチームは」と一目惚れ。社会人カテゴリーで熱く戦う選手と、それを応援する人たちの熱量に惹かれて入団し、2年間プレーした。ピッチ外でも、2006年から関わるNPO・グリーンバード(表参道発祥の街の清掃活動)でクリエイティブディレクターとしてWebサイト改修などを手がけるなど、クリエイティブと地域活動の両面でも街とクラブに貢献。長谷部健・現渋谷区長がグリーンバードの生みの親だという逸話も飛び出した。


サッカーとビジネス、コンサルティングファームへの転身

SHIBUYA CITY FC時代は、クラブのスポンサーでもあるビルメンテナンス(建物管理)会社で働き、昨夏に社会人インターンを経て、現在はコンサルティングファームに勤務する。戦略策定から実行フェーズまで伴走する仕事で、初めての案件では生成AIの活用推進をクライアントと二人三脚で進めるなど、いわゆるDX領域に携わる。「日本語がおかしいと指摘される」「普段いかに何も考えず喋っていたか痛感する」と、アスリートとはまったく違う頭の使い方に苦戦しながらも、手応えを語った。


新クラブ・Dual Grit FCでJFLへ「サッカーもビジネスも本気」

そして本題の新たな挑戦。現在の勤務先が母体となって立ち上げた新クラブ「Dual Grit FC」で、高島さんは再びゴールキーパーとしてプレーする。クラブ名が体現するのは「サッカーもビジネスもどちらも本気」というコンセプト。選手の多くは同社で働き、コンサルタントとして生計を立てられる元選手が現役復帰したケースもあるという。掲げるのは「Jリーグではなく“JFLを目指す”」という宣言で、新設ゆえ最下位カテゴリーからのスタートだが、最短3年でのJFL到達を見据える。監督は河野広貴さん。SHIBUYA CITY FCとの練習試合では惜敗ながら互角に渡り合い、開幕戦の会場などは追って番組内で告知していく予定。サッカーもビジネスも全力の「人生で一番忙しい」日々を応援しつつ、ゲスト・高島さんへの感謝で締めくくった。

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00:07
105×68mのフィールドには、喜びと楽しさと悔しさが詰まっている。 サッカーを愛するクリエイターたちの雑談ポッドキャスト fm105、今日も渋谷からお届けします。
パーソナリティーは、湘南ベルマーレサポーターのデザイナー、たほい。 清水エスパレス渋谷CITY FCサポーターのコピーライター、たけぱんです。よろしくお願いします。
今日もね、我々が1台のマイクでやってるということは、ゲスト回です。 もうすぐマイクが追加されるという。そうなんです。僕ちょっとね、ボーナスが入ったんでマイクを買おうっていう。
これマイクだけじゃなくて、ミキサーも買わなきゃいけないんですよね。ミキサーが2本しか入らないやつなんで。バッチリ効いてあるんで。
これを買えと言っていただければ、買いますので。有意義な使い方です。
今日のゲストはですね、おそらくこれまで来た方の中で一番身長が高いですね。 ここは靴脱いで入るタイプの事務所なんですけど、置いてあった靴でかって話してますね。
難しいな。本日のゲストは高島幸四郎選手、高島幸四郎さん。今はどちらで呼ばれるのが正しいのかをちょっとこの後もお聞きしたいんですけど、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
どっちですか?
どっちもが正しいかもしれないですね。
僕は渋谷してFC時代にご挨拶してもらったりしていて、今回また新しいチャレンジをされているようなので、その話を聞いてみたいなと思ってお声掛けさせていただきました。
ありがとうございます。
めちゃくちゃ高青年なんですよ。
見た感じがインターフェースがすごいです。
インターフェースがすごい。
みんな大好き高四郎なんで。
聞いていきたいんですけど、始まる前に僕が来るの遅れちゃったんで、最初お二人で話してたんですけど、地元が?
そうなんですよ。
京都。
はい、地元も京都で、ご出身の高校が東山高校。
ちょうど湘南に池田選手というゆかりの選手がいるので、湘南サポはみんな池田選手のことが好きなんで、それもあるし。
近いんですか?地元も高四郎さんと京都の中でも。
家はどこかは話してなかった。
京都市ですね。京都市の北区。
じゃあ遠いっすね。僕伏見区なんで。
反対側ですね。
全然わかんない。京都肉作りがあれば間違いない。
確かに区は数えたことない。
東京23区とかいるじゃないですか。京都って何?想像もついてないですよ。7ぐらいですか?
近いかも。
そうですね、それぐらいだと思いますね。
西京区とかあるからな。
あんまりそういう数字で言わないですね。
言わないですね。
ちなみに静岡市は3区です。
03:00
3つしかないの?
3つしかないですよ。
しかも清水区は後から追加でしょ?
後からっていうか、清水が入ったことによって区ができたんですよ。
あ、それまでなかった。
西米指定都市に合体してできて、清水区、青井区、緑区っていう3つの区になりました。
山の中とかが区ですよ。
このてっぺんまで静岡市なんで、京都の話してたなと思ったんですけど。
その辺から聞いていきたいんですけど、ゴールキーパーです。
ゴールキーパーです。
めちゃくちゃでかいゴールキーパー。192センチ。
大きい!
192です。
やばくないですか?
生まれた時からこれくらいあったのかどうかとかも聞いていきたいんですけど。
京都で生まれて、サッカーはいつからですか?
サッカーは小学校5年生になるタイミングで、僕仙台に引っ越してるんですよ。
っていうのも、僕の姉がプロオルファーで。
僕初めて知りました。
本当ですか?
有名な話なんですか?
渋谷のパンフレットにも書かれてた。
そうか。見逃してたな。
その姉がちょうど高校に進学するタイミングで、ゴルフの名門の東北高校に進学することになって、僕もついていった感じなんですね。
小学校4年生までの記憶は本当に無くて、サッカーも何もやってなかった。
何も考えずに生きてきて。
5年くらいまではありますよ、結構。
本当に記憶はあんまり無くて。
小学校5年生で転校したタイミングでサッカー始めたっていう感じです。
割と遅い。
だいぶ遅いですね。
その時のポジションはどこだったんですか?
たぶん僕がデカいやつが転校してきたから、サッカーやってる友達がサッカー誘ってきたんですけど、ゴールキーパー前提で誘ってきて。
僕はまんざらでもなくて、最初からゴールキーパーやってました。
小5の時はどれくらいの大きさだったんですか?
小5で160cmはあったのかな。
子供の中では大きい方ですよね。
でも今とはだいぶまだ差がありますね。
そうですね。
そこでゴールキーパーを始めて。
2年間過ごして、ちょうど小学校6年生の時に東日本大震災をしっかりそこで被災して、卒業式を受ける前に原発が爆発するとか、そんなニュースが飛び交ってて、逃げようっていう話になって。
姉はプロテストに合格してたんで、石川県のゴルフカントリークラブに所属になるっていう話になって。
当時僕も本当に何も考えてなかったんで、ただついていくみたいな感じになって、石川県の中隊連のチームに入って。
06:05
石川に行かれるんですね、そこから。
そうです。石川県の小松市ってとこですね。
非常に面白いですね。
小松、何年か前に行きました僕は。
本当ですか?
いいとこですよね、小松。
小松空港から行きました。
そうなんですね。中隊連のチーム出身だなと思ってたんですけど、石川だということは知らなかったですね。
京都に帰ってクラブチームに入るみたいな話も出てはいたんですが、僕に相談される前に家族の中でも決まってて、石川に行くことが消去法で中隊連しかないなってなって。
お姉ちゃんの動きに合わせた家族の動きなんですか?
そうです。姉に振り回されてきたという。
面白い。
そうなんですね。
そうなんです。
中隊連のチームは強かったんですか?
あんまり強くなくて、当時だと清涼中とかがめちゃくちゃ強かったですね。
そうかそうか。
最後の大会とかはしっかり清涼中に負けて、その清涼中が禅中とかもしっかり出て優勝したかどうか覚えてないですけど。
でも結構県の上の方でそこで戦うぐらいな感じだったんですか?
いや、県大会に出て1回戦目で負けるとかそれぐらいですね。
そこから日が静まれるわけじゃないですか。
その頃ってトレ戦とかに入ったりしてたんですか?
いや、何も入ってなくて。
えー。
で、あれなんですよ。
結構面白くて。
はい。
大阪体育大学派閥と、日本体育大学派閥が結構分かれていて、
で、清涼高校ってどちらかというと大阪体育大学派閥の川崎総監督とかがいらっしゃって、
で、僕は京都戻りたいってそこで初めて自分の中で自我を出したタイミングでもあって、
で、清涼中にいらっしゃった先生と当時部活の顧問だった先生が仲が良くて、
で、大阪体育大学の出身の先生がここが東山高校っていうところがあるよっていうのを教えてもらって練習参加することになって、
あの木の字も知らなかった僕が行って、多分身長だけを変われて進学できることになったみたいな流れですね。
中学もずっとキーパーをやられてた?
キーパーやってました、ずっと。
あー、でもなんかちゃんとしたコーチに教わったりとかはしてなかった?
そうですね、なんかゴールキーパースクールに通ってはいたものの、今振り返ると、多分相当下手だろうなっていう印象ですね。
ちなみに中3の時の身長は?
中3で187くらい。
それはデカいわ。
それは取ります。
どこで伸びました?中学の。
中学校3年間で毎年7センチずつぐらい伸びたんですよ。
たぶん小6の時に167とか8で。
その時点で一番デカいですよね。
で、ガンガンデカくなっていって187まで来たみたいな感じですね。
09:04
1年伸び幅で言うと僕の方が上なんですよ。
なんで?
僕中1の1年で15センチ伸びたんですよ。
そういう人いるわ。
ピタッと止まりましたよね。
1年だけでしたけど。
すごい。
そこで初めて競合校みたいなところに行かれるわけじゃないですか。
結構違いを感じましたか?
いや、もう…。
何が違うんですか?
そもそも練習参加行った時に
人工シワのグラウンドで毎日練習できるんだっていう衝撃が1個あったのと。
そしてサッカーをしてこなかったんで
高校サッカーのシステムとかよく分かってなくて。
僕が入るタイミングでちょうど
鎌田大地さんもいらっしゃって
プレミアリーグに昇格した年だったんですよ。
プラミアリーグって何?ぐらいの勢いで。
イングランドじゃないとか。
レベルみたいな感じになって
同期で入ってくる新入生、出身チーム見たら
ガンバ大阪、カドマとか京都サンガとか
僕、クラブチームからみんな来てて。
あとは中チームでもすごい競合校というか
高槻旧中とか前中とか何回も優勝したりとか
出場してるチームから来てたりとかで
僕だけ一人だけ無名の中隊のやつが来たみたいな感じになってて
それはもちろんある。
でも一番でかかったですか?
一番でかかったですね。
面白い。
素材、原石みたいな形で。
原石だったんですけど
高校では全然花開かなくて。
そうなんですか?
公式戦は一試合も出てないですね。
当時って選手権とかは高校としては出られた?
僕がいた3年間は全国大会には出てないですね。
そうなんですね。
1年3年で鎌田さんがいたって感じですか?
そうです。1、3年でいましたね。
すごい話題になってましたよね、鎌田さん。
その3年生の時とかね。
どこ行くんだみたいな。
何チームが争奪戦みたいな。
いろんなとこに練習参加行ってたイメージありますね。
トスですよね、最初。
トスに行かれました。
意外でしたよね、トス選ぶのがね。
出場機会とか求めてって感じでしたね。
あの時トス誰が監督だったっけ?
キルさん?
だったかな。
誰だったかな。
でもトスで、僕の記憶ですけど
トス行って走るみたいなことを
もうちょっと鍛えたいみたいなのもあって
っていうのを言ってた記事を見たんですよ。
すげえ。
12:00
でも意外ですね、全国大会に3年間
縁がなかったんですね。
数年前、東山が国立に立った時があって
その時に福重監督って今も監督やられてるんですけど
福重監督が国立のベンチの前に立ってる姿見ると
なんか結構感慨深いのがありましたね。
見に行ったってことですか?
見に行きました。
さすがに。
そうですよね。
すげえ。
プレミアに昇格したのに
京都では勝てなかったの。
そん時、プレミア京都3チームいて
京都3が東山高校を京都立場で
なるほど。
岩崎選手がいたという。
はいはいはいはい。
さっき岩崎ちょっとジョロッとしてね。
すごいなあ。
京都めちゃくちゃ強かったんですね。
めちゃくちゃ強かったです。
立河高校あの時も全国で結構上まで行ってましたよ。
そうですね。
僕が3年生の時の1年生たちが全国大会に出たのかな。
それまで基本的にずっと立場な気がします。
東山はそれまで全国大会に出た覚えがない。
そうなんだ。
なんか出てるイメージが。
最近のイメージでそう思ってるだけなんですよ。
そうですね。
へえ。
そうなんです。
名門だと。
名門ではあるんですよね。
名門ではありますね。
全国は行ってなかったんですね。
へえ。
でもそこで公式戦出場がないところから
大学に行かれるわけじゃないですか。
大学はどのようにして入られるんですか。
東山高校って面白くて
生徒の数より指定校推薦の枠の方が多いんですよ。
これで言っていいのかどうか分からないですけど。
東山高校って僕なんか勝手なイメージですけど
偏差値高い高校だと思ってるんですけど
合ってますか。
合ってます。
ですよね。
頭の人たちが頑張ってくれたこれまでの歴史で
僕らみたいな一般高校とかスポーツクラスの人たちが
進学に困らないようなスキームが出来上がってて
だから指定校推薦使って進学する生徒がすごく多い。
勘だけで言っても50人とかそれぐらい入れられるような
指定校推薦の枠を持ってて
やりたいと思ってて。
でもなんか考えながらに関西の大学生は
すごい遊んでるイメージがめちゃくちゃあって
先輩の姿見てたりとかして
関西に何か気がすると思って
関東の指定校推薦があるところに行こうってなって
複数大学があったうちで
15:01
一般でサッカー部に入れるとこだろう
そうか指定校推薦だから
サッカー推薦じゃないから一般になるんですね
で終わって結局専修大学に
指定校推薦で入れることができて
入部っていう形で入りました
専修って部員何人くらいなんですか1学年
部員が僕の時は
40出たかな
120人くらいの部になってた気がします
一般ない学校もあるし
統合校でもめちゃくちゃ多いところもあるじゃないですか
100とか学年出るところ
で言うと間ぐらいなんですね
間ぐらいですね
推薦もいるし一般もいるしで言うと
一般の割合は多いんですか
一般の方が割合は多いですね
当時の監督ってどなたですか
当時の監督が岩渕さんっていう
今山梨学院大学の指揮取られてる方で
大学関東大学サッカーリーグ一部を
4連覇した経験もある方が
2年生の時まで監督
当時で言うとあれ
原平さんって専修大学で
原平さんが総監督やられてました
実質式は取ってない
そうなんですけど
僕どうでもいい話なんですけど
僕5歳までの苗字原平って言うんですよ
変わってるんですけど
親父の苗字原平なんですよ
めちゃくちゃ珍しい苗字で
僕が唯一この世で知ってる原平さんが
専修の原平監督だけです
誰でしたっけ
専修大から海外にそのまま行かれたのって
誰でしたっけ
海外に直接行ったサッカー選手
誰だったか
会見みたいなのをやられてる時に
監督が出てて原平って書いてあって
え?って思って
そんな人いるんだと思って
静岡出身なんですね
清水なんですけど
清水の山の方にある一族なんですけど
そうなんです
そこにだけいるから
清水の人は学校にいたよとか言うんですけど
原平って人
僕は一度も会ったことないんで
唯一知ってる有名人ですね
大学一般で入るじゃないですか
ゴール基盤もたぶんいっぱいいるわけじゃないですか
どうだったんですか
最初は一般入部なんですけど
2月から行かせてくれっていう
分かんないことを
やる気満々
東山の福祉芸監督に
紹介状みたいなの書いてくれとか
飲み込んで書いてもらって
どうせ行くなら2月から行こうってなって
2月から部活に参加して
18:02
結局ゴール基盤5人いましたね
推薦の子は1人ですか
推薦は1人ですね
そこで出場機会を得たりするんですか
はなくて
結局試合出たのは僕4年生の時まで
そうなんですか
試合は出てないですね
今の話で言うと
高1から大学3年生まで試合出てないんですけど
ずっと出てないです
だからそうじて言うと僕試合出てない
サッカー人生で
すげえ
でもねゴールキーパーの
そうじて試合出てない人の
人間性の高さはエグい
分かる分かる
マジで
つない人間性の素晴らしさがある
でもキャリア意外すぎるんですけど
すごいそうじて出てないですね
4年生になって試合に出るようになるんですか
はいそうですね
それは何がきっかけだったんですか
何がきっかけだったかは
分かるんですけど
4年生の時僕コロナだったんですよちょうど
シーズン始まる前にコロナになっちゃって
でも当時教わってたゴールキーパーコーチ
特訓みたいなのしてて
河川敷で
そこでキーパーを全て叩き込んでもらった
みたいな経験があって
高1から大学3年生まで
僕キーパーやってなかったんだなって気づいて
その出会いが大きすぎて
そこで初めて学んで
それまでキーパーコーチも実質いなかったんで
一応いたんですけど
なんかこう出くれるだけ
キーパーはこうやるんだとか
この技術は何のためにあるかとか
そもそものマインドセットとか
そういったことは全く教わってなかったんで
持ってるこの前向きなメンタリティだけで
なんとかしてきたっていう
分かる確かに
中退連後退連ってなるとそうですよね
本当に教わらないことが
試合出てたみたいな
僕も多分これまでのサッカー人生で
大学4年生の頃で数ヶ月活動ができなかった時に
河川敷でトレーニングして
やってれて
その当時は関東一部ですね
関東一部の試合に抜擢されるんですね
すげー
関西なんですけど
シーズン出れなくて
出たり出なかったりの時期もあったりして
一緒にやるのは
結局一部僕合格させちゃって
4年生の大学
一番覚えてるのは
福争いをしてた専修大学と中央大学
2つの決対決で
21:00
絶対ここ負けれない
逆に勝つと結構抜けれるっていう試合で
それこそ湘南の
大橋雄貴ですか?
レモンガススタジアム当時
そうですか
BMWスタジアム
BMWが当時
で試合をして
見事不失点するっていう
その試合相手チームに
誰か僕知ってる人いますよね
何かそれを画像で見たんですよ
その試合の
でその時に
あれ?と思って
キーパーこうしろくんじゃんって思ったんですよ
逆にこっち側を見てた時に
なんだったかな
ちょっと画像検索しますね
中央大学に竹パンの知ってる選手がいる
知ってる選手だったか
すごい身近な選手だったか
何だったかな
9-0
9-0でいいですか
9対2とか
何月だったっけあれ
違う試合かな
何かの名前の一覧見た時に
あれ?と思った時があったんだよな
誰か
僕がいた4年間で
めっちゃ失点して
6点とかだったのを
初めて9っていう数字を見て
さすがに立ち直れなかったです
なかなか見ない数字がある
本当に
良いグラウンドで試合させてもらって
何やったやろ
相手ももう3,4点入ったところから
思いっきりのいいシュートを打つようになって
練習みたいな
何だこのスーパーゴールみたいなのが決まっちゃって
それ一番覚えてますね
なるほど
そこが別に最後の試合ではないですかね
それが最後の試合になったかもしれないですね
そこまたサッカーを続けていくわけじゃないですか
その進路って決まってたんですか
その段階では決まってなくて
大学4年生なんでそれ合わせるじゃないですか
就職活動やってみたんですけど
一社だけ
嘘がつけなくて
そうですよね
絶対にそうですよね
面接行って
嘘もつけないから準備も
本当に志望度高いとこでもないし
一応何か内定持っとくかぐらいの
勢いでやってた就職活動だったんで
自己紹介してくださいって言われたのを
履歴書に書いてあるのが大体わかるだろうと思っちゃって
30秒ぐらいで適当な自己紹介をした上で
どれぐらいの志望度なんですかみたいな質問が来て
24:00
僕サッカーやりたいんでって言っちゃって
数日後にメール来て
その瞬間に無理だと思って
監督家族に説得して
俺は就職活動辞めますって言い切って
サッカーで生きていかせて決断をして
アスリートなんでアスリートの厳しさめっちゃ知ってるから
本当に辞めた方がいいよみたいな
絶対普通に辞めた方がいい
今内定もらってないんだったら
満足したところから辞めときなよみたいな声を
その1年間しばらくもらい続ける
冬かな11月ぐらいに
LINEメールに練習参加いかせてもらって
一応OKの質問もらって
その後に監督
その当時の監督が高崎康史監督っていう監督なんですけど
専修大学の監督が
東昌二頭間さんとか
あそこら辺の台をフロントアレで指揮されてた
久保さんとか監督で
ちょうどSQ取りに行くタイミングで
ヴァンラーレ八の辺っていうチームの監督さんと
SQが同期だったことから
練習参加来てくれないっていう話になって
うまく進んで
八の辺から内定もらえることが
12月ぐらいに決まったのかな
シーズン終わってから決まったような気がします
その辺の練習参加の事情とかあんまり知らないんですけど
何回ぐらい行くものなんですか?
青森って1回しか行かないです
それで何日か行くんですか?
3日間とか4日間とか
それぐらいなんですね
本当にクイックに決まるみたいな
青森で2個内定を取ったんですね
そうですね
その当時関東から青森に来てくれるような
キーパーがもしかしたらいたから
そんなことはないと思います
買い方で練習参加来てくれって言って
やっぱ交通費も出ないし
そこにかけてくる選手かどうかみたいなのは
一定見極めてる気もしてて
なんかさっていうのは思いましたね
それってどこまで話せるかなんですけど
それぞれのチームでどういう条件での提示だったんですか?
実際青森の方が条件は良かったですね
青森は半分働きながらみたいな感じですか?
選べて全然いいよ
別にチームがどこか紹介してくれるとかではなくて
家も用意してくれるし
働いているアルファで稼いでも全然問題ない
当時の青森のカテゴリーってどこでした?
JFLです
この辺はJ3ですね
27:02
僕が言われたのはアカデミーコーチとしても働いてほしい
この金額みたいな契約の形なんで
実質アマチュア契約になってたのかな
アカデミーコーチとかすごい向いてそうで
僕選手より正直指導者の方が向いてるのは自分でも分かってて
その後結局八の兵に行きたいっていう風に伝えて
行ったんですけど
幼稚園生から高校生まで
全カテゴリーを教えてました
ゴールキーパーコーチですか?
ゴールキーパーコーチやってたのは
高校生年代にちょろっと行ったりとか
メインは中学生年代でしたね
そのほか基本的にサッカークリニックとか
フィールドプレイヤーも見ながらみたいな感じでした
ちゃんとゴールキーパーをやってなかった時期が長いってさっきおっしゃってたのに
1年で学んだことを教えるみたいな
だいぶ濃かったんで
しかも中でもキーパーとは何ぞやを伝えられるまでには行ってましたね
なんかいろんなものがミックスされてるというよりは
そこのガッと教わったことを教える方が正しいような気がしましたね
その当時はもうほんと
教わったことを真似て教えてるだけ
みたいなフェーズだったかなと思ってます
八の兵ではどうでしたか?
八の兵はもう出てないですね
なんか1回純公式戦みたいなやつに出ただけで
その他はベンチ入りはするけど出場機会は巡ってこないみたいな感じですね
当時の選手ってどなたどこがいたんですか?
当時の選手だと
私たちは聞いてわかるかどうかですけど
レースは上がったんだろうな
上がって3年目とかですね
あれは新山翔治っていう
もうずっと上で叩き上げの選手がいらっしゃって
有名どころ
宮一さんの弟さんは
入れ替わりとかだったんじゃないかな
確かに聞いたこともある気が
青森じゃなくて確か
青森だったかな
湘南からね
湘南で言えば監督がくず野さんでした
なるほど
宮千代さんは違いましたよ
盛岡です
近いとこですけど
さすがに一瞬で出てこないな
秋吉大輔っていう
秋吉さんはわかりますよ
30:00
家隣だったんでめちゃくちゃよくしてもらってて
幸福の
そうですね
遠征大変なんじゃないですか
大変ですね
基本飛行機は2階乗る
どこから乗ることが多いんですかね
三沢空港っていう空港
そこは8から3、40分のとこにあるんで
そこに車をみんな止めて
1階から各地みたいなイメージですね
大変
九州のチームとか
ありましたね
沖縄ももしかしたらJ3に
琉球は当時J2だった気がします
一番大変そうですね青森がね
大変でしたね
八千代がいるときに湘南と天皇杯でやってます
そうですか
勝ってます
マジですか
湘南に勝ちました
何年ですかそれ
2021
そうっすか
6ターンさんが出てて
あまりすごい大先輩なんで言いたくないんですけど
ボールをポロッ落としちゃったのを詰めて
それが決勝点になってますね
2対1とかで打ってるはずです
シリーズじゃないですか
6ターン
6ターンじゃないのか
ごめんなさい横浜FCでした
横浜FCで
出て湘南に負けました
そうだごめんなさい記憶が
横浜FCに勝って湘南に負けた感じですか
横浜FCに勝って湘南に負けた気がします
ウェリントンがいたな
いましたね一年ぐらいまでいましたからね
ウェリントン
一年もっと前か
いや2年前3年前から
試合に出てないもののピッチレベルで見る
ウェリントン選手は
マジで怖かったですね
あの体格で当たりに来られたら
高島さんがそんなに体格いいのに思うぐらいだから
ヤバいですね
違う規模になろうと思うぐらい
デカいし
そうか選手一覧見てたんですけど
入れ替わりで
大輔さんが八の辺にいました
そうですね八の辺の話ちょっとしてました
2019年にいたっぽいですね
入れ替わりですね
本当に残念ながらわからないですね
当時の選手はね
寒かったですか
めちゃくちゃ寒かったですね
でもそうか
夏に一週間とかで終わるんで
仙台にもいたわけじゃないですか
仙台にもいた
全然違いました
全然違います
仙台に住んでた経験あるんで
関東から仙台まで
車で4時間とか3時間半とか
33:00
あと1、2時間行ったら青森着くかな
ぐらいのテンションだったんですけど
新幹線仙台過ぎたので
まだ着かないの
もう一回関東行くぐらいの距離感あって
こんな遠いんだと思って
僕青森だけ本州で唯一行ったことないんですけど
本州中って東側で行ったことないんですけど
岩手でもそれ思いますもんね
そうですね
仙台まで来てやっと半分って感じですもんね
森岡行くのにさらに先かと思った
森岡と八戸は割と近い気がします
八戸って割と下の方
そうですね
下の方って言い方あれですけど
岩手より南の方なんですね
ゴッパーってどういう大持ちなんですか
選手のマインドとして
だってそもそも出れないじゃないですか
だけどずっと続けてて
かつ
そういうのあれにもよるんでしょうけど
協力し合えるゴールキーパーと
もう口は聞かないっていうタイプの人もいて
結構ゴールキーパーの方の話を聞くのって珍しいから
そういうのいろいろ聞きたいなと思ってました
多分渋谷の人たちから見ると
僕は出たのが長かったし
そんな中でも
多分目の前のこと一生懸命やってた印象は
めちゃくちゃあると思うんですけど
多分八戸の時の自分は
なんで出れないんだってずっと思ってた
若い頃
しなんか変な話
先輩とかミスしろとか結構思ってた
牛もあるし
なんか怪我してくんねえかなとか思ってた時も
あったんですけど
どのタイミングかわかんなくていいんですけど
この人怪我したとしても
この人がミスしたとしても
自分の評価上がんないなって気づいた瞬間があって
その瞬間どうかわかんないんですけど
渋谷に来た時にはもうすでに
そういうマインドにはなってたんで
フォアザチームになってないと
自分の評価も上がらないみたいな
ミスしろって願って
実際ミスする時あるんですよ
練習試合が3本あって
僕が3本目だとして
1,2本目で出るキーパーが
実際ミスしてチームがいい方向に
いってない時とか全然あるんですけど
そんなことを願ってる状態の
僕が3本目に試合出て
いいプレーできるはずがないんですよ
何でかっていうと
自分の準備とか
自分のプレーに対して目が向いてないから
自分がポンって出た時に
どういうことを意識してやるかとか
自分の課題はこれだから
これにチャレンジしようみたいな考えが
そもそもできてない時の方が多くて
いやーめちゃいい話
そんなオモモチになかなか
慣れないじゃないですか
試合出てない時なんて特に
ワンポジションしかないって超特殊な
かつそのメンバーだけで練習することも
多いですもんね
心理状況難しいですよね
36:01
でも世の中のJに所属している選手でも
ボールキーパーで
それこそ10年間で出場数2とか
何ならゼロの方とかも
いられるわけじゃないですか
ずっと第3ボールキーパーやられてるとか
すごいですよね
すごいですね本当に
なんかヤバいですよね
ヤバいっていう表現があって
逆にそれでも各チームが契約を従る
っていう選手であるってのもすごいですよね
そうですね
青森でなかなかないので
その後の
移籍されると思うんですけど
これはどういった経緯だったんですか
契約1年で満了したので
チームを探し見つけたっていうのが
流れなんですけど
こっからはどこまで流せるか分からないんですけど
レンタルで出ていけみたいな話も
チラッとされて
それはなんか
やっぱできるって
なかなか
いい見られ方はしないから
レンタルで放出したいって言われて
提示されたチームに
多分これ今の僕じゃない
入れそうなチームと思ってしまって
その当時の僕は
それだったら
ノーチャンスじゃないか
みたいな話も
ノーチャンスでもいいから
でも全員怪我したら
出れるチャンスあるかもしれない
と思って
それ残らせてくれ
みたいな話もしたんですけど
提示はなくて
それだったら契約満了にしてください
っていう話になって
決断をしたんですね
そういう時って
代理人さんとかはいらっしゃった?
僕はいなかったですね
どうやって探すんですかチームって
田中賢治さんって
ボールキーパーコーチがいらっしゃって
今は京都サンガーのU18かな
結構いろんなJリーグで
プレーされた方がいて
その方が八戸のボールキーパーコーチを
コーチじゃないな
で選手もやりながら
その方がコーチをやってらっしゃって
その八戸つながりで
話がいい
一回練習参加
セレクションみたいなのやるからおいでよ
って言われて
いい感じですね
つながりで決まってるような感じもありますね
渋谷も
ゆうすけさんが近いところの人が
いるみたいなのがありますよね
トップオブトップの代理人がいるような人たち以外は
そういう人のつながりみたいなのが
結構多いんですかね
結構多いと思います
実際にその
僕たちみたいな年報が低い選手たちに
代理人がつくかって言われたら
おそらくすごい将来性認められないと
ついてくれないと思っていて
多分動くだけの対価が
発生しないからこそ
人と
新人間かどうかは
つながりがないと分かんないんで
おそらく教官の人たちも
代理人がいなくても
じゃあこの人と一緒にやってるよねっていうのは
だいたいどこのチームか
一人ぐらいはいるんで
39:00
なんか人間性とか
技術だし
聞いた上で獲得に至るっていうのは
買いカテゴリーには多いのかなと思ってます
そこから松江に
松江に
全国を点々伝えてますね
青森に行ってたんで
島根に行ったら
めっちゃ勘弁やんとかって思ってたんですよ
いやいやいや
まあ鬼子ですね
なんかまだ全然九州よりこっちだし
と思って
行ってみたはいいものの
新幹線が通ってない
そうなんでしたっけ
山陰は新幹線が通ってないんですよ
そっか
最初行った
東京から
岡屋って
そこまでは多分めちゃくちゃ早いんですよ新幹線
けどそこから
さらに2時間半とかかけて
特急で上に上がっていってっていうような
合計時間
ちょっとかかるみたいなところでした
来たりいろんなとこ行かれてますね
本州の中を行ったり来たりしますね
京都から始める
全員エリア制作してるんじゃないですか
関西にいて東北行って
北陸行って
九州がない九州
いやいや本州
本州
で京都戻って関東来て
で山陰の方に行くと
大体
本州を股にかけてますね
東海地方が
東海地方はないですね
松江シティは行った時に名前が変わるんですか
そうです
次に変わって
吉井香倉島根っていうチームになりましたね
そこでは出れてないです
そうなんですね
そうじて出てないです
サッカー人生そうじて出てないですね
香倉島根は行ってあれですよね
チームがなくなってしまった
5月の
6ヶ月半給料未払いだったんですよ
それは1年は
1年間行ったんですけど
6ヶ月半は給料支払われていないです
使っていいのか分かんない話ばかり
これは多分周知の事実なので
使って大丈夫だと思います
使って大丈夫ですっていう話をすると
皆さんが聞けてない話もありましたよ
そうなんですよね
香倉島根はなくなってしまったチームで
JFLまで行ったというとこですね
そうするとまたチーム探しが
そうですね
どこに行こうかな
次はどこに行こうかなじゃないですか
もうチームはなくなるだろうと思ってたんで
でも11月ぐらいにシーズンが終わって
42:00
そこから探し始めたっていう感じですね
戻りたいなっていう思いがすごく強くて
やっぱ地方って人も住みやすいし
いいとこで
カントリーがあるし
トレーニング環境が整ってたりとか
自分が練習成長したい時に
環境整ってるのって関東だなと思って
もちろん大学を過ごしてきたこともあって
協力してくれる方もたくさんいるので
関東のチームに絞って探したいと思っていて
ちょうど浦安がJFLに上がったタイミングだったんで
上がったタイミングだったんですね
練習参加させてもらって
またそこでもオッケーって言ってもらって
入ったっていう感じですね
浦安でしたか?
なかったです
掃除で出てないです
何やってんだっていう感じなんですけど
こういう方を待ちしてました
本当にこういう人の人生を
若いサッカー選手とかに聞いてほしいです
ゴールキーポジション難しいです
長みんな出れるわけではない
その中でどう考えてきたかっていうのは重要な
浦安も1年です
その後渋谷に?
その後渋谷ですね
関東来て生活あったんですか?
変わった
浦安の時っていうのはサッカー球だけなんですか?
仕事もしてました
それってどこの段階からですか?
島根にいた頃は
島根の時も働いてましたね
けどゴール切ったりとか
軽くバイトしてたっていう感じなんで
がっつり働いてたかって言われると
そうでもない
一番働いてたのもしかしたら
8の辺の時かも
入りは相当しんどかったですね
浦安の時は
三和製作所っていう
教育機関とかにカタログを置いてて
そこで必要になる備品とかを購入できる
ビジネス展開されてるところで
倉庫で働いてたみたいな感じですね
サッカー関係以外のお仕事するのはそこが初めてですか?
島根で学童のバイトをしてたので
学童とかも似合うんですよね
子供が似合う
身長差すごいんですけどね
子供が似合うんですよね
ずっと高い高いしてました
人生で一番の高い高いですよね
そんな高いことないですからね
浦安で1年やられて渋谷に
これはどういうきっかけだったんですか?
渋谷はいろいろ考えたんですけど
45:05
Jリーグでプレーしてる選手たちと
ゴールキーパーのトレーニングキャンプみたいなの実施してて
今京都にいるカコイケンタロウって
すごくいいキーパーがいて
兄貴肌の僕もめちゃくちゃ尊敬してるんですけど
その人にプレイス契約満了になりましたっていう話をしたら
こうした実力は正直Jリーグでも全然戦えると思うし
ビデオとかをとりあえずJ1とかJ2とか
全クラブでもいいから
3番手でも4人から撮ってもらえみたいな話をしてもらって
そういう生き方もあるのかと思って
そこで1年なのか2年なのか過ごして
試合の出場機会を
もし得れたら自分のサッカー人生が
すごく大きく変わるなと思ったんですけど
ただウルでもそうですし
出場機会をこうしろんで欲しいっていうような
なんかフィードバックをいただくことが結構多くて
違うのかなと思って
会カテゴリーをちょっと見てみるかみたいな話になった時に
ちょうど渋谷シティっていうチームが
ゴールキーパー探してるっていう話が舞い込んできて
で渋谷シティってなんだ?
僕知らなかったんで
当時東京都リーグだし
まして関東大増度も全然高くないっていう状態で
JFLですもんね
3JFLですもんね
大学の時からJリーグJリーグって言い続けてたんで
渋谷シティのキーパー探してるんだ
ホームページ見てみたら
なんだこのかっこいいチーム
びっくりしましたよね
入ってからか
2年目かな
だからニューエラーがスポンサーしてる
サプライヤーやってるサッカーチームあるんだって
わっかっけえ
当時小江戸か
小江戸にやられたシーンとかも
YouTubeにちょうど上がってて
いましたあの試合で
2人ともね
社会人カテゴリーでこんな熱く戦ってる選手たちいるんだって思ったし
こんな応援してくれる人たちいっぱいいるんだっていう
もう自分が試合出たい
シンプルに側って言ったらおかしいんですけど
そこの魅力がすごい大きくて
でショーさんとも話させてもらって
入団キーパー感じですね
あの年ボールキーパー全員変わりましたよね
そうですね
変わってたよね
ボールキーパー全員変わったから東京カップ
トモヤ君がキーパーですね
いやほんとに
教えてましたっけ
教えてましたよね
初めてキーパー練習って言ったんだよ
それ見ましたよ僕
高井野でたまたま
フミヤさんと打ち合わせて行って
48:00
キーパー練習してるぞって思って
キーパー練習してましたねトモヤに
そこもねコーチとかやられてたから
そうですね
それを見てましたね
僕が最初見たのはプレーじゃなくて教えてるとこでした
で渋谷で
プレーをされてみました
指導機会はどうだったでしょう
東京カップだけですね
見ました
名前FC1部の
まず探しましょう
どこだったっけな
名前が
2021年
4年ですね
4年の東京カップですね
ごめんなさいまた編集点を落としました
東京カップじゃないですごめんなさい
関東の
全社予選だ
東京カップの次
東京カップはトモヤ君しか出れない
そうです
FCカーサー
トーチュナオヤマ
FCカーサーですね
思い出しました
そうですね
やっぱりその前の東京カップの
キーパー不在みたいなところの方が
その年の強烈なハイライトではないですか
でも
見てましたね僕もね
その1試合だけなの
その1試合だけですね
一番声出しましたよね
声は一番でかいんで
そう
見てましたよ
その1試合だけですね
だから
ゼロゼロで大雨も降ってて
そう
めっちゃ寒かったんですよね
ほんと寒かった
木の下に隠れてましたもはくさん
傘でもどうにもならなくて
傘好きみたいなんで
なんとか耐えて
傘が好き
めちゃくちゃ寒そうです
寒い雨でした
キオス打ち合わんどこや
そうですよ
あの時期僕は
清瀬打ち山運動公園っていうところに
めっちゃ通ってました
どこですかそれは
たまにシューアボー東京とかで
やってたりするのを見ると
清瀬打ち山運動公園だと思って
街の場所として見ますけどね
駅から遠いんですよあそこ
遠いですね
謎の田んぼ道みたいなの通ってきて
迷うように迷ってました
そうかその1試合だけなんだ
そうです
PK止めて勝って
いやPK勝ってんだから
次も出れるだろうと思ってたんですけど
まあそううまくはいかないっていう
残活だったんで
試合出たらもう出れず
目覚めないままっていう感じですね
残活でも盛り上がりましたよね
あれも歴史に残る1試合ですよね
51:02
あれはあれか
朝日くんが
そうです朝日と
ユーバのクロスに朝日だったかな
朝日とか
トドとか
ゴール決めた後に観客席の方に
朝日くんが来たっていう試合だったんですよ
あれはね渋谷の歴史で初めてのことだったんですよ
僕はなぜかそれをずっと動画に撮ってました
ダンジョーさんと抱きついてるところをずっと動画に撮ってました
貴重な映像を撮りましたね
いやー熱かったですねあれは
2年間
2年間です
2年とも来たんで
だけど確実に貢献できたかなとは思える
2年間だったかなと思ってます
チームですよ
渋谷は
それを中にいる人から言えるのはすごい
本当に今でも最高だと思いますし
この間キックオフパーティーもいらっしゃってましたよね
今はスポンサーなので
ちょっとご挨拶できて
渋谷に入った2年間ってお仕事はどうされてたんですか
1年半ぐらい
株式会社で働いていて
スポンサー
一番のスポンサーだった
昨年の8月からリグリットパートナーズという会社で
社会人インターンをさせていただいてた
そうなんですね
去年からだったんですね
そうです
そうなんですね
今いらっしゃる場所ですね
ここからその話が
すごい聞きたいんですけど
だいぶここまで時間を使いましたから聞きます?
全然時間は大丈夫なんで
大中さんではどんなお仕事されてたんですか
主にやってたかな
現場で働かれてる方の給料計算のお手伝いとか
突発的にこれやってくださいっていうのを
力もあって若いんで
そういうのを山手アサヒとか
鈴木友也とか
元気な人たちと
一緒にやってたっていう感じですね
大中さんはどういう会社かっていうと
建物管理系の会社
ビルメンテナンスの会社で
そこで働いて今も働いてますね
そこから会社はどういった会社に
会社はコンサルティングファームの会社で
ガラッと変わるんですが
そこもスポンサーさんの縁でそちらに行かれるって形なんですか
そうです
だいぶ仕事の内容も変わって
だいぶ変わりましたね
コンサルティングファームだなと思ってるんですけど
54:00
コンサルってめちゃくちゃ幅広いじゃないですか
主な領域で言うとどういうところなんですか
領域で言うと今は戦略策定から
実行フェーズまでやっていく総合のコンサルティングファームなんで
大手のデカいコンサルティングファームと
やってる内容としては一緒かなっていうような感じですね
結構僕個人的な興味で聞くんですけど
実行のフェーズってどこまでが実行のフェーズになりますか
例えば僕が初めて入らせてもらった案件で言うと
生成アイをどうやって活用を推進していくか
みたいなのを実行伴走して行っていくみたいな感じなんで
実際にお客さんとこういう施策がいいんじゃないかとか
どういった方に対してどんなアプローチしていくかとかを
考えて実行していくっていうのを伴走していくっていう
デジタルトランスフォーメーション周りが多いですか
やってますね
とか生成AIみたいなこととか
なるほどなるほど
それを戦略フェーズもいろいろ幅があるんですか
ありますね
経営もあれば
僕は全然入ってないんですけど
もう本当に事業計画とか
マーケティング系のそっちから
最初から入っていってみたいなのもありますね
コンサルティングファームは特徴がいろいろあるんですよね
なのでいろいろ
我々もね近しいところにはいるのであれですけど
どうでしたか仕事変わってとか
どちらの仕事もいろいろあると思うんですけど
頭の疲れ方は全然違いますね
だし今もおそらくラジオ聞かれてる皆さんも
薄々若ちんないですか
日本語がまだまだ苦手なの
そんなことはないと思うんですけどね
僕の今の課題でもあるんですけど
日本語がおかしいとかって結構言われたりするんで
自分って日本語おかしいんだって気づけたりとか
普段どんだけ考えずに喋ってたんだみたいなところは
今実際に感じてるところではあります
なんか今時系列どう聞いてもいいか分からないですけど
渋谷の話を一回終わらせからそっちにもう一回
ごめんなさい
僕は今年だと思ってたんで
去年の夏からなんですよね
それを知らなかったんです
渋谷での話でいうと
僕は地域活動をすごくやられてた印象があって
グリーンバードの
グリーンバードってなんだって感じか
この番組聞いてる人は分かる?
そんなにしてないですよ
表参道発祥の街をきれいにするNPOなんですけど
そこの予備の担当を渋谷市でFCの選手の皆さんがやられてて
一般社と一緒にゴミを拾って
57:01
原宿を持つ担当のゴミを拾ってましたけど
だいぶ参加されてましたよね
そうですね
上松の次には参加してると思います
上松亮君はそんなに参加してるんだ
彼すごいっすよやっぱり
お二人がすごい参加してるイメージはすごく強かったですね
僕めちゃくちゃグリーンバードの人なんですよ
そうなんですか?
2006年から
すごい
グリーンバードと共に育ってきた
今はグリーンバードの一応クリエイティブディレクターがやってます
そうなんですね
ウェブサイトの改修とかもやってました
最近行けてないんで
そうなんですけどもともとは
まだ今の区長の長谷部さんが代表だった頃に参加し始めて
改修されてたんですね
区長が作ったんですよ
そうなんですか?
あの人はモッサンド生まれで
街汚ねえなと思って始めたんです
へー
そんな起点になったんだ
あの人が
知らなかったんですか?
全然知らなかった
えー
なぜ坂井翼氏は言わないんですか?
区長も試合来たりとかしてたじゃないですか
そうです
あの人グリーンバードの始まりの人です
そうだったんだ
多分渋谷の選手みんな知らないですよ
えー
多分伝えた方がいいと思います
全然
そうです
長谷部さんが始めて
その後2代目の横尾さんがいて
今福田圭介というのは3代目やってますけど
2代目3代目の話し相手として僕は存在して
へー
長谷部さんからするともう
僕がガキんちょの頃から知ってるんで
あーそうだな
ガキとしか思ってない僕のことある人は
この間も定食屋で会いましたけど
何も長谷部さんが俺に頼むことはないなと
そういう関係なんですけど
そうなので割とグリーンバード愛着が強いので
なんか嬉しかったな
いや本当に
ありましたね
そういう地域活動とかも
そうですね
なんか地域貢献活動マインドは
八戸時代からめちゃくちゃあって
あーなるほど
なんかもうやらせてくれって言うのも
逆に自分からリクエストしてることの方が多かったですね
なんかその印象はずっと変わってないです
そういう人なんだろうなと思って
でもさっきの当時は試合に出れなくて
クソッと思ってたっていうのの方が
意外でずっとフォアザチーム
フォアザチーツっていう感じの人だと思ってたので
そこはちょっと変わってきてたんだね
でも出れないときは大抵の人はそう思う
そうですね
多分ね
はい
そこから一旦
僕があの時聞いたときは
引退されるって言ったんですけど
そこの言い方はあってますか?
引退って僕言ってない気がする
言ってないの?
ですよね
でもその時はチームの話してなかったですよ
チームの話はしてなかったですね
じゃあそこをぼかしてたから
そういう聞こえ方をしてただけなのか
そうです
次にどこに行くんですかみたいなのをぼかして
1:00:01
最初話してたんですね
ぶっちゃけと僕渋谷が本当に大好きで
渋谷で現役終わりたいと思ってたんですよ
やりたいと思ってたし
けどそれが叶わなかった瞬間に
サッカーまだやりたいと思って
もうすぐに決まってました
けど新しいチームの立ち上げだったんで
いやそこか
それで僕ちょっと誤解したところがあって
整っていなくていろんなものが
まだリリースは
別に心配かけたくなかったから
対談が出た瞬間に入団決定が出た方が
恐らく声をかけてくださるチームも
複数あるかなとは思ってたんで
誤解を生まないためにも
それは一番いいかなと思ってたんですけど
年末の時はまだ対談発表してなかったですね
僕対談選手の写真
みんなが登壇してるところの写真撮って
SNSに上げたやつを
坂井さんから連絡があって
ちょっと消してもらいました
そんなことがありました
そういう兼ね合いでした
すいません
コーシローがちょっとまだ発表してないんで
ありましたね
そして今なんですけど
今は今勤められている会社のチーム
そうです
どんなチームなんですか
BGMサッカーも
どちらも本っていうチームです
チーム名の発表
チーム名はデュアルグリッドFCっていうチーム
まさにそれが
コンセプトがチーム名になっているということですね
そうですよね
いろいろ不思議で
その考え方すごいなと思って
面白いなと思って
目指しているところで言うと
JFLを目指すという宣言が書いてある
JFLですね
Jリーグを目指すではなくて
JFLを目指すという宣言の中
新しく立ち上げたチーム
でもプレーしている選手の皆さんは
皆さんそこの会社で働かれているということですか
そうですね
基本そうです
会社に関係がある選手になっています
そんなに雇えます選手
会社でって思っちゃう
しかもラッティングファームじゃないですか
なかなか難しいじゃないですか
経験者の人が多いじゃないですか
中途で入る人
っていうところに
そんなにサッカー選手を抱えるって
すごくないと思って
めちゃくちゃ会社もチャレンジしている
そうですよね
とんでもないことをしている会社だと思うんですよ
部活みたいな
部みたいなとは違うんですか
位置づけ的に
部という表現がいいのかな
ということなのかもしれないですけど
でも部というよりかは
サッカーのほうもビジネスにつなげていきたい
っていう思いもあるので
部っていう表現はしてないですね
部活業団か確かに
1:03:01
それが正直選手の質がめちゃくちゃ高いんですよね
1回目に来たんだよね
カテゴリーで言うと
親切チームだから一番下のカテゴリーですよ
なんですけど
いる選手普通に関東リフの選手ばっかりですよね
そうですね
誰を集めてどこのカテゴリーで
武装をせよとしているんだっていう
千葉3部からスタートですか
千葉3部からスタートですね
これは昇格見込みってことですか
しないと僕らが入ってきた
1年目だからまだ
開幕戦がまだ発表できないのかな
千葉3部はまだ始まってない
5月中には開幕戦があるかなっていう感じですね
そういうメンバーを
皆さん別にコンサルファームの経験とかはないですか
全くないですね
今チームは何人ですか
ちょっと10
経験のない選手を
17人会社にほぼほぼそれくらい
10何人かを入れるっていう
決断すごくないですか
でもあれです
ビジネス未経験で入ってきたのは
おそらく
だったり
子たちだけなんで
実質採用したのは7、8人
他にも
昔渋谷にいた玉川さんとか
コンサルタントとしても
普通にご飯を食べていけてる人たちが
現役復帰されたっていう
そっちのパターンもあるので
じゃあ新規で入ったのは7、8人
そうですね
でも多いですよね
会社何人規模なんですか
会社が今年新卒が入って
500人入ってないかぐらいの規模の会社ですね
アスリートの人たちを入れるっていう
決断は結構な決断
すごい
人気がいるっていうのは
あんまり知らなかったんですけど
面白い
渋谷と練習試合があったの見に行ったんですけど
ありがとうございます
強えな
このチーム千葉県三部で出たら
他のチームかわいそうすぎないっていう
強さのチームですね
さすがに渋谷には負けちゃったんですけど
いやほぼ互角でした
1-0とかでよかったっけ
そうですね1-0で負けちゃいましたね
しかもそちらの後退人数がほぼいないぐらいでしたよね
いないですね今は
そうなんですよね
強い強い
そこではコールキーパー何人いらっしゃいますか
コールキーパーは僕ともう一人います
開幕戦にどちらが出るのかみたいな
楽しみなんですけど
どうですか今その新しいチャレンジ
1:06:01
コンサルティングファームで仕事も全力で頑張る
サッカーも全力で頑張るっていう状態
人生で一番いいかもしれないですね
そんな時にすみません
そうですよねなんか忙しそうだなと思ったんですか
人生で一番ラインが溜まってる気がしてます
返したいけど返せない
カットしてもちょっと後回しになっちゃうんで
申し訳ないなと思いながらしてる感じですね
コンサルの仕事
すごい頭使います
すげえアホな話ですけど
パワーパワーとかって結構使われてはあったんですか
Xをほんのちょっと触るとか
入力するぐらいしかできてなくて
パワーパワーとかXLってこんなことできんの
っていうところからスタートしてます
すごい面白い
でもプレイヤーしながらそういう機器をどんどん身につけていくと
かつコンサルファームって思考性を売るみたいな
考える経験を売るっていう感じのビジネスだと思うので
この先にもいろいろ広がってきそうな気がします
そうですねプレイにも結構つながるところはあったりとか
あとはギャガと思ってて
スポーツで使える考え方はビジネスでも一定使えるときがあって
自分にベクトル向けろっていう言葉が割と流行って
それができるのって結構自分のことだなと思っていて
今後にしたら多分自責志向とかなんですけど
全て自分を責めるわけではなくて
自分の課題見つけるためにちゃんと自分の力みたいなのは
他の人よりはあるなって自分は思っていて
やっぱりおそらく仕事の内容とか分かられてる方は
やっぱその何を伝えるかっていうところにすごいこだわっている仕事なので
指摘が多くあるしそれはクライアントからもそうですし
上司からもそうですし
自分の話に対して言われる指摘がちょっと嫌だなとか
イライラするとかそれって自分のせいじゃないなと思っていて
言い方が悪いみたいなときも大いにあって
ただこのアウトプットが自分だなっていう
その切り分け方ができるから
次に対しての切り替えもすごい早いと自分は思っていて
こいつとかって思いながら仕事をするのではなくて
自分がどうやったらもっと良くなれるかを
常に考えられている気がしていて
そこはすごい自分の強みかなと思って
1:09:03
やっぱ向いてますそういう仕事もね
キャラクター的にも一生懸命だし
真面目な印象です
外から見てるだけですけど
今の話を振り返ると
話長いよねとかって言われるようなのが
ちょっと思い浮かぶんですけど
厳しいなコンサルの方々は
厳しい環境ですけど
でもだからこそサッカーもビジネスもどっちも
本気でやりたい
すごい過ごしてますね
ちなみに練習の時間ってのはいつやるの?
練習は仕事が終わってからなので
9時から
21時から22時で
1時間ふとされて練習とか
週何回ですか?
週2回ですね
週末は試合?
週末は土日のどちらかを活動日にしていて
練習試合を基本的には組んでる形ですね
なかなか量で言うと
前よりは少なくはなってる感じですか?
練習量は大体
今まさにその課題にぶち当たってて
直近の試合でも自分のコンディションが
さすがに落ちてきたなっていう
仕事して週末試合してたら
ちょっと難しくないですか?
ただほんの少しことには慣れてきたんで
ここ結構自分変えるタイミングだなと思って
オーパス有名広場ってあるの
分かります
朝オーパス行ってます?
朝オーパスめちゃくちゃ行ってます
ゴールキーパーの方々いますよね
私よくフットサルやってる
壁に囲まれるところです
あれ行かれてるんですね
僕来週くらいから朝のオーパス行こうと思ってるんです
僕のパーソナルジムのトレーナーさんが
あそこで一人で練習したりするらしいんで
一体教えてもらおうと思って
何曜日いるんですか?
あんま聞いてもしょうがない
曜日は仕事の状況にもよるんで
行ける日に行こうっていうのを
ずっと行ってた経験もあるんで
来る日はできるだけ
そこで練習しないと
コンディション上がっていかないなと思ったんで
それこそさっき言った
某選手の奥さんに
初めてですか?って聞かれたらあそこです
そうなんだ
ゴンゼメ
ゴンゼメって言うんですか?
ゴンゼメゴールキーパー部だったかな
っていうコミュニティがあって
youtubeはSNSあげられてる方もいます?
あそこで練習してるキーパーの人見ました?
と思います
名前出せないですけどオフシーズには
Jリーガーも練習する場所を探してるんで
Jリーガー来たりとか
1:12:02
あとは関東リーグの選手が来てたりとか
コミュニティで言うと100人超えてるコミュニティなんで
キーパーの人たちの繋がりってありますよね
昔はなかったんですかね
なかったですね
大事ですよね
結構特殊なポジションだから
気軽に行ってどっかでできるわけでもない
そうですね
あと1人で絶対練習できないポジションでもあるので
ボール蹴ってくれる人がいて
そこにちゃんと道具があって
すっごい素敵なお兄さん2人
そういう人たちにずっと感謝してるみたいな
開幕戦楽しみですよ
そうですね
千葉県どこでやるのか謎ですけど
場所ね
また言えるように告知させてもらっていいですか
そうですね
言ってもちょっと分かんないですけど
またお祝い近づいたらこの番組に
告知いたします
面白かったですね
キーパーの人生
このまま千葉県三部から始まるじゃないですか
JFLまでの道で言うと最短で
9年ですね
そこまで最速で駆け上がるために
SNSそういう魅力もガンガン発信していかなきゃいけないし
強化のなっさん
そうですよね
YouTuberの?
岩井大輔さん
YouTuberの?
はいとか言っちゃった俺も
めちゃくちゃ優勝してますあの人
存じ上げてますが
体制で言うと監督が川野裕樹さん
元ベルシー東京でプレーされた川野裕樹さん
でコーチに太田浩介さんと那須大輔さんが
いらっしゃるような夫人です
めちゃくちゃ豪華なんですね
ゴールキーパーコーチはおられるんですか
今は不在ですね
じゃあ太田浩介さん切ってもらってみたいな感じですか
左足で
フリーキックの練習だったら
バッチリですね
面白いですね
楽しみです
試合をねこの間練習試合の時に
那須さんもびっくりしましたね
そうですよね
失礼な言い方ですけど
どうせいないんだろうなと思ったら
いるんだ
ほんとお三方ともすごい熱量高くて
やっぱそのアスリートのキャリア課題みたいなところは
お三方とも感じられてて
実際に太田さんは
現在の紹介ということもされているので
本当に結構ガンガン来てくれて
もちろん予定があって来れない時もあるんですけど
活動にはすごく参加してくれているので
出したことのないところでプレイされている方々なんで
1:15:00
やっぱり実際にちょっと入って練習するとかっていうシーンがあって
少しあれどピッチに立った時の
風格というかはすごいものがありますね
那須さんっていまだにトレーニングすごいやってますよね
僕たちよりもトレーニングします
すごいなと思って
YouTuberとしてはあれなんですか
結構バリバリ
バリバリでいるじゃないですか
だしサッカーイベントもいろいろ出たりとかしてるし
サッカー系YouTuberだったら結構
そうですね
元選手系だと思いますね
僕が全然YouTuber
YouTubeも遠いです
僕はありとあらゆるYouTube詳しい
特にサッカー系YouTuberに関しては
個人で集計して登録者ランキング作ってます
どこにもなかったから
一回やったからね
YouTube特集ね
YouTube特集やりましたね
それこそあれですよ
Winners
那須さんが監督やられて
あそこの選手の一覧も作ってました
別に誰に頼まれるでもなく
ちなみに誰に頼まれるでもなく
今年関東一部の選手名刊作ってます
すげー
中学年代の所属先から
それこそWinnersと試合してた
芸人さんのスマイラーズ
スマイラーズのイージー・ハスミさんに来てもらったりとか
実は今朝も一緒にサッカーしてたんですけど
イージーさんと
そうなんですよ
どんなのもありますが
面白かったです
これからの活躍も
どちらの面での活躍も非常に期待しております
頑張ります
お忙しい中本当にありがとうございました
今週もFM105を聴いていただきありがとうございました
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ありがとうございました
01:17:18

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