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2025-11-05 34:37

vol.15 地球で安心して生きるシリーズⅠ |宇宙的安心とは何か/石丸弘さん(ひろしさん)

[evOる]…物事を夢中で探究すること。エヴォる。

「evOる!」は、ゲストの思わず気になっちゃうことを取り上げ、みんなで探究していく番組です。

 

【第15回目ゲスト】

石丸 弘(ひろしさん)

大学院を卒業後100人ほどのIT会社に就職。起業コンサルの会社で修行後、コーチングで起業。30歳から17年ほど、見返りを気にせず自分のできることをすることを「ギフトに生きる」とコンセプト付けし、その実践で生きていけるかを実験していました。住む場所、別荘の鍵、秘書さん、お金をギフトされ、実際に収入を得るための仕事をすることなく生活できる状況ができた。その過程で学んだことや成果をSONYなど企業様や全国で講演 。

 

【深化型組織を探究するコミュニティevOrg】

https://evorg-lab.com/

サマリー

今回のエピソードでは、石丸弘氏が宇宙的安心の概念を語っています。宇宙的安心は、自己と宇宙の関係性を見直し、既存の安心感と不安感を同時に受け入れることの重要性を探求します。このエピソードでは、宇宙的安心と個人の拡張について議論され、地球で安心して生きるための思考が深掘りされています。また、社会貢献や個人の心得についても考察がされ、自己の拡張とその意義が強調されます。他者とのつながりから生まれる安心感と自己の意識の拡張がテーマとなっており、地球で安心して生きることの重要性が再認識されています。

宇宙的安心の探求
はい、よろしくお願いします、ひろしさん。
スピーカー 2
はい、お願いします。ということで、突然始まるね、地球で安心して生きる庭みたいなコンセプトで、
サットさんとみんなに役に立つようなものを作れないかということを、しばらくわちゃわちゃ対話していました。
今日はその中で、いろんな安心がありそうだねっていうところから、
とはいえ、なんか僕が宇宙的安心っていうのが気になったからそこしゃべりたいですっていうところから、
多分今日のコンセプトを進めたというので、宇宙的安心。
スピーカー 1
7類型ぐらい出てきたんですよね。なんかちょっとGPTとかと会話して、安心の種類っていうのを出してもらったときに、
生理的安心とか情動的安心、心理的、関係的、社会的、存在的、宇宙的っていう7類型出てきて、
最初その宇宙的以外のところ、ベーシックの安心について話したら、ひろしさんがびっくりするほど無関心で、
全然乗ってこないから何だろうみたいな。なんかもう僕安心してるしみたいな感じで。
私、宇宙的安心は最後に撮っておきたかったんですけど。
いきなりなんか、スーパーサイヤ人になっちゃったみたいな感じです。
不安との共存
スピーカー 1
そういう感じなんですね。
ちゃんともうちょっと。
段階を見た。
スピーカー 2
ステップを修行してからみたいな。
スピーカー 1
やっていく中でそのステップがちゃんと生まれていったりとか、僕は興味関心を持つかもしれませんけど。
スピーカー 2
一旦は宇宙的安心にもうすでに今フォーカスが当たっているから、そこからいいかなっていうところですかね。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
ということでですね。
でもその宇宙的安心はちょっと興味あるなってなったのは何でなんですか?ひろしさんが。
スピーカー 2
何ですかね。この辺がもうすでに難しいとの辺ですけど、興味を持ってしまったからっていう。
そういう根拠のない喜びややる気みたいなのが多分結構前提にいつもあるなと思っていて。
何かわからないけど宇宙的安心に興味が出たっていうのは正直なところですという感じなんですね。
スピーカー 1
そうそうそうそう。
そうなんかね、よくわかんないわけですよ。
安心の累計とか出してもらった時に、この宇宙的安心って何なのかっていうことを表現したら、
何?地球に住む自分ではなく、宇宙が自分を生きていると感じるって書いてあるんですよ。
はいはいはい。
わけわかんなくないですか?これはちょっと。
宇宙、自分が宇宙を生きているでもなく、宇宙が自分を生きていると感じる、ですって。
これちょっとチャットに載せとこう。
スピーカー 2
あ、載せておきますかね。
スピーカー 1
あとはなんか、自他、静止、内外といった境界が和らぐ。境界がない世界とかそういうことですよね。
スピーカー 2
そうですね、境界がない世界。
境界の和らぎで言うと過去と未来とか、境界が減っていくみたいな感覚はあるなと思っているので、いろんな境界が減っている状態だな。
でもだからこの安心感の状態はそもそも他のいろんな安心感を含んでいるような気もするなと思うわけで。
スピーカー 1
うーん、なるほど。
スピーカー 2
そうなんですよね。
これ表現としてどう言ったらいいかっていうのがちょっとあるんですけど、逆に他の不安とか、生存的な不安、安心じゃない状態とかも、
宇宙的安心を持っていると、不安も含んでいるみたいな、そういう感覚になれるような気がしているんですよね。
スピーカー 1
もうちょっと言ってもらってもいいですか?不安を含んでいる?
スピーカー 2
そうそうそうそう。
スピーカー 1
安心っていう言葉って不安がない状態なふうに思いがちだなっていう気がしているんですけど、
スピーカー 2
別に不安を持った状態でも一方で安心もちゃんとしていられるみたいな、そういう感覚、同時に両方あるみたいなのが、
それがこの宇宙的安心に入るかちょっとわかんないんですけど、そういう感覚になれると、
そもそも安心して暮らせるんじゃないかと思っていて、
不安っていうことにより不安を感じているというか、不安じゃダメだとか不安から抜けなきゃみたいな、
不安を何とかしなきゃみたいな、不安をより不安的に扱っている感覚があって、
そうじゃなくて、いや不安だわー、不安みたいな感じで、もうちょっとポップに不安を扱ってあげられると、
なんか不安を含みながらもちょっと安心していられるっていうか、そんな同時存在でいられるような感覚があって、
それがなんかこの宇宙的安心にちょっと近いのかもしれないなっていう気が。
スピーカー 1
なるほど、いやなんか今聞いてて、その不安があるっていう、不安もあるっていうことに安心している感じっていうか、不安がある。
不安って安心がない状態っていう風になると、安心がないっていう状態だとすごく不安で、本当に不安ですけど、
不安があるんだなっていうことを受け止めて受容しているっていう感じなんじゃないかって、今聞いてて思いました。
スピーカー 2
なんかそういうふうに近い感覚だと思います。
多分そこさえ手に入っちゃえば、日々起こる不安とか安心じゃないことも割と穏やかに見てられるというか、冷静に。
対応すればいいみたいなこともあるわけですよ。不安で不安の原因が分かれば、それを対処すればいいみたいな。
分かんないけどシンプルに今お金がなくて不安ですって言ったら、どうやったらお金が増えるのかとかっていうことを考えて具体的にただやっていくだけみたいな。
スピーカー 1
割とシンプルに落ち着いて行動できるような気がするなという。
スピーカー 2
そんな意味なのかもしれないですね、この宇宙的安心っていう。
スピーカー 1
そういうスタンスに立っていろんなものを見てみると。
スピーカー 2
そうです。さっき宇宙が自分を生きているみたいな訳分かんないフレーズとかも、宇宙がっていうのはあらゆるものがっていう意味だと思っていて、
体感と理解
スピーカー 2
佐藤さんも僕も今聞いている方々とかも、みんな含んで一つの塊として、今自分を生きているみたいな風になっていくと、
安心しているというか、不安な人もいるし不安じゃない人もいるしみたいな、安心の人もいるしみたいな、そういう全部を含んでいるのが自分ですみたいな。
スピーカー 1
なるほど、なんかちょっとずつわかってきたような気がする。
そして今の、私が世界を見ているではなく、世界が私と見ている、宇宙が私と見ている、私として見ているっていう感覚は、
でもなんかこの中にはスピノザの哲学とかに書いてあるとか、仏教では無我から来ているんじゃないかと書いてあるんですけど、
全存在に広がる根源的な知覚として捉える。
だから意識を個人のものとして、個人の中に閉じ込めるのではなく、全存在に広がる、今言ってる本当にあの木下さんが言ってたことに気がするんですけど、
根源的な知覚として捉えますということで、スピノザ哲学は神が自然イコール自然であるっていうことだから、
あらゆる存在は神イコール宇宙の属性の一つに過ぎない。あなたの意識も宇宙が自らを知覚している一部である。
仏教では私は存在しておらず、思考感覚関係の中に私が現れているだけであるから、私って境界性がない存在ってことですよね。
スピーカー 2
たぶんそれのためにいろんな起こっていることをできる限りフラットに見えていられるっていうのが宇宙的安心の一歩な気がするんですよね。
私今不安だわっていうふうに不安をちゃんと不安としてただ見てあげるとか、怒りをただ怒りとして見てあげるみたいな、
一個一個のことを普段僕らなんかジャッジしたりとかラベル付けしすぎて感情が大きくより動いたりみたいなことが起こっている気がするんですけど、
起きていることをそのままただ起きているっていう、仏教でいうと正観から正しく見るみたいなことがそれに近い気がしますけど、
スピーカー 1
そういうふうにただそのまま捉えられるっていうのができるようになると宇宙的安心に近くなるんじゃないかなっていう、そんな話でした。
これアカシックレコードとか、ゼロポイントフィールドとか、あの辺の話って本当に何度聞いても説明できないというか、
何かそんなことも書いてあります。意識は心は宇宙全体に広がり見えないエネルギーの場とつながっているかもしれないという。だから意識はあなたの中だけじゃなく宇宙全部が意識を持っているかもしれない。
脳はその意識の波を受け取っている装置みたいなものであって。だからそうですね。
スピーカー 2
そうなんですよね。だから結構大事なのは、これは何か多脳で理解しようとすることじゃないんじゃないかっていう気がしていて。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
言葉としては今みたいな説明とかはできるんだけども、体感を伴っていくことで理解されていくというか、身体化していくような外柄な気がしていて。
宇宙的安心自体を覆うよりかは、さっき言ったみたいないろんな自分の中にある一つ一つの外柄、感情とかあるいは見えているものとかをフラットにしていくみたいな。
それをコツコツやったときに結果的に体感できる分野のものなんじゃないかって、多分僕はそういうふうに思っている気がしました。
スピーカー 1
ちょっと待ってください。具体例ってあります?
ヒロイさんが宇宙的安心を感じた直近の瞬間。
スピーカー 2
でも例えば今まさに僕は今宇宙的安心を感じています。多分不安にフォーカスしようと思えば不安にフォーカスできる。
例えばですけど、このコンテンツが誰にも刺さらなかったらどうしようみたいな不安とか。
フォーカスがあるんですよ、別に。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
だからそれは見ればあるから、ああそういうふうな不安を私は持っているのねっていうふうに思っているけど、
それに取り込まれているわけじゃないから、そうだねっていうふうにただ受け止めてて。
スピーカー 1
例えばそんな感じ。
それがあるなーって受け止めると。
スピーカー 2
そうそう。だから多分僕は常に不安は持っているって思っているから、いつでも今まで不安ありますかって聞かれたら探せば絶対常にあるっていう。
スピーカー 1
探せる状態。だけどそれに支配されたりとか、だから何かしようみたいな、そこにすごく引っ張られたりはしないみたいな、そういう感覚かもしれないですね。
なんかあれみたいですね。うち最近ネズミが出るようになっちゃって。
スピーカー 2
はいはいはい。言ってましたね。
スピーカー 1
ネズミとヒロシさんじゃなくて、ヤヌシのネズミ。
でもやっぱりもうあれなんですよ、ちょっと殺しちゃうことになっちゃうんだと思うんですけど。
うんうん。
感覚として私は生き物だから大事にしたいわけですよ。
スピーカー 2
はいはいはい。
スピーカー 1
本当の理想の付き合い方としては、彼は彼で生きているっていうことに対して、めっちゃ可愛いわけですよ、だから。
かわいくね。触れないけど。
触れないけど、生き物として必死に生きているみたいなところで見ているんだけど。
電気の線とか食べないでとか。
スピーカー 2
ちょっと困るからねっていうね。
スピーカー 1
そうそうそう。そういう関係に感じましたね。
宇宙的安心の考察
スピーカー 1
ヒロシさんとの関係が。だからよしよしみたいな感じなんだけど。
スピーカー 2
でも適切に対処するは大事なので、適切に対処するっていうことだなっていうふうには思いますよね。
スピーカー 1
なるほどね。
なるほどなぁ。
どういうふうに思ったんだろう。
スピーカー 2
全然だから、成人みたいな話ではないので。
だから何も摂取をしませんみたいなことは僕は多分言ってないし言わないし。
必要なら摂取しますよねみたいな。
器が小さい部分があるでかなってすぐ僕は倒しちゃうので。
スピーカー 1
先生!って。
それと宇宙的反射はまた別のとこにあるような気はしますよね。
でもなんかそれって自分の体であるとか、能力でも何でもそうかもしれないですけど、
自分の拡張
スピーカー 1
それを器として捉えているっていう感覚ってあるんですかね。
要はたまたま今の魂がこの器に入っただけであって。
スピーカー 2
うんうん。
スピーカー 1
それをなんて言うんでしょうか。
私っていうものを大事に思ってはいるのかもしれないんですけど、
結局この器の中で閉じ込められているというか、捉われているというか、
意識はもうなんかそれこそ全宇宙に広がっているような感じというか。
スピーカー 2
うんうん。
たぶん本当はみんな意識が全宇宙に広がっているんだと思ってて、
ただそこを認識したりキャッチしたりするかの違いだなっていうふうに思って。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
だからもうみんな自然と宇宙と広がって繋がっちゃってはいるけど、
それをどこまで認知して過ごすかっていうのはまた別の話で。
だからほらよく自分事っていう話するじゃない。
自分事ってなんか生きていく中で自分事が増えていったりするわけだよ。
仕事がさ、一生懸命その仕事自体が自分事になってくるから、
その仕事がうまくいったら嬉しいし、うまくいかないと嬉しいしみたいな感じじゃない。
それって自分が既に拡張している話だから、
普段からみんな自分の拡張は感じているっていうか体験しているはずなんですよ。
家族できたら家族のこと自分事になるじゃないですか。
子供が悲しかったら一緒に悲しいみたいなことって自分事じゃないですかみたいな。
ある種の自分事の範囲がどこまでかみたいな。
例えば遠くの戦争の話は別に興味がないけど、
っていう人もいればそれさえも悲しいな痛いなって思う人もいて、
それは自分がどこに拡張しているかの違いだなっていうふうに思ったら、
拡張しているの違いというか認知しているところの違いですかね。
拡張自体は本当にどこでもみんな拡張しちゃっているので、
スピーカー 2
それが人によって広かったり狭かったりして、
それも広いのがいいとか狭いのが悪いとかではなくて、
まさにフラットにただその状態であるっていうことな気はしますけどね。
スピーカー 1
この地球で安心をしたいという、
なぜこれを言い始めたかっていう。
グローバルホームっていうマガジンというか、
そういう活動を、
マガジン作りの活動を始めた時の感覚って、
いうものを今思い出しながら話してるんですけど、
半径5メートルで生きられるんですよね。
それがめちゃめちゃ大事というか、何て言うんですかね、
手触り感がある。
今オンラインだともうそれがわけわかんなくなっているわけですね。
確かに。
どこがどこからどこまでが半径5メートルなのか、
物理的教育の教育というか、
社会への接続
スピーカー 1
関係性の距離はやっぱり限界があるなって感じるんですよね。
それは自分が避けるリソースが限られているのと、
ダンバースみたいなのもあると思うんですけど、
今は150人以上はちょっと物理的に無理よねって。
物理的にも。
インフルエンザに関しては、
それを考えたときに、
地球市民でとか、
スピーカー 2
戦争反対っていう、
スピーカー 1
今日本では戦争が起きているかというと起きていないっていう、
この状況に対してどう考えられるかというと、
どう考えられるかというと、
どう考えられるかというと、
どう考えられるかというと、
この状況に対してどう、
私たちは先ほどの自分を拡張する話じゃないけど、
受け止めて生きるかっていうのは、
社会貢献とか、
要は、
社会のためにとかっていうことを考えると、
もしかしたら拡張しなければならないみたいな。
地球市民でやらなければならないみたいなふうになってくると、
また、
べき論みたいな話になってくると、
なんか違うよなっていうふうに思っていて。
それでうまく回ってたら戦争ないと思うんですよ。
そうですね。
スピーカー 2
むしろべき論が戦争を作っている感じがしますから。
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
だから、
宇宙的安心という観点からするのであれば、
ある種平和な世界なんかぶっちゃけどうでもよくて、
本当に平和を願うなら願ったらいいし、
願えないんだったら願わなくてよくて、
それこそ半径5メートルとか、
今自分が安心できるところを広げていくっていうことを、
ただやっていくだけだと思うんですけどね。
安心していたいっていうのであれば、
その安心を突き詰めていくことが、
結果的にギフトになっていくというか、
スピーカー 1
そんなふうに今思いました。
スピーカー 2
平和を作りたい人は平和を作ったらいいし。
スピーカー 1
私はあらゆる自分の活動が、
そういうアカシックレコードなり、
何か宇宙的な意識につながるっていうものを、
いろんな物理的な方法でやっているような気がしてきたんですよ、今。
スピーカー 2
そうだと思います。
スピーカー 1
なので、
例えばグローバルホームと言われるものが、
イスラエルで砲弾がいつ飛んでくるかわからない中で、
子どもを子育てをしている女性ですとか、
あるいは、
ウガンダで、
子どもの教育支援って、親が目の前で殺されたような子ども?
の教育を支援している人だったりとか、
ドイツで、
強制収容所に近いような体験?
そういうような幼少期の体験をした人とか、
全然、自分とは関係がないと思っていたところの中に、
すごく共感するもの、魂が触れたりとか、生きているという感覚を感じたりだとか、
そういうことを、共通の感覚とか、同じ人間であるという感覚を通じて、
今まで、自分よりも世界が、宇宙が大きかったという捉え方だったのか、
それこそどこまででも拡張していけるというか、
同じ、ここにも自分がいるみたいな感覚?
っていうのを持てるといいんだなって、
思ったんですよね。
それが、ちょっとテーマが重すぎましたけど、
もっと、広瀬さんのおっしゃってるような感じの、ライトな感じでも、
それが面白い、それを感じるというか、
こんな風に感じる、自分の自身の意識が、こんな風に拡張していくの楽しいと思ったら、
面白いと思ったりとか、っていうのができると、
豊かになるなと思って生きていく。
スピーカー 2
そうですね。
そういう深刻な世界とか状況は、別に今でもあるから、
そこに、情熱を持ってフォーカスしていきたい人は、それをしたらいいというか、
それが生き甲斐だったり、ミッションだって、いろんな言い方はあるけども、
それはそれで全然良くて、
それは強制することじゃないっていうのが、どっちかっていうと、大事なことだなと思っていて。
今の話を聞いて、僕もそういうところへの支援とか何かしたいなっていうふうに沸くんだったら、
それはその人にとっての道だから進んだらいいし、
逆にちょっと今その話きついわっていう人は、
そこから距離を置くのが今その人の道だったりするから、
それをするのがちゃんと適切な気がしてて。
だから、どれであれ自分にとってどうやったら安心が作れるかっていうのは、
こだわっていいんじゃないかと単純に思いますよね。
僕もいつも戦場に行きたいんですよ、僕はいつも。
スピーカー 1
そうなんですか?
スピーカー 2
そうなんですよ、僕はいつも戦場に行きたくて、
銃で撃ち合ってるとこにちょっと入ってて、
ちょっと撃つのやめてほしいなってすごく言いたいんですけど、
ちょっと死んじゃうんです、僕それやると。
スピーカー 1
そう、そこまでの何かがあるんですね、広瀬さんの中に。
スピーカー 2
そうそう、いつもそれはあるんだけど、
それをちょっと叶えるには僕の勇気も足りないし、
いろいろ足りてないなって思うので選んでないんですけど、
いつもそういう気持ちはあったりするので、
それはそれであるなっていうのはありますけどね。
でも宇宙的安心の中にはいるので別にそれはそれであるっていう。
スピーカー 1
いやでもね、ちょっと何か今思い出したようなのが来てくるんですけど、
例えば、
今イスラエルですごい戦争が起きてるわけですよね。
それでイスラエル側はどちらかと仕掛けた存在というか、
それで国自体をどういうふうに見るかとそれぞれの意識ではあるんですけど、
話を聞いた人はそこでホームスクリーンをしてるんですね。
地域の親御さんたちとかで集まって、
地域でそういうスクリーンをしていると。
学校よりもやっぱりそういう方が子供が、
それこそ自由にのびのびと自立性を持って仕事をするからっていう理念で、
もうそれが自分のライフプロジェクトだっていうふうに生きがいを持って、
やりがいを持ってやってる方だったんですけど、
その中で、いつ来るか分からないみたいな状況の中で、
その中で一、親でしかないと思ってた自分が、
やっぱり目の前の子供のために何ができるかっていうことを、
すいません。
子供たちのために何ができるかっていうことを考えたりだとか、
集まっていく中で政治への関心というか、
もっとこういう社会にしたいっていうことを自然と教われる瞬間があるんですよね。
スピーカー 2
彼女は今、もともとイタリアに住んでたのかな。
スピーカー 1
イタリアとイスラエルをつなぐコミュニティをやっていて、
結構大きなオンラインコミュニティになってるみたいですけど、
そこにNBCを伝えるようなコンテンツを親御さんに向けてしてるんだけど、
本当は政治的なことにも関心があって、
宇宙的安心の考察
スピーカー 1
街づくりじゃないですけど、教育としてこういうことをやっていった方がいいとか、
小さな政治じゃないけど、
そういうことも今後は発信していきたいんだって話はしてたんですよね。
スピーカー 2
めっちゃ素敵じゃないですか。
スピーカー 1
そう。なんでこんな話したんだっけ。
スピーカー 2
もうちょっとわからないけど。
いいと思います。いいと。
スピーカー 1
なんで話したんだ。
これ聞いた時に、
人ごと、命の素晴らしさもそうだし、
生きるっていうことって、なんだろうな。
他人ごととは思えなかったですね、やっぱり。
自分も同じ状況だったら、たぶんそういうことになってたかもしれないし、
そうやって立ち上がってたかもしれない。
で、その中でやっぱり自分は、
学のない母親だとか、そうやってレテルを張る瞬間も、
その人の中であったりとかして、
そういうのもすごくわかるし、
そうですね、それって自分の意識が拡張する体験の一つでもあるというか。
だから、うち自分の外側に自由があって、
それに対してはアンコントローラルブルというか、
どうすることもできない無力感だったりとかっていうことだったんだけど、
スピーカー 2
私じゃなくてその人がいるっていうか。
スピーカー 1
例えば、そこでそれをやろうとしている人たちがいるっていうだけでの安心感みたいなものって、
すごくあるなと思って。
自分一人で全てをやろうとするっていうことではなく、
そういう人たちと宇宙的、それこそ集合無意識じゃないけど、
っていうことで繋がって、
幸せで平和の世の中を作っていくことができるんじゃないかっていうのは、
思った瞬間でありましたね。
スピーカー 2
まさにそれで、宇宙が自分を生きているみたいな話ってさ、
まさにそういうことだと思っていて、
みんな自分だとしたら、ここで対話している僕らも自分だし、
戦地で何かやろうとしてやっている人たちも自分だったりするわけだから、
それを自分ができてないから無力じゃなくて、
代わりにやってくれているっていうことの希望とか感謝みたいなことの見方をしていくと、
平和的なことをしている人と会うたびに、
この人がここをやってくれているのありがたいな、
この人がここをやってくれているのありがたいなっていう風に、
受け止められるんじゃないかなと思っていて、
僕はSATさんとかTIMさんとかを応援しているのはそういう部分もあるので、
スピーカー 1
僕がやってない領域をやってくれているから応援したいみたいな感じだったりするので。
広瀬さんがよくそういうことをおっしゃっているのが、
すごいなって思ってたんですよね。
そういう感覚なんだなっていうのは、今感じています。
スピーカー 2
だから、いろんなことがあるし自分事だから、
僕誰かが内観して自分のことがよく分かりましたみたいな、
発見しましたみたいな報告とか聞くと、
僕が嬉しくなるわけなんですよ。
ありがとうございますみたいな。
その人が変化することで、
そこから平和が広がったりするっていう風に感じるから、
だからなんかありがたいなって思うんですよ。
スピーカー 1
本当そう。
自分やってることが平和活動だと思ってなかった。
スピーカー 2
本当に。
例えばこの話だって、聞いた誰かにとってはすごく刺激になって何か考えるきっかけになったりとか、
その人の一身にでも何か変化のきっかけになるなって僕は勝手に思ってるわけ。
スピーカー 1
そうですね、なるといいですね。
スピーカー 2
だからそんな風に、
みんながみんなでそれぞれの場所で平和をちょっとずつちょっとずつ紡いでるなっていう風に、
なんか思うと安心だなって思います。
竹ちゃんがいつも人類あとちょっとって言ってくれてるのも、
あれも希望の一つだし。
そうですね。
そういうみんながちょっとずつの一歩ずっとやってるっていう。
そういう感じがしてます。
スピーカー 1
あとなんですけど、ごめんなさい、一個だけ。
ただ私本当にやっぱりこの地球で生きるっていうか、
やっぱりその身体性を持ってそれをフルに感じたいみたいなのが今欲求としてすごく大きくて。
宇宙的安心ってなるとスピリチュアルな身体性のない話として私は思ってたんですよね。
同時にこの限りある体っていうか身体を使って感じたりだとか生きることっていうのはやっぱり大事にしていきたいなと思ってて。
これってまた違うテーマなんですかね。
多分これは同時にできる話っていうのが多分次の話だと思っていて。
スピーカー 2
宇宙的安心っていうのは、
両立させるまでは何か補助輪が必要みたいな、そういう領域の話な気がしてます。
一旦それは次回に持ち越しますか。
平和を紡ぐ重要性
スピーカー 2
そうですね。
時間的にこんな感じで。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
はい。
はい。
はい。
はい。
はい。
はい。
はい。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
はい。
はい。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
ありがとうございました。
スピーカー 1
受聞苦しいことがなかったことを祈ります。
スピーカー 2
終わります。ありがとうございました。
スピーカー 1
ありがとうございました。
34:37

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