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#20 アテンションエコノミーへの処方箋。現役教員が「演劇」というレンズで世界を探究する理由
2026-03-22 22:15

#20 アテンションエコノミーへの処方箋。現役教員が「演劇」というレンズで世界を探究する理由

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記念すべき第20回目の配信!今回は、パーソナリティのかわむーが先日、人生初の「演劇の舞台」に立ってきた興奮冷めやらぬ状態でお届けします。


なぜ、役者経験ゼロの一介の教員が30歳にして突然舞台に立つことになったのか? 今年の探究テーマとして掲げた「演劇」というレンズを通して見えてきた、アテンションエコノミーへの危機感と、ゆっくりと個が滲み出る場づくりの重要性について語ります 。


さらに、平野啓一郎さんの「分人主義」や平田オリザさんの言葉を引き合いに出しながら、実際の稽古場で共演者から言われた「私の声、届いてますか?」という痛烈な一言から気づかされた「コミュニケーションの本質」に迫ります 。



「演劇は生きる練習」。子どもたちにも学校の内外で「演じる機会」を作りたいという熱い思いが詰まったエピソードです。ぜひ最後までお楽しみください!



#好奇心のたまり場 #教育 #探究 #演劇 #灯台とスプーン #しなしなのポップコーンを抱えて #PUYEY #初舞台 #福岡演劇  #平野啓一郎 #平田オリザ #分人主義 #アテンションエコノミー #ネガティブケイパビリティ #コミュニケーション #対話 #場づくり #ワークショップデザイナー #WSD #高校教員


▼灯台とスプーン公式HP

http://www.toudaitospoon.com/

▼「しなしなのポップコーンを抱えて」に向けたコラム③川村周平

http://www.toudaitospoon.com/2026/03/17/sinasinakawamu/

▼かわむーnote「演じることを探究する〜私が舞台に立つ理由〜」

https://note.com/kawaseka_21/n/nd0aa4025b577?app_launch=false

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▼「好奇心のたまり場」とは?

福岡の現役高校教員のかわむーが日々の生活の中で生まれる好奇心やワクワク、問いやモヤモヤをリスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わう番組。

みんなんで好奇心を持ち寄り、日常を少しだけ豊かにする「知の冒険」に出かけましょう。

お便りや感想は「#好奇心のたまり場」で!

また、下記URLからリスナーの皆さんの感想や質問、たまり場で一緒に話したい好奇心をドシドシお寄せください!📻

【お便りフォーム】https://forms.gle/mjzxRifffZfSj7RK6

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はい、始まりました。好奇心のたまり場。この番組は、福岡の現役高校教員が、教育現場のリアルや探究、キャリアなど、日々の生活の中で生まれる好奇心やワクワク、問いや萌え萌えを、リスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わうポッドキャストです。
パーソナリティを務めます、川むーこと川村周平です。 さて、今回記念すべき第20回目の放送なんですけれども、
実は私ですね、昨日の3月20日、人生で初めて演劇の舞台に立ってきました。福岡で活動されている劇団東大とスプーンさんのラボラトリー公演ということで、しなしなのポップコーンを抱えてという作品に役者として人生で初めて出演をさせていただきました。
いやー、なんかですね、まだちょっと興奮さめあらぬというか、実際ちょっと終わってしまったので、ちょっと寂しさも抱えつつではあるんですけれども、そういった舞台の感覚とかも多少残っている状態で今マイクに向かっているんですが、今回はですね、今まで役者の経験なんて一切なかった、
もう何たら普通の1回の教員がですね、なぜ30歳にして突然演劇の舞台に立つことになったのか。実は僕がこうやってポッドキャストを配信し続けているのも自分の中では一つの探求なんですけれども、今回舞台に立つという挑戦もまさにその探求の延長線上にありました。
今日は私が今年の一つのテーマとして掲げている、この演劇というレンズを通した探求の軌跡と、あるいはその実際の稽古場でめちゃくちゃいろいろあったんですけれども、発想させられたことだったりだとか考えたこと、その他コミュニケーションの本質みたいなところについてじっくりとお話ができたらなというふうに思っております。
さて、そもそもなんで急に演劇なのかという話なんですけれども、ことの発端はですね、実は私が何回か放送でも喋っているんですけれども、昨年に青山学院大学のワークショップデザイナー育成プログラム、通称WSDというやつを修了したわけなんですけれども、そこのネットワークというかFacebookグループがあって、
実はそこにですね、同じWSD修了生の名医さんこと菅本千尋さんという方が投稿されていたのを見かけたのがきっかけなんですね。これが年末年始ぐらいなんですけれども、福岡の演劇の世界で活動されているということを知って、わ、面白い人いるなというのが最初の出会いでした。
実は僕がですね、今年の探求テーマとして、いわゆる今がアテンションエコノミーと呼ばれるこの時代にですね、ゆっくりとなんか子が滲み出るような、あるいはその個性とか好奇心、衝動みたいなものを生かした場作りとかチーム作りっていうものを探求しているわけですが、
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実際そのミミグリのアンザイさんが提唱する探求的なキャリアデザインの中でも語っているように、人ってこう自分なりのレンズを持つことで、探求もそうですけれども、世界の見え方だったり関わり方っていうものが劇的に変わると思うんですね。
実際この僕にとってのそのレンズっていうのが今年に関してはこの演劇なんじゃないかなというふうに今感じている次第です。
実際この菅本さんに自分でメッセンジャー送ってですね、ちょっと演劇興味があるんですけど、みたいなところからどんどんの話させていただく中で、
菅本さんが僕にとってのあらゆる情報だったりとかご縁をつないでくれるようなそういったハブ的な存在になってくれてですね、今回東大とスプーンの皆さんとのご縁に一直線につながっていきました。
自分がこの演劇っていうレンズを持った途端にですね、やっぱりその世界がものすごいスピードで変化していく感覚、いろんな繋がりが広がっていく感覚があって、この探求の面白さみたいなところを今身をもって体験しているところです。
そもそもなんで私が演劇というレンズにそこまで惹かれたのかというか、なぜ演劇というレンズで世界を見てみようと思ったかというと、その背景にはですね、今の社会、特にその情報環境に対する強い危機感があります。
どういうものかというと、現代がいわゆるSNSだったりショート動画だったり、人のこの一瞬の注意を引きつける、そういったアテンションエコノミーと呼ばれる時代だと思うんですね。
これはクロニクルの野村さんとか、いろんなところでポッドキャストやられている方なんか特にですけれども、言われていることですけれども、やっぱりスマホをスワイプし続ければ短くて分かりやすいコンテンツ、なんかその正解っぽいコンテンツみたいなのが次々と流れてくる時代じゃないですか。
実際の私自身も、ふと気づくとスマホをブッブッブッとスワイプし続けていて、気づいたらすごい時間が溶けていて怖くなることもあります。これは高校生たちも例外じゃありませんよね。
実際学校でスマホを触っている子たちを見ると、ずっとショート動画をリールをピッピピッピ回しているわけなんですけれども、ちょっとした怖さもあるわけですね。
そうした状況の中で私たちっていうのは不安定なものとか、ある種答えのないものに長く向き合う力っていうものを知らず知らずのうちに失っているんじゃないかなっていうのが私の感じているところです。
実際その相手の言動の奥にある価値観とか信念に目を向けずに、ひとまずこれって○○ってことねとか、あの人でこうだからと表面的なラベリングで何かわかった気になってしまう。
いわゆるネガティブケーパビリティみたいなものの欠如と、あとはそこから生まれる分断っていうのが、ある種現代人の病と言えるんじゃないかなというふうに私自身感じています。
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またその東大とスプーンさんの方の公式コラムにも書かせてもらったんですけれども、ショートコンテンツっていうのが視聴者のアテンション、要は注意を引くために、本当1秒の注意を引くっていうのがこのアテンションエコノミーのすごく特徴的なところなんですけれども、
やっぱりそういうものって必ず物事を簡素化したりだとか極端化してしまう傾向があると思うんです。
その結果、全ての物事が例えば良いとか悪いとか、誰々が良いけど誰々が悪い、この人はこうだっていうふうに二項対立的に収束してしまう可能性があると思っています。
でも、現実の社会ってそんなにシンプルじゃないじゃないですか。
絶対的に良いものとか悪いものって私は存在しないと思っていて、詰まるところ、社会との関わりとか人間としての関係性の中でそれは決まっていくものだと思うんです。
だからこそ、物事をすぐに簡略化したりだとかっていうことをするのではなくて、じっくりと背後にある文脈とか背景を汲み取ろうとする姿勢がこの時代にすごく重要なんじゃないかなと感じています。
なので、アテンションエコノミーの中でどうすれば人間は長く物事を味わい、そして答えのないものを楽しめるのか。
表層的なコミュニケーションが増えていく中で、どうすれば子が滲み出る、ゆっくりという感じですけれども、場を作ることができるのか。
その一つの仮説として行き着いたのが、私にとって演劇でした。
リベラルアーツ的な視点で見れば、演じることっていうのは、皆さんもわかるように何千年も前から人間が自然と行ってきた営みなんですよね。
本当に古代の紀元前のギリシャの時から舞台、演劇っていうものがあるわけで、よく演劇っていうのが生きる練習であるというふうに、特に海外なんかは言われます。
今回この初舞台に上がるっていうのは、私の中で言葉の手触りっていうものを自分自身の身体で確かめるための、ある種人生の実験みたいなところもあったわけです。
皆さんこのあたりどうですかね。
本当にこの話題については、いろんな人たちと喋りたいなって私思ってまして、またぜひ話ができたらなと思うんですけれども、
あとちょっと話が変わるんですけれども、こういった思いから、今年度は福岡の演劇ユニットにプイエーという2人組のユニットがあります。
男女のですね。そこのプラクティスパートナーということでPPPというんですけれども、そのパートナーを務めさせていただくことにもなりました。
プイエーのお二人がやられているような、日常の中に面白がる工夫っていうものを実装して、社会を柔らかくしていくことに、僕も伴奏できたらなというふうに今年度思ったりしております。
はい、さてここまでですね、演劇という言葉をたくさん使ってきたわけなんですけれども、皆さん実際なんかその演劇って聞くと、なんかこう大きな舞台とか劇場とかなんかこう大それたものをイメージしませんか。
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実際私も、なんか演劇ってすげーなんかハードルが高くて、なんかそのクローズドな場で、本当なんか選ばれた人間で、すごい狭いコミュニティのものっていうイメージがあったんですけども、実際いろいろ場に入ってみたりだとか考えてみると、なんか意外と演劇ってもっと身近なものなんですよね。
でまぁなぜならというと、私の感覚ですけれども、私たちってみんな、なんかその状況によっていろんな自分を演じ分けてると思うんです。
でこれまぁ根拠というか、僕の大好きな作家さんに平野圭一郎さんがいらっしゃいます。
でこの平野さんが言ってるこの文人主義っていう考え方をちょっとご紹介したいなと思うんですけども、要は僕たちってなんかその絶対的でたった一つの本当の自分みたいなものを持ち合わせてるわけじゃないじゃないですか。
で学校で働いてる自分とか家に帰ってきてから家族と一緒にいる時の自分、あと仲良い友達といる時の自分ってなんかみんな少しずつ違いますよね。
でそのどれかが本当でどれかが偽物みたいなものじゃなくて、全部ひっくるめて自分なわけですよね。こういった考え方を文人主義というふうに呼んでます。
まぁ似たようなところで言うと沢窪香さんが言ってるエイリアスみたいなそういった考え方なんですけども、ただ近年こういったなんかその本当の自分っていうまぁある種の幻想ですよね。
っていうものをなんかこう追い求めるあまり、なんか思い詰めてストレスを感じたりする子供が増えてるっていう話もよく聞いたりします。
だからこそ、なんかこの演劇の距離感っていうものをなんか正確に測ってですね、なんかいろんな自分を演じることを楽しめる、そんなしなやかな子供たちを育てていくことがこれからの社会とか教育に必要じゃないかなというふうに思います。
これは劇作家の平田織司さんも同じことを言っていらっしゃいます。
とまぁなんかいろいろとですね、お前1ヶ月しかまだやってねえだろっていう感じなんですけども、いろいろと偉そうに自分の思想というか今考えていることを喋ってきたわけなんですけども、
じゃあ実際僕がその稽古場に飛び込んでみてどうだったのか。
まあなんかそんな話をちょっとしたいなと思うんですけども、これがですね結構やっぱこう自分の無意識の癖とかをなんかこう自覚するようななんかそう結構生々しい現場だったなというふうに思っています。
で特になんかその一番印象が残っているのが、共演者の柳田さんという女性の方がいらっしゃるんですけども、その方と芝居を合わせているときにふと彼女からこう言われたんです。
私の声届いてますか?なんか最初聞いた瞬間何のことがよくわからなかったね。はい、もちろんっていうふうにこう答えちゃったんですけども、
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まあなんかよくよく考えればですね、なんかその言葉がすごい僕にとってクリティカルで、なんか今でもやっぱこう脳みそにバーンときた言葉だったなと思うんです。
でなんか続けてですね柳田さんからなんか演じててなんかすごい寂しい感じがしますっていうふうに言われました。
はい、なんか本当にこの2つの言葉を聞いたときに、なんか今まで自分の内側とかなんだろうその台本ばっかりになんか意識が向いてたんですけども、
なんかすっとなんか外を向いたというか、なんかこの時に初めて目の前にいる相手の顔がなんか見えるようになった気がしたんですね。
で今回私が舞台で演じた、まあその金橋という役があるんですけども、その役をどう表現するかとかどう喋るかとか、なんかそのどうアピールするかばっかりになんか気を取られていて、
なんか実際その目の前の相手の言葉っていうものを全く受け取ってなかったんですね。
でなんか本当にいろんな感情とかいろんな記憶がうわーっとなんか頭の中を駆け巡っていったんですけども、
なんか本当数年前ですね同じくその平田織座さんが書いている演劇入門って読んだ際に、そこにですね演劇っていうのは演技をすることではなくて相手をよく見ることだっていうふうな胸の文章が書かれていました。
当時は頭でわーなるほどなんかすげー言葉だなと思ってはいたんですが、なんかそれがですね強烈に実感ともらってバーンって自分の中になんか入ってきた感じがして、
なんか本当柳田さんからの声聞こえてるっていう問いかけは、なんか私がこれまでなんかその自分一人で演劇をしようといかにしていたのか、
いかにこう目の前の相手を見ていなかったかっていうのを気づかせてもらったあのすごく印象的なシーンで、今でもやっぱり頭に超残ってますね。
はい、でまあなんかそのいろいろ考えたんですけども、その時ちょうど演出の田村沙耶さんという方がいらっしゃったので、田村さんに、
いやーね、平田織座さんが言ってた言葉まんまのことを今ちょっと状況で起こしたんですんげーなんか頭が打ち抜かれた感じがしますみたいなこと言ったら、
うん、それって3月のライオンですねっていうことを言われたんですね。で、僕3月のライオンをちゃんと見てないのでわかってなかったんですけども、
まあちょっといろいろ調べてみたら、まあ将棋の話なんですけども、まあ将棋打つ際に要は相手、まあその時確か先生だったかな、
顧問の先生を全然見ずにやっぱ自分一人で将棋を打ってたみたいなんですね。で、その時にパッと顔を上げて、
やれやれやっとこっちを見たなっていうふうに対戦相手だった先生に言われるわけですよ。なんかそれとなんか全く同じ状況で、なんか初めて顔が上がった感じがしたんですよね。
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はい、まあなんか恥ずかしげもなくですね、なんかその30歳のおっさんが稽古場でなんか思わず青春の1ページみたいな行列な気づきを得てしまっていたんですけども、
まあ詰まるところ、なんか役を演じるって、なんか自分を捨てて別人になるというかそういうわけじゃなくて、なんか目の前の相手の声っていうものをなんかちゃんとした意味で聞いて、
しっかりですね聞いて、その存在をなんか確かめ合った時に初めて自分の中にある感情の引き出しがなんかこう開けられていくような感覚なんじゃないかなということをちょっと痛感しました。
で、やっぱその事前に覚えているものを出すとかではなくて、やっぱなんかそういう予定調和じゃない空間、時間、場っていうものを作っていくっていうのが大事なんだなということをちょっと肌をもって実感して、なんかその時間っていうのがなんかとてつもなくなんか心地よく感じていました。
はい、まあそんないろんな気づきを経てですね、いよいよ迎えた昨日の本番なんですけれども、実は今回ですね、経緯として2月の15日、1ヶ月前の2月の15日に東大とスプーンさんの派生団体で、
オープンに開かれた演劇の練習の機会みたいなものがあるんですけど、そこに何回か参加させていただいて、その2月15日に演出とか脚本を書かれている田村さんの初稿を初めて読ませていただいたのがきっかけだったんです。
なので、そこからそのタイミングで、読んだタイミングでオファーをもらったので、ほんとたった1ヶ月間で、短い時間でですけれども本番を迎えました。
で、なんか最初はね、この文章を暗記するんかってすんげえ不安だったんですけども、なんかありがたいことにたくさんの人に支えられながら初舞台に立つことができて、いろんな人に見てもらったんですけども、見てもらった人のほとんどからありがたいことに、
ほんととても初めての人の演技とは思えないっていうふうにすげえ嬉しい言葉をいただきました。
ほんとこの1ヶ月間、結構な頻度で稽古をやってたんですけど、まあ稽古場が本当に楽しくて、なんか自分の人生の中でもトップクラスに刺激的で有意義な時間だったなーっていうのを本当に大げさじゃなくて改めて思っていて、
ほんとなんか演劇やってる時って、なんか1回も同じような表現ってやっぱできないわけで、なんか毎回毎回自分の体から出てくるものってやっぱ違うんですよね。
なんかそれを実感するたんびに、あーなんか俺今生きてるなーみたいな、なんかそんなことを実感してたわけです。
ただまあもちろんまあ課題もあって、まあありがたいことにフィードバックをもらう機会もあってですね、ほんとありがたいんですけど、ほんとに1ヶ月しか演劇やってないペーペーにフィードバックいただいて本当にありがたいんですけど、
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なんかやっぱ若手の役者に多いんだけど、なんかそのセリフを覚えているがあまり次に出る言葉がわかっているような雰囲気が出ていますんで、なんかそれをやめるといいんじゃないでしょうかみたいなことをすごいクリティカルにフィードバックいただいたんです。
で、これってやっぱこうさっきの相手の声を聞くっていう話と直結しますよね。なんかやっぱこう頭でわかっているから、なんかやっぱ自分の無意識化でなんか予定調和的な反応になっていってしまってたんだと思うんですよ。
はい、まあこれめちゃくちゃ気をつけてるっていうか意識してるんですけど、やっぱ見る人からしたら、あーなんかすごい覚えてる文章を言ってるっていうのはやっぱこうなんとなく雰囲気が伝わるみたいなので、
なんかこのあたりはですね、まあめっちゃ難しいらしいんですけど、初めて1ヶ月のやつがこう気にするようなところでもないらしいんですけど、まあ今後もっともっと向き合っていきたいなというふうに思いました。
はい、でまあ一旦演劇に関してはまあちょっと休憩にはなるんですけども、これからもこの深みみたいなものを知っていきたいなというふうに思っております。
はい、そしてですね、まあこういった素晴らしい経験させていただいて、まあ改めて強く思ったのが、それはですね、子どもたちにもやっぱ学校の内外で演じるっていう機会を作りたいっていうことですね。
はい、まあこれは自分がその演劇っていうものをちょっと探求してみようと思った時点で一番最初の目標というか目的なんですけども、やっぱりもちろん演劇って好き嫌いがあるのは当然だと思うんです。
人前でなんかするとめちゃくちゃ恥ずかしいとかめちゃくちゃ気持ちわかります。
でもなんかその他の人の声、他者の声に耳をすませていろんな自分を演じてみる、なんかこの機会自体は全ての人に与えられるべきだと、なんか今回自分が身をもって体験して確信をしました。
ね、やっぱりやってみないと好きか嫌いかとかわからないわけだし、なんかすごい大事なことだと思うんです。
はい、なので自分が今回演劇という場に踏み込んでみていろんな繋がりを得ながらですね、まあ学校にどんどんどんどん歓迎していきたいなというふうに思っております。
はい、もうだいたい20分ぐらい喋っては来たんですけれども、改めてですけれども、やっぱりこの演劇っていうのは海外では特にですけれども、生きる練習だというふうに言われます。
で、昨日本番を終えてですね、その他者の声を聞いて、まあ不器用ながら自分を晒して、なんか共にその場を作るというか、存在する練習をしてきました。
やっぱりこの経験っていうのは、なんかこれからの僕の教員としての在り方とか、なんか自分の授業だったりとか、過ごし方というか子供の接し方というか、場作りに間違いなく大きな影響を与えてくれると思っています。
まあやっぱこう、白黒つけがちな、そのショートな思考から抜け出して、じっくりと背景を想像してみること。
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そして本当の自分なんていうか、なんていうかな、なんかそういう幻想に縛られずに、いろんな自分を演じてみることを楽しんでみる。
まあなんかそういったことを皆さんもぜひですね、日常の中で少しだけ演劇的に視点を持って眺めてみるのはいかがでしょうか。
はい、そんなところで、今日お話しした内容なんですけども、私のノートだったり東大スプーンさんの公式コラムの方でも詳しく書かせていただいておりますので、
こちらの番組の概要欄にリンク貼っておきますので、ぜひ読んでいただければというふうに思っております。
はい、ということで、好奇心のたまり場ここまでお聞きいただきありがとうございました。
この番組ではリスナーの皆さんからのメッセージをお待ちしております。
番組概要欄にフォームをご用意しておりますので、皆様の日々の好奇心やワクワク、モヤモヤをお気軽にお見せください。
また番組の感想はxハッシュタグ好奇心のたまり場をつけて投稿してもらえると嬉しいです。
あなたの気になるが誰かの面白いになる。
好奇心のたまり場パートナイティは河村こと河村主演でした。
それではまた。
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