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#8 迷ったら行けって話〜かわむーの海外渡航記①序章〜
2025-12-07 26:44

#8 迷ったら行けって話〜かわむーの海外渡航記①序章〜

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今回から新シリーズ「迷ったら行けって話〜かわむーの海外渡航記〜」がスタートです!

記念すべき初海外の行き先は、なんと西アフリカのガーナ。

なぜ、韓国や台湾などではなく、いきなりガーナだったのか? その裏には、世界史教員としての強烈なコンプレックスと、長年の研究テーマだった奴隷貿易の現場をこの目で見たいという悲願がありました。


次回、いよいよガーナ到着編!23時間のフライト直後にトラブル発生!?人生を変えた2週間のガーナ旅をお楽しみに。

#ガーナ #初海外 #DIE WITH ZERO #エフェクチュエーション #越境体験 #奴隷貿易 #ケープコースト城 #世界史教員 #餃子の王将


▼参考文献

マーカス・レディカー著、上野直子訳『奴隷船の歴史』(みすず書房、2016年)

https://www.msz.co.jp/book/detail/07892/

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▼「好奇心のたまり場」とは?

福岡の現役高校教員のかわむーが日々の生活の中で生まれる好奇心やワクワク、問いやモヤモヤをリスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わう番組。

みんなんで好奇心を持ち寄り、日常を少しだけ豊かにする「知の冒険」に出かけましょう。

お便りや感想は「#好奇心のたまり場」で!

また、下記URLからリスナーの皆さんの感想や質問、たまり場で一緒に話したい好奇心をドシドシお寄せください!📻

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00:02
はい、始まりました。好奇心のたまり場。この番組は、福岡の現役高校教員が、教育現場のリアルや探求、キャリアなど、日々の生活の中で生まれる、好奇心やワクワク、問いや萌え萌えを、リスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わうポッドキャストです。
パーソナリティを務めます、かわむーこと川村周平です。 好奇心のたまり場第8回です。よろしくお願いいたします。
はい、ということで第8回目の放送となっております。今年も12月に入りですね、残すところ残り1ヶ月というところになっておりますが、毎年ですね、この年末になると、この1年を振り返ったりだとか、今までのこう自分のやってきたことみたいなものをこう振り返るような時間を多めにとったりするんですけれども、
そんなこんなでですね、今日は今までの自分のかつわったりを振り返るような回にできればなというふうに思っております。ちょっと雑談にはなるんですけれども、一応今月からですね、うちの学校でも国内移管留学ということで、なかなか多分我々の世代にはなかったプロジェクトみたいなものを走らせているんですけれども、
実はうちの学校を含めてですね、日本国内で十数校、ハイスクールコンソーシアムということで、提携を結んでいる学校があります。で、まあ面白いことをいろいろやっていこうということで、こう協力関係にある学校同士でですね、いわゆる留学っていうと海外留学が一般的だと思うんですけれども、要は国内間ですね、日本にある学校同士で生徒を交換すると。
ある種1週間だったりとか2週間3週間というふうに留学をして、まあ自分の学校ともう一つですね、自分の母校を作るじゃないですけれども、セカンドスクールじゃないですけど、まああの越境体験をこう味わうような、そういったプロジェクトを去年か一昨年ぐらいからうちの学校でやっておりまして、はい今年も12月に入ってですね、あの別の学校からうちに留学に来たりだとか、
あるいはうちの学校から生徒が留学に行ったりというふうな、そういった取り組みを行っております。
でやっぱり子供たちにとってもこの体験めちゃくちゃいいみたいで、なかなかこう今いろんなSNSとかネットとかで情報が取りやすい時代ではあるんですけども、やっぱりこうやってリアルな情報というか、自分の体ごとこうアウェーな環境に飛び込むっていうこういった越境体験の価値って、まあ学校現場もそうですけど企業でもかなり価値が爆上がりしていると思うんですよね。
で今日はそこにちなんでですね、私の越境体験についてちょっと話をしたいなというふうに思っています。
でどんな越境体験かというと、海外渡航の話をちょっとこれからやっていこうかなというふうに思っています。
で今回からちょっといくつかシリーズ化してですね、3回から4回ぐらいに分けて話ができればなというふうに思っているんですけれども、実は私ですね、以前に世界史の教員をやっているというふうにお伝えをしたと思うんですけども、実は私が今まで海外に行ったことがあるのが4カ国ほどあります。
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でどこの国があるかというと、近いところでいうと韓国ですね、であとは今年の夏に行った中国、で2年前に行ったウズベキスタン、そして最初に実は私人生初の海外渡航っていうのが実は西アフリカにあるガーナ共和国なんですよね。
なので順番で言うとガーナに初めて行って、その後次の国がウズベキスタン、で韓国、中国というふうに毎年1カ国ずつぐらい行っている感じになっています。
で今日は、なんでこんないきなりね、韓国とか中国とか台湾とかじゃなくて、なんでいきなりガーナに行ったのかとか、それも含めてですね、僕が人生の指針にしているマインドセットみたいなものを最初に話をして、そこからシリーズでいくつかですね、ガーナの話だったりウズベキスタンの話とかをやっていけたらなというふうに思っております。
では早速、私のマインドセットみたいなところを話をしたいと思うんですけども、ちょっとその前にですね、じゃあなんでガーナに行ったのかっていうところなんですけども、皆さんガーナの場所はわかりますかね。
まあなんとなくの場所はわかると思うんですけど、多分多くの人がですね、僕よく話するんですよね、ガーナについて、そしてチョコレートねって言うんですよね。もちろんそれの認識はあってます。
あのあたりカカオの生産はすごく多いので、ガーナのカカオのチョコレートというのは一般的ではあるんですけども、多分それ以外の情報ってほとんどないんじゃないかなというふうに思うんですよね。
で、なぜ私がガーナに行ったかというとですね、実は私大学院と歴史学を専攻してまして、専門は西洋史になります。
もともとイギリス史の研究をしていて、最初には私が研究で興味を持っていたのが奴隷制の排泄運動だったんですね。
西洋史のゼミだったので、奴隷関係、18世紀、19世紀ぐらいの奴隷制の排泄に関する論文だったりとかを読む中で、すごく面白いなというふうに思って研究をしていたんですけども、
そこで一冊の本と出会いまして、それがマーカス・レディカーという大西洋史の大科が書いている奴隷制の歴史という本があります。
この本が私の研究の動機の源というか、この本に出会ったからこそ大学院まで研究を続けていたという、そういった私にとってすごく大切な本になります。
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すごく分厚い本なんですけども、どういった本かと言いますと、一般的にですけれども、例えば高校とか中学校でも出てくると思います。
奴隷貿易というのが、中世から近世にかけて、近代にかけてですね、アフリカからアメリカとか大西洋を渡ってですね、奴隷が運ばれるというのは、多分いろんな人が目にしたことがあると思います。
よく教科書とかには、船の中にアフリカ人が敷き詰められているような図があったりとかも、多分皆さんの記憶にもあるんじゃないかなと思うんですね。
この奴隷船というもの自体にフォーカスを当てたというのが、このレディカーの本の内容となっています。
私自身ですね、奴隷船自体に興味を持ったのがですね、当然アフリカ人にとって、この奴隷船でアフリカからアメリカとか西側の方に連れて行かれるので、当然その待遇が悪かったりだとかっていうのはもちろんわかるんですけども、
実は海上の監獄というふうに、実はヨーロッパ人からも呼ばれてまして、要はヨーロッパ人、白人もですね、奴隷船には非常に乗りたくなかったと。
かなり待遇が悪かったりだとか、あるいは、なかなかですね、例えばその東インド会社とかって呼ばれるような、要はアジア圏に行って取引をするような船っていうのは非常にきらびやかというか、夢のあるような事業ではあるんですが、
奴隷をアフリカに買い付けに行って、その後アメリカに奴隷を連れて行くっていうのは正直すごくハードな仕事なんですよね。
当然ヨーロッパ人にとってもアフリカの地っていうのは非常に気温も上がりますし、船の中に何ヶ月間もいるので、かなり病気にもなりやすくて死亡率もかなり上がります。
あるいはそういった誰もが乗りたくないような船なので、非常に権力性が高い構造を実はしているんですね。
要は船長をトップにおいて航海士だったりとか船乗りっていうのは非常に暴力的な構造の中で雇われておりまして、
そういった暴力だったりとか、そういったかなりパワーによってこの奴隷船っていうのが運用されていて、
実はその奴隷にとっても悪夢のような場所ではあったんですが、実は白人にとっても非常に悪夢のような場所であったと。
だから海上の監獄っていうのは実は白人の方が言ってたわけなんですよね。
アフリカからアメリカにかけて奴隷が運ばれていくんですけど、当然死亡率もかなりあります。
体調崩したりだとか感染症にかかったりだとかってめちゃくちゃあるんですけれども、
実は白人の方が実は死亡率が高いんですよね。
で奴隷貿易を廃止しようという動きも実はこの白人の待遇の悪さみたいなところから切り込んでいったという側面も実はあるんですね。
09:02
はい、みたいな感じで、ごめんなさい。
これ話し出すとですね、めちゃくちゃ内容が濃いので、
もう私も4年5年くらい研究した内容なので、これ以上話すとかなり話が長くなりそうなので、
これまた別個で、私の研究の内容については別の回でたっぷりとお話をしようかなと思うんですけれども、
そういうこともあってですね、私はアフリカに行きたかったんですよね。
で、もっと言うとですね、ごめんなさい。
ここは説明してなかったですね。
アフリカにヨーロッパの商人が買い付けに行くんですけども、
実はアフリカから奴隷を運ぶっていうのは、実はアフリカ人がやっていた授業です。
というのも、要はヨーロッパ人が数十人行ったところでアフリカ人を何百人も連れて行くことは正直不可能なわけですよね。
もちろん中世であれば、誘拐したりだとか、無理やり連れて行くってことは当然できたんですけども、
近世近代になってくると、例えば武器だったりとかを現地の人に輸出をして、
その代わりに奴隷を買い取ったりだとか、あるいはその武器をある部族、
アフリカっていうのは何十何百という部族があって、
一部の部族にその武器を渡すことによってパワーバランスみたいなのを意図的に崩して、
それによって捕虜になった、要は負けた側の部族を捕虜にして、
その捕虜をヨーロッパ人側が契約上で奴隷として連れて行くような、
そういった協力関係がアフリカとあったわけです。
私が専門にしていたのはイギリスで、イギリスがアフリカからアメリカとか要は西側に奴隷を最も多く運んだと、
正確に言うとポルトガルが多かったりするんですけども、
時期を限定するとイギリスがかなりの量を運んでいることになります。
そういったところでイギリスを中心に私は研究をしていて、
イギリスが実は奴隷を監視する、奴隷を収容するためにアフリカにいくつか城塞を置いています。
城塞っていうのは要はお城ですね。
イギリスには城中をしてアフリカ人と取引をしてですね、
牢屋にアフリカ人奴隷を収容したりだとか、
船が着いたらそれを船に積載していったりだとかというふうに拠点がいくつかあるわけです。
それが実はガーナがイギリスの大きな拠点となってまして、
ガーナはイギリスの植民地です。
もちろん近くの他の国々っていうのは結構フランスの植民地とかが多かったりするんですけども、
あそこは実はイギリスが特段集中をして運営をしていたところになります。
ごめんなさい。
で、要はイギリス人とアフリカ人っていうのはある種の協力関係にあったわけなんですよね。
アフリカ人といっても上層ですね、部族長だったりとか一部のランクの高い人たちとの協力関係なんですけれども、
要は同じパートナー、ビジネスパートナーであったので、
12:01
私はそこの関係性みたいなものにすごく面白みというか興味深さを感じて、
徐々に研究の軸足がですね、イギリスの奴隷船という船からですね、
アフリカ人との関係構築であったりとか、
アフリカでの奴隷貿易の運営みたいなものにちょっと研究の対象が移っていきました。
で、特に大学院時代はですね、2年間ぐらいですね、ずっとこのガーナの研究をしてました。
特にガーナにはイギリスが運営をしていた城西で、ケーブコースト城だったりとか、
あとエルミナ城、あとは私が中心に研究したアノマボっていう風な場所があったりとかして、
そのあたりの、要はイギリス人が資料を残しているので、文献だったりとかそういった資料、
あとは論文なんかをこう漁りながらですね、当時の状況みたいなものを論文としてまとめたわけですね。
これが大学院時代の私の終始論文なんですけれども、
ということで、私はもうこのガーナにめちゃくちゃ思い入れがあってですね、
絶対死ぬまでにこの場所に行きたいと。
なんかやっぱりこの文献とか論文の中にこういった状況が書かれてたりだとか、写真もあったりするんですよ。
で、いつかやっぱこれは自分の目で見ないとちょっとどうしようもないと。
これだけ熱量高く研究しているものだから生で見たいじゃないですか。
ということで、大学院の卒業の時期はですね、ちょっとガーナとかに行こうかな。
イギリスにも行きたかったので、イギリスとかアフリカのあたり研究していたところをちょっと見に行こうかなというふうに思っていたんですけれども、
残念なことにですね、私が大学院の卒業のタイミングがちょうどコロナ禍に入ったタイミングで、
もう海外旅行なんかも一切行けなくなってしまったわけなんですよね。
なので、私自身の教員としてのコンプレックスじゃないんですけど、やっぱり世界史を教えているんですけども、
実は高校時代とか大学時代に留学とかっていうのは一切行ったことがなかったので、
全く日本の外に出たことがないのに、世界の話をしている。
この国はこうでねとか、ここにはこういうのがあってねっていうふうな話をするんですけど、
私は正直見たことがないわけですよ。
教科書とかネット上の情報でそういったことを語ってしまっている自分にずっとモヤモヤしてて、
ある種の知った気になっているような自分がすごく嫌で、
その偽物感みたいなものを解消したいっていうそういったコンプレックスが私、教員になってからずっとあってですね、
いつか海外には行きたいなと。
なのでコロナ禍が落ち着いたら絶対すぐ海外に行くんだっていうことを心に決めてましたね。
そんなモヤモヤを抱えてた私なんですけども、ある天気が訪れます。
私の前任校にですね、JICAでずっとアフリカで活動されていた方が英語科の教員としてやってこられまして、
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その方がですね、ちょうどアフリカのニジェルっていう国があるんですけども、そこに6年間だったかな駐在をしてて、
アフリカの話とかがめちゃくちゃ面白いんですよね。
アフリカにも数十カ国ぐらい行かれていて、その人ともちょっと帰り道が一緒だったりとかしたので、よく飯とかを食いに行ってたわけですよ。
で、ある日仕事終わりですね。
しょっちゅう餃子の王将に行ってて、いつも日課がニンニク増し増しの餃子を食うのが日課だったんですけども、
そういった飯食いながら、やっぱり海外旅行の話になるわけですよ。
先生今年はどこに行くんですか?みたいな。
その先生はしょっちゅう、年に夏休みとか冬休みは絶対どっかの国に行ってるような先生だったので、
先生今年どこに行くんですか?
いやまだ決めてないよねみたいな話をするんで、
私もちょっと言ったんですよね。
先生僕ですね、もともとガーナを研究していたので、やっぱりいつかはガーナに行ってみたいんですよね。
別にまだ私全然海外に行ったことがないので、やっぱり死ぬまでには一度ガーナに行きたいんです。
これが人生の宿題ですみたいなことをずっと言ってて。
そしたらちょうど、いつぐらいの時期だったかちょっと忘れたんですけども、
じゃあ行こうやっていうことを言ってですね。
ちょうどその先生もガーナには行ったことがなかったので、
俺もガーナに行きたいかもみたいなことを言って、
じゃあ行くかってなってですね。
その先生と話をしてたら、もう早く取った方がいいよとか言うんで、
その場でもうチケットを調べ出してですね、
餃子の王将でですね、激増し餃子を食いながらチケットを調べ出して、
30万ぐらいだよって往復で言うんですよ。
私海外旅行行ったことなかったので、
往復で30万、これ飛行機代だけですからね。
行って帰るの飛行機の料金だけで33万ぐらいだったかなと思うんですよね。
決して安くはないですし、
私も全然こんくらいかかるんだっていう全然実感が湧いてなかったんですけども、
その人はですね、すぐ取るんですよチケットを。
多分早く取った方がいいけん。
多分33って意外と安いよって言うから、
本当ですかって言って、
その日はさすがにチケット取らなかったんですけど、
もう数日後、多分その週だったかな、
もうチケット取っちゃったんですよね。
あっという間にガーナ行きが決まってしまって、
全然実感がなくて、何もないですよ私。
パスポートも準備してなかったですし、
なんならキャリーケースも持ってなかったので、
なかなか旅行も正直行ってなかったので、
だからゼロでいきなりガーナのチケット取ってしまうっていう、
逆に取ってしまったから、
行くしかねえみたいな逆の、
18:03
もう吹っ切れてしまったみたいな、
そういう状況でもあったんですよね。
いつだったかな、
ちょっと写真を今見返してるんですけど、
そうですね、
2022年の8月の27日の夜に取ってます。
僕チケットはエチオピア航空のチケットサイトで取ったので、
日本語に翻訳してるんですよね。
もともと英語のサイトなので日本語に翻訳してるんですけど、
今でもこの画像を思うんですけど、
やっぱり日本語の翻訳おかしいんですよ。
最終確認のボタンが出てきて、
予約のプロセスは完了しましたか?
本気ですか?はいかいいえっていう翻訳になってるんですよ。
本気ですかって何?と思って。
確かに正気の沙汰じゃないかもしれんが、
本気ですよと思いながら予約をしたのを今でも覚えてます。
何もない中でいきなりチケットの予約をするっていうことをやりましたね。
懐かしいですね。3年前ですねちょうど。
そこからキャリーケースを探したりだとか、
パスポートを取ったりだとか、
あとはアフリカのガーナっていうのが、
実はビザがいるのでビザを取ったりだとか、
あとはアフリカなんでワクチンがいるんですよね。
特に応熱病のワクチンを打たないといけなくて、
旧大病院に行ってわざわざ数万円払って、
応熱病のワクチン、野口秀夫が研究してたやつですよ。
ワクチンを打って、やっとこそ12月の25日から1月の4日までだったかな。
約2週間弱ほどアフリカに渡航するという風な流れになりました。
今思い出してもめちゃくちゃワクワクしてたな、あの時と思うんですけど。
結局その時が確かコロナ禍が明けて、
福岡から韓国行きが飛んでなくてその時ちょうど。
なのでわざわざ福岡から羽田に行って、羽田から韓国のインチョン。
インチョンからエチオピア航空なので、
エチオピアのコトカ、国際空港っていうところですね。
エチオピアの首都まで行って、
エチオピアからその後飛行機に乗り換えて、
ガーナのアクラっていうところに行くというので、
確かトランジット含めたらめっちゃ長くて、
確か23時間くらい行くのにかかりました。
ちょうどインチョンからエチオピアに行く飛行機が、
確か14時間くらい乗りっぱなんですよ。
自分、北海道までしか正直飛行機乗ったことなかったので、
14時間飛行機に乗りっぱなしっていうのが正直気狂いそうで、
21:02
もう韓国くらいからずっとなんかですね、
なんでしょう、日にちの感覚もなくて、
ひたすら機内食が運ばれてくるんですよ。
3,4時間おきに機内食が運ばれてきて、
あの狭い飛行機の中で、
ずっと飯食わされてる、拷問受けてるみたいな。
ご飯は美味しいんですけど、
ずっと飯食わされてるだけみたいなので、
めちゃくちゃ途中もうめっちゃしんどくて、
足も伸ばせないんですよ、狭いから。
安い航空機ですよ。
なんでもう、なんかこう、
飛行機の中めっちゃきつかったんですけど、
まあまあ無事にアフリカに着きましたというところで、
私の旅が、私の初の海外渡航が始まるわけなんですけども、
まあ旅行でもあるし、
私ガーナの研究をしていたので、
研究対象を見に行くっていう意味でも、
なんかこう視察みたいな気持ちもあって、
あとは事前にアフリカで活動されている、
ジャイカーの単位の方だったりとか、
日本人の活動、社会運動をやっている方だったりとか、
いろんなアフリカで活躍している日本人がいるので、
そことアポを取りつつだったので、
もういろんな学びを学校に持って帰って、
子供たちに還元しようという思いが非常に強かったので、
海外渡航ということでやってきたわけなんですよね。
さっき今ちょうど思い出しました。
無事に着いたと言ったんですけど、ごめんなさい。
初日無事じゃなかったです。
アフリカの、ごめんなさい。
ガーナの空港に着いてから、
もう初っ端からトラブルでした。
このトラブルについては、
次の回からお話しをしようかなと思いますので、
今後期待ということで、
私のガーナ話、お付き合いいただければと思います。
ということで、ごめんなさい。
今日はマインドセットの話をするとか言いながらですね、
全然話していないんですけど、
ひとまず、私が大事にしているマインドみたいなものを
最後にお伝えしたいんですけど、
やっぱり最初にガーナに行くっていうのも、
30何万円飛行機にお金を使うっていうのも、
いろいろ価値観の問題でもあるんですけど、
私がすごく大事にしているのが、
いくつかあってですね、
ひとつはですね、迷ったらやれっていうことです。
一緒に行った英国の先生にいつも言われてたんですけど、
だいたい人間迷ってるってことは、
もうやった方がいいんだって。
迷ってることで、やらなかった時の後悔って、
やっぱこうどうしようもなくなっちゃうから、
やってみてダメだったら途中でやめればいいし、
あれダメだったなって思えばいいだけなので、
やらんかった時の後悔の方が大きいよ、迷った場合は、
って言われてるので、
子供たちにもなんか迷ってますとか言われたら、
迷ってるならとりあえずやってみたらっていうことを、
私はマインドセットとしてよく言うようにしてます。
あとは、これ本の受け売りなんですけど、
24:00
ビル・パーキンスの本ですね、
DIE WITH ZERO。
これ結構マインドとして大事に持ってます。
要はこれどんな本かって言うと、
お金って墓場に持っていけないわけですよ。
で、生きてるうちに経験に投資して、
思い出を最大化して死のうっていうふうな、
そういった極めてシンプルな哲学なんですけど、
私もお金は結構積極的にその時やりたいとか、
これは今絶対見たいって思ったら、
お金を惜しみなく使うようにしてて、
経験にも私賞味期限があると思ってて、
同じ30万円を使うにしても、
若いうちに得た衝撃的な経験っていうのは、
その後の人生何十年に渡っても、
リターンが多いと思っていて、
なおかつ今見たいって思った景色って、
当然ね、老後にお金が貯まって時間もあって、
ガーナに行けばいいじゃん、
いう人もいると思うんですけど、
若い時に見たいと思った景色っていうのは、
何十年後に老後で見た景色っていうのは、
絶対違うと思うんですよ。
だから今見たいと思った景色は、
その時にしか絶対に得られないと思っているので、
その時の感情みたいなものを私は大事にしてますし、
子どもたちにもそういうふうに伝えてます。
今の感情を絶対に大事にした方がいい。
なので今回の最初に話をした国内間留学もそうですけど、
越境においてもいろんな迷いとか悩んだりとか、
行こうかな、行かんのこうかな、
みたいなのがあったと思うんですけど、
そこを後押しする上でも、
こういったマインドセットっていうのは、
子どもたちにも伝えていきたいなというふうに思ってます。
ということで、ごめんなさい、
めちゃくちゃ話が行ったり来たり、
研究の話を今日はしませんって言いながら、
結構厚めにしちゃったし、
ガーナの話もこれから多分めちゃくちゃ長いです。
何回正直撮るかわかんないんですけど、
ひとまず迷ったらいけって話、
こういうシリーズで何回かお送りできればなというふうに思っております。
はい、ということで、
好奇心のたまり場、ここまでお聞きいただきありがとうございました。
この番組ではリスナーの皆さんからのメッセージをお待ちしております。
番組概要欄にフォームをご用意しておりますので、
皆様の日々の好奇心やワクワク、
もやもやをお気軽にお寄せください。
また番組の感想はXハッシュタグ
好奇心のたまり場をつけて投稿してもらえると嬉しいです。
あなたの気になるが誰かの面白いになる。
好奇心のたまり場。
パーソナリティは河村こと河村周平でした。
それではまた。
26:44

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