伊藤博文と申します。なのでみなからおみって呼ばれてるんですけど、おみでよろしくお願いします。
仕事はブランディングデザインという仕事をやっておりまして、
だいたい主に中小企業の経営理念をパーパス、ビジョン、ミッションバリューにもう一回再構築し直して、
それをもとに必要だったらシンボルマークとかロゴのデザインして、
そのロゴとかシンボルマークができたその世界観をウェブサイトだったりとか名刺だったりとかプリント媒体とか、
お店ある場合だったらお店の世界観とか全部統一した世界観にすることで売り上げとか採用アップにつながるお手伝いをしております。
なので今日のお題というか、僕が持ってきた本、スティーブ・ジョブスはデザインという意味ですごく親和性があるというか、
もともとアップルコンピューターが日本に入ってきた時に彼が社長だったんで、アップルコンピューターの。
今までのコンピューターとは違うポジション、もともと日本に入ってきた時はアメリカでもある程度成熟して、
なりもの入りで日本に輸入されたっていうデスクトップでデスクトップパブリッシングっていわゆる印刷物が作れるということで入ってきたので、
まさしく最近僕よく言ってるんですけど、自分がグラフィックデザイナーを志してデザイナーになって、
コンピューターが1回目の自分がデザイナーになっての産業革命というかね、1回目の。
それまで手作業やったんですよ、デザインって。
コピー機はあったけど、コピー機が唯一あっただけでまずコンピューターがなかった。
ワープロは一応あったけど、デザインで使えるような道具ではなかった。
ただ文字が綺麗に打てるという、あくまでもタイプライターみたいな延長線上っていうものでしかなくて、
全部線引いて写真とかカッターナイフで切って、文字とかも縦線引いてここにこんな文字が入るよって原稿を貼って、
社職者さんに依頼するっていうことで完全なアナログで作ってたんです。
コンピューターが導入されて、安く早くできるみたいな。
特にそれを言ったのが大手の印刷会社が、
アップルコンピューターというかマッキン都市をどばって大量に入れて、
安いですせ早いですせっていうことを謳ったものやから、
結構今まで高く取り立てたデザイン料が半額以下になっちゃったっていう。
そんなに変わったんですか。
当然作業効率は上がるのは上がったけど、
手でやってる作業がコンピューターに置き換わっただけやから、
やってることは一緒なんだよ。
だけど早くできるみたいな。
別に早くできないけどなと思って僕らは思いながら、
一回目の産業革命が起きた。
結構大変な事件ですねそれは。
その時はまだ、いわゆるプリント媒体というかね、
広告も基本的にはマスコミが中心だったので、
マスコミュニケーションが基本的にはマーケティングの中心だったけど、
数年後にインターネットが入ってくるんですよ。
それがもう第二産業革命というか。
そうそう。
独立した直後、僕が30歳くらいの時に独立した直後にコンピューターが入っていて、
そのまた数年後にインターネットが入っていたと。
インターネットも最初は全く怖くなかったというか、
いろんなニュース的な情報がネットを介して見れると。
あと、外の人とのコミュニケーションがインターネットを通してテキストでやり取り、
Eメールという形でやり取りできるという。
なるほどなと思っていたんだけど、
時間が経つにつれ、いわゆる広告だったり、
僕は当時は通販カタログをメインで仕事をしていたので、
レディースのお洋服って雑誌になっていて、
その雑誌が本屋さんに売ってて安く、
それをみんな、マルイとかフェリシマとか選手会とか買って、
それをみんな見ながら、いいなと思った本をアナログで注文していたのね。
それがだんだんインターネットに移行するようになって、
年間1億円くらいの仕事をもらっていたのが、
全部インターネットに持っていかれちゃったということで、
インターネットに全部仕事を奪われるという、
第二作業革命みたいな。
第三次ですねそれは。
みたいなことが起きたと。
でもそれをスティーブ・ジョブス自身はデザイナーではなかったから、
経営者だったし、ただデザインとかタイプグラフィーとかが好きだったので、
自分のこだわりをデザイナーに伝えて、
もうここが、このアールがこっちがうんや。もっと緩いアールでないとあかんとか。
でもスティーブ・ジョブスがいなかったら、全世界にあるプロダクトのクオリティってたぶんこんなにも上がってない。
なるほどね。
っていうぐらい僕は、アップルコンピューターで特にスティーブ・ジョブスが後期に一旦クビになって、
アップルに戻ってきてからの作り出したアウトプットしたアップルの製品っていうのは、世界のプロダクトを変えたなって思ってるから。
かっこいい。
半透明の7色のめっちゃかわいいブラウン感のアイマック出たときは、どのプロダクトデザイナーもびっくりしたと思う。
やっぱり買ったんですか?
買った。オレンジのアイマック買った。めっちゃかわいかった。
お仕事でも使われて。
それ家用において、自分の事務所はもうちょっとガッツリのパワーマックを使ってて、
家は半分ちょっと遊びとかインターネット見るように、ちょっと仕事でも使うようにっていう感じで使ってたけど。
当時はスティーブ・ジョブスって名前は知ってたんですか?
もちろん。
アップルコンピューター入ってきた時点で?
もう有名だったのよ。
なんで有名だったんですか?その当時は。
イメージみたいな感じだったの。
デザイン業界の産業革命の最初の革命を?
コンピューターにプロダクトデザインの概念を導入した人って感じだよね。
別に当時は車とかオーディオとか家電とかでもかっこいいデザインなんていっぱいあったけど、
復帰してからのスティーブ・ジョブスがたまたまアップルにいたジョナサン・アイブと馬があって、
ジョナサン・アイブは当時スティーブ・ジョブスが戻ってくる前に入ってたんで、
デザインというよりもウルフォーをメインに開発させてた経営姿勢にうんざりしてて辞める直前だったわけ。
でもスティーブが戻ってきて、そうじゃないんだっていうことを聞いて踏みとどまって、
スティーブ・ジョブスとジョナサン・アイブが馬があって、製品のスペックよりもデザインを優先した作りにしていったことで、
アップルが息を吹き返したと。それが今でも継承されているという感じ。
お店にとってスティーブ・ジョブスは憧れの男でもあるんですか?
そうね。ちょっと画が強すぎるところもあるけど、
でも彼がそこまでの画が強かったからこそ、いろいろ波風あたって一変クビになったけど、
でも彼しか多分、iMacもiPadもiPhoneも彼でしか埋めてないからね。
確かに。
チャンスは日本のメーカーでもあったのに、アップルに全部持っていかれちゃった。
なるほど、そんなスティーブ・ジョブスの話をお伺いしましたけども、