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おはようございます。このチャンネルでは、子育てが一段落しつつある50代の私が、好奇心と自分の感覚を大切にしながら、面白がっている日々の様子を発信しています。
今日は、短く言い換えればいいと思っていた、パラフレーズの本当の役割ということをお話ししてみようと思います。
私、9月からアートマインドコーチングっていうAMCと略するんですけど、対話型絵画鑑賞のコーチ養成講座を受講しています。
この講座では、絵の知識を教えるんじゃなくて、問いを投げかけながら、鑑賞者の思考を引き出していく技術っていうのを学んでます。
昨日は、この配信の中で、今講座で学んでいるアクティブリスニングっていうことについてお話ししました。
相手の話を聞きながら、評価しない、誘導しない、主観と客観を聞き分ける、自分は話しすぎない、っていうね。
もうね、これだけでも頭の中も大忙しで、火吹きそうですっていうことなんだけど、昨日の最後にね、これだけじゃなかったと。
もう一つ超絶難しいスキルを付け加えられたんですよと、それが今日お話しするパラフレーズにつながりますってことなんですね。
なので今日はこのパラフレーズについてお話ししていきます。
昨日話した最後のこのアクティブリスニングのところで、コーチと鑑賞者が話す割合についてね、ちょっとお話ししたんですよ。
この割合は1対9が理想だって言われて、もうまさかのコーチ1しかないっていうね、こんな少ない言葉でどうやってパラフレーズするんですかって私はびっくりしたんですけど、
だからこそ、もうとにかくコーチは余計な言葉をそぎ落として、できるだけ短く返さなきゃいけないんだっていうことでね、
もう頭でかちになっちゃって、そんなのどうやってやるんだって思ってね、無理だろって私は思ってたわけなんですけど、
実際に講座の中で不慣れな私たちがね、コーチ役をやってみたら、結構それだけじゃないなっていう気づきがあったので、今日はその話をしていきたいと思います。
むしろね、うまく言い換えられなかった時に起きたズレから、そもそもこのパラフレーズって何のためにやるのかっていうね、そういうことが見えてきたっていう話になります。
先日のその講座レッスンの中で、模擬的にみんなが順番にコーチを担い合って、鑑賞者を担い合うということをやったわけなんですけど、
私が入ったこの4人の1チームの中に、たまたまね、高校で現代文を教えている国語の先生という方がいらっしゃったんですよ。
その方がコーチをやった時のこのファシリテイトのバシバシの決まり具合がね、もうびっくりするぐらい小気味良くて、本当にスパンスパンスパンって進んでいくわけなんですね。
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1対9も完全にクリアしてたと思います。
その後でねじっくりお話を聞いたら、その方評論を特に専門にされている先生だということで、
だから相手というか鑑賞者の人がどれだけ長く話してても、その人が言いたい核の部分をスパッて短い言葉で返すっていうのがめちゃくちゃ上手だったんですね。
で私はもうなんか感性系をそこで見たなと、もうなるほどこれがねパラフレーズなんですねっていうことをね思ったわけですね。
でもねそんなの絶対私には無理って思って、まあ次の方に移動していくわけなんですよ。
でまあ次の方はたまたまこの方よりは全然そのファシリテイトっていうかね場を回すっていうのが得意ではないというか、ちょっと苦手に感じているところももしかしたらあったのかもしれない。
だけど誠実にコーチ役をすごくやられてたんですね。感じも良かったし、ただあの返す言葉が短くはなかったっていうある程度言葉を駆使して丁寧に言い換えるっていうそういうスタイルをとってました。
でたまたまねその鑑賞者となったさっきの国語の先生とこのコーチの間にねニュアンスのズレっていうのが起こったわけなんですよね。
で国語の先生が言おうとしたこととコーチが受け取った内容っていうのがズレてたんですよ。
これはパラフレーズがうまくいかなかったなあっていうふうに私は見ながら聞きながら思っていたんだけどここからがすごく興味深かったポイントで
そうすると国語の先生がねいやそうではなくて私が言いたかったのはこうこうこうですよということをねもう一度説明し始めたんですね。
そうするとあの最初に話した時よりもより詳しく作品のどこを見てどうしてそう感じたのかさらにさらに具体例が盛り込まれていったわけなんですよ。
これってズレがあったからこそじゃあ次はあのズレがないように誤解を生まないようにもっと言葉を足して話そうという気になられたのかもしれない。
本当は自分が言いたかったことをもっと違う形で伝えたらどういうふうに言えるだろうということをねさらにご本人が考えられたのかなと思って。
でそれが結果として対話が深まるってことにつながったっていうなんかもう本当にリアルタイムに私はそれを体感したんですよね。
すごい現象だったなぁと思いながらそれを終えた後その練習後の振り返りの時にその国語の先生のご自身がね何でも短ければいいってわけではないってことをあの今回本当に体感しましたと。
で職業柄話の内容をつかんで短い言葉で返すことには慣れているけれどもああいうふうに言葉を尽くして説明してくださったからこそ
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これずれてるなっていうことが気づいてそこからさらに話を深められたと。
これが本当に今回の対話型絵画鑑賞にもってこいの流れだったんじゃないかと。
だから実際アドバイスとしては1対9という割合を提示されているけれどもそこにとらわれすぎなくていいんだなということを気づきましたっていうねそういうことをおっしゃってたんですよね。
で私も本当にそれそうだなと思ってすごく深く刺さりました。
もちろん私たちはねもう習いたてなのでまずは基本を身につけることが大前提じゃないですか。
シュハリでいうところのシューの部分ですよね。
まずは教わった型通りに忠実にやるっていうことが本当に大切だと思うんですよ。
だけどその型を守ること自体が目的になっちゃったらちょっと違うなっていうことをね今回本当に経験できました。
となるとそもそも何のためにパラフレーズするんでしょうっていうことになるじゃないですか。
で私これここで自分なりにパラフレーズの意味って何なのかなっていうことを考えてみたら役割は3つあるのかなっていうことを今ちょっと考えてます。
1つ目は安心感。
自分の言葉を受け止めて別の言葉で返してもらうことでちゃんと聞いてもらえてるなっていうふうに感じられるこれが1つ目の安心感。
2つ目は客観視。
自分の言った内容が別の言葉になって帰ってくることで
それ言いたかったとかいやちょっと違うなとか自分の考えをもう1回こう俯瞰した感じで聞き直せるというこの2つ目が客観視。
で3つ目が意味のすり合わせ。
私はこう思いましたっていうふうにコーチが言ってくれることによってね
鑑賞者が言ったこととコーチが言ってることが意味が同じですねってことをすり合わせられる。
これがパラフレーズの役割なのかなっていうそういうふうに今回認識しました。
最初は短く返す要約術みたいなものかなって思ってたんだけど
結局今の段階としてはお互いのズレがないですねってことを確認するそういう手段なのかなっていうそういうところに認識が変わってきました。
それでいくとなるべく短く返すのがベストではあるんだろうけどそこだけを重要視しなくていいんであれば
前よりは少しでも軽い気持ちで私もパラフレーズに向き合えるかなっていうところを思い始めてます。
でもねとは言ってもですよ相手の話を聞きながらなんかいい感じに問いを立てながら
主観とか客観を振り分けたりとかさらに1対9守って誘導しないでとか否定しないでとか
もうねこれ無理って思いながらもでもこういうのやれてる人がいるわけですね。
そういう人たちのファシリテイトを受けながら絵画鑑賞すると本当になんか心地よいっていうか楽しい鑑賞時間になるんですよ。
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だから私も絶対諦めないと思って一生懸命頭から火吹きそうでも頑張っていきたいと思ってます。
そんな感じでね心地よい台湾の場を作れるコーチになりたいってもがいている私の様子を日々ここで開示していっているわけなんですけど
この話もね面白がってもらえたら嬉しいなと思います。
そんなわけで今日はパラフレーズは短く言い換えればいいと思ってたけれどもそんな単純なものじゃなくて
相手との意味をすり合わせながら対話を深めていくためのものだったという話をしてみました。
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今日も最後までお聞きくださりありがとうございました。
それではまた次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。