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オープニング〜アン・リー はじまりの物語/モブ子の恋/フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ etc…~ #266
2026-06-22 51:49

オープニング〜アン・リー はじまりの物語/モブ子の恋/フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ etc…~ #266

『ガス人間第一号』の回、オープニングパートです。

『シラート』で語り残していた話、『アン・リー はじまりの物語』、大阪のカフェバー「週間マガリ」のイベント〈うるせえ本屋〉での持ち寄り本トーク(『スローカーブを、もう一球』『暇と退屈の倫理学』ほか)、『モブ子の恋』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』他などについて話しています。

■ 訂正・補足 ・『スローカーブを、もう一球』について「1編目が江夏の21球」と話していますが、この本(角川文庫版)の巻頭は「八月のカクテル光線」で、「江夏の21球」は冒頭ではありません。

オープニング/コラボ・2026年上半期ベスト回の告知 マリオン復帰、『シラート』で語り残した話(砂漠を走る車) 片足の登場人物の人形劇、タイトルを挟むタイミング シェーカー教ミュージカル『アン・リー/はじまりの物語』 監督と『ブルータリスト』、歌と踊りでトランスする信仰 信仰とは何か、『シラート』との接続・儀式と意味 『ブルータリスト』の宗教性、福音派的な価値観 シェーカー教の教義、平等・労働・道半ばと信仰 中崎町〈うるせえ本屋〉イベント 「博士の日」=言語学とノコギリ演奏 持ち寄り本①『スローカーブを、もう一球』(江夏の21球) 持ち寄り本②『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』 映画『モブ子の恋』 テーマ予習:東宝特撮(サンダ対ガイラ/バラゴン/海底軍艦)

■ 次回テーマ テーマ:2026年上半期ベスト 次回は「Radio18s/Teenagerからの映画部」さんを番組にお迎えしてのコラボ回! 今年公開/配信作品から1つ作品名にコメントを添えてお送りください。 締切:7/1(水) Radio18sサイト:https://linktr.ee/Radio18s

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感想

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サマリー

今回のエピソードでは、まず次回予告として、映画ポッドキャスト「Radio18s/Teenagerからの映画部」とのコラボ回で2026年上半期ベストを発表することが告知されました。近況トークでは、マリオンさんが体調不良で欠席した「シラート」回について、砂漠を走る車のシーンや片足の登場人物による人形劇の面白さに触れました。その後、ミュージカル映画『アン・リー/はじまりの物語』について、シェーカー教の信仰や歌と踊りでトランス状態に至る様子が、シラートのレイブシーンとの偶然の繋がりと共に語られました。この映画は、監督が『ブルータリスト』の監督のパートナーであることや、その宗教性、教義における平等や労働の重視、そして現代にも通じる価値観が指摘されました。 続いて、大阪の中崎町で開催されたイベント「うるせえ本屋」での持ち寄り本トークについて、山口さんは映画関連の本を持参し、他の参加者の本の話を聞く楽しさを語りました。大石さんは、スポーツにおける「そこそこの情熱」を肯定するノンフィクション『スローカーブを、もう一球』を、マリオンさんは「目的を失った後の暇と退屈の向き合い方」を説く『暇と退屈の倫理学』や『中動態の世界』を紹介しました。映画『モブ子の恋』については、監督の過去作との繋がりや、人の気持ちを気にしすぎる登場人物の描写は巧みだが、原作の連載期間の長さを1本の映画にまとめる難しさから、関係性の進展の遅さやエピソードの提示順に課題があったと分析されました。 最後に、東宝特撮映画の話題として、『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』、『フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン』、『海底軍艦』が取り上げられました。『サンダ対ガイラ』では、人間を害さないサンダと害するガイラの対立、社会からはみ出した存在の悲哀、そしてメーサー戦車の初登場やシン・ゴジラへのオマージュといった映像的・特撮的な面白さが語られました。『バラゴン』については、『サンダ対ガイラ』との比較で、人間が巨大化する悲劇性の違いや、ウルトラマンの格闘シーンの源流となった可能性が指摘されました。これらの作品群は、怪獣図鑑で設定だけ知っていたものが、実際に見て繋がりを発見する面白さがあったと締めくくられました。

00:12
始まりました映画の話したすぎるラジオ第266回になります。 この番組は大阪で映画トークバーイベント
映画の話したすぎるバーを開催している店長メンバーらによる映画トーク番組です。 私、映画の話したすぎるバー店長の山口です。
マリオンです。
大石です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お願いします。
次回予告と近況トーク:マリオンさんの「シラート」感想
まずはじめにちょっと告知しておいていいと思うんですけれども、
次回のこの番組の収録が一週お休みして、
映画ポッドキャストのラジオエイティーンズさんとコラボでこちらがゲスト参加させていただくということになりました。
SNSの方ではもう告知しているんですけれども、
これまではシネマの前で論じることさん、大ちゃんさんとコラボしただけだったんですけど、
コラボを広げていこうかということで、
ポッドキャストエキスポの時にラジオエイティーンズさんにはご挨拶してコラボしましょうよということで、今回させていただくことになりまして、
我々の番組の方にもゲストとして参加いただく予定してまして、
その時が2026年上半期ベストの話を皆さんでしようということで予定しております。
もうそんな時期ですかって感じですけどね。
早い。早すぎる。もう上半期ベストとか出さないといけませんかみたいな。
早いわー。
もう6月だね。
早いわー。
ちょっと緊張しますよね。
そうですね。ゲストの皆さんがいる中でどんなプレゼンができるのかというね。
そうですね。ちょっとお便り募集もしてますので、ぜひお送りいただけたらと思ってます。
ぜひぜひお願いいたします。
では近況トークから入っていきたいと思います。マニオンさんいかがされてました?
そうですね。ちょっと先週シラートの回お休みしちゃったんですけど、
ちょっと僕体調崩してしまってちょっと見れなかったんですよね。シラート。
幼齢菌にかかってしまいまして、
子供しかかからん病気にかかってしまいましてみたいな。
っていうちょっとうだらけったりだったんですけど、
でシラート僕も見たんでちょっとだけ話したいんですけど、
ちなみにちょっとお二人のシラート回もちょっと聞いてきたんですけど、
いや確かにねちょっと死については考えますよねみたいな映画だったので、
もうねその本質的な部分をねがっつりお二人が語られてて素晴らしいなと思ったんですけど。
まあでもなんか僕ちょっとあんまり触れてないところで言うと、
あのシンプルに僕あの砂漠を車が横いついつになって走ってるシーンが普通にいいなって思ってました。
いやそうかっこいいんですよあの絵。
そうそうそうそう。
かっこいいの。
なんかねそこまずいいなって思ってました。
確かに。
なんかそういうなんかもうダダピロいところをただ車が走ってるだけがすごくいいみたいなのって、
まあツイスターとかそういう映画かなと思いますし、
まあマットマックスとかでもいいですし、
あと見てないですけどああいうでっかいトラックを運転するみたいなのと、
やっぱあれですかね、恐怖の報酬とかもちょっと近いのかなとか。
ちょっと連想する作品ねたくさんありますよね。
実はちょっと思い出してたんですよ恐怖の報酬は。
なんかそういうのとかも思い出したりして、まずそこもいいなと思ったりとか、
あと僕好きなのは劇中の登場人物であの片足がない人がいるじゃないですか。
あの人が途中でなんか人形劇みたいなのをするのめっちゃよくないですか。
ああ確かに。
その片足なくてそのちょっとまあどっちなしか忘れちゃったんですけどまあ先っぽがないと、
でその先っぽのない足を使ってなんか変な人形劇というか副画術的なことをするんですけど、
あれめっちゃ上手いなと思って。
めっちゃ上手い上手い上手いみたいな、いいぞいいぞみたいな。
なんかで妙に印象に残るシーンたくさんあるなと思って。
なんかねちょっとテーマとかの話とは全く関係ない部分で、
なんかねいいポイントというか面白シーンがたくさんあって、
それだけでも良かったなというふうに思ったりしましたね。
こんな感じかな。
確かに車のシーンかっこいいのとあとタイトルのタイミング。
はい。
そうですね。
まあオシャレやなっていうのは結構ね上映時間経ってからタイトル挟まるんですけど、
オシャレやなと思いつつちょっとあざといなと思うというか、
結構経ってからタイトル挟むのって諸刃の剣やなっていう感覚もあって。
まあまあまあ確かに。
ちょっとね出すタイミング間違えたら本当にただダサいだけになっちゃったりとしますからね。
そういう意味ではシラートはもうバッチリ決めてくるなというか、
全部かっこいいというか映画としてかっこいいなと思って思いましたし、
楽しかったなあっていう感じでしたね。
で、僕シラートちょっと遅れてちょっと見て、
ミュージカル映画『アン・リー/はじまりの物語』と信仰
で、その日もう一本映画を見たんですけど、
アンリー始まりの物語っていう映画を見たんですけど、
はいはいはい。
これちなみに見てますかねお二人って。
見てないっすね。
見てないですか。
そう、飛んじゃけてますが見てないです。
一応どんな映画かっていうと、
キリスト教の中でもシェーカー教っていうものを開いた女性の話なんですけど、
これミュージカルなんですよね。
史実ベースではもちろんあるんですけど、
で、まずその女性があるしてその宗教の教祖的な立ち位置にいるっていう、
それをまあ世界に広めていくみたいなことをやっていくっていうのがまず、
舞台となるのが本当にアメリカに植民地が入ってぐらいとかそんな話とかなので、
まだ独立とかもしてない時かなみたいな時の話なので、
まあいかに大変だったかみたいな話でもありますし、
で、その中で劇中描かれているのが歌と踊りで本当に実際にそういうので、
ある種トランス状態まで持っていくみたいな話なんですよね、
そのシェーカー教の実際の振る舞いとして。
だからなんかはからずも、シラートもまあレイブという場でトランスしようとする人たちの話でしたけど、
その後に見た映画もちょっとトランスしようとして、
すごいなんというかアクティブにこう歌と踊りで高め合っていくみたいな部分をやっていく人たちの話みたいな、
ちょっとなんかたまたま何にも気にせずはしごしてみたっていうのがあって、
個人的にはアンリーの方が結構ちょっとすごかったなという感じがありました。
別になんかこの宗教にのめり込む感じでは全然ないんですけど、
なんか蹴落とされるというか、
なんかちょっとこの躍動感とかに僕もちょっと飲み込まれそうになるみたいな感じでした、見てるだけ。
そういうぐらいなんか動きがエネルギッシュだったりとか、
あと音楽もすごいかっこいいと言ったらいいのかな、
なんかすごい音楽だなみたいな感じで。
で、監督がモナファスト・ウォールドっていう女性の監督なんですけど、
実はブルータリストのブラディー・コーベットのパートナーなんですよね。
そうなんですね。
なので脚本にも今回関わってるんですけどブラディー・コーベットが。
なのでなんかすごいもうしっかりとなんか様式も決まっていてバチバチに決まってるし、
パフォーマンスも圧巻だしみたいな部分はすごい魅力たっぷりと描いていて、
ちょっと見応えたっぷりでしたね。
ちょっとあんまり関数も少なくて、
これあんまり背景会社も売る気がないのかしらみたいな、
ってちょっと思うぐらいに関数がかなり少なかったんですけど、
いやこれめっちゃすごい良かったですね。
なるほど。まさに音を浴びる系映画だったわけですね、両方とも。
そう、計らずも。
そうなんですよね。
シラートはもうなんか絶対変なもんが見れるだろうっていうので、
結構期待値上げてて、ちゃんと期待値を超えてというかぐらいのものを得られたんですけど、
アンリーはそんな期待値別に普通に面白いかなぐらいだって言った分、
余計にちょっと思った以上に良いぞみたいな。
ちょっと良いハードな声描きをしてくれたなというふうに思いましたね。
なんかその音楽でトランスしていくというか、ある種そこに宗教が絡んでいく感じがすごいメガチャージっぽさもありますよね。
そうですね、確かに。
そういう意味では元々はアメリカの宗教、アメリカのキリスト教派の話なんですけど、
ある種今の話のようにも確かに捉えられる。
そうですね。
なんか今こういう時代だからこそちょっと改めて信仰って何だろうみたいなのをちょっと考えてみる映画群なのかもしれないですね、
シラートもアンリーもっていうのはちょっと思ったりもちょっとしましたかね。
なんかシラートってむしろ結構無神教に近いようなところまで行ける気がしてて、
それに対してアンリーはそこにある種神を信じた上で同じアプローチを取っていくというのが結構面白いなと思いましたね。
そうですね、確かに。
そうですよね、シラートって結構結局その儀式の無力さが際立つとこがあるというか、
その儀式を行っている瞬間は意味があるんだけど、
終わってしまったらそれが意味が喪失してしまうというか、
この映画の主題みたいな部分になりますけど、
それまでの流れはなかったことになるみたいなことが起きるわけじゃないですか、あの映画って。
だからさっきまで信じてたことが意味を喪失するっていうことを描いてたと思うんですよね、シラートって。
でもキリスト教である以上はその意味の喪失なんて認めるわけがないじゃないですか。
それが普遍的な信仰に繋がってないと意味がないわけだから、
なんかそこにあるその同じ儀式的なもので儀式中の体験を重視してるんだけど、
そこを経ていく意味が全然違うんだろうなって気がするんですよね、そこ。
なんかそれこそ、さっきブラッドリコーペとのパートナーって話だったんで、ブルダリストも確かに思い出しながら聞いてたんですけど、
あの話も建築家の話でありながら、結構その宗教的な色合いもあるなと思って見てて。
そうですね。彼が作る建物がそもそもっていうのもありますけど。
そもそも教会ですしねっていう。
教会っていうのもあるし。
うん、ところもありますし、前提として何かこう大きな時代の中で無力感というよりも、
その信じているというか報われることみたいなことを多分描いてるような気が、ブルダリストは特にしたんですよね。
なんかその辺はちょっとキリスト教的な、ある人とアメリカの福音派的な価値観だったりするのかな、みたいな思ったりはして。
そうですね、確かに。
そういう意味でもちょっとアンリーは興味ありますね。
確かにちょっと大石さんはブルダリスト大好きだと思うので、ぜひ見てほしいなというふうには思いますし。
ちょっとやっぱ共通点もやっぱあるとは思ったんですよね。
やっぱそういう宗教的なモチーフというか部分が結構根差してあるっていう部分もそうですし、
大きなことをなそうとするんだけども、みたいな。
なるほどね、はいはいはい。
もうやっぱりちょっとあるわけで、現実で我々生きてて思うんですけど、シェーカー教って何?って思うというぐらいにはマイナーなわけですけども。
なんでなのかっていうと、その教義とかの話にもなるんですけどそれは。
けどまあそう至った過程とかも、主人公というか教祖であるアンリーのあることもちょっとすごく関係もあってとかっていうことも考えると、
そうせざるを得なかったじゃないけど、そう言いたくもなるみたいな。
それを教義としたくなるみたいな部分はあるんだけど、けどそれをしちゃうと、まあ広まってはいかないよねみたいな部分もあったりとか、
また時代背景としての難しさとかもありますけど。
なるほど。
そう。
なんか見てると結構今の我々と近い価値観もあったりするんですよね、教義の中で。
はいはいはい。
まあ黒人奴隷とかの時代が全然あった時代ですけど当時、そういうのはやっぱり良くないみたいなことをもう当時から言ってたりとかもしてたりとかして、
結構今と近いとか、あとまあ労働が大事だっていう感じの教義なんですけど。
でもなんか確かに今のアメリカキリスト教の根幹と近い感じですね、プロテスタント的なというか。
そうそうなんですよね。
なんだけどもみたいな部分とかもあったりとか、
まあちょっと何て言うんですかね、大きな啓示というか目標みたいなのを掲げる手はいるんだが、それがうまくいかない人の話でもあるというか。
うまくいかないというか、道半ばになってしまわざるを得ないみたいな感じなのかな。
もうその最初の設定をしたら道半ばになることはある意味運命づけられてるみたいな。
そう。プロテスタントもあれを設計した時点でみたいな。
そうそう。そうなんですよね。
ちょっと似ている部分はあるのかもしれないっていう。
負けにいくことを全力でできるかみたいな話になってくっていう。
でもそれを信じるというか、信じ続けることもまた信仰であるみたいな部分はあったりするのかなとかは思ったり。
確かにその感じは好きかもしれないですね。
ちょっと大井さんにはぜひ見てほしいなと思いますし、僕は個人的にはブルダリストよりもこっちが好きですけど、アンリーの方が。
はいはいはいはい。
が好きでしたけども、まあまあまあそれはそれとして。
うん。なるほど。
多分あんまり見られてないような気がするので、ぜひ見ていただけたらなっていうふうに思いましたね、アンリー。
あとちょっと休んでる間に週刊まがりですね、いつも映画バーさせていただいてる週刊まがりのイベントの方にちょっと参加させていただいたので、その話もしたいんですけど。
イベント「うるせえ本屋」と持ち寄り本トーク
はい。
大阪の中崎町にある老舗のクラブみたいなのがあるんですけど、ヌーンプラスカフェかな。
そこでうるせえ本屋と称しまして、皆さんそれぞれお客さんが自分の好きな本とか、本じゃなくてもいいんですけどあるCDとかDVDとか、自分を表す何かみたいなものを持ってって、それをきっかけにいろいろな人と喋ろうみたいな企画をやってて。
そこで一応スタッフじゃないですけど、いつも一日展示をされてるような人たちも出て、そこをきっかけに他の人の話が弾めばいいかなみたいな感じでちょっと配置されてみたいな。
なるほどなるほど。
感じですね。
なのでちょっと僕の方が映画本屋と題して映画関係の方を持って行って、そこで話を広げて、他の人のオススメとして持ってきた本の話を聞いたりとか、喋ったりみたいなことをちょっとしてきまして。
平日だったんですけど、結構人多くて。
平日だったんですね。
平日の木曜日だったんですけど、結構いろいろな人いて、持ってくる本もやっぱみんなバラバラなんですごい面白かったですね。
本当にあの、本当にガチで本が好きなんだなみたいな感じの小説を持ってくる人もいるし、漫画とかいろいろ。
あと漫画じゃなくて、なぜか釣りのルワーの箱持ってきてる人もいましたけど。
まあでもそれがその人を表すものみたいな。
女の子だっていうことですかねっていう。
そっからなんかいろいろ話聞きたりとかするのもすごい僕楽しかったですし、なんかいろんな人がいろんなきっかけで話す場がすごい楽しかったなっていう感じでしたね、今回。
いやちょっとね、あれ気になってたんですけど行けなかったんですよね。
なるほどな。
そうですね。
いやあの、それとは別の日に週間曲がり行ったんですけど、博士がいるバーだったかなっていうのに。
それは博士号を持ってる人が一日店長に入ってっていう日だったんですけど、その店長をやってる人が持ってる博士号っていうのが言語学だったんですよ。
いいですね。
で、言語に関しての話をしてて、机の上にコップがあるとは言うけど、コップの下に机があるとは言わないじゃないですかみたいなとこから話を広げるみたいなことをしてたんですよね。
なるほどなるほど。
で、やっぱそのそういうテーマの日だったんで、結構アカデミックなお客さんが他に多くて、ミュージック層ってわかりますかね。
あのノコギリで音奏でるやつですかね。
そうそうそう。横山ホットブラザーズが鳴らしてるやつ。わかります?
そこはわかんないんですけど。
それの研究をしてる人がお客さんに来てて。
それの研究?何を研究してるんだそれ。
で、あれってまっすぐのままだと音鳴らないんですって。
そうですよね。ちょっと曲げて、それで弦みたいな音をフィーンって鳴らすやつですよね。
それも一つの曲線だけじゃダメで、S字に曲げないとダメらしくて。
S字に曲げると反響した音が鳴るらしくて。
そんな興味深い話が聞けるなんて、しかも言語学の店長さんのところに音繋がりでね、結構話あってるんですよ、その店長さんとその人。
すごいな。
やっぱ音のことわかってるから。
なるほどなるほど。すごいな。ちょっと面白すぎるなそれ。
やっぱ学問ってある点の高さがあると、どうしても裾野も高まっていくんだなと思って。
どうしてもね、だから音の研究をしたら材料工学的なこともできるようになるし、音っていう部分から言語の方にも繋がっていってるし、むしろ言語学の方から音っていうものを突き詰めていってたりするから、結構やっぱ重なってるんですよね領域が。
領域が重なってるというか、相互理解が早いっていう。
うんうんうんうんうん。
なんかすげー面白かったですね。僕は何もそこに持たざるままでしたけど。
まあでもなんか聞いてるだけで面白いですよね、それね。
いやー、まがわりおもろい企画やってますね。
ほんとに面白いですよ、ほんとに。いろんな人と出会えますわ、ほんとに。
うんうんうん。
すごい、なんでこの人こんな本持ってきてんやろうとか、とかね。
あとやっぱ漫画とか持ってきてる人にちょっと思ったのが、関数があるじゃないですか、やっぱいろいろ。
はいはいはい。
なんでこの人はこの漫画のこの関数を持ってきたのかなとか。
あー。
とかでも人が出るなーとかね、思ったりしましたし。
いやでもこれ何持ってくか、まああえて本に限るとしたら何持ってきますっていう。
いやそうなんですよ。これ結構難しいなと思って。
うん。
僕はもうなんかそのスタッフみたいな店長みたいな感じで、店長みたいな感じで入るから、
まあ話のネタになりそうな本を2、3個3つくろって持っていくだけだったので。
うんうんうん。
なんで別に僕の自我を出してるとかないんですよ。
はいはいはい。
じゃあ自分の自我を出しますって言った時に、わけわからん本持ってきたところで話が弾むわけないんですよ。
じゃあ何持ってけばいいんでしょうねっていう、あの絶妙に難しいお題だと思ってますよ。
え、候補作とかあるんですか?これかなっていうの。
えー何でしょうね。
いやでもちょっと、今回持ってこようか迷った本は一応あって、
まあ一応あれっすね、新海誠のインタビュー本とか持ってこうかなとか。
あーでもなるほどね、はいはいはい。
は思いましたけど、まあそれは別に自我出しすぎやからいいやって思って、今回持ってかなかったとかはありますかね。
もうちょっとなんか話が広がりそうなタイプの本を持ってきたりしたんですけど、逆に2人だったら何持ってきます?この場に。
ジンの自己紹介にも書いたんですけど、スローカーブをもう一球っていうスポーツのノンフィクションの本があって、僕それは結構持っていきたいかもしれないですね。
結構その、別に名を成したわけではないんだけれども、自分なりの向き合い方でスポーツをやった人たちのノンフィクションみたいな感じなんですけど、
大学時代にボートを始めて、オリンピックに出ようとした人の話とか載ってて、
その人はオリンピックが出ること自体が目標で、その中でボートだったらいけそうっていうとこから逆算してボート競技を始めるんですよね。
ただ時代が、モスクオリンピックの時代で、日本ボイコットしちゃうんですよ。
そのために、その人がオリンピックに出るために始めたスポーツで、オリンピックに出れない。
その外的な要因によってっていうね。
なんかその運命みたいなものとか、あるいは、俺別にプロになるわけじゃないけどっていうそこそこの練習量で、
でもすごい良い変化期があることで、高校野球で結構勝てる。
でも、そこまで努力してるわけでもないし、プロになる熱意があるわけでもない。
そのそこそこの人の、そのそこそこの情熱を認めてるノンフィクションとか。
なるほど。
いいっすね。
あるいは、ボクシングやってるけどロードワーク嫌いだから、ロードワークをやらないボクサーとか。
いいっすね。
面白い。
まずね、紹介が面白いから、一発でみんな話に乗っかってくれますねっていうふうに思いましたね。
いいんですよ。みんな体制してないから、出てる人。
確かに。
でも何者かにならなくてもスポーツってできるし、何かをやれるじゃないですか。
そのなんか70点ぐらいの青春みたいなのを肯定するノンフィクションって、ボクむちゃくちゃ好きだったんですよね、昔。
ちょっと今読みたくなりましたもん。
面白そう。
作です。
確かに。タイトルは知ってましたけど、全然テネトとか。なんか正直名前から野球小説なのかなぐらいしか思ってなくて。
オムニバスなんですけど、一つ目がえなつの21球っていう、えなつ豊という有名な野球選手が広島で日本一になるんですけど、
それの最終戦で自分で万類のピンチを作って、自分でそれをくぐり抜けるっていう伝説のシーンがあるんですよね、えなつの21球って。
それのドキュメントというかノンフィクションから入って、そっからそういうえなつみたいに何者かになった人ではない人たちのノンフィクションが始まるっていうような構成になってて。
あ、導入がえなつなんですね。
そうなんですよ。
えなつめっちゃ浮いてるんです。
確かに。
一人だけめっちゃ伝説級のやつですもんね、みたいな。
でもね、いいんですよ。
面白そうだな。
結構ね、短い文庫にもなってるんで、割と手に取っていただきやすいかなとは。
なるほどね、いいですね。
大石さんは何持ってきます?
すっげえ、今の話の後だとめっちゃハードル高いんですけど。
多分ね定番で何人かいるんじゃないかなと思いながら言いますけど、国文講義世論の暇と退屈の倫理学ですね。
いやー、二人ともちゃんとしっかりしてんだよな。
深海誠のインタビュー本だもんな、みたいな。
そんな本の種類で規制はないですよ。
いやでも、暇と退屈の倫理学は大学院時代に本当に救われた一冊なので、
目的を失った後にある人生の暇と退屈をどう乗りこなすかっていうことを、
結構いろんな視点から考えさせられるんですよ。
哲学、もともと国文講義世論って哲学者なので、その哲学ってところもあるんですけど、
それ以外にも歴史学だったり、生物学だったり、文化人類学だったりっていういろんな観点から、
人類はいかにして暇と退屈、経済学もあるかな。
暇と退屈というものと向き合ってきて、そこに苦しめられてきたかっていう話をしていく。
で、最中結論が結構好きで、結局暇と退屈を生きるのが人生だっていう話になっていくんですよね。
いいっすね。
もちろんいいっすね。
そうだから、その暇と退屈をどう自分の中で意味を持たせるか、
要は与えられた意味で生きるのではなくて、ある意味意味すらないかもしれないですけど、
その場その場の瞬間瞬間に意味を見出せるかってこと自体が大事なんじゃないかっていう風な論になっていくんですよ。
で、その後に出てくる国部さんの結構その著書の多くも、目的を否定するんですよね。
未来に何か目的を置くことではなく、現在を生きろっていう風にずっと彼は言い続けてる人なんですよね。
なんかそういう、そもそも自分は博士課程行くとか大学院で勉強頑張るとかって、
何かその将来の目的のためにしか生きてなかったなってことにそこに結構気づかされて、
そこでその目的のために生きるから苦しいんじゃない?暇って退屈なんじゃない?っていう風に示してみせたのが結構パラダイムシフトで、自分の中だと。
なるほど。
ある意味その目的の呪いからちょっと解放された本だなぁとは思ってて、
そういう意味で何か今の自分の苦しさの根源が何かわかんない時に立ち返りたくなるというか、もう一回読み返したくなる本だなぁと思ってます。
僕読んだことなくて、本としても知らなかったんですけど。
これ文庫でも出てるんですけど、個人的におすすめなのは増補版。
ちょうど単行本なんですけどちょっと読みやすいサイズ感になっているのと、分厚さがちょうどいいんですよ。
すごい手に取りやすいサイズ感だし、これを持っているというかことの自己肯定感というか、自分の鎧になる感でもすごいいいですし、
国文さん多分どちらかとして有名な本として中道体の世界だと思うんですよね。ってわかります。
けいをひらくってシリーズで言って中道体、そもそも言語学では能動体と需要体の間に中道体というものがあったんじゃないかっていうのを話してる本なんですけど、
その一番基礎になるような、そのもっと前の書論というかに当たる本でもあるので、読みやすいですし面白いですよっていう。
全然哲学者だと固く捉えることなかれっていう感じの本なので、ぜひぜひおすすめでございます。
うまいなあ、やっぱプレゼン神になってる。
それ持ってっちゃうかなと思いましたね、今話し聞いてて。
ちょっと今みたいな感じで、本当にお客さんとして話すみたいなイベントだったので、多分またやるんじゃないですかね。
なんか人気だったし、なんか人も多かったし、やりそうですけどね、やってほしいなって思いましたけど。
次やったら行こうかな。
ちょっとその時はね、僕もちょっと自分の字が出すような本をね、持って行ってもいいかなっていう、ちょっとねスタッフに徹しすぎたような部分もありますんで。
なるほど、なるほど。
すいません、ちょっと長々とお話ししてしまいました。
映画『モブ子の恋』の分析と課題
はい、では大井さんいかがですか。
今週課題作以外だと劇場でモブ子の恋は見ましたね、という話をちょっとしようかなと思ってるんですけど。
モブ子の恋って漫画原作の青春系アニメーションというか、ちょっと恋愛ものという感じの作品なんですが、
これ何で見ようかなと思ったかっていうと、監督が風間裕樹さんという方で、数年前にドラマのサイレントっていうのあったの覚えてる方いらっしゃいます?
はいはいはい。
はいはい、ありましたね。
あれの全部じゃないんですけど、割と肝になるような話数を監督されていた方なんですよ。
で、結構まあ映画的演出がそのサイレントの時からかなり上手かった印象があって。
で、今回晴れた映画館、たぶん2作目とかになる特徴編映画だと、この原作でやるんだっていうのもあって気になって見に行ったっていうような話なんですけど、
なんか思ったよりもグッとこなかったなっていうのが正直なところで、絵作りとかは悪くはない感じはありつつ、
あとまあ風間監督はたぶん作品とあるいはちょっと意識されてるのかなって思うことに、いわゆる前に出て何かこう自分の思いを伝えるっていうのが苦手な人を撮るのがこの人は上手い監督だなって実は思ってたんですよね。
サイレントの時にはミナトってキャラクターがいましたけど、ずっと幼馴染で片思いしてるんだけど、その片思いしてる女の子に対して恋心は抱くんだけど、自分のその親友がその子と付き合っているから自分は彦っていう風に、あるいはその友情、恋愛よりも友情を優先するタイプの人っていうのを描いてみせた。
サイレントの3話ぐらいまでがそういう話で非常にそこは大好きなんですが、そういう優しすぎる我が故に損を受けてしまうタイプの人を描くことに結構長けてる監督っていう感じ。
で、モブ子の恋、原作漫画の人で読まれてる方だと分かるかもしれないんですけど、すごいこう、なんていうんですかね、めちゃくちゃ人のこと気にしすぎちゃって一歩踏み出せないというか、人間関係を踏み出せないタイプの人同士のバイト先での人間関係の引きこもごもみたいなものがドラマになっていくっていうようなお話なんですよね。
で、そういう意味ではすごい題材にはぴったりだし、そこのその要はなんていうんですかね、すごい考えすぎちゃって動けない人の描写みたいなものは確かにうまいなっていう感じ。
例えばその心象描写として結構川の中みたいなのが出てくるんですけど、要は川の中で足が重くて歩けないみたいな感じで人に近づけないみたいなものを示すところとかは、例えとして非常にうまいなと思ったんですけど。
たぶんこれ原作の問題もあるんですけど、いかんせん関係性が進まなさすぎて、3年か4年ぐらいある話なんですけど、全然この人たち何も動かないやんっていうのが結構長くてですね。
ああ、なるほどな。
そう、かつむずいなと思ったのが、おそらくその漫画原作で連載ものなんですよ、もぼこの恋っていう漫画自体は。
なので結構季節感とかあるエピソードがたぶんこういろいろ散りばめられてるような作品にはなるのかなっていうのは見てて想像したんですけど、やっぱその1本のお話にする以上、そういったエピソード全部入れ込めないわけですよ。
で、難しかったんだろうなと思うんですけど、わりとヒロインと彼女と付き合うことになる彼との会話の中で出てくるエピソードの多くが視聴者が知らないんですよね。後から出てくる。
ああ。
そんなことあったの?っていうことがわりと後から後から出てきてしまって、それは僕ら何もついていけないんだけどなっていう感じにどうしてもなってしまう。
たぶんね、原作1句とかたぶん数年間にわたって連載してるような作品なので、そういったところのたぶんある場所をピックアップしてそういうふうに使っていくっていうところがどうしてもあのデューティーというか取らなきゃいけなかったんだろうなっていうのはわかるんですけど、あんまりそのセリちょっと共感ができないんですよね。難しいんですが。
そうだからめちゃくちゃ応援したいんですけど入れ込んで応援ができないというか、気がついたら勝手に彼らのなんかいいとこエピソードが積み重なってるし、でもそのエピソード僕ら知らないしみたいな。
そうなんですよ、惜しいんですよ。
なんか内容とか題材とかめっちゃ好きそうやなって聞いてて思ってたんですけど、それ聞くとちょっとあーってなっちゃいますね。
そう、なんかね、そのつくみ立て方次第ではもうちょっとなんとかなったんじゃないかなっていうのがすごい引っかかる感じの作品にはなってしまっていて、映像の絵作りとか表現とかはめっちゃいいのに、もう少しこのなんとかな、この脚本の構築がもっとしっかりできていればっていうちょっと悔しい思いをしたというか、はがよい思いをしながら劇場アートにしましたね。
いやー、行こうか迷ってたんですよね。ちょっと決め手がなくて見に行くとこまで至らなかったんですけど、ちょっと残念ですね。なんか聞く限りだと。
そうなんですよ。なかなかね、なんか逆に脚本の側はある程度よくできてるけど、絵作り側とかってのも結構ある話かなと思うんですけど、そこの恋はね、絶対エピソード自体は悪くないし、そこを切り取るんだっていうところの一個一個のエピソードの質は非常に僕高いなと思ってて、まあ原作の方も結構評価が高い作品なのもあって、その人間の描く解像度みたいなところは非常に高いのはやっぱ評価したいなと思うんですけど。
いかんせんね、出す順番だけが問題でっていうところで、いやー映画って難しいなってすごい思いましたね。
あとその漫画っていう媒体で表現されるモブ的なものと実写で表現されるモブ的なものってどうしてもめちゃくちゃ差があると思うんですよね。
はい。
もう初めから役割を分けれるから、漫画だと。この人モブだなっていうキャラクターを主役にしてるっていう、ある種の逆張り的な発想じゃないですか、作品コンセプト自体が。
うん。
でもまあ実写って言っても、そこの絵的な差はそんなないわけだと思うんですよね。
うん。ないないですないです。なんならね、女優さんが演じてるからむしろこっちはよく見るというか、目立つっていうところはありますし。
あとその映画っていう、限られた時間の中で始まって終わる特別なものとして作られてるものと、連載漫画っていう連続して続いていって、ある種メリハリの無さ自体が意味を持ってる表現の仕方っていう差もあると思うんですよね。
うんうんうん。
あまりにこう意味がなさすぎることになりかねないみたいな、そういう難しさもあるんじゃないかなっていうのを聞く限り想像では考えてしまうかなっていうのはありますかね。
そうなんですよね。だからすごいゆっくり進んでるっていう意味では優しさはあるんですよ。成長のリアリティというか、本当にゆっくりちょっとずつ進んでいく映画なので、ある意味優しい、そういうふうに全ての人たちに、ある種、歩みの遅い人たちへの配慮みたいなものはめちゃくちゃある。
うんうんうん。
し、それを、あじみこその理由もしっかり描いてるから、そこには納得感はあるんですよ。
うん。
ただ一方でね、2時間これを見続けられると、ちょっとね、ちょっと思うとかあるぞっていう。
なるほどね。
まあでも、まあそうね、見てみたら意外とそこのゆっくりさが好きってなる可能性もありそうやなっていうのも。
そう、あのね、人に、いやでもこれ難しいね。人によるって言っちゃうと、なんか自分がちょっと辛い人に思えてくるから、なんかね、そこは認めたくないとかもあって。
そういうわけじゃないんですからね、別に。これが受け入れられなかったとして、この映画が面白くなかったとして、じゃあ自分はそういう、許容の狭い人間なのかって、そういうわけじゃないと思うんですけど。
そう、別に。
たぶんね、描きたい方向性は結構ぬいしゃべとかに近いのは間違いない。
ああ、やっぱちょっとそれはなんかニュアンスそんな感じなのかなと思いましたね。
でも逆にぬいしゃべは結構希少点決があったんだなって、もぶこの声を見ててむしろ思ったりはしましたね。
はい。
ああ、まあ確かにそうですね。
うん。ぬいぐるみとしゃべる人は優しい。
うん。
あっ、そうです、おっしゃる通り。すいません、略称で言ってしまいましたが。
ああ、そうでしたね。
結構あれ、起伏ありますからね、あの話以外に。
そうなんです、そうなんですよ。
なんかあと絵的なというか、そこの表現の仕方の結構バリエーションも細かいですし。
うんうん。
そう、意外とね、あれはあれで、ぬいぐるみとしゃべる人は優しいわ、起伏があったんだ、改めて思うけどっていうのをちょっと感じました。
っていう、はい、むしろこんな感じでございます。
東宝特撮映画:サンダ対ガイラ、バラゴン、海底軍艦
はい、僕はですね、今回のお題に合わせてちょっと本田石郎作品をおさらいかつ見てないやつを見ようと思って、
まず海底軍艦っていう、これは見たことあるやつなんですけど、
あとフランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラとフランケンシュタイン対地底怪獣バラゴンっていうのを見まして、
どれも結構テーマ的に通定しているものはあるんですけど、
多分テーマトークの方でそこは触れると思うので、そこは一旦置いといて、
映像的な部分とかを軸にちょっとしゃべってみようかなと思うんですけど、
まずフランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラなんですけど、
話が海からフランケンシュタインの怪物が来て人を襲って食べると、
それをどうにかしないといけないよねっていうので、
もともとフランケンシュタインの研究をしてた研究所みたいなのがあって、
そこから逃げ出したんじゃないかみたいな話になるんですけど、
そこからもともといたのはサンダっていう、人間を害さないフランケンシュタインなんですよね。
で、この本作の前作にフランケンシュタイン対地底怪獣バラゴンっていうのがあるので、
そっちでフランケンシュタインとは何ぞやみたいな話は触れてて、
それの姉妹作的な立ち位置なんで、
フランケンシュタインとは何かみたいなことを全く触れずに進んでいくんですよね。
もうフランケンシュタインってどういうものか知ってますよねみたいな、
そもそもフランケンシュタイン博士が作った怪物ガーみたいな、その説明ももう飛ばしてるんですよ。
もうずっと劇中でフランケンシュタインもフランケンシュタインって言い続けてるんですけど、
なんか日本にフランケンシュタインの研究してる研究所があって、
そこから逃げ出したサンダの細胞から分かれて、それが海に流れ着いて、
海でその1個体として大きくなったのがガイラっていうフランケンシュタインなんですね。
それが最終的に解決していくって話なんですけど、
その同質なものが分かれて、比較的に人間を害さない側と人間を害する側との対立みたいになっていくんですよ。
そこにドラマがあって、
あとこのガイラっていうのはもうなぜそこにいるかとか、なぜ人を襲うかとかっていう説明は特になく、
生きるために食べてるんだろうなみたいなのが察せるぐらいしかないんですよ。
なるほど。
ただ生きてるだけなんですけど、ただ人間を襲って社会に恐怖を満員させるし、
それによって人間から追い詰められて攻撃されていくんですよね。
それが不便で不便で、僕途中でサンダがガイラを助けるっていうシーン、
初めはサンダはガイラが人間を食べてるって知らないから仲間だと思って助けてくれるんですけど、
その直前まで人間によって滅ばされかけてるんですよ、ガイラが。
そのシーンがね、川に電流流したりとか、あとメーサー戦車で攻撃されるとかで、ガイラボッコボッコにやられてるんですよね。
容赦ない。
ガイラは生きてるだけなのに。
確かに。
川の中で電流浴びながらもだい苦しんで悲鳴上げるから、泣きそうになっちゃって、僕。
一方的にいじめられてるみたいになってるんですよ。
悪ではないのに。
存在としてどうしても人間を害してしまうんだけど、別に善悪とかない野生動物みたいなものなんですよ。
ただそれを人間社会が言ったらガッとボッコボコにしてって、ちょっと泣けてきちゃって。
一方のサンダも別に人間に優しくされたとかって、本当に研究所にいて逃げ出す前の一時期ちょっと人間に優しくされたぐらいなんですけど、
そのわずかな思い出によって人に優しくしてて、人間を食べるガイラはよくないみたいなので最終対決するんですけど、
なんかもう紙一重なんですよね、サンダとガイラって。
確かに、確かにそうですね。
なんかその境界線みたいなのがもうなんか切なくて。
本当にちょっとテーマ的にガス人間第1業につながる部分あるんですけど、
社会からはみ出してしまったものの被害みたいなのをやっぱり描けてるんですよね。
これはちょっとガス人間の方に通じる部分なので、後で掘り下げようと思うんですけど、あと特撮的に面白くって、
まずあの東宝怪獣映画でおなじみのメーサー戦車ってあるじゃないですか。
はい、ありますね。
実はこのサンダ対ガイラが初登場らしくて。
へー。
そうなんですね。
そうなんだ。
そう、後のゴジラ映画とかで特に説明なく出てくるじゃないですか。
はい、そうですね。
え、自衛隊っていつの間にこんな装備をみたいなのがあるんじゃないですか。
思いますけどね、確かに。
実はこのサンダ対ガイラ、ゴジラシルじゃなくてサンダ対ガイラが初らしいんですよ、メーサー戦車って。
へー。
当時このメーザーっていう技術が発見された直後らしくて、
多分それに乗っかって、じゃあメーサー兵器作っちゃおうぜって言ってやったんだと思うんですけど。
いいですよね。
ただ別にこのサンダ対ガイラの中で、メーサー兵器側みたいなのを特別に扱うわけじゃなく、殺獣光線を用意しろみたいなのをぬるっと出てくるんですよ。
そこも全然説明がない。
そうなんです。
だからそれまでの怪獣映画って、初代ゴジラとかもそうですけど、戦車とかは現実の戦車なんですよね、基本的に。
だからそこに至るまでって比較的東宝自衛隊は現実的な兵器を使ってたんですけど、
急にメーサー戦車出てきて、ここからもうゴジラシリーズが続くに至って、どんどん群角が続くわけですよね。
空想群角がどんどんね。
それで平成になったらスーパーXとかキリュウとかが出てくるわけじゃないですか。
まあ確かに。
自衛隊のインフレの始まりですよね。
そこからか、なるほど。
超兵器が出てくる機運がここから始まってるんですよね。
じゃあこの映画がなかったらメカゴジラがなかったわけですね。
そうですね。
ここからなんやってテンション上がっちゃって。
あと特撮的にも結構見どころ多くて、ガイラが海から羽田空港に上がってくるってシーンがあるんですけど、
多分これってシンゴジラでゴジラが二足歩行できる形態になったタイミングで初めて上陸してくるところの絵のオマージュなんですよね、これ。
そうなのか。
多分。
確かに。
品川あたりから登ってきますから、まあ確かに羽田空港近くですよね。
その広い空間の中に二足歩行する怪獣が現れてて、多分あれシンゴジラのオマージュ元なんじゃないかなと思うんですよね。
見てるでしょうからね。
結構絵的にも面白くて、避難してる人間の後ろの方の背景に巨大な怪獣がゆっくり蠢いてるっていう、怪獣映画でよくある絵ってあると思うんですけど、
この三太大ガイラ、絵が面白いのが、後ろの方を移動している怪獣も素早いんですよね。
むしろ後ろの怪獣の方が素早くて、
だからその人間が避難して逃げ惑ってる遥か後ろの方を、結構人間が大股走りしてるようなスピード感で、ガイラがドタバタドタバタと移動してたりするんですよ。
より怖いっちゃより怖い。
怖いんですよ。巨大なものってゆっくり動くことでその巨大感を表現したりするところが、
むしろ後ろにいるものの方がスピード感がある動きしてるっていうのが結構怖くて。
ちょっとあれですね。進撃の巨人とかの怖さに近いかもしれないですね。
かもしれないですね。感覚近いですよ。めちゃくちゃガイラ早いし、手つかみで人間食べるから。
確かに確かに。
怖いんですよ。
怖い。
結構サンダー対ガイラ良くて、社会からはみ出してしまった異業の悲哀みたいなのもたっぷり詰まってて良かったですね。
フランケンシュタイン対地底怪獣バラグンもちょっとだけ触れたんですけど、これ多分サンダー対ガイラとほぼ話の軸は一緒なんですよね。
ただ大きく異なるのがサンダー対ガイラはフランケンシュタインって言ってるけどほぼ類人猿なんですよ。
なるほど。
こっちのフランケンシュタインは人間なんです。人間が巨大化していくっていう。
だからその社会から阻害されてる悲しみがより強いんですよ。
一方対決するバラグンっていうのがフランケンシュタインとかじゃなくてただ人を食べる怪獣なんですよね。
だからこれによってフランケンシュタインとバラグンが対になってないっていう弱さがあるんですよ。
フランケンシュタイン個体の悲劇性は人間であることでより強いんだけど、バラグンと対になってないからそこのドラマは弱まってるっていう一長一短があるっていう。
ある意味サンダー対ガイラによってそこは補強されてると思います。サンダーとガイラが対だから。
っていうちょっと違いはあるんですけど、あとフランケンシュタイン対地底怪獣バラグンの方は完全に人間の動きをするものと四足歩行の怪獣との戦いなんですよね。
バラグンって四足歩行か。
四足歩行なんですよ。これって多分ウルトラマンの元だと思います。
確かに。
戦い方がウルトラマンの戦い方するんですよ。
だから多分ウルトラマンがウルトラマンの多分1年か2年ぐらい前なんですよね。ほぼ同時ぐらいなんですけど、この映画が65年で確かでウルトラマンが66か67年だから数年前なんですよね。フランケンシュタイン対地底怪獣バラグンが。
ウルトラマンの格闘シーンのイメージソースになってると思います。
人と怪獣戦わせるってこういう感覚でやるんだなっていうのをつかんだ元なんじゃないかなっていうのは。
だから怪獣に馬乗りになって殴るとかって結構ウルトラマンでもよくある絵かなっていうのがあるので、
多分ウルトラマンでどういうことをするかっていうののベースになってそうだなっていう気づきがありましたね。
これも特撮監督つぶらやえいじですもんね。
つぶらやえいじです。ずっとつぶらやえいじなんで。
結構ねあの本当に昔からねこの辺りの作品って怪獣図鑑では見てきたんですよ。
わかるー。見てないのに知ってたーっていうのがあって。
設定だけ知ってるんです。この辺り。
わかるー。わかるー。
でもようやく見て、あ、なるほどねっていう。
こことここってこう繋がるんだみたいなのがね、糸が繋がっていくみたいな感覚があってよかったですね。
確かにそのゴジラとかハマったとしても、初代ゴジラはギリ見るとして、それ以外の昭和怪獣、東宝特撮映画ってなかなか触手が伸びなかったな。
ちっちゃい頃とか特に。
そうですよね。
どうしてもねIPとしてこうわかりやすいウルトラマンとかゴジラはまだフックがあるんですけど、そうじゃないものってね。
メタルビデオ店で借りるかっていうとちょっと借りづらかったなーっていうのは思いますけど、ある意味配信ができていい時代になったなと思いますね。
東宝特撮見るってなったらまずゴジラ見ると思いますからね。何かと思われゴジラミントってなるし、スターがいないですからね。
そうですよね。
まあそうか。
ただまあその本田一四郎という文脈で見たときに、これらの作品って結構通天しているものがあるので、まあそういう意味でも良かったかなっていうのがありましたね。
はい。
てな感じです。
はい。
それではテーマトーク入っていきたいと思います。
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