はい、ではアサイの感想、マリオンさんいかがでしたでしょうか。
はい、えっと、僕も2回見ちゃったんですけど、
おお、すげえ。
というぐらい好きっていう感じでした。
もともとショーン・ベイカー好きとは言ってたんですけど、なんか最初でも見終わった時は、
え?そんな終わり方すんの?みたいな感じでした。
これまでのフルイタプロジェクトとレトロケットしか見てないんですけど、とはちょっと終わり方、ちょっとだいぶ違う出たので、ちょっと驚いたんですけど、
ただ、前までの2作で、ある種の飛躍というか、
込みで、ある種のそれがもうたとえ仮染めだったとしても、希望とかみたいなものを飛躍込みで描くみたいな人が、
結構ちんやしついた時間を用意してくれてることに、結構ちょっと感動しちゃうみたいなところがまずあったなっていうのがすごくありました。
もうなんか結構、この監督の作品の映画って、結構見てるだけで結構人の出てくる人が、なんかもう愛着湧いちゃうみたいな映画ばっかりだと思うんですけど、
なんかそれが結構極に来た感じというか、なんかもう個人、もうかなり思い出を持ってみんなのことを見てしまってる。
アノーラ含め、イヴァンも含めですけど、もうみんなのことがっていうふうにちょっと思っちゃってて、なんかもうちょっと、
うん、もう今すごい個人を見てるみたいな感じがすごい、この映画からして、僕ちょっともうそういうふうにしか今この映画のこと見れなくって、
本当にちょっとラストとかは、もうほんのちょっと難度感と悲痛さが入り混じって、もうとんでもない気持ちになってみたいなふうにちょっとなってしまいましたね、正直。
ちょっとまあ、いろいろこの映画ちょっと危うさもあるんですけど、もうちょっと今そんな距離感でちょっと身も見れてないな、自分っていうぐらいにはちょっと好きになってしまったなっていう感じです。
はい、大井さんいかがでしょうか。僕はですね、たぶんマリアさんの感想と逆なのかもしれないですけど、正面感は大好きだし、
本作というか、アカデミー賞の監督賞も作品賞も取れたことはめちゃくちゃ嬉しいんですよ。
めっちゃ嬉しかったし、あと映画見てる最中も結構楽しいなって思うシーンも多々あったにはあったんですけど、
まあ映画ラストまで見て終わってみると、なんかちょっと本作の飲み込みづらさみたいなものが、自分の中では受け入れがたくて、
うーん、なんていうんすかね、これを世間はどう捉えてるんだろうっていう心配の方が勝るというか。
なるほど、なるほど。
これって大丈夫なのかなっていう不安の方が勝っちゃったんですよ、どっちかっていうと。
まあたぶん配給の売り方というか、宣伝の仕方とかもかなりあるなと思うんですけどね。
だから作品自体の、特にラストの展開に関しては結構もちろん公開できれば議論をしたいなっていうのを自分は思ったんですけど、
パンフレットで吉田有利香さん、トラニスボさんなどの脚本家でおなじみの方ですけどね、
この方が書かれたエッセイが自分の中で一番この映画の表として一番しっくりきていて、
端的に言うとシンデレラストーリーって限界だよねって話を描いてるんだよなっていうふうに自分は捉えて見てます。
なので本作のラストはどちらかというとビターっていうかすごい絶望的なラストなんじゃないかなって僕自身は思って、今解釈してるという感じですね。
はい。僕はですね、まずこの作品喋るの難すぎるなと思ってます。
どう喋っても何か損するっていう感覚があってですね。
まずその正解がなさすぎる作品だし、あまりに当事者じゃない作品なんですよね。
それを何か一旦わかったこととして喋るっていうことのリスクみたいなものを僕今すごい感じていて、
ちょっとすげえ喋るのが怖いっていうのと、あとこの番組一応ちょっとだけ台本あって、みんなが喋ることの大まかな方向性だけ過剰書きしてるみたいな台本があるんですけど、
ここまで足並み揃ってないの久々やなって思ってて。 そうっすね。
確かに。 誰一人同じこと書いてないなって思ってて、これどこ向かうんかなっていう緊張感があります、今。
だいちゃんさんをゲストに迎えてちょっと申し訳ないですけど。 いやいやいや、とんでも解に呼んでしまったのではないかみたいな。
あれを思い出しました。おいさんが初めて参加したTAの回も、だいぶ足並み揃ってなくて。 あの時、あれ結構すごかったですよね。
壮絶でしたけどね、あれも。 ちょっとあれを思い出してるし、何を語っても損する感もTAを少し思い出すんですよね。
確かにな。 そうなんだよな。
でですね、ションデイクに関しては、僕フロリダプロジェクトぐらいしか見てないんですけど、ちょっと人から言われた意見が自分の中に残ってるのがあって、
そのセックスワーカーを描くことが多いじゃないですか。 そのセックスワーカーに寄り添った視点として作られているのこの映画って本当にフェアなのかっていう疑念があるっていうのを
人から言われたことがあって、 僕それすっごい残ってるんですよ。
で本作それをラストで出してきたなと思ったんですよね。 ラストね、めちゃくちゃ試されました本当に。
その寄り添った人間の立ち位置って本当にフェアだったんですかねっていうことを試されてるなって思って、
それは、このアノーラっていう作品を見に行こうとして見た僕らもそうだし、ションベーカー自身もそうなんじゃないかなと思ったんですよ。
ションベーカー自身であり、ションベーカー作品であり、ションベーカー作品を見る我々を試しているラストだったなぁと思って。
そこを語るのが僕は怖すぎます。
はい、っていう感じです。 はい、ではダイチャンさんいかがでしょうか。
はい、ありがとうございます。 まあすごい一番ずるい語り口で行こうかなと思うのが、やっぱ僕は本当にあのやっぱ映像の仕掛け的なところというかやっぱ外側の技術的なところやっぱり映画見るのやっぱ好きだなと思うので
やっぱションベーカーすごいなっていうのはやっぱりすごく思わされるっていうのがあって、でも本当にこう今、なんていうんですかね、この早い
さっき言ってたロズとかの語りのあまりの効率の良さとかとはまた別のハイテンポな、いわゆるスクリューボールコメディ、スラップスティックコメディって言われると思うんですけど
っていう映画を、なかなかこれができる人ってのはそういないんじゃないかなっていうところはすごく、僕もそういう感情、あらゆる感情がバーって爆発していくっていうタイプの映画はすごく好きなので
前提としてやっぱすごく大好きな映画になったっていうのと、あと僕はすごいあのちょっとまどろっこしい言い方になりますけど浜口隆介監督が敬愛しているダグラスサークっていう監督
アメリカの監督が昔こうモーションするピクチャーにこそエモーションが宿るみたいな感じのことを言ってて
なんでこの映画って本当にすごい動き回ってると思うんですよね で相当俳優にも負荷がかかって体力も使うだろうし見る側にもすごいこう体力を凄い消耗されるので
マリオンさん2回見たのすごいなーって思ったりするぐらいには本当に持っていかれるものがあるなぁと思うんですけどでもこれをこう
ままずなんかもう本当にさっきおっしゃったように本当そのテーマの深淵みたいなところに触れようとするとなんか怪我しちゃいそうなっていう恐れもありながらもでもやっぱまずこれを成り立たせてちゃんと
まあ一旦カッコつきですけど面白い映画にしたっていうのは相当すごいことだなというふうには思い ますしあの
70年代のアメリカ映画ってところがルーツになってるっていうのはあってまぁ直接的なあの 影響もととは重なってないですけど僕はあの
それこそまた浜口監督が好きな監督のジョン・カサビティスの映画とかを思い起こすような感じがあって その人もインディーズインディベンデント映画の父みたいなこと言われてるのでやっぱそこら
辺のこうなんかやっぱ僕もまあすごい野良な感じですけどなんか自分たちの体勢でこう 自分たちが面白いものを作ろうとする人たちっていうところも見ていてこう活力を
あの得られ与えられるというかまあそんなにいやこれはさすがに分かっているといいよか あれですけどそんな無邪気に元気をもらいましたとかって言っていい映画なのかっていうの
相当 危ういんですけどでもやっぱそのクリエイティブな面で相当力をもらえる映画やなぁというのは
そう思いましたねって感じです はい
ではですねお便り5ついただいてますので紹介させていただきます オイスさんお願いします
はい トイ・サオシさんからいただきました
アノーラ 若さが炸裂する約10日間のスケッチ的切りつなぎと 引きこもごもな一夜のキャラバンの対比が鮮やかであればあるほど
気着点への飛躍が大きくなります 要するに映画の速さそのものを変調させることによって思いもやらなかった考えに
たどり着くのがショーン・ベイカーの作風だと 過去作も振り返って感じました
その結果別の映画が途中で始まるような感覚に陥ります この不可逆な転調がはらむ必然性
そのスタートはバーニャの家での長回し 室内で集う人物たちの運動が30分に渡り描かれる様は
カサペテスの幻影をどこか想起させます すべての中心にアニーがいます
彼女の激しい動性が作品の駆動力となりますが その老いたちや内面は他者を堅くなり拒む壁に囲まれている
イゴールを含む3人の男たちとの関係においてもその壁は変わらない 奇妙な連帯の中にあってなお彼女は一貫して思いやりのやり取りから距離を取る
その姿勢は職業意識の現れかそれとも別の痛みをはらんでいるのか 観客は押し量る他ないですが彼女の操業されたパーソナルなあり方には
芸能念を抱かずにはいられません 油断ですが社会保障を求めたセックスワーカーの訴えを雇用側が一生に付す場面は本作のスタンスを象徴しているようには思えました
最後の一つ質問です 本作は下半身を意図的に映さぬクロースショットが中心でもあるにも関わらず
人物間の距離はむしろ鮮明に適切に表現し得ています それは何に起因すると考えますか
はいありがとうございます ありがとうございまーす
この質問むずすぎないですか いやー僕これはぜひはいはいと答えたいなっていうふうに思うぐらいなんですけど
ぜひ答えてください もう僕らこれ答えられないなと思って懸命にやってる
いやでも本当に僕これあの位置関係の演出が相当に秀逸やなーって思っていて あの一応もう物語の革新的なあれに触れる感じだと思うんですけど
アノーラとイゴールの関係性っていうところが結構これ全部位置関係によって示されてるなって思います
最初にこうあのドタバタ劇の始まりのところではやっぱ2人が接近するっていうところがあの アノーラからするとやっぱそれが暴力に発展していって
でまぁそのとだいぶその2人の認識の行き違いっていうところが まぁこれやっぱ男女の認識の差っていうところになってるのがまぁあの
振り返ってみるとこうなかなか批評的だなと思ったりするんですけど まぁまず一番最初に接近している2人が全く相入れていない存在っていうところで
そっからこうあのズッコケ3人組との鎮動中が始まるんですけど アノーラは一番後ろの方を歩いてるっていうところが赤いスカーフからイゴールと
アノーラの位置関係が逆転するんですよね なので言ったらこう
自分を襲ってきたと思っている相手に対して背中を開け渡すっていうことは これってまぁほんと口では言いつつも無意識的にはどこかこの人はちょっと違うっていうのも
あのどこまで意識してるかわかんないですけど無意識にその現れになっているっていう ところがすごくさりげなく描かれているとで途中から車に座ってる位置も
後部座席だったのが助手席になってイゴールが後ろにいるっていうような存在になって てで飛行機に乗る前もあのアノーラが前にいてイゴールが後ろにいる
でイゴールの方には光が当たっているっていう構図になっててっていうのが最終的に 2人横並びになっていくんですよ飛行機の中になってで車の中でも
助手席と運転席と助手席の横並びの関係になって 最後またこう2人が接近するっていうところでそこからまた
こういろんな感情が悩まずになるってところなので なんか本当にドタバタ劇に見えてこの2人の高位置関係見るだけで相当筋が通った
ドラマになっているっていうのを 感じてあのやっぱその映画ってなんかなんていうのかななんか誰が誰を見て
いてなんでそれで言うとあの イバンは全くアノーラのことを見ていないわけじゃないですか
話してる時もずっとゲームをバーってあったりとかっていうところで でやっぱりゴールはアノーラを見ているっていうところが最初から示されたりとか
しれっとこうアノーラが一人でいるところにイゴールがスって入ってくる2人 フレームにしてくれて2人2ショットになるシーンがちょいちょい挟まれたりとかっていうところで
まぁちょっと彼だけは微妙に違うっていうところが最後 もう1回2人の出会いと同じようなシチュエーションになるのがそれがすごいこう
あれがまあもっと複雑なまあ危うさでもありつつ なんていうかこうすごいこの相当に複雑で曖昧な問いかけになってるってところもすごいなぁと思うん
ですけど これはもう間違いなく意図的にやってるんだろうなーっていうか
っていうのを思いましたねでも本当にこのカサベテスとかにも言及されていてあの是非あの このお便りくれた方とお近づきになりたいな
お話したいなっていうくらいなあれでしたなっていうような僕はそういうふうに捉えてる って感じですね
なるほどなるほど いやーなるほどなぁ
全くこう見てる時はそんなめっちゃ意識してないんですけどやっぱなんか言われてみればそうかみたいな 今の説明を聞いて位置とか最初からこう自然がどう
あのらに向けられてたかみたいな確かにそういう丁寧に振ってたあの 描いてたっていうのは確かにそうだなというふうにすごい思いました
なんかそれでいうとあの速さの転調っていうところでもなんかこれくしくもあの僕の シネロンの方で話したオールドジョイのジャンプカットの下りともちょっと通ずるところがあるなと思って
結構ブツブツに編集切っていくじゃないですか で結構あのイバンの家って鏡がすごく多かったりとか
あと2人が結婚した後のこうなんかショッピングモールのなんかわかんないですけど 天井にはLEDで作られた花火みたいなっていうので結構虚構性というか
断片と虚構っていうところがあの3人組と一緒になってからはこうちゃんとこう カット割りかあの編集がもうちょっと丁寧になっていってしまうというかなんというかっていう
ところのリアルと虚構っていうような感じのところの対比っていうのすごく表現として あのうまくいっていってまあそれは編集所を取るわなっていうのすごく思ったり
しましたねしかもこれを監督も自分でやってるって言えば いやすげーなっていうふうに思ったりするっていうような感じですね
確かに前半と後半その絵の撮り方がちょっと違うよなっていうのは見てて思ったことで 前半って結構後ろの背景にもフォーカスが合ってるというか
その全体的にフォーカスがなんていうかな 背景も含めてしっかりピントが合った状態で描かれるから逆に安っぽく見えるんですよね
まさにそのスマホのカメラで全部にピントが合ってるような状態というか なんかその感覚があるんだけど後半にその
夜のニューヨークを全員あの振動してさまよってるところっていうのは結構 ピントがすごい近くて顔に合っていて後ろはぼやけてるっていう感じの
ピントになってるところとかがあって なんかショーンベイカーって地獄になればなるほど美しいって僕は勝手に思ってるんですよ
いやーわかるわかるわかるわかる フロリダプロジェクトとかもそうですよね確かにな
本作でもそこはショーンベイカー節だなってすごい思ったとこではないですかね確かに 確かに
なんかすっげー浅いレベルの言葉に言い換えたいんですけど 前半が何かショート動画みたいな感じで後半が70年代のフィルム映画みたいな感じになってる
なっていう時間的なコントロールの仕方もそうだなっていう感じはありますかね 確かに確かに
そうですねなんか上げ上げ感があればあるほどなんかすっごい映画っぽくないというかなんかあの ちょっとなんか軽く見えるのってちょっとアプレンティスとかもちょっと思い出すんですけど
あれも時代どんどん油が乗ってくれば乗るほどどんどん映像的にしょぼく感じるみたいな みたいな
のにもちょっと近いですね そうですねなんか軽さとか安さとかっていうところで言うとあのイバンの最初に出会って
あのベッドに至るシーンのあの 身のこなしの軽やかさっていうところがすごいですよね
あんな綺麗な後ろ回り初めて見たかもっていうか なんかそれがちゃんとこう性格がそのままあの軽薄さっていうところに現れてるっていう
ところもなんか僕が手前見そうですけどさっき言った 動くものにこそ感情が宿るっていうのをちゃんとちゃんと手がやっていてなんか面白い
なぁとで結局やっぱあのまあすごい まあいろんな複雑なアイデンティティというか
今も今なりの限界点っていうところがありつつもでもやっぱ彼は成長しないというか分かり合い ないんだなぁというところがすごい切ない映画でもあるなと思うんですけど
な思いましたね 今日だいちゃんさんがいてくれて本当に良かったって言って
はっはっは いやいやいや
我々3人だけだったまずえっと苦労ショットって何やったっけ ないといけないそんなことはないレベルでしたよねもう本当にやばいだって思った
結構僕が好きな映画との連なりっていうのがまあそれこそイバンって結構あの子は 貴族の甲羅剣豪をやってた役柄とかもちょっと思い出したりとかっていうのがあったりで
なんかすごいあの子は貴族を舞台変えてめっちゃ派手にしたらこんな感じになるのかなー っていうような
のを思ったりしましたね そうですねまあ
ずっとショーンベイカーってある種格素な話をずっとしている人でもありますよね 本当に一番上の人と結構下の方の人みたいなのの会合という意味では
ほんとちょっとあの子は貴族っぽいかもしれない まあとんでもないことになりますけどアノーラの場合はって言う本当に
っていう いやーもうちょっとあの
イバンのあの人生の定年に満ちた感じというか っていうのはまあ彼も彼なりにっていうまあでもにしてももうちょっと身の振り方あるだろう
と思うんですけど彼なりのっていうところやっぱすごい切ないなーっていうのと まあでも本当に絶妙なキャスティングですよねロシアのティモシーシャラメって言われているらしい
ですけど ちょっと似てるなと思いましたみてですよね
もうあとやっぱりキャスティングという意味では あのアルメニア系のチンピラ3人さチンピラって言ったらですけど
3人集ですよね 最高ですよねもうあのお前んち行くぞあたりからのがなり合いのシーンから大爆笑
だったじゃないですかみたいなそうですよね 最初どんな怖い奴が来るのかと思いきやっていう
いやもういいんですよねもうほんとあの人が本当に不謹慎でも汚いワード言えば言うほど なんか笑けてくるみたいな感じだったな今回は特にみたいな
トロスがね喚くとか最高に楽しいんだよなとか思っちゃうとかするし
なんかもう中間管理職の飛合いみたいなものしか感じませんでしたけど そうなんですねもう
しかもねわざわざあの多分ね彼多分そのコミュニティの中でも結構上の方というか まあ多分ちょっとあの宗教ちょっとあれわかんないですけど東方聖教
ロシア聖教的な感じですよねの司祭じゃないけどそういうのやってるそれ すごいあの洗礼式とかでそれあれ
あれの途中抜け出さなきゃ抜け出しちゃうみたいなレベル 横戸のことですよねあれ
もうあの辺からだいぶドタバタしててもうちょっと笑けてくるというかもう あのシチュエーション最悪だなーっていう
あの電話かかってくる時にその電話越しの母親の消えてる声がうっさり聞こえるあたりも 面倒くさいことになったならどうやらっていう本当にもうなんでみたいな感じですよね
本当にあの後あれの埋め合わせどうやってするかとか考えるだけでうんざりしますよね 本当に
本当意外ていう感じですよね あの翌日はトロスにとっては多分地獄だと思うんですよねそうですよね
後始末が
もうこのままお便りからシームレスに我々からトピック出していこうと思うんですけども なんかまずここみたいなのありますか
確信に触れそうになるからちょっと どうやって脇に揃えようかっていう
まずちょっとジャブじゃないですか
いやでもなんだろうなでもなんて言うんですかね もう見ててめっちゃショーンベイカーにコントロールされてるなって思ったんですよ
見てる時のこう感情というかその楽しみ方をしっかりなんかがっちりなんか掴んで
もうこっから絶対もうあの集中力途切れさせないからってレベルでずっとジェットコースターみたいなことした後に最後あの
うわそんな終わり方するみたいな完全にちょっとその観客の気持ちのなんというか波をめっちゃコントロールしてきてるな今回はっていうぐらい
結構ポップだしめっちゃこう 映画っぽいというか
前にさっきちょっとドキュメンタリックでもあったからちょっとだけね 今回よりちょっと作品として結構しっかりやるぞみたいな
って感じはちょっと受けたなーっていうのがありましたね そこちょっと僕逆に前に作の方が好きだったんだなって思っちゃったところであって
あーちょっとその今回のが作為的という感じ そうなんすよなんかショーンベイカーにしてはちょっとやりすぎてないかなって思っちゃうところも
少しあったんですよねやっぱ期待しているものとしてはその 何だろうあのリアリズムをちょっと期待してた自分がいて
もちろんリアリズムがないかって言ったらそんなことはないんですけどやっぱりよりこう なんだろうなお話というかしっかりとプロットがあるストーリーがある
映画に出来上がっているじゃないですか 今回はそうですね
なんかよりもう少しこう無作為な部分みたいなものを見てみたかったなっていうところも ちょっとあったりはしました
割とちょいちょいそういった面ではアドリブとかっていうのもちょっといい具合に取り入れたり とかしているみたいですよね
うんらしいですよね それこそイヴァンのあの宙返りとかも勝手にやり始めたのかわかんないですけど
のあの まあ多分あれラスベガスの多分ショッピングウォールとかのLEDの花火
虚構の花火じゃないですか偽りですよみたいな こんなあるわけないやんみたいなのの象徴ですけど
けどあの時の高揚感はマジじゃんみたいなそういう意味では対比は絶対あるなぁと思ってて ちょっと違うやり方で対比は出してるなぁと思ったんですよ
結構もうだから結構その本当にそのキャラクターとか その時の感情がどうだったかの方に結構今回フォーカスしているなっていう
っていうのはすごいあったなぁというのはあったので ちょっとまあ経路は違うのは確かにそうだなと
いやー 今聞いててちょっと思ったんですけど僕フロリダプロジェクトしか見てないんでちょっとあのきっちり
話に乗れてるかわかんないんですけどやっぱそのさっきおっしゃれてたように背景に めちゃくちゃシビアな現実があってただ映像の中で起きていることはなんかすごい
なんというか豊かなことだったりしてるっていうのをあれって映画の力で成し遂げて たと思うんですよねだから現実ってもあってそれをフィクションが通して一つの
おとぎ話にできているものみたいな感じだったと思うんですけど 本作アノーラの世界ってそのおとぎ話を作るっていうことがあの世界の中に内包して
いる感じがするなと思ったんですよね話聞いてて だからさっきのその花火がモニターに移ってっていうあれって例えばその
フロリダプロジェクトのラストであったような シビアな現実の中に魔法を起こすようなことがまああれって映画が成し遂げてたじゃない
ですか でもこのアノーラの中ではそれはあの世界の中にできちゃってるんですよね
そうですね確かにそれはその現実のシビアさをそもそも 追い隠すためにもうフィクションは現実の中で利用されてるって感じ
なんじゃないかなと思うんですよで僕なんかその感じをすごい覚えたのがあの ラスレガスでドライブスルーのチャペルで結婚式するじゃないですか
はいあれびっくりしてドライブスルーなのっていう あんなインスタントに結婚式できるんだっていう
あれってなんかものすごいなんかそういったことの象徴的なことだなぁと思ってそういう 生涯を誓って添い遂げるような儀式を行うための場がそういうインスタントなものとして
用意されてて今この瞬間やっていいですよって言う でもあれがあるってことはみんながそれやるってことじゃないですか
別にそれってだからアノーラとイバンに限らずたくさんの人がああいうことをするために あのシリーズがあるわけでしょそのフィクションが用意されてるわけですよ
むちゃくちゃなことなのにそのものすごい不均衡ですよねあれ でもその不均衡の中で全然対等じゃないけど何かそこに対等な関係性があるような魔法を
見せるための嘘を語る場が用意されてるっていうのが むちゃくちゃ怖いなぁと思ってこの人たちこんなこと平然とやってるんやーみたいな
いやーそうですよね いや僕今年たまたまそのダグラスサークって監督の特集場へ見に行く機会が渋谷の方であって
で突然の花婿っていうあの映画を見たんですけどまあそれこそラスベガスであの戦争 から帰ってきてる間にもうどうしても
もう好きだからっていうのでもう今から結婚しようって言ってラスベガスの結婚式場で あの次あの5分で誓ってくださいねみたいな次のお客さん控えてるんだよ
みたいなそういうまあそれはもう ホメディとしてやってるんですけどそれがもう70年前ぐらいの映画にすでに描写されて
たので割とその文化っていうのはまあそれはだいぶあの魯迫的にやってると思うんです けどやっぱラスベガスはあるらしいですねたパンフレットにもそんな感じの
ことを書いてましたねですよねあったりとかで 書いてあったのはあれですねブリトリースピアズも結婚して
そこで言われたみたいな話がありました 村山さんが書いてたやつ
そうそう書いてましたけど結構確かに僕も何の映画で見たか覚えてないけどああいう 結婚式場というか
のがあるのは知ってたのでなんか でもなんかラスベガスってほんとマジでやけっぱちになってああいう勢いでやる人たくさんいるん
やろうなぁと思って なんかあの場の雰囲気がそうさせるんだろうなぁみたいなのは
思った だからもうそのラスベガスという街自体がそもそもフィクションであり
そうそうそう者の中にいるんだからハッピーエンドを迎えなきゃって気持ちになっ ちゃうのかもしれないですよね
そうそういうもう虚構というかもうだってもうねラスベガスで偽物の何かしか揃 ってないじゃないですか
カジノの偽物のエッフェル塔と偽物の自由の女神と偽物のピラミッドとかみたいな ところじゃないですかその本当にあのもちろんかけてはいるんだけど
コイン自体がそもそも偽物の通貨でカジノをするわけじゃないですか
確かにそう捉えとちょっと映画的な空間というか 虚実ない混ぜというかっていう
そうですねでその兄の職業ストリップダンサーってもの自体がフィクションを見せるもの だし実際今に対してそのフィクションとしての恋愛関係をやってたわけじゃないですか
でそれが一瞬現実になっちゃうわけですよねインスタントな結婚によって でそれが現実になったことによってそこから現実が正体を表しちゃうわけですよね
でそこから映画のテンションが変わってもうなんか傷口に塩を塗り込むような時間が 増えていくじゃないですかそこから
あそこまでなんかもうティックトックの映像がずっと続いているみたいなテンションだったのに あそこからなんか70年代のすり切れた映画の話がずっと続いていくから
ここからが現実フィクションが終わって結婚して現実ってなったら 現実ってこっちだみたいな感じになるなっていうのがあって
なんかそこがちょっとまあそのもしかしたら過去作との違いなのかなって フィクション性そのものを映画が内側に持ってるから
その現実をそのフィクションからはみ出してしまって現実に戻されるっていうことを 映画の中でやってるみたいな話だったのかなっていうにも見えるかなと思って
だから割とそのショーン・ベイカーが逆にその 現実しか見せない絵作りになるのって結構珍しい気はちょっとして
両方領域的なものを描いている作家だなっていう気がしてたからこそ もちろん絵はめちゃくちゃ美しいんですけどね
そこで描かれるマンハッタンとかあとはブルックリンの背景はすごく美しいんだけど
でもそこは基本的には真夜中でその抜けてなくてっていう絵で基本的に続いていくっていうのは
なんか逆にその現実の方に焦点が当たってる そこだけに焦点を当てて描いてるっていうのは確かに神境地って言われてるのはなんか理解できるなって気はしました
今までこう 渾然一体として描いてたものを前後に分けたみたいな
本当そうだと思いますね 完全にそこは相入れないものというか
全然別物として同じところに入り込む余地もないぐらいの断絶があったりっていうことなのかなとは
本当にあの電車の音がやかましいあの兄の家とっていうところとゴージャスな要塞のようなお家っていうところは
もう渾然一体になりようがそもそもないよねっていうところの厳しい現実っていうのはありつつも
でもやっぱこうフィクションっていう体裁をもってストーリー 筋立てをもってこう
本当はいない兄アノーラっていう存在を我々観客は実際にいるものとして感じられて
実際にある現実にある感情よりももっと複雑な感情というのをフィクションによって成し遂げてるっていうのは
本当にすごいことやなぁと思うしよりもっと映画としては難しいことをやりきったっていうような
なんかかっこいい絵で誤魔化さずにより誠実に描いたってことなのかなと今話聞きながら思ったりはしましたね
なんかそういう意味でずっとなんか感情が全部ないまぜの複雑なまま全部描かれてるなぁと思ったんですよね
それこそあのチンピラ二人組が来てアノーラが大暴れするみたいなシーンも大爆笑しつつもめっちゃ怖いことだよねみたいなのが提示もされてるみたいな
だからめっちゃなんかすごい複雑なまま出してるっていうのが今回ずっとそれは続いてるなと思って
そこがやっぱ結構そこままラストというかラストもあるし複雑なまま終わっていくとかに含めて
いやちょっとやばいなこれすごいぞみたいないう風にはすごい思いましたね
あそこのアノーラを兄を縛ってっていうところのシーンって結構見てる間はまあ本当にもう素直に言うのもちょっとあれだぐらいなんですけど
結構ゲラゲラ笑っちゃったりはしていたんですけど
いやでも本当になんかいろいろ見終わって考えたりとかこういう技術的なこと語って誤魔化してますけど
あの時笑っていた自分ってあの終盤でお母さんと兄のやり取りを見てゲラゲラ笑ってた親父とそう変わんないのかなと思ったりとか
色々感じてきたりとかちょっといたたまれない気にもなったりっていうような
あの親父のロアクス性すごいですからね
ただマジであの笑い方面白すぎで笑っちゃうんですけど
本当はそれもそうなんですよね釣られ笑いというか
ただ本当にだってあいつに1ミリもダメージないですもんねって思って
もうあんなに今目の前でめちゃくちゃ釣れ大変だって思いしてるのはあんなゲラゲラ笑えるってレベルなんで
まあ本当ひでえやつだなって思いましたし
確かに映画を見て笑ってる観客ってそこと何が違うんだいっていう
特別はありますもんねスクリーンの向こうと観客席っていうところは
あとちょっとこれ妄想なんですけど
なんであいつあんなに笑ってんのかなって思った時に
これも僕の妄想なんですけど
奥さんも実は結構そういうセックスワーカー寄りの仕事しててそっから奥さんになった人やったりするんかなと思って
なるほどね
なんかお前も一緒やんみたいな感じで笑ってんのかなみたいな風にちょっと
これもう妄想なんで
いわゆるプロフィーワイフみたいな
だったんじゃないかなみたいな風に思ったりとかして
でもこうやって考えたらこいつほんと嫌なやつだなみたいに思ったりもするんですけど
これはもう妄想なんですけど僕の
そこに常時というとこれ僕の話ではないんですけど
だいたい映画を僕は妻と見に行くことが多いんですけど
妻の話で言うと
なんか俺も昔はこうやって
会社の責任者とかそういう立ち位置になるまではこう
イヴァンみたいに無責任に遊んだりしとったなみたいな
っていうことの
そんな感じで笑ってんのかなみたいな
やってるやってるみたいなってことなのかなみたいに言ってて
なるほどなと思ったりっていうのがあったりで
あの映画であの笑い方ってあんま見ないですよね
壺笑いみたいな
あんなゲラゲラ笑うかねみたいな
尊厳もヘッタクレもないなと思ったりはしますけどね
まあまあ今になってこうやって神業の面持ちでいったりしますけど
いやでも全然自分それすらも見て笑ってたけどなーっていうのも
それこそ今感情がないまぜになったりっていう感じなんですけどね
だからとことん持たざるものは消費されるしかないのかっていう
ところだなっていうのはすごい思って
まさに笑われてるのも消費だし
悲劇として見られてるのも消費だし
それはまさにそのショーンウェイカー作品を
どういう何を求めて見に行ってるかっていうところにも
まさに突きつけられてるテーマだと思うんですけど
僕たちはそのいわゆる社会の格差っていうのがあって
その下の人たちのことを消費してないかっていう
ショーンウェイカー作品ってそのギリギリのバランスで確かにこれまで描かれていて
そこを芸術性で確かに補ってるように見えてたんだと思うんですけど
あえて今回そのベールを剥がしてるわけじゃないですか
それからこそなんかすごい突きつけられるものがあったし
ちょっとだけあの映画の話から飛びますけど
ザ・ノンフィクション苦手なんですよ僕
それはなぜかって言ったらザ・ノンフィクションって結構消費的に描くからだなって思っていて
その人生があることは確かに事実としていいし
知見を学ぶことは大切なのかもしれないんだけど
明らかにあの番組って悲劇として消費してるように僕は思えるんですよ
あの描き方って
だからいつも見ててうんって思ってしまうんですけど
なんか今回作はすごいそれに近い独語感というか感傷語感を感じたからこそ
大丈夫かなって思うというか
その絶賛してる人たちの絶賛の中身って大丈夫なのかなって
不安の方が勝っちゃうんですよ
いやまあでも本当にそれ私に言ってるってことですか
いやいやいや
もう結構身に染みるところもあいつっていう感じですけど
多分140字っていう限界が絶対あるのは間違いないんですよ
Xとかに関して言えば
140字の中でそんなこの複雑さなんて表現できないんだから
そりゃそうなんですけど
見てもらいたいのはもちろんそうなんですけど
でもなんかすごい表面的にそのアノーラのことを表現しちゃってるのを見た時に
なんかすごい不安の方が強くなっちゃって
なるほどね
難しいですよね
ほんとそのセックスワーカーっていう仕事の描き方っていうところも
映画の見せ方的にはアノーラも仕事として
誇りとまでは言わないにしても仕事としてきちんとやってるというか
自分でお客さんを捕まえてきて
ちゃんとお金の交渉とかそういうのもして
で結構お金の話がちゃんと出てきたりとか
リバントの成り行きでどうこうなっていくっていうのは
ちゃんとお金もきちんと明示した上で話が進んでいったりっていうようなところもあったりするので
決して兄は賢くないわけではないっていうところは
ありつつも結婚の無効化に対しても結構いろいろ弁護署を雇ったりとか
雇用側に対してちょっとはっきりセリフ忘れましたけど保険関係のこととか
いろいろ言ったりはしてたんですけど
でもそれをあまりにも簡単に苔にされてしまうっていうようなところなので
それを無邪気に強い女性兄は戦ったよねお疲れ様っていうのは
相当に見る側の感覚というかあれとしても相当危ういものも確かにあるのかなと思ったり
でもやっぱすごい映画っていうのは直感的に感じてるからそこは肯定したいと思いつつも
自分の楽しみ方っていいのかなっていうようないたたまれなさというか
本当に複雑な映画やなとすごく思うんですよねやっぱり
正直やっぱ兄が最初の用心棒とかが襲われてきた時も
正直客観的に見ればそういう性暴力ではないっていうところの背景とか客観的に見てるから
そんなに状況的に仕方ないにしてもそんなそういうワードまで言わないでもいいんじゃないって思いそうやけれども
でもやっぱそこに不均衡って必ずあるものやし
そこもギャグとして描いているってところもバランスの取り方としては相当綱渡りでやっているし
相当な作詞やなっていうのもショーン・ベイカーも思ったりするんですけど
でもやっぱ本当に考えれば考えるほどすごい大好きって言ってる自分はこれで良いのかっていうのも思いつつ
でも大好きっていう自分もちょっと言っちゃいますけど止めたくないなっていうところもありつつっていうような
やっぱすごいことはやってるからなっていう相当曖昧なものが自分の中にあるなっていうのはありますね
全然まとまってないんですけど
そうなんですよねこれも僕も確かにめっちゃ好きで
僕さっき大石さんが最初の感想のときに言ってたパンフレットの話で
吉田さんのレビューがすごい自分しっくりきたみたいな話があったと思うんですけど
逆に全然しっくりこなくて
へーそうなんですか
言ってることすごい分かるし全く間違ってないんですけど
今すごい大きい…なんていうんですかね
今個人として誰も人のこと見てないなってすごい思っちゃって
なるほどねはいはいはい
そうなんですよ確かにものすごいここのアノーラという作品の描き方とかって
ものすごい危ういと思いますし
Xで多分ちょっと話題になったと読んでたんですけど
実際にセックスワーカーである人がアノーラを見た批評みたいなやつとかも
翻訳してくださってる方いたので読んでもうほんとその通りだなって思った
その詩でもものすごい大切で僕も中でそれも
持った上であえて僕は好きだって言ってるんですけど
なんかでもそのときにすっげーなんかばっさりみんなのこと
今個人のことを切り捨てて語っちゃってる感がすごい淡い入れないなって思っちゃって
逆に僕戸田誠さんのレビューの方がすごいしっくりきたんですよね
なるほどなるほど
そっちの方がやっぱその結構個人というか
僕は最後のあのラストのシーンは本当に彼女のにとっての彼女というか
まあ彼ら二人だけのその時間において何をするかみたいな
で主導権はやっぱりある種彼女にあるものだなってすごい
いう風な捉え方をしているのがすごいそうだなって思って
なので確かにそうあのいろんな問題が結構横たわったまま勢いで持ってかれてる部分はあるけど
でも僕もちょっとこの映画の各キャラクター一人一人のことを
結構間近で見ちゃってるような感覚でしかも映画をこの映画を見れなくなっちゃってるので
なんかどうしてもなんかそんな言い方するんだみたいな風にすごい思っちゃったっていうのはあったんですよね
もちろん大切なんですけど
っていうくらいにはやっぱ寄り添いたくなっちゃうんですよね本当に
あのみんなそのそれぞれもうイヴァンですら僕はめちゃくちゃ寄り添いたくなっちゃうんですよ
いやまだわかりますけど
僕イヴァンにしろアノーラにしろもなんかすごい道が決まってる状態だなって思ったんですよ
イヴァンも多分やりたくない仕事に就かなきゃいけないっていう道がもう見えてるし
アノーラも勢いで結婚したらいいもののこの結婚がうまくいかねえだろって
どっか思ってる節すらあるというか
だからまぁしっきり確認するわけですけどなんかちょっとそれとなくね
両親と話したの?みたいな話とかするわけですけどっていう風に思って
なんかそこに対してもう本当に変えられないなかなか変えようがない話を
でなんかそこに対して泣く時間っていうのをあそこで設けたことって結構僕来るなって思って
なかなかそういう時間僕はなかったなって思ったんですよね
僕もちょっとどっちかっていうとイヴァンに近く実家の影を継ぐのか継がないのか問題という揺れた身としては
めちゃくちゃそこで対してのまずそこの現実決められた道に対して泣くみたいなことが僕は全然できなかった
だからアノーラにはあの時間が本当に必要だったし本当に素晴らしいことだなって思ってるし
イヴァンにはその時間が多分ないんだろうなって思うとまた辛いし
っていうことを思うとなんかもうもうもうもう感情がもうぐっちゃぐちゃになっちゃって
今もうちょっとそのちょっとやっぱその俯瞰した目で見れなくなっちゃってるっていうのが本当に正直な感想なんですよね
いやあのちょっとそれを話に乗っかりたいんですけど
あのまあプリンセスのおとぎまがしって女の子の描き方として良くないっていうのは最近よく言われるじゃないですか
お姫様になることだからお嫁さんになることだけが女の子の幸せじゃないみたいな意味でプリンセスストーリー
ちょっとまあ批評的な目で見られることってあると思うんですけど
僕そういうお姫様が出てくるおとぎ話において本当に人格が支障されてるのって王子様の側じゃねって思ってて
まあまあなるほど
王子様であることしか彼らのパーソナリティってないから
本当に空っぽにされてるの男側じゃねって思ってるんで
なんかそこでお互い様お互い様って言葉が暴力的な
だからその本作においてもやっぱりイヴァンも空虚だと思うんですよね
彼の空気さってすごいなと思って
なんかやっぱそこはね双方を描けてる話なんじゃないかなとは思ったんですけど
ちょっとキャラクター名前忘れましたけど
この家も父親のものでみたいな感じの兄に幕を立てるシーンで
あいつの部屋は地球儀か何か置いてる部屋だガキだからだ分かるかみたいなことを言ってるのが
いやでも本当にイヴァンのことをクソガキって意外に形容している人は誰もいないっていうのをちょっと今改めて思って
それこそイヴァンはドライブマイカー的な言い回しをすると正しく傷つく時間すら与えられずに
親父のようになっていくって考えると
そうなんですよねとか思うとまたうーんってなって
本当でも離婚届のサイン書くときあいつ目合わさなかったりするとき本当に最低だなって思ったんですけどね
サングラスかけましたから
サングラスまでかけやがってこいつって思いましたけどね
外してもかけましたからね
お互いそこら辺でそういった本当に何か傷つきたかったり傷ついてる時傷つきたいのを晒したい時とか
あと誰かに寄り添いたいって時の方法を知らないのかなとも思ったりもするんですよね
だからこそ兄はラストああいう行動に至ったのかなとも思ったりしたりするというか
そのアニーっていうセックスワーカーの主人公に対して寄り添ってこの作品を見ているけれども
本当に何か横島な感情ってないんですかっていう彼女を物語として消費しているあるいは性的なものとして消費している視点って本当にゼロなんですかって
言い切れるのかなっていうものに対する挑戦だと思ってあのラストは
それはション・ベイカー作品セックスワーカーを物語の頭上人物として描くことに対する挑戦だと思うんですよ
これを描くっていうことはそういう風に見れるんだぞっていう
そのこういう物語に理解のある自分として観客になったとしてもその視点で消費してるんだぞっていう
それを突きつけてくるラストだったなと思って
なんかそこがすごい僕は新作怖いなと思いました
よくこんな観客を刺し殺してくるようなことするなって僕は思って見てました僕はね
すごいなのか
同じ映画見たんだっけってくらいでどうしようって思って
いやーマジかって思って
いやでもまあおそらく僕もマリオンさんに近いんだろうなと思いつつでも結構おっしゃってることは結構わかるなっていうぐらいの
いやまあわかるんですよ
わかるんです
結構わかるなとは
わかるんですけどその解釈は全然間違ってないって思うんですけど
こんなに違えんだっていうことにびっくりしてるっていうか
でもやっぱり僕はあそこでお尻も確か触っててキスをするっていう選択に至ったっていうのを
やっぱ愛情とかそういうものとして解釈するのはやっぱりあまりにも男性側に都合が良すぎるのかなとも思ったりとか
でまあそれでこうまあそれに激しく後悔したりとかでも本当にこう抱き寄せていたわるっていうのってそれはまた難しいなーでもなんか難しいなーっていう感じのもずっとぐるぐるしてるっていうその感じですね
でも僕もまあ確かにどっちかっていうその何でもセックスかよみたいな考え方しがちな方ではあるんですけど
でも今回に関してはそんなこと何も思わんかったなーっていうのがあって
っていうのはやっぱりずっと彼女はずっとストリップダンサーというかセックスワーカーとしての振る舞いをずっとしてきたわけですよねやっぱり
対価を払ってもらって望み通りのものをやるっていうだから自分の本当の姿は一切見せないしみたいなことですよね
っていうことをやっててやっぱ最後あの結婚指輪みたいなのを持ってきてくれたというか
たぶんあれはやっぱ対価だとやっぱ与えてじゃあやらなきゃいけないんだみたいなノリで始めてそうなんですよねっていうところからの
けどイゴールはやっぱ普通に愛やるセックスだと思ってやってるみたいなそこのギャップに
やっぱりそのでも本当に最後の最後まで固くなりもうそのストリップダンサーとしてアニーという名前でやってた彼女は最後あそこで泣くことでアノーラになるじゃんっていうところじゃないですかみたいな
あの最後のほんと数秒で武装解除するからこの映画すげーんだって思っちゃってたのでずっと武装もうずっと鎧被ってるみたいな状態があそこでっていうのが
僕はすごい痛んだけどなっていうかその別にセックスしてもいいやみたいなというかそのいいやんというかその言葉が乱暴になっちゃうとあんまり良くないですけどその言い方
その対価を払ってするセックスじゃないセックスもあるよねっていうことを肯定してあげちゃダメかいここですごい終わってしまったなっていう
いやもうそこはあのそれはあると思いますただ僕はですよ僕はあれもうそういう寄り添ったってことに対価になってしまう
ラストすべてがそういう取引としてのものに落ちてしまうっていう絶望のラストとして捉えたんですよね
あれでハッピーとか思ってないですからねちなみにね一応あの絶望あの念のため言っときますけどあの後さよならバイバイの可能性全然普通にあるだろうって思ってますけど
たぶんそっちだろうって思ってますけどただあの一瞬ちょっとだけ何か分かり合えたような気がするって瞬間が僕は好きだけどなっていう
そういう瞬間こそ僕は映画見ててうんってなるけどなって思ってるから
分かりますよ
分かり合えたとあのシーン思うか分かり合えなかったと思うかっていうところなんですよねきっと
本当に一番ずるいスタンスなんですけどそんな良曲じゃないよまあ難しいなっていうところですよね
だからどっちも正解なんですよね
たぶんそもそもショーベイカーがその解釈は自由にしてくれっていうのを明言する点で
たぶんその両方が良議的に絡み合ってるラストではあると思うんですよねどちらとも読み解けるっていう
だから&感と悲痛さの同居っていうかあの場面本当に
分かり合えないっていうことを認識することがある意味分かり合うっていうことにもつながるのかなと思うんで
すごいバランスで入ってるなーってあんなバタバタした話からここに帰結するのかっていうのは
やっぱまあ僕としてやっぱり映画を見てまあなんか手前勝手だなと思いつつも
でもやっぱあのラストには可能性を見出したくなるなとは思いますやっぱあの
人の胸に寄りかかってるアニアノーラっていうのはやっぱまあなかったしなっていう
まあそこはやっぱ何かそのあのおめでたいわけではないにしろ何かしらの前向きさちょっとでも感じて感じたいなっていう感じですかね
なんかそうなんかそうですよね当然対価が何かしら求められる世界で無性なものをちょっと信じたっていいじゃないみたいな
感じなんですけどね僕の中ではちょっと
僕も完全な絶望のラストは終わってないですよ
やってますけどなんかうーんってなっちゃう
これはあれですすいません
むしろ多分そういうことを語るために今回のラジオがあると言ってもいいぐらいなので
だからなんか見る側として特に思うのはまさにさっき山口さんがおっしゃってて
イゴールが観客に重ねられてると解釈するなら
イゴールと幸せになってよかったねは本当にいいのかなってちょっと思うんですよ感想として
それって幸せなのかしらというか
いやそうですね
いやイゴールに観客を重ねたのは前段階からなんですよその合体で2人でタバコ吸ってるシーンで
わぁセックスしそうやべぇもう絶対やらといてって思いながら見てたんであそこ
僕はね僕はそういう風に見てたんでもうなんかセックスがゴールみたいな関係性じゃないものに
たどり着いてくれって僕は祈りながら見ててその後たどり着いたから
僕はアノーラが絶望したんじゃなくて僕が絶望したんですよあそこは
その感覚わかるかもしれないです確かに
おぉキスしたのかってなったらもうわからんやんみたいな
そうなったらもうどう感じたらいいかわからんくなるやんっていうところの
でもなんかは確かになんかそのセックスがゴールじゃない話好きですけど
いや今回だけは違うんすよみたいな
今回だけは違うんすよみたいな
まあでも人間の本能的なところも描いてる映画だからっていうのもありますよね
もう今まで言ってきたこと違うじゃねえかって言われてもいいのこれはみたいなのが僕はもうありますはい
あんことして
はいすいませんちょっと時間が来てしまいましたごめんなさい僕のタイミングリミットが来てしまったので
はいいやでもよかった本当にあの今回はみんなの意見が違ってよかったなと思いました
いや本当にそうですね
いや楽しかったです
はいではアノーラの話を終わっとこうかと思います
ではお知らせになります映画の話しさすぎるバー次回開催日は3月29日土曜日です
場所は大阪南森町週刊曲がり19時オープン23時クローズです
またこの番組ではお便りを募集しております
番組全体やトークテーマ作品向けてご自由にお送りくださいませ
バーの最新情報次回テーマはx曜日インスタグラムにて告知しております
各ご案内や番組説明文をご確認くださいませ
それでは映画の話しさすぎるラジオ第202回アノーラの回を終わりたいと思います
だいちゃんさん本当にありがとうございました
ありがとうございましためっちゃ楽しかったです
また何か機会があればご一緒できたらと思いますので参加よろしくお願いします
よろしくお願いいたしますありがとうございました
それではまたお会いしましょうさよなら
さよなら