1. ミスリル伊藤の喋って喋って60分!!
  2. 第百六十七回【ゲスト:せみや..
第百六十七回【ゲスト:せみやまさん(セミラジオ)その2】
2026-04-29 1:14:50

第百六十七回【ゲスト:せみやまさん(セミラジオ)その2】

前回に引き続き、「セミラジオ~生き物とサブカル~」のせみやまさんをゲストにお迎えして、喋ってます。普段は、互いに「一人語り」なポッドキャストをそれぞれ配信している二人ではありますが、それぞれポッドキャストについての思いや、作り方の違いなどから昔話まで、いろいろと喋ってます。


⁠★セミラジオ ~生き物とサブカル~⁠

↑ゲスト・せみやまさんのご出演番組


※番組コメント等は、#しゃべ6 でお願いします。

※メールからのお便りもお待ちしております。

※お寄せ頂いたコメントは、番組内で紹介する可能性があります。


お便りフォーム

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://forms.gle/qyLoBi5CanRUA7yy9⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠番組公式 Xアカウント⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/syabe6_podcast?s=11&t=sfoZQzs_14mZk_KJNvuewA⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠お便り用メールアドレス⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠syabe6@hotmail.com⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠











感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:15
お疲れ様です、たくです。今回はですね、前回に引き続いて、せみやまさんをゲストに迎えての2回目になります。
あとですね、3回目と4回目があるんで、あと残り2回なんですけど、今回はですね、冒頭ね、話の途中から入ってるんですけれども、
まあどういう話かっていうとね、僕もせみやまさんもね、そもそも一人喋りでそれぞれやってるんですけども、
まあ、せみやまさんの方も、これね、お互い喋ってた時にですね、たまたま複数人での収録をやったっていうことで、
で、僕もね、その前にBBブロスの川崎さんの収録を一緒にね、やらさせてもらったっていうので、
お互いにですね、やっぱり一人で喋ってる時の編集と、2人で喋るっていう時、ゲストを迎えしての喋りの編集って、
全くこう、なんて言うんですかね、勝手が違いますね、みたいな話から入っております。
で、まあその後ね、なんなんでしょうね、今回は、前回もね、ポッドキャストに関しては喋ってるんですけども、
今回もまたね、どうなんでしょうね、前はなんか、ポッドキャストに対する持論みたいな、精神論的なことを喋ってたとは思うんですけども、一部ね。
今回はね、作り方みたいなことを、お互いのね、まあそれぞれ、僕もせみやまさんも一人喋りではやってはいるんですけれども、
結局、制作スタイルというか収録スタイルというのが、全くなんか違うみたいで、お互いね、それをちょっと言い合って、
こう、えーっていうね、ちょっとびっくりしたりとかもしつつ、後半はですね、ゲームの話とかもね、ちょっとしておりますよ。
あと僕のね、こう、まあまあ、専門学校時代の同級生の話だったりとか、なんか結構僕がやっぱり喋ってるんですよね、すいません。
まあまあそんな感じで、あとね、エンディングでちょっと、まあね、今回のちょっと補足的な話もできたらなぁと思っておりますので、よかったら聞いてください。よろしくお願いします。
いや僕もね、めちゃくちゃ手間かかりましたもん。初めてね。
03:12
いやね、一人でやるのの、なんか倍以上時間かかりません。
僕、喋ったのを、あのーなんて言うんですかね、そんなに聞かないんですよ、その部分部分を。オーダーシティ上で聞かないんですよ。
どういうふうに編集されてるんですか?
僕ね、これ、ポッドキャストを適当に、適当にっていうか、まあ喋るじゃないですか。
喋って、まあ、喋ってる最中に、たとえば咳き込んだりとか、した部分はその場で止めるんですよ。止めて、咳き込んだ部分をその場でキュッと消して、また録音再開して、喋り続けるんですよね。
あ、その場でやるんですね。
あと、急に結構考え込む時とかあるじゃないですか。
ありますね。
カットしない時も結構あるんですけども、あれ何だったっけなーって言って、本当に時間かかる場合は、一回そこも一時停止して、ってやるんですけども、
それぐらいで、あとは、よし撮れたなーって思ったら、それをもう一回MP3に出録して、BGM打ちのっけてるんですけども、冒頭だけ大きい音からフェードアウトで音量下げるみたいな音楽をワントラックっていうか1曲分作っといて、
その後ろにね、冒頭からお尻まで全く同じ音域のゲインっていうんですか、同じボリュームの小さいやつをくっつけといたら、あとはそれをコピペしていっといたら、お尻まで行くじゃないですか。
それ合わせて、本編ここまでですみたいなところ付近で、またお尻の部分をボリュームを上げたファイルを作って、それでもう一回MP3ファイルとかに出録して、あとはそれを、僕は今ワンドライブかなんかに上げて、
それをiPhoneでダウンロードして、仕事中に聴いてて、これダメだなーとか適当に自分で思いながら、
あーそうやって聞き返して、
そうそうそう、で修正した方がいいかなーとか、
あーなるほどー、で後でそこを消したりとか、
そんな程度です。だからもうオンエアというか公開する前に何回も聞いてることが多くて、そうなんですよ。
だいたい途中で、これどうなんだろうなーって悩む時もやっぱりあるんですよ、多々あるんですよ。
06:02
ですけど、2回3回とか4回5回と聞いていくと、もういいかこれでって思っちゃったりしたら、
あとは数日経ってからオープニングとかエンディングの部分を勝手にまた喋ってやるから、
このエンディング、本編のことをただ単に繰り返し喋ってるだけじゃねーみたいなエンディングが多々あるのもそうなんですよね。
あーでもたくさんの番組の特徴というかは、エンディングがすごく長いというか、そこがまたいいですよね。
でそこからまた雑談が広がっていって、エンディングが結構本編ぐらいの長さの時もあるんじゃないかと思うんですけど。
本編超えてる時も多分あったんですよ。
エンディングとは?って考えたりしたんですけど。
そこがまた面白いですよね。
もともとね、やり始めの頃は何か主目だって言って、車の中で、何か今思い出すと、
iPhone片手にやり始めたところから何かいろんな安いマイク買って試行錯誤したりとか、
途中でね、車中収録と言って。
あーありましたね。
ありましたよね。聞かれてるから。よく聞かれたなーと思って。
あれなかなかの、そこそこ再生回数が適度にあるんでびっくりしてるんですけど。
あんな音質の悪いのでね、と思って。
でもそんなにやっぱり話してる内容だと思うので、全部聞きましたね。
ほんとですか?
あれがそうなんですよね。
簡単に言ったら、僕が帰宅の時って道空いてるんで、だいたい家まで20分ぐらいで着いちゃうんですよ。
これ3回足したら60分じゃね?って言って、
喋って喋って60分足せって思ってたんで。
なるほどなるほど。ちょうどいい尺だなーってことで。
だからね、どこかに自分の中で3パートっていう頭がその辺に植え付けられて。
なるほどなるほど。
で、スポティファイの、アンカーみたいなソフトあったじゃないですか。
アンカーがスポティファイのクリエイターとか言ってるね。
あれって、それでもう足したら1本できるなーみたいなところだったんで、
あの名残でね、エンディングと称して、とりあえずもう一発喋らなくちゃって思って、
なんとか引き延ばそうとしてる節があるんですよ。
それでそうか。三部構成みたいになってるんですね。
なるほど。
長い分にはね、僕はあれなんですよ。
もう番組中でも言ってるんですけど、聞く人のことあんまり考えてなくて、
09:03
なぜなら俺が聞きたいだけだからっていうのはひどいでしょ。
これもクリエイターではなくてただの暴君ですからね。自己前ですからね。
でもそれで僕やボンザイ忍者さんや他の人たちも楽しく聞かせてもらってますから、いいんですよそれで。
どうなんだろうなと思いながら、僕未だにね。
お叱りの言葉が来たら、聞き入れるのか聞き入れないのか僕もわかんないんですけど。
でもあれですよ、僕が長時間仕事中に片耳に、
よくトラックの運転手とかでヘッドセットみたいなレシーバーっていうか、
あれつけてる人いるじゃないですか。通話のできるヘッドホンみたいなのね。
あれを片耳にしてるんですけど、あれで僕聞いてるんですよ。
30分とかだと1回の配送で5時間ぐらいかかるから、
ということで長ければ長いほどいいなって思ったから1時間とかね、やってるだけなんですよ。
あとはね、もう一つ言うとね、適当に思いついたネーミングで、
この喋って喋って60分ってね、これ未だに後悔してますからね。
後悔してるんですね。
してますよ。なんか田舎の大阪の関西ローカルのトークバラエティっぽくていいなとか言ったんですけど。
おっしゃってましたね。
60分って絶対60分超えなくちゃいけないんだよなと思ったら、ありますよやっぱり。
もう20分ぐらいでアップアップなんですけどみたいな回ありますよ。
これまで60分以内っていうのってある?なんかないんでしたっけ?
あのね、たぶん1回だけ59分とかあったんじゃないですかね。
あ、そっか。
そんなんがあったぐらいで、なんとか60分超えてるんですけども必死ですよ。
すごいですね。
でもね、あのもう多分ね、おっさんそれさっきも話してたろみたいなね、繰り返し話してるなっていうところも。
でもそんな延々ループみたいなところはないと思うんで大丈夫じゃないですかね。
そんなんですよ僕は。で、音声調整もね、そのいわゆる多分皆さんは両耳のヘッドホンベースで考えると思うんですけど、
僕はおっさんの片耳ヘッドホンをベースに、ちょっと音小さいなこれだとと思ってそれで調整してますから、
両耳のヘッドホンとかで聞くとうるさーって思われてるかもしれないですけど。
でも音量はその上の人がiPhoneとかで調整するから。
調整できるじゃないですか。
いいんじゃないかと思いますけどね。
僕がね、音が小さすぎて多分両耳のヘッドホンだったら適度な大きさに聞こえるんだけど、
12:07
片耳のヘッドホンで、ブランドモンのあれでもなくて、数千円で売ってるような通話もできるヘッドホンっていうかあれなんで、
これだと全然声聞こえないなみたいなことだけはしないでおこうと思って作ってるくらいなんでしょ。
なるほど、でも結構作り方は違いますね。
僕の編集方法なんですけど、全部手加えるんですよ。
頭っからずっと聞いてって、ここもうちょっと間を入れたいとか、
ここもうちょっとっていうか全、全、全てのスペースは手入れてますね。
え、じゃあ一回取ったと。
言葉と言葉の間のスペースってあるじゃないですか。
で、それが空きすぎてたり、詰まりすぎてたりすると思うんですよ、聞く分には。
で、そこは全部手を入れて、一番いい、自分にとってなんですけど、自分にとって一番聞きやすいマニーしてるんですよ。
なんで今たくさんが、全部は編集のときに一遍には聞かないって聞いて、えーって思ったりしたんですけど。
あ、清宮山さんね、僕より志が高いんですよ。
だいたいポッドキャストを作ってる人は、僕より皆さん志が高いんですけど。
ころざしっていう、なんか自分にとっては、なんかそれが一番なんかしっくりくるって感じですかね。
あんまり意識高い系とは思わないんですけど。
そうなんですか、いや僕、あのだから独特の間があるじゃないですか。
常に会話の中にゆったりして流れる。
あれは喋ってる段階で、ゆったりとした間があって喋ってるわけじゃなくて、あれは作られた間であるときもあるわけですよね。
そうですね、自然とそうなってるときもあるし、まあでもほとんど手を入れてるので、なんかそうですね、全部調整してるって感じです。
すげえな。
もうね、あのね、たぶんね、スポティファイの、その僕、フォークリエイターズでしたっけ。
あれがね、優秀すぎたんですよ。
適当に喋って、あれにBGMってやると、自動でBGMの音の最初の3秒4秒を大きくしてそこからフェードインしていくみたいな感じのファイルを作ってくれるとBGMが乗っかるじゃないですか。
くだらん話もBGM乗せるとちょっとね、聞こえが良くなるっていうことを気づいたんですよね。
あれってなんか、間を詰めたりとかもスマホ上でできたりしたんですか。
15:03
できますよ。やろうと思えばできますよ。
だからそれこそね、このいわゆるフィラーってやつですね、あのーってやつもスマホ上でもその部分だけ選んでカットすることもできたんですよ。
そうだったんですね。
で、僕がその、たぶんね、仕事が忙しいとかその編集に避ける時間が短いっていうところがあるんで、
そこもあってあんまり手を加えないでって思うっていうその、お手軽お気軽みたいな感じでやり始めたっていうところもありますし、
あと、川崎さんゲストのときにお話しさせてもらったんですけど、僕川崎さんがなべさんという方とやられてるカレイド雑記ってあるんですけども、
それの回で、この前も喋ってたな、雑記いくつだったかな、14とかね、だいぶ若い回なんですけれども、
えーとね、ちょっと待ってくださいね、これ喋りながらこの調べるっていうね。
いやーでもそれしゃべろくスタイルですね。
雑記11っていうね、これ2015年の2月6日の回で、ポッドキャストって楽しいよねっていう回があるんですよ。
ちなみに前の回は雑記10っていうのが敗北宣言っていう回で、
要は誰にも言わずにポッドキャストやったら意外と誰も聞かないから、視聴数が伸び悩んで、あえて宣伝しますっていうことをたからかに言った回が第10回、
その11回が次の回が、実はとはいえポッドキャストって楽しいよなーみたいな感じで、
なべさんと川崎さんが喋ってて、そこで、いやもう2015年なんで今から11年前なんですけれども、
この頃にはもうiPhoneって当たり前の時代で、iPhoneで録音して、それを編集もできるし、それで出しちゃえばいいんですよ、みたいなことをなべさんが言ってて、
川崎さんがおっしゃってて、最初から完璧なものを目指そうなんて思わないほうがいいですよ、みたいなことを言ったのが結構ね、僕がポッドキャスト長年やりたいなと思ってたところに背中を押したんですよね。
そこからまた数年僕はくすぶってたんですけども、結局番組やるまではね。
最近ね、牛若さんのポッドキャスト研究室とか、ああいうのを聞いて、他にも実はこういう番組あるんだっていうのをちょこちょこ聞かさせてもらうようになったんですけどね。
ポッドキャスト作りのハウトゥーみたいなのを。
牛若さんのポッドキャスト研究室聞いた時点でも、結構打ちのめされてるんですけどね、僕は。
18:06
この人たちの喋ってることの真逆を俺全部言ってるぞって思ってる。
そっか、どこかでおっしゃってましたよね、それ。
やばいなと思いながら、まあいいかと思って、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいっていう、全部あさっての方向行ってるけど。
なんか、個人的にはそのらしさ、喋ってる人のらしさが出てるのが最優先ですね、僕が聞き手として思うのは。
あーなるほどね、でもそれはありますね。
はい、もうしゃべろくは本当に、そういう意味で、最高っす。
ありがとうございます。あんまりね、あんまり褒めると僕本当に調子こくんでね、ほどほどにしといてください。
あの、あの蝉山さんが褒めてるぞ、いけんじゃねえ俺って思い出したらね、どんどんね、拍車かかってね、勘違いおじさんみたいになるんでね。
でもね、まあ確かに、ポッドキャストってね、たぶん僕はそうなんですけど、そもそもラジオを聞こうと思ってポッドキャストを聞いてるわけじゃなくて、むしろその、
なんていうんですかね、一般素人の人が喋ってるところに興味があるから、聞くわけじゃないですか。
そうですよね、だからやっぱり、なんかそう、しっかりしすぎなくてもいいし、なんかそれをしっかりしていくと、
なんかラジオ番組っぽくなっていく、プロっぽくはなっていくと思うし、まあ聞きやすくはなるんでしょうけど、
なんか本当に、そういうなんかここでしか聞けない話っていうのを聞けたり、そういうことに出会えると、ポッドキャスト楽しいなって思いますよね。
誰かいつかやってくれないかなと思うのが、例えばなんですけど、よくゴミ集積場みたいなところで、延々喋ってるおばちゃんっているじゃないですか、2人ぐらいでとか、どこでもいいんですけど、交差点とかで、
いど畑会議的なね、あれをね、ずっと収録してて、あれをずっと流してくれると、それはそれで番組になるんじゃないかなと思ったりするんですけど、ここに出てきた山田さんってあの山田さんなんだとかね、わけのわからんことで共感できたりとかする。
そうかと。
ちょっと新しいですね、その感じのポッドキャストってまだ、わかんないけどないかもですね。
いや僕多分ね、人の話、自分が喋りたいのと同様に人の話が聞きたいだけなんですよね。そこに最終的にいい学びがあったなって思ったらすごいそこはありがたいんですよ。
21:06
だけど、そもそも最初から勉強しようと思うんだったら、何かについて勉強しようと思うんだったら、まあこんなに言ったら失礼になるんですけど、蝉山さんの番組聞く前に本屋に走るわけじゃないですか。
もちろんそうです。
蝉山さんの番組ってどうなんだろうと思って聞いてみたら、あれあれ面白いこと話してるぞって言って自分に会うとか、これは会わないなとか、例えばそれ声質だったり内容だったりとかするじゃないですか。
この辺の発見があるから面白いだけで。
いや多分ね、根本は何喋ってたって自分の耳に耳障りにならない。多分その人の声の質とか。でも僕の声の質が合う人もいれば合わない人もいるわけじゃないですか。
ありますよね。多分それは蝉山さんの声が合う人もいれば合わない人もいるから。
合うんであればそれで聞いたらちょっといいこと聞いたなみたいな話になるかならないかぐらいなもんで。
そうですね。それはすごく実感としてあるんですけど、逆に複雑な気持ちになる時ないですか。
一生懸命資料を集めて自分の中で上手いことまとまったなってなっても、自分が聞き手としてポッドキャスト聞くとき、その内容をあんまり作業しながらとか聞いてあんまり頭に残ってないな。
でもその人の声好きで聞いたなっていう、聞いたなって感じだけ残ってるみたいなことってありません?
僕ね、仕事中に聞いてることが多いんで、基本的にありますよ。仕事に集中しちゃうと今何て言ったっけなみたいな感じで。
それあるから巻き戻して聞くんですよね。そこまで行かせるっていう時点でその番組はもう僕の中では合格なんですけども、そこまで行かせない番組が世の中に一個だけあって、僕の番組なんですけどね。
こいつ何言ってんだよとか思いながら。こいつとか思いながら。
いやいやでもセガ界とかすごく面白い話がたくさん聞けた感じで好きですよ。
ありがとうございます。初めてセガ界褒めていただいた感じがしますね。誰も聞かないんですよあれね。もうちょっと苦しいから。
いや不思議ですけどね。面白いのに。
あれはね、セガって書いてあったら食いつくかなと思ったらね。
たくさんの実体験込みで聞けたのが良かったなと思っていて、マーク3実際に遊ばれてたんですよね。
24:01
そこがすごくデータベース的なお話だけじゃなくてそういうところも聞けたのが、ああそういう感じで当時遊んでたんだなとか。良かったですね。
片身の狭いハードでね。今公開してる回で出てるのかな。川崎さんと喋ってるやつでメガドライブをおじいちゃんに、おそ松くんとセットでスーパーマミコンと。
前編の方で言ってましたね。
あの時に言わなかったんですけども、売った本人が僕のバイト先の上司なんですけど、そんな売り方していいのかって僕が言ったんですよ。
あのおじいちゃん俺のことも知ってるし、ここのあんたのことも知ってるしって。
僕のじいさんがちょっとした有名人だったんですよね、その街というかでは。
簡単に言うと2代前3代前ぐらいの市長をやられてた人なんですよ。
そこの孫の一番末っ子の孫だっていうことで、頭の悪い、よくゴンタって言われるんですけど。
僕タクなんで、ゴンタのタクボンだよっていうのを地元でよく言われるぐらいのアホっぷりだったんですけど。
その人がバイトしてるっていうのも知られてる中で、知ってるおじいちゃんがスーパーマリオを孫のために買いに来たって言ってるのに、メガドライブでおそ松くん売るわけですよ。
めちゃくちゃ世間って悪いじゃないですか。
悪いでしょ。
その孫っていうのが6歳ぐらいの幼稚園から小学校に上がるぐらいの子だっていうのを僕が知ってるわけですよ。
そんなことされるとみたいな。うちには怒鳴り込みには来ないですけどもって。
そうしたら、やっていいの?みたいな感じで言ったら、トンヤのあの人、だれそれさんから、こうやって売るとダブツイタメガドライブも売れるぜって教えてもらったんだよっていうことを言ったんですよ。
そのトンヤの人がかつて、メガドライブだけじゃないんですよね、ダブツイタっていうのは。
セガにちょっと力を入れてるトンヤさんで、ファミコンも扱ってるんですけども。
昔ね、マスターシステムとかそれより前のSG1000とかSG1000M2っていうね。
ファミコンと同時期に出たのがSG1000っていうね。
ファミコンとは比べ物にならないぐらい発色とか少なかったんですけども。
これが当時、その人をどうやって売り捌いたかって言ったら、トンヤから店に納品させたかって言ったら、
大丈夫ですこれ、セガから出てるファミコンですって言ったら捌けますからって言って。
むちゃくちゃな売り方でしょ。
それでおもちゃの人納得させて仕入れさせて、おもちゃの人売れたのかどうかわからないですけど、
27:01
そうやって一時代を俺はしのいだっていう。
今ならだからこのメガドライブも今チャンスですよみたいなこと言ってたからって。
なんか武勇伝みたいに語ってますけどね。
スーパーマリオがない今こそチャンスですよって言って、うちの長子にメガドライブを破棄させる。
今が絶好のチャンスですみたいなこと言ってましたからね。
その時たくさんが勤められてたお店ってバルケンのお店ですか?
そうですそうです。
その後ね、僕が専門学校に内定かなんかはもらってたのかな。
ゲーム系の専門学校に行きたいんだっていう話をしてたら、ちょうどいいのがあるぞって言って。
北九州にね、福岡でガング店のみのガング屋さんを対象にした、
一般の人多分入れなかったと思う見本市に連れて行ってやるよって。
まあ商談もあるしって言って。
一緒に行くかったら僕も二つ返事で行きまして。
それで行った時に、ヤノマンさんとかね。
今ちょっとゲーム業界で復活しかけてるんですけど、
アレサとかを出してるメーカーなんですけども。
そうか、また作られてるんですか?
なんかね、昔あった版権を復刻しようという動きを今やってらっしゃるみたいな。
わかんないですけど、アレサがスイッチ2とかで遊べるようになる可能性も。
そうなんですよ。多分その辺で今準備してると思うんですけども。
面白いですね。それは知らなかったです。
アレサの話、もう一個僕最近知った面白い話があるので、これは後で話すんですけど。
たぶんね、その場でクエストっていう無名の会社の営業からもセールス受けてたんですよ。
実は伝説のオーガバトルっていう初めて聞くタイトルで、
タロットカードをぺろってめくるとそれがパンフになってて、
要は十字つなぎになってるタロットカードなんか全部折りたたむんで、
むとタロットカード1枚みたいになってるっていうパンフがあったんですけど、
それは伝説のオーガバトルの初めてで、僕もクエストっていうメーカー、
それまでにも活動されてたんですけど、
要は表だって出てきてなかった会社なんですよね。
これ失礼かもしれませんけど、クエストブランドだってそんなにセールス出してないんで、
実は下請けみたいなこともやられてたりとかしてたんですよね。
そんな中で、僕も伝説のオーガバトルってすごいドット絵が細かくてきれいだなと思って、
見に行ってたら話しかけてきてくれたお兄さんがいて、
そうか、しゃべ録でお話をされてましたもんね。
それがこの人すごいかっこいいお兄さんだなと思ってて、
だいぶ後になってからタクティクスオーガの攻略本みたいなのをVジャンプで出してたんですよ。
30:03
そこに刊末に松野泰美さんのインタビューが出てて、
俺この人福岡で見たあの兄ちゃんだなと思って。
多分そんな大きな会社じゃないから、
多分営業とかっていうよりはもう作り手がスーツ着て、
そういうおもちゃ屋さんとか豚屋さんとかに挨拶回りとかもやってらっしゃったんだろうなと思ってね。
でもそれ結構運命的な出会いをされてますね。
あとね、さっきのヤノマンの話に今度行くとですね、
ヤノマンっていうアレスを作ってる会社ってもう当時ジグソーパズルで一時代を築いてる。
今もそうだとは思うんですけど、
あのバルケンのあの頃ってジグソーパズルブームなんですよね。
なんでブームかっていうと、有名な画家のイラストっていうんですかね。
ラッセンとかね。
そういうの広山形とかね。
あのリトグラフって買えないじゃないですか。
買えないですよね。
でもジグソーパズルなら3000円くらいじゃないですか。
そうですね。
あれで作って言ったら、のりみたいなのでバーって固めて額縁に入れたら、
もうまあまあポスターみたいな感じでサプーケラー部屋に入るみたいなね。
いやーもう実家に飾ってありましたよ。
ありました?
ありましたありました。
そういうブームがあって、そこでまあブイブイ言わせてたのがヤノマンさんなんですよね。
その時になんかね、ここぞとばかりにゲームにも手を出し始めたみたいで、
うまい商売してるなーと、なるほどなーみたいな感じで当時は。
だからうちがバイトしてたところってジグソーパズルの在庫も結構持ってて、
同じ県内の人たちとか、他府県からも買いに来るっていう人もいたぐらいに。
そうなんですね。
そうするとそれを充実させるにはヤノマンさんの言いなりにならざるを得ないから、みたいなところで。
僕からしたら、アレサとかやったことないんですよ。
評判は、実は面白かったんだっていう評判。
だってヤノマンってゲームメーカーとして名前がね、なんかヤノマンってみたいな。
僕だってタフマンみたいな名前じゃね?みたいな感じで。
タフマンってヤクルトの飲み物なんですけど、なんかふざけてね?みたいな感じで言ってたんで。
変わった名前でしょうね。
変わった名前でしょう。
いきなりポッドでって言ったら失礼ですけど、やっぱりポッドでなんですよね、急に。
ファミコンの時には聞かなかったけど、スーパーファミコンの時になってから聞くメーカーとかってあるじゃないですか。
スーパーメーカーなんですかね?
たぶんね、ゲームボーイとかそっち方面からなんで。
間違ってもナムコとかカプコンと同じ社歴っていうか、ゲーム開発の歴史があるようなところでもないんで。
33:06
そんなイメージはないですね。
でもそれが、なんていうんですかね、いいパズルもちゃんと発注通りにやるから、これもちょっと気持ち多めに取ってよみたいな駆け引きもあるんですよね。
そうか、もうちょっと抱き合わせ的な感じで。
たぶんね、そういうやりとりもあったと思うんですよ。
そしたらですね、僕最近知ったんですけど、アレサのイラストレーターさんを探してらっしゃったらしくて。
それがですね、安田哲夫さんっていう方で。
この方実はですね、僕が学生時代っていうか、専門学校に入ってからコンビニバイトをしてた時期に、一緒に僕の夜勤のシフトで入ってくれてたイラストレーターさんがこの方なんですけれども。
夜勤のバイト、そうなんですか。
おかしなことにこの方はですね、この方も面白い方で、実はゲームのイラストレーターとしてはいろんなところで絵描かれてたんで。
あとロードストーセンキーのゲームブックのイラストとか描かれてたんじゃないかな。
その方とタークさんがお知り合いだったってことですか。
バイト先で知ったんですよ。
そのバイトは、ごめんなさい、なんて。
コンビニのバイトをしてました。
それは配送じゃなくて。
大阪に戻ってきて、専門学校で30年くらい前の話なんですけど。
その頃にたまたまそのバイト先で知り合った方が、アレイさんのイラストレーターの方。
そうだったら、多分説明書だけなのかな。今回探してるので。
その方もタークさんと同じ専門学校に行かれてたんですか。
全然行ってないですよ。
この人は、もちろん専門学校でイラストを講師として教えてたぐらいの、だから全然僕より年上の方で。
そうなんですか。
もっと言うと、ディープダンジョンっていうゲームがあるんですけれども。
ファミコンのディスクで出たりとか、3DダンジョンRPGなんですけれども。
これの開発にも携わってた方で。
僕もね、すっかりちょっと疎遠っていうか、社会人になってから会う機会がなかったんですけど。
最近ネットニュースで、アレサがずっと探してた説明書か何かの差し絵のイラストの書かれた、多分その判件というかね、
その制作者にも断りを入れなくちゃいけないんでしょうね。
ずっと探してるんですけどって言って、この度やっと見つかりましたっていうのが、
僕の知り合いだったっていうことでね。
その知り合いの方がアレサをやってたってことは、その時知ったんですか?
36:02
そうですよ。僕初めて知りましたからね。
そっちもやってたんだとか思いながらね。
そこで繋がったんですね。
今はもう一本作るのに何百人とかの時期なんですけども、
昔スーパーファミコンとかファミコンの時っていうのは、どっかの会社に属してたりとか独立してフリーのイラストレーターになられたりしてても、
あそこの仕事をちょっとやって、こっちの仕事をちょっとやってっていう感じで食いつないでるみたいな話を当時、
その方からも聞いてて、
まさかね、数十年ぶりにこの人の名前知るとはっていうね。
しかも俺高校の時に関わってたんだなーとか思いながらね。
世の中狭いな意外とって思いながらね。
そうかなんか結構、松野康美さんとか要所要所で重要な人に会ってますね。
会ってるけど僕ゲームメーカーに一度も就職してないっていうね。
でもね今ゲームメインのポッドキャストやってますから。
僕ちらみなんですけどもう一つゲームの話でいうと、
僕専門学校時代に、専門学校でゲーム作るところだったりすると、
ゲーターを育てる専門学校だったりすると、
卒業政策って、おのずとゲームを作りましょうっていう話に持っていくじゃないですか。
そうですよね。
その当時、いくつか全部で10チームぐらいに分かれたと思うんですよ。
当時の専門学校の同級生卒業生って結局。
そのうちの一つのチームが、僕がなぜかリーダーをやることになって、
12チームぐらいあったうち、完成したのは9チームしかなかったんですよ。
残りの3チームは空中分解したんですよね、いろいろな理由で。
スケジュールが合わなかったとか、仲違いしたとかね。
僕はそこでプログラマー、僕当時はプランナーだったんですけど、
プログラマーのやつとすげえ大喧嘩して、プロジェクトが途中で止まったんですよ。
結局卒業政策は仕上げれなかったんですけど。
それからもうそいつはどっかの会社に、あるゲーム会社に就職したけども、
なんとプログラマーではなく営業職で就職したんですよ。
そのときはね、俺もゲームメーカーには就職しなかったけど、
39:02
ざまあみやがれとか思ってバカにしてたんですよ、ないしね。
ひどいやつでしょ。
そしたら僕、それでなんだかんだあって、病気の会でとった、後に治病になるね。
脳腫瘍の病気になって入院して、手術は成功して、
多分退院する前かな。
だからうちの上さんが聞かせて、今週号のファミ通買ってきたよって。
買ってきてくれたんですよ。
ファミ通って最初のページ、表紙にくるとだいたい業界内のニュースが出るんですよね。
ニュースあるじゃないですか。
そこを見て瞬間にね、十何年前に喧嘩若暮らしたやつがね、
この程、とある会社の社長に就任って書いてあって、
僕そこでね、一気に気がめいりましたからね。
めいりましたか。
めいりました。
俺こんなひどい状態なのに、こいつ社長になっとるわ、よりによってこいつが。
いろいろね、その当時ご病気とかいろいろあって、打ちのめされてるところに。
なかなかね、ショックがでかかった。
別にね、そいつの方がすごい頑張ったっていうのもあるんですけど、
うわ、俺何やってんだろうなーとか思いながら、へこみましたよね。
やっぱり、目に見えてライバルとか意識はしてないけども、
なんか複雑な気持ちにはなりましたよね。
そうですね、ちょっと仲高いしてしまったっていうこともあって。
そいつが社長になってから、いいソフト作るなとか思いながら、
そいつの会社のソフトを変えたのは数年後くらいですからね。
なるほど。
それまで買ってたのにね、ちょっと2,3年買わなくなりましたからね。
そうか、もうすでに。
買ってたんですよ。
気づかないうちにその方の。
そうそう、買ってたんですよ。
買ってたんです、なるほど。
しかも僕、だいたい途中でゲーム投げ出しちゃうから、
エンディングとかスタッフロール見てないからそいつの名前があること自体知らないじゃないですか。
そうしたら、そいつが社長に就任したってなったら、
やりたいけどパタッと止めてね。
3年くらいパタッと止めてましたよ。
もうひどい話ですよ。
その方の名前もね、出てくるかもしれないしね。
作り手には何の落ち度もないのにね。
そうそう、落ち度はないですけどね。
お前がいこじになってるだけだろみたいな感じで。
そうか、そんなにあるもんですか。
でも専門学校ですもんね、ゲームの会話をやってたのがね。
でもね、最近はたまにですけどそういう話とか、
たまにですけど聞こえてくる時もあったりはするんですけど、
42:02
でももう全然ね、僕自身はもうただのプレイヤーで、
今となってはね、ゲームの専門学校に行ったことが足枷になってて、
ゲームを楽しめないなって思うときがたまにあって、
それがね、しんどいんですよね。
足枷、足枷っていうのは何ですか?
ゲームの企画とか仕組みを作る、
企画って仕組みを考えるじゃないですか。
そうですね。
そうすると、ゲーム触った瞬間、
瞬間っていうか、ゲームを触ると、
あ、これって結局あのゲームのここを煮詰めてこうしたら、
これになってるだけだよねみたいな。
作り手目線になっちゃうんですよね。
僕がそれですぐにやめちゃったのが、
今やね、世界的コンテンツのポケットモンスターですよね。
あれがブームになってるって一回試しにやってみようかって思って買ったんですよ。
あれこれって結局ドラクエの、
あれ雷の魔法しか使えない奴が仲間になり、
炎系の魔法しか使えない奴を仲間にし、
武闘家を仲間にし、
ってだけのゲームじゃね?って思った瞬間に、
そういうことじゃないじゃないですか、あのゲームって結局。
それはそうかもしれんけど、
それを魔法を放つモンスターが可愛いわけでしょ?
そこに愛着があるわけでしょ?っていう話じゃないですか。
ただのデータの塊じゃなくて、
藤崎しおりが愛らしいからこの子にアタックするわけでしょ?とか、
戦車みたいなもんじゃなくて、
人間に描かれてるからファイヤーエンブレムのキャラが、
死に際に何かを言いながらやるとリセットするわけでしょ?って思って。
大戦略で戦車が1個ぶっ壊れても別にリセットはしないですけど。
結果一緒なんですけれども。
プレイヤーに感情でその愛着を植え付けるっていうことに、
ポケモンにしてもファイヤーエンブレムにしても、
トキメモにしても、すごい成功してるんですけど、
特にね、僕ポケモンのブームに乗れなかったから、
いまだにポケモンってそんなにやらないんですよね。
なるほど。逆に今僕ゲーム、ポケモンDSのやつですけど、しかやってないですね。
いやもうだからね、ポケモンあの時ね、機会はあったんですけど、
だからね、僕らの世代ってね、僕はそうなんですけど、
この前川崎さんもネタからポケモン知らないって言ってたんですけど、
確かにね、意外というかびっくりしたのは、
みんな大人、いい歳した大人ほど言うんですよね。
45:01
えーって、今さらゲームボーイ?みたいな。
パケットモンスター?みたいな。
さすがにゲームボーイ頑張ったけど、
任天堂ってずっとハードに対してソフトを供給してくれるから、
そういうことでしょと思ってたら、
最後の最後ですごい花火打ち上げて、みたいな感じになったじゃないですか。
そうですね、通信ケーブルとかも売り切れて。
そうですね、僕もポケモン出た時期に高校生だったので、
なんていうんですかね、
やっぱ小中でゲーム大好きっていうピークが一回あったんですよ。
で、高校時代は少しその時よりは距離があった時期で、
なのでポケモンは当時は手を出さなかったんですよね。
高校生ぐらいだと逆にちっこい画面で、しかもモノクロっていうよりは、
高校生ぐらい、あれの頃ってプレステ出てますもんね。
あー出てましたね。
だから大画面のテレビでフルカラーというかスーパーファミコンもカラーですし、
その上には3Dグラフィックがあるっていう時に、
なぜにこれでっていうところもあったと思うんですよ。
セミ山少年は多分そういうところもあったと思うんですよ。
そうですね、ゲームボーイも持ってなかったんですよね。
だってソニーが未来を提示してる中で、
だからね、あれは当時僕もそんなすごいことになってんの?みたいな感じで、
人というのは田舎に住んでる人たちは特に厳禁なもんで、
僕が雑誌の編集やってるぞっていう話が出た途端に、
あいつならポケモン青を入手できるんじゃねえかってね。
みんなコロコロコミックにポケモン青がなんかあるんですよね。
郵便小川瀬かなんかで当時買ったんですよね。
そうですよね。
いや、俺は小学館に勤めてるわけでもないし、
しがない小さな出版社ですよみたいな。
なんで俺がポケモン青を手配できるわけねえだろう?みたいな感じだったんですよ。
そんなこともあったんですね。
ありました。7,8人ぐらいから電話かかってきてね。
当時小学生の子供を持つおばさんとかね。
あれって普通にコロコロさえ入手しちゃえば、
普通にお金出せば、
お金っていうか郵便小川瀬を送れば全員に行き渡ったんじゃないんですかね。
そうですよ。たぶんね。
あれですよね。その1号なのかもしかしたら応募券も込みで、
なんか2号分ぐらいは買わなくちゃいけないとか言ったって、
当時のコロコロなんてあれですよ。
330円とか50円ぐらいの値段じゃないですか。
48:02
いや、それぐらいでしたよね。
ですよね。2冊買ったって600円じゃないですか。
安いもんですね。
切手代と小川瀬とか言ったって知れてるじゃないですか。
たまたま。
あれなんですよ。僕が、
うちの田舎に残ってる連れの1人に、
当時、菅野美穂って、
ヘアノード写真集を出したんですよ。
そしたら、田舎の本屋なんかは、
そもそも在庫なんか大して置けないし、回ってこないところを、
僕に相談したら、大阪だって本屋いっぱいあるから、
大きな本屋とかに行ったら、
もう大量に積まれてるわけですよ。
あとは僕が恥ずかしさをしのんで買って、送ってやったら、
やっぱすげえぞ、たくわって。
やっぱ都会の編集やってるだけはあると。
あいつなら何でも調達できるみたいなね。
本屋で買ってるのに。
本屋で買ったって言ってんのに。
やっぱネットがない時代。
噂が噂を読むんだよね。
あいつはさすが、
編集になったとは、やっぱすごいぞ。
大マスコミの田舎ですから、九州の。
コネクションがあるぞと。
あいつなら何とかできるぞみたいな。
あいつなら芸能人も呼べるんじゃないかくらい。
噂が出てた時期もあったくらい。
大ヒレハヒレがついてね。
いやいや、そんな影響力も力も何もございませんからね。
そしたらうちの親戚とか、
おばとかね、
みんな子供がそういうのとか、
ひどいのになると、子供の、
学校の子で他にも何人か、
欲しがってる子がいるから、その子たちの分も調達してって、
だからできねえって思いながら。
もう名識もない子たちの分のポケモンとかを頼まれるっていうことですよね。
そうそう。ひどかったですもん。
それくらいブームになってて、
いや、俺自分の分すら持ってないんですけどみたいな。
そもそもそんなポケモンね、
遊んでなかったってことですもんね。
いや、あれはね、すごいなあとか思いましたよ。
そうですね、やっぱり、
最初のポケモンって6年くらいかけて、
本当に完成させるのが大変だったみたいで、
初期ロットじゃないな、
アルファ版というか、発売前のアルファ版ってバグだらけで、
とても遊べたものじゃなかったみたいで、
本当にもう6年間ほぼ、
タジー・サトシという人が、
ひたすら作って作って、
プログラムも継ぎはぎで、
だから製品版として出たやつもバグがかなり多いんですけど、
その執念みたいなものを感じて、
51:01
そういうとこが好きだったりしますね。
噛めば噛むほど味が出るじゃないですけど、
最初のポケモンが僕は今の時点でですけど、
一番好きだったりしますね。
もうタジリという男の執念の結晶みたいな感じで。
はい、いかがだったでしょうか。
今回も結構ペラペラとね、
ゲスト来てるって言うのにね、
セミヤマさんそっちの受けで喋っておりますよ、僕の方がね。
本当にすみません。
エンディングで何喋ろうかなって思いながら、
僕は今回エンディング撮る前に、
仕事中とかに聞いてたんですよ。
結構これね、編集したりとかいろいろすると、
本編がね、47,8分ぐらいだったと思うんですけれども、
まあね、喋って喋って60分ですから、
つまりはですね、オープニングまだやってないんですけども、
オープニング入れたら多分もっとなる、少なくなると思うんですけど、
少なくとも本編に加えて13分ぐらい作らなくちゃいけないなって思いながらね、
今エンディングで喋ろうかなと思ってて、
いくつか、何ていうのかな、喋っててて、
喋っててっていうか本編聞き直してても、
やっぱ相変わらずいかんなと思うのは、
僕がね、ゲストさん来ると嬉しいんでしょうね。
舞い上がってペラペラペラペラ喋ってるんですよね。
でね、セミヤマさんが結構いいボール投げてんのに、
僕がね、それを取らずに別のボール投げてるみたいな時があったんですよ。
そんな中でね、多分、わかんないですけどね、
セミヤマさんが聞きたかったんだろうなって思う話の中に、
僕がね、バイト先の話がちょっと出た時に、
高校時代のね、今から30何年前だろ、
34年ぐらい前の話だと思うんですよ。
今52だもんな。今年52か。
で、それでね、考えた時に、
僕が18ぐらいの時の話なんですけども、
当時ね、バルケンっていうね、ソフトがあったんですよ。
あったというか、僕がその、
本編の中で多分セミヤマさんと話してた時に、
北九州の見本市に行ったっていう話をね、してると思うんですよね、この本編の中でね。
これ実は、うちのポッドキャストでですね、
昔喋ってたんですよね、うちの番組で。
54:02
第16回ね、iPhone15で喋ってますっていう回だったと思うんですよ。
多分この回で喋ってたと思うんですけども、
ここでね、重装機兵バルケンっていうスーパーファミコンのね、
ソフトがあるんですけれども、
これ本当はね、多分こっちの方を聞きたかったんだろうなと思ってたんですけど、
僕が完全にね、もう舞い上がってガン無視してしまってるんでね、
すいませんセミヤマさん、再度ね、
ここでね、話すんでまたよかったら聞いてくださいみたいな感じなんですけど、
僕がね、今から34年前、18歳の時なんですけれども、
北九州で、いわゆるおもちゃ屋さんばかりが集まってできる、
東京ゲームショーみたいなもんだと思ってください。北九州、福岡であろうね。
九州のおもちゃ屋さんとか、
玩具関係、ゲームショップ関係の人たちだけが見に行って商談できるっていうね、
イベントというのがあったんですよ。
で、僕当時高校生で、地元のホームセンターでバイトしてるわけですよ。
してたんですよね。
主に土日は週日バイトしてたんですけど、
平日とかも忙しかったら呼ばれたりしてたんですよね。
小遣い稼ぎに行ってたんですよね。
学校終わった後とかね、閉店までとかだから、
3、4時間ぐらいはやってたんじゃないのかなと思うんですよね。
3、4時間はやってたと思うんですよ。
そういうこともあってですね、
僕当時もゲームの専門学校に行きたいって言って、
内定決まったとか、決まる前だったかは覚えてないんですけど、
北九州の見本市に行ったんですね。
そこね、おもちゃとかもあったと思うんですよ、見本市自体はね。
ゲームだけってわけではないんですけれども、
でもね、やっぱりね、今から34年前なんで、
まあやっぱり花型はゲームだったと思うんですよ、当時ね。
で、そこで松野泰美さんに会ったとかね、
松野泰美さんっていう風に言っていいのかどうか、
ぽい人って言ってもいいのかな、わかんないですけどね。
僕も当時、名刺いただいたんですけど、
その名刺も会社に献上しちゃってたのかな。
あんまりそんな意識もしてなくてなんですけども、
そんな中でね、バルケンの話っていうのがあって、
それは何かっていうと、
多分ね、当時僕バルケンを知ってたか知らなかったかはちょっと覚えてないんですけども、
で、見本市に行くよりも前にバルケンっていうソフトが開発されてるっていうことは
多分知ってたか知らなかったかちょっとうる覚えないんですけども、
ただ、重装機兵バルケンっていうのはメサイアが出してたんですけれども、
57:04
それよりも数年前にメガドライブでね、レイノスっていう作品があったんですよ。
で、レイノスっていう作品はね、
ここではちょっとはしょるんでしゃべらないんですけども、
僕にとっても結構思い出深い作品なんですよ。
簡単に言うとメガドライブ購入のきっかけになった作品で、
当時のファミコンPCエンジン、メガドライブとかしかなかった時代なんですけれども、
その中でもずば抜けてね、ロボットの表現、
どちらかというとボトムズライクなロボット表現がすごい綺麗に出てた作品だったんですね。
操作性とかもそれなりに良くて、
なんか横スクロールのアクションではあるんですけど、ロボアクションではあるんですけども、
後のね、たぶんバルケンをご存知の方は結構多いと思うんですけども、
そのやっぱりルーツとなった作品だけあって、僕はメガドライブでそれをやってたんですけど、
その続編が出るっていう話で、
その見本市に行った時にそれを知ったのかちょっと覚えてないんですけども、
ただその福岡の北九州の見本市に行った時に、
そのバルケンっていう作品にね、出会ったんですよね。
僕はもうそれで開発者、開発者じゃないな、メサイアの営業の人たちが、
僕がね、目の色を輝かして、「なんだこれ!」っていう感じで言ってたら、
それはもうね、鴨がネギ背負ってみたいな感じだと思うんですよ。
だって僕は言ったら店の看板を背負ってきてるんで、
言ってしまえば各メーカーさん、メーカーの営業さんとかそういう人たちからしたら、
やっぱりこういう人たちにね、
セールスして発注数をもっと多く取りたいっていうところなんで、
僕が目の色を輝かしてやってたら、デモ画面見たりとかしてたら、
すごい話しかけてきてくれてたんですよね。
その時に、これレイノスの続編なんですっていうことで、
当時同じスタッフが関わってますみたいなことも言われたのかな。
ちなみにこのバルケンはね、開発してたのは大宮ソフトさんっていうのかな、後に。
フロントミッションガンハザードを作ったりとか、後々あれかな、
カルドセプトとかで有名になるチームだと思うんですけれども、
このバルケンをやった時に、レイノス以上にロボ感がすごい出てて、
それにね、僕はもうやられちゃいまして、
これすげえなっていう話、話っていうか僕はね、
これはすごいぞっていう話になってたところに、
このメサイアの栄養さんが話してくれたのがですね、
パッケージね、見せてくれたんですよ。
パッケージの、後にパッケージのイラストとなるやつね。
1:00:03
それがですね、一つは皆さんもご存知の、
多分今だとダウンロード版とかのサムネイルにも使われているイラストだと思うんですけれども、
リアルなね、路線で描かれているやつなんですけれども、
このイラストとですね、当時キャラクターデザインとかをされてた、
どなたでしたっけ、うるしはらさんとかでしたっけ?
この方のね、すいません、名前あまり覚えてなくて。
この方が描かれた、この方はどちらかというとアニメ調のイラストを描かれるんですけれども、
この方が描いたロボットとかキャラクターとかをね、
こうやったパッケージデザインみたいなのと、
もう一つがね、皆さんが見ているというか、今も通っている、
なんていうんですかね、バルケンのパッケージアートといえばこれだっていう、
おなじみのね、イラストっていうのは、僕が聞いた話ですよ。
これ当時、タミヤのプラモデルの箱絵を描いていらっしゃった方がフリーになられたんで、
その方に描いていただいたんですって言われたんですよ。
もうそれだけで僕当時ね、しびれたんですよね。
これどちらがいいですか?みたいなことを言われたんですよ。
どっちがかっこいいと思います?って言ったらもちろん僕はね、
もうあの、この串原さんファンには知らない、すいません、けども、
あの、タミヤのね、その箱絵を描いたっていううんちくつきでね、
で確かにタミヤのプラモデルの箱絵っぽいんですよ。戦車とかのね。
かっこいいなこれ、でリアルですしね。
で僕はこっちですね、こっちがやっぱりかっこいいですねって言ったら、
やっぱりそうですよねって言われてね。
その現場のね、営業の人にね、これ実は秋葉原っていうところで僕、
当時秋葉原ってそんなに、僕らのね、あんまり知らなかったんですけど、
秋葉原っていうところでね、調査したんですよ。
あの街頭でね、この二つパターン見せて、
どっちのイラストがいいですか?パッケージにするならって聞いたんです。
アンケートを取ったらやっぱりこっちだっていうのでね、
今回こっちでパッケージアートいこうと思ってるんですっていう話をされたりとかですね。
まあそういうのを聞いてですね、僕はもう完全に舞い上がりましてですね。
これはいけるんじゃないかと。このソフトはすげえぞと。
で当時ですね、ハッチュース自体が、
まあそのお店、お店というかそのメサイアさんも言ってたんですけど、
もうじき締め切るんですけど、実はねこれ、
結構僕ら自社だからいけると思ってるんですみたいなことを多分おっしゃってたと思うんですよ。
で、どう思われますか?って言われたら、
いやこれは面白いでしょって僕もね、言っちゃってたんですよ。
まあもう操作性もレイノスとかよりも良かったような覚えがあったし、
何位でもそんなに、当時ね、
ああいうゲームショーバージョンなのかっていうのはわかんないんですけども、
結構いい感じに僕は、レイノスよりは手触りが良くて、
何位でもそんなに難しくないように見えたんで、
しかもスーパーファミコンですから、
これ売れるんじゃねえか?っていう感じで僕も思ったんですよね。
1:03:03
そしたらですね、いやハッチュースも少ないみたいな感じで、
僕確認しに行ったんですよね、自分の調子に。
あそこにレイノス、レイノスじゃない、バルケンってすげえのがあるぞっていう話でね、
言ったんですけども、そしたらこれハッチューしてんの?って聞いたら、
いやまあまあ、ぼちぼちちょっとみたいな感じで聞いてたんですよ。
いやあれは、売れるぞこれは絶対にみたいな感じで、自分の調子にですよ。
あれは売れるからもっと取っといた方がいいよって言って。
そのね、上司もね、僕と同じようにロボットモノも好きなんですよ。
好きなんですけれども、ちょっとバルケンは得体が知れないというか、
その、はっきりとはね、あんまりそこまで注目してなかったというところもあって、
僕がですね、この営業さんから、メサイアの営業さんから聞かされた宣伝内容、
そのまんま鵜呑みにしてですね、そのまんま上司に伝えて、
これは売れるぞ、絶対売れるぞって言って。
確かね、最初はね、数本か1ダース取るかどうかみたいなぐらいだったんですよ。
1ケースっていうのかな。
それをですね、100本ぐらいは軽く取らせましたね。
で、それでどうなったかっていうと、実はね、これ、
当日って言うんですね、発売日当日にですね、その前にですね、
それを僕、上司に言って、それで上司がまあまあそこまで言うんだったらって言って、
他にもいろんなソフトがあるのに、それを僕が激推ししてたっていうこともあって、
上司と営業さんっていうんですかね、メサイアの人とで商談入って、
なんか結構後々感謝されて、ノベルティーとか僕もらっちゃったんでしょうね。
で、それはまあいいんですけど、その後、いざ発売日になったらですね、
やっぱりね、そんな感じで押してるのは僕だけだったのかわかんないですけど、
結構ね、その時期になるとファミ通のクロスレビューだったりとかでも出てくるじゃないですか、
店員数なりなんなりね。そしたら意外とこれは面白いっていうのが出たんですけど、
やっぱり数ヶ月前に発注が止まっちゃってる、止まるっていうか締め切られてるもんで、
物がないんですよね。物があるって言ったらどこにあるかって言ったら、
僕のバイト先のね、そのホームセンターのゲーム売り場にはね、四個玉あるんですよ。
四個玉あるっていうおかげで、まあどうでしょうね、とはいえね、
まあ1ケース、2ケース、確かね、当時1ケース24本入りだったような気がするんですよね、ソフトがね。
12本だったかな、24本だったかちょっと覚えがないんですけど、
2ケースぐらいは売れたような気がするんですよ。だけどそれ以上は残っちゃうんですよね。
ただこっからが面白くて、当時っていうのはそのスーパーファミコンの在庫を持ってて、
それが売れてるものだったりすると、他のところっていうのは、
1:06:01
まあね、物がないからって言って、任天堂なりそのメーカー側に発注しても、
そうそう簡単にね、CD、ロムソフトと違うので、
再販に時間がかかるんですよ。確かね、2,3ヶ月かかるって言ってたのかな。
だから、ね、まあ現状を持ってるところから、
1回問屋さんなりそういう業者さんがいるんですけど、
引き取って別のお店に転売するっていうのが結構横行してた時代だったんですね。
うちの周りだけではですよ。僕がね、バイトしてるとこだけかもしれないですけど。
で、そこでですね、ある程度年末商戦に、年末年明け分の数も確保しつつで、
これ以上は捌けないだろうっていうところを、全部その業者さんに言ってしまえば、
確かね、スーパーファミコンのソフトってどれぐらいだったかな。
75%までいったのかな。たぶんね、75%ぐらいだったのかな、定価の。
それぐらいだった。ちょっとね、プレステは75%ぐらいだったんですけども、
あれね、ニンテンドーが3割、トンヤが3割みたいな感じだったような気がするんですよね。
流通が3割みたいな感じだったと思うんですよ、定価に対してね。
だから60%ぐらいだったのかな。ですけども、ほぼ販売価格に近いような値段で引き取ってもらえて、
お店としてはまあまあね、それで利益も出せたみたいなんで。
ということで、僕の上司はね、バルケンのおかげでちょっとだけ社長から褒められたみたいな感じが。
言ってもね、そんなすごい何百万とか何十万とかの売上じゃないので、
僕の方におこぼれは来ないんですけども、
まあ僕にはね、その上司なり社長からちょっとお褒めの言葉いただいたぐらいで終わってるんですけど、
まあそういうね、ただのファンで目利きってほどではなかったんですけども、
そういうのが昔あったっていうだけの話なんですけどね。
だからこれをね、結構、セミヤマさんがお気に入りみたいで。
まあでもね、どうなんでしょう、セミヤマさんはその後ね、バルケン買われたんでしょうかね。
結構ね、今も続編がどうなんでしょう、期待されてんのかな、あの当時やった人。
僕はね、ここで話してるので言うと、レイノスっていう作品の続編ではあるとは言いましたけども、
別に、あの、次続きに話は、次続きには繋がってないと、直接的にはね。
それだけは言っときます。あんまりネタバレするとあれなんですけども、
別にレイノスはやってないけど、バルケンからやっても大丈夫ですよ、みたいな作品です。
レイノスやってようが、バルケンやってようが、先にね、どっちをやっても問題ない作品なんで。
まあその辺はね、お勧めできると、レイノスやってなくても楽しめますよってことだけ先に申しておきますんで。
1:09:06
今はね、確かダウンロード版も3000円ぐらいで売られてるんじゃないのかな、と思います。
で、移植はM2さんがやられてるんでね、安心だと思います。
で、まあまあ、この話をね、ちょっと、僕が当時本編で、こう、喋れなかったのが、後々聞いてね、聞き直して、申し訳なかったかなーと思いながらね、こう喋ってみました。
まあ、他にもどんなのあったっけなー、結構ね、いろいろ、なんか、なんだかんだで気がついたらね、僕の話ばっかりしてたんでね、本編中もね、申し訳ないなーとか思いながらね。
あ、あとね、そのバイト時代の話っていう以外でちょっと補足するとですね、本編の中でですね、僕が専門学校時代ね、こう、喧嘩して、大喧嘩して、こう、チームがまあまあ崩壊して、卒業政策が作れなくて、喧嘩別れしたプログラマーが、あのーね、十数年後なんですけどね、
それ多分ね、十四年、五年後ぐらいの話なんですけど、五ぐらいに僕がね、病気で、今もまあ持病なんですけど、手術で入院してる十四、五年後ぐらいに、病院で入院してた時に、こう、何て言うんですかね、見たファミ通のページでね、その、某ある会社の社長に就任したっていうのでね、こうへこんだとかいろいろ言ってるんですけど、
へこんだっていうよりもね、あの時もね、僕言い方がうまくなかったなーっていうのは、あの当時も思ってたんですけど、聞き直しても思うのは、まあ当時僕ね、確か、そうですね、今から十三年ぐらい前だったんで、あの病気になった時がね、手術した時が多分十三年ぐらい前だったんで、三十九とかの頃だったんですよ。
で、ファミ通見た時に、そのね、かつて専門学校時代の、その喧嘩別れしたあいつが、別に仲がすごい良いとか意識してるわけでもなんでもないんですよ。ですけどあいつが、こう社長になっとるっていうので、何て言うんですかね、よく勝ち組負け組なんて言葉があるじゃないですか。
あれをね、結構僕の中ではすごい意識したんですよ。病気で手術してるし、だから病床に伏せてるから負け組だとかね、っていうわけではないんですけども、十数年たって一途に頑張ってきたこいつは社長にまで登り詰めたんだ。
一方の俺はっていうところで、まあなんかね、その雑誌の編集も辞めて、なんか別の仕事も辞めて、みたいな、職を転々とっていうかね、そんな感じだったんで、いやーなんかね、その時になんかその悔しいとかではないんですけど、あーこれが勝ち組と負け組って感じなんだなーっていうのを、自分の周りにいた、自分の知ってる人で見せつけられたっていうのがすごいショックだったっていうところなんですよね。
1:12:26
だから別に、ここで話してた、本編でね、蝉山さんと話してた、その彼に別に恨みがあるとかでもなんでもないし、なんでもないですけど、ただ、初めてかな、なんか人生の中で、あー一瞬は同じ学校に行ってたけども、あのすごい成功してるっていうのを、こう、感じたっていうか、知ったっていうところが、
で、こう、自分との落差にちょっとショックを受けたっていうね。まあそれだけの話なんですよね。簡単に言ったら、だからその勝ち組負け組みたいに、まあ僕もそういう考え方しなければよかったんですけど、そういう考え方に至っちゃってですね、それでちょっとへこんでたみたいな感じなんですよね。まあ、訂正ってほどでもないか、まあそういう風な話であったんですよね。
こんな感じですよ。まあね、結構ベラベラと喋って、もう21分喋ってるわな。たぶんこれで60分いったでしょ。まあね、まだ次回もね、いろいろと蝉山さんとはペラペラ喋っておりますので、次回もまあまあ面白い話をしてたような気がするしな。
あのね、結構おかげさまで蝉山さんと、そうですね、たぶん5時間ぐらい喋ってるんですよ、実は。なので、まあまあ雑多にいろんな方面に喋らせてもらってたんで、僕ね、結構だから第3回目も第4回目もね、もうすでにあのね、これまだ更新してないですけれども、
配信はされてないんですけども、実は本編何度も聞かせてもらってるんですよね、僕はね。意外と3回目と4回目もね、この後の回もね、面白いと思うんです。
そうですね、まあそういうことなんでね、ちょっとまた次回次次回とお楽しみにしていただければと思います。ということでね、長々と喋ってまいりましたけど、ここらでお別れしたいと思います。
それでは、さよなら。おやすみなさい。
01:14:50

コメント

スクロール