紙一。
人から何かもらったとか。
自分で買うときに小包装そんな綺麗にしないじゃない?
誰かからもらった時とか。
もらった時に綺麗なラッピングとかされたりする時あるじゃないですか。
まあね、まあね。
でもそれアップサイクルして、ブックカバーとかにしたりすることもあるんだけど。
でもそういうことできるっていうふうに思ってるから取っとくってことだよね?
何かの時に使えるなみたいな。
なんかタッパみたいのがすごい、ジャムの瓶とかすごい一杯増えそうじゃない?
瓶は捨ててますね。
そうなんだ。
なぜかというと、母親がいつも実家に帰るとジャムを瓶に入れてくれるんだけど、
その度に瓶がもらえるから、瓶に困ることはないと思う。
でもほら、何かの容器をさ。
いやー、わかる。
捨てない人っているじゃん。
タッパめっちゃあるうち。
大して料理をしないくせにタッパめっちゃある。
タッパだらけなんだ。
タッパめっちゃある。
そういうじゃあ何かいつか使うと思って。
じゃあ書類とかじゃなくてね。
どっちもある。
だから、いつか使えるかもしれないと思っているものと、
あと二度と手に入らないだろうもの。
二度と手に入らない紙?
紙だから。
ちょっとどういうものなんだそれは。
まじめ路線でいくと、参加したワークショップとかで資料を配られたりとかして、
そのワークショップで行ったら、本で売ってるわけでもないし、
なるほどね。
もらったやつだし、みたいなまじめなものもあれば、
例えばポッドキャストウィークエンドとか行ったらさ、
とか文振りとか行くといろいろチラシとかもらっちゃうじゃん。
文学振りはね。
そうそうそうとか行っちゃうとさ、
ポッドキャストウィークエンドもさ、いろいろチラシとかもらっちゃうじゃん。
ステッカーとかもらっちゃうじゃん。
私たちも配っているけど。
それとかもさ、もう多分もう捨てたらもうそれで終わりじゃん。
まあね、まあね。
で、取っておいていると。
だから、ポッドキャストウィークエンドのしぶちゃんが作った、
2024年じゃなくて、
23年の方のフライヤーとかまだ持ってたりとかして。
そうなのか。
そういうの結構たまるんですよ。
それが、そのズームの画面では見えない。
見えない横に。
端っこにいっぱい散乱してる。
そうそう。
なるほどね。
まあでも気持ちはわからないではないな。
そういうやつだね。
そういう旅行でもらってきたパンフレットみたいなやつとか、
ああいうのとかも早くとっとって。
だからネットがあるからね、だいぶ捨てれるようになりましたけど、
それでもね、ついつい、ついつい紙もらっちゃって。
紙でもらうとなんかさ、ちょっと嬉しい感じもあるしね。
そうなんですよ。
多分本とか好きだからさ。
そういうものへの愛着も、稽古とかありそうな感じもするしね、結構ね。
これやってると、なんか片付かないし、
あと、なんか綺麗にディスプレイするっていう話でもないから、
なんか、あのね、散らかってるっていうかね、雑然とすんだよね。
うん、確かに。
今日はね、もともと話そうと思ってたのは、
なんかこの、物が捨てることとか、
なんかある種損切りすることとか、こういうの大事だねみたいな話をしててね。
それで稽古から今出てきたんだけど、
でも結構そういう身近なものがさ、面白いじゃん、理由が。
いつかアップサイクルするかもしれないからとってあるっていうさ、
ものすごいアップサイクルされないものがいっぱいありそうだなっていうかさ。
それが、聞いてくれる?
それがね、うまいことアップサイクルできたときにめちゃくちゃ嬉しいんですよ。
あ、とっておいた甲斐があったって思うんですよ。
すべてが、じゃあ、その散乱してるすべてが肯定されるわけ?
そう、すべてがリソースだみたいな感じに。
なるほどな。
トリッキーなことはですね、すべてがリソースだみたいな。
すべてがリソース?
いや、これあの、株で考えると結構やばいことですね。
え、どうして?
いや、なんか、なかなかさ、日の目を浴びてないさ、
要は、値下がりしちゃってる株がさ、いつかアップサイクルじゃないけどさ、
いつかこれが、えー、なんていうの?
まあ、儲けを出すと思って、なんかこう、株を例えば持ってたとするじゃない?
捨てることへの罪悪感とか。
罪悪感なんだ。
だって、例えば、
人からいただいた手書きのお手紙捨てたら、
ごめんなさいって言いながら年賀状とか捨てるけど。
捨てれるようになりましたけど。
でも、どのタイミングで処分できるかなとかさ。
え、ない?ない?
人からもらった手紙とかさ、
そんなホイホイ捨てれるの?
うーん、どうだろうな。
でももうずっと見ないものとかはね、
あんまり興味なさそうだもんね、そういうのはね。
それは偏見だと思うな。
なんか前さ、私何かのお礼でさ、
Amazonギフトカードをさ、
お菓子と横に入れて渡したけどさ、
危うくそれ紙袋と一緒に捨てそうだったもんね。
気づかずにね。
スパークジョイに気づかず。
スパークジョイか知りませんけど、
金目の者に気づかずさ。
そこにさ、お礼の。
うっかり、うっかりだと思うよ、単純に。
俺ね、自分でね、
でもそれで言うと、
捨てれないものも、
別にすごい何でも捨てるとは思わないけど、
結構そういう、
例えばスケジュール帳とかさ、
ノートとかは、
まあまあどんどん捨ててるのを、
昔すごいびっくりされたことがある。
手帳とか?
手帳とか。
あ、ほんと?
いやもうなんかだいぶ手帳使ってないけど、
なんか昔の手帳とかさ、
すごい、
だって結構かさばるから捨ててるよって言ったら、
なんかものすごい驚かれた。
あ、それたぶん私最後だわ、捨てるやつ。
あ、そう?
うん。
え、なんだの?
何に使うの?
使わないけど。
思い出?
いやあ、わからん。
2010年の。
見ないね、見ないね。
何日私はあ、ここにいたわ、とかそういうこともないよね。
ないよね。
だし自分が死ぬ前には、
どうにかして処分して捨てときたいやつだよね。
いやほんとだよね。
ちょっとやばい記述があるかもしれないとか。
あるかもしれないしね。
へえ。
逆に何、
でもなんかさ、別に無理して捨てなくていいじゃん、
っていうスタンスでもあるじゃん、橋。
そうだね。
でも俺自分でね、
なんかね、捨てるというふうに言われて思い出すのが一つは、
やっぱり独立したときにスーツをごそっと捨てたことだね。
おー。
多分相当な数。
うん、相当長く。
まあそんな高いスーツじゃなかったかもしれないけど、
でも結構ごそっと。
もうなんか、その、ちょっとジャケットと、
なんかどっか行ったときに、
まあセミフォーマルぐらいになるやつは残したけど、
あとはなんかきちっとしたスーツは全部捨てて、
なんかそれはでもなんかあれだな。
あの、もうこういうものを着ないで、
ちょっと仕事はしてこうという。
儀式で。
若干そうだね。
うん。
なんかこう、儀式的な感じは。
え、じゃあ逆に捨てれないものは何?
だから渋ちゃんからもらったステッカーとかそういうのは絶対捨てないでしょ?
えー、多分捨ててないと思うな。
あ、でもそういう感じか、捨てちゃうこともあると思うな。
アップサイクルはイメージはしてないから。
あー、とかいろんなところでもらっちゃった髪とかそういうのは。
っていうのはね、結構捨ててると思う。
あ、そうなんだね。
あとまだ。
冷た。
いや、だからそういう風に冷たと思うわけじゃん。
そう、私冷たって思っちゃう。
っていうことは捨てらんないよ。
そうなのよ。
そういうやる人は冷たい人だと思ってる限り、
そうだよね。
それは捨てられないっていうことだな。
そうだな。だからここが冷たくないんだね。冷たくない。
それはあなたの中のね。
冷たくない。
別に俺も冷たくないよ。
今私の中で箸冷たい人になってる。
俺はその思いを受け取って、思いを受け取って物は捨てた。
だからやっぱり贈り物は消えてなくなるものがいいですね。
だしはちゃんといただいたけど殻は全部捨てたみたいな、そういう感じだよ。
あー、そうだね。あー、いい表現だね。
だしはいただいて、殻は捨てた。
だしはいただきました。殻は全部もう捨てた。
それはいい。それちょっと標語。
だしはいただいて、殻は捨てます。
あさりの殻は捨てます。しじみの殻も捨てます。
エビの殻とか残したら大変でしょ?
大変。
腐っちゃうでしょ?
なるほど。私の部屋はもしかしたらエビの殻なのかも。
エビの殻とあさりの殻としじみの殻が残してない。
ちょっと怖いね。ものすごい怖いけど。
ものすごい怖いね。
でもなんか、物を捨てるとか、本入りとかもそうだけど、
さっき言ったスパークジョイの平米は何平米なんだっていうのは、すごい本質だよね。
株のこともそうだけどさ。
でも今話してて思ったのが、ほとんどのスペースはスパークジョイなんだけど、
スパークジョイっていって、ときめきの魔法ですね。
あれだよね。食器汚染剤みたいな感じだよね。
スパークジョイだけ切り出して。
ジョイみたいな。
なんかすげー油に効きそうな。
ほとんどの空間はいい状態だとしても、そこが整ってないと、
整ってない場所にばっかり目が行くみたいなことがすごいある。
別にふっと引いてみたら、別に快適じゃないって思うのに、
なんかこう、片付いてない場所とか、処分しきってない場所みたいなところに目がガッとフォーカスされて、
なんか嫌な気分になるみたいな。
実際の平米以上に、
エネルギーを捉えてる。
心とか頭の平米を取られていくみたいな。それも起きてるかもね。
これさ、ちょっとした自分の家が片付いてるかどうかって話もあるけどさ、
心の内的にもあるじゃない?きっと。
捨てれないものがさ、損切りできてないものとかさ、ずっと引っ張ってるものとかさ。
なんか俺、こういう話をしてて、
例えば、なんか昔さ、ちょっと自分の後悔してることとしてね、人生で。
大学生の時に、中高大バスケットボールをさ、大会でやってたんだけど。
真面目にやってたんだけど、今思うとものすごい大学生の時は、
バスケ部じゃないことをやればよかったなってすごい思うわけ。
なんかその時は別に悪かったわけでもないし、一生懸命やってたんだけど、
多分これまでもやってたし、なんとなくやっちゃってた。
本当は捨てればよかったかもしれないことなんだけど、
なんかそのままのなんとなく、別に恐れとかもないんだけど、
なんかこれまでこうだったから、なんか続けていくものみたいなさ。
なんかそれでこう4年間を過ごしたことに、結構自分の人生の中で何がこうちょっと悔いが残るかなというふうなことを、
あえて言ってみると、なんかそういうことがあったりするわけ。
体育会だったら結構な時間とエネルギーを使うもんね。
そうなんだよ。結局それをやると、ほぼほぼそっちにそれ以外のことできてないってことはないけど、
かなりエネルギーを使うことを選択しちゃったってことなんだけどさ。
逆に言うと他のものに使えなくなるってことだもんね。
そう、なんかそれこそもうちょっと留学みたいなこととか、
今だから言うのかもしれないけど、なんかもうちょっと違うこととかもさ、できたかなと思っていたりもするし、
なんかあと仕事とかもさ、わかんないけど、
なんか独立当初とかにもらった仕事とかってさ、なんかすごい本当に独立当初をすごい支えてくれた仕事だからさ、
なんかやっぱりこう、断るのすごい悪いなみたいなさ、気持ちとかもさ、なんか起きるものもあったりもするじゃない。
でももうそれってさ、もうある種旬は過ぎているんだけど、
でもなんかね、あの頃ちゃんとお世話になった、まさにあの頃もらったステッカーだから捨てちゃいけないなみたいなさ、
独立当初をあんな応援してくれた人たちのあれは、やっぱこれまで通りにちゃんとなんか毎年要請があったら受けていかないといけないなとかさ、
多分そういうのもさ、なんか多分あるんだけど、そういうのもなんかちょっと似てるっていうかさ。
そうだね。なんとなくっていうのが今はなんかキーワードだね。
なんとなくやっちゃったみたいな。
そうそう。
なんとなく続けちゃったみたいな。
これまでそうだったのでとか、みたいな。
でも面白いね、なんかハッシーのあれと私の多分違うんだなって今聞いてて思って。
なんか、私多分これをくれた人に申し訳ないとさっき言ったけど、
多分そこまで思ってなくて、多分二度とこれが自分が手に入らなくなったらどうしようって結局自分のことしか多分考えてないんだなって今ハッシーの話を聞いてすごい思って。
嘘つき。
ほんと嘘ついた。というのも、結構そういうお世話になった仕事とかも、もういいかなと思ったら結構バサッと終わっていく。
私は結構、もうそろそろ私、もうそろそろお役に立てる時期が終わったと思いますみたいな感じでバサッと。
冷たい女だね。
冷たい女だね。ほんとそうだね。
逆転。
逆転。そこにあんまり、なんかそこへの執着あんまないんだよね。
何に執着は?
だから、だからハッシー優しいなと思った。そんな。
優しい?
なんかそんな。
今更言うなみたいな。
優しいのか、意外と意外と人のことを気にしていないと言いながら結構ちゃんと気にしている人なんだなっていう。
まあでも自分の中も、なんかそうやって人の話をしつつ、自分の中もなんかそれをやるとさ、まあある種、なんていうの?
さっきの株の損切りとかはさ、いや損切りするっていうのはさ、何かが明らかになるからさ、大変なんだよ。
一回売るとかもさ、して、要は損したってことが明確になったり、売るっていう行為をしなきゃいけなかったり、何にもしなければさ、なんか明確な損が出るわけでもないし、でも目減りはしてるんだけど、なんかこうこのままで済んでいくじゃない。
だからそういうことを、まあ自分が回避してるとも言えると思うしさ。
なんかさ、何事もさ、やっぱこう手に入れる方が簡単だったりするんだよね。
深そうな雰囲気で話すね。
雰囲気?なんか買うのえらい簡単じゃん。
まあそうだね。
買うのえらい簡単だけど捨てるのにさ、買うのに確かに迷ったりするよ。迷ったりするけどさ、なんか最後はえい!とか言ってさ、買っちゃったりするじゃん。
まあそうだね。
まあでも捨てる方が、まあ終わらすとか捨てるとか。
終わらすとか捨てるとか、わあすごいやっぱ大変なことだね。
この間ネットフリックスでマーケティングの罠みたいな、結構向こうの大量消費をいろんなブランドがさせるみたいな、そういうことをちょっと暴くドキュメントみたいな、アマゾンとかさ、アディダスとかああいうとこ、結構実態がどうなのかみたいなのがあるんだけど、
要は物をどんどん売るけど、要は物をどうやって捨てるかってことについては、リサイクルがどうだとか言ってるけど、あれはほとんどデッチ上げでほとんど解決してないっていう、まさにそうだなっていうか。
本当だよね。とあるご家庭に行ったらさ、健康用器具が5台とかさ、なんかキッチン家電が何十種類もとかさ。
いつか使うかもみたいな。
それが家の中に堆積してると思うとですよ、どうかなって思っちゃうじゃんか。
でもよくある話だよね。
よくある話だよね。それの全然違う神バージョンが我が家で起きてるだけなんですけど。しかも買ってないから、ただなんですけど。
本当だよね。ただでもらっておいて、勝手に自分の何かスペースを、平々を奪われてる。
そしてマインドも奪われてる。何やってんだろうなって、ちょっと時々思っちゃったりとかしてさ。
何なんだろうな、この終わらせる気、減らす。
いやなんかね、それはやっぱり損切りって大事だな。
別に損じゃない。
いやでも損なんだよ。
損なの?
やっぱり損じゃないみたいに思ってると。
捨てれないね。
なんかこれは何かの、何で見たんだっけな、聞いた話なんだけどね。
人を許すみたいな話とかあるじゃない。
飛ぶね。
飛ぶ飛ぶ。
飛ぶね、ちょっと待って。
僕すごい何かそれを聞いてハッとしたんだけど、何かこう人を許せない人、何かさ、例えば恋愛とかでさ、すごい相手から傷つけられるとかさ、仕事とかの何か人間関係の中でそういうことあったりするじゃない。
で、そうすると許すっていうのは、何か相手がそのことについて全部謝ってくれて、そのことについて自分がされた分のことをちゃんと相手も何か同じだけのことを、例えば謝るとか。
なんか償うとかね。
みたいなことをされるから許すではなくて、要はそこを尊厳にするっていうことが大事だっていうふうに言ってて。
なんか要は相手はそういうつもりかどうかもわからないし、謝る気あるんだったら謝るのかもしれないし、でもそういう自分がすごい傷つけられたみたいなことを取り返そうというふうに思っていると多分ずっと許せないし、で、結局自分がそのことに、自分は要は損をさせられてるっていうところに。
気づかないよね。
あと留まっちゃう。
っていうか取り返そうとしてる間に実は損をしているっていうことに多分気づかないんだと思うな。
取り戻すっていう、回復できるみたいな感じにもなるんじゃないかな。
たぶん誰かにその時の話で言ってた。とにかくそのことについて謝ってほしいとか、それを持ち続けると本当にずっと要は相手にはその気はないかもしれないから、許すことはできなくてみたいなね。要は損斬りするっていうか、それが許すってことは損斬りだみたいなことを多分言っていたんだよね。
それはすごいなと思って。
でも結構難しいことでもね、場合によってはあるんだろうなと思って。
今日の話を聞いてちょっと大げさだけど、損斬りは損斬りって大事だなというふうに思ったんだよね。
それを聞くと、このことで自分は損をしているんだっていうことを知る必要があるね。
あと、損をするイコール負けるみたいな。損をしたら負けだみたいな。
たぶんそういう気持ちも人にはあるんじゃないかなっていうか。
あるだろうね。得をするより損を避けたい生物だもんね、人間はね。
損をするイコール何かに負けたみたいな。
っていうのがあると、なかなかそれを分かっていてもできないんだろうなという。
そうだね。今の人間関係の方に行っちゃうと、そうだよね。
負けた、許したイコール、許してしまうことは負けだっていうことだよね。今の方程式をつなぐと。
許したらこちらの負けじゃないんだよねってことなんだよね。
だというふうにその話は、なんか俺は解釈したんだけどね。
すごく分かります。
分かりますか。
なんか私も別の水嶋博子さんの本でそのことはすごいよく書かれてて、
なんかこう許さないっていうボタンをずっと握りしめて押し続けてるみたいな状態で、
それを別にそのボタンを押すことにエネルギー使ってなくても、別にその手離してもいいんですよっていう。
なるほどね。
許さないということでずっとそこに意識を持っていかれ続けているんですよっていう。
そうだね。
そのリモコンは別に自分が持ってて、別にその許すということと相手が自分にしたことが良かった悪かったという話はまた別の問題。
相手がしたことは良くないことということと、その許す許さないっていうのは全く別の話ですっていう。
なるほどね。
本田さんと山口さんのとこに勝手にドキュメント72時間を喋るラジオの方に行ってきましたっていうのをご案内して、前編後編2編出てるんでよかったら聞いてほしいんですけど、
この本田さん山口さんがですね、本を出されてまして、この前の文学フリマの時にこう合わせて、勝手にドキュメント72時間を語る人々ボリューム1という本を作ってですね、出されてまして。
でこれちょっとここみち書店ではない。
ポッドキャスト連動型書店独立後のリアルでもCAさせていただいて。
なんか売れたんじゃない?
売れたんでまた次の今これから補充しに行くんですけど。
棚が大きくないから毎回1冊ずつとかしか置けない感じなんですけど、置きますのでよかったら。
多分実店舗で手に取って見ることができるのは全国でこの書店だけなので。
じゃあ捨てられないですね。
捨てられないです。そうこういう本捨てられないでしょ。
そうなんです。そうなんですよ。
読んでいただきたいと思いますのでちょっと棚に遊びに来てください。
これが一つと、あとお知らせっていうかちょっと企画。
このポッドキャスト連動型書店独立後のリアルで本の中にですねしおりを挟んでるんですよね。
そのしおりがとりあえず最初は私がデザインしたやつで挟んでたんですけど、もうそこを尽きるんですよ。
あと数個って感じですね。
最初80枚か90枚かなんか捨てたんですけど、全部吐けてしまっているので、
これをですね、もしよかったらリスナーの方々の中でちょっとデザインしていただいて。
いいですね。
デザイン費はお支払いできないんですが、もちろん印刷とかは自分でするので、こっちでするので、
そしてご自身にも1つ差し上げます。1つだろうか10だろうか差し上げますので、
このデザインをしてくださる方を、というかデザイン案を募集ですと。
素晴らしい。
そのままいいねって橋がいいねって言ったら採用して、印刷して作りたいと思いますので。
ちょっとサイズを決めたいので、もう同じサイズでいきたいので、
サイズだけ概要欄に書いておきますけど、そのサイズでデザインしてもらって、
何かにGoogleフォルトをご自分のやつに入れてもらって、お便りフォームでここを見てくださいみたいな感じで連絡してもらえたら、
多分やりとりできると思うので。
じゃあ今のデザインもちょっと見れるようになんかしておきましょうか。
どちらでも、それにこだわる必要はないけど。
LIFE WITH MESSYというワードと、裏側に人生は散らかるものって言って、QRコードがついてるね。
なんかそんなシンプルな感じになってますが、別にこれ参考にいったわけじゃないけど、今こんな感じです。
じゃあお待ちしましょう。
お待ちしています。結構切実にお待ちしています。
あともう数個だもんね。
嬉しいよね、でも減っていくのはね。
そうですね、なんやかんやで100冊近くは売れてるってことだもんね。