オープニングと「心のコスト」の定義
こんにちは、ドキンちゃんです。 ドキンちゃんのお金と豊かさ研究室へようこそ!
皆さん、ちょっとご無沙汰してしまいましたが、お元気ですか? はい、あの今日は心のコストの話ということをね、話したいと思います。
はい、あのご無沙汰している間に、ちょっと私の人生の中に楽しいイベントがね、ありまして、
前々からお話ししていた、リッツカールトン大阪のスイートルームに泊まるというね、そういったイベントがね、先週末あったんです。
はい、これに関してはブログに写真をたっぷり使ってですね、レポ生地を書いてありますので、
はい、概要欄に貼っておきますので、よかったらね、ブログの方もね、遊びに来てください。
はい、どんなことを感じてね、何を思ったか、これをね、ぜひちょっと皆さんにね、受け取ってもらえたら嬉しいなと思います。
はい、で今日は最初にお話しした通り、心のコストの話をするんですが、皆さんこの言葉自体は聞いたことってありますか?
はい、えーと、コストっていうぐらいだから何かお金がかかるのかななんて思うかもしれないですが、
これは、そうね、なんか心が感じる精神的な負担のことですね、はい、それを示しています。
はい、なので、金銭的な負担のように、数値化されなかったり、はい、するんだけど、そこには目に見えないだけで、
数値化されたり言葉、言語化されたりはしてないだけで、何かこの人といると、とっても精神的になんかちょっとめいってくるなとかね、
そういう人とかそういう物事とかね、その何でもいいけど、なんかちょっとめんどくさい事案を抱えていて、
それが終わるまではずっと心のコストがかかるな、みたいな感じにね、言ったりするんですが、目には見えないんだけれども、
そこにしっかりとある負担、心の負担のことを心のコストって言うんだけれども、
そのことをね、ちょっと話したい、そのことでちょっと、逆パターンね、逆パターンで、心のコストがこの人といると全然かからないなっていう人、
なんだかこの人といるともうめちゃくちゃ元気になるとか、その自分のまま過ごせるなっていう人と逆に心のコストがかかる人、
はい、この対になっているこのお二方にはどんな違いがあるんだろうねっていうのをね、話していきたいと思います。
なのでね、皆さんもちょっと自分の周りの人をね、ちょっと思い浮かべながらぜひ聞いてください。
はい、ということで行きます。
「心のコスト」がかからない人との体験談
はい、あのLITSに泊まった時に、一緒に泊まった方っていうのが、実はオンラインで出会った方で、
どうだろう、もう7、8年ぐらい前から仲良くしていただいていて、お互いブログを主に書いていて、ずっと長く交流をしてきた方だったんですよね。
で、初めて一緒にホテルに泊まるというね、一泊旅行をするっていう、そういうことを初めてご一緒しました。
はい、なのでどうだろう、ほぼ24時間一緒にいるわけですから、
ちょっとね、最初ちょっとドキドキしたんですよね。
ドキドキしたんだけれども、結果的にこの一緒に行った方、カンさんっていう方なのでちょっとお名前カンさんとして皆さんにお伝えするんですが、
カンさんと過ごしたこの約1日っていうのが、私からしたら全然心のコストがかからない、本当にナチュラルに過ごせた1日だったんですよ。
でですよ、なんでなんだろうっていうのをね、考えていたんです。
なんでこの人と一緒にいると、なんでこんなに居心地がいいんだろう。
この人と一緒にいると、なんでこんなに安心できるんだろう。
気持ちよく過ごせるんだろう。
そういうふうに考えていたら、とある一つの事実にぶち当たったんですね。
それが何かというと、ああわかった、この人は裏表がない人なんだっていうことに気づいたんですよ。
カンさんというお姉さんは、自分の心に素直に生きるっていうことをすごくすごく大切にしてみえて、
それを自分のSNS発信でもずっとずっと、これが私の大切な生き方ですっていうのを伝えているんです。
めちゃくちゃ魅力的な人。
だからその世の中の正解とかっていうのは、彼女にとったらあんまり関係なくて、私がこうしたいからこの選択をしますっていうね、
そういう自分の軸で自分の人生をクリエイトしていくっていうところをすごく大切にしている方なんですね。
そうそう。なので、なんというか、もちろん裏表もないし、全ての言動に対して、これはカンさんが本当にやりたくてその選択を今してるんだろうなっていうのに、こっちが分かっちゃうわけなんです。
はい、そうそう。何でもいいけど、例えばホテルステイしている中で、結構な長時間ずっと、2人で一緒にいるんだけど無言、無言な時があって、
それはなんというか、そうしたいからそうしているんだろうなっていうのが手に取るように分かるわけですよ。
結構な長時間無言だった時に、こちらはお相手の気持ちっていうのを組み取ったり想像したり、勝手に勘ぐったり、気を回したりする必要が一切ないんですよ。
なぜなら彼女は、自分がそうしたくて今この選択をしていますっていう、自分の心と実際にやっている言動、行動っていうのが、限りなくイコールに近い人だからっていうのを日々の発信を通して伝えてくれていたから、
なんかね本当に、何て言うんだろうな、相手の気持ちを想像したり勘ぐったりする必要がないんですよね。そう、ないんですよ。そう、ね。
これが一番最初にお話しした心のコストがかからないっていうところに話がつながっていくわけなんですよね。相手がしたいことをしているはずだという信頼のもとに相手をまっすぐに見ることができる。
そう、できるんですよ。そう、なので、えー、まあ、なんというのかな、自分の心に素直に生きている人っていうのに対峙したときに、本当に何にも勘ぐらなくていい。
なんか相手に対して今楽しんでもらえてるかなとか、何かストレスを感じさせていないだろうか、みたいなところすらも何も勘ぐらなくていいわけですよね。
「心のコスト」をかけないコミュニケーション
うん、そうそう。で、仮にお相手の方が何か、私にちょっと気を使ってくれてるなっていうふうに、仮に私が感じたときとか、すごい気遣い、気配りしてくれてるなって感じたとき、何でもいいけど、
例えば、そうね、えー、まあ、2人で一緒にお出かけするときに何かお土産を、あの、持参してくれました、みたいな感じのね、あの、そう、シーンがあるとするじゃないですか。
で、なんか、あー気を使わせちゃって申し訳ないな、みたいに思うんじゃなくて、その、相手が自分に素直に生きてる人ならば、あ、これは多分、あれだと。
この人がこうしたくて、その、お土産を買いたくて買ったんだ。この人がお土産を買うことでドキンちゃんに喜んでほしいなって思って、ね。
うん、だからきっと買ってきてくれたんだな、ありがとう、みたいな感じでね、すっごい素直に、まっすぐとその人の言動を見ることができるんですよ。
ねー、これが、あのー、まあ精神的負担のない、というか少ない人間関係、まあコミュニケーションのあり方だなって思うんですよね。
ちょっと10分超えたのでそろそろ締めに入りたいんですが、あのー、でですよ、あのー、お互いこうだといいよねって思うんです。
はい、あの、私も自分の心に素直に生きていることと、あと自分の心にちゃんと素直に生きているから、
必要以上に私の気持ちの裏側をあなたたちは想像しなくていいよっていうのを、こうやって発信やら何やらで、ちゃんと周りにお伝えすること。
私がやっている言動っていうのは全て私がやりたくてやっていることだから、周りの皆さんはそんなに私に振り回されなくていいですし、
裏側を意識してかんぐったりしなくていいですからね、っていうのを私も常に言っていて、
コミュニケーションをとる周りの人たちも同じような人がね、周りに集まってくれていたら、お互い何にもそのお互いの心の裏側をかんぐらなくていいから、めっちゃ楽なんですよ。
そうめっちゃ楽。だからこういう人が、より多くの人がこのように心のままに生きる人が増えたらめちゃくちゃいいし、
それは引いては世界平和にもつながっていくんじゃないかと、私は割と本気で思っているんですよね。
自分の周りの人だけでもせめてこういう人たちであふれていたらいいなって思うんです。
「心のコスト」を手放すことの重要性
平和じゃないですか。とか、あと余計なことを考えなくていいというか、相手がどう思っているんだろうっていうところにもやもやもやもや考えていても、
それって結局答えがわからないことをずっと考えているから、割と無駄だと思うんですよね。
はっきりと言ってしまった。無駄だと思うんですよ。
なので、そういう無駄な心のコストを自分にかけてくるような人間関係っていうのは、なるべく手放していきたいし、
自分自身も相手に心のコストをかけさせないっていうのを日々意識していくといいですよね。
で、それをしていくためには、ところどころで話していた心でやりたいと思っていることと、実際の自分の言動、行動っていうのをちゃんと揃えていくことです。
という話でしたね。
今日は久しぶりのスタイフで、ちょっといつも以上にとっちらかった感じがしますが、最後まで聞いていただきありがとうございました。
はい、ぜひブログの方もご確認ください。
それでは。