00:04
はい、毎度のシンバです。この放送は、シャモニーに憧れる野良トレランナーのシンバが、トレランのおもろさについて喋ってくる番組で、今回もおもろいなと思っていただけるようにゲストをお呼びしましたよ。
前にね、ディープジャパンウルトラで、ペーサーを務めたハラケー君の回、聞いていただいた方いらっしゃいますかね。
その選手である、なんとこの方が、すごくトントントンとね、特に調整をするわけもなく、すぐにゲストに来ていただきまして、こんなラッキーなことはないということで、私もそのラッキーに乗っかるような形で今回収録させていただいています。
さっそく登場していただきましょう。野間健さん、いらっしゃいませ。
はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。
どうも初めまして、野間健さん。初めましてっていうか、会ってるのは会ってるんですけど。
二度目ましてですね。
二度目ましてで、一回目もお互いに、たぶん西井と野間健っていう、そういう感じでは思ってなくて。
はいはい。
はい、富士のね、ハラケー君のゴール依頼でございます。どうも。
よろしくお願いします、野間健さん。
よろしくお願いします。いやもう本当にね、この収録も会話して、まだ2分とか3分ですよね。
そうそうっすね、はいはい。
ついさっきで話し始めたところなんで。
はいはい。
もうお互いに、はい、自己紹介もまだだと思いますんで。
そうですね、はい。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
と言いながら、僕のラジオなんでですね、野間健さんに質問が多めにいくと思いますんで。
はいはい。
いいですかね。
聞いてください。
じゃあまずはですね、野間健さん、どういった方なのかっていうことを聞きたいので、自己紹介していただきたいと思います。
自己紹介。
お住まいどちらですか?
お住まいは、今は長野県の南佐久郡。
南佐久郡。
佐久地方ですね、東新地区っつって。
はいはいはい、佐久ですね。
長野の東側っつうんですか?
いえいえ、僕もよく佐久、インター降りてね、あそこで結構レースもあって。
あ、そうっすか。
平尾富士とか、KTFのね。
KTFの。
あとは上田スカイラインとかもあるんで。
佐久は通り過ぎちゃうけど。
そうっすね。
そうそう、あそこら辺は結構行ってましたよ。
はいはいはい。
神戸とか延山とか、あの辺ですね。
そうか、延山とか。
延山ウルトラもだから毎年、今年で4回ぐらいは出てて。
すごい、ウルトラというかね、だってあれ100キロなのに流石2000以上があるでしょ。
03:06
そうっすね、ロードラウンに流石が結構あって。
すごい陶芸そうなとこっすよね。
えげつないとは言われてるんですけど。
そうかそうか。
その辺りに住んでますね。
神戸も出場されて。
そうなんですよ、今年も出る予定で。
本当ですか。
去年はちょうど友達がバンビに出てて、それの応援に行っちゃって日程丸かぶりで。
そうですよね。
去年は出てないんですけど、一昨年初めて100マイルが神戸で乾燥して。
2023ですね、そしたら。
2023の神戸ですね、それが初めての100マイルです。
その時どうでした、やっぱり雨風に降りました?
え、雨?
はい。
後半降ったかな、前半は良くて。
あ、そうっすか。神戸といえば大雨のイメージが強いからね。
なんかね、道が崩れてみたいな。
あ、そうですか。
そうですね、走り切れました。
はいはいはい。
で、なんだっけ、その辺りに住んでいて。
え、え、え。
あとなんで、自己紹介するのね。
何しよう、年は。
はい、年を。
40、今年4ですね。
1981年生まれなんで。
あ、本当ですか。
じゃあちょっと先輩ですね、僕84ですから。
なるほど、3つしたんですね、23が。
23、40歳くらい。
そうです、41です。
あ、41、なるほど、同世代じゃないですか。
そうですかね、まあ昭和ではありますね、昭和のおじさん図。
昭和の最後ですか?
昭和の最後のおじさん図、まあ63まであるんで、4年ぐらい悠々ありましたけど、まあまあ昭和のおっさん図ですよね。
小学生、小学校ぐらいはみんな昭和やったみたいな感じ。
小学6年生の僕の時に平成1年目があれかな、たぶん小1ぐらいやから、まあほぼ周りも昭和やし、そう考え方も昭和な人間で固まってたんで。
そうっすね。
いまだに、いまだにそうそうそう、昭和ですよ。
はいはいはい。
どうですか、野間健さんは。
えっと、僕ねちょっとノートを何回か見てもらったんですよ、野間健さん。
え、俺のノート見てくれたんですか?
見ました見ました。
2つだけですけどね。
だからそこの話がもし来たらちょっとね、いろいろと聞きたいなと思って。
でもあれで大体自己紹介も読んでもらいました?じゃあ。
あ、読みました読みました。
じゃあもうバックグラウンドはもう。
おおよそ、おおよそわかりました、はい。
確かにあれを読んでもらうと。
全く知識がない状態でちょっとね、言うのもなと思って。
そうそうそう、ちょっとだけ勉強、野間健さんの予習しておきました。
予習してくれたんですね。
予習いたしました。
すごいなあ。
いえいえ。
だからコウミもその1個前の2022でね、チャレンジをされて。
そうなんですよ、実は。
でもその1ヶ月ちょい前に大怪我されたってことですよね。
そうそう、山で仕事が林業で。
06:01
へえ、そうなんですね。
森林救援に勤めてて、山であの下り斜面でちょっとこけたんですよね。
はい。
ずっとこけたら、なんかそのこけた先にガラスの破片があったのかな、膝のあたりに。
それが全部の体重ごとグッと乗っかっちゃって。
へえ。
膝がカギカッコの形に切れて。
カギカッコの形、そう、なんか見てます、すごい形になってましたよね、だから。
傷も載せてましたっけ、傷の具合も。
ああ。
載せてたっけな、写真で。
あ、写真ありました、放語してる写真ですわ。
それが、コウミのね、2022のコウミの1ヶ月前に怪我しちゃったんですよ。
そうらしいですよね。
そうそう、それで前日2、3週間みたいな。
うわー。
ちょうど、ちょうど罰金して1週間後にコウミみたいななんか。
いや、すごいですね。要はそれでTNSしなかったんですかね。
そうなんですよ。で、まあ先生に聞いたら、いやあ、そんな人はいないけどまあ走ってみたら、みたいな。
そんなダメとも言わなかった。
面白い、面白い先生やな。
そうそうそう。だって、まあ本当に目標にしてたレースなんで。
はい。
あの、走ろうと思って走ったけど、その時のコウミは1週半ぐらいか。
5週ですもんね、あれね。
そう、5週ですね。
うん、これを1週半でDNFか。
はいはい。
その時にすでに総歴が3年ぐらいっていう話聞いたから。
ああ、でもその時総歴まだ、あれね、全然、2022から始めたんで、たぶん。
あ、そういうことですか。じゃあ要は一発目で100万円を引こうと思いましたね。
だからもうそのね、本当に無謀なんですけど。
いやいやいや。
自分全然何も考えてないんですよ、マジで。
いやあ、すごい。
で、本当に走り始めた話とかもしたいなと思ったけど、これ話すと長くなっちゃうけど、大丈夫かな?
いや、いいっすよいいっすよ、全然いいっすよ。
まあそういう回なんで。
あ、そうですか。
僕のラジオはね、知りたいことをとことん追求するっていう。
めちゃめちゃ長くなっちゃうけど。
いいっすよ。
まずトレラに出会ったのが、本当に2000、何年なんだろうな、22年に初めて大会に出てるから。
はい。
たぶん2021年とかなのかな。
ああ、1年前ぐらい。
あのか、2022年のどこかなのか、ちょっとうる覚えなんですけど。
じゃあもうほとんど知った瞬間に100万円を走ろうって感じだったんですね。
本当ね、そうそう。
まあその、順を手放すと、まずトレイルランナーを初めて見たのが、自分はリングやってるじゃないですか。
はい。
で、それがタルイザーの国有輪だったんですよ、現場が。
なるほど。
で、現場の国有輪で斜面で先輩たちと木切ってて。
はい。
09:00
で、そしたら、その林道っていうかその作業道にザック背負った5、6人の、なんかね、当時登山してるわけじゃないし、なんか競走だし。
そうですよね。
あれは何なんだみたいな感じで。
ああ、はいはい。
要は現場作業員でその林業をやってるときに、初めてトレイルランナータルものを見たんですよ。
おお、なるほど。
で、その時、当時俺まだ彼女いなくて。
おお、はい。
で、これね、ワンチャン女の人っぽい人もいたから。
ああ、なるほど。
これ出会いあって彼女できんじゃねみたいな。
すげえ。
バリバリな下心から。
なるほど。
じゃあ俺も走ってみようかなみたいな感じで。
その、要は現場の国有林が、今、後で調べたらKTFの軽井沢42キロ。
ああ、はいはいはい。
あれのコース上が仕事場だったんですよ。
ああ、そうなんですか。
そうですそうです。
僕もね、2020に出たことありますよ。
あ、じゃあそれなのかな。
いやいやいや、あのね、野間健さんのね、あのノート今見たけど。
あの、えっと、41歳の時に2年って書いてあるから、39歳の時にやってるから。
そうそう、だから2021年に多分トレイランドにハマってるはずなんで。
ああ。
だから僕が、僕じゃないです。僕じゃないです。
あ、じゃあそれ違う。
それ違う。
でも、大体俺適当なこと言ってるんで。
はいはいはい、プレ大会かな、プレ大会の時。
うんうん。
だったと思うんですよ。
まあでも時系列はね、ああいうフェアですけど。
いえいえ、全然大丈夫ですよ。
で、あのそのトレイランドを見た時に。
はい。
あ、じゃあこれ大会で、その時もね大塚さんっぽい人もね、いたんすよ。
あ、そうなんや。
人がいて。
はいはいはい。
やったら、今思えば、なんか結構大塚さんってこう、こういうオラついてる雰囲気あるじゃないですか、こう。
はいはいはい。
まあね、あの時からムキムキでしたからね。
ムキムキ、そうそうムキムキな。
大丈夫?
そうそう、来た来た。
おーおー、はじめまして、はじめまして。
お嬢ちゃん、はい。
よろしくお願いします。
はい。
おやすみは?
寝るのかな?
おやすみーって。
そうそうそう、おやすみーって。
寝れんの?
いつもね、このなんかこう、僕が喋ってたらね、このタイミングで絶対来るんですよ。
そりゃそうだよね。
そうそう。
寝れないよね。
寝れない。
一緒に喋ろっか。
いや、ダメダメダメ。
はいはい、戻って。
おやすみー、バイバーイ。
お子さん二人いるんすか?
ニッセさん。
子供はね、はいはい、こっちやって。
一応ね、三人なんですよ。
三人!?
そうそうそう。
すごいね。
ちょっと都市離れとって、この子が末っ子なんですよね。
末っ子。
末っ子の子で、いくつなんすか?
お姉ちゃんじゃな、お姉ちゃんやな。
お姉ちゃん。
はいはい、おやすみー。
そうそうそう。
大丈夫ですか?でもパパが、パパがそんな喋ってたら、ちょっとなんだなんだみたいな、みんな来るんですよね。
来る来る。もうそれでね、下の子は逆に邪魔すんのが楽しいみたいで。
やっぱそうだよね。
そうそう、毎回来ます。
おーおーおーおー。
そうそう。で、頑張って編集する時もあれば、たぶんこの辺さんのやつはそのまんまやろかなって感じですけど。
12:03
いやいや、それこいつは何でも結構ですけど。
そうそう、あのね、ベジータみたいなね、ムキムキの大塚さんがね。
でも、その時はめちゃめちゃ腰が低かったんですよ。
要はもう現場作業員5、6人の着こりと、コースマーキングをする大塚さんがいて、使わせてもらうんでよろしくお願いしますみたいな。
で、その人がね、コースディレクターっていうか、そういう人だってわかんないじゃないですか。
俺なんとか全く知らないし、大塚さんも全く知らないから。
だからね、その時に出たいですとか言ってみても面白かったと思うんですけど。
そういう人が本当に大塚さんっていうのも知らないし、コースディレクター、レースディレクターっていうのも知らなかったから。
なんかそのネットで調べて、KTFのカルイザーの電話番号に電話したら、
なんかもう多分レースが1週間後だったのかな。ちょっと今思うと謎なんですけど。
で、当然それもエントリーも終わってて、出れないじゃないですか。
それはね、それは無理ですね。
で、その時に、じゃあちょっと自分も走ってみようかなとか思って。
で、地元の延山ウルトラがあるじゃないですか。
ありますね。
それの42キロにレースエントリーしたのが、マラソン大会というか。
俺らんじゃなかったですよね、当時はまだだから。
でもいきなり42キロ行こうと思ったんですね。
そうなんですよ。
すごいな。
だからその、行かれてますよね。
いや行かれてますね、さすが。
いやいや噂通り。
そうなんですよ。
えー、そうですか。
練習も職場の先輩がトラックで迎えに行ってるけど、それを走る練習にしたらみたいな感じで、
川上村の現場まで走っていくみたいな。
えー。
普通に10キロくらい現場までなんていうんですかね、電車とかないから、
今でみんなで乗り合わせして林業の現場に行くんですけど、
それを拾ってもらうのを、自分ちょっと走っていくんでいいですとかって、
帰りに帰るんでいいですとか。
そんなノリでなんか練習を始めて。
で、走って練習して、
でその、2022の延山42キロで、いきなり5位だったんですよ。
で最初、
えー早っ。
5位と思って、タイムは3時間20分くらいだったんですよ。
そんなサブスリーとかじゃないし、そんなでもない。
延山では。
そんなでもないんだけど、いきなり5位って書いて、年代別とかそういうのじゃなくて、
15:02
えー総合ですよね。
総合なの?みたいな。
だからなんか最初消費、なんか強奨されたんですよ。
えーすごいですね。
そっから、なんかもうこれちょろいのかなみたいな。
強奨しといちゃって。
なるほど。
俺才能あるのかなみたいな。
ちょれーわーと思って。
そうそう。で、後で痛い目めっちゃ見るんですけど。
はいはい。
で、その後に、ちょうどね、その時に、
あのー、山田陽介って知らないですか?
知ってます?
山田さん?
山田陽介さん。
なんかでも聞いたことありますよ、僕。
そう、なんか今はもう海外に行っちゃって、日本にいないやつなんですけど、
その友達、高校のね、後輩なんですよ、そいつが。
はいはいはい。
で、あのー、UTMFで最後、2022のUTMFで、
はい。
あのー、5位だったけどそいつもカッパ落として失格になってんすよ。
あー!
知ってます?
わかりますわかります。
で、一日一食とか言って、あのー、米食わないやつ。
あー!はいはいはいはい。
あいつが高校時代の後輩で、結構下の後輩だったんですよ。
で、当時俺アメフト部で、めっちゃ話長くなるけど大丈夫ですか?これ。
いいっすよいいっすよ、全然。
当時俺はアメフト部に入ってて、高校2年生でね。
あ、そうなんですか。
そう、都立富山高校って言って、あのー高田馬場にある東京。
はいはいはい。
元々は東京の人間なんですけど。
あーはい。
で、そこでアメフト部にいて、あのー、要は中学校でアメフトやってるやつって全然いないじゃないですか。
あーいないですね。
部活自体もあんまりないし、だからすごい勧誘する文化っていうのがすごいあって。
はいはいはい。
あのーもうえげつない勧誘するんですよ。
えげつないってどんな感じで。
高校生なのに、今コンプラとかは引っかかるんじゃないかなと思うけど。
えー大丈夫ですよ。
要はもうなんか四六時中1年生に通り着いて、もう入れよ入れよって超楽しいから。
なんかオラついた感じでこう。
オラつく感じは特にないですけど。
で、しまいにはなんか、あのーOBの会費でお金出してもらって、その金でピザをオラして。
はいはいはい。
あのー思って。
はいはい。
なんか気まずくさせてイネさせるみたいな。
へー。
えげつないでしょ結構。
いやーさすがっすね。
大学ぐらいの時はそんな感じの勧誘はありましたけどね。
そうそう。高校生でそんなことやってて。
すごいな。
で、その時俺がちょうどその勧誘してた時に目をつけたのが、高校1年生で入ってきた山田陽介だったんですよ。
あ、そうなんですね。
で、そいつの話聞けば、当時ね、その山田陽介のお父さんは、
はい。
山田ひとしっていう日本代表のサッカー選手なんですよ。
え、そうなんですか。
あの世代で言うと、
はい。
伊原より、伊原とかわかります?
わかりますよ。
伊原よりもっと上だな。フリーキックの木村和志とか。
おー。
あの世代だったと思うんですけどね。
へー。
みんなお父さんで日本代表で、これ話していいのかわかんないですけど。
18:00
いやいや、もうそのままオープンにしますんで。
大丈夫です。
で、聞けばそいつもサッカーやってて、
えー。
当時。
で、ベルディーの、当時はJリーグ前世の東京ベルディーのユースに入ってるとかなんとかっつって。
あー、なるほど。なんかありますよね。
ユースとかあるじゃないですか。
ユース、ユースでしょ。なんかね、プロのその下にね。
そうそう、株組織で高校生ながらやってるみたいな。
へー。
当時お父さんの話は知らなかったけど。
はい。
めっちゃ運動神経抜群な感じですね。
そうそうそう。
すごい奴がいるぞと思って。
はい。
で、これはもう勧誘するしかないっつって。
はい。
もうすっごくずっと、もう本当に休み時間ずっとそいつ1年B組だったかな。
はいはいはい。
なんか行って、ずっと勧誘してたんですよ。
はい。
で、勧誘してたけど、結局その山田陽介の方がなんか1枚奪ってて。
ほう。
全然全然、もう俺いつも後輩に舐められるタイプなんですけど。
あのー、なんかこう、いや、部活は入んないですけど、お父さん面白いんで一緒に遊びましょうよみたいな。
はいはいはい。
で、当時からなんか、あのー、ゴールデンウィークとかやっとくなって、チャリで山田担保2人で行くみたいな、東京から。
行かれてる人はちょっとなんかノリが。
ちょっと変わってますね、それね。
そうそうそう。で、なんかあと、今思えばそれはコウミだったんだけど。
はい。
2人でなんかスノボを担いで、コウミのスキー場行ってスノボしたりとか。
へー。
そうそう、なんかね、仲良くしてたんですよ。
結構マブで。
そうそうそう。
でも、高校出たらもう全く付き合いはなくて。
はい。
で、お父さんともなくて。
はい。
で、まあ会いたいなとは思ってたんですけど。
うん。
はい。
で、当時俺ね、スマホはまだ持ってたかな。
うん。
またその、木こりになった理由も説明すると長くなるんですけど。
木こりってすごいですよね。
なんかね、結構珍しい職業のうちの一つだと思ってて。
今はね、そうそうそう。
なんで木こりになったんですかとか、そういう話もすると長くなるんですけど。
はい。
長くなる話ばっかなんだけど。
いいですよ、いいですよ。
当時、木こりになるときに本当にね、なんかね、病んでたんだろうね、きっとね、東京の生活が。
病んでたんですか。
あー、東京、はい。
で、文明っぽいものを否定してて。
ほう。
もうなんかスマホも持つのもやだみたいな、そんな。
あー、そうなんですか。
今こんだけSNSまみれになってんだけど。
まあまあまあまあ。
当時はね、だからそういうのも。
やってんだけど、当時はね、本当にね、もう人もやだったね、なんかね。
あー、そうっすか。
もうね、全てをね、意味嫌ってた、なんかもう都会の。
はいはいはい。
だいぶもう都会の並みに飲まれて毒されてた感じですね、本当に。
なんかね、なんでこんなに人いんだろうとかね、なんでみんなこんな辛い仕事してんだろうとかね。
はいはい。
21:00
もうなんかね、本当に自然とか村とかに行って、人と関わらないで細々と暮らしたいみたいな、なんていうのかな。
へー。
うーん、なんかもう都会の忙しさとかさ、喧騒とかさ、そういうのが全てやだったよね。
やりなちゃったんですね。
そうそう。
そうそう。
そんな時に、またちょっと話変わってるけど。
はい。
なんかね、自分の中でやってもいい仕事だなと思ったのが、農業か林業なら自分の中でやってもいいっていうかできるかなって降ってきたっていうのが一番近いのかな、表現としては。
えーと、お年それいつのタイミングですか?
その時は37かな。
おー。
すごいよね。本当にね。
これすごい。
そうそうそう。
すごいタイミングっすね、その時は。
今思えばね、縁もゆかりもないこの川上村にさ、文字通り裸一貫というか知り合いも全然いないのに。
そうですね、はい。
で、当時付き合ってた彼女にも振られ。
あー、まあ仕事辞める言うたらね、振られ。
そんな人にはついていけないみたいな。
はいはいはい。
そうそう。で、あとなんだ、最後やってたのが作業療法士っていう仕事?
あ、作業療法士やってたんですか?
知ってる?作業療法士。
うちのね、妹が作業療法士っす。
理学療法、ごめんなさい、理学療法や。
そうそうそう、理学療法。
ちょっと違うけど。
ちょっと違うんすけど。
うん、だけど、まあ、いわゆるリハビリとかを。
そうそうそうそう、それをやってたんすよ。
うちのね、さっきの子おったでしょ?
うんうん。
1月にちょっと農園で入院しとったんすよ。
あー、大変じゃん。
で、体を動かすリハビリとかを作業療法士さんにやってもらったりとかしたり。
あー、そう。
そうそうそう、ちょっと身近かもしんないですね。
あー、そう。
はいはい。
まあ、言うてでも、自分30になってその夜間の学校入ったんすよ、作業療法の。
あ、え、そうなんすか。
うん。
で、ずっとやってたんじゃなくて。
へー、じゃあずっとやってたわけじゃなくて。
全然、もう1年で辞めちゃった。
あ、そうなんすか。
もうね、やっぱ堅い仕事が抜かないんだろうね、勝手に。
なんだかんだ病院ってきっちりしてるじゃん。
きっちりしてますね。
そう、なんかもう会議も多いし、勉強会も多いし、発表も多いし、みたいなもうね。
なんかもう30過ぎて、まあそれもね、ほんとなった理由もクソなんだけど。
はい。
もう当時付き合ってたね、彼女。今の、また寄りが戻って、今の彼女でもあるんだけど。
あー、そうなんですね。
だからそれをね、俺はね、木こりの勝利って最近呼んでたんだけど。
あー、木こりの勝利。
勝利って呼ぶのも、なんかそのある女の子に指摘されて、いや野間健それは木こりの奇跡って呼んだ方がいいよっつって。
奇跡や。
奇跡だよね。
だからね。
別に方程式があったわけじゃなくて。
勝負してる感じになっちゃうけど、勝負じゃないじゃないですか、恋愛なんて。
勝負じゃない、確かにね。
そうそう、なんか女の子目線でもないし。
そうですね。
だから、奇跡って呼ぶことにして。
まあ結局寄りは戻ったんですけど、その当時付き合ってたおりえちゃんっていう看護師と一緒に住んでて、
24:04
はい。
まあなんか転職を考えてて、その子が看護師なんですけど。
看護師さん、はい。
だからこういうリハビリですね。
ああ、そうか、なるほど。
どう?とか言われたんですけど、それね、20代じゃないと慣れないんですよ。
ああ、そうか、看護師さんはね。
救命救急は。
救急は。
で、その次に考えたのがリハビリ。
で、理学療法、作業療法、言語を聴覚してあるよ、みたいな感じで。
で、選んだ時に、なんか理学ってより作業の方が精神化とかもあって、
自分結構その哲学的な考えとかすごい好きなんですよ。
なんで生きるのかとか、なんで生まれたんだろうとか考える。
だから病むんだと思うんだけど。
思いつきすぎてね。
そういう考えとかめっちゃ好きなんですよ。
だからなんか作業療法の方が面白いかなと思って、
軽いノリで三巡の時に夜学で入って、昼間はね、エスパスっていうパチンコ。
関西にはないか、エスパス。
エスパスはない。
エスパスはないか。
ない。
うん。
ワンダウノの旦那さんが社長の会社。
あ、そうなんすか。
そうそうそうそう。
カンダウノの、なんかいろんなことやってるんだよな。
そう、その西村卓蔵つったかな、なんだっけな。
はい。
卓蔵つったかなが社長で。
はい。
そこでバイトしながら、夜は学校に通うっていうのを30から4年間。
すごいっすね。
もうね。
本気出ましたね、ほんまに。
血尿出てて本当にやばかった。
そうでしょうね。
辛すぎて。
はい。
そう、そう。
で、その薄い縛って、なんか違うな、なんか違うなと思いながらも勉強して。
はい。
しかも借金も500万ぐらい作ってさ、学費めっちゃ高いの。
高い。
まあ、EOKってやっぱね、お金かかると言いますよね。
そう。
ああ、そうか。
人生思い切ったよね、そこでね。
思い切りましたね。
小学金借りてさ。
ああ。
そうそう。
で、一生懸命近くとって。
はい。
なったんだけど。
はい。
もうなんか病、まあ実習の時からさ。
はい。
なんかもうこれなんか違うなみたいな真面目すぎて。
はい。
もうレポートは何枚かね、とかさ。
まあ、なんかもう患者さんの動作分析とかさ。
はい。
もうなんか細かい、まあ細かくて当たり前なんだけど。
うんうん。
そう、そう。
そういうのがもう全然向かないのにやってたんだよね。
なるほど。
なんかさ、その彼女に好かれるとか彼女が喜ぶかなみたいなさ。
はい。
もう男ってバカだからさ。
そうか。
なんかそういう頑張っちゃうじゃん、なんか無駄に。
はい。
なんかこの子が喜ぶならそうやろうみたいな。
えー。
全くそういうのはやっぱりダメだよね、本当に。
まあ自分に合わなさすぎた。
そうそう、合わなすぎて、そう。
あー、そうか。
で、結局4年かけて取って。
はい。
あの旧世紀病院みたいなね、千葉県の松戸のね。
あー、松戸。
そうそう、松戸なのにその病院の名前が新東京病院っていうさ。
あー、もう千葉らしい。
27:01
そういうなんかさ、東京ディズニーランドも千葉にあるけどさ。
そうですね、はい。
そういうさ、しれっとなんか東京ですみたいなのをやるじゃん。
そうですね、そうですね。
千葉はそういうとこありますね。
千葉か、千葉の人は。
そこに勤めてたんだけど。
はい。
もう1年ね、もう合わなすぎて。
あー、そうですか。
もうね、本当地獄だった、今思えば。
本当に地獄だった。
だから今をどんなに辛くても。
はい。
あの時に戻るかお前って自分自当すれば。
はい。
戻りたくないから。
うん。
うん、今の仕事になってよかったなってすごい思うよ。
あー、へー。
うん。
もうすごい壮絶なあれですね。
壮絶だった。
30代を過ごされはったんですね、そんなのね。
だから今、日治さんに多分昔の話聞かれるなと思って、俺も振り返ってたんだけど。
はい。
その作業旅行やる前から結構いろんな仕事を点々としてて。
あー、そうなんですね。
そう、最初スーパーの肉屋やって。
あー、肉屋。
で、その後トゥー太郎になって、なんかもうモンスターハンターとかずっと何時間ってやってて。
おー、はいはい。
ゲーマーになって。
引きこもりみたいな。
はい。
とかやったりして、あとなんか結婚式場とかもやって、一ミリも結婚とか興味ないのに。
ほう、式場では働いてたんですか。
そうそう、自分も結婚したことないのに。
はい。
結婚のなんか段取りのなんか。
はいはいはい。
かっこよく言えばウェディングプランなんだけど。
えー。
なんかそんなのも無茶してやってて。
あー。
なんかもう合わない仕事、なんかできないのやってんだろうね、きっとね。
ふっふっふっふ。
西井さん、仕事何やってるんですか。
僕がね、今やってるのは結構あれですわ。
言えない。
医学な、理系な感じ。
ほうほう。
知的財産とかそういうのをやってて。
え?
知財、知的財産。
知的財産?
特許、特許とか衣装とか。
衣装?
そういうの。
そうそう、衣装っていうのは、衣装権利があって。
物を作った時に得られる権利を守るための、何て言うんかな、法律をしっかり勉強して。
ほうほう。
まあその、うちの会社にメリットがあるような権利をいっぱい取っていったり、他社が入ってこれないようにそれを邪魔する。
あー、それ理系なんですかね。
そうそう、そうなんです。もともと開発をやってて。
はー。
商品開発してて。そうそう、物作りしてたんですよ。
あ、物作り?
そうそうそう、製品開発。
はー。
具体的にそれはどんな物とかは言えないんですか?
うちはね、化学メーカーなんで。
はい。
いろんな物売ってるんですよ。そうそう。
かっこいい。
でかいやつは家とかも売ってるんですけどね。
でかっ。
でかいやつは、そう。
えー。
いろんな物売ってるやつの中に、ライフライン関係ですよね。パイプとかバルブとか、地面に埋まってる系の製品をいっぱい開発してて。
それの特許みたいな。
で、そうそう。で、今はそれの開発をしてるメンバーをどっちかというと支援するというか、特許を出して、戦略的にいろんな物を守っていくみたいなことをやってるんですけど。
いや、でも僕も、今、40なってからですけどね。
30:04
まあ、いろいろあって、この部署に来たんですよ。
まあ、さっきの、一番下の子がね、ちょっと上昇って。
で、実は僕も千葉県におったんですよ、しばらく。
マジっすか?どこっすか、千葉。
千葉のね、あの、蘇我。
蘇我行きとか見てたけど、蘇我には行ったことないな。
そうそうそうそう。あの、千葉くんのちょうど首のところにおるんですよ。
首か、あれ。
千葉くんの首なんで。
はいはいはい。
そうそうそう。あの、車やったらね、東京周りとあくあらい周りがちょうど同じぐらいになる。
あー、どっちもどっちみたいな。
絶妙なとこなんですよね。
そこに向かってたんですか?
向かってたんですか?
そこで、まあ、あの、その時は製造関係とか、あとは品質管理関係とかやってたんですよね。
あー、じゃあ会社自体はずっと同じ会社なんですか?
同じ会社とか、まあその千葉に今はその会社に出向みたいな形で行ってて。
あー。
で、そうなってる時に、ちょっと一番下の子が農園とかなんで。
うんうんうん。
もうちょっと単身赴任はもうどうしてもできひんと。
あーはーはーはー。
すみませんと。もうなんとか、どんな仕事でもいいんで。
なるほど。
ちょっとあの家から通えるところにしてくれって言って。
あーはーはーはー。
言ってですね、まあもう40歳のね、おっさんで向こうでちゃんとキャリアを進んでたのに、急にそのもの全部バーンと捨てて。
あーはーはーはー。
もうなんでもいいからやらしてくださいって言って。
やってるのが今。
今。
そうそうそう。
で、知的財産のところにあの無理やりあの入れていただいたっていう。
どうですか?知的財産面白いですか?どうですか?
いやー、もうてんはやんわっすね。
まったく。
エリア多いや。
もうおっしゃる通りあの、たぶん野間健さんが理学療法士行ったみたいな感じで。
僕もなんか細かいことをするよりもこうグイグイドカドカっていう感じで。
開発とかのほうがまあ承認はあってたんですけど。
なるほど。
本当に一歩引いて、まず間違ったことは絶対にしてはいけなくって。
ルールとか法律のもとを正しい用語を使って。
で、期限っていうのもしっかりと。
これは何年ぐらいのあれがあるから、これまでにこの仕事を全部やらなあかんくて。
それまでに開発の人と事務局の人と、あとはあの特許庁ですね。
特許庁にこういう書類を出してとか。
いうような仕事を一番苦手だったっていうか。
基本的なことをあのやってるのと、あと法律の知識もそこまで今ないので。
一応資格取りにやりとかそうそう。
一番簡単な資格は多分8月の10何日に結果出るんですけど。
それは多分受かってるからと思うんですけど。
そんなことを今コツコツコツコツやってるんで。
気持ちすげえ分かりますよ。
そういうふうにサラリーマンとして働いてる人たちを本当に僕はリスペクトしますよ。
いやいやいや。
絶対できないもん俺。
でもまあなんていうか、でも自分の特性にまっすぐというか。
いろいろ右右屈指を野間健さんやられてるんで。
人よりもかなり苦労はされてらっしゃるかなと思うんですけど。
33:01
まあなんかいろんなね。
でも自分の性格にぴったり合う職業で。
ちょっと言い方あれですけどのびのびというか。
そういうふうに働いてらっしゃるのを見ているとやっぱいいなっていうふうに。
羨ましいというか。
それがあるべき姿かなっていうふうに思いますよね。
まあ確かにね。難しい。難しいですよね。
僕みたいなサラリーマンでずっと自分のやりたい開発とかができたわけじゃなくて。
やっぱりいろんな仕事をやって。
今はもう本当にさせていただいてるっていうかね。
なるほどね。
家から通える仕事をさせていただいてるっていう感じなんで。
ずっと大阪が本拠地なんですか?大阪ですか?
僕は奈良県なんですよ。
奈良で?
そう。
それが実家ですか?
実家も奈良にあったんですよね。
今はもう父が去年亡くなって、
お母さんが一人で住んでるんですよ。
そこから車で30分か40分ぐらいかな。
奥さんも奈良の方なんですよね。
だから基本的にはずっと奈良なんですよ。
バックボーンはね。
なるほど。
でも仕事では結構いろんなとこ行ってるんで。
別に何て言うんかな。
例えば長野県に行くとかは全く大変とか思わない。
ロングドライブも全然平気なんで。
本当ですか?
また関東でレースあったりとかしたら。
ディーブジャパンも行きたいし。
行ってましたね。
そこは自由度があるかもしれないですね。
沼瀬さん逆に東京と長野の拠点ですか?
あと千葉と。
千葉も織江ちゃんと浦安で同棲してたりしてて。
彼女が潤天堂の浦安病院に勤めてたんで。
看護師で。
そこに紐みたいな感じで転がり込んで。
ダメでしょ。
全部おもろい。
本当に転がり込んでそこで一緒に暮らしてたというか。
紐ですよね。
織江さんは今どうしてるんですか?
寄り戻したんでしょ?
寄り戻したんだけど。
まだ病院じゃなくて東京で看護師の資格で救急相談みたいな仕事をしてて。
子供が泡吹いちゃったけどどうしたらいいですかって救急車呼ぶ前に相談する場所みたいな。
そういう仕事をやってて。
夜勤とかもあって。
それ東京でやってるんで。
東京に住んでますね。
遠距離恋愛中ですか?
結局僕は東京にはもう行けないんで。
36:01
どうなるか。
来るのか来ないのか。
今この家も林業者住宅って一軒家なんですけど。
すごいですね。
後輩の男の子と住んでるんですよ。
ルームシェアみたいな。
だから織江ちゃんがパッと来てもその子気まずいじゃないですか。
まあそうですね。
だからどうしたもんかなっていう感じで。
なんか悩みって言わない。
けんさん定期的に近況報告会をしてもらわないといけない。
変わんないと思いますけどね。
ここまですごい劇的に来てるから。
なんかガラッと変わるかもしれない。
犬とかね。
ワンちゃん?
そうそう。
かわいい。
なんか研修はあるんですか?
研修はビークルとウォーカーハウンドっていう両研ですね。
俺鉄砲もやってるんで狩猟。
狩猟ですか。
はいはいはい。
だからその狩猟の先輩から。
眩しいですね後ろまで。
いや全然。
大丈夫ですか?
はい大丈夫。
その狩猟の犬ですね。
山の一人とか。
めちゃくちゃいいですね。
カニコロスとかも出ないですか?
カニコロスってなんすか?
犬と一緒に。
丹納の人がやってるやつですよね。
やってるやってる。
あの人知り合いですか?
あの人と。
いやあの残念ながら知り合いではないんですけどそういうレースがあるってのは知ってるのと結構ワンちゃんとトレイルランやってるお友達が何人かいまして。
ほんとすか。
いいなーって。
いやーほんと八つ畑スリーピークスは来年出ようと思ってるんですよ犬とか。
いいですね。
それ確かありますよねワンちゃんとのやつね。
そうそう犬部分があるから。
あとカニコロスの人もインスタでメッセージくれて。
でなんか年末あるって言ったかな?
増えてあるからぜひ来てくださいみたいな言ってたんで。
いずれ行きたいなと思ってるんですけど。
ワンちゃんお名前とお年はちなみに。
ココアっつって。
ココアちゃん。
ココアちゃんで女の子で1歳半くらいですかね。
1歳半。
じゃあこれからっすね。
これからなんすよ。
こないだもねバックヤード。
バックヤード。
バックヤードの12回つって12ラップで終わるバックヤードが出てきたんですよ群馬である。
あー岩崎さんとかが。
そう岩崎さん知ってます?
知ってます知ってます。
4コマの方ですよね。
え?
4コマ漫画描く人ですよね。
あ、4コマ漫画で有名な人なんだ。
そうなんすよ。
なんか三太郎のステッカーくれた?
そうそうそう。
三太郎くんの絵描いたりもしてましたね。
あ、そうなんですね。
4コマから切り取ったシーンですね。
あ、そうなんだ。
そうそうそう。
いや俺は岩崎さんは全然知らなかったんだけど。
はい。
その友達の津久田くんが。
あー津久田さん。
あ、ナオキナオキって書いてるの津久田ナオキさんのことですか?
39:01
え、知ってるすか?津久田ナオキくん。
いやそれは有名人ですから津久田さんは。
そうなんか。
僕から直接お話しして面識があるわけではないですけれども。
あー。
津久田ナオキさんはだってもう有名人。
山田陽輔の話とまたなんか話しとれちゃったけど。
ナオキくんもね自分のトレーダー人生においてすごいいろんな
なんつーのかなぁ。
はい。
輪が広がったというかナオキくんを介して。
あーそうですか。
そうそう。そのナオキくんが誘ってくれて今回バックヤードの12体に。
はいはいはい。
で今年バックヤードに挑戦しようと思ってるんですよ。
あ、ほんとですか。
新潟で。
おー。
あと3ヶ月っすねほんならね。
そうそう11月のね。
11月の中旬ぐらい。
11月1日。
ほんとねクレーシャを毎年出てるんですよ。
あー。
オーシャルプスの。
はいはいはい。
僕あれですわ去年オートルートは出ましたね。
あ、オートルート出た。クレーシャ出たんですか。
オートルートは出た。そうそうそう。
あのクレーシャねちょっとどうしようかなと思ったんですけど。
うんうん。
いやちょうどオートルートをゴールしたのが10時間半ぐらいで。
すごい早いじゃん。
そっからでもその30分以内に出ないとあかんでしょう。
おーおーおー。
いや結構疲れとったんですよもうすでに。
うん。
いやこれでまたあそこマロニエか何か一緒にするのしんどいなと思って。
うんうん。
そう。まあだから結構ビビりますね。
まあ出たいなと思ってますけどそのうちチャレンジします。
いやそれも俺もクレーシャの参加資格ってオートルートを12時間以内で走んなきゃいけないみたいななんか書いてあるんですよね。
あーそうそう僕直接だから連絡して。
うん聞いた。
こんな大会出てるからなんとかいきなりクレーシャいいですかって言って。
うん。
小川総裁さんが連絡してくれたかわかんないですけど。
事務局から。
事務局からその実力だったら一応出ていいよっていうのは一応言われて。
おーおーおー。
ほんでギリギリ今悩んだんですよ。
そうなんだ俺さ。
はい。
この話も笑っちゃうんだけどさ。
はい。
その12時間云々とかオートルートとか何にも知らなくて。
はい。
で軍曹さんいるじゃん小島さん。
うんうん軍ちゃんね。
軍ちゃんがこの件さ。
いつもね軍曹にレースは相談するんですよ俺。
あーいいと思いますよ。
でそうするとクレーシャどうみたいな。
はいはいはい。
って言われて。
でその公衆アルピスとかオートルートとか何も知らないで。
はい。
いきなりクレーシャにポンってエントリーしたの。
でオッケーだったんだ。
で普通にねサッと行けたの。
でサッと行って。
そんなもんないやん。
そうそうそうそう。
だから何にも知らなかったからね。
いやー。
でで人開けて行ってみたらなんか40人とかしかいないし。
そうですね。
で後々聞いたら関門がなんか厳しいし。
そうそう。
そういうのをレース当日に知ったの。
なんで教えてくれへんねん軍ちゃん。
軍曹はねほんとすごいのよ。
だからディープもね軍曹発信なんですよ実は。
あーそっかやっぱりそうなんや。
もともとなんか最初トランスジャパンを目指してたんですよ自分も。
42:03
自分は。
はいはいはいはい。
で軍曹さんもトランスジャパンを目指してんのかな。
多分目指してると思います。
で。
今度一緒に行きますよ南アロプス。
あ行く行くの?
一緒に行きます。
あほんと。
でそれで軍曹さんにそれ聞けばいいレースを教えてくれるみたいな。
はいはい。
JRに出るために必要な走力とか山力とかわかんないけど。
はい。
そういうレースを選んでんじゃないかなって勝手に思ってて。
うんうんはい。
で軍曹が言うレースは全部出ようと思って。
おー。
もう二つ返事で出ますみたいな。
おーなるほど。
そうそうそれでクレーシャーもいきなりエントリーして。
はい。
で最初のその都市がね12時間あれさ漢文が確かね12時間だよね確かねあそこのオートルート。
そうだったかな。
でそれが11時間59分45秒でそこを間に合わないと思ったもうそこ漢文。
そうしたらさ15秒前にさなんか行けそうみたいな感じになってて結構人多いじゃんあの辺。
人多い確かになそこはね。
でうわクレーシャー最後のやつ来たぞみたいななんか。
はい。
うおーみたいな盛り上がってさ。
はいはいはいはい。
それさそこでさもうやめようと思ってたんだけど。
はい。
やめますって言えないじゃん。
そうですね。
行け行けとか言って周り盛り上がってんのにさ。
はいはい。
なんか。
ほんでもう出るしかないという状態。
そうそうで蒼太さんもちょっとこれ本当はダメだけど漢文切ってからこっちで映像していいかなとかなんて。
あーなるほどな。
気使ってくれて。
はいはい。
僕ごめんなさいあのさっきのはね12時間10時間半じゃなくて11時間半でしたまだ。
11時間半か。
うんそうそうそう。
じゃあ30分。
30分までやったから。
そうそうそう。
で、そうそれがね俺はもう15秒前だったんですよ。
すごいっすね。
2年前ね。
はい。
2年前なんですけど。
で、当然その後の漢文で引っかかるっすよね。
まあそうですね。難しいっすよね。
そうそうそう。
はい。
で、そう今思えばその時の漢文で引っかかった時に知り合ったのが春ちゃんだったんですよ。
あーそうなんすか。
でそこで春ちゃんも引っかかってて。
はいはいはい。
で春ちゃんってだから番長のことですね。
そうそう番長。あれ番長なんで番長なの春ちゃんは。
番長が俺番長って呼ばれてんだのよねって言ったから。
そうなんだ。
そうそうそう。じゃあ番長って感じで。
確かに番長っぽいもんね。
番長っぽいからね。
うん。
で初めて僕が出た時見た時は斎藤くんにサインやった時なんですよ。
斎藤くんにサインだったんだあの人。
で、そう。で、僕はその駅伝に出てたんで。
うんうん。
駅伝っていうのがあるんだ斎藤くん。
そうそうそう駅伝っていうのがあって。
でその駅伝のメンバーを待ってる時に番長が来て。
うん。
めっちゃギラギラしてて。
うーん。
そうそうそう。
もうなんか怖ぁと思ってこの人。
怖かったよね。分かる分かる。
うん。
もう結構血、なんていうかな血いったぎってる感じでめらめら燃えてるような感じだったから。
45:02
あ、そうなんだ。
そう。この人怖い人やと思ってたら意外と喋ったら。
そうそう喋るとめっちゃいい人だったよ。
優しくてそう優しい人だった。
めっちゃ優しすぎるのよ。そうそうそう。
なんか共通の知り合い多いですね。
そうそうだからトレラン界隈。
まあそうですね。
一町になっちゃえば共通できるけど。
そこで今思えばはるちゃんと知り合って。
はい。
でもそれが2年前だからそこからですね。
かぶって話することは全然ほとんどなかったんですけど。
はい。
今思えばそのクレーシャー2年前で。
はい。
一緒にDNFしたのが出会ったきっかけだったかなはるちゃんと。
グンスはその時は普通に換装したんですかね。
そうそうそうグンスはすごいよだから。
その次の年も確か換装したんじゃないかな。
そう。
去年か。
去年。
去年換装してました。
去年ちなみにグンちゃんとほぼ6割ぐらい一緒に走ってたのが僕ですよ。
あ、そうなの?
コートルートで。
あ、そう。
それで随時カーファーム?
随時カーファーム。
途中でグンちゃんがもうだいぶ足痛くて疲れてたから
俺タイムええから一緒に行こうって言って
ずっと後半はペース走ったんですよ。
グンちゃんの。
そうなんだ。
そうそうそう。
そこでめちゃくちゃ仲良くなって。
あ、そうなのね。
鬼軍装連は結局1回しか行けてないんですけど
鬼軍装Tシャツを頂いて一応一員として認めて頂いて。
ニッシーさん相当すごいじゃないですか。
軍装さんにばれるぐらいな走力ってことは。
いやいやそんなことない。
だって僕70キロで終わるから。
彼は20キロ走るからね。
そうそうそうそう。
もともとの走力はたぶんグンちゃんの方がずっと上だと思うんですけど。
軍装さんすごいですよね。
いや強い。
いつも抜かれるんですよレースで。
いやまたね足痛くてあんまり練習詰めてないのにやらなきゃ早いからね。
そうなんですよ。
たぶん詰んだら相当強いと思う。
相当強い。
今回のディープも絶対抜かれると思ってたんですよ。
あーそうですよね。
でも最後の方がんがん上がってましたねやっぱり。
やっぱりね。
だいぶ上がってました。
何の話でしたっけ。
去年のクレーシャーはもうひどいもんですよ。
練習も全然できてなくて。
13時間半とかで普通にオートルート走って終わるみたいな感じ。
クレーシャーの選手なのに。
じゃあその時一緒に走ってたんですねそういう意味ではね。
大阪からお祝い会出てるんですね。
ペースとか全然違うけど。
いえいえいえ。
あーそうか。
何の話したっけこの話。
今日はねディープジャパンウルトラの話をしようかなと思ってたんですよ。
ディープジャパンの話します?そろそろ。
そうしないと眠れないですよ。
そうですよね。