そうですね。まずは物理学的な大前提から始めるのが良いでしょう。
というと?
鏡は本当に左右をひっくり返しているのか、という根本的な疑問からです。
ちょっとこれを整理してみましょうか。空間を縦・横・奥行きで考えるってことですよね?
はい。X・Y・Z軸ですね。結論から言うと、鏡は上下のY軸も左右のX軸も一切変えていないんです。
待って待って。上下が変わってないのはわかるんですけど、左右も変えてないってどういうことですか?
でも現に、私が右手を挙げたら、向こうは左手を挙げてますよ。
えっと、物理的・工学的に見ると、鏡が逆転させているのは、鏡面に垂直な方向だけなんです。つまり前後のZ軸ですね。
前後ですか?
はい。これは物理学でパリティ変換と呼ばれる事実です。
ここで興味深いのは、あなたが右手のひらを鏡に向けて突き出した時の状態なんですよ。
突き出した状態。はい。
鏡の中の像は、三次元の物体として見た場合、決して魔法のように左手に変換されているわけではなく、依然として右手のままなんです。
うーん。頭では座標軸の話だってわかるんですけど、なんか感覚的にしっくりこないですね。だって、向こうにあるのはどう見ても左手じゃないですか。
では、こういう風に考えてみてください。あの、おもちゃ屋さんにある無数のピンが立っていて、顔や手を押し付けると裏側に立体的な型ができるピンアートってありますよね。
あー、ありますね。あの、ガシャンって押し付けて、自分の顔の立体コピーを作って遊ぶやつですよね。
ええ、それです。鏡は光でまさにそれをやっているんですよ。あなたの鼻の頭は鏡に近いから、鏡の表面のすぐ内側に型が作られます。
なるほど。一番手前にあるからですね。
そういうことです。でも、後頭部は鏡から遠いので、鏡のずっと奥深くに型が作られるわけです。
ってことは、鏡は私を左右にパタンと反転させているわけじゃないってことですか。
はい。前から後ろへ押しつぶすように型取りをしているんです。ゴム手袋を裏返すように、手前から奥へ向かうベクトルをペコッとひっくり返しているだけなんですよ。
うわあ、そういうことか。前後のベクトルだけをペコッとひっくり返しているんですね。右側にあるものは右側のまま、左側にあるものは左側のままってことですか。
その通りです。ただ、手前と奥が逆になっているだけなんですよね。重力という絶対的な基準がある上下に対して、左右というのは実は非常にあやふやな概念なんです。
確かに。でも、物理的には前後しか変わっていないのに、なぜか私たちはそれを左右が逆だって思い込んじゃいますよね。
ええ。
いや、本当に不思議ですよ。物理的に前後が逆なだけなら、なぜ私の脳は素直に、あ、前後がペチャンコになって裏返ってるなって認識せずに、左右が逆だって錯覚しちゃうんでしょうか。私の目には明らかに左右がひっくり返って見えるんですけどね。
それこそが、この問題が単なる気化学ではなく、心理的、認知的な問題である証拠なんですよ。
おお、ついに心理学の出番ですね。
はい。鏡はただ物理的な反射をしているだけですが、それを見る人間の脳が独自の解釈を加えているんです。ここで、東京大学の河野陽太郎教授の多重プロセス理論が鍵になります。
多重プロセス理論ですか。なんかかっこいい名前ですね。どんな理論なんですか。
河野教授は、私たちが鏡を見る時の脳の錯覚を大きく3つのプロセスに分けて説明しました。その最初の罠が視点反転と呼ばれるものです。
視点反転。えーっと、これを聞いているあなたも、今ちょっとイヤホンで聞きながら想像してみてほしいんですけど、左手首に腕時計をして、鏡の前に立っている自分を思い浮かべてみてください。洗面台の前でもいいですよ。
現実の空間において、その腕時計はあなたの左にありますよね。
はい、左です。
そして、鏡の表面に映った光の像も、物理的な位置としては向かって左側のスペースに存在しています。
うんうん。さっきのピンアートの例で言えば、左側にある腕時計はそのまままっすぐ左側の鏡に当たって型を作っているわけだから、物理的な位置は左のままですよね。
そうなんです。しかし、人間は鏡に映った自分サイズの像を見ると、無意識のうちに恐ろしいことをしてしまうんですよ。
え、恐ろしいこと?何ですかそれ。
自分の視点を脳内で移動させて、自分が鏡の中に入り込み、鏡の向こう側からぐるっと振り返ってこちらを見ているという状況を想像してしまうんです。
琉球大学の資料でもこの回り込みの図が解説されています。
つまり、脳内で勝手に優待離脱して、鏡の中の分身の視点に乗り移っちゃうってことですか?
まさにその通りです。そして、その胸像の視点に立って左右を判断してしまうんです。
ああ、なるほど。向こうからこちらを見ている人物にとって、その腕時計は右手にあることになりますよね。
ええ。だから、あ、左右が逆になっていると判断してしまうわけです。これを視点反転と呼びます。
うわあ、本当だ。勝手に向こう側に立って自分を客観視しちゃってるんですね。
空間を回転させて他者の視点に立つというのは、人間が持つ高度な空間認識能力なんです。他者の立場を想像する一種の共感能力でもありますね。
だからこそ、顔や体のある像を見ると自動的にその処理を行ってしまうんですね。でも、ここからが本当に面白いところなんですよ。
ええ、あの実験データですね。
そうなんです。私が今回のディープダイブの資料を読んでいて、一番声が出たデータがあって、なんと3割から4割の人は、自分の鏡像を見ても左右が逆だと感じていないそうなんですよ。
これこそが、河野教授の実験で明らかになった世界的にも驚くべき発見ですね。
いや、待ってくださいよ。4割?つまり、今この道を歩いている人の半分近くは、鏡を見てもあ、左右逆だなって思ってないってことですよね。
彼らは一体どういう世界を見ているんですか?
彼らは脳内でわざわざ鏡像の視点に乗り移るという視点変換を行わないんですよ。自分自身の視点に留まったまま鏡を見るんです。
ってことは、現実の時計は左にあって、鏡の中の像も左側のスペースにある。だから何も逆転していないってことですか?
その通りです。事実を物理学的にありのまま捉えているんですね。
すっご!なんか脳のOSが違うみたいな話ですね。私なんて無意識に毎回有体理学してたのに、彼らは血に足がついたまま鏡を見ているのか?
ええ、非常に興味深い個人差です。
でもここで一つめちゃくちゃ大きな疑問が湧くんですけど、いいですか?
はい、何でしょう?
もし4割の人が自分を反転させてみないんだとしたら、なんで救急車のフロントに書かれた反転文字とか、いわゆる鏡文字は誰が見ても100%左右が逆に見えるんですか?
確かにそうですね。
さっきの4割の人も文字は逆に見えるんですよね。私の脳は自分の体とただの紙切手で違う処理をしているってことですか?
まさにその疑問に行き着くのが自然な流れです。結論から言うと、脳は自分の体を見たときと文字を見たときで全く別のプロセスを使っているんです。
別のプロセス?
はい。人間は鏡に映った文字を見たとき、自分の頭の中に記憶している正しい文字の形と目の前の像を比較するんです。これを表彰反転と呼びます。
頭の中の記憶と比較する?これを聞いているあなたも手元に紙があったらやってみてほしいんですけど。
アルファベットのCとかFを紙に書いて鏡に見せる実験ですね。
そうそう。普通私たちが紙を鏡に向けるときって、本を読むときにページをめくるように紙の端を持って左右にパタンと裏返して鏡に向けますよね。
そうです。あなたが自分で紙を左右に裏返したから、鏡の中の文字も物理的に左右が逆になって映るわけです。
そしてそれを頭の中にある正しいCやFの記憶と比較して、あれ記憶と違う左右が逆だって認識するわけですね。
じゃあさ、紙の上下を持ったままお辞儀させるように縦にくるっとひっくり返して鏡に見せたらどうなるんでしょう。
その場合、鏡には上下が逆さまになったFが映ります。
これすごいですよね。鏡が自分の意思で、よし今回は左右だけを反転させてやろうって選び好みしているわけじゃないってことですよね。
ええ、全く違います。
私たちが無意識にどう裏返したかを鏡はただ馬鹿正直に、それこそピンアートのように映し出しているだけなんですね。
これをより大きな視点で捉えると、他の教授が行った別の実験がその決定的な証拠になるんです。
被験者にロシア語のキリル文字や古代エジプトのヒエログリフを鏡で見せたんですよ。
つまり、被験者が全く知らない、読めない文字を見せたってことですね。どうなったんですか。
その文字を学んだことがない未学習者は、左右が逆になっているとは感じなかったんです。
え、逆だと感じなかったんですか。
はい。脳内に正しい形の記憶、専門用語で言う表象ですね。
それが存在しないものに対しては、脳はそれのどこがどう反転しているか認識できないんですよ。
わあ、なるほど。私たちは鏡のせいで文字が逆に見えると思い込んでますけど、実は自分の記憶と違うから逆だと感じているだけだったんですね。
そういうことです。