あの、突然なんですけど、今これを聞いているあなたにちょっと質問があります。
はい、何でしょう?
もし、昔から大好きなバンドのライブに行ったとしますよね。
会場の照明が落ちて、ちねりのような歓声が上がって、メンバーがステージに登場する。
最高にワクワクする瞬間ですね。
ですよね。でも、そこで熱狂的に楽器を演奏している人たちの中に、
なんと、結成当時のオリジナルメンバーがたったの一人もいなかったとしたら、
えーと、あなたはどう感じますか?
あー、それはちょっと戸惑いますね。
そうなんですよ。それは、あなたが愛した本物のバンドのライブなんでしょうか?
それとも、ただの非常に優れたカバーバンドの演奏を見ているだけなんでしょうか?
なるほど。これって決して、熱狂的な音楽ファン同士が居酒屋で言い争うための単なる雑談じゃないんですよね?
はい、そうなんです。
実は、私たち自身の存在そのものを根底から揺るがすような非常に深く、そしてある意味で恐ろしい問いなんですよ。
まさにそこなんですよね。
今日は、このすべての構成要素が入れ替わった時、
それは果たして同じものと言えるのか?
という、時間とアイデンティティの謎に迫る深掘りをしていきたいと思います。
よろしくお願いします。
今回の情報源は、アイデンティティのパラドックスという、
哲学から生物学までを網羅した非常に濃密なリサーチ資料です。
例えばですね、1969年結成のシン・リジーとか、
1981年結成のパンテラ、そして1998年結成のシュガーベイブス。
これらのバンドには、ある一時期、あるいは現在進行形で結成時のメンバーが誰一人としていないという状態が存在するんです。
パンテラに至っては、一度解散した後の再結成ツアーで、オリジナルメンバーがゼロでしたからね。
そうなんですよ。シュガーベイブスも数年間にわたって初期メンバーが不在でした。
さあ、この奇妙な現象をですね、じーっと紐解いていきましょう。
へー、このバンドのメンバー交代問題って、一見すると、現代のポップカルチャー特有の現象のように思えるじゃないですか。
まあ、そうですよね。バンドの解散とか、再結成とか、よくある話ですし。
でも、実はその構造はなんと、古代ギリシャから延々と続く究極の試行実験と全く同じなんです。
へー、バンドのメンバーチェンジが古代ギリシャの哲学と繋がるんですか。ちょっとそれは予想外でした。どういうことでしょう。
古代ギリシャの歴史家プルタルコスが記録に残した有名なテセウスの船のパラドックスですね。聞いたことありますか。
テセウスの船、えーと、名前くらいは。
ギリシャ神話の英雄テセウスが乗っていた船をですね、アテネの人々は記念碑として何世紀にも渡って港に保存しようとしたんです。
なるほど、記念として残したかったんですね。
はい。でも木材はどうしても朽ちていきますよね。そこで彼らは腐った古い板を取り外しては、全く新しい板に交換し続けたんです。
哲学の歴史の中では、いくつかのアプローチが試み慣れてきました。今回の資料にも4つの主要なアプローチが紹介されていますね。
はい。構成説とか相対的同一性とかですよね。
ええ。材料とその構成方法を分けて考える構成説や、比べる基準によって同一性が変わるという相対的同一性、そして厳密な同一性と寛容な同一性を分ける考え方などです。
いろいろあるんですね。
でも、このパラドックスを最も画期的かつエレガントに解決したのが、デイビッド・ルイスラーが提唱した四次元主義という考え方なんです。
四次元主義。つまり、縦・横・高さの空間の三次元に加えて時間も関わってくるということですか?
その通りです。私たちは普段、物体を三次元の静止画として捉えがちですよね。
そうですね。目の前にあるコーヒーカップは、幅と高さと奥行きを持った三次元の物体だみたいに。
でも、四次元主義では、物体は空間だけじゃなくて時間軸にも部分を持っていると考えるんです。
少し奇妙な表現ですが、全ての物体は時間軸に沿って長く伸びる四次元のワーム、つまり虫のような存在だと捉えるんですよ。
虫ですか?ちょっと待ってください。どういうことでしょう。
つまり、取手のある新品のカップと、うっかり落として取手が欠けてしまった後のカップは、別の物体に変わってしまったわけじゃなくて、
同じカップという長い虫の違う部分を見ているだけってことですか?
はい。それに近いです。
なるほど。まるで映画のフィルムみたいですね。フィルムの一コマ一コマを切り取って見ているようなものだ。
それは完璧なアナロジーですね。
映画の開始10分目のコマと60分目のコマは映っている絵柄が全く違っていての同じ一本の映画の一部ですもんね。
その通りです。古い板のテスウスの船と新しい板のテスウスの船は、時間軸上の異なるスライスを見ているだけであって、全体としては一つの長い存在なんです。
なるほど。
このアプローチなら、物理的な構成要素が変わっていくという変化を、矛盾なく一つの同一性の中に内包できるんですよ。
ということは、最初に話したバンドの話に戻ると、シュガーベイブスも四次元の音楽ワームだと言えるわけですね?
ええ、まさにそういうことです。
結成時のメンバーがいる1998年のスライスと、オリジナルメンバーがゼロになった2010年のスライスは、絵柄は全く違うけれど、同じシュガーベイブスという一つの長い映画のフィルムのコマに過ぎないんだ。これはすごい。一気に腑に落ちましたよ。
バンドの歴史も、四次元的な広がりを持った一つの実態として捉えることができるわけですね。
いやー、面白いですね。でもここからがまた面白いところなんですが。
はい。
この構成要素が変わっても、変化の連続性を含めて同じものとみなすという感覚って、実は私たちにとっては外までとっぴなアイディアじゃない気もするんですよ。