今、もし手元にお財布があったら、ちょっと開けてみてください。
はい。
そして、その中から1円玉を取り出して、手のひらに乗せてみてほしいんです。
どうですか?1グラムの重み、感じますか?
いやー、本当に軽いですよね。
指先でたじけば簡単に飛んでいってしまいそうな、独特のアルミニウムの質感というか、
普段は意識すらしない存在かもしれません。
そうなんですよ。風で飛んでいきそうなくらい軽い。
でも、実は私たちが当たり前のように触っている、その1グラムのアルミニですね。
日本経済が抱える巨大なジレンマと、数十年にわたる歴史の重みがぎゅっと凝縮されているんです。
へー、まさに。
今日はですね、誰もが知っているはずの1円玉を多角的な資料から徹底的に分析して、
その裏に隠された驚くべき真実に迫っていく、そんな深掘りをしていきたいと思います。
お財布の中の最も身近な存在でありながら、これ経済学とか歴史、あと法律の観点から見ると、
これほど矛盾に満ちた面白いテーマってなかなかないんですよね。
ないですよね。しかもこの1円玉、知れば知るほど、
なんでこんなものが未だに存在しているんだっていう謎が深まるばかりなんですよ。
そうなんですよね。
よし、この問題を紐解いてみましょうか。
まずは、誰もが一度は疑問に思うであろう、システム全体の根底にある最大のバグ、
つまり1円玉を作るコストについてです。
最近の金属相場を見てたんですが、アルミの価格って決して安くないですよね。
ええ、安くないです。
1グラムのアルミを円形に打ち抜いて高価にする、
これどう考えても1円という額目に収まってない気がするんですが。
鋭いですね。結論から言うと完全に収まっていません。
直近の推計では、1円玉を1枚作るのにおよそ2円から3円のコストがかかっているとされています。
え?1円を作るのに3円かかる?
はい、かかっています。
ちょっと待ってください。
それって、100円の価値しかないジュースを売るために、
わざわざ300円の豪華な瓶を作って提供しているようなものですよね。
ビジネスとして完全に破綻してませんか?
その通りです。民間企業なら即座に倒産するビジネスモデルですね。
このコストの内訳を紐解くと、なぜそんなに高くなるのかが見えてきます。
はい、教えてください。
まず、原材料であるアルミニウムそのものの価格です。
アルミニウムって電気の缶詰と呼ばれるくらい、精錬する過程で膨大な電力を消費するんですね。
なるほど、電気代がかかる。
ええ、昨今のエネルギー価格の高騰や円安の影響もあって、
2022年の段階でアルミは1トンあたり30万円を超えました。
つまり、材料費の時点ですでに1枚あたり0.7円から1円近くに達しているんです。
うわあ、材料の時点でもうほぼ1円の価値を使ってしまっていると。
でもそれだけじゃないですよね。
ただのアルミの板じゃなくて、ちゃんとした硬化にするプロセスがあるわけですから。
ええ、そこからが造兵局の腕の見せどころであり、
同時にコストが膨らむ部分なんです。
日本の硬化って世界トップクラスの品質なんですよ。
確かに、自販機とかで弾かれることって滅多にないですよね。
そうなんです。1円玉の場合、重量誤差はプラスマイナス0.02gしか許されません。
この超精密な品質を維持するための高度な機械の保守費用、
職人の人件費、そして工場を稼働させる高熱費。
そこに固定費が乗ってくるわけだ。
はい。製造にかかる固定費をすべて乗せると、あっという間に1枚3円という赤字の塊ができあがるわけです。
そこまでして精密に作るからこそ、機械でもピタッと認識されるわけですね。
でも、経済の原則として考えてみてほしいんですが、
はい。
通常、お金を作るっていうのは、国にとって最高に儲かるビジネスのはずですよね。
例えば、1万円札なら紙とインクの原価が数十円で済む。
貼った瞬間に残りの9900円以上の価値がまるまるを国の利益になるわけじゃないですか。
まさにその通りです。
その通貨を発行することで得られる利益のことを、経済用語でシニョリジ、つまり通貨発行益と呼びます。
シニョリジ。
ええ。紙幣や他の硬貨は基本的にこのシニョリジがプラスになります。
ところが1円玉は額面よりも製造コストの方が高いため、
シニョリジの逆転現象、つまりマイナスの通貨発行益が起きている極めて得意な存在なんです。
マイナスですか?
はい。作れば作るほど、国庫からお金が失われていくんです。
なんていうか、国が私たちにお願いだからこれを使ってくれってお金を払いながら渡しているようなものですよね。
まあ、そう言えてしまいますね。
なぜ政府はそんな自称行為みたいな赤字事業をわざわざ続けてるんですか。
もうコストがかかるから1円玉は作りませんって言ってしまえばいいのに。
それが、そう簡単に言えない明確な理由があるんです。
通貨に対する国民の絶対的な信任を維持するためなんですね。
信任ですか?
はい。国が発行するお金は法定通貨であり、国内のどんな取引でも強制的に通用する力が法律で保障されています。
もし国が細かい決済はコストがかかるから保障しませんとサジを投げたらどうなるか。
どうなるんですか。
それは国が提供する経済のインフラの放棄を意味しますし、通貨システム全体への不信感につながってしまいます。
ああ、なるほど。つまりそのマイナス2円の赤字は単なる無駄遣いじゃなくて、
1万円札や500円玉も含めた日本円というシステム全体を信用してもらうためのシステム維持費としての意味合いがあるわけですね。
そういうことです。国家としての使命が経済的な合理性を凌駕している状態といえます。
作る側の大義名分はよくわかりました。でも作る時に赤字なのは100%譲って我慢するとして、本当の地獄ってここからなんですよね。
それをひも解くには、この1円玉がどのような歴史をたどってきたのか、少し時計の針を戻してみる必要がありますね。
そうですね。過去を振り返ってみましょう。
現在私たちが使っているこのアルミ製の1円玉が誕生したのは、1955年、昭和30年のことです。それ以来、なんと約4,400億枚もの1円玉が製造されてきました。
4,400億枚。
はい。その歴史はそのまま、戦後日本経済の浮き沈みを記録した神殿図と言っても過言ではありません。
まずは昭和ですね。1960年代前半、いわゆる高度経済成長期の真っ只中。この時期に1円玉の需要が爆発したのには、人々のライフスタイルの劇的な変化があったんですよね。
ええ。スーパーマーケットの台頭と、自動販売機や公衆電話などの急速な普及です。
なるほど。
これらにより、それまでどんぶり勘定だった商売から、1円単位での厳密な取引へと社会システムが移行しました。
結果として深刻な小銭不足が発生し、政府はパニック状態に陥ったんです。
効果が足りなくて経済が回らないぞと。
そうです。それで国を挙げての大増産体制に入りました。
ところが、その大増産の結末が実に皮肉なものでしたよね。パニックになって作りすぎた結果、どうなったか。
なんと昭和43年、1968年には1円玉の製造枚数がゼロになっているんですよ。これ一体社会で何が起きてたんですか?
作っても作っても足りないと言われていたのに、突然必要なくなった。その最大の原因はインフレーションです。
インフレ。
はい。経済が成長し、物価がどんどん上がっていった結果、1円玉で買えるものが急激に減ってしまったんです。
すると人々は、お釣りでもらった1円玉を財布に入れず、家にある瓶や貯金箱に放置し始めました。
ああ、もう細かいのはいいやって。
これを大蔵と言いますが、社会に大量の1円玉が滞留してしまったんです。
1円玉を持ち歩くのが面倒くさいっていう心理が働き始めたわけですね。そして世の中に1円玉がだぶつきすぎて、ついに造幣局の機械がストップしたと。
はい。
でもそれで1円玉の役目は終わらなかった。平成に入ると1円玉は劇的な復活を遂げるんですよね。
第1円玉時代の再来です。きっかけは1989年の消費税の導入です。当時の税率は3%でしたね。
懐かしいですね。
それ以降、5%、8%と税率が上がるたびに、すべての商品の価格に中途半端な波数が発生するようになりました。
これに対処するため、日本中で再び大量の1円玉が必要になったんです。
なるほど。
平成の時代には年平均で約20億枚という天文学的な数の1円玉が製造され続けました。
国の税制が変わるたびに1円玉が息を吹き返してきたと。まさに経済の神殿図ですね。
そして現在の令和です。状況はまた一変してますよね。
ええ。キャッシュレス決済の急速な普及により、ついに1円玉の出番は失われつつあります。
2016年以降、一般流通向けの製造は実質的にストップしました。
ピタッと止まった。
現在作られているのは記念効果セットなどのコレクター向けのみで、2024年に至ってはわずか51万枚しか製造されていません。
51万枚?
平成時代の20億枚と比べるともはや誤差のような数字です。
ピーク時からすると信じられないほどの激減ぶりですね。
でもここで一つ根本的な疑問が湧いてくるんですよ。
つまりこれってどういうことなんですか?
今世の中にダブついている1円玉が大量にある。
一方で先ほど言ったようにアルミニウムの価格は高騰している。
はい。
だったらこの不要になった何百億枚もの1円玉を回収して、全部ドロドロに溶かしてアルミ資源としてリサイクルしたり、海外に売ったりすればいいじゃないですか。
一石二鳥ですよね。
ダイモが一部は追いつく非常に合理的なアイディアです。
しかしそれを実行しようとすると警察に逮捕されます。
え?逮捕?
はい。ここで立ちはだかるのが法律の壁なんです。
日本には1947年に制定された過平損傷等取締法という法律があります。
過平損傷等取締法。
この法律では硬化を損傷したり、一位潰したり、つまり溶かしたりすることを厳しく禁じており、違反すれば1年以下の懲役または20万円以下の罰金が課せられます。
えー。
たとえアルミの素材価値が1円を上回っていたとしても、それを資源として活用することは絶対に許されないんです。
ってことは、私たちは3円のコストがかかった1グラムのアルミをどれだけ邪魔になっても、永遠に1円という形で保存し続けなければならない呪いにかかっているということですか?
ええ。まさに法的呪縛です。
ちなみにお札、紙幣の場合はどうなんですか?お札を破っても逮捕されるんですか?
実は紙幣はこの法律の対象外なんです。
え?そうなんですか?
もちろん好意に破るべきではありませんが、紙幣を損傷しても直ちに犯罪として処分する法律はありません。
効果だけがこの強力な法律で守られているんです。
なぜ効果だけそんなに厳重に守られているんでしょうか?この法律ができた1947年、つまり戦後直後という時代背景にヒントがありそうですね。
その通りです。終戦直後の日本は極惨な物資不足と猛烈なインフレーションに見舞われていました。金属は非常に貴重な資源だったんです。
はは、なるほど。
もしこの法律がなければ、人々は効果として使うより、溶かして金属の塊として闇市で売った方が儲かると気づいてしまいます。
確かに。
経済学で言う、悪化は溶化を駆逐する、グレシャムの法則に近い現象ですが、それを放置すれば市中からお金が完全に消え去り、国家の経済システムが崩壊してしまいます。それを防ぐためのまさに防衛策だったわけです。
通貨の信用と流通を支出するために、当時の政府としては絶対に必要な法律だったわけですね。痛いほど理由はわかります。でも今は2026年ですよ。戦後の闇市なんて存在しませんし、私たちはスマホをかざせば一瞬で決済ができる時代を生きています。