1. ちはる|ジャーナリングのような雑談
  2. 利他と利己|相反するようで循..
2026-02-28 09:48

利他と利己|相反するようで循環するもの

自己理解チャンネルで平日毎朝配信してくださるフユコさん。昨日の内容の中で気になった「利他」について思ったことを話してみました。
(フユコさんの昨日の配信内容とはリンクしていません😂)

あたりの「待ち合わせ」についてはフユコさんのお言葉でした(音声ではあっこさん、と言っております…)

フユコさんのチャンネル
https://stand.fm/channels/5fb269b6c646546590fe6a3a

2/27のライブ
https://stand.fm/episodes/69a0c9bdac17d5a88e80da7c

#利己 #利他 #循環 #スタエフの歩き方伴走会 #スタエフ歩き方伴走BOOK
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/628cb995f5aec42d87a1cc1e
00:06
おはようございます。2月28日土曜日です。 こちらはアウトプット雑談プログラムとして書くことで穏やかに暮らしたい私が、ジャーナリングのように雑談するラジオです。
今日は早速本題に入ってしまおうと思っています。 音声コンサルタントのあっこさんのコミュニティに今参加しているんですけれども、そちらで出会ったふゆこさんという方がいらっしゃって、
この方が自己理解チャンネルというところで、毎朝自己理解についてのライブを30分ほどしてくださるんですね。
私は7時半に家を出るので、ちょうどガチャガチャしている時間ではあるんですけれども、耳だけですが聞かせていただいています。
昨日のお話は、もっと違う話だったような気がするんですけど、私の中でリタという言葉、利益の利に他人の他が引っかかったので、
今日はそのリタについてとリコについて調べたので、調べたというか自分の中で思ったことがあったので、そのことについて残しておこうと思います。
タイトルはリタとリコというタイトルにするんですけど、私はいつも話してからタイトルを決めるんですけど、今回はタイトルから先に決まりました。
これについて話そうと思ったので。
まずリタとは何かというと、見返りを求めず他者に価値を提供すること。
すごいストレートに言うとそういうことですね。
リコというのはその逆で、自分自身の幸福利益を最優先に考えること。
こちら相反するように見えたので、私は友人はリタ的で、私はリコ的だなって思ってたんですね。
自分は自分のためにしか何もできないなと思って、もちろん全くゼロではないと思うんですけど、リタの精神というかね、というのも持ち合わせていると思うんですけれども、割合で言ったら多分リコの方が多いなって思ったんです。
友人は逆に、みんなのために何かできるか考えてるってコミュニティの中で言ってたので、リタ的だなって思ってたんですね。
と同時に、語弊なく言うと、何か自己犠牲的なものもあるのかなってその時は思っちゃったんですね。
何か自分の例えば時間をすごい使って誰かのために何かするみたいな感じに、私は勝手に受け取っちゃったんですけど、
このリタっていうのは自己犠牲ではないよっていうこと。
リタ的な行為、誰かのためにやったことが将来的に自分自身のことにもつながるっていうことですかね。
03:10
他者貢献をしていると自分にも好影響を与える。
ということで、リタとリコは循環するっていう記事にも、このリタとリコっていうのをネットで引いてみると当たったんですね。
なるほどと思って。
私この循環とかいう考え方好きなんで、いいなって思ったんです。
そっか、反対語じゃなくて回していくものなんだなと思って。
多分なんですけど、自分自身が満たされてないとリタ的にって多分働けないと思うんですよね。
だからリコがあってリタ、またリコになってリタみたいな感じになるのかなって勝手に思ったんですけど、
友人は多分もう自分自身は満たされていて、人のために何かできる段階にいっているのかなと思って。
それをまた提供することで自分自身にも返ってくるし、自分自身も潤うので、また人のために何かすることができるという段階に入ってきているのかなと思いました。
一方私はっていうと、まだ自分自身を満たすことができていなくて、そこがまだいっぱいになってないのかなと思って。
誰かを満たす時って誰かから満たしても多分ダメじゃないですか。
私ちょっとだけアドラー心理学っていうのを学んでたこともあるんですけど、
その時に教えてもらったのは、自分の水筒が空っぽなのに誰かに水をあげられないじゃんって、
誰かの喉の渇きを潤すことができないじゃんっていうのを聞いて、それに似てるのかなって今回の話は思ったんですね。
なのでリコもリタもきっと皆さんそれぞれ持っている割合みたいなのがあると思うんですけど、
リタ的に働きたいなって働こうかなって思える時ってきっともう自分のことは満たされていて、
そこが満たされていたからこそ他人に与えられるものとか他人のために動けることがあるのかなっていうのを昨日感じました。
昨日のふゆ子さんの放送は多分それだけを追求する放送ではなくて、
なんか耳だけで聞いてるといろんなことが抜け落ちてるんです。
ごめんなさい。なんですけど、昨日持ち帰ってきたこととしてはリタっていう言葉が私の中でヒットしたので、
今日はこれは話しておいた方が良さそうだなと思ったので話してみました。
06:00
ふゆ子さんのチャンネルは毎日メモ必須な感じなんですよ。
だけど私に関して言えば洗い物しながら聞いてたりとか、朝バタバタしながら聞いてたり、
その合間に子供を起こしたりとかしてて集中して聞けた状況じゃないんですよ。
帰って聞けるかというと帰ってもう一回聞く元気はなくて、その場で聞きっぱなしになっちゃうんですけど、
それでも毎日ちょうどずつ得るものはあるなと思ってるんで、
リンク貼っておくので是非朝の耳のお供にしてもらえればいいのかなと思いました。
ふゆ子さんとは音声配信コンサルタントのあっこさんのね、
伴奏会というコミュニティで出会ったんですけれども、
毎朝私がこうやって朝早く上げる放送を一番に聞いてくださって多分、
一番にいいねを毎朝押してくださるんですね。
それがすごい励みになって、あっこさんはこの表現を待ち合わせしてる感覚っておっしゃってて、
なるほどと思って。
こんな私の放送でも毎日楽しみにしてるよって言ってくださる方の一人で、
私もすごい毎日勇気をもらってるなと思います。
すごい素敵な方なんです。
この間画面越しでお会いしたんですけど、声もいいんですよね。
朝から本当に元気で、ちゃんと声出てるし、
なんかいいなと思って毎朝聞いてます。
内容ももちろん素敵なんですけど、声聞くだけで元気になるなと思って、
一日今日も頑張ろうという気持ちになるので、平日は聞かせていただいてます。
今日はそんな話で、リコとリタについて考えてみました。
決してリタっていうのが自己犠牲じゃないよっていうのを聞いて、
私は聞いてというか分かって良かったなと思ってます。
反対に自分はすごいリコ的な要素がまだまだ強いなと思って、
この発信とかもそうだし、何かやるにしても自分がやりたいかどうか。
もうちょっと誰かがあってよりも、まず自分がやりたいかどうか。
それが原動力でもあると思うんですけど、そこばっかりに意識が集中してて、
もちろんできないことをやるっていうのがリタってわけじゃないんですけど、
自分のできることの中から、誰かに貢献できることがあるかなっていう考えるのがリタなのかなと思うんで、
ベースは自分のできること、できないことを決してするってわけでもないし、
自分の時間を必要以上に差し出すっていうわけでもないと思うんですけど、
このリタとリコが循環していくと、すごい良い社会になるんじゃないかなと思いました。
09:01
私が読んだコラムはビジネス向けだったので、ビジネスとしてリタとリコは循環させていくといいよっていう話だったと思うんですけど、
社会的にそういうのが回っていくといいですよね。
利益の利なので、利が。
なんとなくビジネスっぽい匂いがするような気もするんですけど、
でも情けは人のためならずっていう言葉そのものなのですね。
これはまさにと思いました。
今日はそんなお話でした。
最後までお聞きくださりましてありがとうございます。
今日も良き一日となりますように。
ではまた。
09:48

コメント

スクロール