ちょいさきトーク、あなたよりちょっと先を歩いてきた人の、Webと仕事の話。
この番組では、フリーランスでWeb制作をしている私、けいが、上司じゃないけど、ちょっと気軽に話ができる、隣の席の先輩のような立場で、Webと仕事について語ります。
さて、お正月気分もだいぶ抜けてきたであろう時期で、お正月の話で恐縮なんですけれども、年賀状、皆さん出されてますでしょうか?
私は今年、ちゃんと出したんですけれども、やっぱり年々年賀状の枚数って減ってるなぁというふうに感じました。
特に受け取る方ですね。もうその年賀状に、今年で年賀状最後にしますっていうふうに、もう何年か前に帰ってきてくれてる人もいますし。
私送ったのに対して、LINEでお返事が来るとかっていうのも結構多いですね。
私自身も、去年はですね、年末年始にインフルエンザにかかっちゃって、年賀状はちょっと今年はもういいやということで。
作ったは作ったんですけど、データは。ちょっと送る枚数はだいぶ少なかったです。
今年の分は、割とちゃんと作って送ったんですけれども。
今年はですね、私の仕事の方がですね、開業で15周年を迎えましたので、ちょっと普段送ってない人にも今回送ってみました。
年賀状やっぱり減ってるので、年賀状自慢するっていう方が多いからこそ、ちょっと逆に送ってみようということで。
結構もう何年もお付き合いのない方もですね、私の生存確認と、あと相手の方の連絡先がまだ生きてるのかどうかっていうのの確認も含めて送ってみたりしました。
今、住所が分かれば住所をそのまま送るんですけど、メールアドレスで年賀状を送れるサービスっていうのがあって、
メールを受け取った方が自分で住所を入力して受け取るなら受け取りますというので、ポチポチとお返事いただければ年賀状が送られるっていうサービスがあるので、それを使ってみました。
普段その仕事用の年賀状っていうのは、開業した1年目、2年目ぐらいまでは自分の個人用のものと仕事用のものを別々に作ってたんですけど、
ちょっとさすがにしんどいので、それ辞めてしまって、あまりお仕事関係の年賀状というのが出してなかったんですけども、
15周年という節目をきっかけにですね、これちょっと毎年はいらないと思うんですけども、記念っぽい感じのものをキャンバで作りまして送ってみました。
その年賀状1枚で私のことを思い出すきっかけというのにしてもらえたらいいなというのがありまして、
今年はそんな感じで。新年結構明けてから思い立てやったんで、だいぶちょっと遅れて届いたのかなと思うんですけども、そういうことも今年はやってみました。
とはいえ年賀状を減らしていくっていう流れはもう変わらないのかなというふうに思いますね。
だいたい自分の年賀状はともかく、親の年賀状を代わりに作って、住所録も親の住所録をこっちで印刷して出すっていうのを、何のためにやってんだろうというのが今まであったんですよね。
自分で作んないならもうやめてしまえばっていうふうに思っていたんですけども、ついに去年はですね、
うちの父親から文明に今年で年賀状自慢にしますっていう文明で年賀状作ってくれという発注がきましたので、去年の年末で一応最後なのかなというふうに思いました。
本質がちょっとお年賀の挨拶、相手の方を思って年賀状を出すっていうのが作業になってしまうのはやっぱり違うのかなというふうに思うので、
本当に出したい人にだけ心を込めて出せばいいのかなというふうに思います。
これは大人っぽいかどうかっていうよりかは、よくあるアンガーマネジメントの手法、まるとそのままなのかなというふうに思いますね。
よく言われるのが、何か感情があった時に6秒待つというのが、わりと何かよく言われることですね。
何か腹が立つことがあって、もう6秒待てばピークを過ぎる。その6秒我慢すれば、そんな瞬間誘惑式みたいなことにはなりませんよということのようなんですけれども、これは確かに一理あるなというふうに思います。
一方で、じゃあ6秒経ったら怒り収まるのかっていうと、そうでもないこともありますよね。何秒待ったって腹が立ってしょうがないことっていうのはあると思うんですよ。
そういう時ってどうするかっていうと、怒りの対象と本当に物理的に距離を取るっていうのが一番いいのかなというふうに思います。
今日の話でいう、性格が丸くなったとか感情をコントロールできたっていう状態って、こういう6秒コントロールプラス物理的に怒りの対象と距離を取ることができるっていう、そういうことなんだろうなと思います。
感情、行動の間にいかに間合いを取る、プラス物理的な距離を取る、そういうのが自分でできるようになるっていうのが、性格が丸くなったとか感情のコントロールができるようになったとか、そういうふうに言うんだろうなというふうに思いました。
自分の場合を振り返ってみるとですね、自分もそんなにめちゃくちゃ怒りを撒き散らすようなタイプではないんですけれども、以前の配信、結構最初の方の配信取り上げたことがあるんですけれども、
ちょっとお客さんに無理なんだよ言われて余計なことを言い返してしまったと。それによって上司と一緒に遠慮はるばる謝罪に行くことになったっていうエピソードを過去にお話ししたことがあるんですけれども、
それがその音投げなかったなという行動の最たるもんだと、今振り返っても思います。
今ですと、直接対面で人とやり取りすることっていうのももちろん多いんですけれども、メールとかチャットとかそういうテキストベースで何かって思う時に、
ちゃちゃっと反射的に文字でいらんことを書かないとか、そういう気の使い方というか咀嚼の仕方も変わってきている感覚はありますよね。
1対1、直接の場合だと余計なことを言わなくなったかなと思うんですけれども。
やっぱりちょっと振り返ってみると、テキストベースのやり取りだと、何かちょっと言いづらいこともテキストの流れに任せてババンと送ってしまうっていうことも今までありましたので、
そういうのをちゃんと送る前に見直して、本当にこれで私が伝えたいことが相手に伝わって、さらに不快な思いをせずちゃんと円滑にやり取りができるのかとか、
そのちゃんとチェックしてから送るっていう癖も、今でも完璧ではないんですけれども、ちょっと前よりかはできるようになってきたのかなというふうに思いますし、
これはまあ大人になっても鍛えていかないといけない部分なのかなというふうには思っています。
こういうちょっとネガティブな感情を自分の中でコントロールするっていうことって、性格によってやっぱりかとなりやすい、そうじゃないっていうのはあるとはいえ、
なかなか人の性格って変えることは難しいとは思うんですけども、トレーニングでなんとかなる部分も一定程度あるのかなというふうに思うんですよね。
さっきの6秒待つとか、チャットでバーッと書いた後にちゃんと見るとか、そういったことって性格もありますけど、もう一つ気をつけるかどうかっていうところなので、
日々の鍛錬、訓練、トレーニングによって磨かれていく、この大人の部分なのかなというふうに思います。
まとめますけれども、大人になるって何か素質とか性格がすごく良くなるっていうことではなくて、
自分の性格とか感情を経験とか訓練とかトレーニングによって、少し感情と行動の間合いをうまく取れるようになると。
武道とかと一緒なのかなという気がしました。