第5章は
あーはいはい
ここ面白かったな第5章
協楽的な生活と
政治的な生活と
感想的な
感想っていうのは多分
考える
思考する
みたいな
観念の観に
あ待って
翻訳が違うかも
なに?そっちは
もう一回言って
何と何と何って言った?
協楽的な生活
堂楽的?
うんうん
政治的な生活
感想的な生活
えー
見るに思う
感想
えー
えっとね意味的には多分一緒なんやけど
うん
俺はね
快楽的生活
あ
政治的生活
うん
感傷的生活
感傷
観察の観に照らす
照らす?
証明の証
そう証明の証
はいはい
証明の証ってどの証明?
証明の証
証明器具の証明
それ
そう
うん
感傷的生活 なんかそれぞれとあとなんかカッコが綺麗というか蓄財的生活
ああ触れられてだ 花もえか年儲け目的の生活
ああそうそうそう
金儲け目的なんかちょっと違うよねニュアンス うん
でも金儲け目的は 協力的な生活の
手段みたいな 感じなんかなって思った思ったっていうかそういうふうに書いてなかったかな
そういうふうには書いてなかったけど全然ほとんどの確率でそういうふうに読めるよね
で ここで言ってたのは
まあ ざっくり言うと
と協力的な生活と政治的な生活は幸福ではないよねっていうのを
言ってたと思う?言ってた 協力的っていうのはえっと言ったら
普通に自分の快楽とかを求めて 楽しいとか
そういう生活なんか友達とかと 遊びまくってる生活って協力的な生活かな
政治的っていうのは 名誉
名誉を求める そういう生き方
でこれらが その人間としての
得、アレテーに合ってないからこれは幸せじゃないよって言ってきてるやん
幸せじゃないというかえっとねあの 幸福
ごめん
はい なんか途切れてるかも音が
他のやつと繋がってる? 他のやつ?
なんかね 音が途切れてるような気がする
iphoneと繋がったりしてない? なるほどね
聞こえる? 聞こえるね
ごめんなさい中止めちゃったけど 次行こう
これ結局なんか一生ずつやるみたいになるな 確かに
まあいっか まあ俺が思ったのは
協力的イコール奴隷的って書いちゃったけど まあ
快楽を求めた生活なんて奴隷みたいだから それは幸福じゃないよねって言ってたんやけど
俺は別に協力的な生活も幸福なんじゃないって 思ってる派やから
どう思う? そうだねえっと
幸福の定義が多分違うからじゃない? アリストテレス的な幸福の定義で言うと
快楽的な生活は アリストテレス的には幸福じゃないんじゃない?
その人がその瞬間その瞬間ハッピーかどうかっていうのは 多分幸福って言ってないんじゃないかな
そうですね そもそもアリストテレスは
どう幸福に生きるかみたいな 主観的な話をしたわけじゃなくて
人間としてどう生きるのが 善とか最高善の実現になるかっていう問いで
本人の満足が 別に最初から入ってないってことか
うん そう思うなあ
なんかひどい言いようやったやんな 築上の営む生活と一緒みたいなこと言ってんな
それが多分奴隷と一緒って書いてあったんかなこっちは 奴隷とも書いてる
家畜の畜に獣って書いて 畜中の営む生活を選択するべくものという
彼らはそれによって自らが全く奴隷的な人間たることを 露呈しているのであるか
まあなんか言ってることはわかるけど
快楽主義もあるやんか実際 だからそういう面で言うと
その不幸せかどうかは決めれないよね
俺なんていうのこの論だけで言うと 幸福アリストテレス的な幸福では確かにないかもしれないけどその
快楽的生活をしている人が 不幸せかどうか
はここでは決めてれないしそうとも言ってないよね別に こいつらは不幸せだとは
言ってないね
言ってないけど アリストテレスは自分と違う生き方を
劣ったものとして扱ってるかなって感じ 自分の育ち
まあ 言うなればアリストテレスは
多分感想3つ目の まだ感想的な生活っていうのがどういうものか具体的に触れられてないけど
多分そういう育ちをしてきていて それを普遍というか
誰しもそういう 生活が営める
ちゃんとそういう訓練を受ければ そういう幸福になれるっていう
不変なことだと思っているそういう思い込みがあるんじゃないかなって思った 感傷的感想的な生活って
まだ出てきてないから俺想像もしてなかったけどそういうことなんよね うん
出てきてないからあれやけど ニュアンスだよね
まあそうかもしれないなんか読んでいるときはそうは思わなかったけど 全然そうは思わなかった理由があるわけじゃないから
確かにめっちゃ 下に見てるかもしれないな
下に見てるまあ下には見てるけど 否定的
ただ下に見てるだけで構成したい 構成してやろうっていう気持ちがあるとは思わなかった
多分ここでも多分 さっきまでと一緒だけど一個正解というか
幸福の生き方をパンって提示するためにどれがより良いかっていうのを 明示しようとしてくれてるんじゃないかなって思うと
まあ別にそんな引っかからずに進めるかな俺は確かに 協力的な生活が
完璧な生き方 だと思わないし
政治的な生活は 名誉って
あの 名誉とかって自分一人で
実現できない その名誉を自分に与える人がいるから
うん その
人が与えるかどうかっていうのが自分の幸福に関係してくるっていうのを 自分の幸福の定義にしていいのかなそれは違うんじゃないって言ったの確かになって思ったし
うん確かになって思った 全体的な方向性とした
共感かな共感 納得
わかる納得できる ああそうだねこれなんでこう話したかっていうと今まで
幸福について話してて
で その幸福だって
言われてる現代の現代というか当時の現代的なアリストテレスが生きてる現在の代表的な幸福な生き方を
こういう3つがあるよねって言って比較してた感じかな
実際に生活がない 世上一般の最も低俗な人もそうだね
その政治的生活が 名誉
を求めている っていう繋げ方が
ちょっとわからんかったけど その語彙的にねなんでそれが政治的ってなるんかわからんかったけどその名誉を
求めて名誉を目的にして生活するのは確かに めっちゃ健全ではないかって思った
うん けど
俺ここ結構めっ インサイトというかさあって
うん その名誉っていうのが一つの禅に挙げられてるやん目的に
うん なんか今現代社会で名誉のために生きてるなってこの人名誉のために生きてるなぁとか思う
人いなかったけど よく考えたらお金稼ぎたいっていうのってさ
うん ただお金が欲しいだけじゃなくてその資産
の保有している量が名誉につながっているから 名誉が欲しいっていう感情もあるんじゃないかなって
思って 今の社会でも名誉を求めてみんな頑張ってその生きてるとも言えるなって思って
うーん そうなんかな
俺はその今の社会の人もは名誉を求めて生きてると 生きてる人いっぱいいると思うけど
て整理ができてないけどそのお金のたまった量が名誉につながる とみんな思ってるんかなそれなんか蓄財的生活じゃない
いや違うな 蓄財的っていうのは多分純粋にお金が欲しいと思っていることだと思うけど
それがお金 アリストテルスはお金を
別のものと交換できるから
そういう お金を求めてるわけじゃなくてお金の先にある何かまた別の何かを目的として
お金を稼いでる お金を欲しがってるって説明してた
何が? お金っていうものに対してねアリストテルスは
お金そのものを求めてるわけじゃなくてお金で買うその 交換できるものが目的になってる
だから お金そのものを求めてるわけじゃないよねっていう感じの語り方やったけど
えー そうなんかなちょっと待って俺の読み方的に
読んだ感想的に お金そのものを目的にしちゃってるよね
お金って本来手段でしかないのにっていう 書き方だと思った
だから蓄財的生活を批判的に言っててその蓄財的生活してる人はさっき俺が言ったように
お金って手段でしかないのに目的かのように扱っちゃってるくないって言ってるように思った
第5章それかな 5章の最後
また金儲けの生活とはある意味で生活の必要によって強いられた生活なのであり
明らかに富は探求されている善ではないというのも富は有益なものであるから
つまり富は他のもののためになるという意味で有益なものだからである
それゆえむしろ先に述べられた快楽 名誉 荒れていといったものの方が目的だと理解する人もいることだろう
というのもこれらはそれ自体のゆえに好まれるからである しかしそれらが探求されている
俺の方の役で読んだ方が俺の理解に近づくかもしれん
蓄財的生活に至ってはいわば教養のもとに営まれる生活であり
富が我々の求める善でないことは明らかであろう 富は何かのために役立つものそれ以外のもののために存ずるものでしかない
それゆえまだしも人は前に挙げた前に挙げたごときものをそれらの それらは自身のゆえに愛されるのであるから目的と下すべきである回すべきであるかもしれない
だがそれらもこれまで多くの議論がその弁護のために費やされているにも関わらず 究極の目的でないことは明らかである
この点しかし一応にこれにとどめるなんて 明らかに探求されている前ではない
富は 他のもののためになるという意味で有益なものだからである
だよね それゆえ
他のもの それゆえむしろ先に述べられた
快楽名誉あれてといったものの方が目的だと理解する人もいることだろう 理解する人もいることだろうこれはそれが多数派なのか
あというのもこれらはそれ自体のゆえに好まれるからである それらはそれ自身のゆえに愛されるのであるから
うん どうだろう俺はなんか自分の解釈の方が正しいと思っている
俺は自分の解釈に自信がないけどどっちかっていうと自分の解釈の方に読めるような って思うその文脈的にね
何 蓄財的生活に至ってはいわば教養のもとにいとまいとなまれる
教養のもとに営まれる生活であり富が我々の求める前ではないことは明らかである だから富を求めてるのって
いわば教養されているよね本心じゃないよね富求めるのって だってさ富ってさ何かのために役立たせたりするもんじゃんそれ以外のために
存在するものでしかないじゃん 結局それ以外のためにのそれ以外のもののために存在するものでしかない
だからこれ以外のものだからえっと 富のため以外のもののために存在する
だから富の富という 手段を別の目的のために富という手段が存在するのは
でしかない それ上だからさ
まだしも人は前に挙げたごときものを今まで言ったものを目的と さっき言った8何かのために役立つものとか
ものを買うものを目的と返すべきであるかもしれない だから目的と思うべきだよねべきかもしれないよね
だけどそれらもだけどそれたちも今までいろんな議論がその目的その弁護のために 費やされているとお金が
目的だっていう弁護のために多くの議論が費やされているよね 究極の目的じゃないことは明らかなのにね
この点しかし一応にこれに留めるこの点はまあ一応ここぐらいまでにしておこうかな って読んだ俺は
うーん とこれどこですれ違ってる俺らは
ん アリストテレスが
蓄財的生活をどう言っているか
え金儲けがもうそれ自体が目的になっちゃってるってどこに書いてある どこに書いてたっけ
えっと富が我々の求める前でないことは明らかであろう から
うん 読み取れるんじゃない
我々が求める前は えっと目的の上の目的さらなる上位目的
が前夜から お金って何かの役に立てせるための目的を達成するためのお金やから
より上位の目的がある時点で 求める前じゃないよねって言ってるから
うん 金儲けが目的な時点で別の目的がある
ことは 明らかだろう
それは つまり金を稼ぐのはその先に何か別の目的があるよねっていう意味じゃない
あるよねってアリストテレスは言ってる にもかかわらずみんなそれ
じゃなくて金そのものが目的になってるよっていう風に俺読み取られへんかったん けど
これまで多くの議論がその弁護のために費やされている にもかかわらず
今まで えっとアリストテレス的な人をしてる人いっぱいいたしそういうことを言ってる人いるのに
そうなってないよってことなんじゃないその 一般認識として
究極の目的でないことは明らかであるって言う 言ってんのに
伝わってないじゃん 支持するという
うわなんかこれ これって素人2人で読んでて解決するんかな
このそれにもかかわらずってあるやん しかしそれらが探求されている前ではないことは明らかである
それにもかかわらずこれらを支持する多くの言説が 唱えられてきたのである
の この
それにもかかわらずの翻訳が 指示
そしてと読むのが自然だっていう解釈する 研究も多いってつまり
もう書いてもう書いて 今最後のやつはそれにもかかわらずこれらを支持する多くの言説が唱え
られてきたのであるっていう風になってるけど ってことは
この金儲け の生活が
探求されている前ではないのは明らかだよね にもかかわらず
金儲けを支持する多くの言説が唱えられてきたのである っていう風に読めるけど
うんうんうん そのそっちの研究によると
しかしそれらが探求されている前ではないことは明らかである そしてこれらを支持する多くの言説が捉えられてきたのである
だから 多くの言説の中で金儲けって前ではないよねっていうことが
明らかにされてきた そういう風に捉えられてきた
っていう解釈と分かれてるらしいんだけど
なるほど でもその後者のやつやったら
議論の結果そうだけど 蓄財的生活している人たちってそうじゃないよねって言ってる
うーんからねー 蓄財的生活を調べてみる
いっ 俺らの解釈の違いで
何がどう分岐すると思う 俺はもう1回言ってライターの解釈
お金持ちになりたいって思ってる人も別にそのお金をお金自体が欲しいわけじゃなくて その先にある
名誉とか えっと協力とか
あら快楽とか 荒れてといったその別のものの目的のために手段として
お金を欲している 交換するためにお金を欲しているのであってそれが目的になってるわけじゃないよね
っていう お金そのものがえっと目的になってるわけじゃないよね
ていう呼び方 えっとじゃあ蓄財的生活は
えっと快楽的生活 の
一部ってこと快楽だけじゃないけど快楽もそうし 名誉もそうし
とくもそうしそれぞれの 全を実現するための
一個の手段というか 会に属している目的かな
なるほど だから
全部 4つがこのタイトー
に はなってないってことね
そう そのこの3つの後にちなみにみたいな感じで書いてるからその可能性はある
けど 俺の理解では
やっぱそのお金を目的としている人やな いるやん現代でもいっぱい
お金を貯めることが目的になっている人 お金を貯まっているのに使えずにいる人
が多分 この時にもいて
強弱的な生活をしているわけでもないしそれを求めてる 本心では求めてるかどうか知らんけど
振る舞いとして蓄財的生活になっているっていう別のものやと思ってると思ってる 思った
そう読まれへんな まあまあいいよそう読めたとして
俺らのこの違いがどういうまた別の違いにつながるかっていうのを考えて 解釈の違いが
これからどういう違いを生むか 同じなのは
金儲けの生活が最高前ではないよっていうのは多分一緒やから
究極の目的でないことは明らかにもね そんなに
大きなズレでもない気もするけど
でもなんか この後さあこのことについてあんまり書かれなそうだよね
蓄財的生活について 短保留にしとこっか
致命的な違いじゃなさそう あとどっちが幸福じゃなさそう
これは別に本の内容からずれるけど雑談として お金を目的蓄財を目的としている生活と蓄財をまあ
言うたら手段として別の快楽とか名誉とかを 目的としている生活って
どっちが 何やったっけ幸福じゃないさそう
えっ現代の幸福 アリストテレスのいう幸福
あーそうだねアリストテレスのつもりで聞いたけど現代の幸福でもいいよ 現代の幸福で言うと
あー難しいそれ お金
稼ぐのがとかお金貯めること自体に幸福とか快楽を得ている人もいるから
それお金稼いで別にその先の目的ないのにお金自体が目的になっちゃってるじゃん っていうのは別にそれそれで幸せ
かもしれへんって思う うんうんうん
し 確かに
その先に使いたいものがあってお金稼いでる 蓄財してる
っていうのも一緒一緒かこれもしかして なんか
ニュアンスというか言葉に釣られすぎてるかもしれんけど 蓄財っていう言葉からさ俺の方は蓄財っていう翻訳ないけど
こっからさ より多く稼ぐっていうことを感じなかった
うーん ってからなんかその
貯めることに 注目して書いたように
感じていた うーん
お金を蓄える どういう表現やったっけ
公文社は こっちは
金儲けの生活 金儲けの生活やったら金儲けやな
だから 多少邪悪な行動をしてでもより利益とかより売り上げが上がる方にしちゃう感じは
するな 金儲けっていう言葉のイメージめっちゃ現代人の
意味意味困ってないそれ 現代人でもいいじゃんでも翻訳
翻訳した人が現代人やからそうなるやろ その現代人の感覚で翻訳してる
金儲けってもっとフラットに見ていいと思うでここでは
邪悪とかないと思う 蓄財とさ金儲けって明らかに違うくない
まあ一緒やと思うけどな 一緒やとしたとしてもこの翻訳者の多分
思いが出るよね誰翻訳者高田三郎調べよう 調べて何がわかるん
だからさ例えば高田三郎が今まで別の本でどんな本を翻訳したかによってさ この人の人となりとか思いがわかるやん
めちゃくちゃ資本主義反対おじさんかもしれん 宗教か
その読み方なこっち危なくない でも翻訳者ってめっちゃ出るでそうね
だって同じ本でも翻訳者によってさ全然違うやん まあでもその翻訳者がどんだけフラットに書こうとしているかわからんけど
まあでも結構 宗教とか哲学の本が多いな
- そっち誰?
- 渡辺邦夫、橘孝治。
- えー、いや、2人で知ってる。
- あ、わからん。渡辺邦夫さんが、この世に多すぎる。
- 1950年生まれ、茨城…
- ま、いいか。
- いいでしょ。
- 今の、この俺の疑問は、どっちでもいいか。
- 何だっけ、疑問。あ、金儲けと。
- えっと、どっちが幸福と言えなそうって言ったけど、ま、それもどっちでもいいか。
- ここで大事なのは、幸福が何かを探求して、アリストテルス的に幸福的な…
- 幸福が何かを探求して、今、幸福と呼ばれている、一般的に幸福な生き方とされているのを比較して、
- そのうち2つは違うよねって言って、3つ目を残して、次に進んだ感じ?
- うん。
- だから3つ目が幸福かどうかもまだ言ってないよね。
- 感想的な生活?
- うん。
- うん。
- で、5章が終わって、6章だね。
- 何か言いたいことある?
- どんな感じだった?
- 5章で?
- いや、5章、6章、7章、8章、9章、10章、11章、12、13…
- えーっと、言いたいことの言い方がわからん。
- と、あの、結構、ブロック的に読んだ。えー、何て言うの?
- 5章と6章が多分似た話をしてて、7、8、9が似た話をしてて、
- 11が似た話をしてて、みたいな。ブロック的に読んだから、4章、5章は繋がってるように感じた。
- はいはいはい。
- あー、禅のイデアの否定か、6章は。
- あー、そうそうそうそう。ごめんごめん。今、俺、4章、5章って言ってたから、5章、6章が似たように感じた。
- 似てるやん。
- 似てるくない?5章、6章。
- 4章、5章、6章。
- うん。
- 6章は、禅のイデアの…そうそうそうそう。
- 禅そのものの調査って書いた、俺は。
- 検討でもいいか。
- うん。
- で、4章にさ、めっちゃ賢い人たちみたいに出てきたやん。
- 何やったっけ?どういう表現やったっけ?一部の知者やったっけ?
- 一部の知者たちは、このような多くの禅の他に、全てこれらの多くの禅をして禅だらしめる因であることき、
何かしらの自体的な別の禅が存在すると考えたのである。って言ってた、この知者たちについて話してたね。
- なるほど。それが禅のイデアってこと?
- そう。だからこの知者たちは、いろんな人が幸福って何?って聞いたときにさ、
病気のときに健康を求めることとか、貧しいときに富を、貧しいときに富をあげるようなこととかを幸福って言ってるけど、
一部の知者たちは、そういう一個一個の幸福、一個一個の禅というよりも、
これら全て多くの禅を禅だらしめる因であるごとき、何かしら自体的な別の禅。
だから、いろんな禅を統合して抽象的なその禅を禅だらしめれてる土台とか、
そういうのがあるよねって一部の知者が言ってて、
その一部の知者の考え、禅そのものについて6章で触れてるっていうイメージ。
だから456がつながってるイメージ。
- うんうん。
- 結論として、そんなのなくない?って言ってるよね。
- そうだよね。
- ないって言ってるよね。
- あったとして、人間が獲得できるものじゃないと意味なくないって。
禅っていうのは人間の目的なんだから、
禅のイデアっていう具体的な行為とか事柄から切り離されたものを想定しても、
それって意味ないよねって言ってる。
- ああ、そうだね。
- 目的ごとに禅っていうものが存在してるから、
それを一個の禅としてイデアを考えることって意味なくない?
みたいな感じだったんじゃないかな。
- そうやね。
うん、そう思う。
だから別に新しく言うことはない。
そう思う。
- 俺もそう思うって感じ。
第7章。
- うん、なんか。
- 人間にとっての最高禅は、
ここで幸福の定義が、
荒れてに基づく魂の活動が幸福だって言ってるよね。
- ちょっと待って、7章は。
ちょっと待ってよ。
そうだね。
自足的みたいな話をしてたのか。
- うん。
幸福は自足的。
- ああ、面白かった。
- 面白かったね。
これはそうやね。
自足的やなと思った。
幸福とは何かっていうのを考えてたけど、
具体的な幸福が何かを多分ここで考えてて、
まあその幸福って、
なんていうの?
幸福ってじゃないか。
幸福。
ん?違う。
幸福は最高禅。
逆か。
最高禅は幸福。
どっちやってる?
幸福か。
最高禅が幸福。
あれ?幸福が自足的なんやったっけ?
幸福が自足的。
幸福が自足的。
自分の足と書いて自足的。
- うん。
だから、
何かその別の目的とか、
別の狙いがあるというよりも、
究極的な目的そのものが幸福。
だから、
何かの目的によって
生まれる目的じゃないよね。
幸福は最高禅はっていう感じ?
うん。
そうやね。
ここでまた名誉とか快楽とか出てきたね。
うん。
名誉はそれに快楽が入ってきた時にもっと良いよね。
もっと良くなっちゃうよ。
だから自足的じゃないっていう説明があったかな。
それ自体を求めることもあるけど、
それによって、
それによって別の何かを得るために
幸福になりたいと思えちゃうよね。
うん。
ここで、
言葉からすると自足的ってなんか、
めっちゃ自立してて、
自分一人で何でもできちゃうって思っちゃうけど、
そういう意味じゃないって書いてたね。
ポリス的な存在という前提の中で、
うんうん。
それも含めて考えて自足的っていう。
これ自分でもさ、
うん。
言ってるけど、
もし祖先や子孫や人々の人々にまで範囲を拡大していくならば、
その過程は無限に進行するであろうから、
だがこの点の考察は後に後に譲らなくてはならぬ。
って書いて、自分で書いてるけど、
めっちゃそうやなこれって。
どう解決するんかなって思った。
うんうん。
どこまでを、
だから後に譲られてる。
含めるかっていう。
そうそうそうそう。
確かに。
市民社会的な人間、本性上市民社会的な人間、
だからっていうことを付け足すと、
どこまで含めるかっていうのは、
アリストエルス的にはどうやって解決するのかなっていうのは、
ちょっと気になるね。
だって俺思いつかへんもん。
結論ないまま。
俺はもう、いや、
なんかそこ境界引けないよねってなっちゃうけど、
引いてやるぜっていうことでしょ。
かっこいいな。
そうだね。
まあどうなるかわからんけど。
森田一太って言ってくるかもしれんけど。
なんか似顔絵が似てるかどうかじゃない?
書いたときに似顔絵似てたら、
まあマジ仲間。
似顔絵そっくりじゃなかったら全然他人じゃない。
画力によるやろ。
それは目から鱗やった。
確かに。
そう。
じゃあLINEして3分以内に帰ってくるかどうか。
じゃあ俺多分関係ないわ。
近さとかは別に。
確かに。
マジどうやって決めるんやろ。
LINEしてってないね。
俺たちやったらどうやって決める?
客観的なやつ。
主観的な。
主観的に自分にとってその人への愛着を
こんぐらい好きっていう定量化するんか。
客観的な事実。
一緒にいた時間がどのくらいかっていうアプローチかどっち。
どっちで考える?
いや、でも主観的な方が確実やけど、
それを確実というか、
まだちゃんと表せそうやん。
自分の幸福につながってる度合いを。
だよね。
これをさ、決めることを強いられてないからさ、
俺たちが生きていく上で。
強いられた時にどういう風に考えるんやろうな。
例えばさ、めっちゃ広くさ、
じゃあこの世の人類の1億人生かせれますよって言われたら、
どう選ぶみたいなことになる?
え?どういう意味?
わからん、どういう意味?
え?
その1億人をどう選ぶんやろうって思って。
選ぶ?
広すぎる?答えが、考えが。
例えばこの、無理か。
例えばが無理や。
その1億人の選び方じゃない?
今まで過去関わったことある人を選ぶんか、
全然直接は関わったことないけどシンパシーを感じてる人を選ぶんかみたいな。
何を選ぶん?選んだ人が何?
生き延びる。
あ、そういうこと?
選ばなかった人は生き耐える。
やば。
超大規模なテスゲームやん。
1億人ね。
えーどうしよう。
それに選ぶ人が自分にとって大事な人っていうこと?
自分の幸福を。
そう。
のために必要な人ってことか。
うーん。
なんかもう幸福になりようがないけどな、それ。
誰かを。
80億人殺すから?
生き耐えそう。
確かに。
いやでもさ、それはさ、言ってたやん、この本で。
その瞬間の出来事によって一気に不幸になるわけじゃなくて、
その不運な選択とか不運な決断にどう向き合っていくかで幸福になるって。
生涯を通して幸福になるって言ってたから、
なれるよ幸福に。
ほんまになれる?
ほんまになれるかどうかは知らんな。
でもどう向き合っていくかが幸福、生涯を通した幸福に関係するから。
そんな。
自然的な不運な決断とか選択に。
そんな不運ごときで折れることなく見事に耐えてみせる。
人が荒れ手に基づく魂の活動をしている人が。
いやなんていうの、
その瞬間ちゃんと悲しむとかも大事やけどね多分。
ちゃんと悲しんだりちゃんと罪の意識に苛まれたりしてどうやって向き合っていくか。
時計によって幸運であるのにまさにあるのとすれば、
まさにそのような仕方で人は幸福となり得るものであるとするのが至等であろう。
けだし、自然物は可能な限り麗しき本性でできており、
技術に基づくものだから。
麗しき本性でできてるから。
自分のした選択、だから幸福な人は幸福な決断とか選択になるし、
そういう選択をするって言ってるよね。
うん。
麗しき選択するよ、きっと俺たちは。
俺たちはやって。
幸福な俺たちは。
うん。
でもなんかやっぱ俺は仏教的に考えちゃうからさ、幸福っていうものを。
だからどこまでを自分とするかというとさ、
なるべく包括的に自分以外の人も自分の一部として考えれる方が
得があるって思うな、ナチュラルに。
自分とは関係ない人を切り捨てて、
自分の周りだけで幸せになろうとするんじゃなくて、
より人類みんなでみたいな方が、
でもそういう行動の方がさ、
アリストテルス的にも得に基づいた活動って言えるんじゃないかなって思うんやけど、
うん、そう思う。
だから1億人って言ったのは、
そういうことで。
あーまあでもちょっと違うかも。
全然思想の違う人っていうよりも、
世界中のシンパシーのある人っていう意味で言った俺は。
だからちょっと違うわ。
ちょっとっていうか結構違うかも。
シンパシーのある人?どういう意味?
どういう意味かと聞かれると具体的にイメージしてないけど、
身の周りとか今まで事実上関わってた人とか、
日本人1億人っていうことじゃなくて、
全く関わりのないランダム的な人も含めた上で、
選択したいっていう。
選択したくないわ、別に。
あーなるほどね。
あーなるほどね。
よくわからんけど、
いろんな人を生き延びます。
生き延び、生き延びさせたいってことね。
そう、生き延びた人の
なんていうの?多様性率が悪化してほしくない。
今の人類よりも。
なるほどね。なんかでもなんか変。
謎やな、そのまず1億人選ばなあかんのが。
それはそうやな。なんで選ばなあかんってなるよね。
なんで俺に選ぶ権利があるのってなるよね。
なんで1億人って言ったんやったっけ?
どういうふうに自分の愛しき人の範囲を決めるかっていうことからか。
全然アリストテレスの話と関係ないから、次に進みましょうか。
8章は?
8章いく?7章これでいい?
あーでもまあ全然ほぼ言ってないけどな。
荒れていに基づく魂の活動。
幸福は荒れていに基づく魂の活動。
あー確かに。
まあでもここ整理しといたほうがいいか。
ここから結構大事やもんな、8章以降。
たぶんこの荒れていに基づく魂の活動で、
じゃあ荒れていって何?っていうのがこっからの本題やと思うね。
で、まあだからそういう荒れていっていうものがあって、
それに基づいた魂の活動が幸福だよっていう、
大枠で捉えるのでいいんじゃないかなって思う、今は。
大事なのが、長い時間をかけて幸福になるってこと?
一瞬の短期間で幸福は訪れるものじゃなくて、
人生を通してその人が幸福かどうかみたいなのが決まっていくから、
そういう意味で言うと子供って幸福じゃないよねっていう。
子供は幸福になりようがない。
それって何章やったっけ?それもっと後じゃない?
後かな。
9章じゃない?
そりゃ9章やな。
これもめっちゃおもろかったね。
君幸福になれるかもねっていう期待が集まるだけで、
本当にそれ幸福になるかわからない。
これ荒れていの整理しとく?
荒れていの整理?
荒れていの俺の解釈は、
良い方向、良い方向に向かう働きの在り方というか、
良い方向っていうの。
ハサミ、何で例えてたっけな?
俺はこと引きで読んだよ。
こと引き?
うん。
だからまず荒れていを発揮した活動として、
そもそも理性が必要って言ってて、
いや必要っていうか人間には、
ちょっと話を戻すか。
幸福の中身、幸福を、
中身じゃないな。
幸福とは何かって考えた時に、
命あるものが幸福と感じれるっていう発想から、
じゃあ植物は?ってなって、
植物は命あるけど、
濃度的な活動をアリストテレスの目線ではしてないし、
動物も感覚はあるけど理性的ではない。
だから人間だけじゃないこの理性的な活動って、
理想的な魂の活動って人間だけじゃないって言って、
じゃあ理性的であれば何でもいいのかってなったけど、
そうじゃないって自分で言って、
理性的に活動しているだけじゃなくて、
荒れていを発揮した、
得を発揮した活動をしようって言っている。
でその得とは何かっていうと、
こと引きの話になって、
俺の本ではこと引きの機能は、
こと引きの機能は優れたこと引きの機能に同じく、
その他いかなる場合について見ても全くこれと同様であり、
ただ性能の優秀ということが後者の機能には付加されるのであって、
すなわちこと引きの機能はことを断ずるにあたり、
優れたこと引きのそれはよく断ずるにあたる。
はい。
は?つまり一生懸命読んだら?
書いてある通りなんやけど、
こと引きってことを引ける能力はあるけど、
ことを引ける能力があるだけじゃなくて、
ちゃんとことを引いたこと、その活動をしたことによって、
こと引きの機能を果たせた。
だから人間で言うと理性があるから、
理性がある行動、理性があるだけじゃなくて、
その理性を働かせて行動したことが、
幸福という理論、あてる?
えーーーーーーーーー
ちょっと違うかも。
あ、うそ?
どこに書いちゃったっけな、
ことじゃなかったんやけど。
ま、違うんや。
いや、違うかどうか分からん。
ちょっと1回思い出しながら話すけど、
まずことを弾く。こと弾きがことを弾くやん。うん。こと弾きがことを弾くことは
えーっと、わー思い全然覚えてない。
なんかさ、弾けるけど弾かないっていうのと、弾けるけど弾いていないっていうのと
さらにもう一個上手に弾けるかどうかっていうのも出てきたやん。
で、よく行うってやつ。そうそう。
だからその理想的な上手に行うことができる。
できるというか、上手にできること、みたいなのがアレテかなっていう。
こと弾きのアレテは、ことを上手に弾くことができること。
で、人間のアレテは、人間としてしかできない振る舞いを上手にできること。
で、幸福はそのできることを実際に活動すること。
うんうんうんうん。って感じ。
あれ、俺がさっき言ったのと違うんやろ。
えっと、お兄ちゃんが言った。
さっき言った言い方やと。
アレゴンじゃないかな。あの、アレゴンで出てきた。
アレゴン?出てきてないかも。
で、働きっていう。
だからその、俺がさっき言ったやつは、行動した瞬間それが幸福になってるっていうような言い方をしちゃったんか。
そう、そうやな。その行動するのが、アレゴンっていうのが全部にアレゴンがあるって言ってんね。
アレゴン。無機能的なものにできるのであろうか。カッコアレゴンって書いてあるな。
働き。
機能がエルゴン。
あ、そうそう。エルゴンエルゴン。
エルゴンじゃない?
それそれ、エルゴン。
人間の機能がエルゴン。
話変わるけど、エルゴノミクスみたいなのって人間の機能って意味なのかな。
知らないよ。知らないよ。初めて聞いたよ。
人間工学に基づいた椅子とかあるやん。
知らないよ。
角度。なんか人間が一番落ち着く角度のキーボードとか。
エルゴノミクスキーボードみたいな。どうでもいい。
知らないよ。初めて聞いたよ。
すみません。
エルゴン。そう。
エルゴンが働きで、例えばハサミのエルゴンは切るっていう働き。
そうだね。
で、アレテイはよく切るっていうこと。ハサミやったら。
そのエルゴンを理想なエルゴンのあり方がアレテイ。
で、人間。
アレテイはよく、そうだね。理想のあり方、あった状態をアレテイやろ?
そうそう。だから人間のアレゴンは人間の。
エルゴン。
エルゴンか。人間のエルゴンは、人間固有のエルゴンはさっき言った生物、植物にはこれあるな、動物にはこれあるなって言って省いていって
人間固有のものは理性で考え選ぶっていう働きがある。
働きがエルゴン。
で、その理性っていうエルゴンがある中で、その理想状態、理想の働き方というか、その成功って説明されてたけどがアレテイ。
で、それを実際に発揮してる、活動してる状態が幸福。
だから人間にとっての幸福は、人間固有の働きを理想状態で実際に活用する、活動すること。
人間固有の働き。
人間の卓越性を、アレテイを発揮し続けている状態が最高前、イコール幸福。
ああ、そうですね。
だね。
まあ俺はなんで人間固有の働き探したん?って思ったけど。
エルゴンがなんで人間固有じゃないとダメだ?っていう。
エルゴンが人間固有とダメってどういう意味?
人間にとっての最高前がなんで人間にしかないものじゃないとダメなん?って思ってた。
理性。
うん。
あ、えっと、それはアレじゃない?
あ、わからん。
え、もう一回言って。
質問を汲み止めてるんか。
人間固有の働きを探したん。
人間固有のエルゴン。
うん。
人間固有のエルゴンをまず探した中で、その理想的な状態に基づく活動が幸福だって言ってたけど、なんでっていう。
はい。
なんでそもそも人間固有の働きじゃないとダメなん?別に他のものと被ってても良くない?
あ、普通に人間固有の幸せを探求してるからじゃない?
人間固有の幸せやけど。
その差別化としてじゃないのかな?違う?
まあ。
質問をしっかり汲み取れてない。どこに対しての疑問なんやろうっていうのがしっかり汲み取れてない。
まあ、いいよ。
なんか例えばさ、動物と人間の違いは、動物にあって人間にもあるけど、
ん?
人間にとっての幸福をさ、人間も持ってるけど、それって動物も持ってるからこれは省きましょうみたいな感じでさ、そぎ落としていって理性を残してるやん。
うんうんうん。
で、その人間だけが持ってる理性をあれてに基づいて活動させることが幸福だって言ってるけど、
うん。
でも動物が持ってるからといって別にそれが人間の幸福につながらないってならんくね?って思ってん。
例えば。
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次行きますか。
そうしましょうか。十二章。
十二章。十二章は、幸福な人は尊敬され、荒れては賞賛される。
なんかここ別に俺あんま言うことないかもな。
え、ここなんか理解できてない、俺。
多分俺も。
そもそも今なんか幸福が賞賛すべきものか尊ぶべきものかっていう話をしているんやけど、そもそもがなんでこの二つなんやろうっていうまず疑問ね。
賞賛と尊敬の二つ。
そう。それしかないんやったっけっていう感じ。
うんうんうんうん。
で、なんか神的な話出てきたじゃん。
うん。
だからちょっと理解の仕方がわからんなって思った。
けど賞賛すべきものの言ってることはわかった。
うん。
何を賞賛すべきものって言ってるかわかったけど尊ぶべきものが明確に何かっていうのはちょっとようわからんかった。
尊ぶべきものはもうそれそのものとして素晴らしいもの。
賞賛はそれらの賞賛する対象の行為とか成果のゆえに賞賛する。
うん。
けど尊敬っていうのはもうそれそのものに価値があるよみたいなニュアンスだと思う。
うんうんうん。そう思う。
そう思う。
だからその言葉通りの理解しかできんくて。
じゃあ何が、賞賛、何が尊ぶべきものなのかが。
幸福が尊ぶべき、で、幸福を作り出すことができる、あれて、あれてが賞賛に値するもの。
じゃあ、その尊ぶべきものって、幸福以外はないんかな?
え、神はどう、って言ってたっけ? 神や禅がそうしてる?
神々に対する、だから神様に対して賞賛するのって結構滑稽だから、それ賞賛じゃなくて、なんていうの?
尊敬。 誰しも考えるように賞賛よりも優れた、より良きものの何か。
だから神々を、幸福なものと、これを祝福し、賞賛しないのであって、
より善なるものとして祝福するのである、尊ぶべきものであるって言ってるから、
神のことをそう言いたいのは分かったし、幸福がそう俺に該当するのも分かったけど、
それ以外はどういうふうに理解すればいいんかなって思った。
例えば、俺たちが尊いって思ってる、人の命とかさ、赤ちゃんの存在ってすごい尊いじゃん。
で、尊い、なんていうの?推しが尊いとかって言ってるやん。感情として。
その時の尊いって思ってる感情と同じように思っていいんかなっていう。
一緒だと思うな。
それそのものを尊ぶことができてるか、それが他に何か価値があるから尊ぶことができるのか。
なんかさ、どっちも悪くない?
どっちも悪いよな。
だから、これで考えてる時に思ったのは、人権ってどっちなんやろ?
俺はなんか尊ぶべきものだと思いたいけど。
俺なんか結構小3寄りやな。
だからそうやなと思って。
人権の概念のおかげで社会が整ってったり、マイノリティ的な人たちが人権の概念をマジョリティが持つことによって、
良き生活ができるようになるから、成果とかになっちゃうけど、感情として尊ぶべきものとして扱われて欲しいと思ってるなと思ってさ。
えー、どうやろう、それは。
赤ちゃんとかね。
尊ぶべきもの、赤ちゃん尊いって思われてるけど、
その、どうやって理解しようっていう感じ。
え?本の内容を?
そう、本の内容をというか。
尊ぶとか尊敬と称賛の区別をってこと?
そうそうそう。なんでこの2つで分けたんやろっていう明確なさ、
この根拠がまだ13章を読んだまでではなかったからさ、
そもそもなんでこれなんやったっけっていうのと、
まあそれで分けたとして、
俊別の仕方みたいなのが全然、なんていうの、
この説明的には分かったけど、
じゃあ実際に俊別するとしてどうやって分けようっていうのが分からん感じかな。
まあでも言ってることは、書いてあることは分かった。
分かったかどうかも分からんけど。
俺あんま引っかからんかったよな。
確かにその境界引けないっていうのは確かにそうやけど、
でも尊敬と称賛っていう分け方自体は別に何の引っかかることもなく、
単にそのものを尊敬できるものと、
そのものから発せられる価値が、
なんか価値みたいなものがあるから称賛できるものに分けられる。
で、幸福っていうのは尊敬に値するし、
その幸福を生み出す荒れてっていうものは称賛されるくらいの理解。
うんうんうん。
理解。
まあそこは分かるけど、
なんかこの2つめっちゃ怪奇的っていうよりも、
素朴になんでこの2つなんやろうっていう感じ。
なんかね、解説で…
見てみようか。
俺のところに解説ついてないわ。
なんとかっていうまた別の著作では、
良いとされるものとして尊敬に値するもの、
称賛に値するもの、可能性、
他の良いものを保全したり作り出すものの4種類が挙げられている。
良いとされるもの。
え、一応分からんな。
で、著者は、
権力、富、強さ、美、美しいね、
美などは単なる可能性であり、
優れた人によって現実に善用されない限り良いものとは言えないと論じている。
だから、
多分可能性より上のものが良いものの2つで、
それが尊敬に値するものと、
称賛に値するものの2つなんじゃないかな。
で、もう一個解説が…
なるほど。
で、足の速さのような自然的性質ならば、
その性質の持ち主は足の速さを発揮することで称賛される。
他方、純粋に価値的な優劣の問題では、
標準となっていつでも参照されるべき中心的な優秀性と、
その標準を参照してそこから優秀と判定される二次的な優秀性が区別される。
アリストテルスの見解では、
一般的な価値評価法や
称字
称賛
称賛の称に
字
字例の字
字表の字
称字
辞めるの
アリストテルスの見解では、
一般的な価値評価法や
称字の使用法の中では、
我々自身その標準については、
単に称賛する以上の尊敬
尊敬等の最も高いランクの評価でなければ、
満足できない。
幸福は
人間に可能なもろもろの
良いものの世界で、
他の善にとってそのような
真の標準なのだと彼は論じる。
あ、なるほど。
つまり幸福が
幸福は幸福なんです。
一番標準の
価値の
基準というか
幸福が
価値あるものです。
うん。
言っていることはずっと変わらない。
うん。
まあ、そうだね。
今なんかその
可能性とか
言ってくれたから
自分のその
尊敬と
称賛以外何があるって考えた時に
結構なものがその
尊敬側と称賛側で
包含できるっていうこと
なんかな。
うん。良いもの、良いとされるもの
に関してね。
やばい、時間が。13章行こうか。
そうしよう。
おしっこ漏らしてきていい?
いいよ。
止める?6話。
一旦止めようか。