言葉の言い換えゲーム
言葉を言い換えるゲームをしてみよう。
面白そうじゃないですか。
今日はですね、ちょっとゲームを考えるというほどのものではないですけれども、
したいなというふうに思いました。
さっきね、宋宮さんの回を1回今撮ったじゃないですか。
はい。
で、そこでもチラッと言ったんですけど、
この番組を聞いてくださっている視聴者の方がですね、
ちえぞの面白いですよって言ってて、
何が面白いんですかって聞いたら、
いや、ちえさんがかっこいいって言ってましたよ。
また言うんですか。
言うよ。言うよ。改めて。
私、褒められるのはほんまに苦手でです。
何がかっこいいんでしょうね。ちょっとどっかで深掘ってみたいなっていうね。
いや、別に可愛い要素とかもないですけども、こういう面白いですね。
でもなおさらかっこいいとこもないなと思ってですね、人様に誇れるような。
でもほら、絵も見えないから、ちえさんのルックスではないわけでしょ。
そうですね。
話しぶりなのか、中身なのか、生き様なのか。
それを言うたら、倉園さんの方がかっこいい要素あるんじゃないですか。
でも僕、このポッドキャストを通じてですね、そんなことを言われたことは一度もありませんよ。本当に。
大人ですよ。私がてんやわんややってるから、
それを見て、きっとバットルンやなみたいな、
なんていうんですか、そんな偉そうな方ではないと思いますけれども、
なんかその、てんやわんやの感じが褒めていただいたのではないかと。
ちえさんのこの照れぶり、照れ方も含めて面白いんで、
ちょっと断ることにこの話はぶり返そうかなと。
ダメですよ、倉園さん、いじるの。いじるのダメですよ。
いじるのも2割ぐらいあるんですけど、正直言うと。
8割はね。あるんかい。あるよ。
8割はね、これをかっこいいって言ってくれるのは、僕も嬉しいなみたいな、そんなとこもあったりします。
というわけで今日は言い換えゲームね。
そうですね、言い換えゲームですね。
人はそんなに悪くない。ほっこりするつながりを思い出そう。
人間関係、ちえと、ぞの。
それでは今日のお話は始まります。
ちえと、ぞの。
今日は言葉の言い換えゲームというのを、
倉園さんとやってみたいなと思いまして、
これを聞いていただいている方もぜひ一緒に、
頭の中とかでやってみていただければ面白いかなと思います。
本当に簡単で、
例えばですね、履歴書なんかで、よくあるじゃないですか、
長書と短書のコーナー。
そしてですね、短書を書くときに、
別にAという側面でなく、Bという側面で見たら、
あれ、いいとこじゃん、みたいな感じじゃないですか。
そういうのよくあるじゃないですか。
あのノリっていう感じですね。
最初はですね、見方を変えれば、言葉も表現も変わるみたいなことですね。
その流れから始まって、
どんなふうにお話が広がっていくかな、
みたいなところが面白いかなと思います。
何からいくんですか。どういう言葉を言い換えるんですか。
どんな感じでいきますかね。
私がポンと言って、今ですね、1、2、3、4、
9個あるんですよ、用意しているのが。
私がポンと言って、倉園さんがポンと返すのが面白いか、
もしくはもう1個ずつちょっとじっくりいくか、
どんな感じですかね。
1個やってみましょう。1個やったらわかるかもしれない。
わかります。じゃあですね、1番上いきます。
頑固。
これあれですね、つまりこれ言い換えるということの裏に、
頑固ってまずパッて浮かぶのは、あまりよろしくないイメージじゃないですか。
そうですね、よろしくないイメージを言っていきます。
それをちょっといい感じに変えるとかっていうコンセプトは入ってます?
このゲームに。
入ってても入ってなくてもどちらでも、そこはノールルールです。
そうか、どんな言い方でもいいかな、こいつを別の言い方に変えてみるってことね。
そうですね、それの方が面白いかなと思いました。
言い物だけやったら結構面白くないかなと思うんで。
今ね、ちょっと今、これは面白いって思いました。
なんか良くするとか悪くするとかそういうことじゃないんだよね。
そうですね、そういうことじゃないですけど、今集めたのはちょっと悪めです。
まあいいや。で、最初が。
頑固です。
これは怖いってことかな。
怖がり。
頑固とは怖がりであるっていう感じかな、僕が言い換えるとしたら。
無計画と自由
私は、その流れで倉賀さんの言葉も含めて私が今わかんだのは、
つけ物石みたいな石です。
重いみたいな。
硬いみたいな。
そうか、硬いね。
ちゅうさんのあれだね、ちゅうさんの言い換えはさ、
なんていうのかな、あれも入ってるよね。
えっと、なんて言ったらいいんですかね。
連想みたいな。
そうそうそうそう、連想のゲームに。
どういう感じで進めていくか、今ちょっと手探りで。
いいよいいよ、ちゅうさんは割と映像で置き換えていく。
僕は言葉で置き換えていく。
面白い。
その心は、みたいなことを話そうか、そしたら。
じゃあお願いします、怖いの心は。
そうですね、だから今頑固、怖がりっていう後に、
もう一つは防御みたいなのも浮かんだんですね。
だから何か、まあそうだな、
僕の中にこれは、
Podcastっていうのはさ、こういう風にやらなきゃダメなんだよ、みたいな。
ルールとかね、コンセプト、哲学、モットーみたいなのがあるとするじゃん。
で、ちゅうさんが、私なんかすごそうじゃなくて、
もうちょっとこういう風にしたいんですよねって言ったら、
いや、それだったらちょっと俺はできない、みたいな。
これくらい頑固じゃないですか。
いや、私にも何か思い当たるのがいっぱいあって、今何か。
これはこうしなければならない、みたいな頑固。
でさ、頑固親父って、娘とか息子がね、
お父さん、これこれこうしたいんだけど、
ダメだって言って、ドンとかそのテーブルを。
もうあんま今いないと思うけどね、昔のが。
ちょっとお茶も飲むみたいな。
お茶がドン、バンみたいなね。
なぜそこを譲れないのかってことですよね。
なぜ僕は、例えば持っているポリシーとか、
正しさを壊すことができないのか。
多分それが自分を守ってくれてると思ってるからなんだと思うんですよね。
なんだろう、肩のようなものかな。
自分はこれをさえ守っていれば、安全に正しく、
人の道をまっとうに暮らせるんだろう、みたいなことを思ってるので。
あるいはさっきの頑固親父の例で言えば、
お前たちは俺が言う通りに生きていれば、
きっと幸せな道に行けるんだっていうレールのようなものかな。
それが崩れるのがやっぱりとても怖いんじゃないかなって気がするんですよね。
だから余計固くなる。
だからつけ物石のようなものを、
つえさんの言葉を借りるなら、
それを自分の上に乗っかってる?乗っけてる?
そしてそのつけ物石の重さとか硬さとかが、
自分を守っているような感じがしているのかなという気がしますね。
縛られるみたいな。
繋がるのかもしれない。
だからあえて今言い換えをしたので、
反対語みたいなのをここから考えると、
僕は好奇心かなって気がしますね。頑固な反対はね。
つまり可能性を見つけたら、
いくらでも自分の型を変え、
アメーバーのような感じで取り入れてみるみたいな感じにできるっていうのが、
その頑固な反対だとすると、
それはすなわち好奇心。
つまり好奇心の反対は怖がりみたいなふうに繋がっていくのかなという気がしましたね。
緊張と欲深さ
面白いですね。
これはいいですよ、ちえさん。
次のワード行ってもいいですか?
行こう行こう行こう。
無計画。
自由ですかね。やっぱり無計画といえばね。
その心は。
これはもうさっきの頑固と、実は計画と頑固は似てるなって気がします。
そういうアイテムと繋がっているような気がします。
正しい道のりが必ずあるんだという。
もしくはその道のりを作っておかないと、
ちょっと自分がフラフラしてしまってね、
足元がおぼつかなくなるんじゃないかという、ある種の保険ですよね。
そういう意味ではね。
計画にもいろんな計画があってね。
僕が最近、ザ・ギフトというノートで書いている連載、
新刊本なんですけどね。
これ心の声なのか、思考の、頭の考えなのかっていうので、
頭で考えた計画っていうのは、やっぱりどうしてもそのような保険的なものになりがちですよね。
でも心の声から聞こえてくることによっても、計画というのは立てたくなるんですよ。
でもこっちの計画はね、もうちょっとアバウト。
ざっくりとしてて、それとね、期限みたいなものをあまり気にしないっていうのかな。
そこの大きな違いなんですよ。
こういうことをやってみたいな。
これから、例えば来月ぐらいまでにはこういうことをやってみたいな、みたいなこともこの心の声からやってくるんですね。
でもその心の声が言ってくる方っていうのは、
1ヶ月と思ってたけど、本当は2ヶ月かかるんだな、みたいなところに、割と寛容に変更できるんですよ。
でも頭で考えた方は、その寛容さがもうすでに怠けとかね、諦めとかね、だらけみたいに取ってしまうので。
秋っぽいとか。
そうそうそうそう。続かないとかね。
だからそこで厳しく自分に当たりがちなので、やっぱりガチガチなんですよ。
そうするとやっぱり無計画というのは自由だなっていう感じがしていますね。
頭の中で蠢いている要素が限りなく無に近づいていくということですね。
そうですね。
無計画。
その通りですね。
僕今、千恵さんも入ってくれてるグッドバイブスファクトリーというコミュニティで、
毎日今日のグッドバイブスという連載のワークを1000文字ぐらいの記事で投稿してるんだけど、
今日これを書こうと思ってたのまさにこの話を。
無計画でした。
そうそうそうそう。無計画という文脈ではちょっと違うんだけど、
要は千恵さんが役者だとしますと、
超一流の監督と超一流の脚本家がいて、
舞台のセットも一流の美術さんとかが揃って、ばーっと用意されてるわけね。
で、そこに入っていって、
パッと脚本とかいろいろ監督の指示とかを聞くじゃないですか。
私ちょっとこうじゃない方がいいと思うって言うっていう質問なんですよ。
どうでしょう?
ベテランの人は言ってそうな、そういうイメージが。
でも僕、若手かベテランかに関わらず、言う人と言わない人に分かれる気がするんですよ。
その人のそういうやり方みたいなのですか?
そうそう。で、これって何を表してるかって言ったら、
自分の能力というか自分の感性の方が、
最初に今言ったセッティングされているものよりも優れてるという発想じゃない?
僕はもうこの番組でも何度か言ったように、
この世界がそのようなシナリオ、役割、舞台を全部用意してくれてるとかなり信頼しているので、
だから流れみたいなもの、例えば1ヶ月後にやろうと思ってたんだけど、
それが何かの都合で伸びてしまうみたいなことは、
これは自分の読みよりもこの流れの方がきっと素晴らしいんだなっていう風に受け入れられるわけですよ。
で、そこにケチをつけるということは、
俺は宇宙を敵に回してそれより優れてると言ってる相手にね、
そんな馬鹿なことはありえないって言うんで、勝ち目がなさすぎる。
だから流れに沿うわけです。
つまり僕の立てる計画よりも、世界が用意してくれてるシナリオ、セッティングっていうのかな?
シナリオではないんだけどね。
その方が流れの方がはるかに多分しやすいだろうなと思うから、
立てないわけです。あまりね。計画をね。
そういう意味で信頼と言ってもいいかもしれないね。
無計画、信頼。
世界、自分も含めたこの世界に対する信頼、それを無計画と呼ぶ、みたいな感じかな。
次。次の話で。
緊張。
緊張。そっか、緊張ね。緊張はですね、欲張りかな。
欲深さ。
全部つながってるんですけどね。
つまり、ある舞台を目の前にして緊張するということは、
怒ってほしくないことと絶対に怒ってほしいことを2つとも心の中に持ってるってことなんですよ。
怒ってほしくないっていうのは失敗したくないとかね。
人に笑われたくないとか、途中で噛まないで喋りたいとかね。
で、怒ってほしいっていうのは拍手喝采を浴びたいとかね。
終わった後、それこそチェイさんかっこよかったですよって言ってもらえる。
そんなもう欲望ありありですよ。
この欲が矛盾してるでしょ。
迷いは傲慢
どっちか一方にすればいいのに、失敗もしたくないと言いつつ喝采も浴びたいと言ってるね。
これが心を両方に引っ張って緊張するんですね。
まさにストレスを感じてるって状態ですね。ぐわっと引っ張られてるからね。
両方とも持たなきゃいいじゃんって僕は思うんですよ。
だからどうなろうと、たぶんこれは自分に用意されたステージだろうし、
そしてここで拍手喝采が起こらなくても、前回宋宮さんとお話したときに、
一個で爆発させようとかヒット狙おうとか、そんな狙っちゃダメだって言ってたじゃないですか。
淡々と続けていきながら、そしてそれがいつかコアなユーザーを得て、そして広がっていくんですよというね。
だとすればこの一個の機械、ステージみたいなものは、たぶんそのプロセスに過ぎないわけですね。
そこに欲を深く持ちすぎるから緊張するんですよ。
こんなことを起こさなければならないとか、こういう結果を得なければならない、自分で勝手に決めちゃってるわけですね。
まさに計画立ててるみたいなことですね。
そうですね。つながってますわね。さっきの話とね。
1個目から全部つながってますね。頑固、計画、緊張、するじゃないですか。
頑固者は計画立てるし、計画立てればうまくいくかどうか緊張するじゃないですか。
そうですね。
その反対が何でしたっけ。頑固は何でしたっけ。
頑固は好奇心。
そうだね。好奇心を持って自由に生きて欲を持っていなければどんなに楽かみたいな感じで。
ほんまです。それはほんまに楽そうや。
一応ね、法則としてね。欲というのはね、2つあるんですよ。これも2つある。
これ、頭で考え出す欲と、それから心が望む欲っていうのがあってね。
やっぱり心が望む欲は当然捨てなくていいっていうかね、それがなくなったら生きていく意味がないのでね。
頭で考える欲は、これこれこうなるのが都合がいいだろうって勝手に決めてるんで。
これはね、もう限りなく増えていくわけですね。
欲深いというのは考えすぎということでもあるわけね。
これじゃあ次の言葉もちょっとかなりつながってるかもしれないですけど。
いいねいいね。
迷い。
迷いか。
あー、迷いね。迷いは、うーんとね、迷いはね、何て言えばいいのかな。
言いたいことは、感謝の欠如ってことなんですよ。
これは。その言葉がないね、日本語ではね。
なんだろうね、傲慢とかか。
傲慢。
あ、傲慢はいいかもしれない。
傲慢。
迷いとは傲慢っていう感じかな。
その心がいかがでしょうか。
欲と頭と心
これも全く同じ話になっちゃうんですけどね。
なぜ迷うかってことですわね。
なぜ迷うかというのは、たぶん答えがたくさんあると思ってるから、迷う。
迷うんですよね。
でも、たぶん、本当に自分の心にグッと向き合うと、さまざまなリスクとか危険とか不安とか、そういう要素を排除してね、
ポンと、なんていうのかな、いやこれだよねっていうところにしっかり向き合えば、たぶん答えは1個しかないはずなんですよ。
いつでも、どんな時でもね。
迷うということは、それよりもいい答えがたくさんあるような気がして。
AもBもよく見えるとか、AもBも悪く見えるとか。
そうそう。
それがまず、そんなにたくさんテーブルにいっぱいいろんな選択肢を並べているという意味で、ちょっと傲慢というのがどうなのかね、贅沢とかそういうことかもしれないね。
そういう感じがするし、なぜ傲慢かというと、
後悔ができると信じているところが、僕は傲慢だと思うんですよ。
後悔というのはできないことあるんですか?頭の中だけということですよね、後悔って。
つまりね、どちらに行こうと、たぶんなんとかなるんですよ。
Aに行こうとBに行こうとね。
そして、Aを選んだら、もうAを選んだ世界しかないじゃないですか。
ないですよね。
でも、僕らはAを選んどきながら、頭の中にこのBを選んだパラレルワールドを想像するわけね。
2人パートナーがいて、どちらと暮らすかってね、AさんとBさんとね。
で、Aさんと暮らしてて、少し何か不都合なことが起こると、
あ、Bさんと暮らしてたらどうだったんだろうとか、シミュレーションして、何かめっちゃ幸せだったかもしれないとかって言って後悔するわけじゃない?
そうです。
これが傲慢かなって気がするね。
つまり、後悔できると思っているっていうことね。
はい、わかりました。
Aなんですよ。もうAを選んだんだから、Aで大丈夫なんだよっていうね。
もちろん、そのAを選んだ結果、そのパートナーと最終的には離別をした方がいいとかって選択は当然ありますよ。
あるけど、その道を歩んだことすら、たぶんなんだか僕には意味がある、相手にも意味があるというふうに捉えれば、それを後悔する必要はないですね。
結構悲惨な別れ方をしたとしてもね。
そんなふうに捉えていれば、あんまり迷うことはないのかなって気がします。
もういい時間ですけど。
あと何個くらいあるんですか?
もうリストアップしたものじゃなくて、頭に向かうのも途中から言ってました。
じゃあラスト。
安全な道
ラストはですね、道です。
道?
はい。
道、ロードね。
ロードです。
いい言葉ですね、これもね。
そうだな、道ね。
道か、何て言えばいいんでしょうね。
そうだな、安全。
何、その心は?
だから、僕らの前に用意されている道はいつでも安全なんですよ。
これを信頼できれば、迷いもないし、
頑固にならなくてもいいし、
自分で一生懸命計画立てたりしなくてもいいという、そういうことなんですかね。
そうなの?
いやー、これすごい面白いです。やってみて。
ぜひぜひまた別の機会にも、このE回ゲームやらせてください。
僕は文章で言ってましたけど、
僕は文章をずっと書いているのでね、
それから書き上げ塾という文章講座もやっているので、
この手のE回はもうほぼほぼ1日10時間ぐらいはやっている感じなんですよ。
そうですよね、そうだ。
いつもいつもやっている。
実際これをそのまま文章にしたりとかね、
つまりほにゃららとはほにゃららなことなんです、みたいなね。
頑固とは怖がっているということなんです、みたいなふうに書いていくと面白いわけですね。
面白いです、聞いててすごく。
これはもうライフワークと同じなので、楽しかった。
これぜひこの言葉、はい、言いたいと欲しいと言うから、
ぜひぜひお便りで送って、一言だけでもいいので送って、
一文字でもいいので、ぜひぜひ送ってみてください。
最後にね、最初の冒頭のチェイルさんの履歴書の話があったじゃないですか。
長書と短書を書くみたいな。
あれはね、なんか僕はちょっとどうかなって実は思っていて、
要はこれ、要は長書だけ書いたら薄くさいから、
しっかり私は自分の短書も冷静に見られているんですよっていう、
この客観視できる私はいるんですよみたいな、
ある種のクレバーさを醸し出そうとした、
多分手法だと思うんだね、冷静なんです私は、
自分をしっかりと見られているんです。
いらないんじゃないかなって気がしますね。
短書なんて書かなくていいんじゃないかなって。
だから短書を自分の個性のように書けるといいですよね、文章の中でね。
なので、乱がない履歴書を買うといいですよね。
そうだね。
乱があるのがあるので。
長書、短書みたいなね。
本当に人々の人はそれを求めてるんだろうかみたいなね。
そうですよね。
あれを制作した人がただのテンプレで作っただけかもしれないですね。
ちょっと時代的にも古い感じがしますね。
80年代、90年代ぐらいの価値観なのかなっていう。
まあいいや。
このポッドキャストでは、あなたからのご相談、お便り、
ご質問、こんなテーマ取り上げてほしいなどなどお待ちしておりますので、
概要欄のお便りからお送りいただければと思います。
では、また来週お会いしましょう。さようなら。
さようなら。