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おはようございます。今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。 心理セラピストの松川ちえです。
今日もですね、お知らせを一つ挟んでから本題に入りたいと思います。 今週の金曜日、6月19日金曜日の朝10時から11時に
頑張りすぎた心と体を緩めるセミナーというオンラインのセミナーを開催いたします。 これは参加費無料で、どなたでも参加していただけますので
ご自宅からリラックスしてオンラインで参加していただけます。 心と体のつながりについてちょっと勉強してみたいとか
日常的にね、腰痛や肩こりなど、病院に行っても大したことないよって言われるんだけど、なんか症状がなかなか治らないとかね。
そういった方のヒントになるような時間になると思います。 私自身ね、すごく昔腰痛で苦しんでた時期が長かったので、お役に立てるお話ができればと思っています。
ぜひお時間ある方はいらしてください。 もしちょうど10時から11時にはどうしても参加できないんだけれども、内容が気になるという方も申し込んでみてください。
申し込んでいただけると、開催した講座の動画を後でアーカイブお知らせでメールで送りますので、時間が合わないけど知りたいという方も申し込んでいただければと思います。
それでは今日はですね、守る必要のないものという話をしようかなと思います。
最初に一つ注意事項というかね、言っておきますと、例えば暴力を振るってくる人がいるとか、攻撃的な暴言とか酷い言葉とか、
罵ってきたりとか、なんかすごい傷つけるような言葉を言ってくるという人から、逃げることは全然、それはね、第三性で全然全く一ミリも悪くないというかね、そうするべきだと思います。
なのでそういう話はね、それはそれとして置いといて、そうじゃなくてね、心の話をしたいなと思うんです。
私たちって、いつもね、自分の心や体を守ろうとしていると思うんですよ。無意識のうちに。
で、当たり前だけど、明らかに攻撃してくる人から身を守ろうとするというのはね、当然必要なことだと思う、思想するべきだと思うんですけど、そうじゃなくてね、
なんか、なんとなく攻撃されたような気がするから、すごく強く言い返してしまったとかね、相手にはそんな攻撃の意図はなかったのにとか、あるいは相手はフラットにね、自分の意見を言ってきただけなのに、
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ものすごく防御の気持ちがね、ワーッと湧いてきて、自分を守りたくて相手をすごく攻撃したくなってしまうとか、そういったご経験ってないでしょうか。
私はね、もちろん、私ももちろんあります。日常的にもね、誰かがなんかちょっとそんなつもりもなく言ってきたことに対して過剰に反応してしまうっていうことって、
戸田でもね、もしかしたら経験あるんじゃないかなと思うんですよね。ただ、自分ではね、過剰防衛だと思ってないと思うんですよね。だからそこは難しいところだなぁと思うんですけれども、
その時にちょっとね、考えていただきたいのが、私たちのね、なんか、私もよく言ってしまうんですけれども、心が傷ついたとかね、言うんですけど、実際ね、心が傷つくことっていうのはあると思うんですけど、
でも、同時にね、思っていることは、私たちの本質というものは、本質って言い方がね、ドンピシャなのかどうかわかんないんですけど、とりあえずこのまま行きますけど、
私たちのね、本質とか、最も自分の核となる部分というかね、そういった部分っていうのは、決して誰にも傷つけることはできないと思うんです。
これはね、本当にそう思うんです。
それに、もし傷ついたとしても、本人さえ立ち直りたいっていう気持ちさえあれば、必ず前よりもっとたくましくしなやかに、優しく豊かに、もっともっといい状態にまで戻ってくることができると思うんですね。
前にもね、傷ついた経験がある人の方が優しくなったりするよねっていう話もね、どっかでしたかもしれないんですけど、結局ね、傷ついたっていうのって、傷ついたと思っているだけで、本当にね、本当に腐って、剣が胸に刺さっているというわけではないんです。
腐ってきたなぁ、今の発言腐ってきたなぁとか言うじゃないですか。でも、本当に刺さっているわけじゃないんです。
だから、私たちってね、傷ついたって言いますけど、私も言っちゃうんだけど、でもね、本当は一度も傷ついてないんですよ。
私たちは暖かいベッドから一度も出たことがないっていう言葉がありますけれども、これも確かね、ACコースインミラクルズの話だったかなと思うんですけど、本当にね、本当の部分っていうのは一度も傷ついたことがないんです。
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だから、本当はね、守る必要がないって言ってもいいぐらいなんですよね、私たちの心って。奇跡のコースの中に、守る、守るじゃないや、防御の心がないところに安全があるっていう言葉があるんですけれども、
これってちょっとわかりにくい言葉かなぁとは思うんですよ。防御のないところに安全があるってどういう意味?ってちょっとね、小難しいというかね。
だけど、ちょっと考えてみてほしいんですよね。私たちっていつも、守ってるから安全だ、こうして守ってるから安全だっていう風に考えてしまいがちだと思うんですよ。
だけど、本当は守る必要もない、守る必要がないっていう状況の方が最も安全だと思いませんか。守る必要がない。なぜなら、傷つけられることはありえないから。
本当に強い人って、自分を守ろう守ろうって頑張らなくても大丈夫じゃないですか。そういうことだと思うんですよね。守る必要がないときに最も安全がそこにある。
だから、私たちがね、自分を守ろうとしちゃうのは本能だから、ある程度は仕方ないです。仕方ないし、当たり前に身を守ることは必要なときもいっぱいある。
だけど、時々ちょっと考えてみてほしいんです。実際に今私、ピストルで撃たれそうになっているのかな。槍でグサッて刺されそうになっているのかな。包丁で切られそうになっているのかな。
って考えたときに、いや、そういうわけじゃないな。別に誰も私を今殺そうとしているわけじゃない。殺意を持って近づいてきているわけじゃない。
はい。だったらね、肉体の安全がもし保たれているんだったら、もう大丈夫です。だし、究極を言えば、肉体が傷ついても傷ついていない部分というのは必ずあります。
前にも一度配信の中でお話ししたように、私たちの体のどこかが損傷したとしても、私は私という存在はそこに変わらずありますよね。
どこか怪我したとしても、どこか病気したとしても、何か臓器を切除したとしても、外見でわかる部分がどこかが欠損したとしても、としても、体がどんな状態であれ、私という存在がそこに健全に存在しているということはできると思うんです。
なので、心も体も、私たちは本当は無敵なんですよね。傷ついたことがないし、傷つけられたこともないし、本当は大丈夫なんです。本質的には全員が。
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なので、心配しなくて大丈夫です。ちょっとね、わかりにくい話もあったかもしれないんですけれども、本当は守る必要がないというところをね、それを知っておいていただければなと思います。
私たちは一度もね、最も大事な部分というのは、一度も傷ついたことがない、完全な状態でずっとそこにあります。
一時的に何か傷ついてすごく打つ状態で何年か過ごしたとかあったとしても、それはそれでちゃんと回復していく力が全員にあります。
なので、恐れなくていいっていう感じですね。傷つくことや傷つけられることや何かが起きることをね、そんなに過剰に恐れなくて大丈夫です。そんなに自分を守らなくても大丈夫。
必ず、なぜなら必ず回復できる力があるからです。
これを何回も口すっぱく言ってしまうんですけれども、私はね、二度と傷つかない人生を手に入れましょうということはね、言いたくないんですよね。とっても現実的じゃないので。
二度と傷つかない悲しいことや悔しいことや残念なことが一度も起こらない人生を歩きましょうって言いたいわけでは全くなくって。
そうじゃなくて、人生で何が起こっても傷つくことがあったとしても、それでも全く問題のないあなたというものが必ずありますから、大丈夫ですよっていうそこの場所に一緒に行きたいと思っているんです。
伝わりますかね。なんかちょっとわかりづらい話をね、いつもしてるなと思うんですけれども。
こんな話をね、今日も最後まで聞いてくださった方は本当にありがとうございます。
私たちはね、本当は守る必要のないものです。私たち自身は。
それぐらい本当は強くて、本当は一度も傷ついたことなくて、何も損なってないという存在だっていうことをね。
頭の片隅にでも置いておいていただけると嬉しいです。
はい、それでは今日もありがとうございました。
じゃあまたねー。