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先日、ダウンタイムを一気にした話を流したんですけど、あのドラマって美容医療ももちろん描かれてるんですが、
後半、かなり家族についての描写が多い作品ですよね。 というところで、私も家族の話をしてみようと思います。
というか、最近気づいたことがあって、で、ちょうどダウンタイムで家族の話が出てきてたので、なんかすごく、なんかちょっとどこか繋がるような気がして、いいなぁと思って話してみようと思いました。
喋り始めていろいろ思いつくかもしれませんが、今の時点で大きく話したいことが2つあって、
1つ目が、うーん、なんかこう、実家の文化とか実家の価値観についてですね。 うん。
えっと、先日、妹の、はい、あの、第2子が生まれて、めんこが誕生したんですね。 その時に、父と母と3人で、はい、あの、立ち会いというかね、うん、
あの、病院に行ったんですけど、うん、で、父がね、すごく緻密にスケジュールを組んでくれていて、
あの、年末にね、あの、父の単身赴任先に、母とうちの主人、子供たちと家族で行った時も、同様に緻密にスケジュールを組んでくれていたんですが、
うん、えっと、うまくいかないことがあるんですよね、うん、あの、行きたいと思った水族館が年末やってなかったとか、うん、
その病院の時で言えば、電車が遅延していて、しかもタクシーが来ないとかね、うん、
なんかそういうね、イレギュラーがあった時に、なんか、動けないんですよね。 水族館の時も、結局、なんか、あの、オンラインのチケットは買えちゃったとか言って、
その返金はどうする?みたいな感じで、まあ、すばらく電話してて、うち子供、小一翔さんがいたんだけれど、
しばらく動かなくて、まあ、よく子供たち、いい子に待っていたなっていうところだったのかとか、
あとタクシーも、しばらく来なさそうだなみたいな、換算とした駅で、3組ぐらい待ってて、タクシープールとかなくて、
で、なんか病院に行く予定が間に合うのかどうかみたいな、うん、ところなんだけど、うん、あの、そのまま待ってるんですよね。
で、近くにバスが止まってて、調べてみたら、病院に行くんですよ、そのバスが。
で、聞いて、あの、止まりますか?とか、何分で出発しますか?って言ったら、病院にも行くし、2分後に出発するって言って、
父母の呼んで、乗ったりとか、うん、で、なんか、お昼食べたりとかしながらも、間に合わないかも、どうしよう、どうしよう、みたいな、
なんか切迫感みたいなのが母から伝わってきて、うん、なんだろうな、まあ、もちろんね、あの、失敗しちゃいけないこととか、
ね、あの、何が何でも大切なことって、まあ、世の中たくさんあるはあると思うんですけど、うん、とはいえ、まあ、たくさんあるっつっても、まあ、ごく人握りかな、うん、
で、たぶんそれが叶わなくても、別に、なんだろう、死なないし、地球は滅亡しないと思うんですよ、うん、
だけど、なんかその、切迫感、そう、どうしよう、うまくいかなかったら、みたいなものを、なんか必死と感じて、
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なんか、わりとね、それで、今まで、こう、わりと予定調和な実家文化だったのかなって思いました、うん、
あの、子供がね、あの、なんだろう、思うように段取りに乗らないなんてもう当たり前なんだけれど、私も子育てしながら、
え、なんか、なんで思った通りに行かないんだろうとか、うん、なんか出かける前にトラブルが起きたりとかさ、うん、あるじゃないですか、
で、なんか、私の邪魔しないでって何回も思ったりしたことあったし、受け入れるまでにね、うん、
それを考えてみれば、あ、結構多分、え、予定調和、すごく時間にこう、間に合わせる文化があって、
しかもそれに当たり前のように乗ってきた私たちがいるんじゃないかなと思って、うん、
え、5分、もう5分前行動ってことじゃないかもしんないけど、こう予定通りに行くことが正義であって、うん、
なんなら、なんかそれができないイレギュラーはちょっと悪みたいな感じ、うん、
なんかそんな文化がね、ある気がしたんですよ、うん、
けどなんか私はそうやってなんかバス開拓するのとかって結構楽しいし、何が起きるかわかんない、みたいな、
まぁイレギュラーのレベルにもよりますけど、うん、なんかそれも含めてこう与えられたものこそが、
うん、なんかこう、なんていうのがスパイスみたいな、うん、ものにもよりますけどね、
なんか今はそういう価値観が結構あるから、なんかこう、ね、あの間に合わなかったらどうしようみたいなドキドキ感を感じて、
おおーって思ったんだけど、うん、なんかそういう、ね、実家の文化とか価値観とかって、
うん、なんか、今後の自分が人生として必要かどうかっていうのは、
種々選択してもいいのかもしれないですね、うん、なんかそんな気がしました、うん、
やっぱり、ね、あの、遺伝もあるし環境もあるし、自分が生まれ育ってきたものって大きいじゃないですか、うん、
で、それが少なからず自分のアイデンティティを作ってると思うんですよ、
でも、それを今後自分が大切にしていくかどうかっていうのは、
もう今自分が決めていいと思うんですよね、うん、
ま、実際そうやってね、あの予定調和として大事にして生きてきたからこそ、
うーん、ま、誠実さが守れたりとか、うーん、ま、人間関係が維持できた部分もあるんだろうけど、
ね、なんかガチガチすぎてこうじゃなきゃ、みたいな、なんか人生も堅苦しいじゃないですか、って私は思うんですよね、うん、
ね、ま、そんな価値観もいろんな見方があるんでしょうけど、うん、
私はなんかもうちょっと肩の力、個人的には抜きたいなって思った、うん、感覚でした、
で、もう一つが、母と娘の関係性、かな、
うーん、なんだろうな、なんかね、うまく言えないんだけど、
うーん、なんかね、こう、自分と息子たちもそうなのかもしれないけど、
親子として生まれ合わせたからって、相性が抜群とか、
人型的にすごく強い結びつきがあるかっていうと、なんか別問題な気がするんですよね、
なんか家族ってすごい不思議でさ、なんかさ、父と母っていうかそのさ、
そうね、夫婦ね、夫婦はさ、お互いのこう、相性とか見て、もともと人格がそれぞれあるわけで、それで結婚するじゃん、
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けどさ、子供ってさ、後から生まれるものであってさ、そこに人格がこう備わっていってっていうところじゃない、だから別にさ、
なんかよく親子ガチャって言うけど、そのさ、関係性とか相性ってさ、実は選ばれないで生まれてきてるよね、うん、
っていうのにふっと気づいて、うん、でさ、そう、私はね、その病院の帰りの時に思ったんだけど、
私自分が疲れてると、なんか、その、なんていうのかな、母と円滑に過ごせる私じゃなくなっちゃうなって思ったのね、
うん、なんかさ、いっぱい話しかけてきたりとかするんだけどさ、それに疲れちゃって応じ切れなくなったりとかさ、
なんか疲れた時にさ、あ、なんか今この母と相手するのちょっとしんどいなとか思っちゃったり、
うん、なんかね、疲れると、なんていうのかな、そう、うーん、なんか良好な関係を気づけなくなっちゃう私みたいな危機感を感じるのね、うん、
でもなんかそれって相性によるだろうなと思ってて、なんか疲れてる時も多分平気な子もいるのよ、こう人間関係の中で、うん、平気な人もいるの、
けど、なんか母と一緒にいると、ちょっと疲れてる時ぶっちゃけしんどいかなーみたいな思う時があってね、そう、
あのね、3日連続で母と一緒にいたんだよね、次の日も普通に仲良く買い物に行ったんだけど、うん、なんか、うーん、なんだろうなー、
コンディション的にちょっと毎日だと、なんだろう、なんか摩擦起きちゃいそうだなーみたいな感じ?うん、相性的にね、
っていうのを感じて、だから、そう、それでちょっと冷たいかもしれないけど、なんか親子に生まれたからって相性抜群じゃないし、
うん、っていうのは、なんか、こう、一対一の人間として、多少割り切っちゃってもいいのかなっていう気がした、うん、
あの、全然コンディション良かったら楽しくね、一緒にいられるんだけれど、疲れちゃったりとかすると、ちょっときついなーっていう、うん、
甘えとかもあんのかな?わかんないけど、なんかね、ちょっと思いのほかそんな風に感じたんだよね、
でさ、家族の難しいところって、そういう風に、うーんと、機嫌が自分が悪かったらね、なんかある程度、もう、いいやって、
思えばいいのかもしんない、あの、自分が機嫌よく振る舞うことが相手の幸せって、思わなきゃいいのかもしれない、
だってさ、幸せってさ、それぞれの課題じゃん、うん、あのー、母が幸せな感覚でいる、私と一緒にいるときに、
っていうのはさ、別に私の課題ではないわけよ、うん、逆に私の課題は、あの、母と一緒に幸せでいるときに、
母と一緒にいるときに、自分が幸せな気持ちになるっていうのが自分の課題であって、
じゃあ、母のことを幸せな気持ちにしてあげなきゃいけないっていうのはさ、あの、課題の分離としてはできないんだよね、
うーん、母の課題を背負いすぎるというか、もっと自分本位でいいのかもしれない、
でも私は、なんか一緒に過ごすときに、母に幸せな気持ちでいてほしいから、今自分が疲れてて機嫌悪いのは、
なんか、私のせいかもしれないみたいな、私が良くないのかもしんないとか、課題を顔上に背負っちゃう、
これ親子関係結構よくあると思ってて、あの、ほら、子供のさ、人生の幸せを考えるがゆえに、
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うーん、あの、例えば、宿題は何が何でもやらせなきゃいけないみたいな、とかさ、
でもさ、宿題ができなくて、怒られるのとか、その宿題ができなかったことによる後の何か責任を背負うのって、
本人だから、子供だから、自分の課題ではないんだよね、あと子供の進路のこととかも、結構背負いがちだと思うんだけど、
結局さ、その進路とかその人生を歩んでいくのは子供であって、実は母とか父ではないんだよね、
うん、なんかそういうさ、親子間の課題の切り分けって結構ね、難しいのよ、うん、
それは自分の子に対してすごく感じてる部分があって、それで過剰に背負うとお互い辛かったりするのよ、
うん、だけど、あ、娘として母に対しても背負っちゃうときあるなーって感じて、
それはね、結構気づきだったの、うん、って感じかな、だからなんだかんだ三つぐらい喋っちゃった、うん、
えっと一つは、あの実家の文化とか価値観っていうのと、自分を見直して必要なものは持っていればいいし、
もう自分にとって窮屈なものは手放していいっていうところ、うん、
二つ目は、親子関係っていうのはもう本当に巡り合わせであって、うん、
だから100%相性いいとは限らない、うん、一対一の人間だから、うん、
そこに過剰に期待しなくていいし、過剰に縛られる必要もないのかなって思ったのが二つ目、うん、
そして最後三つ目として、あのー、何、親子の課題はやっぱり過剰に背負ってしまう、うん、
自分が親に対してもそうだし、自分が今度子に対してもそうだなっていうところで、
親子って結構課題を、うん、肩代わりしがちだから、でもそれって実はお互いにとって幸せじゃないことだったりするから、
ね、ついつい、なんか境界線をね、見失いがちなんだよ家族って、難しいけど、うん、やっぱりそういう意味で、
うん、線を引いてあげるっていうのは自分にとっても大事なのかなってすごい感じた、うん、ね、
ちょっとね、あのー、ダウンタイムのなんか親子関係、母娘の関係性とかさ、うん、なんか実家とのつながりとかと関係もするかなと思って、
ちょっと感じてたことを話をしてみました。はい、考えさせられますね。
では、今日もご視聴ありがとうございました。