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英語史をお茶の間におもとに、英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は4月24日月曜日です。新しい1週間の始まりです。ゴールデンウィーク前の1週間ということにもなりますね。
いかがお過ごしでしょうか。 本日お届けする話題は、
英語史とケルト、英語史とブルターニュ 国立西洋美術館の、
肖継の地ブルターニュ展訪問に向けてです。 どうぞよろしくお願いいたします。
本題と関係する展覧会について、まずお知らせしたいと思います。 東京は上野の国立西洋美術館で、
木下肖継の地ブルターニュという展覧会が開かれています。 副題はモネ・ゴーガン・クロダ・セイキラが見た異郷ということで、
ブルターニュ、フランス北西部のブルターニュという地ですね。 この風光明媚な土地、そしてケルトの異郷的な風味を残す土地にですね、
19世紀後半から20世紀にかけて名だたる画家が、 日本画家も含めてですね、クロダ・セイキラが
引き寄せられていって、作品を表したということで、 このブルターニュにちなむ様々な絵画、版画を集めて展覧会としたものですね。
3月18日に開催が始まりまして、6月11日まで開催しているということなんですけれども、
では、なんでこの話をするかというとですね、 春前からこの展覧会が上野に来るということを聞きつけていましたので、
今年度の私のゼミ、学部も大学院もなんですけれども、 一つこれに関係づける形で、
英語史とケルト、英語史とブルターニュというテーマを立てたんですね。 このテーマの下に少し予習してですね、授業等で予習をした上で、
1ヶ月後ぐらいにですね、この展覧会に訪れるといったような、 いわば課外授業風なことを企画しているっていうことなんですね。
その授業に合わせて、このヘルディオでもそうですし、 そして英語史ブログの方でもそうなんですけれども、
ケルトとかブルターニュと英語史との関連みたいな話題をですね、 少しずつこの1ヶ月増やしていこうかと思っています。
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実はその第1弾が昨日のヘルディオでですね、お話ししたんですけれども、 692回ケルト語派を紹介しますということでですね、
ブルターニュで話されているブルトン語などについても触れました。 そんな脈絡で実はですね、昨日ケルト語派について導入したわけなんですけれども、
いわば大学の授業、ゼミとかケルフですね、とヘルディオリスナーの皆さん、 そしてヘログの高読者の皆さんとも巻き込む形でですね、
この英語史とケルトの関係、あるいは英語史とピンポイントでブルターニュの関係について少しでもですね、勉強してみようというようなことを考えています。
そして1ヶ月ぐらいですね、大学のゼミなどでは予備勉強をした上でですね、 いざみんなで絵画見に行こうということで上野に足を運びまして、夕方になると思うんですけれども、
そして終わった後ですね、上野近辺になるんじゃないかと思いますが、 その極めて文化的な話を魚にしてみんなで楽しもうというような、
実はそっちがメインだったりするのかもしれませんが、 そんなイベントを考えているんですね。
こういうことをできるのはやはり東京のいいところではありますね。 東京に大学等も一極集中しているというような非難党もあるんですが、
やはりこういうイベントみたいのができるっていうのはとてもメリットだなと思っていまして、 この数年はちょっとコロナ禍でなかなかできなかったんですけれども、
例えば思い出すのはですね、2017年だったと思うんですけれども、 やはり上野の東京都美術館にブリューゲルのバベルの塔がやってきたんですね。
ボーイマンス美術館版が東京にやってきたっていうことなんですけれども、 この時もですね、バベルの塔をみんなで見に行くぞというような感じで、
その前の1ヶ月ぐらいはですね、聖書のバベルの塔の下りをですね、 古英語から中英語、近代英語、現代英語というふうに比べ読みしていくというような、
英語史の学びに引っ掛ける形でですね、 バベルの塔への関心を高めて、そして美術館に見に行き、
上野で飲むといったようなですね、極めて文化的なイベントを開催したんですけれども、 今回もまあそのようなことを考えているということで、
1ヶ月程度ですので、それほど詳しく予習、勉強していけるわけではないんですけれども、 なるべくですね、この英語史とケルト、英語史とブルターニュについてみんなで、
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知識を深めていきたいと、そんなふうに思っている次第です。 こちらのチャプターに展覧会のホームページへのリンクを貼っておきますので、ぜひですね、皆さんも訪れていただければと思います。
そちら訪れていただくと分かると思うんですけれども、 展覧会アンバサダーとして女優のアンさんが勤めておられて、この間ですね、
テレビで宣伝番組があったので見たんですけれども、 こちらのホームページ以上からもスペシャルムービーとして、その番組が見られるようになっています。
ぜひこちらも見た上で、訪問される方は訪問するといいんではないかと思います。
私も早く行きたいんですけれどもね、今溜めです。予習の期間ということでですね、溜めております。
さて今日の本題ですけれども、既にもう半分ぐらい本題に入っていると言ってもいいのかもしれませんが、
英語史とケルト、英語史とブルターニュ、国立西洋美術館の生計の地ブルターニュ展訪問に向けてということで、前のチャプターでこの展覧会になぜ関心があるのかということをですね、軽くお話しさせていただいたんですけれども、
ではこのケルトであるとかブルターニュというものと英語史という分野がですね、どのあたりで結びつくのか接点はどこかということですね、この接点を3つぐらい選びました。
向こう1ヶ月ぐらいしか訪問までに時間がないので、それほどいろんなことを予習できるわけでもありませんし、このヘルディオでもですね、その一端をお話ししていきたいと思うんですが、3つぐらいに絞ってみたということで、今日はその3点をですね、皆さんにお知らせするというようなそんなことを考えているんですけれども、まず3点読み上げてみたいと思うんですね。
1、歴史的に見る英語の拡大とケルト諸語の縮小。
2、中英語で書かれたブルトンレ。
3、英語とケルト語の言語接触というこの3点を考えていきたいなというふうに思っています。
それぞれについて簡単ですがざっと紹介したいと思います。
まず1つ目、歴史的に見る英語の拡大とケルト諸語の縮小ということなんですが、これについては実は昨日の放送692回ケルト語派を紹介します。
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でもあらましをお伝えした通りです。
ケルト諸語というのは歴史的にずいぶんと分布を縮小させてきました。
そして今残っているのはヨーロッパ大陸あるいは大陸から離れたブリテン諸島ですね。
この本当に端っこのみに残っている。
そして大陸は今回注目しているブルターニュということになりますけれども、ここまで追い詰められているんですね。
追い詰めている側の調本人は誰かと言いますと、これはブリテン諸島にあっては英語話者ですね。
言語としては英語であり、そしてブルターニュに関して言えばフランス語話者、フランス語ということになります。
したがって英語の拡大ということとケルト語の縮小ということは極めて密接な関係にあるんですね。
英語史はある意味では歴史を通じての英語圏の拡大ということを話題にしているわけなんですが、その背後にはケルト語圏の縮小というような連動した問題が関わってきているんですね。
いわば言語の死であるとか言語交代といったようなちょっと重ための話題なんですけれども、社会言語学的話題ですね。
これについて今回考える絶好のチャンスであるということでですね、昨日の放送もその一端だったわけなんですけれども、こうした話題についてディスカッション、授業などではしていきたいなというふうに思っているっていうことです。
2つ目はですね、だいぶ方向性が違うんですけれども、中英語で書かれたブルトンレ。これは文学ジャンルなんですけれども、ブルトンレと言われるものがあります。レというのは短いロマンス詩みたいな意味ですね、フランス語です。
昨日の放送で話したようにですね、ブルターニュっていうのはもともとブリテン島に住まっていたケルト人の一派が、5、6世紀にアングロサクソン人がブリテン島にやってきた、侵入したっていうときに押し出されてイギリス海峡の南側に渡った、逃れたケルト人たちなんですね。
逃れた先が今回注目しているブルターニュ地方ということになって、まさにブルターニュっていうのは故郷の地であるブリテンにちなんで名付けた土地の名前っていうことです。
そして自らもブリテン人だ、ちょっとナマってブルトン人だというふうに読んでおり、そして自分たちの言葉もケルト系のブルトン語だというふうにアイデンティティを持ってですね、伝統を守り続けて、そして今の今までこのブルターニュの土地で生活してきた人々っていうことなんですけれども。
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このブルトン人たちは主に中世にですね、ブルトンでと呼ばれる短い物語史を発達させたんですね。
そしてこのジャンルがフランス側にもそしてイギリス側にも伝わりまして、それぞれの言語に翻訳され、つまりフランス語に翻訳されたり英語に翻訳されたりという形で生き残っているんですね。
フランス側で有名なのはマリル・フランスと呼ばれる12世紀の詩人が書いた作品が有名です。
そしてイギリス側でもいろいろな本案作品というのが表されているんですけれども、その一つがですね、英史の父と呼ばれるジェフリー・チョーサ・カンタベリー物語を書いた大詩人ですけれども、14世紀末ですね。
これは様々な物語が詰まった物語集なんですけれども、その一つの物語にフランクリン・ステイオ・チホージヌシの話っていうのがあるんですね。
これがまさにブルターニュが舞台となっているブルトンレの流れを組んだ作品ということなんです。
中英語、チョーサーの中英語で書かれているということで、この辺りに引っ掛けてですね、チョーサーの原文を読んでみようっていうのが第2の狙いっていうことなんですね。
今回の展覧会が開催されるっていうことですね。
これも全部読むわけにはいかないので、時間もありませんので、その一部を抜粋して読むっていうことをやってみたいなと思っています。
ブルトンレを読むということですね。
3点目は、英語とケルト語というのは地理的に隣接してずっと分布してきたわけですね。
征服したりされたりっていうのもあったわけですけれども、そして語派としては全然違うわけですけどね。
同じインドヨーロッパ語族の中でも、昨日の放送で述べたように英語はゲルマン語派、そしてブルトン語であるとか、例えばウェールズ語などはですね、ケルト語派ということで全く一語も通じないぐらい離れています。
ですが隣接しているので、やはり何らかの交流と言いますか言語接触はあったわけですね。
では、ケルト諸語は英語に何らかの言語的影響を与えたかというと、全般的に言うと非常に少ないっていうことが言われています。
多少数えるほどのですね、単語がケルト語から英語に入ったっていう事実はあります。
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ですがそれ以外はあまり見るところがないっていうのが伝統的な英語史での常識だったんですね。
ですが比較的最近、Celtic hypothesisと言われるケルト語仮説というのがありまして、今まで英語史の中でなかなかうまく説明できなかったような様々な現象、主に文法事項が多かったりするんですけれども、
それは実はケルト語の影響ではないかというような、そういう学説がですね、1990年代ぐらいですかね、現れてきたんですね。
これはなかなか議論としては専門的で、もちろん英語史の話題ではあるんですけれども、そもそもケルト語のことをよく知らないとですね、本格的な議論に参入できないっていうことで、
私もケルト語できませんので、なかなか評価はしづらいところなんですけれども、学会的にはそこそこ盛り上がっている議論ということで、これについて簡単に導入するというようなことを考えています。
ということで3点挙げました。
英語史とケルト、英語史とブルターニュというお題を与えられたら、じゃあ何を出すかといったときに、3点思いついたっていうことなんですね。
1、歴史的に見る英語の拡大とケルト諸語の縮小。
2、中英語で書かれたブルトンで。
3、英語とケルト語の言語接触ということで、社会言語学的話題、中世英文学的話題、そして言語接触という話題ですね。
このあたり3つカバーできると面白いなと思っていまして、これは大学の授業中心なんですけれども、なるべくですね、その一端でもこのヘルディオあるいはヘログブログの方で皆さんとも共有していきたいと思っています。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今日は何か内容のある話というよりは、今後1ヶ月ぐらいかけてですね、このヘルディオでもちょこちょこと出てくるんではないかという話題の前振りと言いますか、こんな感じの話題が多くなっていきそうですということをお知らせする、そんな回となりました。
国立西洋美術館紹敬の地ブルターニュ展が開催中で、これと引っ掛けてですね、英語史の勉強していこうというような企画なんですけれども、ぜひですね、東京近郊の方は会期中にこのブルターニュ展足を運ぶということもですね、考えていただくと面白いんじゃないかと思いますし。
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そうでない方も展覧会のホームページ非常に充実しているということがありますし、このヘルディオでも関連する本その他の情報をお知らせしていきたいと思いますので、ぜひ興味を持っていただければというふうに思います。
あるいはもうすでに行ったという方もですね、リスナーの皆さんの中にいるかもしれませんね。また感想等もコメント欄で共有したりすると盛り上がって楽しいかなというふうに期待しています。
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